深白の竜姫、我が道をゆく   作:羊飼いのルーブ

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epilogue

 

 


epilogue

【>>ж・ 始動する計画 ・ж<<】


 

 

 

 そこは、とある建物の中のとある一室。

 整然と机と椅子が並べられ、机上にはほとんど物も置かれていない。

 室内はよく掃除が行き届いているものの、普段からほとんど使われていない部屋であるようだった。

 

 外から見えぬようにか、はてさて中から外を見えぬようにか、窓は布で覆われている。

 その代わり、室内には十分な明かりが灯されており、暗さとは無縁である。

 端的にいって殺風景な部屋であった。

 しかし、それに反する意図でもあるのか、椅子に座っている者達はとかく目立つ容姿をした者が多かった。

 座っているのは、全部で十名。

 

 

「ヴェルラーの爺さんが死んだらしいな?」

「…………」

 

 

 規則的に並べられた椅子の中で、端に座っていた男が飄々とした態度で発言する。

 男の顔に浮かぶ表情は軽薄そのもの。

 名を、ラハルトという。

 

 そのラハルトの隣には、小さな少女が座る。

 両膝を合わせ、左右に手を載せており、礼儀正しく座っているように余人からは見える。

 白雪を思わせるような真白の髪に、小さな顔に収まる双眸は燃えるような真紅色をしており、さながら紅玉ルビーを思わせた。

 表情はなく、ただ、周囲のやりとりを無感情に耳にしているだけと思えた。

 そこには何らかの関心も興味さえも見えない。

 

 

「ああ、確かだ。正直なところ、計画を進める上での懸念事項の一つだったが……。流れはこちらへ向いてきているらしい」

「あの爺さんが死んだとは信じらんねぇが、デスの旦那が言うんなら、そうなんだろう」

 

 

 ラハルトに対し、答えたのは室内で中央に座る男だ。

 暗褐色の布で顔を覆い、その容貌を窺い知る事は出来ない。

 デスの旦那、などと略称で呼ばれているが、他の面々からはデスメトルの名で知られている。

 

 そのデスメトルだが、顔が見えぬ以上、感情も表情も余人には分からない。

 言葉にも感情は篭められておらず、淡々としたものだからである。

 ただ、このデスメトルに限らず、ここに集っている者達のほとんどが顔を見せぬためか、何らかの仮面を付けていたり、兜を被っていたり、この男のように布で覆っていたりとしている。

 むしろ、まったく隠すつもりもないラハルトだの、真白の髪の少女がここでは異端であった。

 

 

「あのジジイが死んで、今はアイツがギルドマスターになるんだってなァ? あの糸目野郎のアンベシルがよォ」

「そうだったな。まあ、あの都市長が相手なら適任じゃねーの」

「へっ、確かになッ。あの街のハンターだの騎士なんて雑魚しかいねぇからなァ」

「だな。まあ、竜槍あたりは少し手こずるかもしれねーけど。あとはどうにでもなんだろ」

「違ぃねェ。つーかよォ、あの半端モンはまだ飼っておくのかよォ?」

 

 

 ラハルトの向かいに座っている男が嘲笑うような口調と声色で話す。

 燃えるような赤髪がとかく目立つ男で、誰彼構わず挑発するような笑みを浮かべていた。

 その名はドゥラークで知られている。

 

 

「半端モン? あぁ、あのテンプの諦めの悪い姉ちゃんか」

「どーせ、薬を使ってもB級クラス・ベターを続けるか、届いてもA級クラス・エースがやっとだろッ? そのくせ、味方を裏切るのは嫌だとか抜かしてんだから笑っちまうぜッ」

「確かにな。先のユーリアでもいいように使われ、次の作戦でも使われると分かってんだろうに。何を考えているのやら」

「ハッ、馬鹿なだけさッ。自分の身の程をわきまえて地道にやってりゃいいものをッ。あの薬を使い続けて、その先がどうなるのか、見物だなァ」

 

 

 無精卵を一生懸命に温めるような、熱意がどれほどあったとしても無益極まる行為に励む女性を蔑んでいた。

 心底虚仮にしており、それを隠すつもりもない二人であった。

 

 ラハルトとドゥラークの軽薄なやりとりを耳にしつつ、別の女性が口を開く。

 狐の顔を模した面をかぶっており、やはり顔を見えないがその声はまだ若いと思われる。

 

 

「それで? 次の作戦とやらはいつになさるのでしょうか? ここに【白】も来ている事ですし、【蒼】も南下させますか?」

「時期としては、アンベシルが赴任してから一年くらいで着々と動くとしよう……。【蒼】は南下させて、シャルトウッドへ向かわせる」

「南っていやァ、ユーステリアかッ。あそこにゃあ、老いぼれのランゴバルトがいたっけかァ? 奴も殺っちまうのかよォ?」

「どちらでも。一昔前までならいざしらず、今のランゴバルトなど恐れる何物でもない。ついでに始末しておければ僥倖くらいに考えている」

「ハハッ、アンタも大概ひでぇ事言うなァ。だが確かに賛成だァ。生き残ったところで邪魔にもなりゃしねェ」

 

 

 何が可笑しいのか、ドゥラークが笑い転げる。

 その様子を見やりつつ、ラハルトが次いで問いかけた。

 この時、その表情は先ほどまでと同じ飄々と、軽薄そうな笑みに見えるが、声色にはどこか真剣なものが混じっているのに幾人か気付く。

 

 

「で、最終的には竜姫も殺るのかい? 言っちゃなんだが、アレは強ぇぜ」

「確かになァ。ユーリアの時に戦い方を見たけどよ、あれでA級クラス・エースは嘘だろよォ。【蒼】だけじゃ荷が勝ちすぎるんじゃねーのォ??」

「いや、正面からいきなりでは無理だろう。そうでなくとも、あの村にはそこそこ腕の立つ者も少なくない」

 

 

 デスメトルは、変わらず淡々とした口調で答えていく。

 ラハルトもドゥラークも、どこか人を食ってかかった雰囲気に、それを表すような挑発的な言動もみられる。

 だが、竜姫を始末するという点については、幾らか警戒も緊張もにじませている。

 もっとも、この二人の抱く危機感は、種類の異なるそれであったが。

 

 

「まずは、戦力を削らせる。戦闘面では雑魚だが、多少頭の回るシュタウフェンと九傑とやらを幾人か。【蒼】の実戦練習にちょうどいい相手だろう。ユーステリアの連中と合わせて餌としよう」

 

 

 この場に、もしヴァリエが居合わせようものなら、たちまち発言者たるデスメトルどころか、室内にいる全員が斬り伏せられるだろう。

 単独でヴァリエに勝ちうる者はこの場にいない。

 いずれもが対人戦においてはエキスパートだと自負しているが、それでも単独で勝てるイメージがわかなかった。

 もっとも、多少の犠牲を覚悟で挑むのなら、勝機がまったくないとも思えなかったが。

 

 

「なるほど。では【蒼】の方にはそのように。【紅】も北上させましょうか?」

「そうだな……ホツリにはもう一人、A級クラス・エースのギースカスがいたはずだ。奴の相手は【紅】に任せよう」

「かしこまりました。それと一つ、意見を具申してもよろしいでしょうか」

「なんだ?」

 

 

 狐面の女性が少しだけ言い淀みそうな気配を見せたが、デスメトルが「構わん、言うがいい」と促すと声を発した。

 

 

「竜姫を殺すという計画ですが、そちらは延期にしてもよいのでは?」

「何故だ? 奴がこの計画に協力をするとでもいうのなら、話は変わるが」

「いえ、それはないかと思われます。ただ、今の戦力であの竜姫を始末するというのは、正直なところ難しいと思います。しかも、万が一に生き残った場合は、関係者も厄介です。あの男が出張ってきたら、勝ち目もなくなります」

「ふむ……だが、あの男はペル・ディエム要塞の防衛で離れられないだろう。今こそが好機のように思えるが?」

「【起動素材パーツ】として、まだまだ経験や実力をつけさせてもいいのでは、とも思えるのです。身近にいるからこそ、まだまだ伸び代があると分かりまして、惜しく感じてしまいまして。いえ、これは我儘ですね……失礼しました」

 

 

 小さく頭を下げる、狐面の女性。

 彼女いは先ほどより、平静な様子に口調や声色も崩さぬまま、淡々と話していたように見える。

 だが、実のところは発言の一つひとつに細心の注意を払っている。

 それは、彼女の仮面の内側を見通せる者がいたなら、顔に冷や汗が浮かび、表情も緊張で張りつめている事に気付き、努めて冷静を装っているのだと分かっただろう。

 

 

「私の考えから述べるなら。計画を考えれば、竜姫などは真っ先に邪魔をしてくる筆頭に思えてならない」

 

 

 デスメトルが考えを述べる。

 この話し合いが始まってから、抑揚もなく、感情も籠っていないように見えるが、この時は微かに殺気めいたものを発していた。

 

 

「ましてや、ホツリ村の面々を皆殺しにしておいて、奴が生き残っていたら? まず間違いなく、復讐心のままに暴れ狂うだろう。そうなった時、奴を倒せるものはいるのか?」

「少なくとも俺は勝てないって言っておくぜ」

「俺もだなァ~。瞬殺される未来しか見えねェ」

 

 

 ラハルトにドゥラークが互いに降参のジェスチャーをしてみせる。

 傍からはふざけて見えるが、おそらくは本音だろう。

 それに同意するように狐面の女性も頷く。

 

 

「とはいえ、貴重な【起動素材パーツ】としての価値も捨てがたいのは確かだ。生き残っている中で、奴ほど長く、強く生きているのは他にいないからな。できれば生かしておいて、最大限に高まったところで用いたいとも思うが……まあ、それには生きていなくては意味がない」

「では……?」

「私としては、我ながら不断な事と思うが、殺せるなら殺す、生き残ったら運用する術を考えるとしよう。まあ、手段がまったくないわけでもないからな」

 

 

 デスメトルの言葉に、狐面の女性が「ご賢察、痛み入ります」と言って小さく頭を下げる。

 それに対し、感慨もなさそうにデスメトルは頷くのみであった。

 

 

「さて、このあとは細かい部分を詰めていきたいと思うが、計画は大体一年後を目途に開始する。各々、準備を怠らないでもらいたい」

 

 

 

 

 

epilogue 終了


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