デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する― 作:ホスパッチ
「狂三……兆死……」
<精霊喰い>の力を奪われ身動きすら取れない夕騎は悔しさから歯を食い縛り、口端から血が零れる。
令音の周りにはすでに十香、零弥、琴里、零那を除く
士道達が行動をしなくなるのを見れば令音は一度<
「これでようやく場が整ったわけだね。それでは説明していこうじゃないか」
<
「先ほども言った通り、私こそが全ての精霊の母――『始源の精霊』。目的を先に言ってしまえばこの世の全てを一度滅ぼし、新たな生命を全て精霊にすることさ」
「全てを、精霊に……?」
「私は人間が虫唾が走るほど嫌いなんだ。強欲で自分のことしか考えない利己的な生物。憎たらしくて仕方がないよ、そんな生物が世界を満たしているだなんて」
いつも無表情だった令音に浮かび上がるのは確かな憤りだった。
見たことのない令音の怒りに士道達も思わず押し黙る。
「瞼を閉じれば思い出す。人間に囚われた私に奴らが何をしたのかを。私の身体を傷つけ、辱め、陵辱し、実験動物と何ら変わりない扱いしていたことを。受けた私に募ったのは『虚無感』だけだ。どうして人間はこうなのか、何日でも考えた。そして変わるはずがないと諦め、私は人間との子を産むことになった」
囚われていた時に実験の一環として行われた受精。
どれだけ抗おうとも抗えずにただ身を犯され、生み出したのが――
「二条、あの子はその時に産んだ初めての子さ」
「二条が、令音の子だと……?」
「ああ、彼女とはしっかり血が繋がっている。精霊の中でも唯一あの子だけは血を分けた本当の子さ。だが私があの子を抱くことはなかった。すぐにでも実験材料にしようとした奴らから逃がすために隣界に送り、二条はそこで成長することになった」
二条が『始源の精霊』のことを知っていたのはこういう点があったからこそだ。
血の繋がりがあるからこそ
「精霊は全て元は人間だよ。そして私は悲願を達成するのに人間を精霊にする必要があった」
どれだけ人間を毛嫌いしていようが令音にはどうしても人間を精霊にしなければならない理由がある。
その理由がわからずに不審げにするのを見て令音は周りの
「
それを示すかのように
「囚われの身からウェストコットを唆し抜け出した私は早速行動に移した。生まれたばかりの女の子を無作為選び
令音の説明に十香は口を挟まなかった。
何せ自分の出生など一切わからずどうやって生まれてきたかなど微塵も分からないからだ。
「だが、少し考えたんだ。このまま生まれたばかりの子に
二条、四糸乃、七罪、八舞姉妹、十香が第一世代の精霊だとすれば折紙、狂三、琴里、夕陽、美九は第二世代の精霊となる。
「赤ん坊の頃から
「……何が言いたいのよ」
「泣き虫に力を授けてやったというのに君だけが
「…………」
本当に予想外だったと言わんばかりな令音の態度に琴里は表情に不快感を露わにするが令音は「そんな顔をしないでくれ」と琴里を宥める。
「もしかするとそんなことがあると思って作ったのがシン、君だよ」
「お、俺……?」
「ああ、君自身は知らないだろうが君の身体にも
士道の表情は驚愕と困惑に彩られる。
どういう人生を歩んで来たにせよここに残っている者達は例外なく令音の手が掛かっているのだ。
「君は言わば精霊達の霊力を保存する『貯蔵庫』さ。本来は全ての霊力を収めるためだったんだが<ラタトスク機関>は思いのほか利用できた。散った精霊達を一つの場所に集めるにはこの上ない組織だったからね。私も解析官としていつでも精霊達を見守っていられた」
まあもう消えてしまったがね、と付け足しながら令音は足を組む。
「先ほど二条は私の実の子だと言ったがこの場には他にも私の実の子がいる。君と、君だ――」
指し示したのは士道と――夕騎。
夕騎は何かを覚悟していたかのような表情を浮かべ、士道は夕騎を見て愕然とする。
「……は? お、俺と夕騎が、令音さんの子だって……?」
「驚くのも無理はない。シンもユキも真那も例外なく私の本当の子さ。父親の名前は
衝撃の事実に誰もが驚かされる。
確かに夕騎も士道も施設にいて共に違う家に引き取られた過去を持つが、とてもじゃないがすぐに信じられる事実ではない。
「――本当に気まぐれだった。ただの気まぐれで降り立った際に神太郎と出会い、子を成した。都合が良かったんでね、私の悲願のために君達には色々仕込ませて貰った。その一つが先ほども言ったシンの中にある空っぽの
「……もし夕騎が<精霊喰い>の力に目覚めていなかったらどうしていたの?」
「いい質問だ。しかし現に起こってしまった。普通に過ごしているだけでは<精霊喰い>の力は目覚めなかった。霊力を受けなければそもそも目覚めないからね。だが数奇な運命だよ。離れ離れに預けたはずのシンとユキは偶然にも同じ街にいた。そして偶然にも琴里が
「私が、引き金……」
複雑に絡み合った運命の糸が徐々に解されていく。
五年前の大火災、あの災厄が今の今までに繋がっているのだ。
「私はとても喜んだがこれではとてもユキの身が持たない。私はすぐにでも<
説明しながら令音は白衣を脱いで軍服姿になれば袖を捲る。
不健康なほど白い腕に見えたのは噛まれ裂かれたような傷痕。
「<精霊喰い>の力に目覚めた夕騎は早速私に噛みついてね。その後すぐに記憶をいくつか改竄し『精霊を見れば愛するようになる』と刷り込ませてもらった。ウェストコットも必ず食いつくと思っていたがすぐにでも夕騎を保護してくれたことは嬉しい誤算だった。おかげで<精霊喰い>の力は完全なものだ」
夕騎はその事実が皆に伝われば顔を俯かせる。
夕騎が今まで言っていた精霊を『愛している』という言葉は全部偽り。精霊のために戦ってきたのも全て<精霊喰い>の力を高めるために過ぎなかったのだ。
衝撃を隠しきれない零弥だが令音は構わずに話を進める。
「しかしまだ問題は残っていた。その一つが精霊についてだ。隣界にいる精霊達の成長速度はそれぞれ違い、こちらの世界に顕現してももしかすると人間に倒されてしまうかもしれない。私がいつでも守れるわけじゃなかったからね。そのために私は隣界に空っぽの
「私が……?」
確かに零弥が生まれたきっかけは精霊達の『助けて』と叫ぶ想いだった。
四糸乃の叫びに応え、零弥はこの世界に顕現した。これもまた令音の計算のうちだった。
そして零那と経路が繋がっていたのは同じ
「ありがとう零弥。君は多くの敵から
「礼を言われても何も思わないわ」
「ふ、それでもいい。私が感謝していることには変わりない。それと零那、君は夕騎の身体を守り続けてくれてありがとう。君のおかげで五年もの間、夕騎の身体は何一つ実験台にされずに済んだ」
「…………」
共に何かを守る精霊は生まれる前から何かを守ることを強いられていた。
零弥はそのことにそっぽを向き、零那は反応を示さない。
全てのことを説明し終えた令音の背後からまた一歩<
「後は全ての精霊の
「そんなことはさせない……ッ! 令音さん、今のあなたが一番私利私欲に溺れてるから!!」
「……言ってくれるね。だが、今から行われるのは『戦闘』ではない。――『搾取』だ」
瞬間、<
「琴里!!」
士道の声はすでに届かない。
残された琴里の
「夕騎……」
零那はそんな緊迫した状況で敵の姿も見ずに夕騎の姿を見ていた。
血塗れの重傷を負い、倒れ伏しているがまだ闘志は消えておらずまだ『目的』に対しまるで諦めていない。
それならば零那は自分が夕騎のために出来る最大限のことをしてやるだけだ。
「零那……?」
零弥は何か感じ取った様子で怪訝そうに零那の横顔を見れば、その顔はすでに覚悟を決めたものだった。
そして、これが零弥との最後の会話となる。
「……零弥、あなたに夕騎のことを任せる。あなたが誰かを守れると言うのなら私の最初で最後の願いを聞いて」
「何を、言っているの……?」
「夕騎を――私の代わりに守って」
零那は地を蹴って飛び出した。
突拍子のない行動に令音も目を見開くが零那の狙いはそこではない。
倒れている夕騎の身体を掴むと零弥の方に投げ、零弥は飛んで来た夕騎の身体を受け止める。
「零那っ!!」
「――行って!!」
<
「……何のつもりだい?」
「繋ぐ。あなたには見えないものを繋ぐ」
『零那! 待って!! 精霊じゃあ――』
向こう側から大地の壁に零弥が何度も拳を打ちつけても零那は反対に壁を分厚くしていく。
突き放すように向こう側の大地を流動させ、その上に零弥達を乗せて離す。
「あなたは知らない。夕騎は未来を紡ぐ、それが例え自身の何もかもを引き換えにしても」
「ほう、そのために君は死ぬ気なのかい?」
「それが本望。あなたが思う以上に私は夕騎のことを何よりも想っている」
「……そうか」
零那が生まれる要因を作り出したのは令音だ。
だが令音が想っているよりも遥かに零那は夕騎を何よりも想い、自らの命が果てようとも夕騎のために命の全てを使おうとしている。
右で
「…………君の『愛』は認めよう。しかし、それではこの差は埋まらない」
「ッ!」
令音が手を前に翳す。
突き抜ける衝撃に零那は痛みすら感じなかった。
だが右を見れば――右肩から右胸にかけて一瞬で吹き飛ばされている。
空に舞うのはつい数秒前まで零那の身体についていたはずの右腕。一瞬で零那は右半身を吹き飛ばされ、血が噴き出しながら地面に膝をつく。
血が噴き出す身体を手で押さえすぐにでも淡い光に包まれ、止血し傷口を塞いでいくが落とされた腕までは元通りにはならない。
吹き飛ばされた
「これで<
霊力を気脈のように張り巡らせて扱う<
そして<
それでも零那は諦めない。
右腕を失い平衡を取りづらそうに足元が一度覚束なくなるがそれでも零那は新たな武器を顕現する。
それは鞘に収められたものだった。
顕現されたものを零那は口で咥えると左手で鞘から刀身を引き抜いていく。
西洋剣とは違い、片方にしか刃がないその剣は言わば日本に古来から伝わる日本刀だ。
「それは……」
令音すら知らない精霊の武器。
後ろに控えている<
「……これは夕騎が私にくれたもの」
夕騎にまだ<精霊喰い>の力が残っている時に何かあった時のために用意してくれていた物だった。
牙を研ぎ、夕陽が放つ高熱の電気で形を整えることによって作られた一振り。
――夕騎、精霊を愛しているというあなたの気持ちがどれだけ偽りだったとしても。私の気持ちは、あなたを愛するこの気持ちは、誰に作られた物でもない。私の
最後に伝えたかった言葉、心の中で呟けば零那は死地へ飛び込んでいく――