デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二一話『オリジナル』

 「やーやーはっじめましてだな、狂三」

 身体は無数の白く細長い手に拘束され身動き一つ取れない状況に陥っても夕騎は焦ることなく狂三に話しかける。

 本体(オリジナル)の狂三が会いに来るとは聞いていたがこう唐突だと夕騎も驚く。

 驚きで激しくなった動悸を抑えていると狂三はクスクスと笑みを浮かべながら夕騎の頬に触れる。

 「わたくしもずっと、ずぅっと、会いたかったですわ。わたくしの分身を()べてもらって互いにパスを繋いだ瞬間からずっと会える日を楽しみにしていましたわ」

 「にゃはははは、それは嬉しいんだけどな。狂三、今回お前の狙いは士道っちっしょ。それなのになーんで俺んトコロに来たわけよ?」

 「ええ、確かにわたくしは士道さんを食べるために来ましたわ。でも夕騎さんに会いに来たのはまた別の理由ですわ」

 相変わらず夕騎を拘束したまま話す狂三。夕騎もその気になれば脱出できるのだがこの白い手が夕騎の予想通りのものならばそういうわけにはいかない。躊躇いが生まれてしまう。

 「ところで夕騎さん、日本にはこんな言葉があるのをご存知ですの?」

 「……はい?」

 突然会話を切り出してきた狂三に夕騎はある種困惑した表情で聞き返すと狂三は自身の桜色の唇を舌で舐めてからこう言った。

 

 「――浮気は極刑」

 

 「……待て狂三、少し話し合おうか」

 あまりにも物騒な言葉が聞こえたので夕騎は素で狂三を制止する。

 すると狂三は笑みを崩さずに問いかけてくる。

 「あら? わたくしはただこういう言葉があるのを夕騎さんがご存知かどうか問いかけてみただけですのに。もしかして夕騎さんはわたくしに何か後ろめたいこと(、、、、、、、)でもおありですの?」

 「…………」

 まんまと言葉の罠に掛けられた夕騎は思わず沈黙してしまう。

 夕騎自身は疚しいことなんて一つもないと思っているのだが、零弥との関係を浮気と仮定するのならば夕騎は間違いなく極刑される。

 いやよくよく考えてみれば浮気なのかもしれない。

 ファーストキスは零弥だったし、同棲もしている、その上一緒にお風呂に入ったり一緒のベッドで寝ている。考えてみればこれは見事に浮気の部類に入るのではないだろうか。

 「イイエ、アリマセンヨ」

 片言で返す夕騎には一筋の冷や汗が流れていて狂三はその汗を舌で舐め取るとより一層笑みを深くして言う。

 「これは嘘をついている味ですわ。夕騎さん、何を隠しておりますの? 怒りませんから言ってくださいまし」

 ――え、何? 狂三は人の汗を舐めるとその人が嘘ついてるかどうかなんてわかっちゃうの!?

 などと心の中で思いながら夕騎は妻に浮気がバレた時の旦那のような声音でおずおずと話し始める。

 「ええっとですね……あの……零弥とキスしたのは零弥の霊力を封印するためであって……決して疚しい気持ちがあったというわけでもなくてですね、ハイ。不可抗力だったというか……」

 「大丈夫ですわ、わたくしにはわかっておりますもの。遠距離恋愛は自然消滅するのが定石ですもの。現地にいる他の女性に気を取られてしまってもそれは仕方のないこと。それに当然夕騎さんの魅力に感づく人もいますわ」

 「そ、そうっスね……」

 そこで一旦言葉を区切った狂三に夕騎は相槌を打つと、狂三は手を軽く合わせる。

 「たとえば夕騎さんに調理実習で作っていたクッキーを差し上げていたあの方――名前は覚えておりませんがどこかへ旅立ってしまったようです」

 過去を振り返ってみれば零弥と決闘をする少し前に十香以外の女子生徒からも夕騎はクッキーを貰っていたのだが、最近登校してきていないらしく殿町が風の噂で聞いた話では失踪事件に巻き込まれて行方不明とのことだった。

 「く、狂三もしかして……?」

 「どうしてでしょうね。世の中はとても物騒ですわ」

 その一言で完結されてしまってそれ以上は追及できずに夕騎は、ははは……という苦笑いしか出てこない。

 長い間ここにいては身の危険な気がしてならない。〈フラクシナス〉では士道のことで皆頭がいっぱいだろうし、真那たちASTも分身体の狂三が引き起こした殺人現場の処理で手が空いていない。ここは自分で何とかするしかないのだ。

 「……狂三、腹減ってないか? 俺ん家で食います?」

 本体の狂三と会えたのはとても喜ばしいことなのだがこの雰囲気はあまりにも危険すぎるので夕騎は他愛のない話でとりあえず『浮気は極刑』から話を逸らそうとする。

 「そうですね、夕騎さんのお家で食事をするのも良いかもしれませんが今日のメインディッシュはすでに用意されていますもの」

 狂三は妖しい目つきで夕騎の全身を睨めまわす。それはまるで品定めをしているようだ。

 「俺筋肉質だから美味しくありませんよ……?」

 「いえいえ、とても美味しそうですわァ……」

 狂三の表情がどんどん恍惚としたものになっていく。夕騎の中ではすでに本能がけたたましいほどのアラームを鳴らしてしまっている。

 逃げるべきか、拘束されていても掌は壁に向けられている。いまなら【霊力砲(レイ・メギド)】でこの場を打破することができる。

 だが、

 「きひ、きひひひひひひひひひひひひッ! そうですわ、そうですわよね! 精霊なら誰にでも(、、、、)お優しい夕騎さんは拘束している腕が分身体のわたくしのものだと知ってしまえば攻撃して脱出できませんわよねェ!」

 そう。狂三によって決定づけられたが夕騎が懸念していたのはまさにこのことだった。

 狂三との初対面では白い手は霊力によって作られたただの傀儡だと思っていたために喰い千切ることができたが分身体の狂三の腕だとわかってしまえば話は別だ。

 分身体であろうが狂三は狂三。会話もできるし感情もちゃんとある、そう理解してしまえば〈精霊喰い〉の牙に躊躇いが生まれる。

 「まー弱いトコロを突かれたモンですなぁ……」

 夕騎は絶体絶命のピンチに陥ってもヘラヘラと笑っている。

 「それにしても他のわたくしから夕騎さんがわたくし以外にファーストキスを捧げてしまうなんて悲しいですわ、哀しいですわ。夕騎さんの『はじめて』はすべてわたくしのものだと思っていましたのに」

 そこで夕騎は足下に妙な浮遊感を覚える。見てみると徐々に足から狂三の影の中に引きずり込まれていてこれが狂三の『食べる』という行為なのだろう。身体が変に軽くなっていく。

 「浮気は極刑っつっても狂三も士道っちとデートしてたじゃーん。すなわち極刑返し?」

 「いえいえ、そのわたくしはすでに真那さんによって殺されてしまいましわ。それにそこを突くということは夕騎さんが真那さんとデートしていた事実を加えて二倍で極刑返し返しになりますわよ?」

 「おぅふ、アレは士道と狂三のデート成功率を上げるためにだな」

 もう言い訳しても仕方がない。身体はすでに膝あたりまで影に引きずり込まれてしまっている。

 「これでようやく運命共同体になれますわ」

 「……どちらかと言うと運命同化体だと思うんだけどな」

 影は腹部まで侵食し、もはや狂三の顔は見上げなければ表情がわからないほどだ。

 「夕騎さんはわたくしのことを憎みますか?」

 「憎む? んなわけねーじゃん、俺は精霊が好きだし愛してるし。まー本望じゃねえの?」

 「そうですか」

 狂三は夕騎の言葉に納得すると満足気な笑みを浮かべながら夕騎の額に唇を一度触れさせ、

 「――わたくしも愛しておりますわ、夕騎さん」

 「最期の最期で俺はリア充になったというわけか……相思相愛、それだけ知れれば冥土の土産には充分。そんじゃあな」

 夕騎は右腕を天高く上げ、親指を立てて最期にこう言った。

 「I'll be back」

 狂三には夕騎が何をしたかったのかさっぱり理解できなかったがそのまま影に飲み込まれていき姿が完全に消えてなくなってしまう。とにかく目的の第一段階は達成した。

 これで狂三は〈精霊喰い〉の力を手に入れた。

 「あははは、は――――ははははははははははははははははははははッ――――!!」

 途端にこみ上げてくる達成感。はしたないとわかっていながらも狂三は堪えきれずにその場で延々と高笑いをしてしまった。

 

 

 

 「夕騎、遅いわね……」

 零弥は夕食を作り終えて夕騎の帰宅を待っていたのだが夕騎が帰ってくる気配が一向にない。

 琴里から支給された携帯電話から何度か夕騎に着信しているのだが相手の電話は電波の届かないところにいると言われて通じない。緊急時には夕騎がいつも耳元に着けているインカムに繋がるはずなのだが、それにすら繋がらない。

 〈フラクシナス〉で見ていた時は夕騎を追跡していた監視カメラが夕騎の移動スピードについていけずに見失い、それでも反応があるから夕騎は平気だと言われ零弥は帰ってくるだろうと思って帰宅した。

 時計の針は無情に進んでいく。

 もしかしたら夕騎は士道のところにいるのかもしれないと思った零弥はジッと待つのに耐えかねて作っていた夕食はそのままにして家から出て五河家のインターホンを押す。

 すると中から出てきたのは士道でも琴里でもなく十香だった。十香は五河家に遊びに来ることが多いので何故いるかは特に疑問には思わずにいると零弥が黙っていたのを怪訝に思ったのか十香が話しかけてくる。

 「零弥、どうしたのだ?」

 「……夕騎がここに来てないかしら?」

 恐る恐る問いかけてみると十香は首を傾げ、

 「ん? 来てないぞ?」

 「そう、だったらいいわ」

 零弥は十香の返事を聞くと一目散に走り出していた。遠くなっていく背後から十香の声が聞こえてきたが零弥はそれどころではなかった。

 とにかく走って夕騎がいそうな場所を片っ端から探してみることにした。

 片手に握った電話を〈フラクシナス〉に繋げる。女性クルーの声が聞こえた瞬間に零弥は叫んでいた。

 「夕騎の居場所を調べて!」

 焦燥に駆られた零弥の声に女性クルーも慌てて夕騎の動向を調べる。

 『夕騎くんのインカムには発信機が付いているのですが……零弥さんの近くにある路地裏で反応が途絶えています!』

 猛烈に嫌な予感がした。

 そして最悪な考えが頭をよぎる。夕暮れどころかあたりはすでに陽が沈んで暗くなっていて完全に夜となっている。

 零弥は最悪な考えを払うように首を振ってから路地裏に一歩踏み出そうとしていた瞬間に、

 「零弥! どうしたのだ一体!? こんな時間に一人でうろつくのは危険だぞ!」

 十香が零弥のあとを追ってきていたのだ。十香は心配そうな表情で零弥の顔を見ると零弥が一目で焦っていることがわかり、ことの重要さを理解したようだった。

 「夕騎が……いなくなったの。それで〈フラクシナス〉に連絡を取ってみたらこの路地裏に夕騎の反応があるって言ってたのよ」

 「わかった。そういうことなら私もついて行くぞ」

 零弥は頷き、十香を連れて暗く街灯も少ない路地裏へと侵入していく。本当ならここで夕騎がパッと現れて「にゃははーん、ジャパニーズジョークってヤツだよーん。いなくなったと思って心配した?」なんて言ってくれればどれだけ良かっただろうか。

 

 だが、零弥たちを待っていたのはふざけた調子の夕騎ではなく、無惨に潰されたインカムだけだった。

 

 「夕騎……?」

 零弥は酷く間抜けな声を上げながら力なくしゃがみ込み、夕騎がいままで使用していたインカムの破片を掌に乗せていく。

 つい最近の話だ。夕騎は零弥に零弥の目の前からいなくならないと言ったのは。

 それなのに。

 「冗談でしょ……? 冗談なら早く出てきて?」

 地面にひびが入っていく。零弥の精神状態が極めて不安定になり、霊力が逆流していっているのだ。

 どこからも返事はない。

 インカムの状態からして夕騎が生きているかはわからない。

 頭が真っ白になっていく。

 「あ…………」

 零弥が次に言葉を発しようとした時だった。零弥の顔に柔らかい感触が伝わり、十香が零弥をぎゅっと抱きしめていた。

 「大丈夫だ零弥。夕騎はきっと生きている。だから何も心配することはないぞ。零弥には私も士道も四糸乃もよしのんもみんなついている、だから泣かないでくれ」

 言われてはじめて気がついたが零弥は涙を流していた。夕騎が自分を置いてどこかへ行ってしまったと思うと心が虚しくなり、それが自然と涙になっていたのだ。

 「とにかく今日は帰ろう! 零弥はまだ夕餉を食べてないのだろう? 電話で士道に頼むから一緒に食べようではないか! 一人で食べるよりもみんなで食べた方が美味しいに決まってる!」

 「いいのかしら……?」

 「うむ、士道なら大丈夫だ!」

 そうと決まれば十香は零弥の手を握って五河家に向かって走り出す。いつもは零弥が十香の姉のようなものだがこの時ばかりは十香の背中が頼もしく思えた。

 あれだけ不安だったというのに十香の笑顔を見た零弥は何故か安心感に包まれ涙は止まり笑みが浮かべられていた。

 

 

 

 翌日。真那に殺害されたはずの狂三は何食わぬ顔で登校してきていた。反面、席に夕騎の姿はなくいつも夕騎と会話している殿町たち男子グループは怪訝そうにしていた。いつもは元気がある余る勢いの夕騎が何の前触れもなく休んだのだ。怪訝に思っても不思議ではない。

 士道は迷いながらも十香のおかげで狂三を救うことを心に決めた。

 零弥にもやらなければならないことがある。夕騎の居場所は結局〈フラクシナス〉をもってしても特定することは叶わなかった。

 時刻は一六時三〇分。士道は放課後に狂三と決着をつけようとしているらしく、十香は士道が帰ってくるまで教室で待ってると言い、零弥は廊下を一人で歩いていた。

 士道が狂三の霊力を封印するまで下手な接触は避けるべき、それはわかっているが狂三が夕騎の居場所を知っている確率は高い。

 一刻も早く聞き出さなければ夕騎の命が危ない。

 ――夕騎、いま助けるわ。

 一歩踏み出した刹那、周囲がふっと暗くなったかと思うと全身が途方もない倦怠感と虚脱感が襲ってきたのである。

 校内に残っていた生徒たちが次々に倒れていき、零弥でさえ壁に背を預けていなければ立っていられないほどだ。

 おそらくこれは狂三の仕業。士道が狂三に対してアクションを起こす前に先手を打ってきたのであろう。

 「広域結界……十香たちは大丈夫かしら…………?」

 壁を伝いながら歩く零弥はふと歩みを止める。

 何故なら眼前に赤と黒で構成されたゴシック調のドレスを着た少女佇んでいたからだ。

 「零弥さん、そんな身体で急いでどこに行きますの?」

 紛れもなく時崎狂三本人だった。

 思わず零弥の口元が緩んでしまう。何故なら標的にしていた者が自ら目の前に来てくれたのだ。それだけで零弥は嬉しくて仕方がない。

 「確かに急いでたわ。だけど――手間が省けたみたい」

 精霊の精神状態が不安定になれば霊力は逆流する。ならば零弥がすることは――

 ――夕騎、待ってなさい。

 「あなたに聞かなければならないことがあるの。でもすぐに話してくれるとは思わないわ、だから――少しの間だけ私の力を返してもらうわ士道」

 何もない空間を握り締めたかと思えば次に見た時には零弥の手には聖剣が握り締められていた。

 装いも完璧ではないが霊装を纏っている。要するに零弥は気合で士道に封印されていた自身の力を取り戻したのだ。

 「さあ夕騎がどこにいるのかをじっくりと聞かせてもらうわ、時崎狂三!」

 聖剣の鋒を狂三に向けると高らかにそう宣言した。


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