デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二九話『新能力』

 「夕騎っ!」

 倒れているのが夕騎だと気づけば零弥はすぐさまテーブルまで駆けつけ、夕騎の上体を手で支えながらゆっくりと起こす。

 血塗れの夕騎の身体はどこも傷だらけで見れば腹部には何かの武器で抉り貫かれたような風穴が空いてしまっている。また呼吸はしているものの荒く、何が夕騎の身に起こったかは不明だがこの重傷からすればいますぐにでもここから離れて病院へ連れていくべきだ。

 「時崎狂三、運ぶのを手伝いなさい」

 「いいえ、ここまでの重傷では運ぶのはむしろ危険ですわ」

 「だったら――」

 「零弥さん、落ち着いてくださいまし。わたくしの天使の力をもってすれば夕騎さんの時間を怪我をする前まで時間を戻せますわ」

 少し冷静さを欠いていたが言われてみればそうだ。

 狂三の持つ天使〈刻々帝(ザフキエル)〉の【四の弾(ダレット)】であれば夕騎の時間を傷つく前まで戻すことができる。

 「……やめろ」

 いままさに狂三が〈刻々帝(ザフキエル)〉を顕現させようと手を天井に向けてかざそうとすれば、目を覚ました夕騎が狂三の手首を掴んで止める。

 「どうして止めますの?」

 「んなモン決まってるだろうが。ただでさえ狂三の寿命はことりんとの戦闘で減っているし、何より俺は治療を必要としてねえ」

 「変な意地を張ってる場合じゃないのよ!」

 治療を断る夕騎に零弥は厳しく叱責する。

 零弥の言葉に夕騎は血が足りないのか貧血気味に頭を抱えると、それでもなお拒絶する。

 「いやダメだ。これは俺の個人的な戦いだ。だからおまえらを巻き込むわけにはいかねえ」

 「でも、せめて何があったのかぐらい教えてくれても……」

 食い下がる零弥に夕騎は首を横に振っていると、

 「個人的だなんて嘘は、いけませんわ夕騎さァん」

 目の前にいる狂三とは別の狂三の声が夕騎の足下の影から聞こえてくる。

 「……げ」

 「どうしましたの、分身体(わたくし)

 「夕騎さんはこの場にいる精霊全員を守るためにかつての師であるシルヴィさんと戦っているのですわ」

 夕騎の影から顔を出した監視用の狂三は本体(オリジナル)の狂三にそう告げ口をする。

 言われた途端に夕騎はバツが悪そうな顔をしていると話を聞いた狂三はむぅと頬を小さく膨らませれば短銃のグリップで夕騎の額を殴りつける。

 「づッ!? 何しやがる!」

 「夕騎さんがわたくしに隠し事だなんて生意気ですわ」

 「いや精霊を守るのが俺の役目だからおまえらに余計な心配は――」

 今度は零弥から拳骨が放たれ、顔面に直撃した夕騎は仰け反る。

 「ごぅふ!? 何してくれちゃってるんだ零弥!」

 「夕騎が私に隠し事するなんて生意気よ」

 「同じこと言って何なのおまえら! 急に仲良くなったの!?」

 先ほどまでシルヴィにフルボッコにされていた夕騎が知ることではないのだが、この二人は互いにライバルと認め合ってだんだん息も合ってきているのだ。

 「別に夕騎には関係ないわ」

 「別に夕騎さんには関係ありませんわ」

 今も同時に言葉を述べて息がピッタリである。

 「ヴェェ俺が隠し事したら暴力なのにソッチはイイってか!」

 「ええ、女に秘密は付き物よ」

 「理不尽! まさに外道!」

 女とう生き物の理不尽さに嘆く夕騎だったがこの状況で急にピピピと耳元に着けていたASTの通信機が音を響かせ、やがて隊長である燎子の声が聞こえてくる。

 『夕騎、聞こえる?』

 「聞こえてるよオカン、コッチはいまチョー忙しいんだから用は手短にしてくれ」

 『なら簡単に言うけど折紙の行方を知らないかしら?』

 「知るか、つうか何? アイツまた何かやらかしたのか?」

 オカンという呼称にはもう慣れてしまったのか夕騎がそう問いかければ燎子は特に指摘することもなく答える。

 『まあそうね。あなたには言ってなかった気がするけど最近、天宮駐屯地にDEM社から実験機として〈ホワイト・リコリス〉っていう大型のユニットが置かれていたのよ』

 「うん、すんごい嫌な気がする」

 この時点でもう夕騎は色々察していた。

 それに気づいているのか涼子はため息混じりに言う。

 『あなたの予想は当たっているわ。いま確認したことだけどその〈ホワイト・リコリス〉と一緒にありったけの弾薬が丸ごとなくなっていたのよ。ほんと、綺麗さっぱりに』

 「で、それを持っていったのが」

 『折紙ということになるわ』

 おそらく燎子が〈ホワイト・リコリス〉を無断で持っていったのが折紙だと気づいたのは緊急着装デバイスの保管状況を見たからだろう。

 緊急着装デバイスは一時的に随意領域(テリトリー)を展開させ、一瞬でワイヤリングスーツを纏うことができる。これを使えば正規の着装許可がなくとも魔術師(ウィザード)としての力を振るうことが可能となる。

 これは暗に折紙が正規の着装許可を絶対得られないようなことに〈ホワイト・リコリス〉を使おうとしていることを意味する。

 夕騎は一応〈ホワイト・リコリス〉がどういった性能をしているか知っている。とにかく火力重視で一つの兵装に一個隊の兵力をぶち込んだような馬鹿げた火力を有しているという。理論値では倒せるらしいが使えば三〇分と持たずに廃人となるらしい。

 「なあオカン」

 『どうしたのよ急に』

 「鳶一は〈ホワイト・リコリス〉を一度は見ているんだよな」

 『それがどうしたの?』

 「そのとき、何か聞いてなかったか? 例えば『これを使えば精霊を倒せる?』とかとか」

 夕騎の悪い予感が当たらずに折紙が興味本位で持っていただけなら良かったのだがここでも悪い予感が当たる。

 『うーん、確かこれがあれば〈イフリート〉を倒せるかみたいなことを聞いていた気がするわ』

 「ははは、酷い当たりだちくせう。じゃあなオカン、もし見つけたら連絡する」

 『え、ちょ――』

 燎子との通信を強引に終わらせた夕騎は心配そうに見る零弥と狂三に何もなかったと手を横に振って誤魔化すが内心では深く嘆息する。

 ――鳶一も、気づいちゃったか。

 五年前に起きた大火災。

 折紙の両親を、夕騎の妹である夕陽から家族全員を奪ったあの火災。

 その犯人である炎の精霊が士道の妹――五河琴里だと知れば折紙が黙っているわけがないだろう。

 「ホント、参ったな」

 ただでさえあと少しでこちらの近くまでやってくるかつての師に加えて一個隊の兵力を有した火力を持つ人間がやってくるとなれば夕騎一人では手が足りない。ただでさえCR-ユニットを完全に纏っていなかったシルヴィにさえボロ負けしているのだ。とても〈ホワイト・リコリス〉の相手までしていられないだろう。

 「零弥、頼みがある」

 「え?」

 急に話しかけられた零弥は驚いたように両肩を震わせるが夕騎はその両肩に手を置くと、

 「いまからことりんを探しに行ってくれ」

 「意味がわからないわ夕騎。きちんと説明して」

 「多分鳶一は今日中にどんな被害が出ようが必ずことりんを討ちに来る。鳶一が精霊に憎しみを持っているのは知っているだろ? その元凶がことりんかもしれないんだ」

 折紙が精霊を憎んでいるのは零弥も知っている。精霊である十香と犬猿の仲になった理由も〈フラクシナス〉の録画映像で見せてもらっていたからだ。

 「鳶一はASTに送られていた理論上精霊を葬る力を持っている兵装を盗んでいる。それを使われればもしかするとことりんが死んでしまうかもしれない。だから精霊を守る精霊の零弥にことりんを守って欲しいんだ」

 「でも、夕騎は……」

 「俺なら大丈夫だ」

 「何が大丈夫よ、そんな傷だらけで……」

 いまにも泣きそうな零弥だったがここで夕騎の身体に変化が起きているのに気づく。

 身体のところどころにある傷口から小さな炎が灯り、非常に微々たる速度だが傷が塞がっていっているのだ。これは心臓を撃たれた士道の傷が回復していた際に起きていた現象だ。しかし夕騎のは万全ではない止血しただけで傷は残っているのだ。

 「何だか知らねえけど俺にもこの能力が微妙にだが備わっているんだよね。だから心配するな、俺は強いし精霊を残して死なないし」

 「夕騎……」

 零弥はポスンと自身を夕騎の胸元へと預ける。

 その行為の意図がわからない夕騎は頭に疑問符を浮かべ、

 「おいおいどうした零弥」

 「……ごめんなさい夕騎、さっきは殴ってしまって」

 「あれは俺が悪かったんだし無傷だから大丈夫」

 「……そう。じゃあ頑張ってくるわ、琴里の方は私に任せておいて」

 「ああ、いってらっしゃいな」

 「いってきます」

 零弥は名残惜しそうに夕騎から離れると、自らの意志で士道の身体に封印されている自身の霊力を半分ばかり取り戻しては中途半端だが霊装を纏ってどこかへと飛んでいく。

 「任せたぞ、零弥」

 「わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ」

 ずっと置いてけぼりだった狂三は今度は歩兵銃のグリップを夕騎の脳天へと叩きつける。

 「ぐっふ! ごめ、忘れてない! 忘れてませんから!」

 何度も何度も叩きつけられるグリップに夕騎は手で防御しながら言うと狂三は誠に遺憾そうな表情をし、

 「わたくしが傍にいながらあそこまで零弥さんに惚けるとはやはり『浮気は極刑』ですわ」

 「ごめんなさい! ホントマジでごめんなさい! だから影の中から白い手出すのやめて!」

 いまにも影の中から襲いかかってきそうな狂三の白い手を必死に躱しながら謝罪するが狂三は聞いてませんと言わんばかりに猛撃を続けつつ、

 「わたくしに頼むことは?」

 「……へ?」

 「だから、わたくしに頼むことはありませんの?」

 「別にないけ――わわわ! あります! 超重要なことがあります!」

 正直弱っている狂三をこんなことに巻き込みたくないと思って特に考えていなかったのだが、あまりに狂三の剣幕と影から押し寄せてくる白い手に臆した夕騎は避けながら思考をフル回転させて何とか考えつく。

 

 「み、見ててくれ!」

 

 懸命に振り絞った答えがこれでした。

 「俺の勝利を影の中という一番の特等席でな!」

 「これはこれは大胆な発言ですわ。惨敗していますのに」

 「あのな、今までのは互いに準備運動だ。うん、準備運動。大事なことだから二回言いました!」

 「二回言ったということはそういうことにしておきたいと――」

 「もうおとなしく影の中に入っててくれよ! 助けは要らないからな!」

 「はいはい、わかっていますわ」

 まるで子を宥める母親のような言い方をする狂三を夕騎はぷんすか怒りながら自身の影の中に半ば無理矢理押し詰めていく。

 「見てろよ絶対『夕騎さん格好良かったですわ』って言わせてやるッ!」

 期待していますわ、と狂三は最後にそう言い残して影の中へと身を潜めていき、完全に姿を消せば夕騎は一息ついては自身が飛んできた方へ視線を移す。

 「わざわざ待っていてくれるなんてどういう了見?」

 「特に意味はないよ、どうせ終わる頃には別れすら言えないだろうからね。だからチャンスをあげたの」

 人工的に置かれた木のオブジェクトの影から姿を現したのはシルヴィ。

 右手の手首に着けている腕輪から出ている長いチューブの先端に細長いひし形の棘のようなものがついている武器を三本ほど携えていてそれぞれが奇妙な動きをしている。

 まだCR-ユニットを全て展開せずに手加減しているシルヴィは改めて確認する。

 「さて、辞世の句は残したの?」

 「ハッ! 俺が死ぬかよ。俺、この戦いが終わったら結婚するんだ!」

 「明確な死亡フラグよそれはァ!」

 勢い良く放たれたチューブは勢い良く伸び、先端についている凶刃を容赦なく夕騎へと襲いかかった。

 

 

 

 放たれたチューブの群れを夕騎はまず横に向かって跳躍し躱そうとするがチューブは惑わされることなく九〇度に傾いては夕騎のあとを追う。

 「やっぱ簡単に回避できないか……!」

 真に厄介なのはここからだ。

 夕騎の足下に近づいたチューブの先端はそれに応じ、空気を振動させるような音を奏でれば半径一メートルほどの球状の結界が張られる。

 それは随意領域(テリトリー)だ。

 展開された随意領域(テリトリー)は一瞬で夕騎の脚の自由を奪うと、まるで強烈な重力を受けたかのような不可とともに床に叩きつける。

 「ぐっ」

 「アンタ、自分の弱点が何かわかってる?」

 「いやさすがにわかるだろッ!」

 床に叩きつけられた夕騎は床を握り締めて咄嗟に抜け出そうとするが許されるわけがなく、さらに迫った二本のチューブが随意領域(テリトリー)を展開してさらに重圧を放ち夕騎の全身の自由を奪う。

 あまりの重圧に夕騎は吐血し悶えるが、シルヴィはそんな夕騎にゆっくりと近づいては身を屈ませ、苦悶の表情を作る夕騎を見据える。

 「三重随意領域(テリトリー)。アタシは他の魔術師(ウィザード)とは違ってこうして一つの領域を分割して操作することができるの。難しさで言えば右手で文章を筆記で書きながら左手でキーボードを使って文章を打つ感じかねえ。それにあと四つは分割して扱える自信があるわ」

 「チートか、この野郎……エレンのババアよりつぇえんじゃねえの?」

 「さぁね、模擬戦もしたことないしこの新型を使えばもしかしたら勝てるんじゃない?」

 適当なことを言っているが実際随意領域(テリトリー)を分割して同時に操るなんて夕騎は聞いたことがない話だ。しかもシルヴィはまだ本気を出していない。現状ですら三つを相手にしてこの有様、合計七つも来られてしまえば終わりだ。

 狂三に勝つだ何だ言っておきながらこれではきっと笑われてしまうだろう。

 「そうそう、さっきの話。アンタは精霊にはホント強いよ、でもさ。霊力を持っていない状況で魔術師を相手にするのはどう見ても相性最悪よね」

 演習での真那戦もそうだったが、夕騎は霊力がなくてはただの人間。

 精霊相手ならば戦闘中に霊力を奪い力をつけることができるのだが対魔術師はあまりにも分が悪い。真那のときは分身体の狂三からの霊力供給によって何とか勝利できたもののいまは話が別だ。

 「いまからでも遅くないからさ、アタシに手を貸せば? このままだと無駄死によアンタ」

 「ケッいまからが逆転するんだよ」

 シルヴィが取り出した至って普通のナイフがいまにも振り下ろされてもおかしくはない状況でさえ夕騎は笑う。

 「あっそ」

 もう何の未練もなくなったシルヴィは躊躇いもなく構えたナイフを振り下ろす。

 

 ――刹那、何の比喩でもなく夕騎の身体から爆発が起きた。

 

 「なっ!」

 この現象にシルヴィも驚き腕を交差させて随意領域(テリトリー)を展開し防御するが、ナイフは爆風に煽られてどこかへと飛んでいってしまった。

 「チッ目くらましか!」

 爆風を払いすぐさま夕騎がいたところを注視するがそこには夕騎の姿がなく、

 「パンパカパーンパッパッパパンパカパーン!」

 明らかに口で言っているBGMが周りに響き渡る。

 その音源はシルヴィから後方、ナイフを持った者は誰も見たことがないような格好をしていた。

 「後ろ後ろ!」

 声は女のものだった。

 黒髪は肩に触れるかどうかの位置までサラリと伸びており、容貌も限りなく可愛げのある少女のもの。

 ウサギの頭部を模した帽子を被り、左手には何を模したのかドーベルマンのような表情の険しいパペット、それらの子供っぽいものとは不釣り合いなほど美しい素材不明なドレスを着ている。

 手足にはそれぞれ篭手、具足が着装されており、それもまた芸術品のように美しさを秘めていた。

 「……どういうこと?」

 突然現れた精霊に近しい者(、、、、、、、)を見て、いままで余裕そうだったシルヴィさえ困惑を隠せずにいる。

 その様子を見て精霊らしき者は不敵に笑みを浮かべながらドーベルマンのパペットの口を開閉させつつ、

 「はっはっは、気づかないかシルヴィ」

 『ヤロォォォォテメェェェェェェブッコロォォォォォォスゥゥゥゥゥゥ!!』

 やけにパペットの口が悪くパペットにおいては一切可愛げがないがそんなことは構わず、その少女は改めて自己紹介をした。

 「改めまして、私の名は(、、、、)――月明夕騎(、、、、)さ!」

 バンッ! と決めポーズで自己紹介を繰り出した夕騎にますます困惑の色を隠せなくなったシルヴィだった。


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