真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第四話 真剣で京に恋しなさいif~END~

 

 

京はマンションを静かに見上げる。

周りにも同じ様な建物が建ち並び、時間の経過が残酷な現実を突き付ける。

武の家が在った場所は宅地開発が進み、昔の住宅地図と照らし合わせても、その面影すら残してはいなかった。

 

 

「…武」

 

 

武は京の記憶の中だけではなく、確かにそこに存在していた。

京が聞いた武の両親の話も事実であることが証明されたのに、その事実は京が信じられない、信じたくない事も明らかにした。

 

 

武は既に亡くなっている。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…そんな」

 

 

京は力無く床にへたりこむ。

風間ファミリーの全員が、その事実をどう受け止めて良いのか分からず俯く。

 

 

「…がいよ…こんなの何かの間違いよ!」

 

 

一子が声を張り上げる。

 

 

「今朝だって京と走っている時に、あたし、いっぱい武の話を聞いたもの!京が嬉しそうに色々な話をしてくれるのを聞いて、絶対武は居るって!絶対…絶対居るって…だからこんなの何かの間違いよ!!」

 

「…ワン子」

 

 

一子を見上げる京を大和は優しくソファに座らせる。

 

 

「落ち着けワン子」

 

 

そして大和は重い口を開く。

 

 

「今日、この記事を書いた人に会うことができたんだ。その人は当時の事を良く覚えていて、詳細を教えてくれた…武は、学校には通っていなかったって」

 

「…ぇ」

 

 

混乱したような表情を見せる京に、大和は出来るだけ言葉を選びながら続ける。

 

 

「虐待を受けていた武は学校にも通わせてもらえず、家から出ることもなく、近所の人は二条夫妻に子供が居たことも知らなかったらしい…虐待が何時から始まったかは分からないけど、家の中には使われた形跡の無い新品のランドセルがあって、それが今でも脳裏に焼き付いているって」

 

「……」

 

 

全員が言葉を発する事が出来ない。

重い沈黙のなか、京が静かに立ち上がる。

 

 

「…少し…一人にさせて」

 

「京…」

 

 

心配そうに呟くクリスに、京は平気だよ小さく告げて、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は武の記憶を追って歩き出す。

何時もの通学路に戻り、川神学園に向かう。

 

 

「上等だガクト!お前の筋肉で出来た脳みそでも理解できるくらいの敗北を刻んでやる!」

 

 

朝一番で必ず始まる武と岳人の喧嘩。

目を瞑らなくても京にはその光景は浮かんでくる。

 

 

「ちょっ!?モモ先輩ギブギブギブ!!死ぬ!真剣で死んじゃうから!!」

 

 

河原で合流する百代から受ける愛情に、武は何時も救いを求めるように京に視線を送っていた。

学園につくと、休みのためか校内は静まり返っていた。

当然、F組の教室には誰も居ない。

 

 

「京~愛する俺と昼飯に行かないか?」

 

 

不意に聞こえる声に振り替えるがそこには誰も居ない。

教室を出て屋上に向かう階段で、誰かが扉を閉める音が聞こえた気がした京は、足早に向かうと勢いよく扉を開けて屋上にに出た。

 

 

「どうした?そんなに慌てた顔して」

 

「たけっ……」

 

 

京は優しい笑顔で振り替える武の残視に、唇を噛み締め、折れそうになる心を奮い起たせて、武の思い出を辿るために再び歩き出す。

学園をでた帰り道にある川神院に続く仲見世通り。

 

 

「何時見てもクリスは甘いもんばっか食ってんなぁ」

 

 

武がクリスをからかって遊ぶ姿が浮かぶ。

駅の方に足を運べば、金柳街。

 

 

「やべぇキャップ、京が立ち読みしすぎて店長キレてるから宥めておいてくれ!」

 

 

京は自分の手を握って一緒になって逃げる、武の温もりを思い出す。

川神の街の何処に行っても武との思い出が溢れているのに、武の姿は何処にも存在しない。

駅から七浜にも行き、武と行った場所は全て行き尽くした。

川神に戻ってきた時には既に日も暮れて、歩き疲れた京は、多馬川沿いの土手で腰を下ろすと顔を伏せて踞る。

精神的にも追い詰められている京の心は、諦めという絶望にも似た感情が芽生え始めていた。

どれくらいそうしていただろうか、京は不意にまだ行っていない場所を思い出す。

それは、心的外傷にもなっていた為に無意識の内に排除してしまっていた場所。

武と初めて出会った小学校。

京は重い腰を上げて歩き出す。

最後に残された希望の場所に向かうために。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

夜の学校冷たく、まるで恐ろしい魔物が獲物を待ち構えて潜んでいるかのように静かだ。

卒業してから一度も来ることのなかった教室の扉に手をかけて、京はその動きを止める。

ここが武との最後の思い出の場所であり、もう京にはここ以外に行く所がなかった。

その不安と恐怖入り交じった感情が、扉を開ける手を躊躇わせる。

 

 

「……」

 

 

京は片方の胸を手に当てて、静かに呼吸を整える。

そして、意を決して教室の扉を開いた。

教室の中は夜の静寂に包まれており、窓から月の光が微かに射し込んでいるだけで誰も居ない。

 

 

「……馬鹿だな…私」

 

 

京は心の何処かで諦めていた。

もう武はこの世界に居ないのだと。

誰も居ない教室の冷たい空気を感じながら、京は武があの日座っていた席に歩み寄る。

 

 

「…たけ…る…」

 

 

そっと指先で撫でる机に、ひとつ、またひとつと京の瞳から涙が零れて染みをつくる。

 

 

「呼んだか?」

 

 

不意に背後からかけられた言葉に京が振り替えると、そこには京にとっては見慣れた何時もの笑顔を浮かべた男の姿が在った。

それは何十年ぶりかに聞くように懐かしく、また幻でも見ているかのようだった。

 

 

「…た……たけ…る?」

 

「なんだ?お前を愛する男の顔を忘れちまったのか?」

 

 

その言葉に呆気にとられる京の瞳からさらに大粒の涙が零れる。

嗚咽が邪魔をして、呼びたい人の名前も呼べない京は武に向かって駆け出す。

 

 

「っと、誰だ?お前をそんなに泣かせる奴は」

 

「…ばかぁ……」

 

 

武はおどけるように言って、胸に飛び込んできた京を抱いて頭を優しく撫でる。

 

 

「ごめんな京、俺のせいで」

 

 

武の言葉に、京は胸の中で首を振ってから顔をあげて真剣な眼差しを向ける。

 

 

「守ってくれたよ?武がちゃんと守ってくれたから―」

 

「違うんだ京…違うんだよ」

 

 

武は京の言葉を遮り、肩に手をかけて自分の胸から離すと悲しげな表情を浮かべる。

 

 

「俺のせいなんだ…だから、俺はお前を助けたかった」

 

「武のせいじゃないよ!」

 

 

京の言葉に武は小さく首を振る。

 

 

「でも、俺にはどうする事も出来なかったんだ…」

 

「…武?」

 

 

武が何を言っているのか理解できないでいる京の頬に、武の温かい手が触れる。

 

 

「京と初めて会ったあの日、俺は親の目を盗んで小学校に行ったんだ。そして、誰も居ない教室で冷たい机の気持ち良さに眠ってしまった俺はお前と出会った…出会ってしまった」

 

 

それは、京の記憶にある初めて会った時の武の姿だった。

 

 

「あの時に俺が言った何気ない感謝の言葉が、お前の張り詰めていた心の糸を切ってしまうことになるとは思わなかったんだ」

 

 

武の頬に涙がつたう。

 

 

「…何を…武?何を言っているの?」

 

「あの日、お前は……命を絶ったんだ」

 

 

京の耳には確かに武の声は届いているのに、まるで聞いたことがないような言葉を聞くように、頭に入ってこない。

 

 

「……ぇ…」

 

 

混乱する京に武は言葉を続ける。

 

 

「張り詰めていた心の糸が切れてしまったお前は、これから続く辛い現実より俺の優しい言葉を最後に、衝動的に川に身を投げたんだ」

 

「…私が…川に?」

 

 

武の言葉に、不意に京の脳裏にあの日の光景がフラッシュバックする。

 

武との出会い。

優しい言葉。

現実の辛さ。

夕暮れの帰り道。

静に流れる川。

汚れた橋の手摺。

誰かが叫ぶ声。

逆さまになる風景。

冷たい水の感触に。

遠のく意識。

 

 

「……ぁ…じゃあ…私は」

 

 

京は自分の震える両手を見つめながら呟く。

その手を武が力強く握りしめて、京に真っ直ぐ語りかける。

 

 

「死がお前の夢を侵食し始めている、でも、今ならまだ間に合う。お前はお前が居るべき場所に帰るんだ」

 

「…居るべき場所?」

 

「そうだ」

 

「……武は?武はどうなるの?」

 

「俺はここが居るべき場所なんだ。あの日、命を絶ったお前と命を絶たれた俺。お前の意識か俺の意識か、或いはその両方が呼び合って生まれた残視、夢みたいなものだから…」

 

 

武が困った時にする顔に、京は強く首を振る。

 

 

「いやっ!やっと会えたのに私だけ行くなんて嫌だっ!!」

 

「京…事故に遭ったお前を助けた時に、俺に対する記憶が世界から消えた。次はお前に対する記憶が世界から消えて、この世界は終わる…それはお前の完全な死を意味する」

 

「…良いよ…目が覚めても辛い現実しかない、風間ファミリーだって私が作った夢なんでしょ?…なら良いよ…私はこのまま武と一緒に居たい」

 

「夢なのかもしれない、それでも生きていれば必ず良い事はある。物語は何時だって最後に幸せな事が待っているんだ。始まってもいないのに終わらせてどうする?」

 

「嫌だ!私と武の物語はここにある!ここが私の」

 

 

言いかけた京の言葉は、乾いた音で遮られた。

次第に熱を帯びてくる頬に手を当て、ようやく京は自分が叩かれた事に気づいた。

 

 

「俺はっ!……俺はもう、生きたくても生きられない…どんなに!どんなに願っても生きられないんだ!…でも、お前はまだ生きているんだ…生きられるんだ…辛いことも悲しいことも生きていなくちゃ感じられないんだよ」

 

「…たけ…る」

 

「頼む…京…生きてくれ。俺の分までなんて言わねぇ、自分の分を…生きてくれよ」

 

 

武は京を力一杯抱き締める。

永遠に離さないと誓うように。

そして、二人は唇を重ねる。

初めての口付けは、暖かく濡れた涙の味がした。

 

 

「…京」

 

「…武」

 

 

京はそっと腕に力を入れて、武の腕から身を離して背中を向ける。

口付けを交わした京の心に武の心が流れ込んできた。

誰よりも武がこの世界を終わらせたくないと知ってしまったから、だから京は行かなくてはならない。

武が張り裂けそうな悲しみを胸に秘めて初めて見せる強がりに気付かないふりをするために。

 

 

「…武…私、行くね」

 

「ああ」

 

「…この記憶は消えてしまうの?」

 

「ああ」

 

「…そっか…それでも私は、私の分だけじゃなくて武の分も生きていくよ」

 

「…ああ」

 

 

京は教室の扉へと歩き始めた。

武はそれを黙って見送る。

 

 

「…ねぇ武…何時も言ってた言葉、聞かせてよ」

 

「ああ…」

 

 

京は扉の前で足を止めた。

 

 

「…京、俺と…付き合ってくれ」

 

「……おと………お友達………で…」

 

 

何時もと変わらない口調で答えたかったのに、流れ出る涙がそれを許してくれなかった。

 

 

「それで良い、お前は振り返らず真っ直ぐ前だけを向いてしっかり歩いていけよ」

 

 

京の足元に、尽きる事の無い大粒の滴が零れていく。

 

 

「…たけ、る……たける……たける…たける…たける」

 

「お前達の中に俺が残らないのは残念だけど…次生まれ変わったら、この世界の様な家族に出会えますように…」

 

「たけるっ!!」

 

「じゃあな…京」

 

 

京は扉を開けて教室を出ていく。

武の優しい笑顔を背中に感じながら。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「……」

 

 

まわりが騒がしく声を上げている。

眩しさで薄くしか開けられない目の端に、父親の姿が見える。

 

 

「京っ!分かるか京っ!!」

 

「……お父、さん?」

 

「そうだ!お父さんだ!わかるんだな京!?」

 

「…うん……わたし」

 

「良かった…本当に良かった…」

 

「…ここは?」

 

「ここは病院だ。お前は川に落ちて、心臓も止まりかけてて…本当に良かった」

 

 

父親に強く握られた手とは反対の手に、何か握られているのに気づいて見ると、それは何処かで見たことのある髪留めだった。

 

 

「……」

 

「どうした京?何処か痛いのか?」

 

 

父親の言葉で、自分が泣いている事に気づいた京は小さく首を振る。

 

 

「…ううん、何処も、痛くないよ」

 

 

その髪留めを胸に抱いた京は、小さく呟く。

 

 

「…ありがとう」

 

 

誰に向けて言ったのか京自身でもわからない言葉は、病室に静かに消えていった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…おはよう大和、付き合って」

 

「おはよう京、お友達で」

 

 

寝起きのキスを回避して、大和は布団から抜け出す。

 

 

「…今日から夏服だから間違えないようにね」

 

「わかったから、その大袈裟に開けられた胸元のボタンを閉じて部屋から出ていってくれ」

 

「…私の事は気にしないで着替えて良いよ?」

 

 

大和は京の肩に優しく両手をおいて真剣な眼差しを向ける。

 

 

「…ぇ…そんな、朝から大胆」

 

 

京が頬を赤く染めて目を閉じると、大和は全力で京を180度回転させて部屋から追い出す。

 

 

「あ~んいけずぅ」

 

 

障子の向こうであがる抗議の声を無視して、綺麗に畳まれて用意されていた制服に着替える。

何時もと変わらぬ島津寮の日常だ。

 

 

「ふあ~~あ」

 

 

着替え終わった大和は大きな欠伸をしながら、洗面所へと向かう途中、まだ、入居者の居ない無人の部屋の前で足を止める。

 

 

「……」

 

 

何が気になったわけでもないのに、大和はその部屋のドアに手をかける。

部屋の鍵は、寮母である麗子がいつ入居者が来ても良いようにと、掃除をするためにかけられていないことを大和は知っていた。

部屋の中は大和の部屋とほぼ同じ作りになっているが、物が何も無い分広く感じる。

 

 

「…っと」

 

 

大和は一瞬、既視感の様なものを感じたが、ま

だ自分が顔すら洗っていない事に気づいて、部屋を後にすると、洗面所に入って顔を洗おうと鏡を見て気付いた。

 

 

「あれ?」

 

 

確認するようにそっと自分の頬に手を触れると、悲しくもないのに涙がひとすじ流れている。

あまり時間に余裕の無い大和は、その涙を欠伸のせいにして、顔を洗って眠気を覚ます。

洗面所を出る頃には、涙が流れていたことなど頭の片隅にも残っていなかった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おっす!今日から夏服で俺様の肉体美がよりいっそう輝きを放つぜ!」

 

 

大和達が島津寮を出ると、制服を着崩した岳人が何時ものポーズで出迎える。

 

 

「相変わらず無駄に筋肉だなガクト」

 

「…おはようガクト」

 

「おはようガクト、制服くらいちゃんと着ろ」

 

「おはようございますガクトさん」

 

 

挨拶する女性陣を見回して、うんうんと頷きながら岳人はだらしなく鼻の下を伸ばす。

 

 

「やっぱ夏服は良いねぇ…」

 

 

岳人はそう言った後に急に真顔に戻る。

 

 

「どうしたガクト?トイレにでも行きたくなったのか?」

 

「ちげぇよ!…なんかわかんねぇけど足りない気がしてよ」

 

「足りない?お前の脳みそか?」

 

「てめぇ朝から喧嘩売ってんのかよたっ」

 

 

そこまで言って岳人は言葉に詰まる。

少しだけ何時もと違う様子の岳人を見て、大和と京は首をかしげるが、クリスと由紀江は何故か、岳人が感じているものがわかるような気がした。

 

 

「自分も何か足りない気がするのだが…」

 

「わ、私も…よ、良くはわからないんですけど」

 

「…キャップが居ないからじゃない?」

 

 

京に言われて岳人は翔一が居ないことに初めて気付く。

 

 

「あれ?そう言えばキャップいねぇじゃん」

 

「キャップは土曜日から帰ってないぞ」

 

「相変わらずだな。俺様、キャップが朝から居るのなんて一回も見たことねぇよ」

 

「それは言い過ぎだろうガクト、自分は三回くらいは見たことがあるぞ」

 

「正確にはクリスさんが寮に来てから十六回です」

 

『おっと、今のは若干ストーカーチックな発言だぜまゆっち』

 

「気を付けますね松風」

 

「若干なのか?」

 

「…何時も通りと言えば何時も通り」

 

「はうぅ」

 

 

そんなやり取りに、岳人、クリス、由紀江の疑問は溶けるように消え、何時も通りの通学路を歩き始める。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おーーーっす!」

 

「おはよーー!!」

 

 

川原で合流する百代、一子、卓也に混ざって何故だか翔一が居る。

 

 

「あれ?なんでキャップ居るの?」

 

「なんか休み中に大冒険したらしく、川神院の門の前で力尽きていたのをあたしが朝錬の時に発見したのよ」

 

「いやぁ気付いたら道場で寝てたから焦ったぜ」

 

「どう考えてもワン子の方が焦ったでしょ!」

 

「俺、朝一にモロの突っ込みを受けると調子が上がるから好きだぜ」

 

「いきなり恐ろしい事さらっと言わないでよ!!」

 

 

そんなやり取りを百代が珍しく静かに見ている。

 

 

「どうしたの?姉さん」

 

「いや、なんかこう物足りない気がしてな」

 

「そう言えば最近挑戦者居ないもんね」

 

「それもあるんだが…とりあえずガクトでも撫でてすっきりするか」

 

「撫でるって絶対嘘じゃないっすか!!」

 

「はっはっはー嘘じゃないぞ?私にすれば撫でているようなものだ、そらっ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 

本人曰く撫でていると言う拳の弾幕が岳人を瞬殺する。

 

 

「もう終わりか?だらしない奴だな、お前も―」

 

 

言葉に詰まって百代は頭を掻く。

 

 

「なんだかすっきりしないみたいだね姉さん」

 

「いや、そう言うわけではないんだがな、まぁいっか」

 

「こんだけやってすっきりしないとか、俺様ただの殴られ損じゃねぇか」

 

「なんだ?すっきりするまでやらせてくれるのか?」

 

「全力で遠慮します」

 

「ほら、そろそろ行かないと遅刻するよ」

 

 

大和が促すと、翔一が嬉しそうに声を上げた。

 

 

「朝から楽しそうにしてんな!昔の俺らみたいだな」

 

 

それは全方から来る子供達に向けられたものだった。

 

 

「女三人に男五人、数まで昔の俺らと同じだな」

 

「そうだね……って男は四人でしょキャップ」

 

「あん?俺と大和とガクトとモロと…そっかそっか四人だよな」

 

「なんか違和感無くてそのままスルーするとこだったよ」

 

「まぁ今も人数増えただけで変わってない気がするけど、ほんと朝から元気だなぁ」

 

 

風間ファミリー全員が見守る中、昔の自分達の様に仲良く少年少女達が前から駆け抜けていく。

京は一人、その子供達を見送るように足を止めると、それに気付いた一人の少年が同じ様に足を止めた。

ぼさぼさの髪にあちこち絆創膏だらけで、まだ朝の登校時間なのに既に洋服は土で汚れていて、いかにもやんちゃそうな少年だ。

そのやんちゃそうな外見とは不釣り合いなほど、可愛らしい髪留めを少年がしている事に京は気付いた。

しかし、不釣り合いの筈なのに、何故かとてもその少年に似合っているように感じる。

 

 

「…可愛い髪留めだね」

 

「うん!俺の宝物なんだ!!」

 

 

京の言葉に、少年は少し照れたように鼻を指で擦りながら元気に答えた。

そんな少年を友達が遠くから呼ぶ声がする。

 

 

「おいてくぞー!はやくこいよたけるー!!」

 

「おーー!!」

 

 

少年は振り向いて、空に拳を突き上げて答える。

 

 

「…たける…武君って言うんだ」

 

 

京はふと何かを思い出しそうになるが、それが何かは分からずに、すぐに心から消えていく。

 

 

「うん!お姉ちゃんは?」

 

「…私は…京、椎名京」

 

「京お姉ちゃん…良い名前だね!それじゃあね京お姉ちゃん!」

 

「…さようなら、武君」

 

 

少しだけ頬を赤らめて、元気良く仲間の所に駆けて行く少年の背中を見送る。

 

 

「おーい京、何してんだおいてくぞー?」

 

「京ー!遅刻するわよー!!」

 

 

自分を呼ぶ声に振り向くと、大和と一子、その後ろには風間ファミリーの全員が京を待っていた。

京が一歩を踏み出そうとした時、不意に温かい手に優しく背中を押された。

 

 

―行ってこい―

 

 

京は何故だか分からずに、込み上げてくる振り返りたい気持ちを抑え、瞳に滲んだ涙を拭ってそのまま前を向く。

 

 

「…行ってきます」

 

 

自分を待ってくれている家族のもとに向かうために。

ただ、真っ直ぐ前だけを向いて歩き出す。

 

 

 




一ヶ月もお待たせして申し訳ありません。
仕事は二月の前半で落ち着いたのですが、考えがまとまらなくて、全然書けずに今日まで来てしまいました。
本当は後二話くらいかけて、ゆっくりと分かりやすくやりたかったのですが、考えれば考えるほど終わりから遠のいてしまうので、お待たせするよりは良いだろうと終わらせました。
疑問点は多々あると思いますが、何となくこんな感じのお話をかきたかったんだな、くらいの軽い感じで受け取っていただけたら幸いです。
次回はアフターでラブラブなものを書けたら良いなと思ってます。
恐らく一話完結になるとおもいます。

ではまた次回で。



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