デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第四四話『来襲』

 『合宿はどう? 元気にしてる?』

 「ん、まあ元気だな」

 『無理してない? いじめられてない?』

 「ないない、零弥はホントに心配性だな」

 合宿一日目の夜、殿町に紹介された地下のアイドルグッズ専門店で購入した紙袋を天宮駐屯地に用意された部屋に置いてインカムで零弥と連絡を取り合っていた。

 まだ合宿が始まって一日も経っていないというのに心配性な零弥は田舎の母親ばりの心配っぷりを見せるので夕騎は笑い飛ばす。

 『寝る時はどうするの、家に戻ってくるのかしら?』

 「それじゃあ合宿の意味ないっしょ。駐屯地に泊まるスペースあるからそこで――」

 「せんぱーい、シャワー先に使わせて貰いました! 先輩どうぞ!」

 「ほいほーい」

 『相部屋!?』

 「そうそう、何か部屋がギリギリになるみたいで整備員の部屋にまで割り込んでる感じ。俺がいるのは三人部屋だな」

 『三人部屋!?』

 相部屋でも三人部屋という事実にインカムの向こうでガシャンと何やら大きい音が響く。おそらく皿でも割ったのか、そこまでの衝撃の事実を言った覚えはない夕騎でも驚く。

 「だ、大丈夫か?」

 『え、ええ、大丈夫よ』

 「ユウキくん入らないなら先にミリィが使わせて貰いますよー」

 「はいはい使ってどうぞー」

 『ふ、二人共年下なのかしら……?』

 「ミリィの年齢は知らんから何とも言えんがきのは年下だな。それがどうしかしたか?」

 『も、もしかしたら夕騎が年下に劣情を催すかもしれないかと少し心配になったの』

 「ぶふぅ!?」

 きのがそそくさと準備してくれていた紙コップのお茶を啜っていると不意打ちな発言をされ、盛大に吹いてしまう。

 「わわっ!? 先輩大丈夫ですか!?」

 「ごほっげほっ! だ、大丈夫……大丈夫……」

 変なところにお茶が入ったのか悶える夕騎の背中を擦りながらきのはタオルで床を拭き始める。こういうところは気遣いが出来ているのかいいお嫁さんになるだろうなと夕騎は思いつつ何とか落ち着くと零弥から声が聞こえてくる。

 『ゆ、夕騎もしかして本当に――』

 「いやいや誤解だ! 俺は精霊にしか劣情催さないの、知ってるでしょ?」

 『ええ、最近は脚に視線を感じるようになったわ』

 「それは最近のトレンドがヒップから脚に変わったからだな」

 『私や十香たちにはそういう目を向けるなとは言わないけど四糸乃にはやめなさい』

 「流石にこの俺っちでも四糸乃には向けないって! 信じてくれよ!!」

 『わ、わかったからそんなに迫真にならないでいいわ』

 あまりの真剣さに若干引き気味な零弥に想いが伝わって良かったと夕騎は一息つき、それからも他愛のない会話を続ければいい具合に睡魔が襲ってきたので大きく欠伸する。

 「ふぁあ……そんじゃもうそろそろ寝るから切るな、狂三にもよろしく」

 『ええ、おやすみなさい』

 「おやすみー」

 二○分ほど零弥と話していた夕騎はインカムを切り、ベッドのすぐ傍あるデスクに置くとベッドに寝転ぶ。するときのが何やら気になることがあるのか寝転んだ夕騎に顔を近づけ、

 「もしかして彼女さんですか!?」

 「ユウキくんって彼女いたんですか!?」

 「何を興味津々そうな声で聞いてるんだっての、てかミリィお前はせめてタオルを巻け!!」

 恋愛沙汰の話は大好物なのかきのはともかくシャワーを浴びている真っ最中のミリィまで一糸纏わぬ姿で飛び出してきて夕騎は妹の裸を見ているような気分になり先ほど床を拭いていたタオルを投げる。

 「ふげぶ!? お茶のにおいがするんですけどこれー!!」

 「そりゃ俺が吹いたお茶を拭ったからな!」

 「いやんばっちぃ!」

 「失礼極まりねえ!」

 しっしっとタオルを纏って全裸から半裸になったミリィをシャワールームに押し返すと今の流れだけで急に疲労感が湧いてきた夕騎はベッドに俯くように倒れこむ。

 「それでどうなんですか?」

 「まだ聞いてくるかぁ……そうだなぁ」

 今まで深く考えたことはなかったが夕騎にとって零弥はどこに位置するのか、改めて考えてみればよくわからない。

 友達や親友、という枠に収めるには違うような気がする。

 恋人、でもないような気がする。

 近くにいるのが当たり前で離れるという未来が思い浮かべられないほど夕騎にとって零弥は『近しい隣人』。もしかしなくとも本体(オリジナル)の狂三よりも確実に長い時間を共にしている。

 「……わかんね」

 どれだけ考えても結局はっきりとしなかった夕騎はそれだけ言うと狸寝入りをし始める。何となく夕騎の気持ちを察したのかきのはそれ以上追及せずに毛布を夕騎の身体にかける。

 「おやすみなさい先輩」

 するとすぐに寝息が聞こえてきたので本当に眠ってしまったようできのは少し可笑しそうに笑う。

 「ユウキくんはもう眠ってしまいましたか、残念です。オールでUNOでもしたかったのですが」

 「それなら私が受けて立ちますミリィちゃん」

 「二人じゃ意味ないですよー、せめて三人は欲しいところですね」

 「それじゃあ折紙先輩達のところに行きましょうよ! 確かミケちゃんも一緒のはずです」

 ここから折紙達がいる部屋は近く、寝ている夕騎を気遣ってゆっくりと二人は部屋から出ようとしたその時――

 

 ウウゥウウゥウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!

 

 警報が鳴り響いた。

 聞き間違えるはずがない。この警報は――

 「空間震……」

 「まさかこんな夜に来るなんてミリィも予想しませんでしたよー」

 空間震は精霊現界の予兆。前例は少ないがこうして夜に現界する事例は少なくない。

 『きの、聞こえる?』

 「え、あ、はい聞こえます隊長!」

 耳に着けていたインカムから燎子の声が聞こえてくる。その声音は少々焦っているもので聞いているきのにも思わず緊張が走る。

 『今空間震警報が鳴ったのは知ってるわね、それで夕騎は近くにいる?』

 「はい、今寝ていますけど」

 『それなら今すぐ叩き起こして。今回の精霊は危険だから否が応でも<精霊喰い>の力が必要になるわ』

 「一体どんな精霊が来たんですか?」

 他の隊員にも指示を出している燎子からせわしなく音が聞こえてくるがそれでも燎子は答えてくれた。

 『この反応からするに今回来たのは<ナイトメア>よ』

 

 

 

 「ふぁあ……こんな時間に来てくれたわねまったく」

 空中艦<フラクシナス>の艦橋で琴里は瞼を軽く擦って眠気に耐えていた。何しろ寝ていたところを唐突に起こされたのだ。少しばかり頭が追いついてこない。

 「それで今回はどんな精霊?」

 「この反応はどうやら識別名<ナイトメア>、時崎狂三のようです!」

 「狂三、ですって?」

 狂三は精霊でも稀な静粛現界が出来る精霊。わざわざ空間震を起こしてやってくる理由がわからない。

 「また士道を狙っているのか、夕騎を狙っているのか、どちらにせよASTが動くわ。モニターに様子を映して」

 「はいわかりました!」

 相手が相手なだけに無策で士道を出すわけにはいかない。

 狂三は自ら望んで人間の命を奪う精霊、前回もそれで言いようにこちらは動かされてしまった。

 「モニター映ります!」

 「…………これは」

 映し出された映像を見て琴里は疑問の声を隠しきれなかった。

 <ナイトメア>は確かにASTの魔術師(ウィザード)と戦闘を開始していた。しかし、あまりにも一方的なものだ。まるで赤子の手を捻るような感覚で<ナイトメア>は魔術師の群れを地面に叩き落としていく。

 いつもの歩兵銃や短銃なんてない。ただの純粋な戦闘力で大人数を圧倒していた。

 「誰よ、これは……」

 モニターに映っているのは間違いなく<ナイトメア>。

 だが――その容姿は狂三とはまるで別人のものだった。

 

 

 

 弱い。

 何て脆弱な生き物なのだろうか。

 「あまりにも弱すぎて生きてる価値がわかりませんね、あなたたち」

 闇をそのまま溶かしたかのような長髪を持つ少女は億劫そうな表情で煩わしい蚊を払うように襲い来る魔術師(ウィザード)を弾き飛ばしていく。

 何の変哲もないただの拳や蹴りなどの格闘術で。

 どれだけ随意結界(テリトリー)を張られていようとも構わず叩き伏せていく。

 「随意結界(テリトリー)の使い方が甘すぎます。こんな程度では何も捕らえられませんよ」

 攻撃を躱す回避行動さえ少女には見られなかった。レイザーブレードの斬撃も対精霊用の銃弾だろうが彼女を守る最硬の鎧――霊装が少女を傷つけることを許さないからだ。

 影をそのまま纏ったような黒を基調にしたドレスにはところどころ橙色の部分が見受けられる。頭部にはヘッドドレスが飾られており、狂三の霊装に類似する部分が多く見られるが微妙にデザインが違う。

 「これでは精霊に敵うわけありませんね」

 最終的には指をパチンと鳴らすようにするだけで魔術師は吹き飛ばされ無様に地面を転がることになる。たった五分にも満たない戦闘だったがすでにASTの編隊された魔術師達は四分の一以下までに減ってしまった。

 「――っと」

 哀れすぎて深い息を吐きそうになる少女だったが背後からの不意打ちに振り向けばそこには機械の鎧を身に纏った折紙が霊装の防御の上から連続で斬撃を叩き込んでくる。

 「そういえばあなたがいましたね、鳶一折紙さん」

 「――っ! どうして私の名を」

 「知っていますよ、過去という籠に捕らわれている哀れな少女。五河士道に依存する、()()()さん」

 あれだけ無表情な折紙が『寄生虫』と称されたことで奥歯を噛みしめ一瞬憤怒の表情を見せると斬撃の速度が上がるがそれでも少女は笑みを浮かべ、

 「あなたは両親を殺した精霊を憎んでいますよね? でもあなたは知らない。あなたがしている行為はただの八つ当たり、それなのに今までそれを糧に生きてきた。ふふ、何て滑稽な話でしょうか」

 口元に指を当ててクスクス笑う少女が折紙の苛立ちを加速させる。しかし、いつまでも届かない攻撃に付き合っている暇はない少女は手を握り締めると折紙の動きが急停止する。

 「ぐ……うぅ……」

 その細い首にはくっきりと手で握り締められているような痕が浮かび上がっており、折紙は苦悶の声を上げる。

 「あなたも邪魔ですからね、早々に退場して貰います」

 そのまま折紙の身体を地面に叩きつければ折紙が声を上げる前に、靴裏で折紙の両脚に振り下ろし、いとも容易く骨を砕く。

 「あ、がっ……ッ!!」

 「まあ治療用の顕現装置(リアライザ)を使えば一ヶ月もかからないでしょうし。それだけあれば充分です」

 砕くだけ砕けば少女は折紙を一瞥することもなく残りの魔術師を見上げる。

 「残る邪魔になりそうなのは……」

 「こんのぉ!!」

 「来ましたね無駄火力」

 猪武者のように上空から少女に向かって直進してきたのはきの。

 スラスターの駆動による爆発的な加速できのはレイザーブレードを構え、そのまま突進してくる。

 「魔力の濃度は凄まじいですが、ろくにコントロールすら出来ていない力に恐れることは何一つありません」

 あえて霊装での防御をやめた少女は軽く身体を捻るとレイザーブレードの突きを躱し、柄に軽く拳を振り下ろせばきのの手から簡単に手放されてしまう。

 「あっ……」

 「本当に腹が立つ。弱くて弱くて、虫唾が走る」

 そのままきのの顔面を鷲掴みにした少女は他の魔術師と変わらず地面に叩きつけ、

 「――ッ!?」

 「何の実力もないくせに、何も守れないくせに、あなたはどうして生きているのですか?」

 少女の双眸には強い憤りの炎が灯されていた。

 思わず震え上がってしまいそうなほど濃密な殺意。可憐な容姿の少女が今では別の『何か』に見えてしまいそうになるほどのきのには恐ろしく思えてしまう。

 怖い、純粋にきのは思った。

 頭に浮かんでしまえば恐怖はもう抑えきれない。自然と身体が震えてしまう。

 「そうやってあなたはただ震えるだけだったせいで大切なものを失う。力があるというのにそれを扱えないせいであなたは一生後悔することになる」

 少女は震えるきのを冷然と見下ろし片足を振り上げれば言う。

 「あなたが死ねば私が困るので本当なら殺してやりたいですが気絶程度で許してあげます」

 「……させない!」

 両脚を折られ気を失っていたと思っていた折紙が少女に向かって対精霊用の銃弾を乱射する。しかしそれすらも効かない少女は折紙の方に振り向き、

 「……別にあなたが死んでも私に支障は来たしませんから」

 軽く手を振り下ろせば今度は拳銃を持っていた折紙の手が折れてしまい、少女は折紙の方へ歩き出そうとする。

 だがきのは震えた手で少女の足首を掴む。絶対に離さないと精一杯握り締め、その目には薄っすらと涙さえ垣間見える。

 「馬鹿ですね本当に」

 少女は呆れて息を吐くだけだった。

 呆れて、何かを切り捨てて、少女は足を少しだけ浮かせた。

 「大人しくしていれば良かったのに」

 端的に言って振り下ろす。

 狙いは頭。少しぐらい壊れても構わないと、そういう考えで振り下ろされた一撃。

 飴細工のように砕かれる、きのは圧倒的な恐怖の前に目を瞑れば――声が聞こえた。

 

 「あんまり俺の後輩をいじめないでくれよ」

 

 空気が張り裂ける音が響いたかと思えば少女の足はきのの頭に直撃する寸前で逸れた。

 その声の主にきのと少女の二人は驚く。

 「せ、先輩……?」

 「ああ先輩だ。よく頑張ったな、きの」

 少女が驚いているうちに踏みつけを阻んだ少年――夕騎はきのの身体を持ち上げると一旦少女から離れる。

 「先輩、来てくれたんですね……」

 「遅れてすまねえな、普通に寝てた」

 あれから結局きのの配慮によって起こされなかった夕騎はそのままきのを地面に置くと少女と向き合う。

 「狂三、じゃねえな。何者? 先に自己紹介させてもらうけど俺の名は――」

 「――月明夕騎。知っていますよあなたのことは」

 「そりゃあ驚いた。まさか知られているとはな」

 「ええ、よく知っています」

 そう言うと少女は今まで見せたこともない礼儀正しく一礼すると自己紹介する。

 「それでは私の自己紹介を、私は――夜三。末時(まつどき)夜三(よみ)

 「オーケー夜三。それで夜三は何か目的があるのか?」

 「はい、あります。とても重要な目的が」

 「聞かせてもらえるか?」

 「はい、いいですよ」

 二人共初対面のはずなのにまるで見知った仲のようにフレンドリーに会話する二人。

 だが夜三の目的はいとも容易くこの空気を蹂躙し破壊する。

 

 「私の目的はただ一つ――時崎狂三の抹殺。それだけです」

 

 夜三の目には確かな覚悟があった。

 それは自分の命を失おうとも刺し違えてでも絶対に成し遂げると言わんばかりな明確な覚悟。

 「……へぇ、もし邪魔をするって言ったら?」

 「それは許せませんね。例え誰であろうが邪魔立ては許容出来ません」

 「でもよ、こっちもどんな理由があろうが狂三を殺すことは許容出来ねえな」

 「そうですか、それでは戦うしかありません。でも私はあなたのことを知っています。どんな風に戦うのか、全て知っています。私はその全ての対抗策を持っている。それでもかかってきますか?」

 「反対に聞くけど俺が退くと思う?」

 夕騎は問うておきながらすでに身構えていた。

 夜三はわかっていた。この人は何も変わらない、ただ真っ直ぐに進む人なのだと。

 酷く懐かしく、夜三は思わず笑みを浮かべそうになった。

 それでも夜三は夕騎のように道は曲げられない。自分が決めたのだからどんな障壁があろうとも乗り越えなければならない。

 「<刻々帝(ザフキエル)>【機械仕掛けの女神(デウス・エクス・アダド)】」

 狂三ですらしたことがない形で夜三は身構え、<刻々帝(ザフキエル)>を顕現させた。

 「少しの間、眠っていてください」

 「…………え?」

 顕現させたかと思えば夜三は天使をすぐに消してしまった。

 不審そうに声を上げた夕騎の身体は動かなくなり、やがて瞳から光が失われてしまう。

 「目覚める頃には全て終わっていますから、どうか今だけは大人しくしていてください」

 意識を失う直前に聞こえた言葉は少しだけ寂しそうな声音だった。


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