真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第十六話 「無茶言うなって」

 

 

 

夜の島津寮での事。

 

 

「ふんふふ~んふふふ~~ん♪」

 

 

武のご機嫌な鼻歌が響き、キッチンには甘い匂いが充満していた。

クンクンと鼻を鳴らしながら、その甘い香りに引き寄せられる金髪の蝶が一翅。

 

 

「なんだこの良い匂い、わっ!?」

 

 

武のもとに行こうとしたクリスの腕を掴んで、京は自分の隣の席に座らせる。

 

 

「…今、武に近寄っちゃ駄目」

 

「ん?何故だ京」

 

「…忘れたの?武の水羊羹の話」

 

「では今作っているのは」

 

「そ、近寄らなければ害は無いから」

 

「そ、そうかすまない」

 

 

以前、大和のヤドカリの件で痛い目にあっているクリスは、京に礼を言うと冷や汗を拭った。

二人の存在にまったく気付いていない武は、なおも上機嫌に鼻歌を歌いながら、手際よく作業をしている。

 

 

「しかしなんと言うか意外だな」

 

「…何が?」

 

「いや、料理ができたり勉強ができたりと」

 

「ああそう言う事…武は弱点である高所恐怖症を除けば、勉強はファミリー内では大和の次にできるし、運動、特に持久力ならワン子と互角に近いものがあるし、打たれ強さはモモ先輩の折り紙つきで、家事もまゆっちの次に出来るから、考えてみれば結構万能だね」

 

「普段の様子からはとてもそう見えないんだけどな」

 

「自称、影で努力する人らしいよ」

 

「学園で結構モテたりするんじゃないか?」

 

「…一部にマニアックなファンがいるみたい、時々嫉妬の視線を感じる事があるから」

 

「京も大変だな」

 

「…別に、もう慣れた」

 

 

不意に武が手を叩く小気味良い音が響く。

 

 

「よし完成♪後は~冷蔵庫で冷やして~♪美味しくな~れ美味し~くな~れ~♪」

 

 

武は変な歌を歌いながら冷蔵庫に頬ずりする。

 

 

「…み、みやこ?」

 

「…分かってる…慣れている私でも若干引いてるから安心して」

 

「お?なんだ京にクリ吉、何時からいたんだ?」

 

 

冷蔵庫に水羊羹をしまい終えた時点で、まるで二人に気づいていなかった武は目をパチクリしている。

 

 

「…今来たところ、今回の出来はどう?」

 

「いや~キャップから貰った幻の小豆は実に美人だったから、きっと美味しくできるぞ」

 

「は、ははっ…そ、それは自分も楽しみだな」

 

「おう!明日持って行く分以外は好きに食べて良いからな」

 

「…何処か行くの?」

 

「ああ、えっと、そのな…」

 

 

武はクリスをちらりと見る。

クリスはその視線に気づいたが、何の事かわからずに聞こうとした瞬間、理解する。

 

 

「さて、自分はそろそろ部屋に戻って寝る支度でもするかな」

 

「おお~クリ吉のくせに空気読んだよ」

 

「貴様~せっかく自分が気を利かせているのにその言い草はなんだ!!」

 

 

クリスのパンチが顎に決まるが、武は気にせずクリスの頭を撫でる。

 

 

「悪かった悪かった、ほれよしよし」

 

「犬と一緒にするな!…まったく」

 

 

クリスは武の態度に納得はいかなかったものの、空気を読んだのを褒められたのが少しだけ嬉しくて、機嫌良く部屋に戻っていった。

 

 

「…で?」

 

「あ、あのさ京…明日、で、でで」

 

「さて、私も部屋に戻ろうかな」

 

「鬼かお前は!俺とデートしてくれっ!!」

 

「…ごめんなさい」

 

「ガーーン」

 

 

口で言うほどショックを受けた武は、その場で膝を付いて涙する。

無常にもその横を通って行こうとする京の服の裾を小指と親指でほんのり申し訳なさい程度に摘む。

 

 

「…嘘ですデートじゃないです交渉です」

 

 

ピタリと足を止めて京は武を見る。

 

 

「しかも交渉場所である、俺が知る中で一番美味くて辛いカレーがある店で奢ります」

 

「…それだけ?」

 

「しかも、大和の為に用意する切り札となる相手との交渉です」

 

「…続けて」

 

「成功したらその手柄は半分京のものです」

 

「…おやすみ武」

 

 

武の指を振り解いて行こうとする京。

 

 

「待って!待ってぇ~…手柄は全て京のものですぅ…」

 

「しょうがないなぁ付き合ってあげよう」

 

「ありがとうございます…うう」

 

「…泣くほど嬉しいんだね武、で?何処に行くの?」

 

 

武は涙を拭いながら立ち上がって告げる。

 

 

「松笠です」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

そこは川神から電車で数十分程の場所にある街。

昔使われた、街の名前の由来になっている戦艦が固定保存されている珍しい所だ。

米軍基地と自衛隊の基地が混在する異国情緒溢れる街として発展している。

 

 

「…そんなに遠くないわりには初めて来た」

 

「ああ、そう言えば風間ファミリーでは来た事なかったな」

 

「武は何度か来た事あるの?」

 

「ああ、昔ちょっとな…さ、遅れるといけないから早く行こうぜ」

 

「…うん」

 

 

駅前は夏休みだと言うのに、結構な数の制服を着た学生で賑わっていた。

 

 

「…学生が多いね」

 

「ここは竜鳴館って言う色々な活動に活発な学園があって、ある意味川神学園に似ているかもな」

 

「へぇ…後、気のせいかカレー屋が多い気がする」

 

 

京が駅の周辺を見渡すと、視界に入るだけで六軒のカレー屋がある。

 

 

「ああ、それはこの街の名物だからな、これから行く店も期待して良いぞ」

 

「…武がそこまで言うなら間違いなさそうだね」

 

「おうよ」

 

 

メイン通りを抜けて戦艦のある公園を横切り、武達は目的の場所であるカレー店「オアシス」にたどり着く。

扉を開けるとベルが鳴り、店の奥からエスニック風の制服に、変なインド人の顔が描かれたエプロンをした小さな店員がやってきた。

 

 

「いらっしゃいませーっ」

 

「ちわっす、まだここでバイトしてたんですねきぬ先輩」

 

「ああ?……おおー!!おめぇ武じゃねぇか久しぶりだなっ!!って!下の名前で呼ぶなって言ったの忘れたのかよ!!」

 

 

蟹沢きぬは怒り笑いながらお盆でバシバシと武を叩く。

 

 

「そうでしたそうでした、すいませんカニ先輩」

 

「それにしても…んだよ彼女連れかよ、おめぇも偉くなったもんだな」

 

 

値踏みするような視線に、京は少しムッとした顔をする。

 

 

「…彼女じゃないです…武、誰この失礼な小さい人」

 

「ぼ、ボクが小さいだと~!?てめぇ目上の人間に対しての口の利き方がなってねぇな!」

 

「まぁまぁ落ち着いて下さいカニ先輩、京、この人はこう見えて大学生なんだよ」

 

「…びっくり」

 

「こう見えてってどう言う意味だゴラァッ!!しかも驚く意味がわかんねぇよ!!ったく…あ~こいつ見てたら何故だかあの単子葉植物思い出してムカムカしてきた」

 

「冗談ですって、それより席に案内してくださいよカニ先輩」

 

「ちっ、まぁボクは年上だから今日の所は大目にみてやるよ」

 

 

渋々案内された席に座ると京が武を睨む。

 

 

「京も怒るなって、口は悪いけど結構良い人なんだよあれで」

 

「…何故だかあの人とは相容れない気がする」

 

「ま、まぁ穏便にな」

 

「ほれ水だよ、ご注文はお決まりですか?なんなら可愛いウェイトレスの気まぐれオススメコースなんていかがでしょうか?」

 

 

ぶっきらぼうにテーブルに水を置くと、一回転して満面の営業スマイルを浮かべる。

 

 

「そのコース、確か福神漬けの大盛りとかでしたよね?」

 

「覚えてやがったか…」

 

「注文はもう決まってます、超辛スペシャルカレー二つで」

 

「もう完食しても只にならねぇぞ?」

 

「知ってますよ、あとセイロンティーを二つ…もちろんアイスで」

 

「わかってるよ、ちっとまってな」

 

 

奥に姿を消すきぬを見て京はため息をつく。

 

 

「…やっぱりあの人とは無理」

 

「安心しろ、ここにこなければ恐らく生涯会うことは無いから」

 

「待ち合わせしていたのってあの人?」

 

「そんな嫌そうな顔しないでも違うから安心しろ」

 

「…それは良かった。これ以上絡んできたら頬を抓りたくなる衝動を抑えられそうも無い」

 

「カニ先輩は涙腺緩くて泣いちゃうから勘弁してやってくれ」

 

「それを聞いたらますます…ククク」

 

 

武は京の邪悪な笑いに頭を抱える。

 

 

「はぁ…やっぱ一人で来るべきだったか…」

 

「何か言った?」

 

「京とここにこれた事が幸せすぎるって言ったんだよ付き合ってくれ」

 

「次からは一人で来れば良いと思うよ考えておく」

 

「聞こえてんじゃねぇかっ!」

 

 

何時も通りの会話を楽しみながら、武と京は運ばれてきたカレーに舌鼓を打つ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…凄く美味しかった」

 

 

全て完食して京が感嘆の声をあげる。

オアシスのカレーは、京の今までの人生で食べたカレーの中で、文句無しで一位の座を獲得していた。

 

 

「だろ?ここは店長は胡散臭いけど、カレーなら松笠で一番だと思うよ」

 

「ナンカ言ったカこのクソジャリガッ!」

 

 

奥から店員がしているエプロンに描かれた、変なインド人と瓜二つのインド人らしき男が武に向かって怒鳴り声を上げる。

 

 

「…この店は変なのしかいないの?」

 

「ま、まぁマイナスがあってもカレーの味で十分プラスだろ?」

 

「…うん、それだけにもうこれないのが残念…武、あの小さい人にバイトやめるように言っておいて」

 

「無茶言うなって」

 

「…じゃあ食べたくなったら買ってきて」

 

「京さんには一緒に食べに行くと言う選択肢は出てこないんですかね?」

 

「…皆でなら良いよ」

 

「そうだな、今度は風間ファミリー全員でこような」

 

「そこは、二人っきりじゃないのかよっ!って突っ込むところだよ?」

 

「ああそっか」

 

「…武らしいね」

 

 

その時、店の扉が開く音がして一組の男女が入ってきた。

まず目に付くのは女性の方だった。

短く切りまとめられた髪に凛とした眼差し、威風堂々とした佇まいの中に内に秘めたる強さを感じさせる。

次に男の方だが、女性に比べるといたって平凡ではあるが、その真直ぐな瞳に意志の強さを感じさせる。

 

 

「武、あの人達?」

 

「さすがだな京、わかるか?」

 

「…うん、あの女の人…只者じゃない」

 

 

来店した二人のうち、男の方が店内を見回して武の姿を見つけると笑顔で手を軽く挙げた。

武も笑顔を向けて席を立つと、二人に深々とお辞儀をする。

 

 

「お久しぶりです。対馬先輩、鉄先輩」

 

 

 




本当は対馬ファミリー全員出したかったんですけど無理でした。
夜なら駅前にフカヒレ出せたのに…。
次回久しぶりの戦闘になりそうです。
上手く書けると良いな。
前回も後書きで言いましたけど、オマケみたいなものなので、タグは追加しません。

ではまた次回で。


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