真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第三話~新聞記事~

 

 

「とりあえず、キャップからの連絡は以上だ」

 

 

大和の携帯に、翔一からの沖縄での情報が送られてきていた。

泊まった宿に武を覚えている者は居らず、遊んだ場所にも特に痕跡は無い。

箱根であった占い師の話しが、沖縄での成果であった事。

 

 

「運命を遡って探す…」

 

 

京は翔一が占い師に言われた言葉を繰り返す。

 

 

「俺らの今日の成果だけど、モロ」

 

「うん」

 

 

モロはノートパソコンを取り出して、昼間図書館で集めた資料を見せる。

 

 

「京に教えてもらった武の両親の記事はまだ見つけられないんだけど、昔の川神の住宅地図に二条って苗字の家を見つけたんだよね」

 

 

それは島津寮から少し離れた場所ではあったが、京達が幼い頃に遊んでいてもおかしくは無い距離にあった。

 

 

「この二条って武の家の事かな?」

 

 

卓也の問いに京は顔を曇らせる。

 

 

「ごめんね…私、と言うかたぶん誰も武の家に行った事がないの…武は自分の家庭環境が好きじゃなかったみたいだから、私達もそこには触れないようにしていた」

 

「そっか…」

 

「せっかく調べてくれたのにごめんね」

 

「良いよ良いよ、京が知らないって事はここが武の家だった可能性があるわけだし、モモ先輩やワン子にこの周辺で聞き込みをしてもらえば何かわかるかもしれないし」

 

「だな、あとは姉さんとワン子は何か成果はあった?」

 

「ああ、私達は無かったが…京」

 

 

百代に促されて、京は見つけた髪留めを皆に見せる。

 

 

「これは、私が武にあげた髪留めで、事故現場にあったの…ただ」

 

 

京はこの髪留めを見つけたときに涙を流して喜んだが、それと同時に不安も感じていた。

 

 

「私も事故から目を覚ました時に髪留めをしていなかった…私はこの髪留めを沖縄で武にあげたのだけど、皆の記憶では事故前の私はこの髪留めをつけていた?」

 

 

全員がその髪留めを見ながら自分の記憶を探る。

 

 

「京の顔とセットでその髪留めが浮かぶが、絶対その日につけていたかと言われると正直覚えていないな」

 

「自分も大和と同じだ。日常の光景過ぎて記憶に残らないと言った方が良いのか」

 

「確かにな。キャップのバンダナみたいに無いと違和感があるようなでかいものならともかく、小さい物だと俺様も覚えてねぇ」

 

 

他の面子も大和達と似たようなものだった。

何故か何時も見た居たはずの髪留めの事を考えると、記憶が曖昧になって思い出せない。

だが、それは逆に髪留めが武の物である可能性を示すもので京には救いになっていた。

 

 

「今のところそれが武の存在を唯一示すものか」

 

「…うん」

 

 

京は再び髪留めを胸に抱く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「ここに居たのか大和」

 

 

金曜日集会が早々にお開きになった後、大和は屋上に来ていた。

 

 

「姉さん…」

 

「考え事か?…って、今考える事は一つしかないか」

 

「うん…なんで京だけが覚えているのに俺達は覚えていないのかを考えてた」

 

「忘れた理由か、私達と京では何が違う?同じ武の家族として」

 

「京の話しから、家族としては同じだったと思う…唯一違う所は武が京を家族としてでは無く好きになった事」

 

「そして、京も武を家族としてでは無く好きになった事、か」

 

「でも、それだと俺は違和感を感じるだよね」

 

「違和感?」

 

 

大和は夜に染まる川神の街を見下ろす。

車の行き交いが夜の闇を照らしている。

そして、大和は仮定の話しだけどと言葉を続ける。

 

 

「もし、あの事故が武が京の前から消えなくてはならない理由だったとして、消えた理由はいくつか考えられるけど、最も可能性の高いものとして俺が考えられるのは、武の身に京には耐えられない不幸が起きたって事」

 

「それは…」

 

「あくまで仮定の話しだよ?でも、武が誰よりも京を思うならこう言う場合は京の記憶が消える方が普通、まぁ起きてる事自体が普通じゃないからあれだけど、そうなるのが京のためじゃないかなって思うんだよね」

 

「確かにな…京の記憶だけ残っているのは、武が京を思ってしたことなら不自然だな」

 

「武が人の記憶を消せたり出来るって全てが仮定の話しでしか成り立たないけど…京の記憶だけが残った適当な理由が思いつかないんだよね」

 

 

大和は考えれば考えるほど、何時もと同じ結論に辿り着いてしまう。

しかし、それは大事な家族を疑う事になる。

 

 

「それに…」

 

 

大和は考え込むように呟く。

 

 

「まだ何かあるのか?」

 

「あの占い師の言葉が妙に引っ掛かるんだよね」

 

「運命を遡って探す、か…どういう意味だ?」

 

「色々な解釈出来るけど、運命を人生の岐路だと考えるとどうかな?」

 

「京と武の岐路は小学四年の出会いの時か」

 

「そこが京にとっては最初だろうね」

 

「京にとっては?」

 

「うん…占い師の言葉が武に向けられたものだと考えるなら、武には京に出会う前に大きな岐路があった」

 

 

大和は京から聞いた武の生い立ちを思い出す。

 

 

「大和…」

 

「明日も俺は図書館にこもるよ。武の人生で最初の運命に何か答えがある気がするんだ」

 

 

勘だけどねと自嘲する大和はこの後、予想もしなかった答えと対面することになる。

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「おはよー!」

 

 

朝日が昇り始めた島津寮前に、タイヤを引き摺る音を従えて一子が姿を見せる。

 

 

「…おはようワン子、相変わらず朝から元気だね」

 

「だってせっかく京が朝の鍛錬に付き合ってくれるって言うんだもん」

 

「愛い奴め」

 

 

京は一子の喉下を優しく撫でる。

 

 

「にゃふ~ん♪」

 

 

気持ち良さそうに目を細める一子。

そんな日常のやり取りの中で、ふと京は気になる。

 

 

「ワン子、何時もよりタイヤ多くない?」

 

「え?そうかな?」

 

 

一子が今朝引き摺ってきたタイヤは六つ、タイヤを引いていること自体は何時もの事で見慣れてはいるが、一度に六つのタイヤを引いているのは見た事が無い。

 

 

「…あ」

 

 

京は少し前に武が言ってた言葉を思い出す。

 

 

「どうしたの?」

 

「…武がね…ワン子と走りに行くと何時も帰りにタイヤを引かされてたの」

 

「そうなの?」

 

「…うん、その時に武が言っていたんだけど、ワン子は俺にタイヤを引かせる為に、何時もの鍛錬より必ず多くタイヤを引いて来やがるんだよって良くぼやいてた」

 

 

少しだけ微笑む京に一子も嬉しそうに笑う。

 

 

「無意識でそうしたって事は、あたしの体が武の事を覚えているって事じゃない!?凄いぞあたし!」

 

「…ワン子」

 

「よーし!京も帰りに一緒にタイヤ引いて帰ろう!」

 

「…お断り」

 

「えー!?ノリ悪い~」

 

「帰りはワン子が引くタイヤに乗って帰るからよろしく」

 

「ぎゃーー!ノリが悪い上にスパルタだわ!」

 

「…さ、ここで騒いでてもしょうがないからいこっか」

 

「おー!それじゃあ何処に行く?」

 

「ワン子にお任せコースで」

 

「それじゃあ七浜まで走って砂浜でダッシュなんて言うのはどう?」

 

「…良いよ、お手柔らかにね」

 

「京なら平気平気♪」

 

 

二人は朝日を背にして走りだす。

奇しくも、それが武と一子が好んで走っていたコースだとは知る由も無く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「いたいた、まゆっちからの昼飯の差し入れ持ってきたぜ」

 

 

岳人の姿に時計を見ると、既にお昼を回っていた。

大和とモロは大きく伸びをして、目頭を押さえる。

 

 

「進み具合はどうだ?」

 

「ようやく京が武と初めて会った年代まで来たよ」

 

「と言っても、それがどれだけ進んでいることになるのか分からないけどな」

 

 

苦笑いする大和とモロに、岳人は弁当を渡す。

 

 

「俺様は家で食ってきたから交代だ」

 

「ああ、ラウンジで食べているから何かあったら呼んでくれ」

 

「任せとけ、こう言う細々したのは性に合わねぇが、そうも言ってられねぇからな」

 

 

指を鳴らしてパソコンに向き合う岳人に礼を言いながら、大和と卓也はラウンジに向かう。

 

 

「流石にちょっと疲れたね」

 

「六時間もずっとモニターとにらめっこだからな」

 

「でも、本屋の店長さんには感謝しないと」

 

「まさか図書館の館長と知り合いとは」

 

「おかげで、本来の開館時間よりはやく入れているから作業がだいぶ捗るね」

 

「ああ、ただ、何か結果が出てくれないと…」

 

「大和…根を詰めすぎるのも良くないから、今はまゆっちのお弁当を食べながらゆっくりしようよ」

 

「だな」

 

 

二人はラウンジで由紀江が作った弁当を広げる。

栄養のバランスがよく考えられ、好みにもあったおかずに大和と卓也は感謝をこめて手を合わせた。

 

 

「モロはさ、今回の件をどう思ってる?」

 

 

大和は唐揚げを頬張りながら卓也を見る。

 

 

「僕は、不謹慎かもしれないけど、こう言う不思議な事に皆より興味があるから、遣り甲斐があるし、武が居たって言うのも信じられるよ」

 

「そう言えば、この手の話を良くネットで見てたよな」

 

「うん、でも…実際に自分のファミリーに起こるとは想像も出来なかったけどね」

 

「それは全員がそうだろ?」

 

「まぁね…事故での無傷、髪留め、十数年前に存在していた二条家、不確かなものばかりだけど、それが少しでも武に繋がっていると良いね」

 

「そう願うよ」

 

 

考え込みながら二人が再びお弁当のおかずに箸を伸ばした時だった。

突然、大きな音と共に、ラウンジのドアが壊れそうな程の勢いで開いた。

 

 

「大和っ!!モロっ!!」

 

 

血相を変えて入ってきた岳人は、司書に注意されているのにも気づかず、二人のもとに駆け寄ると、強引に腕を掴んで立たせる。

 

 

「お、おいどうしたガクト!」

 

「わわっ!?いきなりどうしたの!?」

 

「ありえねぇ!ありえねぇんだよ!!」

 

 

二人の抗議の声も聞かずに、岳人は無理矢理引きずるように、大和と卓也をパソコンのある部屋まで引っ張っていく。

その尋常じゃない様子に、大和と卓也は声もかけられない。

 

 

「これだよ!なんだよこれ!?説明してくれよ大和!」

 

 

パソコンの前まで来ると、岳人は大和を椅子に座らせて、モニターにうつるある記事を震える指先で指し示す。

 

 

「お、落ち着けよガクト、いったい何が」

 

「良いからこれっ!!」

 

 

大和は問答無用の岳人が指差す記事に目を向ける。

記事を読み進めていく大和の表情は、後ろから見ていた卓也にもはっきりと分かるほど狼狽していった。

 

 

「なに?大和、何が書いてあるの!?」

 

「…なん、だよこれ」

 

 

卓也の問いかけに、大和は体をずらして卓也にモニターを見せる。

そこには、大和達が探し求めていた記事が小さく載っていた。

しかし、その内容に卓也も絶句する。

 

 

 

川神市の住宅街で起きた死亡事件。

着衣に乱れはなく部屋に荒らされた形跡もない。

また、家の内側から鍵が掛かっていた事から、警察は無理心中と見て捜査を進めている。

死亡したのはこの家に住む二条夫妻とその一人息子である二条武君(九)と見られる。

 

 




気が付けば年が明けてました。
今更ですが、皆様明けましておめでとうございます。
年末からの忙しさが続いており、こんなに更新が遅くなって申し訳ないです。
二月になれば落ち着くと思うので、それまではご勘弁ください。
さて、この話もあと一話か二話で終わります。
そしたら、お待たせしていたアフターでラブラブな話を書きたいと思います。
…と言うか更新遅くて読んでくれる人がいなくなってたり。

ではまた次回で。


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