Persona 4-マニアクス-   作:ソルニゲル

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第x3話 Ghost

『言葉を友人に持ちたいと思うことがある。

それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついた時にである。

たしかに言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。

だが、言葉に言いようのない、旧友のなつかしさがあるものである。

~中略~

時には、言葉は思い出に過ぎない。だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。』

 

―寺山修司『ポケットに名言を』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は幸せを求めるくせに不必要なことを考える生き物だ。

私もそうで、病院というのは何もすることがないから、余計なことまで考えてしまう。

 

例えば…

 

 

「お疲れ様です」

「ありがとうございます」

高校生らしき人が窓を拭いている。

彼はよく来ている気がする。

 

「いつも大変ですね」

「いえ、なれたものです」

 

彼の雰囲気は穏やかな感じである。

(私が普通だった、惚れてるかもね)

そんなことを思っていると、ナースに怒られる。

彼女は上原小夜子。

 

 

「早く寝なさい」

「はーい。小夜子さん」

 

結局、あまり話すことは出来なかった。

車椅子を押されて、私はベッドに寝かされた。

 

私は手元にあるスイッチで個室の病室の電気を消した。

最近、彼女は頑張っている。

上原小夜子というナースだ。

理由は不明、興味を持つだけ疲れるというものだ。

 

私はかれこれ、何年も何年も病院にいる。

 

この狭い閉塞的な空間から私は飛び出せずにいる。

理由は様々だが、大きな理由は私が病気であること。

というより、それ以外と尋ねられた場合、私はうまく答えられないだろう。

 

私はカーテンを閉めると暗い部屋の天井を見上げた。

私の体はそのうち動かなくなるらしい。

 

実感はない。

 

心地悪さはない。その逆も寧ろ無い。

兎に角ある感覚は酷く濁った水中にある滑りのようなもの。

…言葉にするには難しい。

季節はもう秋、過ぎ去っていく私の青春は馬車に運ばれる、江戸時代の農民の人のよう。

悩むことに必死で、人生などというものを謳歌するほど、私は自由でないことを承知だ。

 

 

臓器がエラーを上げる。

音を立てて私を痛め付ける。

 

 

 

そんな時でさえ、私は冷静に考える。

朦朧とする意識と白濁していく視界の中、私のあたまは異常に冴えている。

そして、疑問が浮かび上がる。

まるて、水に沈めたボールのように浮き上がる。

 

 

 

 

私は何故、生きているのだろう。

 

 

 

 

やがて、私はナースに囲まれる。

私の中に溢れている、その液は、赤く白い純白さえ汚す。

私はその度にため息を吐かねばならないのだろうか。

吐き出す。吐き出す。

 

ゆっくりゆっくりと輝く光は錯視の螺旋内に。

本来の巣を離れて、飛び立つ鳥を私は汚してしまう。

夢の中くらい、外に出させて欲しいと願うばかりである。

 

 

 

未だに車椅子は慣れない。

 

小夜子さんは居なくなってしまった。

理由を聞けるほど、私は言葉を上手く使えない。

力を込めて廻す円は、歪みを与えては、私を揺らす。

 

まだ慣れない。

 

動かなくなった足が、将来の私のようで、目の前に現実が押し寄せてきた。

でも、私は生きている。

ここで、まだ生きている、いつか終わる景色なら、私は空さえ蒼く出来る。

ゆっくりゆっくりと、私は長い廊下を転がっていく。

 

私の横を医者が通る。

そして、検査をする部屋へと入っていった。

それを目で追っていると、

両目を閉じて、椅子に凭れる青年がいた。

ぽつねんと、凭れ、まるで…

 

 

 

 

 

「何か用か」

 

その瞳はまっ黒で思わず彼女は吃る。

 

「い、いや!そ、そういうわけではないです」

「そうか。」

 

青年は、どこか不思議な雰囲気であった。

体に似合わない、重厚な雰囲気があった。

まるで…

 

「…顔が近いんだが」

「あーご、ごめんなさい!!」

「…入院患者か。」

「えぇ、ま、まぁそうです。」

「治らない病のようだな。」

その青年は淡々と言った。

 

「ど、どうして分かったんですか?」

「…単に今通った医者をちらっとカルテを見ただけだ。」

青年は淡々と言う。

「…そうですか。よく見てましたね。」

「…注意力。どうてもいい情報も、覚えておくと、それだけで、世界の見方が少しだけ変えられる。」

 

沈黙がその場を支配した。

彼女はどうも沈黙が耐えられない。

 

 

 

 

 

私の中に妙な感覚がある。

 

『世界の見方が変えられる』

 

名も知らぬ彼の言葉が妙に引っかかった。

自分が死ぬと宣告されたとき、私は泣いた。突然の事だった。

当たり前だったものが、当たり前じゃ無くなっていく。

 

当たり前にいた友人がやがて来なくなった。

当たり前に動いていた足が動かなくなっていく。

やがて、心臓も動かなくなる。

 

そう考えると、私は孤独と暗闇に首を締められる。きつくきつく、慟哭しようが、嗚咽を上げようが、確実に私を蝕み犯していく。

黒くなるだろう…私の中にある、純白の未来が黒く染まる。

断末魔の様に高く高く鳴り響いているこの心臓の音が、私を揺さぶる。

 

こうなると、知らなければ私は幸せに死ねただろうか。

 

ゆつくりゆつくりと私の世界を閉じていくのだろう。

 

 

 

わたしにとってこの17年間はなんだったの?

わたしにとってこの生はなんだったの?

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?また、検査ですか?」

「…いや、診察中に医者が倒れたので、外に放り出された」

「ははっ、なんですかそれ」

 

 

彼女がそのあと直ぐに聞いた話だが

医者が倒れた理由はレントゲンのせいだと、看護師が言っていた。

半ば無理矢理に来させたシンをレントゲンを取り、また、それを見てしまった。

 

そこには人間のようなものが映っていたそうだ。

 

それを見た医者が突然倒れ、痙攣を起こし始めた。

彼は淡々とそれを見ていて、看護師がそこにきて、そして、追い出されるといった感じだ。

 

「前に言ってましたけど、私、もうそろそろ死ぬんですよね。」

「…そうか。」

「そうなったとき、どうして私なんだろって思いました。どうして、私じゃなきゃいけないんだろうって。

…私の生きてきた意味って何だろうって」

 

「…それは誰の為の意味だ?」

「勿論、私の為…」

「…なら、諦めた方がいい。残酷だが、自分自身の為の生きる意味なんてものは存在しない。

何故なら、自分の死で全てが終わると考えられているからだ。確かめる術は1つ。

死んでみるといい。

死んでみなければその先に何があるのかなど誰一人としてわからないし、この先誰も理解できない」

 

「それってすごく悲しいことだと思わないの?

なら、私はなんのために生きてきたの!?」

彼女は思わず声を大にして言ってしまい、周りに見られる。

そして、彼女は立ち上がろうとするが、ベタン!と正面から音を立てて倒れた。

そして、思わずほろりと涙が出てしまった。

 

虚しかった。

 

彼女の心がむなしさでいっぱいであった。

 

しかし、彼はそんなことはお構いなしに、彼女を車椅子に座らせると淡々とした顔で話す。

 

 

「…キミはこんな世界に何を期待していたんだ?

何を望み、何があると信じていたんだ?

…残念だが、この世界には何もない。

納得の出来る意味なんてない。」

 

 

そういうと、彼は彼女の顔の前で言った。

 

 

 

 

 

「だから、美しい」

 

 

 

 

 

「一時の栄光と知らずに花びらを開いて枯れる。

自然の力で、いとも簡単に壊れてしまう人工物。

考え方の違いで大勢の人間が殺し合う…

たった一切れのパンでさえ食べられない人間がいる。

一方で

権力で私欲のために金を稼ぐ人間がいる。

生まれながらにしての金持ちがいる。

戦争特需で売上を伸ばす人間がいる」

彼は立ち上がると満足そうに話しを続ける

 

 

「だが、そんな全ての人に死は平等に訪れるんだ。

この世界は虚しい。何故なら人は死ぬからだ。

やがて、忘れられていく。救いのない物語のようだ。

人生なんてそんなものだ。

物語のように代えのきかない、最高で最低の瞬間の、自分自身の死だ。」

 

「しかし、そんな一時的な繁栄と儚さがあるからこそ、この世界は美しい。

変わり続けることが出来るのは、終わりがあるからだ。」

そして、彼は言う。

 

 

 

 

『花に嵐の例えもある

さよならだけが人生だ。

さよならだけが人生なら

また来る春はなんだ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねえお母さん。」

「ん?なに?」

「私が生まれてきてよかった?」

「勿論よ。ただ、心残りがあるとすれば、あなたを丈夫に生んであげられなかったことくらいよ」

「…べつにいいよ。『さよならだけが人生だ』ものね」

 

そういう、母は泣いていた。

 

さよならだけが人生。

 

彼にそう言われて、私は呆然とその場から動けなかった。

その言葉だけが脳内をグルグル回っていた。

認めたくないような気がした。

虚しさを受け入れたくなかった。

 

 

でも、現実的にそうだった。

 

そう思うと、私の肩の荷はどっと降り、私の体が水面へと浮上してきた気分になった。

何を生きることにしがみついていたのだろう。

悩んでいても、死ぬのだ。特に私は幸いな事に死ぬ時期もわかっている。

 

なら、私は少しでもいいから、悩んでいる暇があったら、少しでも生きてみようと思った。

そう思うと色々とやりたいことがある。

今では死ぬってのも悪くないかもと思っています。

 

理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれない。

だが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。

 

ただ、一つだけどうしても気に入らない。

この場所で死ぬのだけはいやだなぁと思った。

カレンダーが削られていく毎日と変わらない景色。

検査検査で、治す気があるのかないのか分らない医者たち。

ただ、私は帰りたかった。当たり前の家に。

 

私は病院から家に戻った。

久しぶりの帰宅だった。

かれこれ、何年も帰っていない。

 

自分の部屋に入るとそのまま残っていた。

中学生の時から変わっていない部屋だ。

だが、帰ってみると、ここが自分の家だというだけで、少し楽になれた。

 

 

出来れば一目会いたい人はたくさんいたが会えば

この人ともう会えなくなるんだなぁ、という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。

 

だから、こうしてその人達に向けた言葉を書いている。

私の気持ちを記すことにした。

紙切れに。たった何枚かの紙切れに。

 

 

さて、私はこうして最後を迎えることができて幸せだと思う。

 

私の為の生きてきた意味なんてない。

当たり前だ。17年の平凡な人生だ。

一生掛かって出来ない人もいるわけだ。

それが、無駄か意味のあるいい人生だったか。

そんなものは比べる事しか出来ない人間がやっていればいい。

 

ただ、私が生きている間に与えることのできたちょっとした喜びや楽しみが他の人の生きていく少しでも糧になるのであれば、それは幸いであると思う。

 

私は飛び方を知らなかった。

知るよしもなかった。象られた絵の中でしか、私は生きてなど居なかった。

触れる涙の色は青く染まる。深い深い青だ

 

流れる水を私は知らない。

 

私の体からそっと回り、天さえ張り裂けそうな心構えだ。

 

いつもの癖で、抽象的に書いてしまった…

直そう…

 

…自分の体が動かなくなるのが分かる。

 

だから、動かなくなる前にこうして記しておきたいと思ったのだ。

 

こうして書いていると、恐ろしく感じるときもある。

死んでいく感覚が徐々に迫っていくのが。

手足から何かに掴まれているようになり、やがて、私は寝たきりになるだろう。

手足が細くなっていき…そして、ゆっくりと死ぬそうだ。

 

ただ、今思えば、虚しかったのはさよならが悲しかったからなのかもしれない。

 

 

 

さよならが悲しくなるのは、楽しかった日々が多いからだとわかった。

 

 

知らないうちに私は多くのものを抱え込み愛していたのだとわかった。

 

 

 

 

さて、私のクライシスモーメントを打ち破ってくれた彼。

 

あれ以降、私は彼とは会わなかった。

私が自宅へ帰ったということもあるが、あの検査室に何度も行ったが、来ることはなかった。

看護師さんに聞いてもそんなひとはいなかったって言うし、倒れたって医者も倒れていないと言われた。

 

…亡霊だったのかもしれません。

そんな雰囲気もあったから。

椅子に凭れるその姿はまるで、幽霊のようだったから。

 

 

もし、会える人が居たら伝えて欲しい。

 

『私に意味を与えてくれてありがとう』と。

 

 

 

 

では、さきにいってます。

 

 

 

 

 

 

 

『さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう

はるかなる地の果てに咲いている 野の百合は何だろう

さよならだけが人生ならば めぐり会う日は何だろう

やさしいやさしい夕焼けと ふたりの愛は何だろう

さよならだけが人生ならば 建てた我が家なんだろう

さみしいさみしい平原に ともす灯りは何だろう

さよならだけが 人生ならば 人生なんか いりません』

 

寺山修司

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンの前で医者痙攣しながら倒れた。

医者はシンを見上げた。

 

「…馬鹿な医者だ。

俺を怒らせないことだ。しつこいのは嫌いだ。」

 

 




なんというか、書いていて、ちょっとペルソナQの話っぽいなと思いました。
生きる意味とは何ぞや?的な大分難しい問題を題材にしてしまったのは書くときに非常に困りました。

でも、普通に考えて数学とかのように世界共通の意味があるものでもないので、キャラクターに丸投げしてもいいかなと思い書きました。

特に深い意味のない閑話です。フラグも一切ないです。
ただ、ちょっと煮詰まってきたので書いてみました。



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