デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
巻き起こった爆煙は決闘の狼煙として空に光の粒子を散らばせる。
外からは見えないが盾の中からは外の様子を視認できるようになっているので零弥は爆煙巻き起こる中、冷静に相手の位置を確かめていた。
――前方!
煙が完全に晴れる前に飛び出す人影ひとつ。間違いなくいま相対している少年――月明夕騎だ。
重心を全面的に前に傾け突き進む姿には一切の迷いはなく真っ直ぐ零弥に向かって突撃する。
だが容易に敵を近づけるほど零弥は甘くない。
『散りなさい――【
盾から出ている砲身が三砲連結し、同時に霊力を放出する。その余波だけで地面は抉り取られ、人間が当たればひとたまりもない一撃を零弥は確実に当てるために聖剣を使って霊力砲の直線上に誘導し、左右に逃げられないように道を作る。
夕騎はほぼ不可避となった一撃に対して取った行動は左右に道を塞いでいる聖剣に喰らいつき千切っては脱出する。
――私の
深く考えている暇はない。戦闘の中で情報を集めていけば良い話だ、そう結論付けた零弥はすぐさま次の行動に移る。
【
つまり。
聖剣の道を破って左右に避けた相手でも追尾できるということだ。
「げ、マジか!」
夕騎はほぼ直角に曲がって襲い来る霊力砲に初撃同様自らの【
「
左目が金色の時計に変わると同時に夕騎は自らの半径一メートル以内に結界を作り出す。この能力はあまり燃費が良いものではなく、霊力の消費も激しい。だから極力使いたくはないのだがこの場合は仕方がない。狂三も許してくれるだろう。
――名付けて
そして結界内に入った三連砲の時間の流れを遅くしつつ〈精霊喰い〉の牙で喰い散らかして〈フォートレス〉の霊力を吸収する。
間髪入れずに聖剣が何十本も降り注ぐ。聖剣で厄介なのはその鋭利さ、刃自体は薄いが斬れ味は段違いに良く、霊力を帯びた聖剣はコンクリートなどいとも容易く斬っていく。
自分もあんなので一度は斬られたのかと思うとぞゾッとするが動きを止めている暇はない。
陽動も含め零弥は一本でも確実に当てるつもりだ。
流星の如く攻めてくる聖剣に
この状況から脱出するには一つしか手段はない。
「あんまやりたくないけど……ッ!」
夕騎の身体から突然爆発に似た現象が起きる。それは体内にある霊力を連続的に爆破させながら衝撃を体外に放出し、自らの移動速度を上げるためのものだ。
これは反動が大きく夕騎の身体すら傷つける可能性もあるが一度で零弥との距離を一瞬で詰めることだって可能である。
「【
そして勢いそのまま放たれる霊力を拳に乗せた正拳突き。この一撃がまともに喰らえば絶対の防御力を誇る〈
――んんん? さっきから随分と流れる時間が遅いような……。
行われた加速に対して自分の身体がやけに遅く進んでいる気がする夕騎はそこで異変を感じる。本来なら思考することもなく零弥の盾まで迫っていて拳に衝撃が伝わっているはずだ。それなのに――
――わーお、こりゃあそうなるわな……。
眼前で行われていたのは聖剣が身の毛のよだつほどの夥しい本数で夕騎の進路を妨害していたことだった。刃は折れていくも止まることなく次々に顕現され、壊れる、顕現、壊れる、顕現、盾の前に着くまでには凄まじかった勢いは完全に殺され夕騎はポスンと地に靴裏を付ける。
ASTとの戦闘で相手の機動力を殺す方法も得ていたのか、まさかこんな方法でこちらの動きを封じ込めてくるとは思わなかった夕騎は少々呆気に取られてしまう。
「だったら――」
拳が無理だったのならば次は牙で盾に喰らい付く。
牙が白盾に喰い込み千切ったと思えば白盾はすぐさま欠けたパーツを修復し、元通りになる。夕騎の牙で喰ったものが霊力に関していれば修復することはほぼ不可能。なのに目の前の零弥は難なく元通りにした。
『無駄よ、あなたに私の
砲身の射出によって行われた腹部への強烈な突き。いくら身体を鍛えていようと不意で喰らえば
「ぐ、が……ッ!?」
『……私の勝ちね』
零弥の勝利宣言と絶対不可避の砲撃。夕騎の身体は難なく霊力砲によって吹き飛ばされ、重く鈍い激突音と建物をいくつも貫通していった。
「……ぐぇえええイッテェ!」
ぶつかり四件目のデパートで壁にもたれ掛かって天を見上げるようにしていた夕騎は身体を蝕む激痛に思わず叫び声を上げる。霊力によって身体能力が向上していたからこそこの程度で済んだが本来なら死んでいたはずだった。
「めっちゃつえぇじゃねえか零弥のヤツ……こりゃあASTじゃあ勝てるわけねえぞ。現に俺ですらこのザマざんす」
周りでは夕騎が激突して商品が凄惨に撒き散らされ、商品棚が荒れ果ててしまっている。空間震では無傷だったのにこういうことで巻き込んでしまったのは申し訳ないが監視カメラの映像さえ確かめなければどうにかなるだろう。
「うーむ、どうしたもんか。零弥は追跡してこねえみたいだし少しばかり策でも考えるか……」
痛みを紛らわすために虚しい独り言が続く。
「てか牙も効かない、打撃も封じられて、【
「笑いごとではありませんわよ、夕騎さん」
「デスヨネー……ってうぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
自分以外に気配が一切しなかったデパートの中で突然耳元から聞こえてきたことに驚き、夕騎は痛みを忘れて俊敏な動きで座っていたから離れる。
「焦った……普通に焦ったぞ……誰ですかこんちくせう怒っちゃうど、オラ怒っちゃうど……」
驚きと痛みで動悸が激しくなるが深呼吸をゆっくりして息を整えるがぜぇぜぇと狼狽しながら周りを見渡す。
「――ここですわよ?」
肩をトントンと叩かれ振り向いてみると――夕騎が愛して止まない狂三がいたのだ。
「狂三ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいッ!?」
何かもう色々と驚きすぎて身が跳ねて商品棚に飛び込み激突してしまったが夕騎は冷静になって顔を上げてみる。目を擦って何度も確認してみるが何度見ても狂三だった。
夢かと思って痛みを確認しようかと思ったが身体は現在進行形で痛い、夢じゃない。狂三だった。
どうしようもなく狂三だった。
本当に狂三がいるのだ。狂三。狂三。
頭部を覆うヘッドドレス。胴部をきつく締め上げるコルセットに、装飾過多なフリルやレースで飾られたスカート。深い闇のような黒、血のような赤、そんな光膜で彩られている。まさに狂三。
黒髪は不均等に二つ括りされていて、まさに狂三の髪型。
「狂三会いたかったぜフゥウウウウウウ!」
まだ戦闘中なのだが夕騎は狂三と会えたことに喜びを抑え切れずにスライディング・イン・狂三を繰り出して狂三に抱きつく。
「あらあら、夕騎さんってば甘えん坊さんですわね」
抱きつかれた狂三は嫌な反応はまったく示さず、むしろ喜ばしいことのように夕騎の頭を撫でている。
「狂三くんかくんかフゥウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」
「夕騎さん、戻ってきてくださいまし?」
半狂乱で匂いをくんかくんかしている夕騎に狂三は少し苦笑いになりながらも軽くタップのように夕騎の身体を叩く。
「……はっ!? 狂三の匂いに夢中になってた、すまぬすまぬ。おかげで痛みが消えたサンキュー狂三」
「良かったですわ、わたくしの匂いが麻酔のようになるのは意外でしたけれども……話が逸れてしまいましたわ。それよりも零弥さんのことはよろしいですの?」
狂三の一言で夕騎は満面の笑みから一変難しい表情になり、
「んんー策はあるっちゃあるけど、少し準備に時間が必要だな」
すると夕騎は口元に手を当てて「あー」と声を出し始める。
「何をしていますの?」
「んにゃ、ちょっと牙を生え変えてるの」
口元から手を離すと夕騎の掌には抜けた牙が五本ほど乗せられていた。
〈精霊喰い〉の牙は持ち主が必要性を感じると自然と抜牙し、抜けた牙はナイフ程度の大きさになるまで成長し続ける。新たに生えた牙は前よりも強靭になり、抜けた牙は新たな武器と化す。
「加工すれば銃弾にもなるぞーって狂三に言ってもあんまり意味ねえか。俺以外に使ってもただの牙だし」
「いえいえ、とても有益な情報ですわ」
「てか何でまた狂三がここにいるんだよ? あと零弥の名前も何で知ってるの?」
牙の成長を待つ間に夕騎はそんなことを問いかけてみる。狂三は口の横に人差し指を当てつつ、
「まずは一つ目の質問からお答えしますわ。わたくしは
「零弥と俺は似てねえよん……って
ついでに店内を漁って工具を探していた夕騎はさらに驚いた顔で振り向く。
「ええ、とても。それとわたくしは苦戦している夕騎さんを見てどうにか協力しようと思いまして」
「嬉しいことだわぁ、苦戦してる時に
「ところで先ほどから何をしてますの?」
狂三が肩越しに覗き込んでみると夕騎は抜牙した牙を一本ずつ指が通るように売ってあったドライバーで無理矢理穴を空けていた。
「ん、あー、成長した牙に指が通るように穴を開けてんの。それにしても、【一天墜撃】決まると思ってたのに聖剣出しまくってスピードを殺してくるとは」
「そうですわね、まさか零弥さんがあんなにお強い方だなんて。少し想定外でしたわ」
「んでもって牙で喰らいついても砕けなかった盾、コレはまあゴリ押しするしかないな。よぉおし完成っと!」
「おめでとうございますわ。夕騎さんの準備も整ったことですし、わたくしはまた役目に戻りますわ」
「おう、じゃあな」
そう言って狂三は夕騎の影に入っていく。日本に来ていままでの生活がすべて狂三に筒抜けになっていたことは何ともむず痒いものだが、それはそれである意味良いものなのかもしれない。
どこまでもポジティブな夕騎は五指にそれぞれ牙を収め、爪のようにしては感触を確かめるために牙を装着した右手の関節を少し曲げてみる。
「……行くか」
妥協点に至ったので一時的な休息を得た夕騎は再び戦場へと戻っていく。
『…………』
零距離からの砲撃を直撃させてから数分経つが吹き飛んでいった夕騎はいまだに姿を見せない。
――何かまだ策があるのか、それとも単純に逃げたか……いいえ、それはないわ。
瞬間。
空に撃ち上げられた【
被弾しても零弥の盾には傷ひとつ付けることは叶わないが、零弥は夕騎の狙いを手早く推測していく。
――これは明らかな陽動。だったら夕騎は……。
そこで零弥の視界が白盾に着弾して巻き起こった粒子に遮られる。降り注いだ攻撃は陽動でも相手の視界を奪うために放たれたもの、零弥は思考を研ぎ澄ませる。
『もう一度接近してこようとするのはわかっているわ……ッ!〈
零弥を覆い尽くしているすべての白盾から砲門が顕現する。
その姿はまさしく
粒子もろとも周りの風景すら吹き飛ばし入り乱れる霊力砲。夕騎がどこに隠れていようが構わない、零弥はすべてを穿ち消し去るつもりなのだから。
しかしここで異変に気づく。
――いない?
周りの建物は文字通りに瓦礫にしたが夕騎の姿はどこにも見当たらない。
「――コっコだよぉぉぉぉぉぉんッ!!」
全砲門の唯一の可動範囲外に夕騎はいた。いや正確には物凄い速度で落下している。
それもそのはず。
夕騎がいまいるのは陽動の【
あの陽動のうちに飛んでいたのか元々陽動自体上空から撃ったものなのか、そんなことを考えている余裕は零弥にはない。
聖剣で対応しようにも間に合わない。すでにそこまで夕騎が肉薄してしまっているからだ。
「【一天墜撃・竜爪】ッ!」
右肘からの霊力加速によりさらにインパクトを加えた爪の一撃が白盾と激突する。
白盾は零弥の想いでいくらでも堅固になる、何人にも砕けはしない――そう思っていたが、
「やっと砕けたな――お前の
まるでガラス細工が砕けるような音とともに絶対防御を誇る白盾にひびが入る。そこからはもう崩壊を止められない。瞬時に再生しようにも砕かれたショックで集中力は完全に切れてしまった。ひびは零弥の想いとは関係なく縦横無尽に迸っていく。
「う、そ……」
砕けていく白盾を中で傍観していた零弥の口からはそんな一言が漏れた。誰も砕けるはずはないと自負していた零弥の天使が、零弥の眼前で、超人でもないただの人間に砕かれるとは考えたことがなかったからだ。
零弥が尻餅をつくのと夕騎が右腕を押さえながら地面に膝をつけたのはまったくもって同時だった。
「は、はは……」
持ち主の想いを失った聖剣と白盾は次々に砕けていき、二人の間を普く照らすほどの光の霧と化していた。
「さぁて零弥、まだ戦るか……?」
「ぁ……」
互いに姿は見えず、影ぐらいしか視認できない。
零弥の声が自然と小さくなっていることだけがわかる。
「……まだ、まだ私には
天使の真の姿を見せていない零弥だったが一向に立ち上がる様子はない。よほど自分の盾が砕かれたことがショックだったのだろうか。
「私は負けられないのよ……ッ! 絶対に、絶対に……ッ!」
何が零弥をそうまでさせるのか、夕騎にはわからない。
すると、不意に零弥の影が消える。
「――
粒子が晴れた先にはその場にはもう零弥はいなかった。