「なぜ、私を襲った」
頼邑が鋭い声で訊いた。 ふたりの男は答えず、恐怖に顔をゆがめたままだ。頼邑は納刀し、荷物から、行李から晒や貝殻につめた金創膏などを取り出した。 小柄な男は、怪訝な顔をしているが、かまわず頼邑は、小 柄な男の着物を裂き、金創膏をたっぷり塗った油紙で傷口を押さえ、晒を幾重に巻いた。
「情けなどいらねぇ……」
と、 憎まれ口を叩いたが、抵抗することはなく、 頼邑をじっと見ていた。
「しばらくすれば血もとまるだろう」
骨や筋に異常はないので傷口さえ塞がれば心配ないはずである。
「 可笑しなやつだ」
そう言葉を洩らし、視線をおとした。
それにしても、どう訳あって頼邑を襲ったのか分からない 。恨みを買うような覚えもないので、もう一度訊いてみた 。 すると、顎のとがった男が、
「話せば長くなる」
と、小声で言った。
「話す前に我らの里 へ案内しよう」
と、頼邑の背を向けた方向に眼を向けた。
その道は、霧と闇に覆われていた。
あちこちから、子供の泣き声、叱りつける女房の甲高い声 、亭主の怒鳴り声などがやかましく聞こえていた。
頼邑とふたりの男が路地木戸を通ってひときわ大きい家屋の戸口からバタバタと駆け寄る複数の足音がした。
「伊助ー」
と呼ぶ声がすると、わらわらと人が集まってきた。
「伊助それ、どしたんだ」
里の人は、伊助の姿を見て驚いたように眼を剥いて訊いた 。 伊助は、言いづらいのか逡巡としている。まさか、襲った相手に助けられたとは、自尊心が崩れる。
「すまない、その傷は私がやったのだ」
「ちっ、ちげぇ。い や間違っていねぇ。でも、これには訳があんだ」
伊助は、慌てた口調になる。 ふたりの会話に無精髭を生やした男が、頼邑の前に歩み寄り、突然、胸ぐらをつかんできた。顔が怒気で赫黒く染まっている。
「ん?よくここに来れたものだな!それとも 罰を受けに来たというか」
恫喝するように言った。 一瞬にして、場の空気が重くなり 、女達、特に子供がひどくおびえていた。慌てて、伊助は、無精髭の男の手を払った。
「やめろ、この方は、おれの傷を手当してくれた。それでいいだろう」
怪我を受けた本人に言われてしまっては、いくらか高ぶった気持ちが落ち着いた。それでも、どうも腑におちないのがあった。
「分からん。襲った相手をなぜ手当てをした」
と眉間にしわを寄せ、咎めるような視線を投げつけた。 なぜ、 襲った男が伊助を助けたのか皆目分からない 。男は、この旅人が戯れ言を言ったにしか思えなかった。そう思うと腹立しくなってきた。
「訳の分からぬことを。わしを愚弄しておるのか!」
無精髭の男の顔が油に火を注いだように憎怒にゆがんだ 。