デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第一〇〇話『二つの剣携えし精霊』

 

 「琴里! 無事か!?」

 「お、にい……ちゃん……?」

 夕騎を倒し十香が夕陽を外へ押し出した後、士道は七罪に頼み込んで琴里が閉じ込められている装置を開けて貰っていた。

 中にいた琴里は酷く怯えた様子で黒いリボンを着けているというというのに声音は白いリボンの時と何ら変わりないか弱い声だ。

 すぐにでも士道は琴里を抱きしめると琴里の震えが伝わり、士道は何度も琴里の頭を撫でる。

 「ごめんな琴里、遅れちまって……」

 「ごめんなさい……ごめんなさい……。お父さんも、お母さんも、私のせいで……」

 「大丈夫、大丈夫だ。兄ちゃんが傍についてる。だから大丈夫だ」

 夕陽に何をされたかわからないが今は何よりも落ち着かせてやることが重要だと士道は琴里の身体を抱きしめる。

 夕騎は倒れながらも横目でその姿を見ていた。そして次に目をやったのは夕陽達が出て行った外の方角。

 自分が倒されたことによって夕陽を支えていた最後の楔を引き抜いてしまった。

 しかし、夕騎の本当の目的はまだ始まってすらいない。

 今の夕陽には奇跡を体現した天使があっても足りない。奇跡の先にある――反転化とは違う何かを見つけなければ十香に勝ち目はない。

 「夕陽……」

 あまりの剣幕に勝手に琴里の拘束を解除してしまった七罪はあれから壁に空いた穴を見続けていた。

 そこから夕陽達は出て行ったがどうにも七罪には夕陽のことが気がかりだった。

 彼女は負けないと言っていたがあの時七罪が伝えようとした言葉はそうではない。

 「待ってて、夕陽……っ!」

 いつもマイナス思考な精霊、七罪は<贋造魔女(ハニエル)>の箒に跨り外へ向かっていく――

 

 ○

 

 「これが! 私の! 力だ!!」

 夕陽は馬乗りになった姿勢から雷を纏った拳で殴り続けていた。

 あれからすぐに【遮断(シャット)】で脳から身体へ送られる電気信号を遮断され続けた十香は身体を思うように動かせず一方的な戦いになっている。

 「私は誰にも負けない! 私こそが最高最強! 私だけが強いんだ!!」

 何発も殴り続けた夕陽はまるで自身に言い聞かせるように言えば立ち上がり、十香の腹部を何度も蹴りつける。

 「がはッご、は……っ!!」

 すでに身体はダメージを深く負い目の前にいる夕陽さえもすらボヤけて薄れていく意識。

 霊装も損傷が激しく〈鏖殺公(サンダルフォン)〉も遠くで捨てられるように転がっている。

 勝たなければならないというのに十香の身体はすでに限界を迎えていた。どれだけ力を入れようにも、どこにも力が入らない。

 夕陽はゆっくりと十香の頭部を掴めば持ち上げ、口角を歪めて笑みを作る。

 「これで終わりだよ十香。結局<雷天轟靂(ミカエル)>にはどんな精霊だって太刀打ち出来ない。あんたがどれだけ頑張っても私には敵わなかった、それが結末さ」

 今までにないほどの雷が空いた拳に集中し、雷鳴が轟く。

 文字通りの一撃必殺。

 きのの時と同じように夕陽は十香を塵一つ残さずに消すつもりなのだ。

 

 「――待って!!」

 

 そんな必殺の一撃を構える夕陽にあらぬ方向から突進が背中に直撃する。

 よろけた夕陽は十香を手放してしまい、拳に纏っていた雷も消えてしまう。

 「貴様は……」

 「……七罪、あんた何してんの?」

 手放された十香が地面に再び倒れ、その前に立ち塞がったのは――七罪だった。

 両腕を広げるようにして十香を庇う七罪に夕陽の表情は明らかに不快感を示している。

 それが怖いが七罪はどうしても言わなければならないと思ったからこそここまで来たのだ。

 「ゆ、夕陽っ! もぅ、も、もうやめよっ! こんなにボロボロなんだから、もう何も出来ないじゃん! だ、だからもう戦う必要ないよ!」

 「……何言ってるのさ、殺さないと霊結晶(セフィラ)を奪えない」

 「ひ、必要なのはその、霊力、でしょ? だったらもうこんだけしたんだからあの男だってす、素直に渡すと思うし……」

 「で、七罪は私に何が言いたいの?」

 一向に七罪が何をしたいのか意図がわからずに苛立つ夕陽に七罪は意を決して言う。

 「だ、だから私は! あんたが誰かを殺すなんてして欲しくないの!! 誰かを殺す時の夕陽の表情(かお)なんて見たくないって言ってんの!!」

 「…………七罪」

 本当はこの言葉を十香と戦う前に言いたかった。

 誰かを殺す時の夕陽の表情は笑みを浮かべながらもどこか虚しそうで、表には出していなかったが苦しんでいるようにも見えた。

 だからもう戦わないで欲しいと思ったのだ。

 だが――

 

 「――それなら友達(あんた)も要らないや。死ね」

 

 夕陽はあっさりと七罪を、友を、捨てた。

 雷を纏った拳を振りかぶり、友であったはずの七罪に向かって振るう。

 もはや何のために力を振るっているのか、十香には理解が出来なかった。

 敵を討つのはわかる。それなのに今は守るべき友にさえ夕陽はその絶大な力を振るおうとしている。

 間違いなく、殺そうとしている。

 「さ、せるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 何故だかわからなかったが十香の身体は勝手に動いた。

 庇うようにして七罪の肩を引いて離し、夕陽の一撃を自らの背中で受け止める。

 「うぐ、が……ッ!?」

 想像を絶する痛みに消え果そうになる意識を懸命に留め、十香は仰向けに倒れる。

 心臓が止まってもおかしくない威力の一撃を浴び、喉が焼けたのか呼吸をすることさえもつらい。

 「あ、はは、ははははははははははははは!! なぁにしてんのバッカじゃねえの!! 見ず知らずの奴助けて何の意味があるんだよ!!」

 「……ゆ、うひ……」

 「見ろよ、変に手助けなんてするからそうなるのさ!! 優しくて強い奴なんてこの世にいないのさ!! だって優しさが仇になって死んでいくんだからよぉ!!」

 高笑う夕陽に対し、十香は――笑った。

 「……き、さまは可哀想な、奴だ。最後の繋がり、まで捨て、て……本当に『独り』に、なってしまった。ま、るで、シドーと、出会う前の私を見て、いるようだ……」

 「……あ?」

 夕陽はその発言に対し足を振り上げることで応える。トドメの一撃を放とうとしているのだ。

 「何を言おうがこれで終わりだッ!!」

 雷鳴轟く足が十香に振り下ろされ稲光が辺りに広がり、衝撃で地面を砕いていく。

 十香の意識はそこで削がれた――

 

 ○

 

 『――十香』

 どこかにある広大な海に沈んでいく十香に小さく声が聞こえてきた。

 誰が声を掛けてきているのか、確かめようにも瞼が重たくて開こうとしない。

 一体誰なのか、何故かどうしても知りたいと思えばさらに声が聞こえてくる。

 『我が眷属よ、もう諦めてしまうのか?』

 「か、ぐや……?」

 まず聞こえてきたのは――耶俱矢の声だった。

 そして背中に伝わる温かな手の感触――

 『あのような雷など所詮駄々っ子の癇癪のようなもの。まことに小さきものだ。そんな程度の攻撃で倒れるなど主である我が恥ずかしいではないか』

 『同感。夕弦もそう思います』

 「ゆ、夕弦……」

 徐々に深淵に沈んでいく十香に聞こえてくるのは今まで時間を共にしてきた友達の声だった。

 『確信。夕弦達はあれだけわかり合えないと思われていた兆死と分かり合うことが出来ました。この世界にゼロパーセントなんてありません』

 『で、ですから、諦めないで、ください。夕陽さんは、苦しんで、いるんです……』

 「四糸乃……」

 『わ、私には、よしのんが、いました……。士道さんも、十香さんも、みんながいました』

 『でも、夕陽さんには誰もいませんでしたー。誰とも繋がりがなくて、断ち切ったのは自分の方だと自分に言い聞かせて、でも結局世界に見捨てられたのは自分で、それで駄々を捏ねるみたいに力に依存して、まるで過去の私ですよぉ』

 「美九……」

 『本当は私が断ち切らなければならない因縁だった。それなのにいつの間にかあなたに押し付けられていた。本当にごめんなさい。だけど夕陽の憎しみをどうか、晴らして』

 「琴里……」

 『がむしゃらにでも前に突き進んでいく、それが十香のいいところなんだから見せ付けてあげなよ。ボクは十香を応援してる』

 「二条……」

 『夜刀神十香……いいえ、十香。私は精霊を憎んでいたけれど精霊に救われた。あなたはとても馬鹿だけど、あなたには誰かを助ける力がある』

 「折紙……」

 十香の背中にどんどん手の感触が増えていく。支えてくれる人々が増えていく。

 気付けば沈むだけだと思っていた十香の身体はいつの間にかその場で沈むことなく留まっていた。

 『あなたが抱いた想いを信じなさい。後は掴むだけよ、あなたが何を想いどうしたいのか。あなたが信じ、形にするの』

 「零弥……」

 『行ってこい十香! お前の信じるものを夕陽に見せてやれ!!』

 「シドー……ああ、ああ! わかったぞ皆っ!!」

 押し上げられていく十香の身体は海中を抜け出し、海上に浮上し、天空へ飛び立つ――

 

 ○

 

 「これで霊結晶(セフィラ)を奪えば――」

 心配停止となりピクリとも動かなくなった十香に手を伸ばした夕陽、しかし――その手首が掴まれる。

 「な――」

 「言っただろう、何もかも斬り捨てた貴様に負けるわけがないと!!」

 呆気に取られた表情をする夕陽の顔面に拳が打ちつけられ、その身体は大きく吹き飛ばされる。

 地面に引き摺られるようにして静止した夕陽は軽く脳震盪に陥った頭を揺らしながらも十香の姿を見ればあれだけ損傷を受けていた霊装も身体も全て回復し、傷一つ見られない。

 「何で生きてる……?」

 あれだけ打ち込んでいたというのに全回復されてしまえば夕陽も困惑の色を隠せない。

 しかし、何にせよ相手は立っているのだ。

 一度で死ななければ何度でも殺すまで。<雷天轟靂(ミカエル)>なら容易なことだ。

 失いかけていた余裕を取り戻すうちにも十香は手を前に翳し、離れていた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が手元に戻る。

 「私自身死んだと思った。だが友が、仲間が、私の背中を押して引き戻し再びこの大地に立たせてくれた。貴様にはそんな友がいるか?」

 「――いないよ。今の私には友達も仲間も家族も要らない。一人だからこそ強いんだ」

 バチバチと電気を迸らせ荒ぶる夕陽は初めほどの威圧感を放っていなかった。

 『孤独』を包み隠すように『力』に依存する哀れな少女だと、今の十香には見える。

 十香はもう一度手を翳す。今度は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を握っていない手で。

 「貴様は弱いぞ、夕陽。強さが何なのかを見失い、友さえも討とうとした貴様に強さなど微塵も感じられない!!」

 十香が纏っている霊装が徐々に姿を変えていく。

 それはまるで他の精霊達の霊装を繋ぎ、結んでいるかのように、光の粒子が十香を包んでいく。

 氷の鎧、うさ耳風のリボン、羽衣、ボンテージ、翼、百合花の髪飾り、篭手、灰色のウィッグ、純白のスカートドレス、今まで出会ってきた精霊の一部が霊装に顕現されていく。

 そして翳された手に新たな剣が宿る。

 それは〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と対を成す――

 「<滅殺皇(ヘキナー)>」

 新たな大剣が姿を現し、その姿に最高最強であるはずの夕陽が途方もない異様さを感じる。

 十香は両手に剣を携え、その剣の切っ先を夕陽に向ける。

 「自分のためだけに振るう力はただの『暴力』だ。貴様が振るっているのはただの『暴力』に過ぎない。その証拠に今の貴様からは『強さ』など微塵もありはしない」

 「ほざけ!!」

 全力の雷を両拳に纏った夕陽は【雷速(ターミガン)】を使い、十香の背後に回っては背中から心臓を狙い雷鳴が鳴り響く。

 稲光が舞い、確かな手応えを感じたが十香は平然と夕陽の方へ振り向く。

 「どうした、効かないぞ」

 「……は? 何で?」

 あれだけの雷を撃ち込んでも怯みもしない十香に夕陽は呆気に取られるが〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と<滅殺皇(ヘキナー)>から放たれた斬撃に紙吹雪のように飛ばされ受身もなしに地面に叩きつけられる。

 「ぐ、が……ちくしょう、何なんだあいつは……ッ!」

 拳を叩きつけ立ち上がる夕陽の足は覚束なくたった一撃を浴びただけでたたらを踏まされる。

 両肩で息をする夕陽の前に十香は立ち、その目を見つめる。

 「どうだ夕陽、これで少しは貴様が斬り捨てたものの大切さがわかったか?」

 「……わかるわけないでしょうが。わかったところで失ったものは取り戻せないんだよ!! だから私は世界をやり直そうとしてるんだろうがッ!!」

 夕陽は十香から距離を離すために後退していけば両腕を大きく広げ、徐々に高度を下げている人口島の上に暗雲が立ち込めていく。

 上空に立ち込めた暗雲はやがて雷鳴を轟かせ人口島に降り注ぎ、やがてそれは夕陽の両腕に集中して『牙』を模していく。

 「これが私の全力だ……あんたも全力で撃って来い十香ッ!!」

 「ああ、わかった。貴様が望むならそうしよう」

 十香は夕陽の声に答え、玉座を顕現させれば両方の大剣で切り裂きその漆黒の粒子で剣を束ねていく。

 それは長大過ぎる剣となっていき、十香はその剣を上段に構える。

 合図は一つの雷鳴だった――

 

 「【雷轟喰牙(ラスカティ・グローマ)】ッ!!」

 「【終焉にて最後の剣(ペイヴァーシュ・ハルヴァンヘレヴ)】ッ!!」

 

 片や挟み込むようにして放たれ、片や振り下ろすようにして放たれる。

 正面からぶつかり合い、極大な一撃の衝撃を受け続けた人工島は島としての限界を迎えていた。余波で島は落ちた花瓶のようにヒビが入っていき莫大な力は乱れ狂う。

 「ぐ、が、あァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 徐々に夕陽の方が十香の一撃を抑えきれなくなっていた。

 こんなところで終わるわけにはいかない。今はまだ出発点にも立っていないのだ。

 だから、負けるわけにはいかない。負けてしまえば夕陽は全てを失ってしまう。

 五年も辛酸を舐めさせられ、苦しんできた。琴里にも同じ苦しみを与えようとした。

 それも古き世界の因縁に決着をつけるために『復讐』という形で人間を討っていった。

 あと一歩だったというのに。

 十香を殺し、士道を琴里の目の前で惨殺し、霊結晶(セフィラ)を奪えば全てが上手く行っていたのだ。

 轟く雷の牙が砕かれていく。

 まだ、まだなのだ。これからだというのに。ここからだというのに。

 どれだけ考えようともこの状況を打破する方法はなく、十香の振り切った長大な剣が夕陽の身体を上から叩くように直撃する。

 長大な剣は夕陽の身体ごと人工島に叩きつけられ人工島はいよいよ耐え切れずに真っ二つに割れる。

 <土寵源地(ゾフィエル)>の霊力による気脈が断ち切られ人工島自体ただの島に戻れば重力に従って島全体が岩片を撒き散らしながら落ちていく。

 「わ、たしは……」

 「夕陽っ!!」

 極大の一撃を浴びて霊装すらも酷い損傷を受けた夕陽の身体はすでに落下するしかなく、箒に乗って宙を浮かぶ七罪は急いで夕陽の身体を受け止める。

 「夕陽、大丈夫!?」

 「兄貴……私は……私は……」

 七罪の声にも応えられないほど意識が混濁し、夕陽の目は閉じられていく。

 幸い息はしているので生きてはいるが人工島にいた面々が次々に現れる。

 「夕騎っ!」

 「あなたは必要ない。私が受け止める」

 「ちょっと零那!?」

 落下する夕騎に逸早く気付いた零弥だが隣にいた零那が軽く蹴りを入れて退かせば夕騎の身体を受け止める。

 「夕騎、私がいるから大丈夫」

 「ああ、ありがとよ」

 「あらあら、一足遅かったですわね」

 そこに狂三も登場し、狂三の分身体達が士道や琴里の身体を支えていた。

 狂三の登場に十香も驚愕を隠せない。

 「おのれ狂三! シドーを離せ!」

 「きひひ、今離したら士道さんは確実に死にますわよ?」

 「くっ!」

 瓦礫と共に生き残った者達は続々と地上に戻っていく。

 しかし夕陽が倒されれば終わりではない。ここからが本当の始まりだった――


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