デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第六話『AST』

 「……結局、名前聞きそびれちまったな」

 陸上自衛隊・天宮駐屯地の一角に位置する格納庫で一人の少年はさぞかし残念そうにため息を吐いていた。

 この少年、月明夕騎は本来であればこんなところに来る必要はないのだが負傷した隊員たちを運んだ流れでここにいる。

 周りを見るとCR―ユニットを解除したことで超人から一般人に戻った隊員が疲れきった表情で元の重力に身体を慣らしている場面が見られ、その他は担架で運ばれる隊員の姿がより一層多く見られる。

 〈プリンセス〉に加えて〈フォートレス〉も同時に出現したのだ。被害もいつも以上に大きくなるだろう。

 それに隊員たちを心配しないのにはきちんとした理由がある。治療用の顕現装置(リアライザ)を用いればよほど深刻な怪我ではない限りすぐに完治する。だから心配するだけ時間の無駄なのだ。

 夕騎の脳裏には今日出会った精霊〈フォートレス〉の後ろ姿が鮮明に思い出される。あの美しさは夕騎をひたすら魅了してくれる。夕騎の人生にとって精霊とはなくてはならないもの、守らなければならない保護対象なのだ。

 彼がここまで精霊に執着するのはDEM社に所属してから起こったある出来事(、、、、、)が原因だった。その出来事によって夕騎は精霊に妄執し、狂信し、愛する心を抱き始める。

 だが出向先の対精霊部隊に所属している者や精霊の存在を知っている者は皆口を揃えて言う。

 ――世界を殺す災厄・精霊。

 精霊喰いの力を持っている夕騎にとっては至って普通の少女としか思えないが。ASTたちにとってはどこからともなく現れ、気まぐれに破壊を撒き散らす天災的怪物。超人たるAST隊員が束になっても傷一つ付けられないことも含めて畏怖すべき存在。

 ASTにとって夕騎の思想は目の敵にすべきものである。だが彼の持っている牙は夕騎のもとでしか効力を発揮しない。だからこそ利用するだけ利用する。実に人間らしい考え方だ。

 DEM社のアイザック・ウェストコットも利用価値がなくなれば自分をいとも簡単に捨てるだろう。

 「月明夕騎」

 ここには何の用もないと立ち去ろうと思っていたら話しかけてくる声が聞こえてくる。

 その人物は〈プリンセス〉と戦闘し、消失(ロスト)するまでの時間を稼いでは精霊を撃退したという少女、鳶一折紙だった。表情はいつもながらに無表情だが双眸はきちんと夕騎の姿を捉えている。

 「何だよ鳶一、精霊を見事撃退したんだって?」

 「撃退なんて、していない」

 夕騎が社交辞令の如く折紙の功績を皮肉っぽく讃えるが本人はまるで否定する。

 「それに、あなたは何をしていたの?」

 いきなり核心に近づくような質問をされる。

 「何って精霊たんと戦ってたんだが」

 「嘘。あなたは全く戦っていない」

 〈フォートレス〉との対峙中は折り紙とはまるで真逆の位置にいたというのに彼女の視線は鋭く夕騎の嘘を無抜いていた。

 「どーしてそう思うワケ?」

 「服に砂埃すらないのはおかしい。戦っていたというなら砂埃を払う暇もないはず」

 「消失(ロスト)したあとで払ったってのは考えねえのか?」

 「あなたは他の隊員を運んでいてそんな余裕はなかった、違う?」

 「……参った参った。確かに俺は戦ってねえよ」

 ここまで洞察力に長けているのならこれ以上嘘をついても意味はない。それに元々AST隊員から好かれようとは思ってもいないのでここは素直に白状すべきかもしれない。

 「どうして戦わなかったの? あなたの方には〈フォートレス〉が出現していたというのに」

 「やけに喋るじゃねえか。別に戦うまでもなかったっつう話だよ」

 夕騎の言葉を聞いて折紙はいつもの冷静さから考えられない苛立たしげな態度で歯をギリッと食いしばり、やがて冷静を取り戻したのか小さく唇を動かす。

 「精霊を倒すのが、ASTの役目。あなたは精霊を殺すことができる、なのに何故そうしないの?」

 「疑問が多いことだな鳶一。俺はお前らと違って精霊に何の恨みもない」

 「……あなたも精霊に家族を奪われたくせに」

 小声で反論する折紙に対して夕騎は家族のことを少し思い出す。専業主婦だった母親、一般サラリーマンだった父親、活発で元気溢れていた妹、その全員が消え去った。

 精霊を恨むにはそれで充分だ。復讐する理由にもなる。

 それでも。

 「ふぅん、その言い方だとお前の家族も精霊のせいで奪われたっつうクチか」

 「だったらどうしてッ!」

 「お前とは考え方がまるで違うんだよねえ。誰しもが家族を失ったからって精霊に敵対心を抱くのっつうのは大間違いさ。予め言っておくけど俺は撃退しかしねーぞ?」

 同じ状況で家族を失ったという唯一絶対の共通点を持つ二人だが、言い分は全く交わらない。

 二人の言い分が激化していくと見られた瞬間、介入する者が現れた。

 「やめなさい二人共」

 二人の頭を強引に両手でそれぞれ抑えたのはワイヤリングスーツに身を包んだ二十代半ばといった女性だった。

 日下部燎子一尉。二人が所属するASTの隊長格だ。

 「二人共よく精霊を撃退してくれたわね。夕騎、私は折紙と話があるから今日はもう返っていいわよ」

 「よっしゃサヨナラっス!」

 帰宅していいと言われた夕騎は折紙に一瞥もせず走って去っていく。折紙はその走り去る姿を半ば憎々しげに眺めつつ見送ったのであった。

 

 

 

 「道に迷った……だとッ!?」

 調子に乗って走り出したのは良かったもののここに赴任してきて時が浅く、ASTの施設内に関しては知識ゼロだった。つまり道に迷ったということだ。

 入ってきた場所から出るのもひとつの手段なのだがそのためには燎子と折紙の前を再び通らなければならない。気にしていないとはいえ気まずさがある。ここはおとなしく違う道から出よう。

 ――早く〈フラクシナス〉に戻って〈フォートレス〉についてことりんに聞きたいことがあるのによぉ……。

 一瞬の幸福のあとには連続する不幸が身を襲う、誰かがそんなことを言っていた気がするがいまの状況ではまさにそうだ。

 ――隊員の誰かに道を聞いてみるか? いやいやあんまり関わりたくねえしなぁ、いまの状態じゃあ誰と話しても鳶一みたいに口論になっちまいそうだからな……。

 施設内を探索してみても一向に出口が見当たらず、施設内地図すらない。不親切極まりないと思いつつも歩き続けていると後ろからごそごそと動く気配が感じられる。

 先ほどからそれは感じていたのだが無視していた。何故なら尾行というにはあまりにも雑で物音がさんざんなってしまっているからだ、脅威になることはまずありえないだろう。

 「さっきからチョロチョロついてきてんのはわかってるから隠れてないで出て来なさーい。いまならデコピンで許してやっから」

 尾行(仮)があまりにも疎かで見ていられなくなった夕騎は通路の角に向けて話しかけてみると観念したのかひょこっと一人の少女が頭を出し、やがて姿を現してはぺこりとお辞儀して自己紹介を始める。

 「は、はじめまして! 私の名前は未季野きッ!?」

 自己紹介が終わる前に少女の額に夕騎のデコピンが炸裂する。

 「イっタいですぅううう、何するんですかぁー」

 「何するんですかぁー、じゃあありません。コッチが逆に言いたいセリフだコラ。バレバレのストーカーしやがって俺のファンですかチクショウ」

 「はい! ファンです!」

 道に迷って苛立っている夕騎には容赦がなかったのだが少女は目を爛々とさせて頷く。

 「は?」

 この態度にはさすがの夕騎でもびっくりである。精霊にしか興味がない夕騎にまさかファンと公言する少女が現れるだなんて。

 「私の名前は未季野きのです! これから末永くよろしくお願いします夕騎先輩!」

 「何言ってんのかさっぱりわからぬで御座る。ASTからの見張りか? あと名前は?」

 「未季野きのです! いえいえ、私って本当に最近隊員になれたばかりですし性格的にも人を騙せたことはありません! ババ抜きで友達に勝ったこともありません!」

 未季野きのと名乗った少女は本当にそんな感じの少女だった。茶色がかった髪はボブヘアー程度に切り揃えられていて体格も小さくいかにも抜けているというか天然というか、間抜けといった風体である。歳は夕騎よりひとつほど年下といったところだ。あと敬礼を左手でするのは作法がなっていない。名前を聞いた直後で名前を聞き返しても律儀に返してくれる。

 「ああソウデスカ。ところで何の用かなちっちゃいのちゃん」

 「未季野きのです! 今日は個人的な挨拶をしたくてやってまいりましたでございます!」

 「若干日本語がおかしい気もするが……、個人的に挨拶されるほど仲良くする気はないぞ? で、誰だっけ」

 「未季野きのです! この度、私は燎子隊長から特別に夕騎先輩を運搬する係に任命されましたので先輩と仲良くしたいです!」

 「要約すれば雑用を押し付けられちゃったみたいだな。ドンマイ、ミジンコちゃん」

 「未季野きのです! さすがにミジンコは酷いですよ!」

 元気があるところは妹に似ているがここまで妹はうるさくない。うん。

 挨拶を終えて用もなくなったと思った夕騎は歩を進めようとするがきのの足も自然に進む。まだついてくる気かこの少女は。

 「……まだ用があるのか、きの」

 「未季野……あ、ようやく名前を呼んでくれましたね! 用はというとですね、普段からコミュニケーションを取りたいんです! ダメですか!?」

 「ダメです、先輩は忙しいんです」

 「見ていた限りただ道に迷ってるだけだと思っていますが……すみませんすみませんすみません!」

 確かにそうなのだがきのに言われると何だか果てしなくムカつくのでとりあえずアイアンクローを繰り出して黙らせる。

 「そうだ、本当に親睦を深めたかったらちょっとジュース買ってきてくれ」

 「はいわかりました! 何のジュースがいいですか?」

 「炭酸飲料」

 「了解です! ソッコー行ってきますからそこで待っててくださいね? 絶対ですよ? 絶対ですからね!」

 何度も確認しながら太陽のような笑顔でパシリという親睦を深めるために全力ダッシュしていったきの。当然、待つわけがない夕騎は彼女が進んだ方とは逆に向かって全力ダッシュを開始する。

 ――あんな面倒なのにこれ以上絡まれてたまるかってんだ! ドロンだドロン!

 「夕騎先輩走るの速いですよー!」

 声がしてハッと隣に視線を向けるとそこにいたのは先ほどジュースを買いに行ったばかりのきのがジュース缶を両手に自分と並走していたのだ。しかも缶を持つ手は全くブレておらず、きのの繊細さが垣間見える。まだ走り出して一分も立っていないはずなのにどれだけこの少女は素早くジュースを買って往復してきたのか、さらにちゃっかり自分の分まで買っている。

 夕騎の足は決して遅くはない、むしろ速いほどだ。なのにこれについてくるとはきのも伊達にASTの訓練を受けているわけではないようだ。

 「おぅふ……」

 これには逃げられないと思った夕騎は急ブレーキして立ち止まる。きのもそれに合わせて立ち止まり、息切れひとつもなく話しかけてくる。

 「いやぁ速いですね先輩! 追いつくのがやっとでした!」

 ――もうヤダ何なのこの子。

 こんな瞬発力と持久力があるのならばもう運搬係などではなく即実働隊に行った方がいいのではないかと真面目に思えてくる。

 ジュース缶を受け取った夕騎は近くにあったベンチのような椅子に座るときのもちょこんとすぐ隣に座る。本当に何者なのかわからない少女だ。

 「いくらだった? 返すけど」

 「いいえ大丈夫ですよ。今回は私の奢りということで」

 「それは助かった……給料日まだだから金なくてすっからかんなんだよ」

 「えぇええええ……」

 缶のプルタブを開けながら暴露するときのは驚きと少し呆れたような声を発する。

 「きのは何でASTに入隊しようと思ったんだ?」

 座ったのはいいが特に話すこともないので定番と言っては何だがきのに入隊理由を問いかけてみる。すると彼女はスポーツ飲料が入った缶のプルダブに苦戦しながら答える。

 「私の家庭ではお父さんがいないんです」

 いきなりハードなものがきた。

 「私が小さい頃に空間震の被害に巻き込まれてこの世からいなくなっちゃって、お母さんが一人で私と弟を養ってきたんです。そんな母に少しでも協力したくて、そして空間震の被害も抑えてお父さんみたいな被害者を少なくしたいんです。そう思ってAST入隊を志望しました!」

 「空間震を引き起こす原因の精霊を恨んではいねーの?」

 「確かにお父さんを失った直後はどうして死ななくちゃいけなかったのかとか原因が精霊だって知った時は自分でもどうかと思うくらい復讐してやりたいと思ってました。でも、ある日気づいたんです。もし殺せたとしてもあとには何も残らないんだって、達成感も何もない。ただあるのは空虚感だけなんだって……だから私は戦闘もせずに精霊を撃退した夕騎先輩みたいに精霊に対する抑止力になりたいです! 精霊を傷つけないように、街を破壊されることがないように」

 「そのためにはまず強くならねえと、力がないヤツが何言っても説得力なんてねえしな」

 戦闘しなかったことを否定し非難する人間もいれば肯定し尊敬してくれる者もいる。

 「出口はコッチか?」

 えらく辛気臭くなってしまったので夕騎は自分らしくないと想い、立ち去ろうと通路の奥を指差す。

 「はい! そっちであってますよ!」

 「そんじゃあ、早く本隊になれるといいな」

 「応援ありがとうございます!」

 きのに背中を向けつつ適当に手を振って立ち去る夕騎だったが、このあとも施設内を彷徨ったのは内緒の話。

 

 

 「ようやく帰ってきたわねミイデラゴミムシ二号ッ! どんだけ待たせるのよ!」

 「スンマセンッ!」

 〈フラクシナス〉にやっとの思いで帰還した夕騎だったが待っていたのはお茶目な司令官からの苛烈なドロップキックだった。

 夕騎はそれを腹部にぐぴゃーっと受けて後方に吹っ飛び大の字になって倒れる。

 「イテテ……コッチだって色々あったんだってことりん! 鳶一に絡まれたり後輩に絡まれたり!」

 「言い訳なんて必要ないわ。ほら士道、早く挨拶なさい」

 「ゆ、夕騎まで!?」

 床に激突する際に頭を打ってしまったのか少し頭がクラクラする。頭をさすりながら立ち上がるとここにいるわけがない士道がそこに立っていた。

 「なぁにこれ幻覚?」

 「間違いなく本物よ」

 「デスヨネー」

 幻覚でも何でもなくそこにいたのは夕騎の隣人である士道だった。

 「いやーおひさー?」

 「今日学校で会ったばかりだろ!」

 「夕騎は〈精霊喰い〉っていう精霊を殺す牙を持っているの。士道と同じ方法で精霊を保護しようとしているわ、仲良くしなさい」

 「え、ちょ、また新しい単語出てきたんですけど……」

 夕騎が〈フラクシナス〉に到着する前から士道は琴里から精霊や〈ラタトスク〉の方針、精霊を無力化する方法を聞いていたようで頭の容量がオーバーしそうになっていた。

 「てか何で士道っちがいんの?」

 「士道はあなたが〈フォートレス〉に合っている間に〈プリンセス〉と遭遇していたのよ。それであなたの時と同様に精霊を救う方法を教えて半ば無理矢理に〈ラタトスク〉に引き込んだの」

 「わーお過激っスわ司令」

 「――とにかく、いままでのデータから見て精霊が次に現界するのは最短でも一週間後くらい。明日から早速訓練よ」

 「「……へ、訓練? 何の?」」

 士道はともかく夕騎まで呆然と言ってしまった。


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