デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第七話『訓練』

 精霊と遭遇してから次の日、生徒が次々に帰宅、または部活動に勤しむ中、二人の少年は東校舎四階にある物理準備室に連れ込まれていた。

 眼前にあるのはいくつものコンピュータにディスプレイ、その他には見たこともない様々な機械が備え付けられている。

 「さ、じゃあ早速訓練を始めましょう――令音」

 黒いリボンで髪を二つ括りにしている少女、琴里がそう言うと同室していた解析官の令音が足を組み替えながら首肯する。

 「……君たちの真意がどうであれ、我々の作戦に乗る以上は最低限クリアしておかなければならないことがある。ユキは問題なさそうなのだがしばらく訓練に付き合ってくれ」

 「いやいや本当ならサボりたかったんだけどサボったら減給するって脅迫してきたじゃねえか!」

 「当たり前よ、これは精霊厨である夕騎に対しての訓練でもあるんだから」

 「ところで何をするんですか?」

 「……単純な話さ。女性への対応に慣れておいてもらうんだ」

 「すいませんさっきからトイレ行きたいんだけど行ってきていいかな!?」

 「そうやって逃げる気ね夕騎。まあいいわ本当に逃げたら減給で給料二割削るから」

 「鬼かちくせう!」

 夕騎は琴里に訴えるが全く信じてもらえずに「ここで漏らされても迷惑だから」と言って手でしっしっと邪魔ものを排除するように手を振るう。

 何とかトイレ許可を得た夕騎は物理準備室から出るとトイレに向かいながら耳元に装着しているインカムを使って〈フラクシナス〉にいる副司令官、神無月と連絡を取り始める。

 「神奈月くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 『……夕騎くんですか? 訓練中に一体どうしたんですか薮から棒に。もしかして司令のスリーサイズを知りたいので――』

 「それはまた今度でいいや。聞きたいことってのは〈フォートレス〉についてなんだよね」

 やはり夕騎が知りたいのは昨日出会った精霊についてだった。琴里たちとの訓練を無理に抜け出して聞くあたりは本当に気になっているのだろう。

 『申し訳ありません。夕騎くんとの接触中に何度も中にいる姿を捉えようとは試みたんですがどうにもガードが固くて捉えることはできませんでした。おまけにこちらが回していたカメラは全滅、いやぁ本当にガードが硬い相手ですよ』

 「んー……ASTの方でも確認したんだけどやっぱりなかったぜ。徹底的に姿を隠しているみたいだな」

 そう。きのと別れたあとで天宮駐屯地をさ迷い続けた夕騎は偶然にも見つけた観測室で確認したのだった。観測室には数人配備されていたがなるべく優しい方法で快くOKをもらい(真相はDEM社からの出向という立場を少しばかり脅しっぽく使って)記録を見たのだが、どの位置からも盾しか見えなかった。

 『彼女は何かしら自分の容姿にコンプレックスを抱いているのかもしれませんね。それか……』

 神無月はここで何故か妙な間を空ける。

 「どした?」

 『い、いえ、限りなく前例のない考えでしたので少し考えてしまって。気にしないでください』

 「……何その気になる言い方。続きプリーズ!」

 神無月の一言が気になってとうとう夕騎は廊下で止まって壁に背を預けながら話を聞くことにする。

 『もしかすると……もしかするとですよ? 彼女は消失(ロスト)したあと空間震なしでこちらに現界することがあるからこそ面が割れるのを恐れているのでは?』

 「静粛現界……って仮名しとくか。でもよー、もしそうだとしても静粛現界したあとでASTに気づかれねえか?」

 その問いかけに神無月も答えを唸らせる。何せ現段階では前例がない仮説をしているのだから仕方のないことだ。夕騎ですら静粛現界をしたことがある精霊など見たことも聞いたこともない。

 『ASTといえども二十四時間体制で観測機を回しているわけではありませんからね。精霊は空間震とともにやってくる、我々やASTにはそういった概念があるので観測の取りこぼしがある可能性だって否めません』

 「確かにその可能性はあるかも。だったらさ普段〈フォートレス〉が街を歩いてる可能性だってないわけじゃないよな」

 『いまの仮説が正しければその可能性は充分にありますね。しかし夕騎くんは姿を確認したことがおありで?』

 「後ろ姿だけなら……だけど街中でバッチリ判断できるぐらいに覚えてる」

 『精霊に関しては私たちよりもプロかもしれませんね……。ところで訓練の方はよろしいのですか?』

 「うん、普通に忘れてた」

 議論に集中していたためにすっかり時間の経過を忘れていてつい話し込んでしまったようで、トイレに行くには割と長い時間になってしまっていた。これでは逃げたと判断した琴里に減給されてしまうかもしれない。

 「いまの話はことりんやれーちんには内緒な?」

 『わかってますよ、ここで話したことは〈フラクシナス〉にいるメンバーたちで秘密にしておきます。下手な情報を伝えて司令たちに混乱させるわけにはいけませんしね。それでは頑張ってきてください』

 「おう」

 〈フラクシナス〉との通信を終えた夕騎はすぐさま物理準備室に向けて走り出した。

 

 

 

 「随分と遅かったのね、何をしていたのかしら?」

 「まだこの学校に来て日が浅すぎるんでねえ、道に迷ってた」

 「……どれだけ方向音痴なのよ」

 ジト目で言う琴里は特に疑った様子もなく夕騎は再び指定された席に座らされる。するとすでにツッコむ場面がありすぎて疲労困憊状態に陥っている士道が隣の席で何かのコントローラーを握っていた。

 パソコンをを見てみれば無駄にポップなBGMにカラフルな髪の美少女たちが順番に画面に表示され、士道の方では『恋してマイ・リトル・シドー』、夕騎の画面では『恋してマイ・リトル・ユーキ』と映し出されている。俗にいうギャルゲーというものなのか。夕騎はこういったゲームをしたことないので判断基準が曖昧だがたぶんそれであっているだろう。

 「訓練って『ぎゃるげー』ですんのか?」

 「そうね、夕騎は物分りがよくていいわ。どこかの愚兄と違って」

 「ぐ」

 「まーやってみっか」

 同じ職場の司令官や解析官に見られながらギャルゲーとは些か不審なものだが訓練だというのなら素直にするしかない。精霊以外でこういったものをするのは誠に不本意なのだが。その思いとは裏腹にモノローグは進んでいき、

 

 『おはよう、お兄ちゃん! 今日もいい天気だね!』

 

 一瞬の暗転とともに画面に表示されたのはベッドで寝ている主人公をパンツ丸見えのまま踏みまくっている妹キャラの姿だった。

 これを見た妹が実際にいる(またはいた)兄二人は、

 「「ねぇーーーーーーーよ!!」」

 同時に叫んだ。コントローラーを強く握り締めつつ。

 「……どうしたのかねシン、ユキ。何か問題でも?」

 「おいおいおいおいリアルの妹舐めちゃいかんぜよ。こんなのどこの世界で行われている起こし方なんですか実際の起こし方なんて『兄貴早く起きろッ!!』からのプロレス技だったぞ! なあ士道っちソッチからも何とか言ってや――」

 「……、」

 夕騎と同じく反論しようとしていた士道だったが突然挙動が止まる。そして額に汗を滲ませていた。

 「え、まさかマジであったの?」

 「……、」

 「……何かね」

 「……いえ、何でもないです」

 士道がものすごく不条理なものを感じながらもゲームに戻った姿を見て夕騎は内心では引きながら画面へと視線を戻す。

 すると画面には三つの選択肢が表示されていてどれもこれもが酷い選択肢だった。

 

 ①「おはよう。愛しているよリリコ」愛をこめて妹を抱きしめる。

 ②「起きたよ。ていうか思わずおっきしちゃったよ」妹をベッドに引きずり込む。

 ③「かかったな、アホが!」踏んでいる妹の足を取り、アキレス腱固めをかける。

 

 ――はい?

 どれもこれもが異常な選択肢、②に至ってはただの下ネタだ。大体リアルに妹がいた夕騎に対して妹もののギャルゲーをぶつけてくるとは琴里もタチが悪い。というより趣味が入っているのかとさえ疑ってしまうレベルだ。

 画面には制限時間も表示されていて考えている猶予はあまりないようだ。だが、どの選択肢も嫌な予感しかない。

 好感度メーターは当たり前だがプラスマイナスどちらともゼロと示されている。隣で琴里に選択を催促されている士道は仕方なく選ぼうとしているがそれは間違いだと夕騎は察する。

 ――マイナスがあるんだったら一発ゲームオーバーはないはず。ここで選択せずに好感度が下がったとしてもあとで持ち直せる。

 そう結論づけた夕騎はコントローラーを握る手の力を少し緩める。こういった時間制限などが人間の思考を妨げる要因になるのだ。

 「へえ」

 士道が選択肢を押したのを見ていた琴里がふとこちらに視線を向けると不意に一言漏らす。

 「え、夕騎選ばなかったのか!?」

 「こんなの選んでられっかっつーの。ここで好感度マイナスになってもあとで取り戻せばいいしい。ありえないっしょ選択肢から見て」

 好感度メーターが一気にマイナス五〇まで下落する。

 だが、それは士道の画面で起こったことで夕騎の画面では異変なく話が先に進む。

 「リアルだったー!」

 士道はコントローラーを膝の上に叩き込んで叫び声を上げるが、琴里は意にも介さず自分の目の前に置かれている液晶ディスプレイを点滅させる。

 「何やってんだ?」

 「いくら妹でも突然抱きついたら好感度下がるに決まってるじゃない。訓練とはいえ緊張感を持ってもらわないとね」

 琴里の画面に映し出されたのは見覚えがある来禅高校の昇降口。そこには制服に身を包んだ比喩でも何でもないおっさんがカメラ目線で立っている。

 「――士道が失敗したわ。やってちょうだい」

 『はっ』

 画面の中のおっさんが敬礼すると懐から一枚の紙を取り出し、画面に見せつける。

 「ん? 『腐食した世界に捧ぐスチュアート』……? うわダッサ!」

 そのタイトルを見た夕騎がこれでもないくらいに大笑いすると士道はまたもや汗を額に滲ませている。いや今度のは冷や汗というものだ。

 「え、まさか」

 「そ、そのまさかだよ……。俺が中学ん時に書いて恥ずかしくなったから捨てたはずなのに何でここにッ!?」

 「いつか役に立つと思って取っておいたのよね――やりなさい」

 琴里の指示のもと画面に映っているおっさんは『腐食した世界に捧ぐスチュアート』は丁寧に畳み込まれ手近にあった下駄箱に放り込まれる。

 「な、何しやがる!」

 「これはミスしたペナルティよ。精霊と相対した時にミスしたらこんなものじゃないわ。ちなみに夕騎の場合はシンプルに減給よ」

 「うわぁあああああああああああ絶対ミスらねえようにしないと! 職権乱用じゃねえかことりん!」

 「何とでも言うがいいわ、士道が悶えている間に夕騎は早くストーリーを進めなさい」

 そこからは軽く地獄だった。興味もないゲームをさせられた挙句にミスしたら減給。

 士道に至ってはペナルティとして昔考えたオリジナルキャラクターの設定資料がまたもや誰かの下駄箱にシュートされ、最後には危うく留守番時に部屋で行っていた必殺技の動画が動画投稿サイトに投稿されかけていた。

 この時点で夕騎が失った金額は五七二四円。訓練にしては物凄く手痛い損害だった。

 

 

 

 「つ、疲れた……」

 夕騎は手にコントローラーを握り締め、放り投げる勢いで手を天井に向けて突き上げる。ASTの訓練も含めここ十日間ぐらいはまともに疲れが溜まるばかりだった。ああ、失った金額は果てしなく、初任給はもう期待できないくらいに損害が膨れ上がってしまったのだがこれも精霊のためだと思えば何とか……空腹を我慢すれば大丈夫だ。

 「もう『ぎゃるげー』なんてしない……俺には精霊がいればいいんだぁああああああ……」

 「精神病んでる場合じゃないわよ、士道も終わったようだし続いての訓練行くわよ。次は実際に女性を口説いてみましょ――」

 「それだけは嫌だファアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 士道に対して夕騎は壮絶な拒否反応を見せる。汽笛のような奇声を発しながら床を激しくのたうち回り静止し、完全防御態勢になってテコでも動かないと言わんばかりにガードを固める。

 『司令! 夕騎くんの精神状態がかなり不安定です!』

 「……へ?」

 神無月の通信に琴里は素で混乱する。

 「俺は絶対に嫌だぞ! こればかりはもう減給なんてどうでもいい! 俺が精霊以外の女を口説くなんて嫌だべられっちゃッ!!」

 「……落ち着きたまえユキ。これは訓練の一環なんだ」

 「無理ヤダやりたくない不可能です不可能なんですお家に帰りたいおぉおお……」

 「確かに俺も正直嫌だけどどうしてそんなに嫌がるんだよ?」

 同じ境遇に立たされている士道がしゃがみこんで夕騎の話を聞こうとすると甲羅に閉じこもったようにガード態勢を続ける夕騎はひょこっと顔を出し、

 

 「だって……ありえないじゃん? 人間を口説くなんてさ」

 

 いつもふざけている夕騎らしからぬ真顔だった。

 「人間相手なんて嫌に決まってる。ゲームでさえ吐き気がしたんだぞ。実際に口説こうとしたら間違いなく痙攣引き起こして血吐くぞ、てか拒否反応ハンパねえっス。俺は少し疲れたよ……シドラッシュ」

 「……誰がシドラッシュだよ」

 状況に見かねた令音は琴里に提案する。

 「……この訓練は間違いなく彼にとってストレスにしかならない気がするんだが」

 「そうね、本当に痙攣して血を吐きそうだし精霊にしか興味ないってのも悩みものだわ。これは士道一人で行いましょう。夕騎は少し休みなさい」

 「考えただけで気分悪くなってきたからちょっと飲み物でも買いに行ってくる……って金ねえやワロス」

 「もう、お金あげるから行ってきなさい」

 まさかの中学生からお金をもらうとは思ってもいなかったが厚意はありがたくちょうだいし物理準備室から出て行った。

 

 

 

 飲み物を買って戻ってくると画面では士道が本当に女性を口説いていた。

 教師の珠恵に始まりいまでは夕騎と犬猿の仲と言ってもいいほど考えが合わない鳶一折紙に告白までしている。

 「精霊相手に告白するんならまだしも人間相手とか考えらんねえな……」

 「どうしてそこまで人間を毛嫌いするのかそろそろ教えてほしいものね」

 「毛嫌いしているわけじゃねえよん。俺はただ純粋に精霊だけが好きなだけ。人間とは話す分には問題ないけどそれ以上は無理、恋愛対象とかマジ無理なだけ。日常生活に支障はねえ」

 「もしもの話をするけど精霊同士が戦ってるのを見たら夕騎はどうするの?」

 琴里が画面に目を通しながらさらに質問してくる。

 数秒間返答に詰まるものの、きちんと返す。

 「それなら両方止める」

 「片方が動けない状況だったら?」

 「単純に片方だけを止める、戦闘行為でも交渉行為でも精霊のためになるのなら俺は何でもやるさ。それで自分の命がなくなったとしても本望だっつーのん」

 「……そこまで夕騎に言わせるなんて精霊は一体あなたに何をしてくれたんでしょうね」

 「は?」と聞き返そうとした瞬間、

 

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――

 

 それは唐突に、何の前触れもなく、あたりに警報が響き渡った。

 「士道、一旦〈フラクシナス〉に移動するわ。夕騎はASTの出動要請がかかると思うから好きに行動しなさい、くれぐれもインカムは外さないように」

 〈フラクシナス〉からの連絡を受け取った琴里が言う。

 『や、やっぱり、精霊なのか……?』

 「ええ、出現予測地点は――来禅高校(ここ)よ」

 どの精霊の現界かはわからない。だが、どの精霊でも現界してくれれば〈フォートレス〉の現界する可能性はうんと上がる。

 ――さあ現れてくれよ〈フォートレス〉ちゃん。

 〈プリンセス〉は士道に任せるとして夕騎は一人覚悟を決めていた。


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