真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第十五話 「泣いてねぇよ!!」

 

 

 

武は慌てていた。

それはもう尋常じゃないほど。

宿のオーナーに借り物をすると、急いで外に出ていく。

時刻はまもなく日付が変わろうとしていた。

 

 

「…武?」

 

 

寝付けずにいた京は、外の空気を吸いに出ようとした所で、宿を出ていく武の姿を確認する。

普段なら、近くにいる京の存在を見過ごすなどありえない武が、まったく気づかないほどに慌てている様子に、何か普通ではないものを感じて京は後を追う事にした。

外は月明かりに照らされて、昼間よりは少し優しくなった暑さに、海風が心地良く吹き付けている。

 

 

「…確かこっちの方に」

 

 

武が走って行ったのは昼間、京達が遊んでいたビーチの方向であった。

時間も時間だけに、辺りは人の気配はなく、日中の賑わいが嘘のように静まりかえっていた。

そこに、小さな光が世話しなく動いているのが見える。

 

 

「ない!ない!ないぃ!あ~もう何処だよ!」

 

 

武が懐中電灯で砂浜を照らしながら、這いつくばるように動き回っていた。

 

 

「…何してるの?」

 

「ぬおわっ!?」

 

 

突然かけられた声に、驚きのあまり飛び退いて振り向いた武が、懐中電灯で京の顔を照らす。

 

 

「ま、眩しいよ」

 

「あわわわわわすまん!!」

 

 

慌てて懐中電灯を消しながら立ち上がると、これまた慌てて懐中電灯を後ろに隠す。

誰がどう見ても何かを探していた様に見えるが、京は念のためもう一度聞いてみる。

 

 

「…何してるの?」

 

「いや、その……あっ!ほらあれだっ!散歩だよ散歩っ!!」

 

「…………」

 

「月も綺麗だし、ちょっと夜風に…あたろうかなぁって……」

 

「…………」

 

「夜の…砂浜は………嘘つきましたごめんなさい」

 

 

砂浜の上で土下座する武を見下ろしながら京はため息をつく。

 

 

「…それで?何を探してるの?」

 

「それはその~…」

 

「…………」

 

「……京に貰った髪留め」

 

 

見れば、武は何時も着けている髪留めを着けていない。

 

 

「…たぶん、ここに来た時に無くしたんだと思うんだけど…俺、浮かれてて、さっき温泉からあがって鏡みるまで気づかなくて…」

 

「…それでわざわざ皆が寝るのを待って探しに来たの?」

 

 

武は力無く頷く。

 

 

「…しょうもない」

 

「…ごめん」

 

 

武はあれほど大事にしていた髪留めを無くした情けなさと、それを京に知られてしまったショックで項垂れる。

 

 

「あんな髪留めを何時までも大事にしちゃって…バカみたい」

 

 

京はそう言って携帯を取り出すと、カメラのライト機能を常時ONにして、砂浜に這いつくばって髪留めを探し始める。

 

 

「お、おい、いいよもう遅いから、お前は宿に戻れって」

 

「…無駄口聞いてる暇があったら探しなさい」

 

「京…」

 

 

二人は月明かりが照らす砂浜で、懐中電灯と携帯の光を頼りに黙々と探していく。

 

 

「…一つ聞いて良い?」

 

「駄目なんて言わないの知ってるだろ」

 

「…あの髪留め、なんでそんなに大事にしてくれてるの?」

 

 

「知ってるだろ?あれは初めて京から貰った物で、お前が笑ったのが嬉しくてさ」

 

「本当にそれだけ?」

 

「…あの時、初めてお前が笑ったんだよ皆の前で、俺はあの時の、お前のあの笑顔を一生忘れない、その記念でもあるんだ」

 

「…初めて…覚えてないよ」

 

「良いんだ、俺が覚えているから」

 

 

再び武と京は黙って髪留めを探し始める。

しかし無情にも時間だけが過ぎていき、髪留めは一向に見つからなかった。

 

 

「京、ありがとうな…もう良いよ」

 

 

探し始めて二時間以上経った所で、武はどっかりと砂浜に腰を下ろす。

 

 

「流石にこれだけ探して見つからないって事は、誰かが拾って持っていったのか、捨てられちまったか…とにかく、もう良いよ」

 

「武…」

 

 

京は武の横に腰を下ろす。

 

 

「あ~あ…馬鹿だなぁ俺」

 

 

武は自嘲するように笑って夜空を見上げる。

京は気付いていた。

その目に少しだけ涙が浮かんでいるのを。

武はその涙に気づかれたくなくて、夜空を見上げているのだと。

 

 

「…ほんと…しょうもないんだから」

 

 

京は自分のしている髪留めを外すと、武の髪を優しくかきあげる。

 

 

「っ!?みやこっ!?」

 

「…動かない」

 

 

そのまま、何時も武が止めている様に髪留め着けると、京は武の顔を色々な方向に動かして見え方を確認して「よしっ」と頷く。

 

 

「…それ、あげるから泣かないの」

 

「ばっ!?な、泣いてねぇよ!!」

 

 

言われて乱暴に腕で目を擦る。

 

 

「泣いてたくせに」

 

「泣いてねぇって!!」

 

「…はいはい……ねぇ武」

 

「な、なんだよ?」

 

「海、入ろっか」

 

「なに言って―」

 

 

返事を待たずに立ち上がった京は、着ていた薄手のパーカーを脱いで一気にTシャツを捲る。

 

 

「ななななななななっ!?」

 

 

武は真っ赤になって後ろを向く。

 

 

「何を期待しているのか知らないけど、水着、着てるから」

 

「…なんだ…って!そう言う事じゃねぇ!」

 

「武はそのままで良いでしょ、ほら行くよ」

 

「いや、ちょっと待てよ」

 

「待ちません」

 

 

そう言って京は武を置いて、さっさと海に入ると、水面に体を預けて波に揺られ始める。

武はその様子を呆然と見つめていた。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

突然、小さい悲鳴あげて波間から京の姿が暗い海に消える。

その時にはもう武は走り出していた。

 

 

「京っ!?」

 

 

波を蹴って慌てて京の元にいくと、突然、海中から足を引っ張られて見事に転倒する。

 

 

「…修行が足りないなぁ」

 

 

呆気にとられて京を見上げる武に、京は容赦無く海水をかけていく。

 

 

「ぶわっ!?うわっぷ、み、みやこ!?」

 

「ククク、良い的だ」

 

「ちょっ!?ま、待てうっぷ、だーー!!」

 

 

武は立ち上がり様に両手でおもいっきり京に海水をかける。

 

 

「わっぷ!?……挑戦と受け取った!」

 

「受けとるなっ!ぬわっ!?」

 

 

砂浜には波の音と二人の楽しそうな声が響き、月の光に照らされた髪留めが優しく輝いていた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「あ~さっぱりしたぜ」

 

「湯上がりに見る俺様の肉体も美しいなぁ」

 

「見たくもないものが見えるからパンツくらい履きなよガクト」

 

「しっかし、まさか台風が来るとはねぇ」

 

 

帰る予定の日に台風が直撃したため、大和達は沖縄で足止めを食っていた。

 

 

「俺はここが気に入ったから、何日いたって良いぜ!」

 

「さすがキャップ、まぁどうせ武も京と居れれば何処に何日いても良いんだろう?」

 

 

鏡の前で髪留めを着けながらニヤニヤしている武に、岳人の声は届かない。

 

 

「気持ちわりぃな…って、お前その髪留めって何時も京がつけてた奴だろ?」

 

 

その言葉に勢い良く振り返った武は、誇らしげに髪留めを見せびらかすように、岳人の目の前に頭を出す。

 

 

「ガクトの癖に良いところに気づいたなぁ…わかる?やっぱわかっちゃうか~うんうん」

 

「うわ!なんだこいつ何時にも増してうぜぇ」

 

「いやもうどうでも良いから二人ともパンツ履きなよ!」

 

「どうでも良いだとっ!?」

 

 

武は岳人を押し退けて卓也に迫る…フル○ンで。

 

 

「師岡さんちの卓也くんよぉ、馬鹿なガクトならいざ知らず、風間ファミリー突っ込み担当のお前が俺と京の間に何かあったんじゃないかって話をふらないでどうする!!」

 

「おいてめぇ今俺様の事を馬鹿と言いやがったか!?」

 

 

岳人は詰め寄られる卓也を突き飛ばして、武に迫る…フル○ンで。

 

 

「…地獄絵図だなありゃ」

 

 

大和は尻餅をついた卓也の頭上で行われる、武と岳人のフル○ンでの喧嘩に目を覆う。

卓也の助けを求める声を聞こえないふりして。

 

 

「上等だ武、そんな粗末なモノぶら下げて俺様に挑んだ事を後悔させてやるぜ!」

 

「はっ!無駄にでかいだけで生涯使い道のないモノよりはマシだぜ!」

 

「俺様の未来の可能性を勝手に否定するんじゃねぇ!お前だってねぇだろうがよ!」

 

「ばっ!?俺の京との幸せな未来の家庭図を否定しやがったな!!ちなみに子供は三人が理想だ!」

 

「聞いてねぇしそれこそ生涯ありえねぇな!」

 

「良し殺す今殺す絶対殺す!」

 

「殺ってみろ!」

 

 

何時ものやり取りに、大和は既に携帯を取り出して台風情報を確認していた。

 

 

「な~んかさ、最近仲良いよな」

 

「キャップ、フル○ンで殴りあってるあの状況の何処をどう見たら」

 

「あの二人じゃなくて武と京だよ」

 

「ああ…そうだな」

 

「俺には良くわからないけど、大和としてはどうなんだ?」

 

「どうって、俺は別に京の保護者じゃないからなぁ…ただ、武なら京を幸せに出来るんじゃないか?」

 

「京の幸せがお前と付き合うことでもか?」

 

「それは…」

 

「やっぱ俺には良く分からねぇや、俺も何時か誰かを好きになったりするのかな」

 

「そんな時が来たら、ぜひその女性を見てみたいもんだ…案外ファミリーの誰かだったりして」

 

「それはねぇよ」

 

 

大和の冗談が当たる事になるとは、この時の二人は知る由もなかった。

 

 

「あ、そうだ武」

 

「今忙しいから後にしてくれ!」

 

「良いのか?これ拾ったんだけど」

 

 

そう言ってキャップが見せたのは、武が何時も大事に着けていた髪留めだった。

その髪留めを一瞬呆けたように見つめる武の顔に、岳人の拳が入るがびくともしない。

 

 

「あ、あああ…」

 

「武がモモ先輩に投げられた日の帰りにさ、落ちてたから拾ったのをすっかり忘れてたぜ」

 

「キャップ~!!」

 

 

武はフルチンのままキャップに抱きつく。

そして、その頬にキスをしようとする。

 

 

「ありがとうキャップ愛してる!!も~チュウしたる」

 

「うわっ馬鹿やめろっ!全裸で抱きつくなっ!俺は男にキスされる趣味はねぇよ!!」

 

「京の次に愛してるよキャップ~~♪」

 

 

中から聞こえるその状況に、お約束と言うか必然というか、男湯の前で頬を染めてくねくねしている者が一名。

 

 

「どうしたんだ京、男湯の前でそんなに顔を赤らめて」

 

「…クリスも聞いてみると良い…武とキャップ、凄くありなんだ!!」

 

 

こうして沖縄旅行は無事?終了した。

 

 

 

 

 

ちなみに

 

 

 

 

 

「もう駄目だ…」

 

 

帰りの飛行機の中でも、一人毛布にくるまって怯えるものが一名居たそうな。

 

 

 




キャッキャウフフ成分よりキャッキャウホッ成分が多くなりました。
次回はちょっと強鱚な人達を出して遊ぼうかとおもいます。
二話くらいを予定しているので、特にタグ追加はしません。

ではまた次回で。


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