デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第三八話『変わらない想い』

 「っぁあ……ようやくここまで戻ってきた。あんのクソ野郎よくもやってくれたやんけ」

 「おかげでこっちの機体に傷が入ったしぃ、これは修理しに戻ったほうがいいんじゃないのぉ」

 「アホ、そのための連絡手段があの或美マンやらのせいで完全に潰れてもうたん忘れたんか?」

 「あぁ忘れてたわそれぇ」

 或美島上空を滑空する機械の鎧を纏った魔導師(ウィザード)のヨマリ、ワンナは同時に息を吐く。

 二人は前日に一度或美島にいる<ベルセルク>を空襲しようとしたのだが突如として現れた或美島の平和を守る正義の味方『或美マン』によって撃退されてしまい、最後に受けた妙な技のせいで或美島からかなり離されてしまっていて飛行パーツの修復に休憩も加えれば再びたどり着くのに半日ほどかかってしまった。

 「あんのアホンダラ次あったら絶対殺したる。DEM社は舐められたらあかんねん!! やられたら殺り返すに割り増し返しや!!」

 「そうねぇ私もガンバるわヨマリぃ」

 改めて二人で拳を合わせて気合を入れ直せばレーダーに<ベルセルク>の反応を捉える。

 レーダーに反応した生命反応は四人、それなのに精霊の霊力反応は六人分。どう考えても数に合っていないのだ。

 「はぁ? レーダー故障してるんちゃうか?」

 「んー、わかんないけど確かめる必要あるくない?」

 「まあ<ベルセルク>がそこにおるんならどっちにしろ確かめるしかないしな、んじゃ行こっか――ってあれは……」

 レーダーで生体反応を確認していれば海岸から離れた位置にもう一人で単独行動している生命反応があり、ズームしていた視界ですでにその容姿を捉えていた。

 「夕騎やんか!!」

 「え、ほんとぉ?」

 「マジや嘘ついてどないすんねん! ちょい行ってみよ!!」

 「<ベルセルク>はどうするのぉ? まだ移動してないみたいだけどヨマリ話すと長くなるんじゃないぃ?」

 「ちょっとぐらい大丈夫やろ、おーい夕騎ーっ!!」

 「まぁ背中に乗ってる私に拒否権なんてないんだけどねぇ……」

 ワンナが何を言おうとも直接的に二人の中で動きを支配しているのはヨマリの方だ。ヨマリは推進機を魔力で噴かせれば超高速の速度で飛び、夕騎の前で急ブレーキすればワンナを一旦降ろしてヨマリはにっこりと笑う。

 「久しぶりやね夕騎!!」

 「おひさぁ」

 「うっすちゃっすチーッス、久しぶりだな二人共。名前は……えーっと、マリモにダンボだっけ?」

 「誰がマリモやねん!! ヨマリやっちゅうねん! あとダンボじゃなくてワンナな!!」

 ぺしーんと機械の篭手でツッコミをすればヨマリは何だか懐かしい思いでいっぱいになる。昔にエレンの元で戦闘訓練を受けた際に夕騎とヨマリとワンナは同じチームで訓練を受けていたのだ。

 夕騎に至ってはCR―ユニットの適正がなくヨマリたちに比べより辛いものだろうがそのたびにこうして夕騎やワンナがボケ、ヨマリがツッコむ。そうして笑い合ってそれが当たり前で同じ釜の飯も食べてきた。

 夕騎は精霊が好きなんてことも聞かされそのたびに笑い飛ばしてきた。彼のことを『化物』と呼ぶ社員もいたがヨマリからしていれば人間の身でありながら機械の鎧を纏い精霊と戦えるようになる時点で充分に『化物』だと思っていたので夕騎を迫害するような発言は一切してこなかったのだ。ワンナも同じだ。

 「元気にしとったか? 夕騎が某国の対精霊部隊に配属される前からウチら<ベルセルク>追ってたからあのときは一人で寂しかったやろ? 再会の挨拶に抱きついてもええで?」

 「今のヨマリはユニットのせいでトゲトゲしてるから嫌よぉ」

 「誰もワンナに言うてないわ! そんなん言ったらワンナのユニットなんかゴツゴツして絶対ゴリゴリして痛いやろ!! あ、このCR―ユニットは最近届いたモンでいいやろー!!」

 「あいっかわらずうるせえのは変わらねえなははははっ!!」

 ベシベシと互いのユニットを叩き合う二人に夕騎は昔を思い出して笑う。ヨマリにとってもそうだが意外にも夕騎にとってもヨマリたちの評価は良い方だった。今なら友達、とも呼べるかもしれない。

 「てか何で夕騎はこんなとこにおんの?」

 「ああ、知らないのかお前ら」

 「んー、何か重要な連絡しようとしてもされようとしても通信機が壊れちゃってて連絡出来ないのよぉ。前は不調だっただけなんだけど昨日ちょっと大変な目に遭ってねぇ。ねぇ、ヨマリぃ?」

 「そう! それやねん! ちょい愚痴聞いてえな、あんな昨日の時点でホンマは或美島に着いてたはずやねん!!」

 「ふんふん、それで?」

 「或美島の平和を守る正義の味方『或美マン』とかいうヘンテコな輩に邪魔されて吹っ飛ばされて最悪やったんやで!! おかげで通信機能潰れるわワンナの装備いくつか壊されるわで<ベルセルク>捕らえんのにその前から不運やったわ!!」

 流暢に愚痴を話すヨマリに夕騎は時折頷いて相槌を打つ。

 愚痴を言い終わればすっきりしたのかヨマリは夕騎の顔を見て、

 「そんで夕騎は何でこんなとこにおんの?」

 「ああ、それはな――」

 「――ヨマリっ!!」

 夕騎の身に纏う雰囲気が先ほど相槌を打っていたときのものと一変すると早くに察知したワンナは叫ぶ。しかし、移動も出来ないワンナがどうこう出来るわけでもなく夕騎が指をパチンと鳴らせば夕騎たちから少し離れた四方に設置されていたポールが花を開くように起動する。

 そのポールから発せられた顕現装置(リアライザ)が順番に起動していき、気付けばヨマリたちの遥か頭上で防性随意結界(プロテクト・テリトリー)が連結して文字通り大きなドーム状の結界が作り出される。

 「くっ!」

 ワンナが魔力を充填してキャノン砲で結界を破ろうと撃ち放つが結界は重厚で破れることはなく、遅れてヨマリも閉じ込められたということに気付くと夕騎を睨みつける。

 「なあ夕騎、どういうつもりなん?」

 本当に純粋な質問だった。自分たちは『良き友人』だったはずだ、それなのにこんなところに閉じ込める意味はわからない。いや正しくは一番嫌な場合が頭に浮かんでいるが否定して欲しいという気持ちがあって問いかけてしまったのだ。

 夕騎はふっと鼻で笑えば、

 「この防性随意結界(プロテクト・テリトリー)は電池式みたいなモンだからもってせいぜい一五分程度。ここから出たければ使用権限を持った俺を殺すか、時間を待つかだ。その間に――俺はお前らを殺す、だからお前らも全力で来た方がイイぜ」

 「……意味がわからんねんけど。何? もしかしてアンタDEM社を裏切る気なんか?」

 「そうだな、そういうことになるけどお前たちの通信機は壊れてんだろ? 一応教えてやるがエレンのババアはこの島にいる。<プリンセス>や<フォートレス>を捕まえにな」

 「何やて!? ああ、だからか。人間やのにやけに強い反応あったんはエレンさんのやったか……」

 「でもぉ、夕騎の裏切りを知らせるにはぁ連絡手段を持たないせいで結局ここから抜けないといけないのよねぇ」

 「物分かりがイイな、そういうことだ。お前らを消しとけば俺の裏切りは知られないワケ、まあ裏切りが知られたところで俺にあんまり被害が被るワケじゃねえけどな」

 構えた夕騎にワンナも両手両肩からミサイルポッドを出して身構える。ワンナに迷いはなかったが、ヨマリには迷いがある。どれだけ一緒にいた過去があっても夕騎にとって『人間』は『精霊』より優先順位が下。そのことに寂しさを覚えてしまう。

 「なあ夕騎、精霊守るのって誰かからの命令なん?」

 「違う」

 最後のヨマリの問いに夕騎は即座に否定した。

 

 「これは誰かからの命令じゃない。俺が、俺自身が選択した。精霊を守れと誰からも指示されたワケでもなく俺の意思で決めた道だ。精霊を守るためにお前らを殺すことを迷わないし正当化しない。だから存分に恨んでくれて構わねえ、俺には覚悟がある。万人に否定されようが味方なんて誰もいなかろうが変わらねえ覚悟があるんだ」

 

 「……そうか、アンタやっぱり精霊が好きやねんな」

 「当たり前だろ」

 ヨマリは一度だけ息を吐くとワンナを背中に乗せて随意結界(テリトリー)ギリギリの高度で浮遊すると地上にいる夕騎を見下ろし、

 「ほんなら行くで<精霊喰い>ィ!! 覚悟せえよ!!」

 「かかってこい魔導師(ウィザード)!!」

 烈風が大気を薙ぎ、海面に波を荒立たせ、二つの力は真っ向から激突した。

 

 

 

 或美島を北街区と南部地域を隔てる森林を、暴力的な烈風が薙ぎ払い、駆け進んでいく。

 青々と茂っていた木々はまるでミキサーにでもかけられたかのように切り刻まれ、空を舞い、乱雑に、しかし弾丸のような速度で周囲に放たれる。

 その嵐の原因を作っているのは――耶俱矢に夕弦、この二人の精霊。

 両者が手に持つは精霊が持つ具現化した奇跡と言われる天使――<颶風騎士(ラファエル)>。

 耶俱矢は巨大な槍【穿つ者(エル・レエム)】を、夕弦はペンデュラム【縛める者(エル・ナハシュ)】をそれぞれ構え暴風と共に何度もぶつかり合っていた。

 耶俱矢は夕弦に生き残って欲しく、夕弦は耶俱矢に生き残って欲しい。

 互いに互いを大切にしているというのにぶつかり合う八舞姉妹に士道は一緒にいた十香を支えて風を凌ぎながらどうしようもない感情が心に渦巻く。

 士道はあまりにも無力だった。叫んでも争いに夢中になっている耶俱矢や夕弦の耳に入っておらず、激しくぶつかり合い戦うことをやめない。

 夕騎なら間違いなく介入し、止めていただろう。それだけの力を、精霊と対等に戦える<精霊喰い>の力を持つ夕騎がとても羨ましかった。もしこの場にいるのが士道ではなく夕騎だったら、彼ならどうしていたのかと考えると士道は悔しさから奥歯を噛みしめる。

 「シドー! 気をつけろ! 何かいるぞ!!」

 あまりの無力さに顔を手で覆っていると十香が声を上げる。

 「な、なんだよこれ……」

 いつの間にか士道と十香を囲うようにして一○体ほどの人影が立ち並んでいた。

 それらは手足がついているものの人間とはとても言い難いものだ。フルフェイスヘルメットのような滑らかな頭部に細身のボディ、腕部は大きいが支える脚は妙に細い。如何にもアンバランスな体型だが、身に纏うCR―ユニットのようなものがより異形さを垣間見せる。

 「何だ、こいつら」

 距離を詰める人形の軍勢に士道はその得体の知れなさに恐怖を覚え、ジリジリと下がっていくと不意に人形の軍勢の合間を通ってもう一つの人影が現れる。

 「DD―007<バンダースナッチ>と伝えたところでわからないでしょうから説明は省かせてもらいます。余計なオプションが付いていますがいいでしょう、ようやくひとけのないところに来てくれたのですから」

 「エレン、さん……?」

 「しかし、驚きましたね。まさかこの地に<ベルセルク>まで来ているとは、今までの不幸にお釣りが出るほどの幸運です。ですが<ベルセルク>がここにいるということはヨマリやワンナも来ているはずなのですが姿を現しませんね、どういうことでしょうか」

 エレンは独り言で不思議がるがエレンの事情など知ったことではない士道だが疑問に思うことはある。耶俱矢や夕弦のことを識別名で呼んだのだ。

 「あんた、何者だよ。まさかASTなのか?」

 「……これまた驚きですね、ですが私は陸自の対精霊部隊ではありません」

 初めて士道に興味を持ったかのような声音でエレンは反応するがすぐに手を挙げ、振り下ろせば<バンダースナッチ>と呼ばれる人形たちが一斉に士道と十香に襲い掛かる。

 抵抗の術はなく、思わず目を閉じてしまうが次に襲ってくるはずの衝撃が襲い掛かってこなかった。

 「む、大丈夫かシドー」

 士道の前に立っていたのは限定的に霊装を解除させ、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構えた十香だった。どうやら襲い来る寸前に薙ぎ払ってくれたらしい。

 「――<プリンセス>、やはり本物でしたか。本来ならユーキが精霊捕獲する手はずでしたがあの子は自由奔放ですからね、仕方ありません。私自ら相手をしてあげましょう、正直<プリンセス>の実力は確かめたかったですしむしろ好都合です」

 「待ってくれ、あんたの言ってる『ユウキ』ってまさか……」

 嫌な予感がした士道はすぐさま疑問を投げかければエレンはまた意外そうな表情をし、

 「ええ、あなたが思い浮かべている人物で合っているはずです」

 何故なら――

 

 「月明夕騎――彼は、DEM社(こちら)側の人間ですよ」

 

 そんな馬鹿な、と士道は思った。夕騎は何よりも精霊を大切にし、愛している。それなのに精霊を捕らえるために襲い掛かってきたエレンたちの側の人間だったなんて信じられるはずも信じたくもない。

 だが、夕騎はずっとせわしなく行動していた。もしも、仮にそのときに十香たちを捕らえる準備をしていたとしたら――どれだけ考えても答えは出ない。

 真偽を答えてくれる夕騎はこの場にいないのだ、どれだけ推論を並べたところで真実とは限らない。

 エレンの言葉に士道は沸き立つ悪寒を止められそうになかった。

 

 

 

 「てりゃぁッ!!」

 「――ッ!」

 残像が残るほどの超速度で動くヨマリに夕騎は苦戦を強いられていた。ワンナは離れた位置に固定砲台として置かれ、ヨマリの援護に徹しており隙がない攻撃の数々に夕騎の身体に切り傷が出来上がっていく。

 「<ヴァルバンテ>はDEM社製のものの中でも最速なんやで!! そんなトロくさい動きで捉えられるか!!」

 ワンナから受け取っていたレイザーブレイドを振り回しながら蝶のように舞い蜂のように刺すヨマリは得意げに夕騎の周りを低空で飛ぶ。

 「【霊砲(レイ・メギド)】」

 レイザーブレイドが身を削る寸前、夕騎は士道の中に封印されている霊力の一部を借りてそれを砂浜に叩きつける。爆風が舞い上がり、同時に砂煙が巻き起こってヨマリと夕騎の周りの視界を遮る。

 「……こしゃくぅ」

 キャノン砲を構えていたワンナは視界が悪くなったことで照準を定めにくくなり、照準も考えずに下手に撃てばヨマリを巻き込むことになるので一時的に砲身を下げる。

 「チッ! うっとーしいな!!」

 これは夕騎なりの知覚すれば使える随意結界(テリトリー)対策なのだろう。砂煙のせいで状況が把握しづらくこのままでは一撃をもらうことになるが伊達に人類最強に戦闘技術を教授されてはいない。

 「小細工は通じんっちゅうねん!!」

 推進機(ブースター)から魔力を爆発させるように噴出させ身を回転して砂煙をすぐさま吹き飛ばし、夕騎の姿を視界に捉えれば随意結界(テリトリー)で捕縛する。

 「これで――」

 レイザーブレイドの切っ先が捕らえられた夕騎の首元に迫るが捕縛される寸前にはすでに拳は突き出されており――

 「――【三鳴衝撃】」

 「ぐげぇ!?」

 切っ先が夕騎に突き刺されると思えばヨマリの下腹部に衝撃が駆け抜けその場から吹き飛ばされる。拳の衝撃を霊力で連打させ相手に衝撃を与える遠距離技、それこそが【三鳴衝撃】。

 夕騎はそのまま吹き飛ばしたヨマリを追跡し、追い討ちをかけようとするがワンナの肩に装備されたキャノン砲が火の代わりに魔力を噴く。

 「づっ!」

 その魔力砲は夕騎の顔面を見事に捉え、夕騎の身体は大きく仰け反り顔の方から煙を上げるがすぐに元の体勢に戻れば笑みを浮かべる。顔は血塗れだがまったく効いていないようでワンナに向けて獣のように直進する。

 「こんのぉ!!」

 両手両肩にミサイルポッドを展開すれば一斉に掃射。夕騎は迷いなく直進のまま受け、何発も受けるうちに爆煙を上げて姿を消すが、今度はその場から氷の欠片のようなものがボロボロと落下する。

 「……氷ぃ?」

 「【二地発剄】」

 氷は四糸乃の霊力を拝借して即興で作り上げたもの。ワンナがその氷分身に釣られている間に背後に回っていた夕騎は全重心を足に集中させ、ぶつかる瞬間に全体重を肘に乗せた一撃をワンナの装甲にぶつける。

 「くぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 <ファルバンテ>の装甲は重厚、敵からの攻撃を弾く堅固な鎧だがこのときばかりはその堅固さが仇となる。中で響く鈍い一撃に動けないせいもあってダメージは甚大だった。

 「冷静に考えれば空中ならともかく地上で負ける要素なんてなかったな。シルヴィのときと違って随意結界(テリトリー)を分割して放ってくるワケじゃねえし、強制魔力生成剤も精霊化も必要ねえ」

 倒れ起き上がるのに時間がかかっているヨマリとワンナを見下げた夕騎は中指を立て、

 

 「次で決めさせてもらうぜ、お前らに構ってる時間なんてねえからな!!」

 

 ついに【天地鳴動】の究極技が放たれる――


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