デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「後悔させてあげますっ!!」
その一声と共に鍵盤を横薙ぎに奏でればステージ上に残っていた出演者達が一斉に士道に向かって走り出す。
士道に残された道は一つ、かなり望みの薄い話だが真っ直ぐ駆け出すと肉薄する寸前に氷の壁が出現し士道の行く手を阻む。
「まさかこれは……」
「お、お姉さまは、私が……守ります……」
『士道くーん、そんなことよしのんが許さないぞー?』
霊装を限定的に解除された四糸乃は士道と美九を隔てるように現れ、『お姉様』という呼称から考えられるに操られていることは間違いないだろう。
「我らが姉上様に盾突こうなど紛うことなき阿呆だな」
「肯定。無謀な行動です」
続いて巻き起こるは嵐のような風、美九の上空で静止し四糸乃と同じように霊装を限定解除した八舞姉妹も同様に操られてしまったようだ。
しかし正直な話だが四糸乃と八舞姉妹、美九だけであれば夕三一人でどうにでもすることが出来る。
一番の問題は――
「私が美九を守るわ。だから危害を加えようとするあなたは敵よ、士道」
咄嗟に両腕をクロスした士道に直撃したのは具足の蹴り。霊力による加速が加えられていなかった分手加減しているようにも見えるが最も敵に回してはいけない精霊が敵に回ってしまった。
他の精霊達とは違い、霊力を封印されている状態でも完全に扱うことが出来る精霊――零弥。
相変わらず美しい霊装に身を包み、美九の前に守るように立ち塞がれば白盾をいくつも顕現する。
「ぐっ……おまえらまで……」
蹴りの威力で観客席に突っ込んだ士道は琴里の霊力によって回復能力を持っているが痛いものは痛い。手加減された蹴りであろうとも身体のどこかは骨折してしまっているだろう。
「ふ、ふふ……あははは! まさか会場にこんなに精霊がいるだなんて! しかもどの子も私の好みな子ばかり! もうあなたに用はありませんし、やっちゃってください!」
光の鍵盤に手を叩き込めば四糸乃、八舞姉妹、零弥が士道に敵意を向けていると出演者の中から霊装を限定解除した十香まで出てきていよいよ絶体絶命である。
「十香まで……嘘だろ!」
冷気の本流、風圧の塊、霊力の砲線、回復能力さえあれば耐えられるものだが激痛は不可避。
未だに捕らえられている夕三は少しばかり過去のことを思い出していた。
それは十香が来禅高校に転入してから一ヵ月後ほどのこと、五河家で十香とゲームをしていた時のことだった。
(おまえは精霊の願いを叶えてくれると言ったな)
(んまあ、叶えられる範囲なら何でも叶えてあげるつもりだけど)
(なら、ひとつだけ頼みたいことがある)
(ん、どーぞ)
テレビ画面から不意に視線を外した十香は夕騎を見据えながら言ったのだ。
(――私に何かあった時は、シドーを守ってくれ)
「……任せとけ」
全身から霊力を爆破させて拘束していた人間を引き剥がした夕三はそのままクラウチングスタートで走り出し、士道の目の前まで一瞬で移動すれば身構える。
「<
長針の剣と短針の剣を顕現し、その剣に霊力を帯びさせれば斬撃として飛ばす。
バツ字で繰り出された斬撃は冷気と風圧を吹き飛ばし、美九の方へ一直線に向かうが前に立っている零弥が白盾で斬撃を凌ぐ。代わりにこちらには斬撃を躱して尚も接近する砲線一つ。
<精霊食い>の力さえあればこんなもの喰うことが出来るのだがないものを望んでも仕方がない。剣を捨て両手に霊力を纏った夕三は姿勢を低め、
「【四動瞬閃轟爆破・竜嵐】」
砲撃の直撃と共に身を回転させ、粘性を持たせた手の霊力に砲撃を絡めるように回し自身の霊力を混ぜて威力を底上げしてまるで霊力の嵐と形を変化させてそのまま零弥達に向かって返す。
「【
後ずさりそうになる美九に至って冷静な零弥は白盾を五つ連結させ花弁のようにしたかと思えばたった一撃の砲撃で相殺してしまう。
「す、すげぇ……」
爆風が巻き起これば士道は腕で風を凌ぐようにしながら感嘆の声を上げる。
一方夕三は少々危機感を感じていた。やはり限定的に霊装を解除した四糸乃達とは違って本気の零弥と相対するだけでもキツイ。それも士道を守りながらだと尚更だ。
それにまだ頭痛は完全に治っていない。おかげで動きも若干鈍く、このまま零弥と戦っても勝てるかどうか。
「あ、ありがとな、夕三……」
「いいってことよ、前に約束したことを履行してるんだしな」
その約束が何のことはわからない士道だがそうしているうちにも十香がこちらにやってきて耳元から音楽プレイヤーを外すと怪訝そうに首を傾げ、
「シドー、ユミ、これは一体どうなっているのだ……?」
「十香!」
耳に着けていた音楽プレイヤーのおかげで美九の『声』は聞こえていなかったのか十香は無事だった。だが現状不利なことには変わりない。
「なあ二人共、ここはオレに任せて逃げろ」
「逃げろって……でもよ!」
逃げろと言われてもはいそうですかともいくわけにはいかない士道は美九の方を一瞥すると舌打ちせんばかりな表情を返され、零弥が士道達の方へと突っ込んでくる。
「と、いうかぶっちゃけ邪魔! オレ誰かを守りながら戦えるほど器用じゃねえんだって!」
振り下ろされた聖剣に別角度から飛んで来る聖剣に大忙しな夕三はまともに守ることが出来ずに白盾の砲身から発射された霊力で吹き飛ばされる。
「ユミ!!」
十香も加勢しようとするが冷気と風に阻まれ思うように動けずにいると観客席まで飛ばされた夕三は瓦礫を蹴り飛ばしながら復活し、
「だぁー零弥これ以上するなら本気戦うぞコラァ!!」
「構わないわ、本気で来たとしても私の方が強いもの」
「カッチーン!! ブチギレマックスだ覚悟しろ零ぶごば!?」
立ち上がっていよいよ本気を出そうかと思った夕騎だったが突然ステージ天井が砕かれ落ちてきた瓦礫にそのまま生き埋めにされてしまう。
「夕三大丈夫か!?」
反応する前に生き埋めにされてしまったために士道も駆け寄ろうとするが突如として現れた女性を見ればその足は自然と止まる。
全身に白金のCR―ユニットを身に纏い、線の細いシルエットの女性。
見間違えるはずがない。或美島でいくつもの幸運があってようやく退けることが出来ただけで霊装を限定解除した十香さえも軽々と凌いだ――エレン・M・メイザース。
「目標、夜刀神十香。そして五河士道らしき女生徒も発見、これより捕獲に移ります」
「――させっかよ!!」
エレンの危険性はわかっている。狙われているのであればますます逃がさなければならないと夕三は瓦礫の中からエレンの足首を掴んでは投げ飛ばそうとする。
「新たな精霊、あなたの情報も入っていますよ。ですが、霊装も纏わずに私と相対するとは私も舐められたものですね」
「ぬぐ……」
人類最強の
「ほう。考えましたね、ですが――<ロンゴミアント>」
切り札をそう易々と使うのは不毛だが零弥との一戦からエレンは何事にも慢心しなくなった。それほどまでにあの敗北は人類最強にとって重かったのだ。
零弥に壊されたおかげで新しくなり出力も上がった<ロンゴミアント>は射出されれば夕三の腹部に直撃し軽々とその身体をステージの彼方まで吹き飛ばす。
「っ!」
美九は呆然と眺めているだけだったが零弥は操られているにも関わらず霊力爆破によって加速し、<ロンゴミアント>をはるか上空へと蹴り飛ばす。
「私を一度打ち負かしただけあって流石ですね。今すぐリベンジをしても良いのですがまずは目的を果たしましょう」
たった一撃で<ロンゴミアント>を退けた零弥に油断出来ないと思ったエレンは零弥には向かわず目的である十香に向かって突貫する。
「く、シドー逃げろ!」
「に、逃げろってどこにだよ!」
迷っている暇なんてない。十香は一層強く士道の手首を掴めば天井に空いた穴に向かって思い切り投擲する。少しでも遠く逃げられるようにと十香なりの気遣いがカ今見えた。
「……考えましたね。ですが、あなたは捕らえさせて貰います」
前回よりもはるかに軽い〈
「がはっ……」
「少しおとなしくしていてください」
昏倒すれば十香を脇に抱え飛び立とうとするエレン。しかし、ただそれを見ているだけで黙っているほどおとなしくない夕三は傷を負いながらも瓦礫を撥ね退けて地を蹴る。
「十香を返せッ!!」
「冷静さを欠いた時点で敵いませんよ」
愚直に正面から迫る夕三にエレンは一息吐けば十香を抱えながら大剣を構えるが夕三は大剣の間合いに入る寸前に急停止し口を開け、
「【
「――ッ!」
けたたましい咆哮は
「こ、れは……っ!」
予想外だったのかエレンはまんまと引っかかってしまい、怯んでいるうちにも夕三は拳を握りしめて肘から霊力を噴出して打ち放つ。
「【一天墜撃】ッ!!」
「ふ、残念でしたね」
「どっちがだっつうの!」
そんなことはわかっている。<精霊喰い>の力は使えずいつものポテンシャルを発揮出来ない。それでも夕三は夕三の出来ることをする。
「ぐ……っ!?」
余裕そうに笑んでいたエレンの身体は苦悶の声と共に『くの字』に曲がる。
【三鳴衝撃】。【一天墜撃】から派生したのはこれが初めてだが知覚していなければ発揮出来ない
「……一矢報いたぜ人類最強」
「ですが、あなたは限界のようですね」
一撃浴びせたものは良かったがいつの間にか大剣によって何撃も斬られており、両脚と肩口や色々な箇所から血を垂らして立ち上がることも出来ない夕三。
身体が本調子であれば、と悔やんだところで言い訳に過ぎない。
「悪ぃ士道」
動けない時点で負けは確実、このまま自分もDEM社に連れて行かれると思ったがエレンはそのまま踵を返して天井に向かって浮かび上がっていく。
「私相手によくやったと思います。私の目的は夜刀神十香の捕獲、あなたは目的には含まれていませんので見逃してあげます」
「次会った時覚えてろよ……全快からの本調子でドギモ抜いてやっからよ」
「一応期待しておきます」
そう言って去っていくエレンにまずは身体の修復をしなければならないと夕三は追うことも出来ずに目を閉じた。
○
「夕騎、夕飯まだでしょ? 作ってきたわ」
「…………」
夕三は現在物凄く不機嫌だった。
あれから美九の下僕の手によってステージ裏に用意されていた医務室で夕三は頬を膨らませながら食事を用意してくれた零弥にそっぽを向いている。
「要らねえよ」
「そんなこと言ってないで食べなさい」
まるで反抗期真っ盛りな子供を扱うような態度で零弥はご飯を一口箸で摘まんで夕三の口に運ぼうとするが夕三はその手を払い、
「……何で十香を助けてくれなかったんだよ」
この一点において夕三は腹を立てているのだ。
例え美九に操られていたとしても零弥は精霊を守る精霊でいてくれると勝手なことだが思っていたのにあの時協力してくれなかったことに不満を抱いている。
落ちてしまったご飯を拾いながら零弥はさも当然のように言う。
「あの場で美九を優先するのは当たり前でしょ? 彼女は世界の中心なのだから」
その言葉に夕三は理解した。美九の能力は『洗脳』といっても対象に対し『誘宵美九』という少女の優先順位を誰よりも上にすることで心酔させるものだということを。
だが苛立ちを抑えきれない夕三は奥歯を噛みしめ、
「何だよそれ、十香は今までずっと一緒に居たんだぞ……」
「美九以外なんて二の次、当然のことだわ」
「ああそうか、わかったよ。もう今のお前と話しても無駄だってことはよぉくわかった。出ていけよ、『敵』の施しなんて受けたくねえ」
「夕騎――」
「うるせぇうるせぇ早く出ていけよ! 美九のことが一番なんだからソッチに行ってろ!」
枕やら何やらを投げつけ無理矢理にでも零弥を医務室から追い出した夕三は大きなため息を吐くと額に手を当て、
「……だっせぇなオレ」
本来なら自分が十香を守らなければならないというのに零弥に八つ当たりしてしまい、罪悪感を抱きながらも身体の修復を続ける。兆死がやって見せたようなやり方はそう難しいものではなく慣れていないために時間は掛かるものの【
完全に回復するにはもう少し掛かるが問題なのはこれからのことだ。十香はDEM社に攫われてしまい、士道はDEM社と美九両方から狙われてしまっている。
美九をこの場に留めることは夕三にも出来るが十香を救出するために士道は何も策がなかったとしても動くだろう。
どうするべきか、夕三は悩んでいるとふと姿を現す人影一つ。
「パパ、大丈夫?」
「――兆死!?」
どこから入室してきたかはわからないが兆死は夕三のことを心配そうに見ており、その様子は美九に操られているようには見えない。
「お前あの天使の音聞いて美九に操られてないのか?」
「操られる? 何のこと?」
「すごい音聞こえたろ、それからみんな美九って精霊に操られてんだ」
「むふふ、パパはキザシのことを甘く見すぎだよー。キザシはそういうの効かないんだー」
「……マジで? じゃあ今一番兆死の中で優先順位高いの誰か教えてくんね?」
「パパとママに決まってんじゃん!」
質問の意図はわからないが聞かれれば兆死はにこっと笑って天真爛漫に答える。
少し感動してしまった夕三は兆死のことをぎゅっと抱きしめ、
「良かった兆死、お前に頼みがあるんだ」
「ほえ? 何?」
「五河士道っつう青色に近い髪色をしてて身長も結構高い男がいるんだけど士道を見つけて協力してやって欲しい。オレは今ここを離れられないしお前に頼むしかないんだ」
「んー、わかった!」
パパと呼んでいるだけあって夕三の願いに何も考えることなく兆死は拳を挙げて快諾する。
「パパはこれからどうするの?」
「オレはここで美九と決着をつける」
「でも『たぜーにぶぜー』なんでしょ? チョー強いキザシがパパを手伝えばあんなヤツらなんてラクショーだよ?」
「ただ叩きのめすんじゃ駄目なんだ。それにオレは一人で大丈夫だ。だから兆死は士道を守ってやってくれ、アイツは超弱いからな。超強い兆死なら出来るだろ?」
「……うん!」
「よぉし、いい子だ」
頭を撫でてやれば兆死は満足そうな笑みを夕三に見せ、立ち上がればうんうんと頷く。
「それじゃあ行ってくるね!」
「おう、行ってこい」
笑顔のまま兆死は扉ではなく壁に手を当てれば壁はまるで水面のように波を打ったかと思えばその中に兆死は消えていく。兆死を見送った夕三はハハハと笑い、
「なあ美九、どれだけお前が能力を使おうがやっぱり『輪』ってモンはどこか切れてねえところがあるんだよ」
そう言って一人で笑いそうになるが傷が痛むのかその場でうずくまっているとふと思ってしまった。
――兆死に身体の修復手伝って貰った方が良かったなちくせう……。
あちこち痛む身体を抱えた夕三はしみじみそう考えるのだった――