真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第二十三話 「何を言って…」

 

 

 

川神大戦の次の日から新学期が始まった。

だが、川神大戦で負傷した者も多く、学園は一週間、二時限だけの短縮授業を決定した。

風間ファミリーは大和を除いて全員が負傷した傷は完治、大和も一週間もあれば治る程度の怪我で済み、平穏な日常が戻ってきたかに見えたが。

 

 

「俺はモモ先輩にアタックするっ!!」

 

 

翔一の宣言に大和は頭を抱えた。

事の起こりは川神大戦が終了した後、抜け出した大和が百代に誕生日プレゼントとして指輪を送った際に見せた、百代の普段とは違う可愛らしい表情に翔一が一目惚れをしてしまった事だった。

岳人と卓也がはらはらしながら大和と翔一のやり取りを見守る。

 

 

「だが!俺もこればかりは譲る気はねぇ!!」

 

「それで良い!俺は俺の好きなようにするからお前もそうしろ!!」

 

「俺は昔からキャップ…風間翔一に憧れてた。だけど、憧れているだけじゃ男として越えられない。だから、姉さんをものにして今こそ俺は風間翔一を越える!」

 

「おもしれぇ…だが、勝つのは俺だ!」

 

「いいや俺だ!!」

 

 

そんな中、武は心此処に在らずの状態で、二人の声などまるで耳に入っていなかった。

だから、散々言い争った後にキャップが飛び出していった事も、百代の電話を受けた大和が直後に翔一を追って飛び出していった事にも気付かなかった。

 

 

「おい、俺様達も追うぞ!」

 

「だね、武も行こうよ…武?」

 

「……」

 

「おい武!!」

 

 

岳人に殴られてようやく武は岳人と卓也、居なくなった二人の存在に気付く。

 

 

「あ?なに?…あれ?大和とキャップは?」

 

「こいつ、今までの話し聞いてなかったのかよ」

 

「なんか武も様子が変だけど、大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫…で?なんだっけ?」

 

「キャップと大和が出て行ったから俺達も追う ぞって言ってんだよ」

 

「わかった」

 

 

岳人と卓也は、今ひとつ反応の悪い武を不思議そうに見ながらも大和達の後を追った。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武達が大和と翔一を追って多馬川に突くと、既に勝負はついていた。

 

 

「なんかお姉様と大和が抱き合ってる!?」

 

「なんか最近こういう驚き役が多いです!」

 

『まゆっちもリアクションの数増やしていかない と、すぐに飽きられちまうぜ』

 

「と、とととにかく、お、おおお落ち着け」

 

「…クリスがね…大和、おめでとう」

 

 

抱き合う大和と百代、それを見守る翔一と学園帰りに合流した女性陣。

 

 

「俺が負けるとはな…やっぱ恋愛ってのはわかんねぇや」

 

「いや、あれだけ応援してたのにいきなり奪いにいくキャップもどうかと思うけどね!」

 

「まったくだ、自由人過ぎるぜキャップ」

 

 

そんな三人のやり取りから離れて、武は京の横に並ぶ。

 

 

「京…」

 

「武、昨日の約束…少しだけ待ってくれないかな」

 

「ああ、駄目なんて言わないの知ってるだろ」

 

「…うん、大和に私の気持ち、話しておきたいから」

 

「別に理由なんて言わなくても良いのに、京みも結構不器用だよな」

 

「武に言われるとは……基地で待ってて、必ず行くから」

 

「ああ」

 

 

百代と口付けを交わして、腕を高く突き上げる大和を見守りながら、京もまた一つのケジメをつけようとしていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京はシャワーを浴びながら一つ一つ思い返していた。

風間ファミリーに出会った日の事、学校での苛めを大和に助けて貰った日の事、武の髪を初めて切った日の事、良い事も悪い事も今までの様々な思い出は、まるで昨日の事の様に簡単に思い出せる。

そして改めて気付く、京の思い出の中にはいつも武が居たことを。

 

 

「…しょうもない」

 

 

こうして武の事を考えて居ると、何時の間にか口許が緩んでいる自分に呟く。

それと同時にお湯を止めてタオルを纏って脱衣所に出る。

 

 

「……」

 

 

日課の様に鏡の前でタオルを取ると、鏡に映る自分の体を確認する。

 

 

―京の肌は綺麗だな―

 

 

京は武に言われた言葉を思い出してから、今まで大和には、一度も体の事を褒められた事が無かったと言うことに気付く。

照れているのを隠して言わない大和と、照れているのを隠さず言う武。

 

 

「武は大和に褒められたい私の事を気遣って…」

 

 

しかし、すぐに京は小さく首を振る。

思い返せば幾度と無くそう言う事があったのを思い出すが、武は気遣いなどでは無く本心からそう言ってくれていると分かるから。

それを考えると、小さい頃からいかに武が矛盾の中を生きていたのかが分かって、少し切ない気持ちになる。

自分よりも仲間、家族を優先して、それでもあんなに嬉しそうに笑って。

だからこそ、京は武に魅かれたのだと理解する。

自分が心の底から望んでいたものを武がくれたのだと。

 

 

「…私は大和が好き」

 

 

あれほど何度も何度も心を込めて口にした言葉が、まるで自分の言葉ではないように聞こえる。

 

 

「…私は武が好き」

 

 

初めて口にした言葉が、まるで昔から自分の言葉だったように聞こえる。

ただ、大和に対する感謝の気持ちは今も昔も変わらない。

今の京があるのは大和のおかげだと言う事は変わらない事実であり、それこそが今までの京を支えてきた根幹なのだから。

 

 

「…ふぅ…よしっ」

 

 

深呼吸して京は覚悟を決めて服を着る。

そこで携帯の着信ランプが点滅しているのに気付いた。

それは秘密基地で待たせている武からのメールであった。

 

 

―平気か?―

 

 

武のメールは何時も簡潔で的確でタイミング良く、京は自分の緊張が緩むのを感じる。

返信しようと脱衣所を出た所で、大和の部屋から会話する声が聞こえて手が止まる。

 

 

「…モモ先輩?」

 

 

先ほど別れたはずの百代が大和の部屋に来ているのだ。

京は百代が居る理由が直ぐに分かった。

付き合いたてで時間があるのなら、別れてもすぐに会いたくなる。

百代の性格なら会いたくなったら我慢せず、好きな男の所に行くのは必然的だ。

大和だけに話す筈であったが、ファミリーの皆にも話す事になるので丁度良い機会と、大和の部屋に行こうとした京の足が、部屋からの会話の中に自分の名前が出た事で止まる。

 

 

「なんだか京に悪い気がするな」

 

「そこは姉さんが気にする必要は無いと思うよ?京もそう言う所で気を使って欲しくないと思うし」

 

「それはそうなんだが…」

 

「それに、京には武が居るから」

 

「おい大和、そんな無責任なこと―」

 

「京も武の事が好きみたいだし、これで俺も肩の荷が下りたって感じかな」

 

 

京は大和の言葉に息をのむ。

 

 

「俺も小さい頃から京には負い目があったし、武と上手くいってくれたらって思ってたんだ」

 

「大和、それじゃあまるで武が居なかったら自分が付き合ってたみたいな言い方じゃないか、彼女を前にさすがにそれはどうかと思うぞ?そもそも京が可哀想だろ」

 

「でも、もし姉さんと付き合ってなくて武も居なかったら、俺はたぶん京と付き合ってたと思うよ」

 

 

それは、聞いてはいけない言葉、聞きたくなかった言葉であった。

京は目の前が真っ白になるのを感じて廊下の壁に凭れ掛かると、力が抜けた手から携帯が落ちた。

その音に気付いた大和と百代が勢い良く廊下に出てくる。

 

 

「み、みやこ…」

 

 

京は下を向いたまま震えていた。

今まで自分を支えてくれていたものが音を立てて崩れていくのを感じて。

 

 

「…わ、わたしは…大和にとっては負い目だったの?」

 

「ち、違うんだ、聞いてくれ京」

 

 

パンッと乾いた音が響いて、大和が伸ばした手を京が払いのける。

 

 

「…私に優しくしてくれたのは…あの言葉は…嘘だったの?」

 

 

廊下に一滴、また一滴と京の涙が零れる。

 

 

「た、頼む京、話を聞いてくれ」

 

「聞きたくないっ!!」

 

 

京は大和を押しのけると、走って寮を出て行く。

背後で大和が何か言っているのが聞こえるが、まるで耳に入ってこない。

 

 

「京?」

 

「っ!?」

 

 

寮の門を出たところで、ふいにかけられた声に京は顔を上げる。

それは、メールの返事が無い事を心配して、京の事を寮まで迎えにきていた武だった。

 

 

「ど、どうしたんだ京…泣いてるのか?」

 

「……せ…だ」

 

「え?」

 

「私が……いだ」

 

「お、おい…何を言って…」

 

「私が大和と結ばれなかったのは武のせいだっ!!!」

 

 

様々な感情が京を混乱させていた。

初めて見る京の尋常じゃない表情に、困惑する武を押し退けて京はその場を走り去る。

 

 

「京っ!!」

 

 

武が追いかけようとした時、大和と百代が寮から血相を変えて出てきた。

 

 

「大和、モモ先輩も…いったい何が」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は自分が何処をどう走ってきたのかまるで覚えていなかった。

靴を履いていない事に気づいたのは、足からの痛みでだった。

 

 

 

「…………」

 

 

走り疲れた足を引き摺りながら、当てもなく街をさまよう。

思考が回らず、なにも考えられない。

激しく高鳴る鼓動と、足の痛みだけが頭に響いてくる。

まるで、世界に見捨てられたように感じていたあの時のように、言い知れない不安が京の心に暗い影を落とす。

 

 

―お前、なんで生きてんの?―

 

「ひっ!?」

 

 

不意に誰かの声が聞こえて、京の喉から小さな悲鳴が漏れる。

 

 

―椎名菌、近寄るな―

 

「…あ、ああ…」

 

 

辺りをキョロキョロと見回しながら、祈る様な手の形のまま震えて縮こまる。

 

 

―お前に存在価値なんてないんだよ―

 

「…い、いや……」

 

 

京は道行く人々が、自分を蔑んだ目で見ているような錯覚にとらわれる。

 

 

―汚らわしい淫売―

 

「…やだぁ…いやだよぉ…」

 

 

まるで怯えた子供のように、震えながら両手で耳を閉じて、何度も何度も繰り返し首を振る。

 

 

「…助けて……助けて…………武…」

 

 

京は「武」と名前を口に出して、初めて自分が武に対して辛辣な言葉を浴びせてしまった事に気づいて絶望する。

 

 

「…うう…う」

 

 

嗚咽が口から漏れる。

なぜあんな事を言ってしまったのか、あの時の武の顔が脳裏に焼き付いて離れない。

京の好きな武の優しい笑顔も思い出せない。

ただ、ただ、深い悲しみと絶望が心に降り積もっていく。

 

 

「…助けて……」

 

 

呟いた言葉と共に涙が地面に零れる。

その涙はすぐに乾いて地面には何も残らない。

まるで京の存在すら否定するように。

 

 

 




急展開ですけどついてきてますか?頑張ってついてきてくださいお願いします。
大和に悪者になってもらいましたが、大和好きな人ごめんなさい。
大和好きな自分としても書いてて辛かったです。
あと京が可哀想でしょんぼり。
次回は…どうしよう。
武に頑張ってもらおうかな。

ではまた次回で。


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