デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第六六話『復讐の果てに』

 「一体どうなってんのよ」

 AST隊長の日下部燎子は目の前で起こっていることが信じられないと顔を顰めていた。

 ASTはDEM社からジェシカ達が派遣されてから出動停止を受けていたのだが鏡山市のオフィス街で精霊が暴れているとの一報を受けてようやく出動停止が解除されてやってきたのだ。

 普段はあれだけ堅物の上層部も御得意様であるDEM社には迅速に対応する姿勢に燎子も大きく異議を申し立てたくなるのだがそんなことを考えている場合ではないと一息つくと背後にいる隊員達の方へ振り向き、

 「総員、DEMインダストリーの魔術師(ウィザード)を援護。正体は不明だけどこの人形を掃討するわよ。不満があるのはわかるけど頑張ってちょうだい!」

 「「「はい!!」」」

 隊員達は一様に返事をし、それぞれの武器を構えて襲い来る【死士(ライツェ)】を迎撃し始める。

 さらに敵は【死士(ライツェ)】だけではない。戦場を嵐のような風を巻き起こしながら縦横無尽に駆け回っているのは精霊<ベルセルク>、こちらの随意結界(テリトリー)を凍らせていくのはウサギの人形に乗った<ハーミット>。

 それに白盾の砲門を構えて次々に<バンダースナッチ>や魔術師(ウィザード)を撃墜していくのは燎子も容姿を見たことがあるわけではないがおそらく<フォートレス>だと思われる。

 「どんだけ一箇所に精霊が集まってるのよまったく!!」

 「どわぁぁぁ真那ちゃん右右!!」

 「わかってやがりますよ!! だから<精霊喰い>は早くさっきの鎧を纏いやがってください!!」

 「こんな状況で集中出来るか!!」

 燎子が思わず愚痴りたくなっているとそんな口喧嘩のようなものが遠くから聞こえてきたかと思えば見覚えがある二人が抱き合っているような形で飛んでくる。

 「真那!? 夕騎!? あんたら何でこんなところに――」

 「そんなの言ってる場合じゃねえって総員退避!!」

 やけに焦っている夕騎は大声でそう言うと隊員達はその号令に咄嗟に身体が動いてしまって退避するとそのすぐ傍をマイクロミサイルが過ぎ去っていく。

 「マァァァァァァァナァァァァァ!!」

 「チッしつけーですよ本当に!!」

 レイザーブレイドで斬る、または旋回して躱す真那にしがみついている夕騎は随意結界(テリトリー)内でも気分が悪くなりそうだが気が付けばすぐ隣に<ヴァルキューレ>を纏ったきのが浮遊していた。

 「先輩お久しぶりです!」

 「おま、きのか! 久しぶりってそんな挨拶してる場合じゃねえ!!」 

 未来に行ってから考えれば会うのも久しぶりできのはあれから少し印象が変わっていた。茶髪の前髪に黒のメッシュを入れていてまるで夜三を髣髴とさせ、表情もどこか自信に満ちている。

 若干懐かしいものの今はそれどころではないといった焦りようを見せる夕騎にきのは疑問符を浮かべ、

 「どうかしたんですか?」

 「どうもこうも追われてんだよ色んなモンに!! ああそうだ、今<ナジェージダ>持ってるか?」

 「はい、形見として持ってきてました!」

 「勝手に殺すんじゃねえ!」

 <ナジェージダ>とは夕騎がミリィに頼んで自らの牙を元に作ってもらった長大な剣のことできのは背中から<ナジェージダ>を引き抜くと夕騎に渡し、

 「ありがとよ!」

 「それで先輩、どうしてDEMインダストリーの魔術師(ウィザード)に追われてるんですか?」

 「俺も真那ちゃんもDEMを裏切ったからだ。おかげさまでもうASTにも行くことはねえよ元気でなきの!」

 「ええ!? 先輩ASTをやめちゃうんですか!?」

 「元々俺はDEM社からの出向だったし仕方ないだろー」

 夕騎がASTにもう来ないとわかった途端にきのは今にも泣きそうな表情で真那に抱きついている状態の夕騎の服を抓み、

 「やめないでくださいよ先輩っ!」

 「いやいやいやそんな目で見られても! 俺だって嫌だよ! <ラタトスク機関>、DEM社、AST三つのところから給料貰ってて今まで軽く豪遊してたのに二つ失うんだぞ! 割と羽振り良かったのにDEM!」

 「そういうなら帰ったらどーですか? きっとエレンが可愛がってくれますよ」

 「実験動物としてだろそれ! 真那ちゃん俺を養ってくれ! 結婚してヒモ夫にならせてくれ!」

 「ぜってー嫌ですよ! 何でやがりますかその堂々としたヒモ発言は!! 力づくでもハローワークに通わせますからね!」

 敵前だというのにあーだこーだ論争しているとさらに魔力の砲撃やら何やら飛んで来てそれでもわーぎゃー騒ぎながら回避行動を取っているときのは意を決したのか拳をきゅっと握り締め、

 「せ、先輩が辞めるなら私もASTやめます! そして<ラタトスク機関>に行きます!!」

 「「はあ!?」」

 真那も夕騎もこの発言には驚き目を丸くするがきのの目は本気のようで攻撃を回避しながら真那と夕騎は二人で目を合わせて反応に困る。

 「きの、<ラタトスク機関>って何か知ってんのか?」

 「先輩が属しているのですからきっと精霊を守る機関だと思います!」

 「お、大方当たってやがりますね……」

 どうすれば良いのやらと考え込んでいると耳元に着けたインカムから琴里の声が聞こえてくる。

 『夕騎、このインカムをきのに渡してみてくれないかしら』

 「ほいほい、きの。司令官がお前に話だってよー」

 「え、あ、はい!」

 <ヴァンフェイルバンテ>を纏ったワンナのレイザーブレイドによる爪の一撃を真那が逸らしているうちに夕騎はインカムを一時的に外してきのに渡すときのは夕騎が着けていたように耳に着ける。

 『初めましてきの、司令官の五河琴里よ』

 「は、はじめまして!」

 『そんなに緊張しなくていいわよ。話は聞いてたわ、ASTを抜けて<ラタトスク>に入るって本気?』

 「はい! まだまだ先輩についていきたいんです!」

 『愛されてるわねー夕騎も。いいわ、合格よ。正直魔術師(ウィザード)の人員は人手不足気味だしね。そういえばASTではどれだけ貰っていたの?』

 「この前にASTで初めて精霊を討伐したってことで昇給されて――」

 『わ、割とASTも羽振りいいのね』

 ごにょごにょと給料というリアルな金額を聞いた琴里も少し驚く金額だったがまだ払える圏内なのでこほんと咳払いすると、

 『わかったわ、同じ額を払うから手続きはまた後日。今は真那達を追ってるエレン・M・メイザースの足止めをお願い出来るかしら? 相手は最強の魔術師(ウィザード)、私達も全力でバックアップするわ』

 「はい! 任せてください!!」

 元気良く返事をしたきのはスラスターを駆動させて飛び出すと明らかに他の魔術師(ウィザード)とは違う威圧感を持った白金のCR―ユニットを纏った金髪碧眼の女性を視界に捉える。

 「きの!?」

 「あ、隊長! 私AST辞めます!」

 「え、あ、はぁ!?」

 陣形関係なしに飛び出したきのに燎子も驚いて声を掛けるがきのはさらっとAST脱退を告げてエレンに向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。

 『ところできの、折紙はどうしたの?』

 「<ホワイト・リコリス>の反動で今まで寝ていたのですが起きた途端に『士道』という方を守ると言って無理にでも戦場に出ようとしたの私が拳で眠らせました!」

 『……そういうところ夕騎に似てるわね』

 解決の仕方が肉体言語なところは夕騎に似てしまっているきのに琴里も呆れて笑いそうになるがその間にもきのは真正面からエレンに肉薄する。

 「この私に正面から来るとは称賛に値しますが容赦はしませんよ」

 「最強さん、挑戦させて貰います!」

 随意結界(テリトリー)を球状に出したきのはそのままエレンに激突。本当に真っ向から挑んできたことにエレンも意外そうに目を丸めるがその出力を肌で感じると笑みを浮かべる。

 「なるほど、東洋人に適性率が異常に高い者がいると聞いていましたがあなたでしたか」

 魔力の濃密さはあれだけ魔力処理を行ったジェシカを上回っており、エレンと比べても大差ない。これほどの魔力の持ち主がいたことが面白く感じ、二人は近くの建物の屋上に着地する。

 するとエレンは随意結界(テリトリー)の範囲を広めようとしたがぴくりとも動かずに不審に思い目をやるときののものとエレンのものがまるで接着剤で引っ付けたかのようにくっついて離れない。

 最初の接近時点できのはこの戦いから自分のものも含めて随意結界(テリトリー)というものを廃し、長大なレイザーブレイド<エイン>を両手に構え、

 「ここからは随意結界(テリトリー)なしで純粋に剣技を競い合いましょう!」

 「上等です」

 完全に引っ付いてしまっているために外すのにも時間が掛かるとエレンは戦闘から随意結界(テリトリー)を捨て<カレドヴルフ>を構え、互いに地を蹴って剣戟をぶつけ火花のように魔力を撒き散らす。

 

 ○

 

 復讐は何も生まない。何も得ることがなくただ虚しくなるだけだ。

 誰かがそんな知った風な言葉を吐いた。

 しかし、復讐する立場から言わせればそんな言葉なんてクソ喰らえだ。

 何も生まない? 当たり前だ。大切な人を奪われた者からすれば心はマイナスに立っているのだから。

 何も得ない? ただ虚しくなる? だったら奪われた者の気持ちはどうなる。マイナスに立たされ何もなくなってしまった者の気持ちはどうなる。

 得るものがなくて何だ。虚しくて何だ。

 大切な人を奪った者が今も罪悪感もなしにのうのうと息をしているのがたまらなく許せないのだ。

 得るものだとか虚しいだとか、そんな話ではない。

 だからシルヴィア・アルティーは弟の仇である精霊を、<リッパー>を、殺すことを決めた。必ずこの手で殺さなければ意味がないと覚悟を決めて。

 それなのに――

 「アハハハハハハハハハハハッ!! よっわいねェオネエサン!!」

 「……クソが」

 建物に背を持たれかけ身体中から血を流すシルヴィの前に立つのは返り血に塗れた顔を醜く歪ませて絶え間ない笑みを浮かべている兆死。

 鋸のような刃を持った長刀の切っ先はあと数センチでも前に出せば喉に突き刺さるほどの間近に構えられている。

 ――どうなってんだ、随意結界(テリトリー)がまるで効かねえ……。

 随意結界(テリトリー)をどれだけ兆死に向けてもまるでそこにないもののように兆死は動き回り、魔力砲も直撃したのにまるで効かないのだ。

 これでは例え人類最強の魔術師(ウィザード)であるエレンでさえ兆死に対しては何も出来ないだろう。

 狂三が言っていた人間では絶対に敵わないとはこういうことだったのだ。

 精霊の『怨恨』から生まれた精霊、それはすなわち自らを攻撃してきた魔術師(ウィザード)への恨みがほとんどなのだ。だから兆死には魔力を完全に拒絶する体質を得てしまっている。

 それによって魔力を介した攻撃は全て兆死に届くわけがなく、今まで捕獲を試みたDEM社の魔術師(ウィザード)も何も出来ずに全滅させられていた。

 そしてもう一つ、あまりにも実力が未知数。

 見たところ霊装も纏っておらず、手にした刃物もどうにも天使を顕現した物とは思えない。

 つまり純粋な戦闘力でここまで追い詰められているのだ。

 「ねぇ、ねェ、ネェ? 今どんなキモチ? 殺そうとしてるキザシに手も足も出ずに追い詰められるってどんなキモチ?」

 「……最悪な気持ちさ。クソガキの薄気味わりぃ笑み見せられてよ……親の教育どうなってんだ? きっとバカな親なんだろうな……って精霊に親なんているわけねえか」

 「……いるもん。キザシにはパパだってママだっているもん!! ボロクソのくせにパパとママを侮辱するな!!」

 両親の話となれば突然言葉に熱が篭って息を荒げる兆死にシルヴィは追い詰められてるはずなのにこれはお笑い種だとケラケラと笑い出し、

 「何だそりゃ、人殺しの精霊が一丁前に家族ごっこってワケかい」

 「ごっこじゃない!! パパもママもキザシのこと愛してくれてるもん!!」

 「愛してくれてる、ねぇ……だったら今までお前がしたこと見てもらってみろよ。そのパパやママが異常者じゃなけりゃさぞかしたくさん褒めてもらってるんだろうなァ!」

 「褒めて貰ったに決まって…………」

 オーシャンプールで狂三と再会した際に人間の叫び声で『きらきら星』を演奏した動画を見せたが後で褒めると言っていたのに結局褒めて貰っていない。夕騎は自分を頼りにしてくれた。きっと士道を守ったことを褒めてくれる、それに頭を撫でて褒めて貰ったことはあるのだ。

 「くはは、さてはお前愛されてない(、、、、、、)んだろ?」

 「そんな、わけ、ないじゃん!!」

 シルヴィの言葉に明らかな焦りを見せた兆死は長刀を上げて振り下ろすがその時にはシルヴィも仕込みが終わっていた。

 バキンッと刃の破砕音が響いたと同時にシルヴィの蹴りが兆死の腹部に直撃し後ずさった隙を逃さずに立ち上がったシルヴィは何発も連撃を兆死の身体に打ち込んでいき、殴り飛ばす。

 「――ッ!? な、何したの……?」

 「お前に教える義理はねえよ」

 殴り飛ばされた兆死はどこか余裕を失っていて思わず問いかけるがシルヴィは血反吐を吐き捨て拳を握り締めるだけで答えはしない。

 ただシルヴィの身体は仄かに発光していて見る者が見ればそれが魔力だということがわかる。

 血のように魔力を全身に循環させ身体能力を無理矢理向上させる、エレンもしたことがない方法をシルヴィは編み出したのだ。

 無論反動として身体には相当な負荷が掛かるがさらに随意結界(テリトリー)を自身の補佐のみに集中させれば霊装を纏っていようとも持っていた軍用ナイフですら兆死を殺せる。

 しかし兆死の視線はすでにシルヴィの見ておらず忙しなくあたりを見回してまるで誰かを探しているようだ。

 「どうした、遊び相手はまだ死んでねえぞ」

 「パパ……パパ、どこ……パパ」

 もう兆死の頭にシルヴィとの『遊び』という考えはなくまるで親と離れた迷子のようなか細い声で辺りを見回すと何かを見つけたのかその身体は光の粒子に包まれ、

 「……<神威霊装・番外(エロアー)>」

 兆死の霊装は今までの精霊のように衣服が直接変化するものではなかった。

 その代わりに背中から少し空間を空けた箇所に尻尾のような長い背骨が顕現され、その背骨に沿うように身の丈以上の様々な形をした翼が生える。そしてその上には黄金色の石版が現れたかと思えば石版から大きな目が開かれる。さらに兆死の周囲には『歪み』のようなものが発生していてとても近付けるようなものではない。

 零弥と同じ<神威霊装・番外(エロアー)>でも兆死のものはまるで別物でその異質さは他の精霊と比べても別次元のものだ。

 「褒めて、貰うんだ。パパにいっぱい、褒めてもらうんだ!!」

 シルヴィが反応するよりも早く兆死は飛び立つとその姿を一瞬にして見失ってしまう。

 「くそ、逃がすかよ!!」

 今逃せば次いつ見つけられるかもわからない精霊を追ってシルヴィも地を蹴って飛び出した。

 

 ○

 

 「パパは、褒めてくれる。絶対に、キザシのこと褒めてくれるもん……っ!!」

 兆死は振り返ることもなく真っ直ぐ飛行していた。

 もう一度、褒めて欲しい。愛されているって確証が欲しかったのだ。

 いい子だと、流石俺の娘だと、褒めて欲しい。

 (ねえ、『パパ』って呼んでいい?)

 (おうおう、いいぞ)

 初めて出会った時、兆死が恐る恐る聞いてみれば夕騎はそう答えてくれた。

 その速度は風の精霊――八舞姉妹にも匹敵するほどかさらに上回るかすらも思わせるほど速く、探し人はすぐにでも見つかった。

 「パパ……」

 見つけた時には夕騎は未だに真那に抱きついた状態で状況を知らない兆死はよくわからないが魔術師(ウィザード)は排除しなければならないと考える。

 「パパっ!」

 もしかすると夕騎は捕まっているのではないかという可能性も視野に入れて兆死は夕騎を助けようと飛び出そうとした途端――

 

 「――だから真那ちゃん、俺に子供はいねえって!!」

 

 「………………え」

 あと少しで夕騎からの視界に入ろうとした寸前、夕騎から発せられた信じられない言葉に兆死は急停止した。

 兆死にとって夕騎は『パパ』だった。誰かからの『無償の愛』を求める兆死に夕騎は優しく『愛』をくれた。

 それなのに――どうして。

 「……どうして、パパ…………?」

 項垂れる腕、全身から力が抜けていくのを感じる。

 あの日夕騎は兆死の『パパ』になってくれたはずなのに、どうして。

 呆然と空中で静止したタイミングを見逃さずに背後まで迫っていたシルヴィは背後から魔力を纏ったナイフで突き刺そうとするが黄金の石版の目はシルヴィの動きを完全に見ていた。

 「――<死生爪獣(サリエル)>」

 「ッ!?」

 シルヴィの動きはそこで完全に止まった。

 唐突に動かなくなった身体にゆっくりと首を動かして胴部を見ていれば――

 「……くそが」

 切り裂かれ、地面に向かって真っ逆さまに崩れていく下半身に左腕。

 そこでシルヴィの意識は失われていった――


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