「なるほどな」
縁側で涼みながら虫の声に耳を傾ける。
と言うのは建前で、武は京の声しか聞いていない。
「私には計算外だったけど、武にはそうでもなかったみたいだね」
「まぁな」
先日、大和は京に百代に告白する事を告げた。
大和なりに京に筋を通したつもりなのだろうが、京からすればそれは何時もの大和らしからぬ行動であった。
大方、恋に色めき立つクラスの熱にやられたのだろうと。
そして大和は百代に告白し、結果は二人が以前昼休みに予想してた通り見事に散った。
しかしここからの武と京、二人の予想は違う。
京は大和が自信が砕けて落ち込むと予想していたので、その傷付いた大和の心をネッチリと癒して自分のものにしようと企んでいたのだが、帰ってきた大和は告白が駄目だったにも拘らず、何故か逆に闘志を燃やしていたのだ。
その日から大和は以前よりも生き生きとしていた。
「…ままならぬ」
あの昼休み以来、京は少しずつ大和事や恋愛の事を武に話すようになっていた。
「だから、この間の昼休みに俺が言ったろ?「今の」大和じゃ無理だって」
「どう言う事?」
「モモ先輩が大和に男として何を求めているか、それに大和が答えようとしたって事だよ」
「…むぅ、武はそう言うの全部わかってるみたいでなんかずるい」
「だがな、そんな俺にだってわからないことがあるだぜ?」
「お友達で」
「はえぇよっ!せめて言わせてくれよ!!」
「…ククク」
「しかし、これからが正念場だぞ京」
「…うん、わかってる」
こう言う時の武の態度に、京は何時も少しだけ戸惑う。
自分を好きだと言う武と大和と恋仲になるのを応援してくれる武。
どちらも本心で何時も矛盾の中に居る。
実は本当の武はここには居ないのではないかと錯覚しそうになるくらいだ。
「どっちも本物の俺だけどな」
「…エスパー?」
「愛だよ」
「…しょうもない…でも、武は大和がモモ先輩と付き合った方が良いって思わないの?」
「そりゃそうなれば良いと思うぜ?大和とモモ先輩には幸せになって欲しいしな」
「…そう言う事じゃなくて……」
「わかってるよ…ただ、俺は大和も好きだし大和が好きな京も好きなんだよ」
「大和が好き・・・ゴクリ」
頬に手を当てていやんとクネクネする京。
「あんまクリスに悪影響与えるなよ?」
「…言い掛かり、クリスは元からだよ」
「あと京が好きって言うのにも反応してくれ」
「男達はなにか気付いたみたいだね」
「スルーっすか」
「キャップに大和の最近の変化について聞かれた…心境の変化じゃないって答えておいたけど」
「あー…さっき大和の部屋にゲンさん含めて集まっていたろ?あれな、大和の恋を応援する会が発足したんだよ」
「今もまだわいわいやっているみたいだけど、武は参加しないの?」
「なんか気ぃ使われちまってな。俺は見守るだけで良いんだと」
武はつまらなそうに足元に生えている雑草を引き抜いてポイッと投げる。
「たぶん明日の金曜集会で何かしら話があるんじゃないか?」
「…そうだね」
そんな二人を隠れて見守る影が二つ。
「こうして見ると、二人はとてもお似合いに見えます」
『あれで付き合ってねぇって言うか、京姉さんは別の男が好きって言うのが不思議だぜ』
「確かにな…恋愛と言うのは解らないものだ」
「ですね…」
島津寮の夜は更けていく。
☆ ☆ ☆
「と言うわけで俺はSクラスを目指すぜ」
次の日の金曜集会。
冒頭での大和の発表に事情を知らない一子、クリス、由紀江は驚きの声をあげた。
「どう言う心境の変化だ?」
「忘れてた夢を思い出して、それに向けて頑張ってみようと思ったってところかな」
「おお~…その夢とはなんだ?」
「取り敢えずは、この市を良くしたい」
「市ですか?」
『なんか壮大な話になってきたな』
由紀江の疑問に大和よりも先に京が答える。
「直江式・川神再生フロンティアプランだっけ?」
「そう、今の市長が打ち出している再生計画に、独自の案を加えたものなんだけど、まずは身近な市から…何れは国をってね」
「素晴らしい夢じゃないか…自分は応援するぞ」
「わ、私も応援させていただきます!」
『未来の市長に乾杯だぜ』
「でもでも、そうなると私達と遊ぶ時間へっちゃうんじゃ…」
「安心しろワン子。集会にはちゃんと顔出すし、勉強もただ詰め込むだけじゃなくてメリハリつけてやらんとな。お前の修行と同じだ」
「じゃあ安心ね♪そう言うことなら応援するわ!いや、むしろ私の川神院師範代就任とどっちが先に夢を叶えられるか勝負よ!!」
「ああ、その勝負受けてたつ!」
一子と大和がガッチリと握手を交わす。
「よーし!話がまとまったところで遊ぶぜ!!とりあえず順番に何したいか意見をだせ!」
翔一がビシッと武を指す。
しかし反応が無い。
「おい武!」
「んおっ!?わりぃ全然聞いてなかった」
気付いて慌てる武に、岳人がやれやれと肩を竦め馬鹿にしたように笑う。
「おいおい、京にフラれ過ぎておかしくなったのか?」
イヤイヤと武は岳人の肩を叩く。
「そしたらお前なんてフラれすぎてとっくに廃人だろうが」
二人は立ち上がり向かい合って笑う。
「はんっ…なかなか面白い冗談だな武…」
「ふんっ…なかなか面白い顔だなガクト…」
二秒の沈黙。
「うらあぁっ!!」
「おらあぁっ!!」
武と岳人の拳が交差して顔にめり込む。
それが合図になった。
「おうし!今日はバトルロワイヤルだ!!武とガクト以外にはデコピンのみで!!」
「ははっ!たまにはそう言うのも良いな!!」
「「ぐはぁっ!?」」
翔一の提案と同時に、百代のデコピンが武と岳人を吹っ飛ばす。
岳人はおでこから煙を出して気絶し、武はおでこを押さえてのたうち回る。
「ちょっと!ここに殺傷能力のあるデコピン使う人がいるんですけど!!」
「安心しろモロロ…一瞬で意識を飛ばしてやる」
「全然安心できないっすけどねそれ!!」
「勝負なら負けるわけには ぎゃー痛い!」
言葉の途中で大和のデコピンが一子に飛ぶ。
「隙だらけだぞワン子」
「やったわね ぎゃー痛い痛い」
「大和に手を出そうと言うのか!!」
大和に攻撃しようとした一子を京が襲う。
二人の同時攻撃に一子はすかさず百代の影に隠れる。
「妹をいじめるとは許せんなぁ」
「…助けて武」
「任せろはぎゅらっ!?」
京の声に瞬間的に起き上がって百代の前に躍り出た武の壁は、百代の万力込めたデコピンであっさり破壊される。
「はっはー俺は風だ!そんな動きじゃ捕らえられないぜ!!」
「くっ!!素早い…いたっ!?」
器用に部屋の中を飛び回る翔一に、集中し過ぎたクリスに由紀江のデコピンがヒット。
『後ろががら空きだぜクリ吉』
「やるなまゆっちだがこれし、あいたっ!?」
「さらに後ろががら空きだぜ騎士様」
「大和貴様~!」
「ははっ!ほーら京にモロロもっと頑張れ!」
「速さなら負けないわよキャップ!!」
「ふはははー!私も混ぜてもらおうか!!」
第二形態に変身したクッキーも加わり、団欒の場は戦場と化していった。
☆ ☆ ☆
バトルが一段落した武は屋上に来ていた。
夏の夜風にしては少し冷たい風が吹き抜ける。
「ふ~」
手摺に凭れ掛かりながら夜空を見上げると、田舎ほどではないが星の瞬きがよく見える。
「ため息なんてついてどうした?」
手摺しかないはずの武の背後から声がした。
「モモ先輩、屋上には窓からじゃなくて階段で来てください」
「硬いこと言うなよっと」
百代は手摺に腰掛けて武と並ぶ。
「ん?そう言えば武は高所恐怖症じゃなかったか?」
「正確には飛行機とか地面に着いていないもの恐怖症です」
「なるほどな…で?ため息なんてついてどうした?さっきもボーッとしてみたいだが」
「いやぁ何て言うか愛の板挟みってやつですよ」
「大和と京か…」
「な~んて当事者に言うのもあれですけどね」
再び武は夜空を見上げた。
それにつられるように百代も空を見上げる。
「まぁそれについては私がどうこう言える立場では無いからな…」
少しの沈黙をやぶって「なぁ」と百代は視線を武に戻す。
百代の視線を感じながらも、武は空を見上げたままでいる。
「あの時なぜ私にあんな事を言わせたんだ?」
幼少の頃、京を助けた大和に言った言葉。
ーー「大和!助けたい人を助けると言うならこの後とか分かっているだろうな?」ーー
言われなくても大和そうしただろうが、その百代の言葉が京に対しての大和の責任感をより強くした結果、京は大和に惚れる事になる。
その間も、裏で体を張る武の存在に気づかず。
「本当はお前だって大和のように愛されていたかもしれないのに、何故あの時お前は…」
「…あいつ」
武は空を見上げたまま続ける。
「すげぇ罪悪感抱えてたんですよ…ガキのくせに父親の影響なのか解らないけど、無駄にそう言うところだけ大人みたいで…だからあいつにも救いが必要だったってね」
「武…お前大和のために…」
「んなカッコいいもんじゃないっすよ」
武は視線を戻してはにかむ。
「どっちも…いや、彼処に居た皆が好きだったから、家族だったから…皆幸せじゃなきゃ嫌だったんですよ」
「不器用な奴だな」
「否定できないのが悲しいところっすね」
「まったく、お前は自分の事は全然話してくれないからなぁ」
「あ、あれ?そうでしたっけ?」
武はジト目で睨まれて慌ててそっぽを向く。
「そうだ。誰よりも私達を家族だって大事にしているくせに、無駄に壁があるんだよなぁ」
そう言って百代は拳を握ってポキポキと骨を鳴らし始めた。
「いや、殴っても心の壁は壊れませんから」
「壁があることを認めたな?」
「モモ先輩が誘導尋問とか大和の悪影響だな」
「はははっ相変わらず一言多いな武は!」
百代の腕が武の頭を締め上げる。
「ぐあああああギブギブッ!!!!」
「ほ~ら弟以外で私の胸の感触を味わえるなんて武は幸せ者だな~♪」
「いやいやいや!俺は京の胸以外は興味ないてててててマジいてぇっ!!」
「…戻ってくるのが遅いから様子を見に来てみれば……しょうもない」
何時の間にか来ていた京はため息をつきながら屋上に背を向けて、ギイィっと錆びた音がする扉を閉めた。
「あああ京待ってこれは誤解いてててー!!」
「京に見捨てられて可哀想な奴だ。ほれほれ」
「おたすけーーーーーーー!!!」
武の絶叫と百代の笑い声が響く屋上の、錆びた扉の裏で京はもう一度呟く。
「・・・しょうもない」
だらだら長くなりなした。
こう、ちょっとづつ仲を進展させるのって難しいもんですね。
次回は何故かワン子分多めになりそうです。
ワン子も好きです。むしろどの娘も好きです。
一番はゲンさんだけど。
ではまた次回で。