デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第四○話『人類最強VS精霊最強』

 風が唸る、大地が割れる、木々が弾け飛ぶ、それら複数の出来事がほぼ同時に行われていた。

 肉薄し、ぶつかり合うたびに火花の代わりに魔力が、霊力が爆発するように飛び散る。荒廃する景色に映るは二つの残像、残像が過ぎ去る場所から容赦なく破壊され蹂躙されているのだ。

 片や人類最強。

 片や精霊最強。

 互いに微塵たりとも譲らず、大剣と篭手は真っ向からぶつかり合い離れてはまた肉薄するのをまるでビデオテープの録画映像のように繰り返している。

 やはり人類最強の名は伊達ではなく今では高速で動き続ける零弥の動きを視線で捉え、追う形でスラスターを駆動させている。しかし同時に飛びながらエレンは違和感を感じていた。

 ――魔力供給が安定しませんね……。

 どうにもエレンが着ている<ペンドラゴン>の中で巡らせている魔力が安定しない。何かが突っかかっているような感覚を零弥と戦い始めてから常に感じ、だが少しでも隙を見せれば捕らえるどころか反対に殺される。捕獲は出来なくとも最低でも霊結晶の一つでも持って帰らなければウェストコットに見せる顔がない。

 「どうやら不調のようね」

 宙を舞いながらふと零弥はエレンに問いかける。

 零弥も何度か攻撃を交わらせエレンが本来の実力を出し切れていないことに薄々感じてはいるようだ。

 「心配には及びません、少し調子が悪い方が集中出来ます」

 「そう、それなら心配ないわね」

 自分で何を言っているのかわからなかったがエレンは口端を緩ませてこの戦闘の緊張感に一種の高揚感を抱きながら剣術と格闘技が再びぶつかり合う。そのたびに張り裂けるばかりの衝撃音が鳴り、限定的に霊装を纏っていた十香と戦っていたときは本当に遊びだったと言わんばかりに速度を上げる。

 零弥はその速度に一度だけ驚いたような表情を見せるが零弥自身にもまだ余裕があり、

 「それならもっと速度を上げるわ、ついてこれるかしら?」

 「当たり前です、いずれはあなたを越す速度をご覧に入れましょう」

 零弥の加速は夕騎のものとは少し違い断続的な霊力の放出ではなく常に霊力を放出させて永続的に速度を上げ続けている。そして大気中に散布された霊力を具足の筒の部分から吸収し、再利用する。夕騎の一度の爆発を何度も使って霊力をただ消費するのではなく零弥のは半永久的に使い回せる加速方法だった。

 「でも、残念ね。すでに仕込みは終わったから」

 「……何ですって?」

 瞬間、エレンはまた零弥の姿を捉えきれなくなる。目の前にいたというのに忽然とその姿を消したのだ。

 「――ッ!!」

 次に零弥が現れたのは正面、すでに握り締められていた拳は引かれており一直線にエレンの顔面に向かって放たれる。

 咄嗟にエレンは大剣で防御するために構え、幾重にも随意結界(テリトリー)を重ねるが篭手の肘から霊力を噴出させインパクトを向上させた零弥の一撃の前には飴細工が砕けるような音と共に拳が大剣越しにエレンを殴りつける。

 ――何ですかこの威力は!?

 「【一天墜撃】」

 地面から離れていたエレンの身体はそのまま後ろに引っ張られるかのように勢い良く吹き飛ばされ、いつの間にかエレンたちの戦いは海の上にまで派生していたのだ。海面を投げられた小石のように跳ねたエレンはバウンドするたびに受身を取って衝撃を流していき、ようやく静止するがここでさらなる疑問を抱く。

 ――どうして天使を顕現させないのでしょうか……?

 これまでの戦いで零弥は霊装に備わっている篭手と具足でしか戦っていない。

 精霊にはそれぞれ形を持った奇跡、最高の矛とも言われる天使を保有している。映像で見た限りだが零弥の天使は堅牢な白盾と細緻な装飾がなされた聖剣、戦闘前に<バンダースナッチ>に対しては聖剣を使っていたがこの戦いが始まってからは何一つ見せていない。

 事前に知識として得ていた戦い方とはまるで別人のように違う。

 「舐められているのか、それとも姿を消してから何かしら得たのか……どちらにせよ強いですね」

 見てみれば先ほど零弥の一撃を防御したエレンの持つ大剣に小さなヒビが入っていることに気付く。万全の状態でないとはいえ幾重にも重ねた随意結界(テリトリー)すら貫いたのだ、霊装だけでこの力。今までエレンが見てきた精霊においては間違いなく最強クラス。

 「……かと言って負けるわけにはいきません」

 宙を蹴り滑空する零弥にエレンは更なる武装を見せようとするがその姿はまた光の粒子を残して忽然と消える。

 「だから何なのですかこの現象は!」

 現れては消える零弥にエレンは苛立ちから思わず声を荒げる。次に零弥が現れたのはエレンから見て斜め上の位置、今度もまたすでに拳は構えられており、一撃が放たれる。

 「【三鳴衝撃・竜顎】」

 打ち鳴らされた衝撃は霊力と共にエレンに向かって直進しながら進み、宙を駆ける衝撃はまさに竜の頭部のようだった。

 「そう何度も喰らいません!」

 大剣を横薙ぎに払って衝撃を振り払おうとするが衝撃は大剣の一撃を前に唐突に軌道を変え高速で不規則にジグザグと動き回り、

 「この……っ!」

 知覚出来るなら随意結界(テリトリー)でどうにかなる、そう思ったエレンだがすでに竜の顎はエレンの真下から駆け上がるように昇っており、

 「ぐっ!」

 エレンの顎に直撃したかと思えば衝撃はすぐさま急降下、一瞬の隙も与えずもう一撃エレンに浴びせる。

 こんな攻撃万全ならば避けられるというのに今回に限って思うように<ペンドラゴン>が機能しない、それもあってか零弥の動きに翻弄されっぱなしだ。このままでは人類最強の名が廃る。

 「<ロンゴミ――」

 「させないわ、【二地発剄・竜掌】ッ!!」

 距離を離し大剣を収め新たな武器を取ろうとしたエレンだったがここでも零弥は一瞬で肉薄し、両肘から霊力を大きく噴出させて発剄による二撃をエレンの腹部へ直撃させる。

 血を吐き、その身を真っ逆さまに海に沈めるエレン。だがすぐさま海面上に飛び出せば濡れて前に垂れた髪を後ろに下げれば憤りに満ちた瞳で零弥を睨みつける。

 「……何をしたのですかあなたは」

 「人類最強でもユニットが使えなければただの人間ということね」

 エレンの質問には答えず、零弥は笑う。

 

 「言ったでしょう、仕込みは終わったと。私が何をしたか気付いたとしてもあなたにはどうしようもない。魔導師(ウィザード)であるが故にあなたは負ける。あなたはもう詰んでる、チェック・メイトという言葉をあなたに送るわ」

 

 不敵な笑いにエレンは思わず強い怒りと屈辱を感じ、同時に鈍く痛む腹部を手で押さえたのだった。

 

 

 

 「…………」

 夕騎は無言で砂浜から走っていた。どこに向かっているのか、無論士道たちの元へだ。

 先ほどヨマリやワンナと戦っている最中から結界の外では嵐が吹き荒れており、突然の異常気象に夕騎は耶俱矢や夕弦に何か起こり戦闘しているのだと即座に結論付けた。

 士道は<精霊喰い>の牙を持ち、実戦にも慣れている夕騎と違ってドのつく素人。前に一度霊力の使い方を伝授したことはあるがそれでも不安を払拭する要因にはならない。

 先ほどの戦闘で夕騎は無傷なわけではない。流石<ホワイト・リコリス>を上回ると自負していただけはある。あの魔力砲と正面から突撃したせいで自分でもわかるほど脚が痛む。おそらく骨にヒビが入ったか筋繊維が損傷したかまたはそのどちらもか、とにかく負傷していることに変わりない。

 ミサイルの爆風を受けた身体は各所に火傷も負っており、被害は甚大とも言える。

 夕騎が目指すは嵐の中心部分、きっと耶俱矢も夕弦もそこにいるだろう。十香がエレンに捕まってしまっている場合は護送された<アルバテル>を裏切り発覚覚悟で撃ち落とす、夕騎の中では決意がどんどん固まりつつある。

 

 「ふむ、そんなに急いでどこに行く気だ。もう夜は遅くなってきているというのに、まさか君は俗に言う『不良』という輩なのかい?」

 

 「!?」

 気配をまるで感じなかった。

 それなのに、その女性は夕騎の前にまるで通せん坊をするようにして立ちふさがっていた。

 身長は夕騎よりも白いワンピースに麦藁帽子を目深に被り、その容貌は見えないが声からして女性だということがわかる。

 「そんな驚いた顔をされても私が困る。私はただ君の前に現れただけさ。それなのに気付かなかったということは君がそれだけ集中していたか、はたまた私に興味がないのか、どちらだろうね」

 「い、いや、俺は単純に急いでるだけで……」

 不服そうに申し立てる女性に夕騎は何て言えばいいのかわからず一瞬頭の中で混乱するが、そんな焦った様子を見て女性はふふ、と楽しそうに笑みを漏らす。

 「やはり君は変わっていないなぁ……相変わらず健気で頑張り屋さんだ」

 懐かしむように女性は頷けばその場で硬直してしまっている夕騎の頭を何度か撫でれば満足そうに頷く。

 「おっと、あまりにも懐かしくていきなり頭を撫でてしまった。すまないね」

 女性が夕騎のことを懐かしむように、夕騎もまた女性のことを懐かしんでいた。

 どこかで聞いたかは思い出せないがとにかく聞き覚えがある声に仕草、名前もわからないがとにかく自分はこの女性に会ったことがある。夕騎はそう思わざるを得なかった。

 「じゃなくて! 俺は急いでんだ!」

 「そうは問屋が卸さないよ」

 懐かしんでいる暇はない。とにかく夕騎は急いでいるのだ、女性の隣を横切って走り出そうとした瞬間。女性は夕騎が引っかかるようにわざと足を出して引っ掛け、転ばせればまた笑みを漏らす。

 「昔と変わらないドジっ子さんだ、ほら立てるかい? 手を貸そうか?」

 「い、いらねえ……」

 「そうかい、でも君のためにはっきり言っておくと今の君が行ったところでどうにもならない。人類最強の魔導師(ウィザード)は零弥が相手をしていて、八舞は互いに想い合いながら争いを続けている。その争いを止めるのはその場にいる五河士道にしか出来ないだろうしね」

 「零弥が、ババアと戦ってるだと……」

 「ああそうだよ、十香を傷つけたのが許せなくて戦っている。魔導師(ウィザード)にとって彼女の天使はまさに天敵、勝負は決まったも同然だ……って夕騎、どうしてまだ動こうとするんだい? もう君の役目は終わっただろう? 怪我も軽くないのに動こうとする意味が私にはわからないよ」

 どうして女性が精霊のことや戦況を知っているかなどどうでもいいことだ。夕騎は這いつくばってでも行かなければならない、何故なら――

 「決まってんだろ、零弥はもう戦わなくていいんだ。剣も盾も鎧も必要ねえんだ」

 「彼女はそれでは不満そうにしていたのを忘れたかい?」

 「……いつかわかってくれる」

 「いいや零弥の代わりに私が断言しよう、彼女はいつまでも守られるだけというのを認めない」

 「…………」

 「零弥は元来そういう子なのさ、精霊を守るために生まれた精霊だからこそ君の自己犠牲に基づく献身を認めない。いつ死んでしまうかわからない君にただ守られるだけに後ろにいるのではなく並んで戦えるように隣にいたいと零弥は考えているのさ」

 まるで零弥のことを知っているかのように言う女性、だが夕騎には反論することが出来なかった。

 初めて零弥に激情をぶつけられた時に気付いてしまったのだ。守ると言われただけで何をしているのかわからないどうしようもない不安感。夕騎と零弥が逆だったら夕騎も同じ気持ちになっていただろう。

 黙ってしまった夕騎の前で身を屈めた女性はもう一度夕騎の頭に触れ、

 「夕騎は零弥や五河士道を信用していないのかい?」

 「そんなことはねえけどさ」

 「だったら、今度ばかりは信じてみようじゃないか。他の誰でもない何でもかんでも背負って生き急ぐ君が零弥を、士道を、信じてさ。ね?」

 「…………ん」

 周りからどれだけ言われようとも止まらなかっただろう夕騎は本当に珍しく女性の言葉を信じ、這いつくばってでも進むと思っていた力が緩まる。

 「うん、いい子だ。じゃあここで私と今回の行く末を見よう。私の予想だとフィナーレは汚い花火になるだろうけどね」

 「はは、何だそりゃ」

 女性は夕騎の隣に座り込んで言うと夕騎は可笑しそうに笑った。

 

 

 

 「くそ……っ!」

 意味が分からない。

 零弥のチェック・メイト発言からエレンは防戦一方どころか攻撃を受け続けていた。

 行く先を読まれ先回りされとうとう随意結界(テリトリー)さえまともに機能しなくなり、エレンの額は海水と共に冷や汗が滲む。

 スラスターも上手い具合に動かず、浮遊しているのがやっとといった様子で零弥はそんな不調なエレンに容赦なく重く鈍い一撃を加えていく。

 「残念ね」

 思わず零弥の口から残念そうな声音で一言が漏れる。いくらこちらが仕込んでいたとはいえ顕現装置(リアライザ)が上手く機能しなくなればここまで普通の人間と変わらなくなるのか。いやエレンの場合は平均以下だ。

 残念、その一言がエレンの心に今までにない炎を灯し、

 「舐めるなッ!!」

 とうとうエレンの<ペンドラゴン>に携えられていた武装が解き放たれる。眩い光に包まれたその武器は目が眩むほどの光量を放ち、零弥に照準を定め命を摘み取るために射出する。

 だが、必殺の一撃でさえも上手く扱えない今では零弥にとって乗り越えられる障害でしかない。

 「……これがあなたの秘密兵器かしら?」

 篭手であっさりと掴まれていたのは槍、<ロンゴミアント>の正体は槍だったのだ。本来なら精霊を突き殺せるほどの魔力で敵を殲滅するはずだったのが手掴みされるまでに威力が落ちていたことにエレンは落胆の色を隠せない。

 ため息を吐いた零弥は今の状況を飲み込めていないエレンに仕方なく説明する。

 「私の聖剣白盾(ルシフェル)はそれぞれ大きさは自由自在、その気になればどこにでも顕現出来るの。例えば――鎧の中、とかね」

 その説明を聞いた瞬間、エレンは何をされたか気付いたかのように目を見開く。

 「ま、まさか……」

 「ええ、あなたの考えているのは当たりだと思うわ。私があなたの前に現れてあなたがその鎧を纏うと同時に鎧の中やスーツの中に仕込ませてもらったの。あとは徐々に違和感を感じるように内側から聖剣で魔力を伝達する機能を切り刻んでいったのよ。あなたの不調によって性能が落ちてたわけじゃなくて、鎧そのものの性能が落ちていたからあなたは私に手も足も出なかった」

 いくら人類最強の魔導師(ウィザード)であろうとも内側からの攻撃を防ぐ術など持っているわけがない。しかも零弥はわざと<ペンドラゴン>を狙って破壊している。その気になればエレン自身の肉体を内側から切り刻むことが出来るというのに。

 「嬲る趣味はないから、もう決めるわ人類最強」

 気付いたときにはエレンが逃げられないように白盾が球状になってエレンを閉じ込める。逃げ場はないと言わんばかりにすべての白盾から砲身が出現し、その照準は余すことなくエレンを狙う。

 「ア、アデプタスシークレット応答しなさい!」

 望みは薄いが自らの運命を悟ったエレンは耳元に着けていた通信機で必死に応答を求めるが夕騎からの返事はない。結局邪魔をするだけして仕事は何も手伝うことはなかった。

 「チッここぞというときに使えない子ですね……っ!」

 そんな恨み言を心の中で思い浮かべているうちにも砲口には霊力が充填され――

 「ア…………アイク……」

 あれだけ余裕を持っていたエレンが最期に述べた弱々しい一言は他でもないウェストコットを呼ぶものであった。

 白盾の中で音が連鎖する。まるで戦場の銃撃戦のように響き渡った音に確かな手応えを感じた零弥は白盾を消せば煙を纏ったまま何の抵抗もなく海に沈み行くエレンを眺め、

 「あなたが幸運の持ち主なら助かるわ」

 精霊最強はそう最後に述べて背を向けたのだった。


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