デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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夜三リベンジャー&零弥フューチャー
第四三話『合宿』


 「なぁオカン……」

 「そんなげんなりしてどうしたのよ」

 「ああもうオカンは否定しないのか、まあいいけど。それで一つ疑問なんだけど」

 「だから何だって言うのよ」

 「じゃあ言うけど――」

 天宮駐屯地にあるASTの訓練場で部下たちに指示を出している日下部燎子一尉に横でぐったりしている夕騎がいきなりカッと目を開く。

 

 「夏休み盆以外全部合宿ってどういうことだよ!!」

 

 夏休みが始まりこれから長期休暇だ、と思った矢先にASTから通信がきて『今日から泊り込みで訓練だから必要な私物を持ってくること』と言われて来ればこれだ。零弥や狂三や士道たちと夏休みに色々と遊びに行こうなんて計画も立てていたのにこれですべて爆発四散。しかも精霊に長期的に会えないことで夕騎のテンションはさらにガタ落ちになる。

 「あー、来ると思ってたわその質問」

 燎子は「そこー注意を散漫にしなーい」と注意しながら身を屈ませ、ぐったりしている夕騎の頭に手を置き、

 「近頃急に精霊の発生が多くなったでしょ、それで一体も駆除出来ないのはおかしいって上からのお達しが来たのよ。訓練が足りないだの心意気が足りないだの散々文句言われた私の気持ちわかる?」

 「気持ちはわからんでもないけどそれでも普通夏休みほとんど奪うぅ? 終わっちゃうよ俺の青春!!」

 「そんな歯の浮くような台詞は終わってからいいなさい!!」

 「す、すげぇ説得力さすが青春終わった人は言うことが違うべ……」

 「終わったとか言うな! 終わりたくて終わったんじゃない! てか休んでばっかりじゃなくて基礎練しておきなさい、それか接近戦のコツを教えるだとかせっかくの合宿なんだから色々しなさい!」

 「んじゃ可愛い後輩ちゃんに接近戦を教えるためにミリィのところにでも行ってきますか、というわけで行ってきまぁす」

 そう言えばと夕騎は思い出したのでバッと立ち上がれば射撃訓練やら飛行訓練などをしているASTメンバーの前をわざわざ通って訓練所から出て行く。ASTの訓練場と言ってもCR―ユニットの適正がない夕騎には普段と同じような訓練しか出来ないので退屈なのだ。

 そのまま訓練場を抜けようと歩いていると小さな頭がぴょんぴょんと夕騎の前で跳ね、

 「先輩お暇なんですか? お暇なら接近戦の訓練に付き合ってくださいよ!」

 目の前でぴょんぴょん跳ねているのはASTの後輩である未季野きの。茶髪のボブヘアーは相変わらずでワイヤリングスーツを着てCR―ユニットを纏っていても何だか小さく見えるほど華奢な少女だ。

 夕騎はそんな可愛い後輩であるきのの顔面をアイアンクローで鷲掴みにすると、

 「はいはい後で付きやってやるから俺は今用事があるの」

 「んぎゅぎゅぎゅ……よ、用事って何ですか?」

 「整備室にいるミリィんところ、頼んであるモンがもうそろそろ出来てっかなって思ってよ」

 「それなら私も行きます! 私もレイザーブレードの出力がどうにも合っていないので変更してもらおうと思ってたんです!」

 「おま、俺さっきのオッケーしてたらそんなモンで挑もうとしてたのか!」

 「下手したら暴発してたかもしれませんね!」

 「笑いごとじゃねえ!!」

 「あイタ!」

 平手できのの頭をパチーンと叩けば夕騎は前を進んでいき、きのはとりあえずその場でCR―ユニットを脱いで置いておきレイザーブレイドの柄を持って夕騎の後を追う。

 通路を歩いているとちょこちょこと後ろを子犬のように追ってくるきのは話題を振ってくる。

 「ところで先輩って普段音楽とか聴きますか?」

 「同居人がクラシック系が好きでたまーに聴いてるくらいだな、俺ここに来る前はイギリッシュで働いてたしその頃は音楽なんて無縁無縁」

 「そういえばそうでしたね、でも任務以外ではどうしてたんですか?」

 「ん、基本資料室で精霊の映像見てたな。ちょっとした仕草で萌えポイント探したり同じ映像を数え切れねえほど見てた。つうか生活に必要なモンは全部至急されてたし特に欲しいモンもなかったなぁ」

 「せ、先輩割と虚しい生活を送っていたんですね……」

 「可哀相な子を見るような顔すんな!! そんな失礼な後輩にはスイングの刑じゃぁ!!」

 懐かしむように頷く夕騎を可哀相な子を見る目で見ていたきのに少しイラッとしたのか両脇を抱えてブンブン回りながら進みだす。

 「きゃっ! せ、先輩速過ぎます!! 本当に怖いです!! あとごめんなさい!!」

 「謝ったから許してあげよう」

 一通り回し終われば夕騎はきのを降ろすときのは目が回ったのかその場でフラつき、壁に額をぶつけて蹲る。

 「う、うぎゅぅ……痛い、痛いです……」

 「はいはいわかったから泣くな、抱っこしてやろうか?」

 「だ、大丈夫です。先輩に迷惑はかけません!!」

 涙目だったきのは立ち上がると口をへの字に結んで堪え、慎ましい胸を張る。てっきり泣くかと思っていた夕騎だったがそこまできのは弱い子ではなく少しばかり意外そうにする。

 「てか何で音楽? 普通趣味とかじゃねえのかそういうのって」

 「あっそうです、そこです。先輩って『アイドル』に興味ありませんか?」

 「俺にとっては精霊がアイドルみたいなモンだからな――」

 「是非聴いて欲しい曲があるんです!!」

 きのは結構なアイドルファンなのか熱が篭った声で熱弁し、夕騎に顔を近づけフンスと鼻息を漏らす。その気迫に若干圧された夕騎は一歩下がり、

 「お、おう、あとで聴いてやるからもう着いたし先に用を終わらせるぞ」

 「はい! 絶対ですよ!!」

 色々と絡んでいるうちに整備室の前までたどり着いていた二人はシェルターのような扉を一応ノックして中に入る。

 中は広く、様々な工具がところ狭しと大きな工具が立てかけられており、置かれている机には資料や小さな工具などでいっぱいいっぱいになってしまっている。何度か来たことはあるが相変わらずアウトドア派な夕騎にはとても居心地が良い場所とは思えない。

 「おーいミリィいるかー?」

 「ふぁーい、ミリィはここにいますよー」

 「ん?」

 声は聞こえるんだが肝心のミリィの姿は見えない。

 「ここでーす……助けてくださーい」

 どこから聞こえてくるのかと耳を澄ましてみれば割と近くに山積みにされている資料の山が目に入り、良く見てみれば資料の山の端辺りから手が見えた。

 「そんなところで何してるんですかミリィちゃん」

 SOSを受け取ったきのは資料に埋もれているミリィの手を持って何とか引きずり出す。

 「いやぁ助かりました助かりました。整理してると急に資料が落ちてきてどうなるかと思いました」

 資料の山から出てきたのは作業服に白衣を纏い眼鏡をかけた金髪碧眼の少女――ミルドレッド・F・藤村はあちゃーといった様子で頭を軽く掻いて起き上がるとぺっぺっと服を叩く。

 「キノはともかくユウキくんがここに来るということは目的は『アレ』ですよね」

 「そうそう、整備で忙しいだろうけど出来たか?」

 「はい、しっかり準備出来てますよー。でも先にキノのを終わらせましょうか、キノはどうしたんですか?」

 「それがレイザーブレードの出力がおかしいんです」

 レイザーブレードの柄を渡されればミリィは一度分解しライトで細部まで確認していく。

 「んー特に異常はないんですけどねー。キノはASTの中で適正率だけで言えばキノは一番ですし、もしかしたら自分の魔力を上手いこと扱えていないことが原因かもしれませんねー」

 「結局訓練の中で感覚掴んでいくしかないって話か」

 「そうなりますね」

 ミリィの説明に頷く夕騎だが、きのはASTの中で一番の適正率を持っていたとは知らなかったようでこの上なく驚いた表情を見せる。

 「え、私一番だったんですか!?」

 「え、反対に聞くけど知らなかったのか?」

 「知りませんでした! 隊長も『ま、まあ、普通ね。うん、普通』なんて言ってたから私てっきり普通なんだなって思ってましたし!!」

 「実は隊長そのあとで上層部に呼び出されて会議になったらしいですよー。ゆっくり育てるからってキノには内緒って話だったんですがミリィがポロリしてしまいましたね」

 「えっ、ちょ、全然話についていけないんですけど!!」

 「まあそれは後で後で。それでミリィ、俺の頼んでたものは?」

 「こっちですよ」

 「ええ!? 私放置ですか!」

 その話題は一旦置いておく方向で合致したDEM社からの出向組はミリィの案内で整備室の奥へと進んでいく。すると大きな布が覆い被さった箱のようなものが見えてくる。

 「これです、ミリィの自信作ですからしかとご覧あれ!!」

 布を手で掴むと一気に捲り上げるとそこに置かれていたのは――

 「おお、完成度たけえな!」

 「そうでしょそうでしょう! 何せミリィが整備士でありながら必死に何日か徹夜して作り上げたものですからそれくらいのリアクションしてもらわないと頑張った意味がないですよ!」

 そこにあったのは夕騎がかつての対精霊部隊に所属していた際に使っていた対精霊用に<精霊喰い>の牙を研磨して作り上げた大剣<ボルテウス>に継ぐ大剣だった。

 前の<ボルテウス>は全体的に刀身が大きく夕騎ですらジェット推進機の補助がなければ重さに引き摺られる形で振るうのが精一杯だったが今回は違う。

 <精霊喰い>の牙を使うのは相変わらずだが刀身の横幅を減らし、反対に縦幅を伸ばして巨大というよりも長大な剣にデザインした。ミリィの趣味なのか刀身には紋章のようなものが刻まれており、<精霊喰い>の力を発動すれば長剣は淡く光り、能力が発動している証拠となる。

 夕騎が満足そうな表情を浮かべればミリィも満足したように頷き、

 「本当はギミック満載にしたかったんですけどユウキくんが止めたんで残念でしたが喜んでいただければミリィも頑張った甲斐があったもんですよ」

 「ああ、ありがとなミリィ」

 「いえいえ<精霊喰い>の牙ってちょっと興味もありましたし久しぶりに魔力系じゃない武器を作れてミリィも楽しかったです。ちなみにその長剣の名前、ミリィが付けていいですか?」

 「ん、おう」

 「て言ってももう名前は決めてます。明るい未来を切り開くための剣――<ナジェージダ>、それがその長剣の名前です。もしかしたら伝説に残るかもしれませんし名付け親がミリィって凄いじゃないですか。反対してもすでに柄頭に文字も彫ってありますからミリィの完全勝利です」

 「あ、マジだ彫ってある。希望(ナジェージダ)か、うん気に入った。お礼は何がいい? 現金なら一○○万くらいなら用意出来るけど」

 「そんなお金は受け取れませんよ、その代わり今度美味しいごはん奢ってくださいね?」

 「はは、お安いモンだな」

 そう言いながら夕騎は長剣<ナジェージダ>を何度か振るって感触を確かめればミリィに軽く一礼し、未だに困惑しているきのの身体を持ち上げて整備室をあとにした。

 

 

 

 「何だきの、まだ気にしてんのか?」

 「そ、そりゃあ気にしますよ! まさかのことですし……」

 自動販売機の前でジュース缶片手に呑気な様子で問いかける夕騎にカタカタと携帯電話の振動のように震え続けているきのはあまりのことに声すらも震えている。自分は普通どころか平均以下だと思っていたのにまさか適正率はトップだったとは、夢にも思っていないことが現実になっているのだ。困惑するなという方が無理な話である。

 「つうか周りとちょっと違うなって思ったことなかったのか?」

 「射撃訓練で出力を測定したんですけどみんなと桁が違いました……隊長にあれは計測器の故障だって言われましたけど」

 「きのちゃんよ、悩んでるところに『化物』と言われたこともある俺がありがたい言葉をやろう」

 夕騎はヘラヘラと笑いながら深刻そうな表情をするきのの頭に手を置き、

 「あのよ、どれだけの力があろうが使いこなせねえと何の意味もねえ。今のお前に出来るのは適正率や生成出来る魔力量がトップだからとアホみたいに悩んでないで一秒でも早く使いこなせるようになること、自分が使いこなせねえ力なんて周りからすりゃ『害悪』でしかねえ」

 オーシャンパークで夕騎は一度精霊化を使って正気を失い危うく施設自体を消し飛ばしかけた。それが街だったら、周りに誰かいたら、間一髪防いでいたが下手をすれば本当に取り返しがつかないことになっていた。

 そんなことにならないように先にやらかしてしまった者として夕騎は警告したのだ。

 「まあ色々言ったが纏めりゃ今は焦らずゆっくり進めばいいって話。ここには俺もいるしオカンもいるしその他諸々の仲間がいる。助けてくれるかはどうかしらんが俺も気が向けば助けるし、それに焦っては事を仕損じるって言うだろ? 焦るだけ結果はついてこねえモンだ、わかったか!」

 頭に置いた手できのの頭をかき回すように乱雑に撫でればきのは突然涙を流す。

 本当に突然のことだったので夕騎はあたふたし、

 「え、ちょ、泣くなよ。何だ痛かったのか?」

 「違うんです先輩……今私は先輩が初めて先輩らしいことを言ってくれたことに感動してるんです」

 「おま、心配した数秒返せ! いくら何でもバカにしすぎだろ!!」

 「す、すみません! でも嬉しかったのは本当なんです!!」

 さすがに泣いている少女の頭に拳骨を叩き落とすのもと思ったのか夕騎はきのが一生懸命手振りなどの必死の訴えにベンチに座り込むとそういえばと思い出す。

 「そういえば聴いて欲しい曲があるんだっけ?」

 「あ、そうですそうです! 少し待っててくださいね先輩、着替え室に取りに行ってきます!」

 「相変わらず足はええよな……」

 相変わらずの素早さで走り出したきのを見送り三分ほど、音楽プレイヤーとイヤホンを持って帰ってきたきのは息切れ一つなく夕騎にイヤホンを差し出す。

 「とりあえずイヤホンを着けてみください、音楽流しますから!」

 「はいはいわかったわかった」

 まるで子供に急かされる親のような態度できのから渡されたイヤホンを片耳に着けると音楽が流れ始める。

 「これはですね、私が大好きな宵待月乃さんの曲です! 色々あってデビューから一年で辞めてしまったのですけどとても良い曲を歌う人で私が尊敬するアイドルさんなんです!!」

 「へぇ、ふむ」

 きのから説明を受ければ夕騎はイヤホンを両耳に着け、曲に集中し始める。

 きのは正直すぐに『まあ人間のアイドルはこんなモンか』と言ってイヤホンを外すかと思ったが存外きっちり聴いてくれたよで少しばかり驚く。

 聴き終えた夕騎はうんうんと頷き、イヤホンを外すと携帯電話を取り出してどこかへ電話を掛け出す。

 「殿町、アイドルのグッズを多く取り扱ってる店知らね? 出来ればマイナーというかホントに多くのアイドルグッズあるところ。うん、うん、そこなら道わかるな。おう、ありがと」

 「先輩?」

 「すまんきの、少しの間全体に混じって訓練しとけ。俺は行かねばならぬところが出来た」

 「え、あ、はい!」

 そのまま立ち去る夕騎にきのは『あ、これハマりましたね……』といった視線を送るのだった。

 

 ○○○

 

 目の前に広がる光景はまさに地獄と称するに相応しいほどだった。

 あたりを見てみればどこかしろも黒、黒、黒。すべてが黒に染め上げられ、あれだけ青かった空は今では煤けて灰色になりとてもこの世の景色とは信じ難いものだ。

 天に向かって聳え立っていた建物も今では原型を留めていないほど破壊され、見えるは瓦礫の山ばかり。

 一番の問題はどこを見渡しても『人間』と呼べる者は誰一人いないことだ。

 人間の変わりに荒れ果てた街を徘徊するのは存在自体が闇に包まれたかのように蠢く黒い影。それが今まで普通に生きてきた人間だとはとてもじゃないが信じられるものではない。

 その人間が歩んできた人生を全否定するかの如く『黒』が塗りつぶしている。

 立っている少女以外に誰もまともな人間がいない。

 助けて、思わずそう叫びたくなった。だが、そんな叫びに答えてくれる者は誰もいない。返事の代わりに聞こえてくるのは亡者のように地面を這いずって苦しそうに呻きを上げる『黒』の声だけ。

 もうこのまま何もかも諦めて現実逃避したかった。誰もいない世界でこのまま足掻いても誰も見てくれないし、どうにもならない。それならいっそ死んだ方がこの苦しみから解放されるのではないかと頭に過ぎる。

 だが、少女は諦める寸前で踏みとどまった。

 どうしてこんなことになってしまったのか、少女は知っている。

 すべて『あの女』のせいだ。

 

 「必ず殺してやる」

 

 圧倒的な敵意が、殺意が、少女の中で身を焦がすほどに芽生えていた。


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