「…今日は黄色い水仙だよ」
京は花瓶の花を取り替えながら、武に話しかける。
「…花言葉がね、今の武に…違うね。…今の私にぴったりだったんだ」
病室に置かれたカレンダーは十二月。
今日で、武が眠りについてから三ヶ月が経っていた。
「…ねぇ武、今年のクリスマスは何をしてくれるの?去年は特大の水羊羹でケーキ作ってくれたよね」
京は携帯に保存してある写真を見せる。
「結局、自重に耐えられなくてなって崩れて大変だったよね」
写真の中には笑顔の武とファミリーがいる。
何でもない日常が、こんなにも幸せだったのかと、失って初めて気が付く。
「…少し冷えるからカーテン閉めるね」
ふと、窓際で空を見上げると、白い妖精が舞い降りてきていた。
「…雪」
窓を少しだけ開けて手を差し出すと、掌に落ちた雪は小さな冷たさを残してそっと消える。
川神の街に冬が訪れていた。
☆ ☆ ☆
大和と翔一は並んで廊下を歩いていた。
放課後の学園は、冬休み前と言うこともあり、多数の生徒たちで賑わっている。
しかし、二人は無言だ。
あの自由人、風間ファミリーのキャップである風間翔一ですら一言も発しない。
それだけ、今向かっている先に待ち構えているであろう話は、重いものだと感じていた。
「五分前行動とは良い心掛けだな」
屋上に続く階段の前では、九鬼従者部隊序列一位にして英雄の専属従者である忍足あずみが待っていた。
「英雄様がお待ちだ」
言って空けられたあずみの脇を通って二人は階段を上る。
屋上に出る扉を開けると、冬の冷たい空気が吹き込んで体を針で刺されたような気分になる。
「来たか…」
「お前から呼び出しとは珍しいじゃねぇか…って言っても、内容はわからねぇけど話って言うのは武の事だろ?」
「察しが良いな風間、話とは二条武の事だ」
「九鬼英雄、お前には感謝しているよ…武の命が助かったのはお前のおかげだ」
「その事は良いのだ直江、非は全て此方にあるのだから」
大和はその言葉を聞いて、自分が予想していた最悪の話、つまりは財力による九鬼の後ろ楯が無くなるかもしれないと言う話ではないことがわかり内心安堵する。
「で?話って言うのは?」
「うむ…」
珍しく英雄が言葉を出すことを躊躇う。
それが、大和と翔一に言い様のない不安を感じさせる。
「質問だ、直江、風間。お前達は今後どうする気だ?」
質問の意味は二人にはわかっている。
しかし、その意図が分からない。
「どうするもこうするもねぇ!武が目覚めるまで俺達が面倒を見るだけだ!」
「それは、風間ファミリー全員で話し合って決めたことなのか?」
「ちゃんと話したわけじゃない、だけど全員キャップと同じ気持ちだ」
「そうか…それが例え何年でもか?」
「当たり前だ!!」
「直江も同じ答えか?」
英雄の質問に大和は出かかった言葉を飲み込む。
幾度となく大和はその事を考え続けてきた。
「どうした大和!なんでそこで黙るんだよ!」
「それはな、直江が誰よりも現実的に考えているからだ」
「現実的、だと?」
「そうだ、人一人の命を背負う重さを貴様は理解しているのか風間」
「そんなの理解するまでもねぇ!武は俺達の家族だ!家族の命ならどんなに重くったって背負ってやるぜ!!」
「では、今から九鬼はこの件から手を引くと言ったらどうする?お前達に二条の医療費が払えるのか?」
「それは!…」
翔一は唇を噛み締める。
想いだけではどうすることも出来ない現実が有ることを、翔一達は身をもって知っていた。
「これから先何十年と二条が目覚めなければどうする?」
「…何が言いたいんだ?」
九鬼は一呼吸置いて覚悟を決める。
「諦める事も選択肢の一つでは無いのか?」
瞬間、大和が止める暇もなく翔一は英雄を殴り飛ばしていた。
尚も殴り掛かろうとする翔一を大和が羽交い締めで止める。
「落ち着けキャップ!!」
「離せ大和!!」
「落ち着けって!英雄がわざと殴られたのが分からないのか!!」
「なっ!?」
英雄は切れた唇から流れる血を拭いながらゆっくりと立ち上がる。
「やはり直江も呼んでおいて正解だったな…勘違いするなよ風間、諦めろと言ったわけではないぞ?それも選択肢に入れるべきだと我は言ったのだ」
「同じことだろうが!!」
「違う!…先程言った事を言い方を変えて言おう、もし九鬼が事業に失敗し無くなる事になったらどうする?」
「そんな事」
「あるわけないか?残念ながら今の世の中に絶対と言うものはない、それが先程直江が即答しなかった理由だ」
翔一が大和を見ると、大和は伏せ目がちに英雄の指摘を肯定した。
「それにお前は冒険家になる夢を諦めるのか?お前だけではない、風間ファミリーは全ての夢を諦めて二条の為に人生を捧げるのか?それで良いのか?」
「家族の為なら夢くらい」
「我が聞いているのはそう言うことではない!二条武がそれを良しとするのかと聞いているんだ!」
そんな事を武が望むはずがない。
それは風間ファミリーの誰もが分かっていた事であり、翔一は英雄の言葉に一言の反論もできないまま膝をつく。
見かねた大和が口を挟む。
「何故だ?何故今そんな事を言うんだ…まるで武の意思を代弁するかのように」
「…これは我が友、葵冬馬より預かった物だ。冬馬はこれをお前達に見せるべきか悩んだ末、我に託したのだ」
そう言って英雄が取り出したのは一枚のカードだった。
「な、なんで…」
大和はそのカードを見て愕然とする。
そして、恐る恐るそのカードを英雄から受けとると、大和は震える手でカードの裏を確認した。
「なんだよ大和…それは何なんだよ?」
「これは…臓器提供意思表示カード……武の残された、意思だ」
「…残された、意思?」
「二条武が…いや、何も言うまい。我からの話は終わりだ。そのカードはお前達がどうするか決めるべきもの、確かに渡したぞ」
英雄は二人の返事を待たずに屋上を後にした。
「英雄様っ!?」
少し腫れた英雄の顔を見てあずみは驚きの声をあげる。
「良いのだあずみよ…これしきの怪我、あやつらの心の痛みを思えばどうと言う程の事ではない」
「英雄様…」
「我もまた、無力だな」
英雄は自分の想い人の顔を浮かべて、拳を固く握りしめる。
「我は教室に戻る。暫しの間、屋上には誰も入れぬようにいたせ」
「英雄様…かしこまりました」
英雄の背中を見送りながら、あずみは深々と頭を下げた。
屋上では翔一が大和に詰め寄っていた。
「な、なんだよ武の意思って…臓器提供?なんだよそれは…なぁ大和!」
「これは…脳死、または心臓停止した後、臓器を提供するかどうかの意思を示すもの」
「じゃあ武は…」
「違うよキャップ…あいつは、たぶん自分が事故に遭うなんて考えてもいなかったと思う…家族のために何か出来ることを考えていた時の、沢山の選択肢の中の一つにたまたまこれがあっただけで」
「なんだよそれ、じゃあ武のちゃんとした意思ってわけじゃないないんだろ?冗談半分で書いただけだろ?」
大和は静かに首を横に振って、翔一にカードの裏面を見せる。
そこには、しっかりとした字で武の名前と日付、必要事項が全て書き込まれていた。
「選択肢の一つだけど、武が本気で書いたのは、わかりたくないけどわかる…キャップだって本当はわかっているんだろ?」
大和の言葉に翔一は目を反らす。
「なんでだよ…なんでこんなもの残してんだよ武…なんでだよぉ」
何時も嬉しかった武の家族を思う気持ちが、今は全然嬉しく無いのが悔しくて、翔一の目から涙が溢れる。
「ほんと…あいつの家族想いは異常だよ…こんな、こんなものまで……なんで……なんでだよっ!?武!!俺らにはお前を助ける事すらさせてくれないのかよ!!なんでお前はっ!!」
「こんな事されたって嬉しくねぇぞ武!!馬鹿野郎!!馬鹿野郎!!!」
大和と翔一は何度も何度も地面を殴る。
拳から血が出ているのにも構わず、自分達の無力さを嘆くように、何度も何度も。
「武っ!!!!」
屋上に二人の声だけが虚しく響いて、冬の冷たい空に消えていく。
これ本当に真剣恋かってくらい暗くなってきなした。
色々細かいところは現実と変えてますのでご了承ください。
残り三話予定…ちゃんと終わるかな?
ではまた次回で。