デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
未来、その世界はすでに闇に侵食され昼夜問わずいつまでも永遠の夜を齎していた。
絶望的な未来を避けるために元凶となった狂三を過去に遡って殺害しようとした夜三――未来のきのだったが過去のきのによって倒され、絶望待ち受ける未来を回避しきれなかった。
しかし、過去の夕騎は未来のことを聞くと未来の自分が取りこぼしてしまったものを取り戻すためだと夜三と共に未来を救うことを決意。
そして未来の勇者になり得るかもしれない夕騎は何をしているかというと――
「あはははははははははは! いっくぞー!!」
「きゃーっ! 高いよーっ!」
「次
「待て待て順番だからなちょいと待ってな、はははははははははは!」
本来の目的を忘れたかのように無邪気な子供たちと身体を張って遊んでいた。
今は香織を抱えてまるで飛行機のように「ブゥン!」と自分で効果音を口で鳴らしながら動き回り、夕騎もはしゃいでいる。
「よぉし着陸ー」
「ありがとゆうきおじさん!」
「おうおう、次乙姫の番な」
「うんっ!」
「ちょっと夕騎」
「ん、何?」
部屋から出てきていた耶俱矢の娘――乙姫を抱えて再びフライトモードに移行しようとしていたところで今まで黙って様子を見ていた琴里が話しかける。
「聞かなくていいのかしら?」
「何をー?」
「きのから事情は聞いてたのでしょ? だったら私たちがどうやってその状況から生き延びたかとか気にならないのかしら?」
「んー……別に興味ないしなぁ」
「ええ!? 普通あるでしょ!」
「だって過程はどうであれことりんたちは生きてるんだし」
「ま、まあそうなのだけど……」
「だったら聞かなくていいじゃん? とにかく俺は子供達と遊ぶので忙しいんだ!!」
迫真の表情で言ったあとすぐに口元を緩ませて子供達と再び遊び始める夕騎を見て車椅子に座らされている夜三はジト目でその姿を眺め、
「先輩、もう一番重要なこと忘れてこのまま子供たちとずっと遊ぶような気がするんですけど……」
「まっ子供たちも夕騎と久しぶりに遊んで笑顔も戻ってるしいいんじゃない?」
「耶俱矢さん」
「ちっす、遠征から帰ってきたよ」
「同着。夕弦もただいま帰ってきました」
首すらも回せない夜三だが声音で八舞姉妹だということがわかり、乙姫もそれに気付いたのか夕騎に下ろして貰うと近付き、抱きつく。
「おかえりなさいお母さん、ゆづるちゃん!」
「はいはいただいまっと」
「質問。夕焼はどこですか?」
「夕焼ならずっと引っ付いてるよ!」
乙姫が指を差したのは夕騎で着ている衣服がもぞもぞ動くと服の襟からぽこっと一人の幼女が顔を出す。如何にもぼーっとしているような眼差しで夕弦を見ると片手を挙げ、
「ははさま、かぐやちゃん、おかえりなさいです」
「何かわからんけどずっと引っ付かれててな、ほら夕焼も母親んところ行っといで」
「いやです、おじさまがいいです」
と言って夕騎にぎゅっと抱きつく夕焼に夕騎が親よりも自分の方を優先する夕焼に少々士道たちの子育てに疑問を抱いていると耶俱矢が捕捉する。
「夕焼はしょっちゅうそっちの家に泊まりに行っててもう夕騎の子なんじゃないかなってレベルで懐いてるし。もう父親の士道よりも父親してたのよね」
「謝礼。ありがとうございます、夕焼たちと遊んでいただいて」
「俺も楽しいし全然いいって、つうか耶俱矢はあの喋り方やめたのか?」
「………………」
夕騎が未来と過去では耶俱矢の話し方違うので怪訝に思い口に出すと今まで饒舌だった耶俱矢が急に動きを固めて動かなくなり、心なしか冷や汗のようなものが見える。
「ゆうきおじさん、あの喋り方ってなに?」
「何だ乙姫は聞いたことがなかったのか、それじゃあいっちょ真似してみ――」
「ちょっと待てぇ!!!!」
「どふぉ!?」
「ごめん、ちょい夕焼と乙姫は離れといて」
夕騎に肩車の状態で座っていた夕焼は降ろされ、乙姫共々少し離れた位置に離れさせれば耶俱矢は夕騎の肩に腕を回して子供達に背中を向けると途端に小声になり、
「(お願い、過去のあたしについては子供達には言わないで!)」
「えー」
「(パンツくらいならあげるからマジで頼むし! 身篭ってからそういうのやめて今まで隠してきたのに言われたら親の威厳とかそんな感じのなくなっちゃうから!)」
「はいはい、わかったわかった。そんな迫真の顔で言わなくても」
あまりにも懸命な表情で訴えてくる耶俱矢に夕騎も思い切り暴露しようとしていたのを心変えて言うのをやめるとズボンをくいくいと引っ張られ、下を向くと乙姫や夕焼が夕騎の顔をじっと見ていた。
「ねーねーお母さんとなに話してたのー? 乙姫はやく『あの喋り方』聞きたい!」
「ゆうやけも聞きたい、です」
「ごめんな、耶俱矢があまりにも話して欲しくなさそうだから内緒なー」
「ぶー! 言ってくれないゆうきおじさん嫌いになる!」
「――ふ、颶風の巫女を前に武器も持たず現れ出でるとは愚の骨頂。次に何か言の葉を紡いだ刻、それが貴様の最期だ! 我が槍、
乙姫の一言で一瞬で再び心変わりした夕騎は初めて八舞姉妹に出会った際に耶俱矢に言われた言葉を一字一句逃さずにあまつさえポーズさえも完璧に再現する。子供どころかこの部屋にいる全員が一度呆気に取られて静かな雰囲気になったかと思えば顔をトマトのように真っ赤に染めた耶俱矢が唐突に悶え始める。
「ぎゃああああああああああああああああ!! 何で言うしぃ!!」
「だって嫌われたくないもん!!」
「可愛くねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
胸倉を掴まれぐわんぐわん揺らされる夕騎を他所に一拍空けておかしくなってきた子供たちは皆一様に笑い始め、
「お母さん『ちゅーにびょう』だったんだあははは!」
「ゆうやけも笑いを禁じえません、ぷぷぷ」
「ははは! 耶俱矢おばさんおっかしー!」
「あ、あまり笑っちゃだめ、くす……」
「……耶俱矢さんもわかかったんですね」
「わ、笑うなし! あと千代紙! あたしは今でも充分若いし!!」
「きゃーっ!!」
夕騎を解放したかと思えば今度は子供達を追いかけ始め、特に千代紙を捕まえれば両脇を抱えてぶんぶん回し始める。
騒がしくなってきた広場に琴里はため息を吐き、
「耶俱矢、夕弦、十香、そろそろいいかしら。報告して貰いたいのだけれど」
「ん、ああ、そうだったね」
「だったらまず私が報告する」
耶俱矢が千代紙を降ろしているうちに十香が前に一歩出る。
「私は琴里に言われた通り夕騎ときのを助けて戻ってきた。零弥のことも探しはしたが見当たらなかった、以上だ」
「そう、わかったわ。耶俱矢に夕弦は?」
「あたしらも同じ。結構世界一周回ったけど『柱』は見当たらなかったし」
「同調。闇や亡者はあれど一向に見当たらなかったですね」
「あとは士道と四糸乃の帰りを待つだけね」
「ちょいと質問いい?」
「どうぞ」
また夕焼に引っ付かれている夕騎が手を挙げれば琴里が質問を促す。
「零弥の現在位置わからないの?」
「ええ、そうよ。あれから零弥は闇を『柱』のように放出しながら世界各地を移動してると予測されてるわ。今は十香たちに探して貰ってるけど本当なら危険がないようにカメラを外に出したいところなの。だけどカメラは闇の動きに対応出来ないのよ。すぐに壊されるしもうないの」
「なるほど、そういうことになってるのか」
「本来なら各国に協力を要請して共同で探す手筈になっていたけどどこのお偉いさんも自分の保身で頭がいっぱいなのよ。どこの首脳も責任放棄してシェルター逃げ、今組織として機能してるのは<ラタトスク機関>だけ」
「DEM社はどうなったんだ?」
「とうに崩壊したわ、アイザック・ウェストコットもエレン・M・メイザースも両名死亡。その両名を討ったのは夕騎なのよ」
「何があったか詳しく聞かせてくんない?」
「……知らないわ、その件は夕騎しか知らないの。聞いてもはぐらかすし誰も結末を知らないのよ」
「なるほどねん、話したくないことだったのか」
琴里はやや不機嫌そうに話すと夕騎は何となく納得した表情をし、物思いに耽ているような表情を見せると抱っこしていた夕焼が不思議そうな顔で夕騎の顔を眺める。
「おじさま、どうしたんですか?」
「……いや何でもねえよ」
DEM社は精霊の敵、そうとわかっているはずだが聞かされてみれば複雑な表情になっていた夕騎は夕焼の頭を撫でると息を吐き、
――遅かれ早かれ決着を着けるのは俺だってか。
人知れず覚悟を決めていると扉が開き、一同がそちらの方へ視線を向けてみれば――
「よう夕騎、久しぶりだな」
「ようやく出てきたかテメェ!! 未来じゃ子沢山な上にハーレム王ってか!! うらやまけしからんからとりあえずくたばれ死にさらせヤ○チン野郎!!」
「あぶねぇ!! 何すんだよ急に!?」
扉から現れた未来の士道の声を聞いた途端に夕騎は夕焼を置いて走り出したかと思えば跳んで後ろ蹴りを士道に向けて放つ。間一髪のところで躱した士道だったが背後の扉には穴が空くほどの威力で士道も抗議する。
「殺す気か!!」
「ああ!!」
「そんな元気に返事すんじゃねえ!!」
<精霊喰い>の牙を両指に装備した夕騎は部屋中で士道を追い掛け回し、その迫真な夕騎の表情に殺意を感じた未来の士道はとにかく逃げる。
子供たちはどうしていいかわからずその動きを視線で追うばかりで、そのうちにも壁際まで士道を追い詰めた夕騎はゲヘヘとヒーローショーの怪人のような声を出しつつ、
「今過去の同級生の嫉妬分のダメージを受けろ!! そしてくたばれぃ!!」
「やめてください子供たちの前で!」
「ぎゃぱぁッ!?」
竜爪が届く寸でのところで夕騎の身体が凍りついたかと思えば雪だるま状にされて転がり、転がった先には一人の女性が仁王立ちで立っており、稼動範囲がかなり狭まった首で見上げるとその正体に気付く。
「よ、四糸乃……?」
「はい、そうです。お久しぶり、夕騎さん」
過去の四糸乃とはもはや別人。
身長ははるかに伸びており、すらりとくびれがあるその身体のラインはまさに女優さながら。雨色のくせっ毛気味だった髪が今ではサラサラで堂々たるその姿は過去のおどおどしていた四糸乃の雰囲気と一変していた。
「ああ、マジか……」
「パパー!」
「……お父様」
「お父さん!」
「お、とう、さん」
今まで夕騎が遊んでいたのできゃーきゃー言われていたが士道が帰ってきた途端子供たちは士道の方へ行ってしまい、挙句の果てに退かすように押された夕騎は壁際に追いやられてしまう。
一瞬で時代が終わってしまった夕騎はうわ言のように壁に話始める。
「ああ、やっぱり父親が一番ですよね……」
しかも最近夜三に瞬殺され、今度は未来の四糸乃にまで瞬殺されてしまったので余計にショックが大きく失意に打ちひしがれていると――
「おじさま」
「……夕焼か、こんな雑魚って言ったら魚に失礼な小魚なんて放っておいて父親んところに行けよ。俺はこのまま壁に擬態していつか埋まるからよ。俺の心はシベリアなうなんだよ……」
「むぅ」
雪だるま状態になって何もかもやる気がなくなってしまったのか夕騎は壁に向き合い虚ろな目になっていると夕焼は頬を膨らませてその上に乗り、
「えーっと……何してんの?」
「冷えたおじさまをあたためてます。だから元気出して」
「――よぉし元気出た出たァ!」
可憐な幼女からの健気な応援に雪だるまの状態から腕を突き出し見事に復活した夕騎は夕焼を肩車していると琴里がちょいちょいと夕騎の肩を叩き、
「そろそろ話するから座ってちょうだい。ごめんだけど子供たちは自室に戻ってくれないかしら、今から会議をするの」
琴里の言葉に子供たちは口々に「えー」など不満そうに声を上げるが母親たちがそれぞれ宥めると渋々扉から出て行き、場が整えば琴里は一息つく。
「それじゃあ話を始めるわよ。士道、四糸乃、報告お願い」
「結論から言うと見つけたよ」
「正確に言うと零弥さんの可能性がある人を、です。私たちは『柱』を目印に探していたんですが偶然にも零弥のような人物を発見しました」
「どういうこと?」
「周りの亡者とは全く異質で黒い鎧を纏っていたんだ。接近しようにも少しでも近付く素振りを見せれば迎撃されて近寄ることも出来なかった」
「どこにいたんだ?」
「ここからそう遠くない位置にあるデパートの屋上です」
その屋上といえば夕騎が始めて零弥に出会った場所。
あの時はまだ零弥の容貌を見ることもなく後姿で感動していたことが今ですらとても懐かしく感じられる。
「……」
「待ちなさい」
先ほどまでとは打って変わって真顔になった夕騎は今にも飛び出していきそうで琴里が肩に手を置き、
「あなたは未来で一人で抱えすぎたせいで死んだのよ。だから話は最後まで聞きなさい」
「でも有効な手立てはないんだろ?」
「そうよ、でもみんなで力を合わせれば零弥を救える可能性は上がるわ。反対に焦って行動すれば失敗し、あなたまでもいなくなってしまうことだってあるの。わかって」
「……何か変わったな、ことりん」
「変わったつもりはないけどもし変わったならそれは誰かさんの死がそれほど影響してるのよ」
そう言われてしまえば今の夕騎に反論出来る余地はない。
黙ってしまう夕騎に室内の雰囲気も静かなものになってしまっているとふと今まで黙って様子を見ていた夜三は口を開く。
「夕騎先輩、私と二人で外の空気吸いに行きませんか?」
「だけどよ、まだ――」
「いいじゃない、行ってあげなさいよ。屋上なら
夜三が何故このタイミングでそんなことを言い始めたのか何となく察した琴里は夕騎の背中を押して車椅子に座っている夜三の前に立たせる。
「先輩、すみませんが動けないので押してもらえませんか?」
「ああ、いいぞ」
当の夕騎は何が何だかわからないままだが、この部屋にいる人間がどこか寂しそうな、悲しそうな表情で見ているあたりただ事ではないと思い車椅子を押しながら部屋を退室していった。
○
「……今さらですけど外の方が何だか空気悪い気がしますね」
「まあな、事態は何も変わってねえんだし」
「でも、先輩はこの絶望しかない世界に再び希望を戻してくれますよね」
「当たり前だろ、そのために来たんだからよ」
「はい、わかってます。子供達と遊んでるときは一瞬忘れてしまってると思ったんですけどね」
「ははは、そりゃあ可愛かったからな。みんないい子だし」
他愛のない話で二人はへらへら笑う。それは戦って重傷を負わされても変わらない、夕騎ときのの関係は何も変わっていないことを示してる。
夜三は不意に言う。
「先輩は零弥さんと子供を作らなかったんですよ」
「え、マジでか」
「時崎狂三への罪悪感だったからか、それはわかりませんが零弥さんは口で伝えることはありませんでしたけどずっと子供を欲しがっていたんです」
「そうだったのか、そりゃあますます未来の俺ブン殴ってやりてぇな」
「ふふ、先輩はどの時代でもやっぱり先輩なんですね」
「おーいおいおい何だよその言い方、ディスってんのか?」
「いえいえ、それでいいなって思っただけです」
「ようわからんヤツだな」
「先輩に言われたくありませんよー」
思わぬ反論に夕騎も夜三も噴き出して笑い合い、一通り笑い終えると夜三は笑いで出た涙も拭えずにいた。さすがに怪訝に思った夕騎は夜三の身体を眺め、
「もしかして……動けないのか? そこまで傷が――」
「いいえ、違います。こうして先輩を連れ出したのは最期に二人きりで話したかったから――先輩に看取って欲しいと思ったから、です」
「……?」
何が何だか、想像したくもない夜三の口ぶりに夕騎は困惑していると夜三は夕騎の言葉を待たずに笑みを浮かべて言った。
「私の寿命はもう五分も持ちません。私は――死ぬんですよ、先輩」
それがどれほど残酷な宣言だったか、夕騎の頭は一瞬これまでにないほど思考が停止した。