デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「そんな戯言に私は騙されません!!」
夕騎の言葉を真っ向から否定し、美九は光の鍵盤に手を叩きつける。すると夕騎の両側面にすでに耶俱矢、夕弦が回り込んでおり、巨大な槍と鎖に繋がれているペンデュラムを構えていた。
「姉上様を謀ろうなどと笑止千万! 颶風の巫女たる我らがその矮小な頭を刺し砕いてやろう!!」
「無謀。多勢に無勢です」
耶俱矢と夕弦の挟み撃ちに夕騎は霊力を使うわけでも<精霊喰い>の力を使うまででもなく両手を攻撃に差し出すと八舞姉妹の強力な攻撃が夕騎の掌を刺し貫く。
「「ッ!?」」
その異常な行動に八舞姉妹は二人とも目を見開いて驚くが夕騎は刺し貫かれている状況から矛先とペンデュラムを掴むと力を込め、霊力も何も関係なく握力だけで両者の武器を砕く。
「何だと!?」
「驚愕。とんでもない握力です」
八舞姉妹が一旦退くものの間髪入れずに夕騎の横顔に零弥の霊力加速も加えられた本気の左ストレートが直撃し、嫌な音が響く。衝撃は右頬から抜けるようにして余波だけでさらに奥のものも砕いていくが夕騎の身体は吹っ飛ばされるどころかその場から一歩たりとも後ずさることはなく零弥を睨みつける。
「どうしたァ、軽いぞ零弥」
そんなわけはない。
篭手越しでも骨が砕けるような嫌な感触がしたのだ。間違いなく夕騎の顔の骨はいくつか砕けている、それなのに夕騎は平然として美九に向かおうと歩き出している。
やせ我慢だ。現に口端から血が垂れ、ぺっと吐き出された血反吐には何本もの歯が混じっている。
そのうちにも今度は四糸乃が放った円錐型の氷柱がいくつも夕騎の身体に突き刺さり、制服の上から血が滲み出るもそれでも夕騎は反撃するどころか四糸乃に見向きすらしない。
確実に効いているはずなのに『人間』ならもう死んでいてもおかしくないのに夕騎は歩みを止めない。
それからもどれだけ攻撃されても反撃しない夕騎に美九もある種不気味さを感じた一歩後ずさり、
「ど、どうして反撃しないんですか! このままだとただ死ぬだけですよ!!」
「……そんなの決まってるじゃねえか」
夕騎はそう言って近くにまだ原型を留めていたテーブルに拳を叩きつけて割ってみせれば首を横に振り、
「こんな力で殴ったら痛いだろ? それは精霊だって同じだ」
「――っ! 何ですかそれ、まるで自分より精霊の方が大切だって言わんばかりじゃないですか」
「精霊を愛してるから当たり前だ」
軽く肯定した夕騎に美九はますます奥歯を噛みしめ、
「……そんなのあっちゃいけないんです。男は利己的で、自分のためにしか動けない下劣な生物でなくっちゃ、駄目なんです……」
「……夕騎」
苛烈な攻撃の中で零弥だけは手が止まりそうになっていた。
今まで夕騎は何度も精霊のために自分の命を顧みずに行動してきた。その度に重傷を負い、精神を磨耗させ、それでも精霊のために何度も命懸けで戦ってきた。
どれだけの仕打ちを受けようとも精霊を憎まず、ただ愛してくれた。受け入れてくれた。
零弥にとって一番大切なのは――
「大切なのは……」
思い返せば一番優先順位が高いはずの美九よりも夕騎との思い出ばかり浮かんでくる。
反対にどうして自分は美九を夕騎を『敵』として捉えるほどに守ろうとしているのか。それは夕騎を殺そうとするほどまでに大切なことなのか、零弥の中で疑問が駆け巡る。
(罰、というより約束事になるけどさ)
ふと思い出したのは或美島での出来事だった。
夕騎は自分たちを守るために誰にもわからない場所でただ一人戦っていた。それなのに零弥は構ってもらえないことに不満を抱き、大嫌いと言って夕騎を突き放してしまったことがある。
その時に仲直りとして二人は互いに罰を出すことにしたのだ。
それは何よりも優先しなくてはならないことだった。美九の言葉よりもはるかに優先しなければならないことだった。
(――俺が本当に追い詰められてたときさ、俺を助けてくれないか?)
「――夕騎っ!!」
零弥は叫んだ。そして顕現した。
誰もかも守れる奇跡を具現化した零弥の天使を――<
顕現された豪華絢爛な装飾がなされた白盾は今まさに直撃しかけていた攻撃全てから夕騎を守り、弾き返す。
「れ、零弥ちゃん!?」
その行動に真っ先に驚いたのは美九だった。美九の<
「零弥! おぬし姉上様を裏切るのか!?」
「何を言っているのかしら、私は元々夕騎の味方よ」
白盾は一瞬にして八舞姉妹、四糸乃の周りを囲んでいき球体のようにして捕らえれば一瞬のうちに制圧する。
これで今の限定的な霊装の解除では八舞姉妹と四糸乃は零弥が解除しない限り外に出られなくなったわけだ。あまりにも一瞬の出来事に美九も言葉を失いそうになる。
「そんな、私の『声』から抜け出すなんて……」
「あなたは知らないだけで今まで夕騎は
零弥はそう言うと目を丸くしている夕騎に近付き、自らが殴った頬に手を触れる。
「……ごめんなさい夕騎。私……」
「いいさ、零弥が戻ってくれればよ」
謝ることは色々とあるのに夕騎はそれを一括して許すと頭を撫でてから再度美九に向く。八舞姉妹達が捕らえられてしまった現状では誰も美九を守ってくれる者はいない。
「なあ美九」
「ッ!」
絶体絶命の状況で話しかけられれば美九はビクッと両肩を揺らしてさらに一歩下がる。
構わず夕騎は血塗れの姿で美九に一歩近付く。
「お前は『宵待月乃』の時に受けてしまった出来事のせいで『人間』が恐ろしく見えてるんだろ? 『声』で何でも言うことを聞かせられる分膨れ上がって、操っていない『人間』と話すのが余計に恐ろしくなった」
「そんなことありません! 私が人間を恐れてるだなんて――」
「だったら俺が一歩踏み出すたびに一歩下がるのは何でだ? いつもは自分のことを肯定しかしない『人間』に囲まれていたせいで『声』で操っていない本当の『人間』と会話するのが怖いからだろうよ」
「ぐ……」
「でも俺から背を向けて逃げないってことは『人間』に失望しながらも、『人間』に絶望しながらも、まだ心のどこかでは何でも言うことを聞いてくれる『声』なしで話したいって思ってる証拠だろ」
「何の根拠があってそんなことを言うんですか!」
「自分の『声』で操れない時刻夕三を欲しがったからだ」
夕騎は断言する。
今までの美九の言い分からすれば自分の言うことを聞いてくれる人間しか要らないというものだが霊力を封印されるかもしれないリスキーな賭けにも乗ったほど夕三に執着を示したのだ。
「本当は知って欲しかったんだろ。自分はここにいるって、誰かに認めて欲しかったからそれだけ『人間』を拒絶していても『人間』の前で歌うことを決めた。再デビューした時も『宵待月乃』でもなく本名を使ったのもそういう意図があったからだろうが」
夕騎はさらに力強い一歩を踏み出し、
「俺は
いつの間にか腰が抜けるようにへたり込んで座ってしまっていた美九に伸ばされた夕騎の手。
散々精霊達の攻撃を受けていたせいでその手は血が伝っていて顔も見てみれば殴られた青痣などで何も怪我をしていない美九よりもずっとボロボロだった。
だが美九もわかってしまった。
この夕騎という男はこれまでも同じようにこんなにもボロボロになりながら、血を吐きながらも精霊を守ってきたのだろう。
精霊を愛してるから、初めは戯言だと思っていたのにそれだけの気持ちでこれほどまでに無抵抗で死にかけるまで攻撃を受けることなんて他の男には出来ない。だが出来たということは心の底から精霊を愛している証拠を美九は見せつけられた。
ただ愛してるだけではなく愛されてもいた。<
もし、本当にもしもの話だがもっと早くにこの人と出会えていたならば自分も零弥のように幸せそうな表情を――
「どうして……どうして、もっと早く、私の前に現れてくれなかったん、ですか……」
自分でもわがままを言っていることはわかっている。
それでも美九は涙を流しながらそっと夕騎の手に触れた――
○
「それにしても凄いサイズですわねェ……」
「小玉のスイカ入りそー!」
「何やってんだよお前ら……」
士道と狂三、兆死一向がやってきていたのは美九の自宅。
初見の士道が驚いているうちに狂三と兆死が手際良く錠を破壊して侵入し、二階にある本人の寝室に入っているのだ。
どうしてわざわざ美九の家に来ているかというと美九に不可解なことがあるということでやってきたのだが先ほどから二人は部屋の中を物色していてしていることは泥棒と何ら変わりない。
そして女子二人がきゃーきゃーはしゃいで見ているものはというと――
「士道さん見てくださいまし」
「さっきチラっと見えたけど持ってるのブラジャーだろ!」
「ふふ、士道さんはピュアですわね」
狂三はクローゼットを漁って取り出していたのは美九のブラジャー。それは本当に大きなサイズで比喩でもなく小玉のスイカなら入ってしまいそうである。
「つうか遊んでる場合じゃないだろ? こうしてるうちにも十香は危険な目に遭ってるかもしれないし、夕騎の方も心配だ」
「十香さんはともかく夕騎さんなら大丈夫ですわ」
ブラジャーを指で抓みながら狂三は自信ありげな表情を浮かべ、
「夕騎さんは士道さんと同じく真っ直ぐなお方ですわ。それに士道さんと違って頼りになりますわ」
「わ、悪かったな頼りなくて!」
「まあまあ、そんなに息を荒げないでくださいまし」
狂三がブラジャーを持っているのでそちらの方を直視出来ないが狂三が愉快そうに笑っているのは何となくわかっているので反論しようとするが狂三に頭をツンと軽く突かれて阻止される。
そんな風に狂三が一方的に楽しんでいるだけだが狂三と士道の会話している様子を見て兆死は何やら不満そうに頬を膨らませ、
「ママにはパパがいるの! どーん!」
「ごへぶっ!?」
クロスチョップが直撃した士道は棚の方に飛ばされてぶつかれば衝撃で棚のものがバラバラと床に落下する。
突然の兆死の行動に狂三も驚き、
「ちょ、ちょっと兆死!? 大丈夫ですか士道さん?」
「う、おお……大丈夫だ」
割と勢いはあるクロスチョップだったので士道も頭に手を置きながら起き上がると狂三は駆け寄り、士道の上体を起こす。そうしているうちにも兆死はヒーローのような決めポーズを決めており、
「ぬわははは! ママを誑かす悪しき者め!」
「今の状況で悪しき者はあなたですわよ兆死。もうこの子は……本当に申し訳ございませんわ士道さん」
狂三が注意しても反省する様子がない兆死はなおも「ぬわはははー!」と笑いながら美九のベッドでぽよんぽよんと跳ねていてこちらの様子はもはや視界にすら入っていないようだ。
その態度に狂三も呆れて息を吐き、
「本当に困った子ですわ」
「その、何だ、狂三も苦労してるんだな……」
「当たり前ですわ……って士道さん、その手怪我を」
「あ、本当だ。でもこんなの唾でもつけてりゃ治るだろ」
言われて気付いたが先ほどの衝撃で手を掠めていたのか擦り傷のようなものが出来ていて狂三は士道からそう聞くと狂三は怪我をしている箇所に舌を這わせる。
「わ、ちょ!? 狂三!?」
「きひひ、唾をつけておけば治るのでしょう? それならわたくしは治癒の助力をしたまでですわ」
そう言って狂三が士道から離れるとあれだけベッドではしゃぎながら跳ねていた兆死が士道の方をじっと見て様子を伺っており、少しすればこの世の終わりかと思えるような悲壮な表情になる。
「う、浮気だ……ママがイツカシドーに『べろちゅー』してた……」
「兆死、何を勘違いしてますの? 今のは治療であって――」
「パパに言いつけてやるー!」
「もうややこしいですわこの子!」
あの状況で狂三が士道に接触するのはかなり不確定要素でその場にいた兆死を士道の護衛に回したのは流石の判断力だと思うが如何せん兆死は未熟。身体は大きくてもどこまでも子供なのだ。
今にも外に飛び出しそうな兆死を<時喰みの城>でどうにか動きを封じ、
「兆死が余計なことをする前にさっさと用事を終わらせますわ」
このまま士道に何かをするだけで浮気だーなどと言われて夕騎にそのことが伝われば狂三に対する印象も悪くなってしまう可能性がある。その可能性をゼロにするために短銃を構え兆死の頭を銃弾で撃ち抜く。
「な、何してんだよ!?」
「大丈夫ですわ、<時喰みの城>の応用技ですもの」
「んー、ママ今何かあったー?」
「平気、みたいだ……」
士道も狂三の行動に驚くが兆死は何が何だかわからず、まるでつい先ほど自分が言ったことや見たことを忘れているようだ。
「時間を奪う、と言っても寿命だけではありませんわ。こうして『記憶』という時間も奪えますの。まあ記憶を奪えば他人の嫌な
簡単に説明すると狂三は士道のすぐ傍に落ちてあった缶の中に入っていた写真を一枚手に取る。
「これはこれは……」
それは美九と思われる今よりも幼い少女が両親と思われる男女と共に写っていた。その写真を見れば狂三は<
「【
写真をこめかみに合わせ、その上から【
士道もいきなりのことで驚くものの狂三はその疑問を答えることもなく、士道より先に美九に抱いていた違和感に気付く。
「なァるほど、そうでしたの。わかりましたわ士道さん」
「わかったって何がだよ?」
「それは道中に話しますわ。それではわたくしは納得しましたしDEM社に乗り込みましょう」
「俺は納得してないんだけど!?」
そんなことは知ったことかと狂三は士道をお姫様抱っこするように抱えると部屋の窓から飛び出し、兆死もその後をついていくように出て行くのだった。
○
「夕騎、身体は大丈夫かしら?」
「んー、まだ痛むな。修復終わるまでもう少しかかりそうだ」
戦闘の痕や夕騎の血の痕が広がるホテル内で現在夕騎は座り込んでいて零弥や四糸乃、八舞姉妹が出血箇所をタオルを用いて圧迫止血を行っていた。
「ごめ、んなさい……わ、私の、せいで夕騎さんが……」
「ごめん、操られてたからってのは言い訳にもならないしとにかくごめん……」
「謝罪。申し訳ありません、夕弦たちの不甲斐なさのせいでこんな目に」
「いやいや、これは四糸乃のせいじゃねえよ。勿論八舞姉妹も零弥も美九のせいでもない、俺が望んでこうなったわけだから気にすんな」
あれから美九は精霊たちの洗脳を自ら解除され口々に夕騎に謝るが本人は何ともないと言わんばかりに精霊たちに笑みを向ける。むしろこれだけ心配されれば怪我した甲斐もあるのでは、とさえ思うが重傷には変わりない。
兆死に教えて貰った治療法は裂傷用のようなもので氷柱や槍の傷は今も修復中だが零弥に殴られ大きくヒビが入った骨まではまた違う方法を用いらなければならないようだ。
それよりも美九はどこにいったのか、すぐに見つかった。
「…………」
夕騎のすぐ傍に座っていて服の袖をきゅっと握り締めている。いつもは主導権を握りたがる節があったというのに今はそれを潜めて黙って夕騎に引っ付いている。
黙っていた美九だが視線を向けてみれば拗ねているようにも見えてそれでも<
「<
持ち前の美声を披露し、歌声がパイプオルガンに響いたかと思えば特に痛いと思っていた顔面の痛みが消えていく。
「これは……?」
「……【
「ありがとな美九、心配してくれたのか?」
「……私はまだあなたのことを完全に信用してません。ですから――」
「任せろ、必ず信用させてみるさ。それと美九、頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
「ああ、十香を……士道がチ○コ晒した後で攫われたあの女の子を助けるのを手伝って欲しいんだ」
頭を下げ、十香救出の助力を請う夕騎に美九は――