これは第二十四話の後のもしもの話です。
正直、マジ恋の世界観には合わないかも知れないのと、私の個人的に好きな展開なので、そう言うのが苦手な方はそっとページを閉じてください。
ここまで来たらお前の妄想の一つや二つくらい付き合ってやるよと言う方のみでお願いします。
「……ん…」
京は瞼の裏にあたる光で、意識が覚醒していくのを感じる。
眩しさに薄目を開けると、そこには白い綺麗な天井が見えた。
「京っ!?おい!分かるか京!!」
「京!」
「京!返事をしろ!」
「京さん!わかりますか!?」
次々にかけられる声に、重い首を動かして回りを見ると、そこには見慣れた顔ぶれがある。
「…モモ先輩?…ワン子…クリス…まゆっちも…」
「ああ、わかるんだな?」
「…うん…私…いったい…」
「覚えてないのか?お前、事故に遭ったんだぞ?」
「…事故?…私が?」
「ああ、葵冬馬から連絡があった時は生きた心地がしなかったぞ…本当に無事で良かった」
「まったく心配かけやがって」
「ガクトなんて慌てて、危うく病院の自動ドアを突き破る所だったんだから」
「…ガクト…モロ…」
「俺と大和もニケツして、危うく捕まるところだったぜ!」
「まぁ川神のOBで、事情を話したら見逃してくれただけだけど…あんまり心配させんなよ」
「…キャップ…大和…心配かけてごめんね」
「気にするな、京が無事で本当に良かった」
「…そっか…私、事故に……事故……っ!?」
京は一瞬考え込むように黙ったと思うと、急に目を見開いて起き上がり百代に掴み掛かる。
「た、武は!?武はどうなったの!?」
「お、落ち着け京」
「教えてモモ先輩!武は、武は無事なの!?」
百代は戸惑った表情を浮かべるだけで京の問いに答えない。
京は嫌な予感と共に、大和、翔一、一子、岳人、卓也、クリス、由紀江の顔を見回すが、全員が百代と同じ様に戸惑った表情を浮かべている。
「…なんで?何で教えてくれないの!?ねぇ!モモ先輩!!」
「落ち着けっ!!!」
百代の厳しい声に、はっとして力一杯掴んでいた百代の肩から手を離す。
そんな京に、百代は優しく微笑み掛ける。
「落ち着け京、落ち着くんだ…お前は事故に遭って少し混乱しているんだ。だから、まずは深呼吸するんだ」
「……うん」
諭すように言う百代の言葉に、京は深く息をすって吐き出す。
それを何度か繰り返していると、意識が完全に覚醒して冷静な思考が戻ってくる。
「私の話を落ち着いて聞ける様になったか?」
「…うん…取り乱してごめんなさい…」
「気にするな。順番に話すぞ?まず、お前は事故に遭って病院に運び込まれたが、医者の話では無傷だそうだ。ここまでは良いか?」
「……」
京は静かに頷くが、違和感を感じていた。
百代が一番最初に武の事に触れないことに。
「体で何処か痛む所、違和感がある所はあるか?」
百代の言葉に自分の体を確認するが、痛む所も違和感がある所もない。
しかし、それにも違和感を感じる。
「…大丈夫」
「そうか…」
百代を始め、風間ファミリー一同は安堵の息を漏らす。
「次に京の質問だが…」
百代が少し躊躇った事で、京の不安は一気に膨れ上がる。
しかし、次に百代が発した言葉は、その不安すら忘れる程、理解の出来ないものであった。
「教えてくれ、武とは…誰だ?」
「……え?……な、何を言っているの?」
「いや、京の知り合いか?私はその武とやらを知らないのだが…」
京を気遣う様に言う百代が、冗談を言っているようには見えないが、京は百代が何を言っているのか理解ができない。
「…私、事故に遭って…武が助けてくれたから無傷で…ね、ねぇ、武だよ?」
呟くように言いながら全員の顔を見回すが、その顔は何と答えたら良いのか分からずに戸惑っている様で、よりいっそう京を混乱させる。
「ね、ねぇ大和、水羊羹とヤドカリの話しで良く喧嘩したよね?」
「京…」
「ねぇワン子、休みの朝は何時も一緒に走りに行ってたよね?」
「み、京…あたし…」
「ねぇガクト!毎朝の様に寮の前で喧嘩してたよね!?」
「京、落ち着け、な?」
「…どうして?…どうして誰も覚えて無いの!?ねぇキャップ!?モロ!?クリス!?まゆっち!?」
京の悲痛な訴えに、翔一達はただ、ただ困惑の表情を浮かべる事しか出来ない。
「どうして?…大事な家族なのに…忘れるなんて………っ!?」
京は気が付いたかのようにベッドから起き上がって病室を出て行こうとするが、百代たちが慌てて止めに入る。
「落ち着け京!無茶するな!!」
「離してっ!!写真!竜舌蘭の前で撮った写真を見れば…お願い行かせて!!」
「わかった!写真だな?私が行って取って来るから、だから落ち着いてくれ京」
心配そうな表情を浮かべる百代の、懇願にも似た言葉に京はその場に力無くへたり込む。
「大和、ニ分で戻る。京を頼む」
百代はそれだけ言うと、病室の窓を開け放って平然と飛び降りるように基地へと向かった。
「京、ほら自分の肩に摑まれ」
「あ、あたしの腕にも摑まって」
一子とクリスは心配そうに京を両方から支えてベッドに座らせる。
「…写真……写真を見れば…」
うわ言の様に呟く京を心配そうに見守る大和に、翔一が耳打ちをする。
「大和…武って名前に聞き覚えはあるか?」
「人脈の中に居ない事はないけど、京が知っているとは思えない」
「そっか…」
「キャップは?」
「俺もさっぱりだ…ただ、さっきの尋常じゃない様子から京の大切な人なのは間違いないとは思うが」
「ああ、しかも俺達も知っているような口ぶりだった」
大和は岳人、卓也にも視線を送るが、二人とも首を横に振る。
「…武…いったい誰だ?」
「戻ったぞ!」
出て行った窓から百代が病室内にはいってくると、京が縋る様に百代に詰め寄る。
「写真、写真は?」
「あ、ああ…これで良いのか?」
百代は子供の頃に竜舌蘭の前で撮った写真を京に渡す。
「……そ…んな…」
京は写真を持ったままその場にへたり込む。
その写真には、子供の頃の京達が写っていた。
大和も百代も翔一も岳人も卓也も写っているのに、写っていて欲しい人が写っていない。
「…どうして…うぅ…どうして?…たけるぅ……」
京の涙が一滴、また一滴と病院の床を濡らす。
「京…」
百代達が慰めるように京の側に行く。
その時、病室の扉をノックして一人の男が入ってきた。
「葵冬馬…」
「失礼します。おや?京さんは目覚めたようですが、何か問題でもありましたか?」
「いや、問題は…」
「少し宜しいですか大和君」
大和は百代を見て、視線で京を頼んで冬馬と廊下に出た。
「先程の話、聞かせてもらいました」
「聞いてたのか」
「あれだけの大声ですから、聞こえてしまったんですよ」
「…葵冬馬、京は」
「検査では何も以上はありませんでしたよ」
冬馬の言葉に大和は胸を撫で下ろす。
「可能性として、事故のショックから、夢と現実を混同してしまっている状態になっているのかもしれませんが…」
珍しく言葉を濁す冬馬に、大和は怪訝な顔を向ける。
「な、なんだよ?何かあるのか?」
「先程、英雄から事故の詳細について連絡がありました」
「九鬼から?…どういう事だ?」
「事故を起こしたのは九鬼財閥の末端の会社のトラックで、運転していた者は飲酒をし携帯電話を使用していたと」
「……」
大和は絶句する。
事故の状況は最悪で、一歩間違えれば間違いなく京は命を落としていたのだから。
「ただ、ありえないんですよ」
「な、何がありえないんだ?」
「それだけの事故に巻き込まれて、無傷で済むと思いますか?モモ先輩じゃあるまいし」
「それは…う、運良くぶつからなかったとか?」
「車には人を跳ねた跡があったそうです」
「な、何が言いたいんだ?」
冬馬は一呼吸おいて、真剣な眼差しで大和を見る。
「あまり非科学的な事は医者の息子として言いたくないのですが、誰かに守られていたと言う京さんの説明が一番しっくり来るんですよ」
「そんな馬鹿な…じゃ、じゃあその京を庇った武って言うのは何処に行ったんだ?そもそも、それだけの事故なら血痕だって残るだろ?」
「はい、だからありえないんですよ。ありきたりではありますが、奇跡と言ってもおかしくない程です」
「…奇跡」
「仮に、京さんが言っている事が正しくて、私達の方が忘れている。そんな風にも考えられるほどにね」
「そんな事が、あり得るのか?」
「わかりません。ただ、あり得ないような事が起こるのは、川神では良くあることじゃないですか」
「…そうだな…全てを否定しても何も始まらない、か」
「京さんは何時でも退院出来ますので、あ、後、支払いは英雄が全額持つそうです」
「そうか、九鬼に礼を、葵冬馬…お前にも」
「伝えておきます。私へのお礼ならデートが嬉しいのですけど」
「却下だ」
「それは残念です。では」
大和は冬馬の背中を見送り、病室に戻る。
そこでは、まだ立つことも出来ずに泣いている京の姿があった。
「皆、聞いてくれ」
京以外の全員の視線が大和に集まる。
「俺は、京の話を信じようと思う」
「……え?…」
驚いて顔を上げる京に、大和は優しく微笑む。
そして、今、冬馬に聞いた話を全員にきかせる。
「正直、そんな事があるはずが無いと思っている自分がいるけど、京の事は百%信じられる。だから、疑う自分を信じず京を信じようと思う」
「大和…」
「おもしれぇ!その話、俺も乗るぜ!!俺達が忘れちまった家族を探すなんて、その辺の遺跡何かよりよっぽど面白そうだぜ!」
「キャップ…」
「私も当然乗るぞ。京をこんなに泣かせた武って奴…いや、武を一発殴らないと気がすまないな」
「モモ先輩…」
「難しい事はわからねぇが、俺様と喧嘩してたって言うなら興味あるぜ」
「岳人…」
「僕は元々そう言う話し、結構信じる方なんだよね」
「モロ…」
「あたしは最初から京を信じていたわ!京が居るって言うんだから絶対に武はいるわ!」
「ワン子…」
「現実的ではないな…と、昔の自分なら言っただろうが、京、信じるぞ!」
「クリス…」
「わ、わたしも信じます!」
『九十九神がここに居るんだぜ?忘れた人間くらい居るんじゃね?』
「まゆっち…」
全員が京に手を差し出す。
「…私…」
京は涙を手で拭って一人で立ち上がる。
その顔に先程までの悲壮感は無い。
「…皆…私に力を貸して」
全員が力強く頷く。
「…武…必ず、もう一度……」
予定では二話で終わらせるようにしようと思っていたのに、何故か話が大きくなってしまいました。
それでも、なるべく短くしようと思いますので、お付き合いよろしくお願いいたします。
これが終わったらアフターを書こうかと考えていますがまだ未定です。
そして、癖で同じ更新頻度で更新してしまった…。
ではまた次回で。