prologue
彼女は、その時の景色をおぼろげはあるが覚えていた。
腕の中で抱かれた幼子は、抱える男の中で目の前に広がる景色をまじまじと見ていた。
彼女のいる場所は、なだからな丘陵だ。
周辺にはまばらに木々が生えており、長い月日を経て地中より露わとなった岩場もある。
だが地表のほとんどは名も知られぬ草花によって覆われていた。
彼女の見上げた遥か頭上には、どこまでも蒼穹が続き、雲一つそこには見当たらない。
この日の気温は穏やかなもので、頬を流れてゆく風は温かい。
もっとも、そこまでの感想など抱いた覚えはないのだが。
「しゃぁぁーっ! 私の勝ちーッ!!」
響く女性の声。
それはそれは高らかで、誇らしげで達成感のある声だった。
もちろん、男の腕の中で抱かれている彼女の声ではない。
ヴァリエ・アルハイド。
女性を知る者達はヴァリエと呼ぶ。
「レウスいっちょあがり! まだまだいけるね私!」
心の底から楽しげでにこやかに笑うヴァリエの後ろには、火竜と称されるリオレウスが大地に鮮血を流したまま事切れていた。
その体躯はヴァリエを軽々と上回り、傍からみればヴァリエがこの火竜を倒すことなど到底信じえないだろう。
リオレウスの頭部だけでもヴァリエの倍以上の大きさなのだから。
斃れて伏した翼など、ヴァリエを幾人押しつぶしてもまだ余裕がある。
翼に備わったいくつもの爪など、その重厚な重みだけで容易く人を殺めることも可能だ。
まさしく鎧袖一触。
小柄なヴァリエなど、火竜が動いた際の接触だけでも死に瀕して然るべきであった。
だが、この場で立っているのはヴァリエで。
倒れたまま動かないのは、かのリオレウスなのである。
ヴァリエは金色に輝く髪を靡かせ、額に流れた汗を軽く拭うと幼子を抱えた男性へと振り返った。
「シュウ、見てた? 見てたでしょ!? セリエも見てた? お母さん、勝ったからねぇー!」
「見てた見てた。セリエもしっかり見てたと思うよ」
「おかーさん、すごぉい」
「でしょう!? お母さんはすごいんだぁ~」
シュウと呼ばれた男はほんの少し苦笑するも、ヴァリエを見つめる瞳には優しさが、慈しみが宿っていた。
そのシュウに抱かれていた幼子、セリエは近寄ってくるヴァリエに手を差し出す。
セリエの瞳や表情は、先ほどまで巨大な飛竜相手をなぎ倒した母への尊敬と憧憬で満ち溢れていたように思えた。
ヴァリエはセリエを抱きかかえ、柔和な笑みを浮かべる。
幼少の記憶などほとんど残らなかったセリエであるが、この時の母の表情はいつまでも記憶に残っていた。
あどけなく、屈託のない無邪気で可憐な母の笑顔だった。
「ヴァリエさーん、流石ですね! 一人であっさりリオレウスを狩るとは!」
「本当に一人で倒されるとは! 噂に違わぬ実力だ!」
「竜姫の名は伊達じゃありませんね!!」
ヴァリエ達の元に、男達が駆け寄ってくる。
いずれも興奮で顔が赤く染まっており、その表情は笑みを浮かべ、声も上ずっていた。
つい先ほどまで、もう死んでもおかしくないと覚悟を決めていたところからの生還なのだから、無理もなかった。
「おぉっ、商隊のみんなも無事ー!?」
「もちろんですよ! ヴァリエさんのおかげで誰一人怪我もしてません!」
「荷台も馬も商品も無事ですよ! 本当にありがとうございます!!」
「最強の名は欲しいままですね!!」
「私って最強? 天才?」
「そりゃそうですよ! 流石は竜姫! 流石はヴァリエさん!」
「へへへ……」
口々に賞賛され、感謝の意を伝えられ、ヴァリエの方も満更ではなさそうだった。
ほんの少しだが頬も緩み、桜色に染まっているのがシュウには分かった。
照れているのだ。分かりやすい。
異名である竜姫の名を聞くのも久しい。
ヴァリエを実際に見て、その異名を連想する人間は実のところ多くないのだ。
噂の内容と、実際の容姿からして、連想しづらいのだろう。
本人には決して言えないが。
「私は最強! 私は天才! そうでしょ!?」
「もっ、もちろんですとも! 我らの救世主! 我らの女神ぃ! そう思ってない奴いるぅ!? いないよなぁッ!?」
「そ、そうですよ! 竜姫! ヴァリエ! 竜姫! ヴァリエ!!」
「最強! 無敵! 天才!」
シュウは苦笑を浮かべ、ヴァリエは誇らしげに嬉々としていた。
誰ともなく、「しまった」という顔を浮かべたが、彼らにとってヴァリエが救世主であるのは紛れもない事実だ。
この際、どれだけ持て囃してもやりすぎという事もないだろう。
半ば自棄になって賞賛を続けた。
彼ら商人達の集団である商隊が、ヴァリエやその夫であるシュウ、娘のセリエの一家三人を乗せたのは単なる偶然だった。
ヒュルックと呼ばれる都市を出ていく商隊の行先と、ヴァリエら一家の目的地が同じホツリ村であった事から、幾らかの運賃を貰って送り届ける予定であったのだ。
商隊からすれば、少なからず収入も得られ、道中の話し相手も増え、ささやかだが良い事づくしと思えた。
一家からすれば、ホツリ村へ向かう馬車など中々見つからないので、渡りに船であった。
道中は実に和やかなもので、他愛もない世間話で終始したものだ。
商隊の人達はどこから来て、どこへ向かうのかだの、ホツリ村はどんなところだのといった内容である。
「ねぇ、おそらー」
最初に気付いたのは幼いセリエだった。
澄み切った空には違和感じみた、小さな影。
もっとも、それが大きくなるのに時間は要さなかった。
見晴らしの良い平原で、突然に空の王と称される火竜、リオレウスに強襲されたのだ。
まさしく不運としかいいようがなかった。
なんの前触れもなく、そんな大物が襲ってくるなんて、ひどい話でしかない。
商隊の誰もが「あぁ、終わった」と感じた。
同時に、なんでわざわざ今日、この時にやってくるのかと神々を呪った。
よしんばリオレウスが気まぐれで人間を見逃してくれただろうか?
否、だったらはじめから商隊目掛けて飛翔などしないであろう。
仮に人間の方が目当てではなくとも、馬や荷物、荷車が襲われてしまえば、商人達にとっては結局致命傷であった。
荷物や馬、荷車は商人達にとってすれば命に等しい財産だ。命があれば再起する可能性もあるとは理解していても、おいそれと捨てて逃げる事も出来なかった。
もっとも、あくまでも人間が襲われない前提の話であり、逃げたところで助かる保障もありはしないのだが。
商隊の誰もが絶望に囚われるのに時間は要さなかった。
間もなく迫りくる火竜を相手に蹂躙されるだろう、と。
破壊されるのは荷車が先か、荷物が先か。食われるのは馬が先か、人間が先だろうか。そういった不毛な想像すら脳裏に浮かんだ者もいる。
そんな暗い雰囲気の中で、ヴァリエ達一家だけは表情一つ変えないままだった。
それも突然の出来事でショックを受ける余裕もないのだろうと、周囲は解釈していた。この一家を気にかける余裕があった者すら少なかったが。
だからこそ、ヴァリエが気軽に「ちょっと行ってくる」と言って立ち上がった時は誰もが目を疑った。
「はい、これ。無理はしないように」
「もちろん。私が負けると思う?」
「まさか。じゃあ、セリエと応援してるよ」
「よろしくね!」
シュウとヴァリエのやりとりを聞いた誰もが正気を疑った。
ちょっと挨拶がてらといった気軽な様子に、止める暇もなかった。
だが、ヴァリエが手にしていた武器はそこらの主婦が持ち得るものではなかった。布で覆われていたそれが取り払われると、現れたそれに人々は驚きを禁じ得ない。
炎剣リオレウス。
たった今、襲い掛かってきているリオレウスの素材をふんだんに用いた紅蓮色の大剣だ。
刀身には赤銅色の鱗や甲殻に、黒々と鈍く輝く火竜の翼爪が備わっていた。
単純に捉えるならば、ヴァリエが火竜を狩ってきた実績があると示すに相応しい武器であった。
だが、この時は誰もがヴァリエが本来の持ち主であるとは信じていなかった。
なにしろ、刀身や剣柄を合わせると、元々小柄なヴァリエを易々と超える大きさだった。
とてもじゃないが、彼女がそれを振り回せるとは思いもよらなかった。
みすみす、リオレウス相手に餌が突っ込んでいくだけと思えた。自殺行為だと。
妻が危険な目に遭うのを承知で送り出すシュウに呆然としつつ、ヴァリエを止める暇もなく商隊の者達は見ているしかできなかった。
しかし、商隊の予想は裏切られた。
無論、良い意味での裏切りである。
遠目に見ても、ヴァリエの動きは鮮烈な印象を刻んだのだった。
「おらぁぁーっ! かかってこいやぁ!!」
ヴァリエが炎剣を引きずるようにして平原を駈けていく。
成人男性が両手で持つのもやっとの炎剣を、彼女は片手にぶら下げながら突貫していく。
炎剣の刀身が地面を削り、次いで火花が散っていく。
紅蓮の道筋を辿りながら、彼女は距離を詰める。
仰天したのは商隊の者達ばかりではなかった。
これから地面に降り立ち、襲い掛かろうとしていたリオレウスの足元に急速に肉薄してきたのだから。
羽ばたかせていた両翼からは、常人ならば踏みとどまる事さえ許さぬ風圧を巻き起こしていたが、それを意に介した気配さえ、ヴァリエは見せない。
命知らずな人間を相手に、威嚇の咆哮をしようとした瞬間、強かに頭部へ強烈な一撃が舞い降りた。
「まずは挨拶! はじめましてぇっ!! こんにちは! そして死ねぇぇ!!」
気安げな挨拶の声色と、それには見合わぬ剣呑な言葉。
そのあとに続くのは、言葉通りに殺意に溢れ、殺伐としすぎた一撃。
出会い頭の一撃に、文字通り頭部へと叩きこまれる斬撃。
ヴァリエの背丈を易々と上回る炎剣だというのに、振り上げる動作すらも刹那的であり、遠目で見ていた商隊などはもちろん、目前のリオレウスでさえもそれを視認できなかった。
あの身体のどこにそんな膂力が、と驚愕してばかりだった。
さらに驚くのはただの一撃で、火竜と畏れられるリオレウスが怯んだ事だろう。
誰もが、リオレウスが呻き、慄いた瞬間を目撃したのだ。
かのリオレウスに、油断や慢心があったのは事実だろう。
火竜の名を冠するように、本来リオレウスは体内に有する火炎袋を利用して、高熱の火球を放つ事ができる飛竜だ。
火球を放った後は、あまりの熱量に自身の喉をも焼け爛れさせるほどで、それを食らった者がどうなるかなど、語るに及ぶまい。
だが、圧倒的な再生能力をもって瞬く間に元通りになるのだから、まさしく竜の生まれ持っての強さといえる。
本気で相手をするのであれば、上空から商隊目掛けて火球を連発しているだけで勝利は揺るがなかった。
そうしなかったのは、獲物を確実に捕食するためだったのかもしれない。あるいは火球を食らった相手が原形を留める可能性は低く、黒焦げになったそれらでは物足りなかったのやも。
だが、この場合はあまりにも悪手だったのは事実だろう。
とはいえ、リオレウスを擁護するならば、無理からぬ事であったのだろう。
まさか、たまたま遭遇し、手頃な餌だと思っていた相手の中に、自分へ襲い掛かってくる奴がいるなど、考えもしなかったのだ。
ましてや、その襲い掛かってきた人間が自身よりも強者であったなど、まさしく想定外だ。
だが、それでもリオレウスの脅威が無くなるわけではない。
確かに肉薄し、懐に入られれば、至近距離で火球を命中させるのは至難だ。多少の自傷覚悟で足元に爆炎を放ち、巻き込む事も選択肢の一つにはあっただろうが、おそらくは致命的な隙となっていた可能性も高い。
しかし、火球がなくとも、本来有する生まれ持ってきた体躯だけでも、人間にとっては十分すぎるほどに危険なのである。
ほんの少し、リオレウスの体躯が、否、爪先ひとつで掠めれば骨ごともっていかれかねない。
牙が、脚が、尻尾が、翼が、なんなら翼に備わる翼爪でさえも。
どこをとっても、ヴァリエの命を易々と奪うだけの威力を秘めていた。
なにせ、ヴァリエの服装は普段着である。
外出用のワンピースに、長ったらしいフレアスカートを身に着けているのみで、別段防具らしいものは何一つない。
振り回している巨大な炎剣だけが唯一の武装である。
武器があるからとはいえ、一度も攻撃を受けずに戦うなど正気の沙汰ではない。目前の火竜の体躯や、剥き出しの殺意であふれる形相を見ながら、正気を保ち続けるのは常人には至難ですらあった。
ましてや、一度でも攻撃を受けてはならない緊張感に耐え続けるなど、まさしく正気の沙汰ならぬ、狂気の沙汰。
「す、すごい……」
縦横無尽に暴れまわり、一方的にリオレウスを追い詰めつつあったヴァリエを見て、誰かが思わずつぶやいた。
周囲で同じように木々などの後ろに立ち、同じく見守っていた商隊の誰もが同じ感想を抱いた事だろう。
縦横無尽に戦うヴァリエの姿は、目の前で戦っているというのにまるで似つかわしくなかった。
無邪気にはしゃぐ少女のように、屈託のない笑顔で火竜を叩きのめしているのだから。
彼女が炎剣を振るう都度、剣閃には血潮が連なっていく。
「あははっ。面白いなぁッ! おっとぉっ!」
火竜の手数すべてが受ければ致命傷であり、一撃たりとも被弾を許されない状況下で笑う。
彼女は終始笑顔だった。心の底から、この戦いを喜んでいるのだと思えるほどに、彼女は笑っていた。
自分たちを救ってくれている相手だからこそ、尊敬や畏敬の念を抱ける。
だが、あのヴァリエが自分たち笑顔で襲い掛かってきたら、生きた心地などしそうもない。
今や、火竜よりも圧倒的な強者であるヴァリエが恐ろしいと思った者さえいた。
「やっぱリオレウスはいいねぇッ!!」
何度目かの炎剣による斬撃を浴びせ、ヴァリエが笑う。
彼女が炎剣を振るう都度、リオレウスの鱗や甲殻が割れ、翼爪が砕かれ、おびただしい出血が強いられていく。
無論、リオレウスとて無抵抗でいようはずもなかった。
この眼下の生意気な人間の娘に対し、必死の抵抗を試みていた。
今や、油断も慢心も驕心もなかった。このままでは殺されると、はっきりと理解したのである。
リオレウスは巨体そのものを回転させ、遠心力によって強かに尻尾で打ち付けてやろうとしていた。
尻尾の先端にはいくつもの棘を備えており、番となる雌火竜のように毒こそ含まないものの、そもそも人間の頭より大きな棘が遠心力をもって振るわれているのだ。打ち据えられたらどうなるかなど、想像するに難しくもなかった。
ヴァリエの小さな頭部など木っ端微塵であろう。上半身に打ち付けたとしても、そのまま腰から上が消し飛ぶはずであった。
よしんば尾を回避しても、その回避行動中を狙い、食らいついてやろうと構えていた。
ヴァリエの一挙一動を見逃すまいと、その双眸は捉え続けていた。
文字通り必死である。
だが、当たらない。掠りもしない。
それどころか、視界に捉え続ける事でさえ、困難となりつつある。
元々小柄であるとはいえ、確実に尻尾の軌道を見切り、回避したところへリオレウスの頭部が迫った瞬間にも、最低限の動きでかわしてみせる。
ゆったりとしたスカートを穿いたままなのだ。なんで動き回れる。
なんでその恰好で回避できるんだという話なのだ。
だが、目の前のヴァリエはやってのけた。
一見優雅に、軽やかにスカートを翻しながら回避をしてみせ、余裕綽綽といった風にさえも感じられた。
それどころか、一方的にリオレウスを攻め立てて、反撃をするのもやっとだという状態だった。
幼く見える外見のどこに、大剣を軽々と振り回す筋力があるというのか。
いや、目前の火竜を相手に怯まない度胸も、手慣れた動作にも、人々は驚きを禁じ得ないでいた。
戦っている内にヴァリエも慣れてきたのだろうか。だんだんと無駄をそぎ落とし、回避は最低限の動きとなりつつあり、攻撃はさらに的確に急所狙いに絞っていった。
かの火竜にとっては死刑宣告に等しい。
リオレウスが空の王と呼ばれているにもかかわらず、攻撃に転じるため、態勢を整えるため、あるいは逃走するために飛翔する事さえ、ヴァリエは許さなかった。
リオレウスが翼をはためかせる予備動作に移る瞬間、すかさず頭部へ尋常ならざる一撃を与え、よろめかせるからだ。
こればかりは経験の賜物だろう。狙っても出来る人間など限られているだろうが。
翼自体も裂傷だらけで、十全に飛び立つ事がもはや困難となっていた。
ヴァリエとリオレウスが戦闘を開始してから、瞬く間に形勢は喫しようとしつつある。
もはや、勝利は目前に、しかも確実に迫っていると素人目にも映っていたのだ。
「おいおい、マジで勝つぞあの人……」
「つーか、あの炎剣ってリオレウスの素材で作られた武器だろ。あの人、何者だ?」
「ヴァリエさんだっけ? ヴァリエって聞いた事ある気がするが……」
商隊の者達がささやきあっている中、だんだんと彼らの中で答えが導かれようとしていた。
一人が思い浮かんだ人物について、思い出そうと頭をひねる。
「そうだ! あの炎剣! 竜姫のヴァリエだよ!! いただろっ!? 片っ端から飛竜を狩りまくってたハンター!」
「竜姫? 最近は名前を聞かなかったが……あのこど……あの人が?」
「ま、マジか。じゃあ、俺たち助かるのか?」
つい先刻まで、自暴自棄になりかけていた商隊の面々だったが、表情や様子に変化が訪れていた。
そして今戦っている女性が名高いハンターである事を知り、負に傾きかけていた心理面が急速に上昇しつつある。
竜姫のヴァリエ。
商隊の者達が向かっていたホツリ村で以前活動していたのは知っていた。
だが、まさか、たまたま同乗した女性が本人とは思いもよらなかった。それに、最近は久しく名前を聞いていなかったのもあるだろう。
一般的に噂されている人物と若干イメージが違っていたのは確かだ。
これを言えば本人は怒るかもしれないが、竜姫という人物に対して、もっと大人びた、凛々しい女性像が想像されていたのだから。
目的の村へ到着したら出会えるかもしれない、くらいに期待していたが、まさか同じ道中を共にしていたとは……。
ヴァリエの容姿といえば、金色に輝く髪の中、幼げを残す顔立ちが特徴だろう。
顔も幼いが、身体も小柄である。
まだ成長途中の少女であるといっても信じてしまうだろう。
経産婦であるとはとても思えない。
実際、娘であるセリエを抱えている時ですら、歳の離れた姉と妹くらいにしか思えないくらいだった。
それ以上言ってしまうと、ヴァリエの夫であるシュウのイメージに悪影響を及ぼすので追及しないが。
「ヴァリエさんもやべぇが、旦那のシュタウフェンさんも大概な度胸してんな」
「どこにいるんだ、旦那さん……って、ま、マジかぁ?」
「娘さん連れて見物なんて、どんな心臓してんだあの人も」
愛称シュウこと、シュタウフェンはセリエを抱きかかえながら、妻であるヴァリエとリオレウスの戦いを眺めていた。
無論、万が一にリオレウスが襲い掛かってきたとしても、離れられるように身構えてはいるだろう。
だが、それにしたってわざわざ火竜のいる元へ近づく精神性を商隊の誰もが疑った。
まだ幼い娘であるセリエが泣き出したらどうするのか、狙われたらたまったもんじゃないと、思わず遠目に見た時。
シュタウフェンの胸元で幼いセリエは笑っていた。
嗤っていたといってもいい。
多少離れているとはいえ、想像もできないほどに巨大な生物が荒れ狂っているのを見ても、笑顔のままだったのだ。無邪気な笑みのそれは一線を画していた。
それに気づいた商隊の一人が思わずゾッと身を震わせた。
大人の男達が死の恐怖に苛まされていた中で、ずっとこの子は笑っていたのか?
「…………」
どうやら、常人には理解しがたい世界があるのだと感じざるをえなかった。
常人を超えた存在である親の元には、やはり常人を超えた子が産まれるものだと結論付けるたのだった。
竜の子は竜であるのだと。
――そして、ほどなくしてヴァリエが高らかに勝利の雄叫びを上げるのである。
果たして、幼いセリエはこの時の光景を覚えていたのだろうか。
それはセリエ以外の誰にも分からない事であった。
セリエ、この時三歳である。
まだ、この物語において彼女は主役ではない。