デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
(そりゃあまずは『トモダチ』になるのが目的っしょ、そのあとにお前を救うんだ)
「嘘つき……」
夕騎は自分を救うと、嘘はつかないと、そう言った嘘つき。
――全部、嘘だった。
夕騎はASTの一員だった。
ASTのから不意打ちで理解できた。
夕騎は初めから騙す気で、初めから殺すための作戦として、零弥に近づいてきた。いまだって庇ったフリをして次の攻撃を確実に当てるつもりだったのだろう、斬らなければ殺られていたかもしれない。
――ああ、男って、みんなこうなのかしら。
問いに答えるはずの夕騎は夥しい量の血に塗れ、天を仰ぎ見るように倒れている。時折、呼吸するような音が聞こえてくるのでまだ生きているのだろう。それも時間の問題。あの出血からして下手をすれば命にも関わるほどの重傷なことは確かだ。
あのふざけた態度も、時折見せる真剣な様子も、もう見ることはない。
「〈
そして身に纏うは精霊を守る絶対の鎧。何人にも侵すことのできない絶対領域。
黒を基調としたボンテージにも似た袖が片方にしかないドレスに橙色の籠手、具足、自分にしてみれば見慣れたものだったが夕騎なら何と言ってくれるだろうか。
綺麗だと言ってくれるだろうか。
いまの夕騎には自分の表情はどのように映っているのだろうか。
――やめましょう、もう終わったのよ。
どうしても考え込んでしまう。自らが切り捨てたというのに。
だが、本当に初めてだったのだ。精霊を守る以外に何も目的がなかった自分にさらなる目的を見つけてくれようとした人間を、信じようと、愛そうと思ったのは。
そう思った感情はいとも容易く踏みにじられた。
だから、もう、すべてがどうでも良くなった。
「〈
霊装という絶対の鎧を纏いながら零弥は新たに精霊が誇る最強の武器を次々に顕現する。
汚れをまったく知らないような純白ですべてにそれぞれ違った色の輝かしい宝玉が埋め込まれた絶対防御の盾。
黄金の刃、その刃の中心からは蒼のラインが十字架のように伸びている装飾過多な聖剣。
どれもが美しく、危険なほど鋭利な印象を与えてくる。零弥は何十枚もの盾を自らを中心にしてドーム状に配置し、一部の隙もなくさらに守りを堅固にする。
『終わりよ』
こうなった零弥に傷をつけられるものはASTにはいない。ASTがこれから受けるのはただただ一方的な殲滅だった。いまの零弥にとってASTは有象無象に等しい。
『夕騎! 夕騎! 起きてお願いよッ!』
斬られた際にポケットから落ちたインカムから琴里の悲痛にも思える叫びが聞こえてくる。
何度も何度も何度も、懸命に呼びかけてくる。
半ば叫びにも近かったが、やがて夕騎の指がピクリと動き本人が目が覚ましていく。
「ッ……!?」
身体を襲う痛み。また意識を失うかと思うぐらいに走る激痛に顔を歪めながら夕騎は徐に上体だけを上げていく。見れば傷はかなり深く、一刻も早く治療しなければ本当に命を落とすかもしれないほど血が流れている。
――何してたんだっけか……今日は零弥とデートしてて……ああ、ASTがいきなり不意打ちしてきたんだっけ? んでもって零弥に……。
「そうだ零弥は……ぐッ!?」
『無理しないで夕騎、いまからすぐに〈フラクシナス〉で回収するわ。ASTなんて言ってられないわ。安心しなさい必ずあなたを――』
「待って……くれ。まだ俺にはやることがあるんだ……」
激痛に苛まれながらも夕騎は立ち上がろうとする。歯を食いしばり痛みに耐え、地に足をつけていく。
『馬鹿なことを言わないでちょうだい! あなたは私の部下よ! 部下の命を守るのも私の務めなんだから言うことを聞きなさい!』
「……まあ待てって、俺を誰だと思っていやがるがはッげほ……ッ!」
『だから無茶――』
血反吐を吐く夕騎だったが身体に琴里が絶句するような異変が起きる。
傷口が士道の時のように燃えているのだ。それでも士道と違って完全に塞がりはしない。夥しい血の中に傷痕がくっきりと浮かんでいる。
――どういうことだ……? 俺は回復能力を持つような精霊の力を喰ったことはねえはず……。
この事態はそんな悠長に考え事をしている暇はない。傷口が塞がったとはいえ失った血はそのままだ。いままさに夕騎は貧血状態、無理に動けばその分自分に反動が来る。
それでも夕騎は一歩一歩前へと進んでいく。目の前ではAST相手に応戦している零弥。街はいつも以上に破壊され、次々に被害が大きくなっている。
「……ああ、わかってる。俺のせいさ、俺が……初めに伝えておけば良かったんだ」
結果的に零弥に嘘をついてしまった。どんな言い訳をしようが嘘をついたことに一切変わりない。だから『嘘つき』と言われても仕方がなかったのだ。
思えば何故きちんと伝えなかったのか、後悔の念ばかりが募っていく。ASTであっても自分はどんなことがあっても敵じゃない、お前の味方だと、零弥に理解してもらえるまで伝えておけば良かったのだ。
拒絶されようが罵倒されようが、何よりも先に伝えるべきだったのだ。なのに拒絶されるのが心のどこかで怖くて言い出せなかった自分が恥ずかしく許せなくなる。
零弥の不安を理解してやれなかった。真の痛みは肉体に走るものじゃない。精神を、心を、蝕み締めつけるもの。
そう知っていたはずなのに。
「……待ってろ零弥、すぐに行く」
盾の砲台によって縦横無尽に放たれる霊力の中、酷くゆっくりとした足取りで夕騎は零弥に向かって歩いていく。遠のく意識、それでも進むのをやめない。
琴里も夕騎の意思を汲み取ってくれているのか何も言わないでくれる。
『来ないで』
近づく夕騎に気づいたのか零弥はこちらに砲口を向けて威嚇し、近づいてくるのを激しく拒絶する。
「……、」
一歩、また一歩。覚束ない足取りでも夕騎は相手の言うことを聞かない。
『……撃つわよ。死にたいのかしら』
零弥との距離はおよそ夕騎の歩数からして二○歩もあればたどり着く。
いまの夕騎には長い道のりだったが、そんなものは関係ない。
砲口が火の代わりに光の粒子を吹く。幾度となく放たれる霊力砲、そのどれもが夕騎の身を掠めていく。
「ようやく……だな……」
それからも進み、手を伸ばせば零弥の盾に触れられるところまで接近することに成功する。
「零弥――」
振り絞る言葉。
「ゴメンな……」
その一言を伝えると、伸ばした手は届かずに夕騎は意識を失い、盾のひとつにコツンと額が擦れながら再び地に倒れた。
夕騎は次に目を覚ましたのはベッドの上だった。
そこは自分の部屋ではなく、見えるのは見慣れない白い天井、傍にいたのは琴里や士道などではなくASTの隊長である燎子と後輩であるきのだった。
「あ、先輩起きましたよ隊長!」
「病院なんだから静かにしなさい」
「いてっ」
燎子の言葉でここが病院だということに気づく。記憶の限りでは自衛隊病院というものがあった気がする。夕騎はおそらく気を失ったあとASTの助力もあって収容されたのだろう。自分に重傷を負わせた要因に助けられるとは皮肉なものである。
「先輩、お身体は大丈夫ですか? 治療はされてるはずなんですけど……」
「……ああ」
燎子やきのを責めても何も状況は変わらない。大方あんなクソみたいな作戦を言い出したのは知恵の輪マンだろう。あとで殺そうと思いながら立ち上がろうとすると燎子にそっと止められる。
「まだ安静にしておかないとダメよ。医者からも止められてるんだから」
「もう大丈夫だっつーの、傷口も塞がってるし」
腕に刺されている点滴の針を抜き立ち上がるとやはり身体に痛みが走る。治療用の
「あと何度か治療すればその傷痕も消えるそうですよ。とりあえず今日は絶対安静らしいのでおとなしくしていてください!」
強引にベッドに戻された夕騎は気になったことを問いかけてみる。
「今日は何曜日?」
「日曜日よ、こんなに早く目覚めるなんてこっちが驚いてるくらい。それにあの作戦は二度としないわ、あなたが怪我を負ったことで上がDEM社のアイザック・ウェストコットから直に注意を受けていたわ。『あまり私の部下を雑に扱わないで貰いたい』って、大変だったらしいわ」
「ふぅん……あのシャチョーがね」
「私からも謝罪しておくわ、ごめんなさい。上司の命令だからといってあなたの命を雑に扱うような作戦を遂行してしまって」
燎子はそう言って深く頭を下げてくるが夕騎はもう気にしていないようで、
「もう気にしてねえよ、とにかくいまは一人になりてー。きの連れて出て行ってくれや」
しっしっと二人を邪魔そうに扱うので燎子はきのを連れて出ていく間際に、
「果物買ってきたから食べれるなら食べておきなさいね?」
「うるせー俺の母親気取りかちくせう」
「母親って年齢じゃないわよ、まだ!」
年齢のことはタブーだったようだが、二人が出ていくのを見送った夕騎は途端に悔しいという思いがこみ上げ、ベッドを拳で殴りつける。
「クソ……クソが……ッ!」
いくら拳を叩きつけようが状況は変わらない。出てくるのは悔しさから溢れ出る涙ばかりだった。
「すっかり入るタイミングを失ったわね、士道」
「でも夕騎が無事だったから良かったじゃないか」
病室から時々聞こえる嗚咽に見舞いに来た士道と琴里はノックするタイミングを完全に失っていた。
「あれから零弥はすぐに消失して一旦は凌いだけど……」
「根本的な問題は何一つ解決してない……か」
琴里は舐めていたチュッパチャプスの棒を指で摘まんで転がすような仕草をしながら言う。
「ええ、あの時点から零弥の精神状態は不安定そのもの。夕騎が攻略しようにも不可能かもしれないわ。もしかすると士道に任せる可能性も否めないし、覚悟しておきなさい」
『何だ、いたのか士道っちにことりん』
それほど大きな声で話してはいなかったのだが夕騎からは聞こえていたらしい。
存在に気づかれたのならば入室するしかないと思った士道たちがノックしてから入ると、先ほどまで涙を流していたのが嘘のように夕騎はいつも通りに戻っていた。
「やっほー士道っち、ことりん! 俺のこと心配してきてくれちゃったワケ? にゃはは、大丈夫だってこんな傷! すぐに治るだわさ。んでもって零弥のことは諦めねぇよ」
他人に自分の弱いところを見せない。
そんな虚勢を見た士道は妙に痛々しげに感じ、
「……無理すんなよ」
「無理なんてしてないってばね、ほら見舞いに来てくれたんならそこの果物のひとつでも剥いてくれよん。俺っちは牙は扱えても包丁は扱えねーのよ」
「あ、ああ」
促された士道はりんごをひとつ手に持って包丁で皮を剥き始める。
すると近くにあった椅子に座っていた琴里はあの時、気になってやまなかった質問をする。
「こんな時にだけど夕騎、あなたにひとつ聞きたいことがあるの」
「んにゃ、オッケーどうぞ」
「――どうしてあなたがあの回復能力を持っているのかしら……?」
零弥に受けた傷を塞いだのは間違いなく士道の持つ回復能力と同じものだった。前述の通り、ここ近年ではそんな能力を持つ精霊の力を喰らった覚えはない。
「ああ、それか。俺も気になってたんだよ。思い出そうにもまったく思い出せないっつうことは五年前の〈精霊喰い〉の力に目覚めたあたりでしかありえねえんだ。あの天宮市南甲町の……俺が昔住んでたところあたりで起こった大火災。忘れるはずがねえのに記憶が曖昧なんだ」
「……そう」
琴里は情報を聞き終えると立ち上がり、背中を向け退室しようとする。
「士道、りんご剥き終わったのなら帰るわよ。いつまでもここにいるわけにはいかないわ」
「ああ、わかった。じゃあな夕騎、ちゃんと療養しとくんだぞ?」
「オーケーオーケー、明日には全回復だっつーの」
最後に背中を向けたまま琴里は言う。
「今回の失敗はあなただけの責任じゃないわ。ASTの動きを妨害できなかった私たちの責任でもある、だから一人で気に病まなくていいわ。〈ラタトスク〉に在籍して私の部隊にいる以上、あなたは私の家族も同然。部下の……子の失敗は私の、親の失敗でもある。次は必ず成功させましょう」
「はは、中学生の親か。ドラマ一本作れそうだぜ……ははは……」
琴里たちが去ったあと、閉じた目元に右腕を当てながら夕騎は静かに眠った。
「夕騎くん完全復活ぅうううううううううッ!」
「ちょ、うるせえ!」
復興部隊によって修復された校舎にはすでに相当数の生徒たちが集まっていた。その中でぼうっと教室の天井を見つめていたリア充こと士道に見事一日で退院した夕騎はノリノリで話しかけている。
「もう傷は大丈夫なのか?」
「……大丈夫なワケナッシブルネー。まだ正直イテェよ!」
あれから治療は進められたものの夕騎は頑なに上半身に深く刻まれた傷痕を治すのを拒否していた。それは零弥のことを絶対に忘れないようにするためか決意の現れかは本人にしかわからなかったがおかげで痛みはまだ残っている。それよりも驚いたのが負傷手当の金額だった。ASTからの額はそれはもう笑える金額で、もうジリ貧生活とはおさらばなくらいだった。
と、そこでガラガラと教室の扉が開く音が鳴り、入ってきたのは手足に包帯を巻いた折紙の姿だった。聞いた話によればあの時、十香を狙っていた一撃は折紙が放っていたそうで彼女は歩いてきたと思えばすぐに士道に深々と頭を下げる。
「――ごめんなさい。謝って許されるような問題ではないけれど」
「い、いいから、とりあえず頭を上げてくれ……」
士道が言うと存外素直に頭を上げたかと思えば折紙は士道のネクタイを根元から引っ張り、顔を近づけると。
「――でも、浮気は駄目」
クラスメイトがその発言を聞いて目が点になる。何やら不穏な雰囲気になってきたので夕騎はフォローするべく笑いながらこう言った。
「ひゃっはー士道っちのリア充さんッ!」
クラス男子からの士道に対する視線が殺意に変わった気がした。
「はーい皆さんホームルームを始めますから席に着いてくださいねー? 今日はラッキーサプラーイズもあるんですよー!」
そこで担当教諭の岡峰珠恵、通称タマちゃんが教室の中へと入ってくる。
「どうぞ入ってきてください!」
「――マジで?」
入ってきた少女を見て士道、折紙、夕騎に至っては声に出して驚愕する。
「――今日から厄介になる、夜刀神十香だ。皆よろしく頼む」
高校の制服を着てこれでもかというぐらい目映い笑顔を見せるのは、まさに士道が攻略した精霊〈プリンセス〉の少女そのものだった。
「おぉおおう……サプライズにしてはマジでビックリ仰天だぜコレ」
それからクラスメイトが十香の容姿や士道との関係で騒然となっていくが夕騎はこれからの士道の苦労を考えればあまり笑うことは――いや出来た。大笑いだった。