「美味しいわ、ぐまぐま」
一子は鉄心に持たされたお見舞いのフルーツを幸せそうに頬張る。
「…林檎も食べる?」
「わーい♪食べる食べる、武、何時までも起きないとお見舞い品は全部あたしが食べちゃうからね」
京は林檎を一つ取ると、器用に剥き始めた。
ふと、一子が何かをメモしているのが目につく。
「…ワン子、何書いてるの?」
「これ?これは武が走りに行くのをさぼった日数と、あたしが考えたリハビリ用のトレーニングメニューよ」
「…リハビリ用?」
「そう、これだけ寝てたら衰えるのは当然だからね。でも、衰えていくのに合わせてその時のベストメニューを考えておきたいから、こうして少しずつ書き換えているの」
一子の迷いの無い心が京は羨ましかった。
京は武が起きると信じているが、不安が無いわけではない。
「…ワン子は…どうしてそんなに迷い無く信じられるの?」
京の質問に少し考えてから、何時ものようにあははと笑って一子は答える。
「あたし馬鹿だし、言われた事は何でも信じちゃうからかな?」
「…言われた事?」
「あ、そんな大したことじゃないんだけど、武にね」
☆ ☆ ☆
「せやあぁっ!!」
一子の鋭い蹴りを武は片腕でガードする。
しかし、腕に当たる直前で急に軌道が変わり、振り上げられた足を見た時には、既に武の頭に踵落としが入っていた。
「にぎゃっ!?」
潰れたような変な悲鳴をあげて、頭を押さえながらしゃがみこむ武。
「まだまだね!!」
「てめぇワン子!寸止めって言ったじゃねぇか!!」
「あれ?そうだっけ?」
「そうだっけ?じゃねぇよ!!」
「良いじゃない、どうせ大して効いて無いんでしょ?」
「ワン子、ちょっとこっちおいで」
「何々?ギャー!!痛い痛いいたーい!!」
武はワン子のこめかみを拳で挟んでぐりぐりする。
「打たれ強いからって痛くないわけじゃねぇんだよ!!」
「分かったわよ!謝る、謝るから離して!」
武の手から解放された一子は、謝るどころか一足飛びに武に蹴りを見舞う。
「甘いっ!!」
それを予想してた武は、一子の足を取って逆さまに吊るした状態にする。
「悪い子にはお仕置きが必要だな…」
言って武は一子の靴を脱がす。
「な、何よ…まさかくすぐり程度でこのあたしにお仕置きが出きると思ったら」
「ワン子の足の臭いを嗅いで、それをレポートにまとめてこの靴と共に九鬼英雄に売り渡す」
「ぎゃー!変態なうえに鬼畜だわ!!離せこの人でなしー!!」
武の顔が一子の足に近寄ったその時、暴れる一子の手が偶然にも武の金的をとらえる。
「っ!?」
声も上げられず、一子から手を離して倒れ込む武の顎に、一子は綺麗な回し蹴りを食らわせて、武の意識を彼方に吹き飛ばした。
「自業自得よ」
武が目を覚ましたのは、それから十分後だった。
朝の日課も終わった帰り道、タイヤを引いて走る一子と並んで、武は若干内股になりながら走る。
「…ぷっ」
「お前、もう宿題見せてやらねぇからな」
「さっきの変態行為、京に言うわよ?」
「可愛くねぇワン子だな…ごめんなさい内緒にしてください」
「あっはは♪…ねぇ」
「なんだよ」
「強さって何かな?」
「随分と突然だな、真面目な話しか?」
「いや、そこまでじゃないんだけど…うちの家族って皆強いじゃない?」
「疑う余地がねぇ」
「うん…でも、あたしはそんなに強くないから…このまま鍛えていくだけで強くなれるのかなって、正直、無意識でもお姉様に近い力が出せる武が羨ましいって思った事もあるの」
一子の足が止まる。
「ばーか」
武は少しショボくれて下を向く一子の頭をグリグリと撫で回す。
「そう言うところがお前の強さじゃねぇか」
「え?」
「自分は強くない、羨ましい、弱い奴はそんな事人に言えねぇんだよ。自分のマイナスな所、ありのままの自分としっかり向き合えるのは強い奴だけだ」
「ありのままの自分と向き合う…」
「そう言うのひっくるめてお前が持っている強さ「勇気」ってやつじゃねぇのかよ」
「勇気…あたしの強さが勇気」
「だから勇気をもって信じろよ自分を、お前は絶対に川神院の師範代になれるって…竜舌蘭がもう一度咲くくらいにはな」
「えーーーっ!?あたしその頃にはお婆ちゃんじゃない!!」
「はははっそれくらい険しい道程ってことだよ!」
言って武は走り出す。
「あ、こら待ちなさいよ!」
☆ ☆ ☆
「…勇気」
「うん…だから、あたしは不安とか全部ひっくるめて今の武と向き合って、勇気をもって武を信じようって思ったの」
「…ワン子」
「って!京に内緒にしておくって言ったのに喋っちゃった!…ごめんなさい武、え?許してくれるって?わーい♪」
一子は笑顔で武に語りかける。
その様子を見つめながら、京は一子の言葉を繰り返して、自分に言い聞かせる。
「…勇気…信じる勇気」
☆ ☆ ☆
「入るぞー」
ノックの後に間をおかずに百代が入ってきた。
後ろにはクリスと由紀江が続く。
「…珍しい組み合わせだね」
「ああ、ワン子は朝からトレーニングに出ていてな、クリ達とは下で一緒になったんだ」
百代は武に歩みより、優しくでこぴんを額に見舞う。
「武、さっさと起きないと徐々に強くしていくからな……さて、ちょっと京を借りていくぞ」
「…どこかいくの?」
京の言葉にクリスは呆れた様にため息をつく。
「もう昼過ぎだぞ?その様子だと昼食はまだだろう?」
「…ぁ」
「食事はしっかり摂らないと体に障りますから」
『まゆっちの家の家訓に、食事を疎かにしちゃいけねぇってのがあるんだぜ』
「…食欲、なくて…」
「駄目だ!」
言ってクリスは強引に京の腕をとる。
それに合わせるように、由紀江も反対の腕を遠慮がちにとる。
『京姉さんがちゃんと食事をしてくれないと、まゆっちは安心して寝ることもできないんだぜ?』
「まゆっちの言う通りだ。それに自分は武に京の事を頼むと言われているからな」
「…武に?」
「よーし、その話は食事をしながらゆっくり聞くことにするか」
百代は三人を後ろから抱き締めて、部屋から押し出す。
葵紋病院には様々なレストランが入っており、食事時には病院関係者以外も多く足を運んでいた。
その一つで、京達はテーブルを囲む。
「あ…」
京がオムライスを頼むと、由紀江が小さく声をあげた。
「どうしたまゆっち」
「い、いえ…以前、武さんから京さんが洋食のレストランに入ったら、九割の確率でオムライスを頼むからって教えてもらったのを思い出しまして」
「あ、自分もその話は聞いたぞ、しかもオムライスを端っこからじゃなくて真ん中から食べるんだろ?」
「…自分では意識した事ないよ」
「武は京に関してはへたすると京自信より詳しいからな…一種のストーカーだな」
からかう様に言う百代を見て、由紀江はもう一つ思い出した。
「そう言えば、モモ先輩の事も言ってましたよ、奢りの時はメニューの中で一番高いものを頼むって」
「なに~?」
「もしくは肉だって自分も聞いたな」
「武めぇ…私がたかるとすぐ大和に押し付けて逃げるくせに、起きたら絶対奢らせてやる!」
笑い合う三人に、京も少しだけ優しげな表情を見せるが、笑顔と言うには程遠いものであった。
それに百代達も気付いてはいるが、無理はさせずに出来るだけ普段通りに接することだけを心掛けている。
「で?さっきの話だが、クリが武に京を頼まれたって?」
「ああ、あれは私が基地があるビルを壊すべきだと言った時に、武が一番怒っていたと大和に聞かされた後の事だ―」
☆ ☆ ☆
「そんな改まって話って何だよクリ吉」
「その……すまなかった」
クリスは深々と頭を下げる。
「意味がわかんねぇからわかるように話してくれ」
「私が初めてここに来た時、このビルを壊すべきだと言ったのに一番怒っていたのは武だと大和から聞いたんだ」
「…大和が?…う~ん……悪いが覚えてねぇ」
「ああ、大和も武は覚えていないだろうと言っていた。それでも、自分はそれを知らずに居た事を恥ずかしく思う…だから、この通り正式に謝罪させてくれ」
「わかった、許さん」
「っ!?……そう言われるても仕方がないと覚悟はしていた…どうすれ、いたっ!?」
許さないの言葉に顔を伏せた後、勢い良く武を見ようとしたクリスの頭を武のチョップがとらえる。
「許さないのはお前がそうやって謝ることだよ」
「え?…どう言う事だ?」
「言ったろ?覚えてねぇって、それなのに何時までも気にされると迷惑なんだよ」
「しかし!」
「しかしもかかしもねぇんだよ!覚えてねぇんだから良いんだよ」
「それでは自分の気がすまないと言っているんだ!」
「はいはい、じゃあ正式に謝罪を受け入れますよぷっぷくぷー!」
「自分が真面目に話しているのにその態度はなんだ!」
「俺だって大真面目だぷー」
「語尾にぷーをつけて何が真面目だ!」
「あーあークリ吉はうるさいぷー、少し冷静になれぷー」
☆ ☆ ☆
「完全に武に遊ばれているなクリ」
「ええ、武さんらしいというかなんと言うか」
「ごほん…で、そんなやり取りが暫く続いた後だ」
クリスはグラスの水を一口啜って話を続ける。
☆ ☆ ☆
「じゃあ許してやるから一つだけ頼まれろ」
「なんだ?自分に出来ることなら」
クリスは武の目が真面目になった事に気付いてきちんと座りなおす。
「俺が京の側に居れない時、京の事を頼む」
「京を…自分が?」
「ああ」
「それは構わないが、自分より適任者が居ると思うが」
クリスは大和の顔を思い浮かべる。
「大和じゃ駄目だ。これはお前にしか頼めないんだ」
「何故自分なんだ?」
「お前が全てにおいて京と正反対だからだよ」
「…」
訝しげな表情を浮かべるクリスに武は言葉を続ける。
「他の奴はどこかしら京と似ている部分があるけどお前にはそれがない。それはつまり、いかなる状況でも京を客観視して京が何か間違いをおかしてもそれを指摘できるって事だ」
「しかし、正反対では指摘しても受け入れられないのではないか?」
「すぐにはな、それでも最後には絶対お前の声に耳を傾けてくれる。磁石と同じでさ、同じだと反発するけど違うとくっつくんだよ…だからクリ吉、お前に京を頼む」
「磁石か…なんだか強引な説明だが、お前の頼みはこのクリスティアーネ・フリードリヒが承った!」
「ああ、頼むぜ」
真剣だった武の表情が穏やかなものに戻る。
「でも、武が京の側に居ない事なんてあるのか?」
「あん?んなことあるわけねぇだろばーか」
「…では何故頼んだんだ?」
「保険だよ保険、クリ吉でもちょっとは俺の役に立てるかなって、なんでレイピア構えてんだよ?」
「…お前とは一度決着をつけておくべきだな!!」
「どわあっ!?本気で怒んなって冗談だぷー」
「むっか~~!許さんっ!!」
☆ ☆ ☆
「と、まぁそんな事があったんだ」
「…武がそんな事を」
「磁石ねぇ、武が言うとなんだか本当にそうだと思えてくるから不思議だな」
「うう、良い話です」
『ほらまゆっち、おらのハンカチで涙を拭けよ』
「だから、自分は京が間違っている時は容赦なく指摘していくからな!っと、まずはご飯をしっかり食べる事だ」
クリスの言葉と同時にそれぞれの料理が運ばれてきた。
「それじゃあ、いただきます!」
百代の声を合図に食べ始めた京が、オムライスの真ん中にスプーンを入れるのを見て百代、クリス、由紀江は顔を見合わせて笑った。
気付いた京も困ったような顔を浮かべて微かに口元を緩める。
「…しょうもない」
更新が遅くなってすいません。
熱も下がり、なんとか復活しました。
次回で話は急展開します。たぶん。
恐らくあと三話か四話で終わります。
最後まで見放されないように精一杯頑張って書かせていただきます。
ではまた次回で。