デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第五六話『最凶ときどきアイドル』

 「てかよくパパだってわかったよな、オレ自身が言っちゃうけど性別変わってるし……」

 「パパはパパだしキザシならわかるよ! ママと違って! ママと違って!」

 「……二回言う必要はありませんわよ」

 あれから人目を気にして廃工場に戻ってきた夕三はずっと兆死に引っ付かれていた。

 未来で夕弦の娘――夕焼でもこんな経験があるので別に嫌ではないのだが兆死は夕焼と違ってデカイ。身長も胸も両方大きくて夕三は圧迫され続けている。

 「兆死、あの人工島の監視はどうしましたの?」

 「飽きた!」

 若干困った様子な狂三の声音に兆死は快活な声で元気良く返事する。

 そのシンプルな返事を大方予想していた狂三は怒るというよりも呆れた様子で額に手を当てていると兆死は反対に不満そうな表情でぷんすかと怒り、

 「ママずるい! ママだけパパに会いに行くなんて卑怯だぞ! キザシもパパと遊ぶ!」

 「わたくしはきちんと用があってここにいるのですわ。だから遊びに来ていたわけでは――」

 「ぶー、でもパパと『でーと』っぽいことしてたじゃん。遊んでるじゃーん」

 「何だかわかんねえけど二人共言い争うなって」

 何を争っているのかはわからないがとにかく狂三と兆死を制止した夕三は兆死を撫でながらふと気になったことを聞いてみる。

 「なあ兆死」

 「んー何ー?」

 「お前初めて会った頃よりもかーなーり縮んでない?」

 夕三が初めて兆死と出会ったのは天宮市に来るよりも前の頃でその時の識別名は<スルト>。その名の通りの尋常ではない巨体が特徴的で夕三もモニターで見た途端度肝を抜かれたほどだった。

 推定体長五○メートル。魔術師(ウィザード)もこの規格外の精霊にどう対処すればいいかわからないほどだったのだ。

 その精霊と夕三がどうやって『親子関係』になったかは一先ず置いておき、五○メートルもあった身長が少し経っただけで二メートルほどになっていればそれは『縮んだ』と思うだろう。

 「キザシにもよくわかんないんだけどこの頃縮んでるの! 何かこう……モヤモヤが晴れたっていうか、ハッピーというか……」

 「兆死は精霊の『怨恨』の『想い』から生まれた精霊、もしかすると士道さんや夕騎さんが霊力を封印したのをきっかけに十香さんや零弥さんたちが幸せになっているために抱いていた『怨恨』が薄くなっているのかもしれませんわね」

 「それでも五○メートルから二メートルって相当だよなぁ、兆死も幸せになってるか?」

 「うん! パパとママと一緒だもん!」

 「おーそうかそうか」

 兆死も狂三と同じ人間に危害を加える精霊だということは夕三も重々承知している。しかしこういう一面を知ってしまえば愛おしく思えてしまう。

 「まあせっかくやってきたんだゆっくりしていけよ」

 「うん!」

 人を殺す精霊、いずれは兆死も狂三も本来なら霊力を封印しなければならない対象だが<精霊喰い>の力がなければ夕三にはどうすることも出来ないしそれに今はそんな気分にはなれない。

 <精霊喰い>の力が使えなくなってからというものの何とも言えない不安に駆られてしまっているのだ。

 「そういえば狂三、用って何なんだ?」

 「夕三さんはDEM社所属でしたわよね」

 「ん、ああ、それがどした」

 「わたくしはDEM社によって世界のどこかで捕らえられている二番目の精霊を探しているのですわ。夜三さんの件もあってついでにここ一帯も調べておこうと思いまして。夕三さんは二番目の精霊について何かご存知ですか?」

 狂三の問いかけに夕三は口元を緩ませ、

 「よぉく知ってるさ、だって二番目の精霊こそ俺が精霊を愛するようになった精霊(よういん)なんだからよ」

 「その話、詳しくお聞かせ願えますか?」

 そして懐かしむようにかかかと笑うと狂三は興味深そうに聞く耳を立てる。

 その様子に夕三は再び笑うと、

 「おーけーおーけー、そんじゃどこから話すか――」

 そうして夕三はゆっくりと思い出せる限り二番目の精霊との思い出を話すのだった――

 

 ○

 

 九月一一日の月曜日、夕三は実行委員の仕事として会場である天宮スクエアに赴いてエリアの確認をしなければならないのだ。

 しかし――

 「……道に迷ったな」

 素で方向音痴の夕三は案の定いつの間にか天宮スクエア内で道に迷っていた。

 しかも天宮スクエアに行く前に一度来禅高校内で集まることをすっかり忘れ独断で来てしまったために周りには誰もおらず完全にやらかしてしまった。

 「わたくし、言おうとしたのですが夕三さんがあまりにも張り切ってらしたので……」

 夕三の様子を影の中で見ていた本体(オリジナル)の狂三は上半身だけ姿を現せばくすくす笑っており、夕三はその様子に頬を膨らませる。

 「言ってくれよ! てかいつから影の中に!?」

 「授業が終わって放課後になってからですわ」

 「むむむ……知っていながらあえて放置とは割と酷いぞ」

 「申し訳ございませんわ、夕三さんに少し意地悪したくなりましたの」

 「結局は許すんだけどねぇ……」

 謝られてしまえば責める理由なんてどこにもなくなってしまったので夕三は肩を落として再びあてもなく歩き続けるといつの間にかセントラルステージに入っていたようで目の前には『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたテープを目の前にする。

 「関係者だしいっか」

 深く考えることもなくそのロープを潜って中に入ると外は派手だというのに一枚壁を隔てればそこに広がるは雑多な空間。

 ただでさえ狭い通路を様々な荷物が両脇を占めており、余計に狭く感じるがそのまま進んでいくとステージに繋がっていると思われる扉の前にたどり着き、開けて入ってみれば――

 「お、おお……すげぇ」

 観客席を一望出来るステージ上に立ってみれば夕三は感嘆の声を上げる。

 天央祭本番の日にはこれだけ広い観客席が満席になると考えると本番ステージに立つ気はないが不思議と高揚感が溢れる。

 「確かに凄い光景ですわね。せっかくですから夕三さん、一曲いかがですの?」

 「ええーマジで?」

 急な狂三のフリに夕三も唐突ながらに満更でもない様子。マイクも音楽もないアカペラになるのだがすでに歌う空気になっているのか狂三はステージから軽く降りて観客席の最前列に立つ。

 「それではよろしくお願いしますわ」

 「よぉし、何だかわからんがオレはすでに宵待月乃の曲を踊れるくらい聴いたからな! いくぜ!」

 そこからは夕三のオンステージ。

 観客は狂三一人でバッグミュージックもなしだったがアカペラでもまるでそこに音楽が流れているような臨場感で歌声と踊りを披露し、狂三も感心するほどで数分間にわたって歌い切った。

 「……ぶふぇーしんど……一曲ですら疲れるんだなアイドルってすげぇ」

 歌い終えればそれはもう疲労感が凄く、ライブでは何曲も続けて歌い続けるアイドルの凄さを思い知っているとパチパチと拍手が送られてくる。

 「ありがとありが――ん?」

 てっきり狂三が拍手してくれていると思ったがそれなら拍手の音は前から聞こえてくるはずだが何故だか背後から聞こえてくる。

 つまり――

 

 「すごく良かったですよー、思わず聞き惚れてしまいましたぁ」

 

 そこいいたのは<ディーヴァ>――美九だった。

 拍手を続けていてその表情は恍惚としたもので本当に心の底から述べた感想らしいが、夕三はあわあわと口を開けていつの間にか顔を真っ赤に紅潮させ一歩後ずさる。

 「イ、イヤァァァァァァァァァァッ!!」

 そしてその後、女っぽい(身体は完全に女だが)悲鳴を上げてまるで某国民的人気漫画に出てくる栽培された敵に自爆されて死んだ時のかませ犬のようなポーズで壇上に倒れ伏す。

 「だ、大丈夫ですかぁー?」

 まさか目の前で倒れてしまうとは思わなかった美九は駆け寄るとぴくりとも動かなくなった夕三の背中を擦りながら心配する。

 狂三以外誰もいないからと張り切って歌って踊ったがまさか見られているとは思ってもいなかったので恥ずかしさやら何やらで完全に意気消沈しているのか顔を上げれば涙目になっており、

 「も、もう嫁にいけねぇ……」

 正確には婿なのだが今はそこまで頭が回っていないのかトマトのように顔を赤らめたまま動けない。

 その姿に来るものがあったのか美九はまるで宝物でも見つけたかのように目を爛々と輝かせ、うっとりとした表情で夕三の頬を撫でる。

 「泣かないでください。大丈夫ですよー、私誰にも話しませんしぃ」

 「そうしてもらえるとコッチも助かる……」

 頬を撫でられ、頭を撫でられ、身体の各所を触られ夕三はやけにボディータッチが多いなぁと思いつつも上体を起こす。

 今までは何かと遠い位置から見ていたがここまで接近して美九の容貌を見てみれば怪訝に思うところがあるのか夕三は不思議そうに首を傾げる。

 「……んん?」

 「どうかしましたかー?」

 「いや……何でもないかな。オレの気のせい気のせい」

 そんなわけないか、と思いながら夕三は手を振ってうやむやにするとようやく恥ずかしさよりも平常心が戻ってきて冷静に考えれば、

 「ここ『立ち入り禁止』じゃなかったっけ?」

 「ふふ、そうですねー。ちょっといけないことをしちゃいました。でも、それならあなたもいけない子ですねー」

 「オレは単に道に迷ったの! 知らないうちにここにいたの!」

 「その割にはノリノリで歌ってましたよねー、とぉっても可愛かったですよー」

 いたずらっぽい笑みと仕草に目を奪われるところもあるがまた羞恥心を煽られた夕三は手で顔を覆い、

 「ぎゃぁー! 言うな言うな!」

 美九にしてみれば隠れてしまった狂三のことは知らず、来たときにはすでに夕三は一人で誰に向けるわけでもなくライブをしていたのだ。それがさらに恥ずかしさを上げている。

 顔を紅潮させて照れている夕三を見て美九は微笑み、

 「そういえば自己紹介がまだでしたねー。知っているかもしれませんが改めましてー、竜胆寺女学院の誘宵美九です」

 「オレの名前は時刻夕三、来禅高校の実行委員です。よろぴこ☆」

 ブイっと両手ピースの笑顔を美九に向ければ美九は嬉しそうにさらに笑み、

 「夕三さんですかー、可愛いですねー。一昨日の合同会議からずっと可愛いなーって注目していたんですよー」

 「そ、そりゃどうも。美九はどうしてこんなところに?」

 本当は男なのに『可愛い』と言われても夕三は微妙な反応しか出来ないでいるが美九は問いかけられれば立ち上がって観客席の方へ向く。

 「――私ね、ステージが好きなんですよー。みんなが私の歌を必要としてくれる、そんな空間がたまらなく愛しいんです。だから少しだけ抜け出して見に来ちゃったんですよー」

 「へぇ、まるでアイドルみたいだな!」

 「……? もしかして夕三さん、私のこと知らないんですかー?」

 「ん、何のこと?」

 夕三が知らないところだが誘宵美九は正体不明のアイドルとして現在かなり有名なはずであるが夕三はアイドルでも『宵待月乃』しか曲を聴いたことがないので微塵も知らないのだ。

 本当に知らないと言わんばかりな夕三の表情に美九はあははと笑い、

 「困らせてしまいましたねー、気にしないでください。知らなければいいんですよー」

 「んー何かごめんな」

 「いえいえ。それにしても夕三さん、先ほど歌ってらした曲はどこで知ったんですかー?」

 「後輩から教えてもらったんだ。今じゃオレも宵待月乃のファンなんだー」

 「……その人はもういないとしてもですか?」

 「いなくたってオレが宵待月乃のファンであることに変わりないしー、オレは他人の価値観に左右されずに自分で見出すタイプなんだよ」

 「……そうですかー」

 何やら宵待月乃の話をし始めた途端に美九の声が少し小さくなった気がしたかと思えば突然夕三の耳元に顔を近付け――

 

 【よ――】

 

 何かを呟きかけた瞬間、ガシャっと何かが落ちる音がして夕三と美九が同時にそちらに振り向けばそこには一人の背が高い女子がこちらを見ていた。

 見た限りもう丸っきり士道を女にしたような感じの女子で、髪色も目元ももはや士道としか思えず夕三は心の中で思った。

 ――と、とうとう女装趣味に目覚めてしまったのか……士道っち……。

 一人の友として哀れむような目を向けてしまいそうになるが夕三は何とかこらえ、これも美九攻略に必要なことなんだろうなとどこかで信じたい気持ちがありつつ目を超泳がせる。

 「あ、ああ、そういえば実行委員として何かしなくっちゃなーっ! と、突然用事を思い出した感じだからた、退散する感じかな! ハッハハハハハハ!」

 「あ、夕三さん――」

 とりあえず美九攻略の邪魔をしないために即座に退散しようと夕三は美九から離れて早歩きで階段を降りようとする。しかし資材にスカートの裾を引っ掛けてしまったのか体勢を大きく崩してしまい階段から転落した挙句思い切りスカートに深いスリットが入ったのに加え狂三に調達して貰った下着が丸見えに。

 「だ、大丈夫ですかー?」

 「大丈夫か!?」

 心配した美九と女装した士道が階段下までやってきて手を貸してくれようとするが掌に少々痛みを感じ、見てみればどこかで切ってしまったのかパックリと裂傷が出来て血が溢れていた。

 「おうおう、怪我したみたいだけど大丈夫大丈夫」

 「大丈夫じゃありませんよー! 大怪我じゃないですか、すぐに病院に――」

 「だーいじょうぶだって、多少痛むけどこれぐらい何ともねえって」

 確かに今まで様々な大怪我をしてきた夕騎ならこの程度もはや怪我にすら入らないものだが美九も女装した士道も痛ましそうにその傷を見て美九はポケットからレースの付いたハンカチを取り出し、傷口に巻き付ける。

 「とにかく止血代わりですー。今はこれぐらいしか出来ませんが必ず病院に行って下さいねー? もしかしたら縫うかもしれないほどの傷ですし」

 「大丈夫大丈夫、ありがと。ハンカチは後日返すからそんじゃねー」

 美九の返事も聞くこともなく早々に撤退した夕三はステージ裏から観客席に出ればすぐに影の中に潜って姿を消していく――

 

 ○

 

 「これは少し深く切ってしまいましたわねぇ」

 「パパ痛い?」

 その日の夜、廃工場では狂三や兆死に今日負ってしまった傷を診られていた。

 傷を見て狂三は申し訳なさそうな表情をし、

 「申し訳ござませんわ。わたくしなら助けられましたのに」

 「いいって、士道っち達の前になるべく姿を出したくなかったんだろ?」

 「ええ、少し不都合がありまして……」

 「それならいいんだって」

 やけに心配そうにする狂三に夕三は笑って傷がない方の手でぽんぽんと軽く狂三の頭に触れると今日はずっと廃工場でおとなしくしていた兆死がソファで跳ねるのをやめて夕三の前に着地し、

 「パパ! その傷兆死が治してあげるよ!」

 「えぇー正直不安しかないんだけど……」

 「何をー! 見てろよー! 絶対良くなるからね!」

 兆死は不満そうに頬を膨らませながら夕三の傷を見ると口を開けて舌をでろーっと垂らし、

 「れろーっ」

 「うぉ!?」

 唾液でたっぷり湿った舌が掌の傷口を這い、その生温く変に柔らかい感触に夕三は思わず鳥肌が立つ。

 すると不思議なことに痛みを感じなくなり、不審そうにしていると兆死は舐め取った血液を口の中に含んで飲み込む。

 「えーっとね、キザシの唾液に霊力を混ぜて麻酔代わりにしてるの! いつもは違うことに使ってるんだけどーまあそれは関係ないから置いといて。そんでもって傷を塞がないと!」

 兆死は夕三の手首を掴むとぐぐぐと力を込め、

 「霊力を送って掌に集中して……どぉん!」

 送られてきた霊力が掌に集中されたかと思えば傷口の肉が蠢き、兆死の掛け声と共に一気に引っ付いて傷痕一つすらない綺麗な掌に戻る。

 治療時間約一分足らずでこれほどまでに(治療様子以外)完璧な治療を受け夕三は感心する。

 「これもいつもとは違う使い方なんだけど、どう!? キザシスゴイでしょ!?」

 「すげぇぞ兆死!」

 「じゃあ撫でて!」

 「よぉしいい子!」

 某動物研究家のような撫でられ方で撫でられる兆死だがむふふーととても嬉しそうにしており、それを傍目に狂三は少しだけ事実を知らない夕三を気の毒に思う。

 夕三は兆死が人を傷つける精霊だとは知っているが今の識別名が<リッパー>だということは知らない。

 つまり、月明夕騎の師であるシルヴィア・アルティーが弟の仇としている精霊だと知らないのだ――


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