デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第一五話『明星の鎧』

 「うぇ……食いすぎた……」

 夕騎自身が頼んだものと十香が注文したハイカロリーなもの、加えてそのあとに頼まれていたデザート群のおかげで令音と二人がかりでさえ食事に結構な時間を労してしまった。はっきり言って令音は早々にリタイアし、後半は夕騎の話し相手にしかなっていなかったが来てもらえただけで感謝するべきなのだろう。

 そうして夕騎は何とか食べ切り、令音も〈フラクシナス〉に戻ってしまったので一人で街を歩いていた。

 十香はきちんと士道に謝れたのか、など心配することもあるのだが明日になれば自然と答えが見える。

 「仲直りできるといいな、あの二人……」

 そう思っていた瞬間。

 

 ウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――

 

 と、いきなり空間震警報が鳴り響く。

 空間震警報を聞いた住人たちは半ば早歩きで次々に近くのシェルターに移動するために夕騎を通り過ぎていく。

 そのなかでも夕騎は動くことはしなかった。否、しなかった……のではなくできなかったのだ。

 眼前に自分の容貌を隠すようにして傘を差している少女が住人の流れにも乗らず夕騎に向かい合うようにして佇んでいたからだ。

 「そこのお嬢さん、空間震警報鳴ってますぜ。避難しなくていいのかい?」

 「ええ、必要がないもの」

 夕騎は眼前の少女に問いかけると少女は冷たく応答する。表情はまるで見えないが少女の双眸は獲物に狙いを定めた猛禽類のように鋭く剣呑としたもので夕騎を威圧してくる。

 「ふぅ……。零弥、決着を着けたいのはコッチも同じなんだがちょいとフライングじゃねえか? お前は大丈夫かもしれねえけど俺は空間震から避難しないといけないんだけど」

 「そんなことは無用よ、見ておきなさい」

 大気が圧縮される感覚が夕騎の肌を刺激してくる。佇んでいた少女――〈フォートレス〉の零弥と会話をしたせいでどうやら逃げ遅れてしまったらしい。このままでは空間震の衝撃をまともに受けてしまうかもしれない。

 並々ならぬ緊張感が夕騎に迫る中で零弥は至って冷静に傘を持っていない左手をギュっと握り締め、軽く振り落とすと――

 いままさに起きようとしていた空間震が、もうひとつの引き起こされた(、、、、、、、)空間震と激突し、夕騎と零弥がいる場所を避けて衝撃が広がっていく。勢いが逸らされたために夕騎と零弥がいた場所には強風程度しか襲って来ず、夕騎は頬にひと雫の冷や汗を流す。

 「……マジですか」

 零弥は静粛現界ができるだけではなく、精霊がこの世界に現界する際に引き起こす空間震を自発的に起こすことができる。

 夕騎はこれから対峙する相手がまさかこんな離れ技を持っていると知ってますます不安感が拭えなくなる。

 「こんなのは簡単なことよ。いまのは相手の空間震よりも威力が低い空間震をぶつけて勢いを逸らしたけど同程度の空間震をぶつけて相殺することもできるわ」

 前例のないことを次々にやってのける零弥はさも当然のように言い、そして宣告する。

 

 「私はやりたいことを見つけたわ――全ての力をもってあなたを倒したい。そのために現界した精霊にはしばらく囮になってもらうわ」

 

 零弥らしからぬ精霊を守る義務を放棄してまでやりたいこと。夕騎はそれを聞いて場違いなのはわかっているのだが自然と嬉しい気持ちになってしまう。

 「安心しろよ――アッチの精霊は士道っちが救う。俺はお前に勝ち、お前を救う」

 「怪我を引きずったまま勝てると思ってるのかしら」

 「イチイチ突っかかってくるような言い方しやがってもーう」

 『夕騎、ここが正念場よ』

 インカムから琴里の声が聞こえてくる。電源は入れておけとこの前注意を受けたのを覚えていたからだ。

 「……わかってるよん。まあ見てろ、勝つからさ」

 何を話しているかは零弥からはわからなかったが零弥には戦う前に、零弥が勝ってしまう前にどうしても問いかけておくことがあった。

 「ねえ夕騎」

 「あい?」

 「どうしてそこまで私のことを救いたがるのかしら?」

 気になっていた夕騎自身の動機。

 夕騎は即答する。

 

 「そんなの精霊のために決まってるって」

 

 零弥の中で何故か心が矢に刺されたように痛む。心の底が嫌なほど冷えつく。

 ――……そこまで精霊が好き(、、、、、)なのね。へぇ……私だから特別ってわけじゃなくて……そう。でも、霊力を封印されたら彼はきっと……。

 「そう……そうなの」

 零弥は何かを諦めたように。

 零弥は何かを得るために。

 零弥は何かを維持するために。

 「【花弁揺蕩う明星の鎧(アルマ・フロウ・ルシファー)】」

 零弥は自らの天使を最高の形で顕現させる。

 白銀の鎧に身を一部の隙もなく覆われ、精緻な装飾、磨き上げられた色艶、面貌さえ見えず、輝く双眸だけが世界を覗く。その鎧はどれだけ美辞麗句を並べようが美しさを表現仕切ることは叶わない。

 右手には聖剣を、左手には白盾を。

 まさに〈聖剣白盾(ルシフェル)〉が誇る最後の鎧。

 「ご大層な鎧だな、だけどな。もう天使なんて必要ないんだって俺が証明してやるよ」

 夕騎は自ら右腕に幾重にも巻かれているギブスを引き千切り、右手の感覚を確かめる。〈精霊喰い〉の闘争本能がそうさせるのか、夕騎自身の想いがそうさせるのか、夕騎の右腕は著しく回復していた。

 「戦ろうか……ッ!」

 『来なさい……ッ!』

 何かもの寂しげなものを感じながら夕騎と零弥の最終決戦が開幕された。

 

 

 

 先手は零弥。

 具足にある推進機(ブースター)に霊力を溜めて一気に放出することで爆発的な加速で鎧の重量など関係なしに夕騎に迫り、聖剣での斬撃を繰り出す。どれも大振りだが返しが速く、カウンターを狙いにくくさせている。さらに一撃一撃が重く地面を穿ち、余波だけでコンクリートが抉られていく。ただならぬプレッシャーだ。

 対するは精霊に唯一生身で対抗できると称される人間。夕騎は隙が少ない斬撃のなかでも冷静に零弥の動きを見極め、本当に微々たる隙に拳を挟み込んで一撃、二撃と決めていく。

 拳では鎧にダメージが届かない。それでも何度も撃ち込む。

 それは牽制のためだ。前回の戦闘で零弥は夕騎のことを『天使さえ砕く力を秘めた人間』だと思っている。

 ここで下手に逃げを選択すれば夕騎が劣勢なことが零弥にバレてしまう。

 ――右手も大きな怪我は治ったけど力むことができねえな……。

 見た目からして怪我は治っている。だが若干痺れていていつものように全力で放てなくなっている。

 言うなれば夕騎はジャブのみで戦っているのだ。

 ――【一天墜撃】は右でしか打てねえ……いよいよピンチだなコレ。

 夕騎と違って零弥には様々な戦術がある。聖剣はともかく、白盾をひとつでも出せたということは砲身も出せるかもしれない。

 あの不意打ちははっきり言って相当危なかった。手に入れた〈フォートレス〉の霊力を身体能力向上にすべて注ぎ込んでいなければ痛いでは済まないほどにかなりの深手になっていただろう。

 白盾(シールド)をこちらに向けさせない。それも零弥攻略の一手だ。

 夕騎が劣勢としていたが夕騎の眼は確実に何かを狙っている。

 拳が使えずとも全力で放てば零弥を一発(、、)で倒せるほどの技を夕騎は持っている。それはきのとの対人戦からヒントを得て自分なりに考え抜いた技だが、いまになってみれば対零弥用とも考えられる。

 だが、夕騎はどうしてここまで戦っているのか。

 斬撃と打撃の応酬の最中、急に疑問に思ってしまった。

 ――確かに精霊である零弥を救うためなんだけどなぁ……。

 その結論には少しモヤがかかっている。

 何発めかわからない左拳が零弥の鎧を打撃する。快音が響くも、やはりひびはおろか傷ひとつ付けられない。

 『そんな打撃通じないわ!』

 白盾によるシールドアタック。範囲が広く夕騎はバックステップで白盾との間隔を広げ、零弥の伸びの限界から完璧に躱そうとしていたのだが刹那、白盾からの砲身が夕騎に向かって突きを放つ。

 わかっていた。

 このタイミングで砲台が出てくるのは。

 夕騎はバックステップで片足立ちになっているが、そこからその片足を軸に身体を半回転させ砲身を躱しながら〈精霊喰い〉の牙で砲身に噛み付いてそのまま零弥を建物の壁へと激突させる。

 『ぐ……ッ!』

 「勝負は焦るモンじゃねえぞ、ゆっくりやろうぜゆっくり」

 夕騎は砲身を喰い千切り己の糧とする。零弥は砲身が喰い千切られた白盾を消し、

 『やっぱり駄目ね。この鎧を出してる時は扱いが難しくて白盾の修復に手が回せないわ……』

 右手の聖剣も消し、身構える。

 『準備運動はこれくらいにして――勝たせてもらうわ』

 「勝つのは俺だっしーナメンなっしー」

 ざぁざぁと雨がより一層強くなるなかで両手を大きく広げ、夕騎は鎧による武術を選んだ零弥を招く。

 

 

 

 士道は夕騎が十香の相談に乗っているうちに四糸乃(よしの)と名乗る〈ハーミット〉の少女に出会っていて四糸乃が消失(ロスト)した際になくした『よしのん』を探すために〈フラクシナス〉からの情報のもと折紙の自宅に取りに行って『よしのん』を取り戻し、折紙と精霊について会話していたのだが途中で空間震警報が鳴り響いたためにこうして四糸乃に人形を返しに来ていた。

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を出した四糸乃と何とか接触に成功するものの人形を返す前に仰々しい装備を纏った折紙に邪魔をされ、パニックになった四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉によって冷気の光線を受けた――

 はずだったのだが、

 「う、うわ……ッ!」

 思わず士道は尻餅をついていた。

 避けられぬと思っていた一撃は十香の天使――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の玉座が四糸乃の攻撃から士道を守っていたのだ。

 「――シドー!」

 可愛らしい声音と独特なイントネーションで現れる十香。

 さらに加えて登場したのはどこからか吹っ飛んできて士道たちがいる屋上の給水タンクに頭から突っ込んでいった夕騎である。

 四糸乃はASTに追われるがまま過ぎ去っていきどこかへ駆けていってしまう。

 「凍る凍る死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 夕騎は慌てて破裂して水が飛び出している給水タンクから脱出し、ぜぇぜぇと荒い息遣いで呼吸しているが十香と士道はそれに気づかずに言葉を交わし合っていた。

 十香はようやく士道に謝罪していて夕騎は激しい寒さに襲われながらも満足に思っていると士道が十香、夕騎の二人に深く頭を下げる。

 「――頼む。俺に力を貸してくれ。俺はあいつを――四糸乃を救ってやらなきゃならないんだ……っ!」

 頭を下げ続ける士道に夕騎は濡れた前髪を上げつつ、

 「俺はオッケーなんだけどね。ひとつだけ聞きたいことがあんのよ」

 夕騎は何故か急ぎめにずぶ濡れになった服を脱いで上半身裸になり、水による体温減少を抑えていようと思ったがこの大雨のなかではあまり効果はなく軽く後悔したが改めて士道に問いかける。

 「――士道っちは本当に四糸乃を……精霊を救いたいんだよな?」

 「当たり前だ!」

 「……ん、それだけ聞ければイイよ。ここで悲報。協力してやりたいのは山々なんだけど……いま俺も零弥とガチ戦闘なうだから無理だったわ。士道の協力は十香に任せた以上頑張れよ!」

 言いたいことだけ言って夕騎は士道たちがいた屋上から地面に向かって飛び降りる。こういうのは野暮なんで邪魔者は早々に立ち去るべきだ。

 「夕騎!」

 士道が十香と話をつける前に屋上から夕騎を見下げ、

 「おまえも頑張れよ!」

 夕騎はその言葉を聞いて目を丸くして、やがて笑顔で返す。

 「バーロー、当たり前だ」

 歪む口元を手で押さえながら夕騎は再び零弥との戦闘に戻っていく。

 

 

 

 『今回はすぐに帰ってきたわね、上半身裸の意味はわからないけど。さっき会ってたのはあなたの「トモダチ」かしら?』

 「誰かさんが突撃隣の給水タンクさせやがったからな、不可抗力だし。それに零弥もすぐに士道たちと『トモダチ』になれるぞ。俺勝っちゃうし」

 『だったら――私に負ける前に別れの言葉でも考えていなさい』

 意味深な言葉を言った零弥は態勢を低くし地面に片手の掌をつけ、グググと力を入れると推進機(ブースター)による霊力の爆発加速とともに地を蹴って肉薄する。

 高速で繰り出される左ストレート。夕騎はそれに合わせてカウンターのように牙を一本抜いて掌底に組み込み、鎧の腹部を打つ。

 「……生え変わって前より強靭になってるんだけど?」

 パリィン! と飴細工が砕けるような音と同時に鎧の腹部を打っていた牙が崩れ去る。

 戦闘技術においては二人に歴然の差はない。

 だが、防御力に関しては歴然の差が生まれている。

 肉弾戦となって多少は有利となったと思えば夕騎はあまりにも瞬間的で理解できない(、、、、、、)攻撃を受けて飛ばされたのだ。

 零弥から薙ぎ払うようにして霊力の爆発加速で極限まで速くなった蹴りが放たれる。

 そう。この攻撃を避けたあとに夕騎は飛ばされていたのだ。

 夕騎は確かめるために上体を反らしてスウェーで蹴りを躱す。そして。

 『行くわ』

 短絡的に伝えられた言葉。

 直後。

 鈍重な武器で殴られたかのような衝撃が襲い、夕騎の身体は何回転もしながらコンクリートを舞うように弾き飛ばされ、建物の壁に容赦なく一切の受身なしで叩きつけられる。

 「がは……ッ!?」

 血反吐を吐きながら夕騎は地面に倒れる。先ほどの一撃とは段違いの威力で打撃を受けたであろう脇腹から水が布に浸透するようにして全身に痛みが走っていく。

 零弥は弾き飛ばした夕騎を見ながらほぼ勝ちを得たと考えていた。

 夕騎がどんなに頑丈だろうとも、どんなに力が強かろうとも、どんな想いで挑もうと――

 ――ここまで打ち込めば立てないわ。

 現に夕騎は零弥の本気の攻撃を受けて立ち上がる様子はない。

 これはもう勝ったのではないか、そう思った時に夕騎に動きがあった。

 『頑張りなさい夕騎! 勝つんでしょ!』

 『頑張ってください夕騎くん! 士道くんも頑張っているのですよ!』

 インカムから声が聞こえる。

 いままで夕騎はDEM社でも出向した対精霊部隊からも、影で『化物』と言われていた。

 だが初めて『夕騎』と呼んでもらえたのだ。

 狂三に『夕騎』と呼ばれて。それから〈精霊喰い〉の牙を持ってから初めて『トモダチ』ができた。皆、夕騎のことを〈精霊喰い〉とではなく名前で呼んでくれている。正直、嬉しくてたまらなかった。

 頑張れ夕騎、と言われるたびに立ち上がる力が出る。

 心にあったモヤが晴れる感覚がした。

 (おまえも頑張れよ!)

 「ああ……俺はまだ戦える」

 膝はガクガク震えている。視界も悪い。身体中が痛い。

 それでも――戦わない理由にはならない。

 (そんなの精霊のために決まってるって)

 「なあ零弥、あん時の言葉は少し訂正するよ……」

 夕騎は拳を零弥に向けて言う。

 

 「俺がお前を救いたいと思うのは……精霊のためともうひとつ――つい最近こんな化物(おれ)にできちまった素晴らしい『トモダチ』のためだ」

 

 零弥の行った攻撃の謎も解けた。

 あとは叩き込むだけ、夕騎が誇る【天地鳴動】の【二地】を。


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