デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第五七話『大嫌い』

 「と、いうわけで竜胆寺にやってきたわけだが……」

 次の日の放課後、夕三は昨日美九から借りてしまったハンカチを返すために竜胆寺女学院まで出向いていた。

 必死で血のシミを抜いて持ってきたのはいいものの、これは夕三が届けるのではなく士道に頼んで代わりに届けに行ってもらうことでそこからさらにフラグを立てる策にすれば良かったのではないかと今さらながらに思う。

 「でも来ちゃったわけだし……」

 どうしてここまで夕三のテンションが下がっているのか、それは前に整列しながら歩いている教授総回診のような女子の大行列の真ん中に美九がいて話しかけづらいなんて話ではないほど周りの女子達が警戒心を剥き出しにしているからだ。

 しかし、ここで逃げ帰るのも情けない話だと夕三は帰りたくなる気持ちをぐぐっと堪え、脚に力を入れて屈んでいた体勢から立ち上がると大名よろしくの大行列の前に一歩踏み出して立ち塞がる。

 「……?」

 最前列の女子が不審そうな目で夕三の姿を見ると夕三は何かを言う前にポケットから綺麗に折り畳まれたハンカチを取り出し、

 

 「昨日天宮スクエアにてそちらの誘宵美九さんにハンカチーフをお借りした者です。これを返しにきただけなんで別に誘宵美九さんのファンの奇行ではございません!! オレは宵待月乃のファンなので一切! 断じて! 一ミリたりとも!! 誘宵美九さんのファンではございませんので『感謝していた』という言葉と共にこのハンカチーフを返しておいてください!!」

 

 と、本当に大声で宣言して最前列の子にハンカチを渡すとまるで軍人のようなキレの右向け右で後ろを向けば何か問題が起こる前に早々に撤退しようとすると列を分けて出てきた美九に手首を掴まれ、

 「夕三さんじゃないですかー、昨日ぶりですねー」

 「お、おっす」

 「ハンカチを返すにしても手前の子にサッと渡してパッと帰ろうだなんてつれないですねー」

 「正直すまなかったっス。あまりにも大名かってレベルの列だったしそれに誘宵さんも忙しいかなー……なんて思っちゃって」

 「それに昨日はちゃんと『美九』って呼んでくれたじゃないですかー」

 「むむむ……」

 美九がぷんすか怒っている仕草を見せてくるが途中であまりに列を組んでいる女子達の視線が痛いので思わず他人行儀になってしまっていることに気付いたのか女子の列の方に振り向き、

 【――今日はもう一人で大丈夫ですー。また明日会いましょー】

 そういった途端まるでスイッチが切り替わったように女子の列は口々に「はい、また明日に。さようならお姉様」と言ってそれぞれ蜘蛛の子を散らすように分かれていく。

 ――これは能力、か……?

 あまりにも機械的な動きと反応に夕三も不審に思っているとすっかり人がいなくなったことで美九は機嫌良さそうに手を合わせ、

 「これで夕三さんが気を遣うことはありませんねー」

 「別にもう帰るだけだからそんなに気遣わなくても良かったのに」

 「いえいえまだ私には用があるんですよー」

 「え?」

 「夕三さん、これからお茶でもしませんかー?」

 本来なら夕三が誘うべきだったが先手を取られてしまった形だが――

 「ん、いいよー」

 特に断る理由もなく『美九』という精霊を知るにはちょうどいいかと夕三は快諾したのだった。

 

 ○

 

 美九の住んでいる家は竜胆寺女学院から五分もかからない場所にあった。

 竜胆寺女学院もそうだが美九の家もまた何と言うかファンタジーなものでまるで別世界のような洋風の家だ。ここへ招かれた女の子がどうリアクションするのかふと考えてみたものの女心は複雑怪奇とも言うので本来男である夕三にはわからない話だろう。

 というわけで、

 「ワーオ」

 と適当に外国人っぽいリアクションをしておく。

 適当なのが伝わってしまったのかわからないが美九は「やっぱり面白い方ですねー」と嬉しそうに微笑みが送られてくる。

それから数分後。

 「むむ、何とも居心地がアレな家だな……」

 絵本にでも出てきそうな屋敷の応接室に入室を促された夕三はそのまま促されるままソファに座ると美九は「お茶の用意をしてきますねー」と言って出て行ってしまったので夕三は何の遠慮もなくソファにもたれかかって天井を見上げる。

 「何にもないなこの部屋……まあ応接室だから当たり前かー」

 応接室なだけあって美九の私物なんてあるわけもなく夕三は起き上がると他人の家ともあってか落ち着きがなく飾ってある絵を見つければそれを眺め、

 「……オレでも描けそうだなー」

 「夕三さん何してるんですかー?」

 何て学生のほとんどが美術の時間にでも言ったことがある発言をしみじみしていると背後から美九の声が聞こえ、振り向けば美九がトレイを持ってそこに立っていた。

 「ん、もしかしたらこの絵ぐらい描けるんじゃないかなーなんて暇つぶしに考えてたのよん」

 「あらあら、夕三さんは意外と芸術家気質なところがあるんですねー」

 と美九は愉快そうにしながらトレイをテーブルに置くと明らかに高価そうなティーカップに紅茶を注ぐ。

 「わざわざ招いて貰った挙句用意までしてもらってあざまーす!」

 「いえいえー、むしろ用意するだけで夕三さんと一緒にティータイムを過ごせるなんてこっちが感謝しますよー」

 よくわからないが夕三は美九に気に入られているようで、この家に来るまでに聞いたことだが美九は一週間に一度女の子を自宅に招いてティータイムを共にするらしい。それは天央祭の準備期間だろうが関係なく行われるようで本来なら夕三ではなく別の子が呼ばれていたのだろう。

 少しばかりそのことが気になり、

 「でもあの女子列の中に本当なら今日お呼ばれされる子いたんだろ? 大丈夫だったのか? 何だか悪いことしちまった気がするけども」

 「気にしないでください。そもそも今日は夕三さんをティータイムに誘おうと来禅高校に行こうと思ってましたしー。それより手は大丈夫だったんですかー?」

 「大丈夫大丈夫、知り合いに意外にもすげぇ特技持ってるヤツいてよ。ほら、全快してるだろん」

 「あら本当ですー」

 そう言って美九はさりげなく夕三の手を取るとそのまま自らの頬に当て、

 「すべすべしてますねー、すごく柔らかいですしー」

 「そうか? 比べたことないからわかんにゃいけど」

 「それなら私と比べてみましょー」

 恍惚とした表情のまま美九は空いている手で怪訝そうにしている夕三の頬に手を触れる。それによってさらに美九はうっとりとした表情をし、

 「頬もふにふにしてて柔らかいですー」

 よほど感触が気に入ったのか美九は時間を忘れるように夕三の頬をふにふにと優しく触り続け、意図がまったくわからない夕三にとっては怪訝に思うばかりでふと紅茶の方に目をやる。

 「よくわかんないけどあんまり長いと紅茶冷めるぞ?」

 「――っ! そうですねー、夕三さんの触り心地があまりに良くってつい時間を忘れちゃいそうになりましたよー。さ、座ってくださーい」

 「へいへい」

 ようやく夕三から手を離した美九は座った夕三の向かい側に座って先に紅茶を一口飲む。

 正直なところ夕三は紅茶が苦手だ。あのお茶なのに何とも言えない甘い味が苦手で滅多なことがない限り飲まないがここで飲まなければ流石に失礼にあたるだろう。

 作法は心得ているつもりなので後は気合でどうにかすると出来るだけ上品な飲み方をすれば素晴らしい香りが広がり、如何にも『高級ですよ!』と鼻腔から抜けるまで満遍なくアピールしてくる。

 しかし美九の淹れ方が上手なおかげもあってか紅茶が初めて美味しく感じ、夕三はすぐに顔に出るタイプなので美味しいと思っているのが伝わったのか大層満足しているようだ。

 「うん、いいです。独特な話し方もそうですが何より容姿が今までのどの子よりも一番タイプですー」

 ジッと見つめられたと思えばうんうんと頷き、美九は何か一人でに納得する。

 お茶請けに出されていたクッキーを食べていた夕三には何が何だかわからない様子だが美九は構わず言葉を紡ぐ。

 「夕三さん、明日から竜胆寺に通ってください」

 「…………? どして?」

 「夕三さんをとても気に入ったからですよー」

 素で首を傾げる夕三だが美九の表情を見て何となく冗談を言っているようではない。

 むむ、とあまりに唐突な話なので夕三は意味がよくわからずに困った表情をすると美九は手振りを交えながら言葉を続けてくる。

 「お金や学力の心配はいりませんよー、私がお願いしますからねー。住所と寸法を教えてください、今日中に制服を送らせますからー」

 「んー、別に来禅に不満はないしなぁ」

 未だにクッキーを頬張りながら美九の願いを右から左へ受け流そうとする夕三に美九はそんな様子をますます気に入ったのか笑みを浮かべ立ち上がると夕三の隣に座って手を握り、耳元に口を寄せては囁く。

 【――おねがい】

 甘えるような声、直接脳に響いてくるような甘美な声。

 もしも対策なしに美九と相対してれば知らぬ間に美九の【おねがい】に頷いてしまっただろう。しかし、昨日の最後あたりの一言と先ほどの女子の散りようから一応対策をしていた。

 夕三自身も口から発した音に霊力を加えて聞いた相手の身動きを封じる【霊音(レイ・ノイズ)】を使うことから美九の<天使>の能力は音か声に霊力を乗せて他人を操っているものだと考えられる。

 だから耳の入り口あたりに霊力で細かい網目状の膜を作っていた。それが霊力のみを通さずに美九の『声』だけを鼓膜に届かせている。

 「そんな可愛く言ってもだーめ」

 「……ふぇ?」

 顔が近い美九の額に人差し指を当ててコツンと軽く弾くと美九はとても意外そうに目を丸くし、しかし少し考え込めば再び脳に響く声を発する。

 【――服を、脱いでください】

 「んー、服? まあ転校するよりマシだからいいけど」

 意図は不明だが精霊に激甘な夕三は美九の能力とは関係なく快諾し、服のボタンに手をかけようとするがその手はふと止まり、注視していた美九の動きもつられて止まってしまう。

 「ど、どうしましたかー?」

 「ただ脱ぐってのもアレだから美九の私室にいれてくれたらいいよー」

 「全然構いませんよー、むしろ大歓迎ですー!」

 夕三の申し立てに異議を申し立てることなくむしろ下手に悩んで夕三の気分が変わることを恐れた美九は手を引いて応接室から出て行く。美九の私室は二階にあるようで一室に入ればそこはもはやホテルの一室とも思える豪華さだった。

 天蓋付きのキングサイズベッドに八○インチもありそうなテレビなどなどこれで金持ちではなかったら一体何なんだと思えるほどの豪華さである。

 「いつもは応接室だけで私室は見せないんですけど夕三さんは特別ですよー」

 「いえーい!」

 とりあえずとテンションが上がった夕三は戸棚の前まで行くと約束通りまずは着ているシャツのボタンを下から外していき、ブラジャー(分身体の狂三が用意した)に包まれた豊満な胸を晒してスカートを外してパサリと床に落として下着を余さずに披露する。

 「はぁん……」

 誰もが見惚れるだろう美しいボディラインや胸に美九は今まで以上に嬉しそうに手を合わせて夕三の全身を舐め回すような視線で見つめる。

 「ため息が出そうなほど綺麗ですねぇ……私は幸せ者ですよ本当にー」

 「そ、それなら良かったが何か目が怖いんですけど……」

 とろんとした目のまま接近してくる美九に貞操の危機を感じたのか後ずさろうとするが脱いで床に置いたばかりのスカートに足が引っかかりそのまま戸棚に後頭部を打つ。

 「イッタ!」

 「だ、大丈夫ですかー?」

 「大丈――ぎゃん!?」

 我に返った美九がしゃがみ込んで後頭部を押さえる夕三を心配するが追撃で夕三の頭に戸棚から落ちてきたお菓子などが入っていそうな缶が直撃する。

 「イテテ……何だこりゃ」

 「あ、それは――」

 美九が何か言う前に夕三は反射的にその缶を開けてしまい、中を見てみれば――

 「……宵待月乃のCDだ」

 【――忘れてください!!】

 「嫌だね! これで宵待月乃イコール美九の方程式が出たんだい!」

 これで誰でも操れると思っていた『声』が夕三には通じないことに確証を得た美九は少しばかり夕三から距離を取ると問いかける。

 「私の声が効かないってことはもしかして――精霊さんです?」

 「まあ今はそうだな、うんもう否定する気力もねえ! そんでもって元に戻れば精霊の霊力を封印出来るしもう一人霊力を封印出来るヤツを知ってる!」

 スカートも履かずボタンを留めることもせずにそのままビシッとポーズを決める夕三に美九は不審そうに夕三の顔を凝視する。

 「霊力を、封印?」

 「イエス! 霊力を封印すりゃ精霊はASTに狙われることもないし平穏に暮らせる! それに四日前に起こった空間震は霊力を制御しきれて証拠だろ?」

 「よく知っていますねー、でもあれは私の意思で引き起こしたものですから大丈夫ですよー」

 「……は?」

 「それに霊力を持ったままでも平穏に暮らせますし封印なんて無用ですよー」

 一瞬言っている意味がわからなかったが考えてみれば零弥も狂三も自らの意思で空間震を起こすことが可能だ。その実績から美九が空間震を扱えなくとも不思議ではない。

 「私、ステージが好きだって言いましたよねー。だから天宮アリーナでは歌ったことありませんし歌いたいなぁって思って急に歌いたくなっちゃったんですよー。だからえいやーって」

 「……もしその現場にお前のお気に入りの女の子がいて逃げ遅れてたらどうする気だったんだよ、死んでたかもしれないんだぞ」

 精霊のみを大切にしていた昔の夕騎なら「精霊のことだから仕方ないよなー」なんて納得していたかもしれないが今は違った。どうしようもなく怒りが湧いてきたのだ。だから言葉にも怒気が加わっていく。

 しかし、美九は何も変わらずのんびりとした口調で言った。

 「それは困りますよー、だって私好みの女の子を探す手間がかかりますしー」

 狂三は確かに恐ろしい精霊だ。それは夕三も自覚している。だがそれは殺意、悪意があってのもの。

 美九は違う。行動にも言葉にも、一切の殺意や悪意が見られない。ただただ『異質』だった。

 全てにおいての概念が乖離してしまっているのだ。

 何が彼女をそこまでにしてしまったのか、それはわからない。今にも怒りを露わにしそうな夕三は何とか堪え、最後の質問をする。

 「自分を慕ってくれる人間が自分の身勝手で死んでしまっても、お前は悲しくないのか……?」

 「悲しいですよー、でも私のことが大好きですから私のために死ねるなんて本望じゃないですかー」

 「……くく、ははははははははは!! 何だそりゃ! みんな好きだから何でも聞いてくれるし死んでもくれる? それ何てゆで理論だよ!!」

 夕三はこめかみに憤りで青筋を立てながら勢いで霊装を纏ってしまうが構わずに美九を指差し、霊力を紫電のように身体の周りに迸らせる。

 

 「オレは変わった! 昔のように精霊の行為を全部肯定できねえ!! だからオレはテメェの行為を、考え方を、完ッ全!! 否定する!! テメェのことを宵待月乃とイコールしたがお前は宵待月乃じゃねえ!! ただのそっくりさんだ!! みんなテメェのことが好きだなんて思い上がりもいいところオレは大ッ嫌いだよヴァァァァカッ!!」

 

 夕三らしからぬ精霊嫌い発言に美九は口元を凄絶に歪め、

 「へぇ嫌い、ですかー。でも夕三さんは私の霊力を封印したいんですよねぇ?」

 「ハッ! だから一つ勝負を持ちかけるんだよ、しかも文句がねえようにソッチにとびっきり有利なのをな!」

 「有利な勝負……?」

 「天央祭一日目の最優秀賞を来禅高校が入賞すれば美九の霊力は封印させて貰う! 一日目は音楽中心、ソッチは有利だろうよ。しかももし来禅高校が入賞しなければオレを含め現時点で霊力を封印されている精霊全員を差し出すってのはどうだ! さーらーにーオレはステージには絶対立たねぇ! お前はどうやら自分しか信じれてねえみたいだからな、オレは反対に全てを五河ちゃん含めて他人頼りにしてやるぜ!」

 「五河……ああ、士織さんのことですかー。それにしても私を乗せるために随分と大きな賭けをしましたねー、乗りますけど本当によろしいんですかー? 私が勝ったら夕三さんが『あなたのことが大好きです』って顔を涙で濡らして言うまでいじめちゃいますよー」

 「負ける気がしないんでねぇ!」

 挑戦的な物言いに不敵な笑みで返す夕三。こうして決闘は約束されたが夕三はこれをどう士道達に説明するのかと考えれば額に少しばかり冷や汗が滲んだのだった―― 


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