デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

14 / 110
第一四話『精霊カウンセラー』

 「――中手骨頸部骨折に肘の骨も折れてますね、あらま上腕骨も……月明さん、ついひと月前ほどに退院してまたこんな重傷を負ってくるなんて正気の沙汰とは思えませんよ本当に」

 「あひゃひゃー、ちょっと本気で殴ったらこんなにも骨折してるなんて予想外っスわー」

 「『予想外っスわー』で済まされるものではないですよ! 何殴ったらこうなるんですか!?」

 零弥が消失(ロスト)して〈ハーミット〉も反応が消えたことによりASTは撤退、夕騎は燎子ときのに連れられてまたもや自衛隊病院のお世話になっていた。

 「とりあえず治療用顕現装置(リアライザ)で患部を治療していきますがこの骨折からして最低でも一週間はかかりますね。それまでは絶対に過度な運動はしないように、あとギブスは絶対外さないように」

 包帯でグルグル巻きにされた右腕を見て鬱陶しそうな視線を向けていたことで医者は懸念し、念を押して注意する。

 「……あーい」

 診断を終えて夕騎の希望で自宅療養となったので帰ろうとしたが通路で付き添いだった燎子は愚痴っぽく言う。

 「これに懲りたら少しはおとなしくしておくことね、〈フォートレス〉と対峙してくれてたのは嬉しいことだけど無茶しすぎ。折紙も夕騎もいまとなっては私の悩みの種よ……」

 「そういう小言ばっか言ってると小皺も増えて老けるぞオカン」

 「悩みは美容の大敵ですよお母……隊長!」

 「だぁれがオカンよ! 老けないし! あときのまでさりげなくお母さんって言いかけたでしょいま!」

 「す、すみませんでした!」

 「怒ると余計にストレス値上がるぞー」

 怒ることにも疲れた燎子はため息交じりに言う。

 「あのね、私はあなたを心配して言ってるのよ」

 「きの、このあとボーリング行くか! 俺の右手から繰り出される魔球をみせてやろう!」

 「話聞いてないし医者の話も聞いてない! それに動けるならあなたはこれから始末書を書くのよ!」

 「……ぐぁぁぁあああああ急に右腕がイタタタタタタ始末書書けないし医者に過度な運動は禁じられてるぅぅううううううううッ!」

 「都合のいい時だけ怪我人にならないの!」

 「きの! 先輩命令だ、俺の代わりに始末書を書いてきてくれ! そうしたら親密度はぐんと上がっちゃうぞ!」

 「え、本当ですか!? 任せてください!」

 「こんな時だけきのを利用するなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」

 病院ではお静かに、そんな常識的なことが書かれた注意書きがどこかでガラガラと崩れた気がした。

 

 

 

 「それにしても随分と手痛いダメージを受けたじゃない」

 「んーまあ零弥の盾を砕けたのならまあ安いもんかな」

 燎子たちと別れ〈フラクシナス〉に転送してもらうと琴里が第一声に夕騎の怪我を見て言う。

 「俺の場合、回復能力は本当に命の危機でねえ限り発動しないっぽいな。てか、その精霊からそんなに霊力を奪ってねえからアレっきりの力だったりして」

 「とにかく無事で良かったわ、あなたのおかげで士道は〈ハーミット〉との接触にも成功したし」

 「……ただ言うならあのまま戦っていればユキは負けていたかもしれない。……零弥の霊波反応が最後段違いに跳ね上がった、彼女にはまだとっておきがあったのだろう。消失(ロスト)してくれたのは不幸中の幸いだと思う」

 令音が夕騎と零弥の戦闘記録を細かく見直しながらそんなことを言う。

 「盾壊すだけでもこんなボロクソになってんのにさらに鎧まで来るとは……侮りがたし零弥めぃ」

 「何でそんなに嬉しそうなのかしら?」

 ウキウキ感が顔にまで出てしまっている夕騎に琴里は眉を顰めながら問いかけてみると夕騎は意気揚々と応える。

 「だって嬉しいじゃねえか、コッチだって本気だしアッチも本気。何か心が通じ合ってる気がするんだよな、右腕負傷のおかげで次に戦う時はだいぶ不利になるけど俺は勝ーつ。応援もして貰ったしな」

 「応援……?」

 それを聞いた琴里が怪訝そうに首を傾げる。どうやらデパートに突撃したあとに狂三の分身体が現れたことは知らないようだ。恐らくは狂三が夕騎を観ているカメラに何かしらの細工をしたのだろう。

 狂三にも考えがあるようなのでこれ以上夕騎は応援してきた者について言うのは墓穴を掘る気がしてならなかったので、

 「にゃははははは、気にすんな。それよりことりんたちは俺のこと応援してくれてた?」

 「し、士道のサポートをしながら一応してたわよ」

 「そんなこと言っちゃって司令。台に足を乗せて『いけいけそこよ! 頑張れ!』なんてノリノリで観戦してた場面も――ごふッ!?」

 インカムの電源をオフにしていたために琴里の声援は聞こえなかったがそこまで応援していてくれたのなら嬉しい気分になる。神無月は琴里の正拳突きに鳩尾をやられて艦橋を悶えながら転がっているが。

 「――次からはちゃんとインカムの電源を入れておきなさい。いくらでも応援してあげるから、あなたは一人で戦ってるんじゃないのよ」

 照れくさそうに言う琴里の顔はほんのりと赤面していて言うのが本当に恥ずかしかったようだ。

 「ぷーくすくす、なーにぃーことりん。かわゆいかわゆーい、ちっちゃいおかーさんはボクのコトを心配してくれてるんでちゅかー?」

 「…………殺していい?」

 「わーお赤面少女から突然、修羅へ突然変異(メタモルフォーゼ)しやがったべ! ……ゴメンナサイゴメンナサイ調子に乗りました。どうかチュッパチャプスの棒を目に突き刺そうとするのはやめてくれ」

 いまにも暴れだしそうな琴里を宥めつつ夕騎は後ずさりしながら令音が見ている画面に注目し、

 「れーちん、今日の映像解析してんの?」

 「……ああ、細かいデータを集計しておきたくてね」

 「だったら士道っちの方の映像見せてくんね? 〈ハーミット〉の方も見たいしー」

 「……わかった用意しよう」

 令音は用意した小型の液晶ディスプレイを夕騎に手渡すと夕騎は周りをキョロキョロとして座って見られる場所はないかと探し、どこにもなかったので司令席に座っていた琴里を一旦持ち上げて座ってからまた琴里を自分の膝に座らせる。

 「ずっと思ってたけどあなた私のこと嘗めているでしょ……」

 拳をわなわな震わせながら琴里は反論してくるが夕騎はいえいえと首を横に振る。

 「バカめいまさら気づいたか!」

 「ちぇすとぉぉおおおおおおおおおおッ!」

 「イタタタタタ太腿をつねるなって! 神無月くんパァス!」

 琴里は夕騎の膝の上でうがーっと暴れだし、夕騎は慌てて神無月に琴里をパスするとそのままの勢いで琴里がドロップキックを放ち、神無月の股間に会心の一撃(クリティカルヒット)してしまう。

 「ぐおぉぉぉ……ありがとうございます……」

 どんな時でも礼を言うのを忘れない神無月に敬意を抱きながらも夕騎は〈ハーミット〉の映像を確認していく。

 映像を見ていくとやはり〈ハーミット〉はウサギガール自身が話さずに左手に着けている人形(パペット)『よしのん』を使って会話が行われていた。

 すると士道が『よしのん』を人形と腹話術のこと指摘した瞬間から機嫌の数値が一気に下がり、危険域にまで入る。どうやら〈ハーミット〉の中では『よしのん』はただの人形ではなく『よしのん』というひとつの生物のような存在らしい。

 そして映像を見続けていると士道はきちんと『よしのん』と会話ができていて好感度も上々の結果を収めていた。

 しばらく他愛のない会話が続いたかと思うと『よしのん』は玩具売り場に置いてあったやたらとカラフルなジャングルジムを発見し、両足と右手だけで器用に登って頂上にたどり着けば士道に感想を求めていた。何とも愛らしいものである。

 だが、そこでハプニング。

 デパート全体が大きく揺れてウサギガールはバランスを崩してしまい、ジャングルジムから落下してしまったのだ。着地の際には士道が受け止めていて大事には至らなかったが。

 ――何だよ誰だってんだ、こんな重要な時に邪魔をしたヤツは!

 若干苛立ちながらも別の監視映像から確かめていくとデパート一階に何やら超見覚えのある人影が突っ込んでいた。

 ――……俺じゃん。

 零弥に零距離砲を受けてものの見事に吹っ飛ばされた夕騎本人だった。

 ――ゴメン! ホントにゴメン!

 夕騎は心の中で謝罪しつつも続きを見ようとしたら夕騎の場面が一時的に真っ暗になり、見えなくなっていた。狂三の仕業だと察した夕騎はとにかく士道の方へと画面を戻すと、ハプニング第二段階に陥っていた。

 士道とウサギガールが着地の際に偶然キスしてしまっていたのだ。

 霊力は封印できたかはわからないが、夕騎の視線はそこからすでに外れた場所に向いていた。

 そこには地下シェルターに避難していたはずの十香がいたのだ。しかもキスシーンとタイミングバッチリで。

 そこからはもう修羅場としか言いようのない状況で十香には一時的に士道に封印された霊力が戻り、もうめちゃくちゃで夕騎は静かに映像を見終えたあと、手で顔を隠すように覆う。

 ――……全部俺のせいじゃん。

 物凄く申し訳ない気分になる。

 まさか夕騎が狂三の分身体とイチャコラしている間に士道はこんな修羅場に立たされていたとは。

 「士道っちマジでゴメンだわ……まさかこんな二次被害が起きていたとは」

 夕騎は夕騎で大変だったのだが士道はそれとは違った意味で現在進行形で大変だろう。大方、十香が拗ねて部屋に篭ってしまったに違いない。

 何か償いをしたいと思っていた時にちょうど琴里が士道と通信していたのでひょいっとその場を借り、

 「士道っちー、十香の様子はどーよ?」

 『ああ、夕騎か。どうもこうも……さっきから呼び掛けてはいるんだけど、全然駄目だ』

 「あーなんか封印しても機嫌が悪くなったらちょいと霊力が戻るみたいだな。こうなったら機嫌を直してもらうしかねーよん。ことりん、れーちん、俺に任せてくんね?」

 夕騎が笑顔を浮かべながら琴里や令音に提案する。

 「……随分張り切ってるようだが何か後ろめたいことでもあるのかい?」

 「いや……何だか物凄く申し訳ないことをしてしまいましたので償いたいなと。将来は精霊カウンセラー志望なんで頑張ってみたいなーなんて……ダメ?」

 「んー、まあいいんじゃないの。士道、あなたの意見を聞いてあげるわ」

 『別に構わないけど、どうするんだ?』

 「こーゆーのは士道っちがいない方がいいんだって。任せろ、必ず俺がどうにかするさ。明日は土曜日だしちょうどイイ」

 『お、おお……』

 困惑気味に返答してくるがどうにか了承を得た夕騎は心の中で静かにガッツポーズをした。

 

 

 

 翌日。

 「やっほー十香。いまから外出しようと思うんだけど一緒に行かね?」

 昨日伝えた通り夕騎は五河家に訪問し、十香の部屋の前でノックしながら言った。

 相変わらず右腕のギブスはガッチリ嵌められているがそんなものは関係ない。(てい)良く十香との外出を楽しめるなら右腕の怪我など簡単に乗り越えられる。

 しかし十香は夕騎の思いとは裏腹に扉の奥から苛立たしげな声が聞こえてくる。

 『うるさいっ、私のことは放っておけ……!』

 「おぅふ……」

 「昨日からこんな調子なんだ」

 士道も溜息を吐いて言い、心身ともに疲れている様子だったが夕騎は少しばかり思案し、

 「メシ食いに行くんだけどな、十香も昨日から篭もりっぱなしで腹減ってんでしょ?」

 『…………』

 するといままで反論してきた十香が不意に黙り、やがて扉が開いていかにも不機嫌そうな十香が現れた。

 昨日から着替えていないようで制服はまだ少し濡れていて目には隈も見える。

 「な……っ」

 士道は驚愕したように目を見開く。

 「まあ夕飯でさえ士道っちと顔を合わせたくなかったんしょー」

 「ぐ、さりげなくひでえな……」

 「早く行くぞっ!」

 十香は士道の姿を見るなりぷいと顔を背け、のしのしと歩いていく。

 「雨も降ってるし、傘忘れるなよー。……んじゃ行ってくるわ」

 夕騎も士道に目配せしてから出ていく。取り残された士道は数分間そこで呆然と立ち尽くしていたが時間の無駄だと思い、買い物のために商店街へ向かおうと準備を始めた。

 

 

 

 「さて、まあ薄々感じていただろうがただメシに誘ったわけじゃないんだな。本題はと言うと、十香が現在進行形で機嫌を悪くしてる理由をズバァンと俺に教えてくれちゃってくれ。ズバァンと!」

 夕騎は十香を連れてファミレスに来ていた。店員に案内されるまま禁煙席に向き合うように座ると夕騎は至って単刀直入に問いかける。

 「やっぱり士道っちが別の女に会っていてしかもキスかましてたことに苛立ってるのか?」

 「なっなぜそこで士道の名前が出てくるのだ……っ」

 「もしかして違った? え、それじゃあ俺はこんなに気負うことなか――」

 「……わからないのだ」

 十香はテーブルに肘をつくと観念したように重苦しい雰囲気で話し始めた。

 「シドーが誰と会って誰とキスしていようが私には咎められるはずもない。だが、気づいた時には私は声を荒らげていた。……そのあとあのウサギがシドーは私よりもあの娘の方が大事だと言うのを聞いて――もう何が何だかわからないくらいに、嫌な感じがしたのだ。こんなことは初めてだ……ユーキ、私はどこかおかしいのか?」

 心中を吐露した十香は悩ましげな視線を夕騎に向けるが夕騎はんーんと首を横に振る。

 「おかしくねえよん。それに心配することはねえしむしろ――スンマセンでしたッ!」

 突然額をテーブルに叩きつけて謝罪しだした夕騎に十香はおろか他の客までビクッと両肩を震わせた。

 「ど、どうしたのだユーキ」

 「すまない! あのキスは完全に事故だったんだ。俺が零弥に吹っ飛ばされてデパートに突っ込まなければウサギガールはジャングルジムから落ちずに士道っちともわーおハプニングむふふキッスなど起きなかったんだ! すまない、全責任は俺にあるんだ。責めるなら俺を責めてくれ」

 「そ、そうだったのか……?」

 「ああ。それに士道っちが十香よりもウサギガールの方を大事に思ってるなんて証拠もなかったし、十香のことを大切に思っていなけりゃあウサギガールの攻撃から十香を庇わなかったはずナリ」

 夕騎は見ていた。映像のなかでウサギガールがパニックになって顕現した天使の力により雹のように固まった雨粒が弾丸の如く士道と十香に迫った際に士道は身を呈して十香を庇っていたのだ。

 十香もその言葉を聞いて自らがわけのわからない感情に気圧されて大事なことを失念してしまっていたことに気づく。

 「……ユーキ、食事はまたの機会でいいか?」

 「ん、オーケー。行ってらっしゃい、今度は士道っちたちも一緒に食おうぜ」

 「感謝する」

 何かを思い立つように立ち上がった十香を見て夕騎は十香の気持ちを察して手をヒラヒラさせて見送ると十香はファミレスの扉を抜けて傘を手に持ち、雨道を駆けていった。

 『……お役目ご苦労だったね。君には充分にカウンセラーの素質があると思うよ』

 「にゃはは、あんがと。それにしても自分が嫉妬していたことに気づかなかったのは驚いたけど」

 『……ジェラシーも立派な恋のうちさ。ただ恋はきっと世界を殺す感情だよ』

 役目を全うした夕騎に〈フラクシナス〉で待機している令音が話しかけてくる。

 『……もしもの話だが、君の好きな女性が他の男性とキスしていたら君はどうする?』

 「八つ裂きじゃあ済まねえかな、うん」

 『……ふ、君に惚れられた人間は気苦労が絶えないだろうね』

 「安心しろって、惚れるのは人間じゃねえから。……れーちん」

 『……急にどうしたかね?』

 「さすがにこの量は一人じゃ〈精霊喰い〉でも喰えんから手伝ってくんない?」

 夕騎の視線の先にはテーブルにぎっしり置かれた夥しい量の料理が並んでいた。ほとんどが十香が頼んだハイカロリーなものでさすがの夕騎でもこの量を一人で食すのは難儀だったのだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。