深白の竜姫、我が道をゆく   作:羊飼いのルーブ

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◆第1話 【ホツリ村にて①】

 

 

 

 ルクレイアという国があった。

 その国の南にある小さな農村、その名をホツリという。

 

 村の北側にはユーリアの山々が並び、

 西側にはリムルの森林地帯が続き、

 南側にはポタモスの河川が流れ、

 東側にはアーストラスの草原地帯が広がっていた。

 

 一見すれば一介の農村ではあるが、周辺の都市や村々にとって、その名を知らぬ者はいない。

 ホツリ村には多数のモンスターハンター達が在籍し、活動しているからだ。

 それこそ、一介の農村には過剰戦力だと言われるくらいには。

 

 周辺で狂暴なモンスターが現れれば、まず真っ先にホツリ村に依頼が舞い込んでくる。

 そうすれば、すぐに喜び勇んで依頼を受注するハンターが現れるからだ。

 

 特産のキノコを集めてほしいといった、初心者ハンターに回されがちな採集依頼ですら、我先にと飛びつく。

 もしかしたら、未発見の飛竜ワイバーン級のモンスターと遭遇する可能性があるかもしれないからと。

 なので、依頼が溜まる事もない。

 ゆえにホツリに頼めば、迅速に、かつ、確実にこなしてくれる。

 信頼と安心のホツリであった。

 

 そして、何より。

 ホツリ村のこのハンターを知らぬ者は、ルクレイア国内でも少ないほどに名高い存在がいた。

 ヴァリエ・アルハイドと人は呼ぶ。

 同時に、竜姫の異名を持って彼女は知られていた。

 

 多くの者は、荘厳で凛とした雰囲気の女性を想像するらしい。あるいは、屈強にして頑強な女戦士を。

 多くの飛竜を屠り、炎剣を振り回す女傑であると。

 強く、美しく、気高い、まさしく竜の姫のような女性であろうと。

 

 

「…………えーっと。こちらのリオレウスを貴方が討伐された、と」

「そっ! ごめんね、襲ってきちゃったから返り討ちにしちゃった! でもさ、ギルドに言っておかないとまずいかな~って」

「…………そ、そうですね。報告ありがとうございます」

 

 

 リオレウスを討伐した後、「じゃあ行こっか!」と意気揚々としていたヴァリエであったが、商隊の面々や夫であるシュタウフェンが「いやいや」とストップをかける。

 かの火竜が何の報告もないままに、平原で骸を晒しているなど、大問題であると。

 流石に報告はしておいた方がいいとの話になり、今に至る。

 

 というわけで、まだ場所は先ほどの平原のままであった。

 北の方を見やれば、数時間前に出てきた都市ヒュルックが小さな点となって見える。

 南の方を見やれば、ユーリアの山々が連なっており、そこを抜ければ目的のホツリ村である。

 

 ハンターズギルドへの連絡用にと商隊の者達が持っていた狼煙をあげて、小一時間。

 ギルド職員が数名やってきての状況確認が始まった。ついでに護衛らしきハンターも同行してきていた。

 だが、ギルドの職員は信じられぬ、といわんばかりに表情を固まらせていた。

 護衛のハンターも同様だ。

 

 目前のリオレウスが討伐されている事はまだいい。

 ギルドに連なる者にとって、依頼が発生する前にモンスターを討伐してしまうケース自体はそう珍しくない。

 村へ襲ってきたモンスターを迎撃したとか、旅の途中で遭遇したのでやむを得ずに討伐したとか、頻繁でないにしても往々にある事なのだ。

 流石に、火竜リオレウスをたまたま遭遇して、そのまま討伐というケースは些かレアケースな気もするが、そこはこの際置いておく事にした。

 

 問題は、それを討伐したのが目の前の少女とおぼしき相手であった事だろう。

 

 若きギルドの職員達は一同に驚愕を禁じえない。

 しかも防具の一つも装着しておらず、道具だの罠といった類は一切使用していないようだった。

 ヴァリエが平原に突き刺したままの炎剣リオレウスが、唯一の武装であった事は職員にも判断できた。

 

 が、判断できただけに余計混乱を招いたのは致し方ない事だろう。

 どう見ても、まだ若い少女くらいの姿にしか見えないヴァリエが、この炎剣を用いて、しかも火竜を相手にして、無傷で討伐してのけた?

 これをそのまま上司へ報告したとして、果たして信じてもらえるものだろうか?

 

 

「いや、失礼。正直驚きました」

 

 

 混乱で思考が停止しつつあったが、ギルド職員の一人がヴァリエ達に話しかける。

 とりあえず、情報を収集しておいて何とか上が納得のいく報告をしようと務める事にしたのだった。

 

 

「貴方がお一人で狩られたという事でよろしかったでしょうか? 見たところ、ほかに戦える方はいらっしゃらないようですが」

「そうだよ。私が狩りました~」

「この方がお一人で狩ってのけました。私ども商人達は助けていただきまして……」

 

 

 ギルド職員の問いかけに対し、ヴァリエは自信満々に頷く。

 次いで、商隊の中からリーダーであるポルコロが恭しく頭を下げて答える。

 目の前の状況を見れば、他に武装した者や武芸の心得がありそうな者はいない。

 その応答に誤りがない事を理解出来るはずなのに、未だ信じきれていないのはヴァリエの容姿や口調のせいもあろうか。

 

 

「な、なるほど。いや、恐れ入りました。ヒュルックのハンター達でも同じ芸当が出来る者はおりますまい。失礼ながらお名前をお尋ねしても? いや、ハンターの心得があるのでしたらギルドカードをお持ちでしょうか?」

「ギルドカード? そういえば、そんなのあったね。ほい、これ」

「拝見いたします……ヴァリエ……アルハイド。ホツリ村出身……階級はA級クラス・エース!? まさか、竜姫のヴァリエ? あ、いやヴァリエ様ですか」

「いいよヴァリエで。大した身分でもなし」

 

 

 慌てて言い直すギルド職員に、「別に畏まらなくていいのに」と気さくなヴァリエ。

 だが、その名を聞いた瞬間、ギルド職員達やハンター達に驚愕が走る。この短い出来事の中で、幾度驚いていればいいのかと思うくらいに。

 

 竜姫のヴァリエといえば、この辺りでその名を知らぬ者の方が少ない。

 この周辺どころか、ルクレイア国内でも指折りのハンターなのだから。

 ここ数年は活動もしておらず、引退したのかとも噂されていたのだが、まさかこうして実物と相まみえるとは。

 

 だが、少々。

 否、かなりギルド職員達のイメージとかけ離れていたというのは事実である。

 間違えてもそれを口にはしまいと、脳内にて誓いつつ。

 リオレウスを一方的に嬲り殺せる圧倒的強者だ。朗らかで愛嬌ある印象に見えるが、怒らせてしまったらどうなるか知れたものではない。

 あの炎剣を振り回す事を踏まえれば、どれほどの膂力があろうか。

 ギルド職員が全員武装していても、生身のヴァリエに負ける自信があった。

 

 穏便に済ませようと、言葉にせずともギルド職員達と護衛のハンター達の中で共通の認識となるのに数秒と要しなかった。

 竜の尾を踏むような愚を犯すものが仲間内にいなかった事に、心中では安堵しながら、その後も状況確認を行っていくのであった。

 幸いにもヴァリエは協力的で、無邪気に気さくな態度の彼女と話している内に、一同が当初抱いていた恐怖心も次第に和らいでいくのは別の話。

 

 

 


第 1 話

【>>ж・ ホツリ村にて ① ・ж<<】


 

 

 

「ただいまホツリ村。帰ってきましたホツリ村」

 

 

 ギルドへの討伐報告や、状況検分も終わり。

 ヴァリエ・アルハイドがホツリ村へ帰ってきた頃には、あたりは夕暮れであった。

 

 その後の帰途はモンスターと遭遇する事もなく、平穏無事なものであった。

 というよりは、平時はそうそう遭遇するものではない。そう思えばこそ、商隊の面々も護衛を雇うのを渋っての移動に至ったのだから。

 

 村の正門では、無事辿り着いた商隊が荷物を村へと運んでいるところだ。宿屋の予約や、食事の確保などに慌ただしく動いている商人も見える。

 暗くなる前に到着出来て安心もひとしおであっただろう。

 同時に、村の外で仕事に励んでいた村人達も続々と帰ってきている最中でもある。

 木々を伐採してきた木こりや、鉱石を掘りに行っていた鉱夫、薬草摘みに行っていた薬師などが、ヴァリエやその夫たるシュタウフェンを見かける都度、気軽に挨拶を交わしていた。

 

 

「いやはや、ヴァリエさん、シュタウフェンさん。今回は本当にありがとうございました。この度の件、一生感謝してもしきれません」

「いいよいいよ。別にポルコロさんのせいじゃないんだから」

「その通りですよ。もっとも、僕は何もしてませんがね! ははは」

 

 

 商隊のリーダーであるポルコロは、禿げかかった頭頂部を繰り返し下げて、感謝の意を伝えていた。

 この夫妻が同乗していたからこそ、誰一人の犠牲もなく、荷物も馬も荷車でさえも、一切の損傷も被害もなく済んだのだ。

 火竜の襲来時などは、護衛を雇わなかった事を繰り返し後悔したが、多少のハンターがいたとして無事に済んだかどうか。

 感謝の気持ちなど、いくら伝えても足りぬところだ。

 

 なにせ、感謝の気持ちにお礼を渡そうと、持ってきていた商品の中から選んでもらおうとしても断られたのだ。

 ヴァリエほどの実力者であるハンターからすれば、取るに足りぬ商品やもしれない。

 だが、何一ついらぬといわれるほど、粗末な商品を積んだ覚えもない。

 ポルコロが商人らしく、様々な商品を見せて勧めてみたのだが、結果は変わらずだった。

 

 

「たまたま乗り合わせただけで、私達だって自分の身を守るためだもん。だから、助けたとか気にしなくていいんだよ」

「しかし……」

「私も久しぶりにレウスと戦えたし、ギルドにレウスの素材も渡して報奨金も出たし、懐も温まったからいいんだよっ。ねっ?」

 

 

 ヴァリエの言葉はおそらく本当に本音なのだろう、と思う。

 屈託もなく、無邪気で素直な雰囲気で、にこにこと笑っている彼女が器用に嘘をつけるようにも見えなかった。

 

 ただ、火竜との交戦前後に比べると幾らかヴァリエのテンションが下がったように思えたのは、ポルコロの気のせいではないだろう。

 掠り傷一つ負わなかったヴァリエだが、流石に火竜相手では疲労もあるのではないか。

 というか、一撃たりとも攻撃を受けてはならない戦いの中で、心身に疲労がない方がおかしいというものだ。

 そう考えると、やはりお礼の一つもせずに済ませてしまう事に後ろめたさを感じずにはいられなかった。

 

 

「まあ、同じくヴァリエに助けてもらった僕が言うのもなんですが」

「ん?」

 

 

 見かねたのか、シュタウフェンが助け舟を出してくれそうな気配にポルコロはホッと息をついた。

 どこかで落としどころを用意してもらえれば、奥方であるヴァリエも納得してくれるだろうと思った。

 

 

「お礼は運賃と相殺にしてもらえますか」

「いや、そもそも運賃を取るつもりは……」

「それ採用で! ポルコロさん、それでいいじゃない!」

「えぇ……」

 

 

 シュタウフェンの言葉にヴァリエがにこりと賛同し、ポルコロはますます状況が悪くなった事を悟った。

 商人らしく、何一つ損せず、お礼も最低限で済む事に喜べればいいのだが、ここまで助けてもらってこの結果は如何なものかと感じる自分がいる。

 自分は商人失格なのだろうか? 一抹の不安がよぎるポルコロであった。

 ここまで相手に欲がない事は極めて稀、否、初めてかもしれなかった。

 

 尚も何か言いたげにポルコロがしているのを見て、シュタウフェンも何か思うところがあったのだろう。

 苦笑しながらも、問いかける。

 

 

「うーん、ポルコロさんはどうしてもお礼をしたいと?」

「そうですねぇ……お二人は不要と仰いますが、私どもとしても、助けてもらっておいてこの程度のお返ししか出来ぬのでは心苦しいところでして……」

「ふーむ。では、少しだけ商品を見せていただいても?」

 

 

 やった、とポルコロは内心で安堵した。

 あまりがめつく要求されても困るが、この二人に限っていえばその心配もあるまい。

 それなりに感謝の気持ちとして受け取ってもらって、後腐れのないようにしたいものである。

 ポルコロが荷馬車の中から、商品をいくつも取り出すのを見て、ヴァリエが思わずシュタウフェンへ話しかけた。

 

 

「いいの、シュウ? もらっちゃっても」

「貸し借りを残すと、却って気がかりになる事もあるかなと思って。だったら、貸し借りなしにした方が対等でいいだろう?」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ」

 

 

 ポルコロが取り出した木箱の中には、あらゆる商品が傷つかないようにと丁重に保護され、詰め込まれていた。

 このホツリ村や、行く先々で販売するつもりで積んでいたのだろう。

 商隊らしく、あちこちで仕入れてきたとおぼしき商品を手に取り、ヴァリエとシュタウフェンは吟味していった。

 

 

「さっすが商人さん。何でも揃えてあるねぇ」

「そう仰ってくださるのは商いに携わる者としては光栄です。どうか、お二人の御眼鏡にかなうような物があればよいのですが」

 

 

 色んな装飾の施された食器や、豪奢な刺繍の絨毯、派手な花瓶といった家具や雑貨だの、頑丈そうな革袋や手持ちランタンなどの実用品、様々な古書や書物、ハンター達が使う道具やモンスターの素材、見たことのない調味料や香料、食材と様々であった。

 その中でシュタウフェンはいくつかの書物に関心を示したが、ヴァリエの方は真っ先に一つの品を手に取った。

 

 

「私、これがいいな」

「それは……リオレウスの鱗を使った物かな? ペンダントみたいだね」

「おぉ、お目が高い。まさしく、リオレウスの鱗や甲殻の端材で作られたペンダントでございます」

「これさ、セリエにどうかなって」

「なるほど。きっと喜ぶよ」

 

 

 それはどうだろうか、とポルコロは思った。

 もう少し大きな男の子あたりは喜ぶかもしれないが、幼い女の子にはどうなのか。

 だが言わない。わざわざ心証を害するような発言は控えるべきだと思ったからだ。

 もっとも、先ほどのリオレウスとの戦いを近くで見ていて涙一つ浮かべなかった幼子だ。

 案外、本当に喜ぶかもしれないとも思えたのである。

 

 当の本人であるセリエはというと、ぐっすり眠っていた。

 流石に長い道中を馬車に揺られ、眠気に抗えるはずもなく、健やかにヴァリエの胸の中で寝息をついていた。

 

 

「では、こちらをお嬢さんに。他にヴァリエさんとシュタウフェンさんがそれぞれ一つずつお選びください」

「んー。私の分はセリエに渡すからこれでいいよ。ありがとう、ポルコロさん」

「僕もセリエにプレゼントが渡せるのですから、十分ですよ。ありがとうございます、ポルコロさん」

「いやいや、そうはいきません。せめて、シュタウフェンさんだけでも。実は、先ほど古書の方に目を向けていたのに気づいてましたからね」

「ははは……」

 

 

 そのあたりは商人らしき目敏さで見抜いていたポルコロである。

 結局、粘りに粘ってシュタウフェンにも一冊の古書を手に取らせる事に成功し、今日の出来事での貸し借りはなしとしたのであった。

 それでもなお、命の恩人への代価としては些少な気もしたポルコロであったが、これ以上粘っては、却って互いの関係を険悪とさせるばかりだろう。

 

 せっかく、竜姫のヴァリエとつながりを持てたのだ。

 この関係を良好のまま維持していき、今後とも贔屓にしてもらいたいという、商人としての打算もあった。

 

 

「さーてと。忙しい日だったね」

「お疲れ様。でも、リオレウスと戦えて嬉しかったんだよね?」

「あはは、それはそう! 久しぶりに戦ったなぁ、レウス」

 

 

 宿へと向かうポルコロや商隊の面々は繰り返し頭を下げ、手を振り、謝意を口々に発していった。

 それを見送ったところで、ようやく終わったとばかりにヴァリエが大きく息をつく。

 シュタウフェンはそんな様子の妻を労い、ヴァリエはにこりと微笑む。

 セリエといえば、変わらず健やかな寝息を立てていたが、その胸元には先ほどもらった火竜のペンダントがあった。

 眠っているはずなのに、両手はペンダントを握って離さない。この分だと、気に入ってもらえそうであると二人は微笑む。

 

 

「じゃあ、こっちのギルドにも報告しとかないとだし、シュウはセリエと一緒に家に行っててもらっていい?」

「もちろん。というか、今日はリオレウス狩りしてもらっておいて申し訳ないくらいだよ。報告だけなら僕がしようか?」

「ううん。たまにはアイナとか、皆の顔も見ておきたいし。挨拶もしたいから行ってくるね」

「そっか。じゃあ、頼むよヴァリエ。僕は家で夕食の方を用意しておくから」

「ん。ありがと」

 

 

 シュタウフェンにセリエを預け、ヴァリエはホツリ村の中央へと向かうのであった。

 そこにハンターズギルドのホツリ支部、兼、大衆酒場がある。

 

 

 

 

第1話【ホツリ村にて① つづく】


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