深白の竜姫、我が道をゆく   作:羊飼いのルーブ

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◆第10話 【竜姫のヴァリエ】

 

 

 

 

 

 ユーリア山地の東側。

 こちらで確認したコンガの群れの中で、ボスたるババコンガは三頭。

 その中の二頭が姿を見せ、そのどちらもが通常みられるような姿とは異なる事に、幾人ものハンターが気づいた。

 群れの中でも最後方といっていい位置におり、こちらの出方を窺っているようなそぶりですらあった。

 

 

「キノコまみれに片腕、かぁ。結構強そうね。それに四か所同時……」

 

 

 カヤキス・プリンシバルはぼやきつつ、雌火竜の素材で作り上げられた重機槍ガンランス、愛槍プリンセスバーストの柄を左手に握る。

 一斉に動き出したコンガ達の数は目算で五十頭。

 想像より数が多いとは思ったが、どうにかならない事もないとカヤキスは思案する。

 それよりは、一塊できてくれればいいものを、四か所から同時に攻めてくるものだから、攻撃が集中させにくい方が不満点であった。

 

 とはいえ、基本的にやる事は同じだ。

 本格的な接敵をする前に遠距離攻撃によって可能な限り数を減らし、傷を負わせて、接近戦でトドメを刺す。

 

 

「副団長さん!」

「えぇ、分かってます! ガンナー隊、前へ!」

 

 

 ボウガン*1を構えた騎士やハンター達が狙いを定める。

 とはいえ、四か所から同時に坂道を上がってくる群体を同時に倒し切るなど不可能だ。

 

 

「どこから行きますか!?」

「一番近い、手前の群れから狙って!!」

 

 

 カヤキスの鋭い声に従うようにして、ボウガンの銃口から火が噴く。弾け飛ぶ薬莢。硝煙の匂いが鼻腔を過る。

 手前の十頭前後のコンガ達に襲い掛かった弾丸は、数頭をそのまま屠り、残ったコンガ達も動きを鈍らせた。

 だが、止まる事はない。なおも前進を続ける。

 仲間を殺し、自分たちに傷をつけた憎き者達にせめて一矢報いるため。

 

 

「接敵! ランサー隊は防御を固めて! 一歩も通さぬ構えでいくのです! ニッケルトン、エッペンハイム、アリエンロー!」

「はっ! お任せを」

「堅牢死守の構えで迎え撃ちます!」

「俺の双剣捌き、みせてやりますよ! みててください、シーリアス様!」

 

 

 上級騎士にして、各部隊の指揮官である者達の応答を耳にし、指示通りに大楯を構え、長大な穂先を前に向けていくのを視界に収めつつ、シーリアスは迫る二群目を捉える。

 シーリアスがカヤキスへと視線を送った時には、カヤキスやハンター達も動き始めていた。

 近接組のハンター達が既にコンガへ攻撃を加えつつあり、後方では赤髪に黒眼鏡の屈強なハンターが、似たような髪色のハンター達と共に、慌ただしく動いているのも見えた。

 荷車に積んだ大きなタルや、両手に抱えるほどのタルを手にしながら進んでくる一団というのは、異様な光景であろう。中に何が詰まっているのか知っているだけに、なんらかのアクシデントで炸裂した時を想像すると、背筋にゾッとするものが流れる。

 

 

「タイラー! 準備は出来てるのかしら!?」

「任せろ! わはは! 傾斜があるところなら、どんな流れからでも大爆発だぁー!!」

 

 

 歓喜の声を上げるのはタイラー。

 赤い髪を鶏冠よろしく伸ばし立てたモヒカン頭の大男だ。

 身体つきも屈強で、肌が見える箇所はいずれもおびただしい傷痕だらけ。

 ハンター以外の職業が想像できないであろう人間。

 

 接近戦のエキスパートにしか見えないが、実際は爆弾を扱うのが得意だという。

 爆発物を炸裂させ、爆炎を背景に高笑いしている姿は確かにイメージ通りな気もしたが、実際は正しい知識と技量の元に爆薬を調合し、緻密な計算をもって配置などを行うというのだから、人は見かけによらない、などと思考を巡らせたところでシーリアスは頭を振る。

 外見や振る舞いで、その人間の印象を勝手に決めつけてしまうのはよくないと、日ごろから上官たるシュライハムから言われているからだ。

 

 

「よぉーし! この角度から荷車ごと突っ込んじまえっ! わはは! 俺は火祭のタイラー!!」

 

 

 いちいち、自分の異名と名前を連呼しないといけない決まりでもあるのだろうか。

 混戦へと至りつつある中、そのような疑問を抱いたのはシーリアスばかりではあるまい。

 接近戦の中、大楯で懸命に陣形の崩壊を防ぎつつ、ランスの穂先を突き出しては着々とダメージを与えていく騎士に加わり、シーリアス自身も一頭のコンガを仕留める。

 シーリアス以外には直属の上官たるシュライハムや、彼女に従う三名の上級騎士にしか扱う事が許されぬ、銀嶺さながらの美しい穂先が特徴のパラディンランス。

 そのパラディンランスの穂先を振るい、返り血を振り払った。

 

 シーリアスの視界の端では、大きなタルを積んだ荷車の端を、坂の頂上から押し落とすハンターの姿が見えた。

 坂道を勢いよく進んでいく荷車は、接近しようと駆けてくるコンガの一頭に直撃した。正確にいえば、避けようとしていたコンガに投げナイフを数本投擲し、命中して脚を止めてしまったところに直撃させたのだ。

 投げナイフを見事命中させたのはカヤキスだった。周囲で口笛を吹いたハンターに向けて、二本の指を立ててはにかんでいる。

 器用なものだと、素直にシーリアスは感心した。

 

 大タル載せの荷車が直撃した時、ほんの数瞬遅れて、爆音と爆炎が周囲を覆った。

 鼓膜を突き通すような音に、視界を一瞬で覆いつくした閃光、熱風が肌を焼くように吹きすさんだ。

 もっとも、爆心地にいたコンガ達はその比でなかったであろう。

 直撃したコンガなどは文字通りに木っ端微塵と化し、剥ぎ取る場所さえも存在しない。近くにいた三頭が虫の息といってもいい有様で、他にいたコンガも戦意を喪失しかけたように動きを止めている。あるいは突然の事態に理解が追いつかなかったのかもしれない。

 

 タイラー率いる赤髪のハンター達が、追撃といわんばかりに爆弾を積み込んだ荷車を坂に滑らせるように押していく。

 両手に抱えた小さなタル爆弾を投擲する者もいる。

 次いで響き渡る轟音、視界を埋め尽くさんばかりの眩い灼熱の閃光。大地の鳴動といわれても信じるであろうほどに足元や視界が揺れ続けた。

 コンガ達の悲鳴は聴こえなかった。悲鳴を幾頭もあげていたのかもしれないが、爆音でかき消されたのであろう。

 

 

「わはははははは!! 爆発! 爆炎! 爆音!」

「って、やりすぎでしょうが! 馬鹿タイラー!」

 

 

 喜びのあまり、興奮に至り、もはや狂乱しつつあるタイラーの後頭部をカヤキスははたく。ぺちんと乾いた音がする。

 まだ小タル爆弾を投げようと、きゃっきゃっとはしゃいでいるハンター達もしばかれた。

 相次ぐ爆発によって、地面が吹き飛び、ボウガンでの一斉射撃さえも比にならぬほどの硝煙が辺りを覆っている。

 

 被害らしい被害もないまま、コンガ達が文字通り消し飛んだように思われた。

 煙の向こうには動く影もなければ、気配もなく、声も音もない。

 騎士達も、ハンター達も暫し静寂の中で警戒し続けた。同時に、「もう終わったのでは?」との思いも抱かざるをえなかった。

 それほどまでに、先ほどの爆撃は凄まじかったのである。あの威力が絶え間なく続くのであれば、飛竜級でさえ為す術もなく死すほかないと思わざるほどに。

 

 ただ咆えてばかりの奇行じみたおかしなハンターが率いる一団。

 それが先ほどまでのタイラー達の評価であった。

 だが、この僅かな時間にその評価には付け足された。恐ろしいほどの威力を秘めた爆弾を扱う、頭のおかしな恐るべき集団と。

 

 

「まったくもう、これじゃコンガ達が逃げても分からないじゃないの。ババコンガも巻き込まれてたらいいんだけれど……分かってるの、タイラー!?」

「はい、すんません」

「……まあ、爆弾の威力は流石だったけどね。一瞬で相当数のコンガが吹っ飛んだもの」

「だろう!? 俺はタイラー! 火祭の……」

「でも、これじゃ素材の剥ぎ取りもできないでしょうが! 命を奪い、命を繋ぐのがハンターの原則! 山も削って、環境破壊もしちゃってるわよ! 大人しくしてる草食モンスター達だって怯えて移動を開始したら、生態環境への影響云々で怒られるでしょうが!」

「はい、すんませんした」

「もうっ! 素直に褒めさせてほしいわ!」

 

 

 悲喜交々とするタイラーに呆れたような視線を送るカヤキス。

 先ほどの爆弾の威力は、彼女自身も驚くほどの殺傷性と範囲であったのは事実であったのだ。

 見た目は大タル爆弾で、通常ハンター達が使うそれと同じくするものであったが、中身は別物といってもいいほどである。

 おそらくは爆薬以外にも、威力を高めるための素材が加わっていたり、特殊な技法が施されているのだろう。

 その技法など知りたいとは思うが、ハンターにとって知識だの技術だの経験などのあらゆる情報、それ自体が財産なのだ。易々と教えてもらえる類のものではない。

 金銭や物品、モンスターの素材など、何かしらの対価を支払うのは当然の事である。

 

 

(……とはいえ、大タル爆弾を超えた存在の調合方法、簡単に教えてもらえるわけもないかぁ~)

 

 

 カヤキスは好奇心旺盛で、気になったら知りたくなる性質の持ち主である。

 だが、そんな彼女でもハンターとしての基本的な価値基準には素直に従うのであった。つまり、対価を払わずしてタダで教えてもらおうとは微塵も考えていない。もっとも、彼女に用意の出来るもので教えてもらえるなら、すぐにでも支払う気でもいたが。

 

 

「カヤキスさん、そろそろ煙が晴れてきそうですね」

 

 

 周辺を窺いつつ、ほんの少しの不安を表情に帯びながらシーリアスが近づいてきたところで、カヤキスは思考を断ち切った。

 今は、目の前の戦闘を確実に勝利する事、犠牲者を限りなく減らす事、無事に帰る事こそが最優先だと切り替える。

 

 周囲にいる騎士やハンター達は尚も警戒を怠ってはいなかったが、その表情や様子からは生き残りのコンガが散発的に挑んでくるかも、くらいの気配がうかがえた。

 注意すべきだろうか、とカヤキスが考えたその時であった。

 

 

「ババコンガだっ! 木の上を伝ってきやがった!!」

 

 

 騎士かハンターか、その声の主は咄嗟に分からなかったが、その驚く声にその場にいた者達が一斉に視線を上へと向けた。

 身体中にキノコを生やした奇妙なババコンガだ。コンガの類が木々を伝って移動するなど、今まで聞いたことも見た事もない。

 木の上にのぼって昼寝する事はあるし、木々に実った果実などを食す事もあるが、あれほどに俊敏に飛び移る個体を見たのは、カヤキスも初めてだった。

 どうやら、仕留めそこなったらしい。しかも、大した傷も帯びていないように見える。

 

 

「こっちからも来たぞ! 片腕のっ、ババコ……っ」

 

 

 もう一頭の隻腕のババコンガは、上を意識していたばかりに反応が遅れたハンターに向かって強かな一撃を浴びせた。

 警戒を呼び掛けようとしていたハンターは奇妙な方向に首がねじれ、地面に斃れたまま動かなくなった。

 片方しか腕がないが、その威力はたった今しがたの一撃で理解できるほどのものだ。

 

 ぎょっとしたのは、その哀れなハンターの周囲にいた者達である。

 突然の襲来、突然の仲間の死に動揺と驚愕を一様に浮かべ、武器を取るでも、防御するでもなく、次いで二人目の犠牲者が殴打を浴びて死に至る。

 そこでようやく、一人のハンターが手にしていた片手剣を振るうが、隻腕は右腕で刀身を叩き逸らし、呆気にとられる三人目の腹部めがけて正拳を放つ。三人目は前者達よりわずかながらに絶命するまでの時間が長かったのだが、それは苦しみが二人よりも続いたという事でしかなかった。

 

 

「ぎゃぁっ! あつっ、あっちぃぃ!!」

「火っ!? うぉっ、火がっ!!」

 

 

 一方が隻腕へ集中する最中。

 

 もう一頭のキノコまみれのババコンガから放たれたのだろう、放射線状に広がった炎の息吹が、複数の騎士を包む。

 燃え盛る炎の中で、騎士達がもがく姿が見えてしまい、思わず目を背けたくなるカヤキスだったが、そうもいかぬ。炎は目前に迫っていたからだ。

 愛槍であるプリンセスバーストを抜き、雌火竜リオレイアの鱗や甲殻を用いたであろう大楯を前に突き出し、炎を受け流す。カヤキスの高い反射速度と、火属性に対し、強い耐性を備えているからこそ可能な芸当だ。

 カヤキスの突き出した槍の穂先は、鋭く、早く、突いたあとの残像さながらに深緑の軌跡を描く。

 だが、キノコまみれときては、防御するでも回避をするわけでもなく、口を膨らませ、勢いに任せて噴き出すと、口腔内からブレスを吐き出す。一見透明ではあったが、カヤキスはすぐにこれが麻痺性の毒であると感じ取った。このあたりは長年の経験による咄嗟の判断なくして不可能であろう。

 重厚かつ、並大抵といえぬ重量の槍と盾を手にしながら、それでも咄嗟の動きにしては機敏な回避をみせるカヤキス。相手どっていたキノコまみれも、目前の相手が強敵であると判断したようだ。

 尻尾に巻き付けていた木の枝から、キノコを一本口元に寄せていく。真っ赤な傘。ニトロダケか、とカヤキスは判断する。近づけば火炎の息で迎え撃つつもりか。

 

 一同の警戒心は一挙に最高潮へ膨れ上がり、恐るべき二頭の強敵へと向けられた。

 斥候の報告では際立った個体はいないとの事だったが、とんでもない。下手せずとも、二つ名*2を付けられるだけの実力を備えているように思えた。

 とはいえ、ハンター達の観察眼と同様のものを求めるのは酷であったかもしれない。

 傍目に見れば、片腕しかないババコンガなどは脅威度が低く見積もられがちだし、キノコがいくつも生えてたからと厄介だと認識出来なかったのだろうか。

 

 カヤキスからすれば、片腕しかないのに群れのボスでいられる時点で、相応の強さを秘めていると捉える。

 本来キノコを口に咥えていたり、尻尾で掴んでいる程度のババコンガが、身体中に生やしている時点で警戒を抱いてしまうものだが。

 狩猟の専業でないとはいえ、それらを斥候は報告を怠るものであろうか? あのシュライハムやヴェルラーがそれを聞いて軽視するものなのか?

 脳裏に疑問が生まれる。だが、それを考えている場合ではないのも確かだ。

 

 カヤキスは、眼前で威嚇を続けるキノコまみれを視界に収めつつ、赤髪のモヒカン頭がいないか捜す。

 数秒もせぬ内に、乱戦中でも一際目立つそれを発見し、彼女は声を発した。

 

 

「タイラー! 貴方達は爆弾を回収しつつ、撤収してちょうだい! このキノコまみれの方は戦ったらまずいわよっ!」

「わははーっ!! その通りだ! 炎で引火して俺達が木っ端微塵だぜ! お前らぁ! 撤収だぁー!!」

 

 

 大タル爆弾や小タル爆弾などが間近で一斉に暴発すれば、言葉通りに姿形も残さず吹き飛ぶのだが、嬉しそうな声でその男は応答する。

 とはいえ、爆弾を扱うだけにあのキノコまみれのババコンガが天敵であるのは察しているらしい。先ほどの火炎のブレスが見かけ以上に危険を伴う事を理解しているようで、カヤキスが拍子抜けするほど素直に撤退を開始する。こういう時、タイラーの動きに迷う事なく呼応できる仲間(舎弟?)達で良かったと思える。

 頭数は減るが、爆弾に巻き込まれれば数も意味をなさない。優勢からの一発逆転もありうる危険因子であるのだから。

 とにかく、ババコンガを一頭でも減らさねば。まずは、攻撃の手数が多いキノコまみれから? それとも個での強さが際立つ隻腕から?

 逡巡し、カヤキスは思い至る。

 

 考える暇を与えぬとばかりに、キノコまみれが火を噴き、両腕を縦横無尽に振りかぶり、かと思えばカヤキスの背を超えるほどの跳躍を見せてからの押しつぶしを仕掛けたりと、隙をあたえてくれない。思案する合間が見えぬ。

 その辺の木の枝にいきなり掴まって、そこから跳躍、からの蹴りを浴びせてきたり、火や毒のブレスを吐き出すのだからトリッキーすぎる。

 動き回り、記憶にない攻撃を繰り出すババコンガに対し、他のハンターも援護はしてくれているが、有効打となりえていない。

 というより、もう一頭の隻腕の攻勢が激しすぎて、そちらで手一杯だ。騎士団などは総力で挑んでいるのに、明らかに劣勢であるのだから。

 

 

「副団長さん! 大丈夫!?」

「こちらは何とかします!! カヤキスさんは、そちらに集中を!!」

 

 

 シーリアス以下、騎士達が大楯で防ぎながら圧迫せしめんと包囲を築くが、隻腕がうなりをあげて豪腕振るえば、鉱石で固められた盾や防具が枝木のように割れて、折れて、砕けるのだから防御が意味を成さない。戦意が失われつつあるランスでの突きにも鋭さは欠け、余裕綽綽といった様子で隻腕が弾き、流し、あるいは正面から穂先をへし折る。

 武闘派極まるババコンガの殴打が振るわれる都度、一人の命が失われていく。

 そんな中でも戦線が崩壊しないのは、シーリアスの統率力の高さと、努力の賜物であっただろう。

 

 

「ぐっぅ」

「ニッケルトン様!?」

 

 

 潰れたカエルさながらの短い声。

 三人の上級騎士の一人、ニッケルトンのものであった。

 

 ランスを構えた騎士達を率いていたニッケルトンが、怯まず懸命にパラディンランスを振るい続けていた。

 だが、それゆえに目をつけられてしまった。

 他の軟弱極まる騎士達の刺突や、狙いの定まらぬボウガンの射撃を完全に無視して、一点。ニッケルトンへ殴打を繰り返し、片腕にも関わらず、完全に防御以外の動作を許さず攻めた。

 七度目で盾を砕き、八度目でランスも弾き飛ばし、九度目に放たれた正拳突きさながらの拳が、ニッケルトンの鳩尾へ吸い込まれるように放たれ、貫く。

 着込んでいた甲冑など、気休めにもならない。

 

 ニッケルトンは蹴られた石ころのように軽々と跳ねていき、倒れたきり動かない。

 隻腕は面倒なのを仕留めたといわんばかりに声を上げ、ボウガンを構えていた騎士達を次の獲物に定めた。

 視線を向けられたガンナー隊の誰かが思わず「ひっ」と声を洩らした。

 

 

「ガンナー隊は散開! 固まると一気にやられるぞ! 散弾や貫通弾は使うな! 味方に当たる! 火炎弾で攻撃しろ!」

 

 

 ニッケルトンの僚友にして、上級騎士のエッペンハイムが尚も統率を保ちつつ、ガンナー隊の指揮を執っている。

 そんなガンナー隊を守るため、もう一人の上級騎士であるアリエンローもランサー隊へ指示を飛ばす。

 

 防戦一方の騎士達に比べれば、キノコまみれは攻撃に特化しているわけでもなく、カヤキスが抑えている状況なだけマシだった。

 カヤキスが凌いでいる間に、着実にダメージを他のハンターが加えていけばいい。

 とにかく、早めに倒して向こうの援護に回らないと、隻腕せきわんとまともに戦えるのは自分だけだろうと思われた。

 他の騎士も、ハンター達も、単独では勝ち目がありそうにない。

 個での強さがあきらかに並のババコンガと一線を画している。

 今相手をしているキノコまみれでさえ、これが通常の討伐依頼で出現していれば、間違いなく並のハンターでは返り討ちだ。いや、むしろババコンガと戦った経験のある者ほど、セオリー通りにいかない動きに翻弄されるやもしれぬ。

 

 ……そういえば、東側にババコンガは合計で三頭ではなかったか?

 今いるのは二頭。あと一頭はどこへ? 知らぬ間に倒したとでもいうのか?

 ふと、カヤキスは思い返す。目の前に強敵がいる中で、それは明確な隙であったといってもいい。

 

 

「カヤキスさん! 後ろ!!」

「――――このっ、ぐっ!」

 

 

 シーリアスの悲鳴じみた声と、これまでの経験からの危機察知能力が、カヤキスを救った。

 後方から猛烈な勢いで駆けてきていた新たなババコンガの突進を、カヤキスは盾で防いだ。だが、その勢いまでは防ぎきれない。

 彼女の立っていた場所は山の峠に近く、足元も平坦であったが、吹き飛び、坂を転がっていく。

 地面に身体を打ちつけながら、麓めがけて落ちていく。

 

 東側の戦況は、完全に劣勢であった。

 

 

 


第10話

【>>ж・ 竜姫のヴァリエ ・ж<<】


 

 

 

 

 ヴァリエは駆ける。

 ユーリアの山々は、彼女にとって庭も同然であった。

 幼い頃から、幾度となく登って下りて、駆け回ってきた遊び場のようなもの。

 

 ハチの巣がどこにあるか、めぼしい鉱石の発掘ポイントや虫取りの穴場、薬草だのキノコの採集ポイントに至るまで、網羅しているという自信があった。

 ゆえに迷わない。そもそも、先ほどから爆音や人の声、コンガの鳴き声、続く戦闘音と目印には事欠かないのだから。

 でこぼこの山道を走り、要所に根付いた木々の根をかわし、埋もれた岩々を跳びこえ、木々の合間を抜けていく。

 

 西側から東側まで向かうのに、軽装であったとしても二、三時間はかかるはずだった。

 だが、ヴァリエときては炎剣を担ぎ、決して軽くないレウスシリーズを着込んでいるというのに、それよりもずっと早く走り続けていく。

 

 

「よぉっ、ヴァリエ! 奇遇じゃねえか」

「ん? メリディナ?」

「おうともよっ。そっちはもう終わったのか?」

「うん、大体は片付いたよ!」

「……流石だなぁ、おい!」

 

 

 道中でテンプエージェンシーに所属する傭兵ハンター、メリディナが前方に走っていたのを視界に捉える。

 方角は同じだろう、後ろから疾走するヴァリエの存在に気付き、にやりと好戦的な笑みを浮かべる。

 ふと鼻腔に覚えのある臭いが漂ったのをヴァリエは感じる。血の臭い。

 ここへ至るまでに、コンガと交戦でもしたのだろうと思った。

 

 

「メリディナも、東の方に向かってるんだよね?」

「そらそうさっ! あんだけ派手に戦ってるんだ、加わらねぇでどうするよ!」

 

 

 勇ましい台詞と共に、背中に担いだ双剣を叩く彼女に、ヴァリエも思わず笑みを零す。

 むしろ、作戦会議の時はあれだけ好戦的な発言も多かった彼女が、今回はよく裏方に徹していられたものだと思えた。

 それだけに戦いも終局を迎えつつある今、せめて少しでも参戦したいといったところか? ヴァリエはそう解釈した。

 

 

「途中でコンガとか見かけた?」

「いや、アタシの方は見てないな。何匹か逃がすようには指示してあっけど、ババコンガが出てくりゃ、逃がしゃしねぇ」

「そっか。じゃあ作戦は上手くいってるんだね」

「そらそうよ! アタシ達だって、戦うの我慢して絶対に逃がさねぇ構えでやってんだからよ」

 

 

 問いかけた瞬間。

 若干、彼女の表情が強張ったような気がしたのは、ヴァリエの気のせいであったのだろうか。

 だが、すぐにメリディナは肉食獣さながらに口角を上げ、犬歯を覗かせる。

 

 

「あっちはどうも強いのが混じってるっぽいね」

「そうだな。あの知らせはトラベスラの……いや、うちに所属してるやつの信号弾だから、苦戦ってのは間違いねぇんだろう。わくわくするな! ぶっ殺してやろうぜ!」

「うんっ!」

 

 

 好戦的な者が二人揃うと、必然的に発言も剣呑になっていく。

 二人が駆けていくと、視界の向こうには一人のハンターが戦っているところであった。

 遠目に見えるの姿形から、おそらくはカヤキスであろうと思われた。

 

 

「怪我でもしてんのか? 動きが悪ぃ気がすんな」

「手助けしても怒られないよね? 助けちゃおっか!」

「おうっ! やったろうぜ!」

 

 

 一方、カヤキス。

 坂を転がりながらも、致命的なダメージとならぬ程度に受け身を取り、かろうじてだが態勢を整えていたところに強襲するババコンガ。

 隻腕にキノコまみれと、最後の一頭は特段目立った特徴がなかった。

 だが、それゆえに奇をてらわずか、攻守の均整がとれた動きを見せてきた。

 

 カヤキスの知るババコンガの動きから逸脱しない、予測のできる攻撃動作。

 ゆえに、身体の節々が痛みを訴えつつも、回避しつつ反撃に転じる事ができた。

 しかし、不利な点は否めない。

 まず、ランサー使いにとっては必須ともいえる大楯が手元になかった。

 先ほど坂道を転がり落ちていた際に離してしまったのである。盾の持ち手を握ったままでいれば、手首を捻るか最悪折れてしまう恐れもあったので、その判断自体は誤ったものと言い難い。

 それらを踏まえても、ランス一本を振るい続け、防御動作が取れないのはやはり厳しい。

 

 

「カヤキス、手助け入ってもいーい!?」

「ありがたいわ! ぜひともお願いするわね!」

 

 

 そのような状況であっただけに、後方からやってくる二人の姿を捉えた時、カヤキスの表情に嬉々としたものが浮かんだのは当然の帰結といえる。

 一応は乱入してもいいのか確認をとったヴァリエに対し、カヤキスが望みはしても、拒む理由などありはしない。

 この状況下において、もっとも頼もしい味方が援軍に来てくれたのだから。

 

 やってくるなり、カヤキスが意図を察して距離をとり、代わるようにしてヴァリエが炎剣を上方より一振りする。

 それだけで劣勢は一転、優勢と化した。

 

 新たに迫りくる人間二人を視界に収めていたにもかかわらず、ババコンガは目の前から繰り出される一撃に対し、回避も防御も満足にできず、強かに右肩から腹部にかけて斬り裂かれた。

 次いで弾ける爆炎が、傷口から身体の内外を問わずして焼き尽くした。

 相貌を苦痛に歪ませ、ババコンガが一歩、二歩と後方へ下がる。

 だが、その隙をヴァリエは見逃さない。

 もう一撃をお見舞いした。横へ薙ぐ一閃。

 

 たったの二撃で、ババコンガは地に伏し、そのまま動かなくなった。

 あっけないほどに決着がついてしまった。

 傍で見ていたカヤキスや、わずかばかり後方にいたメリディナですら、その一連の動作の鮮やかさに思わず舌を巻く思いだった。

 

 竜姫の実力が如何なるものか、十分に聞き及び、知っていたつもりだった。

 だが、たったの一撃を繰り出すだけで、想像以上に凄まじい事を実感した。

 ただの一撃だ。それだけで戦況を変えうる一撃。

 彼女一人が戦局を左右するほどの存在なのだと、認めざるをえない。

 

 

「ごめんね、カヤキス。戦ってるところを邪魔しちゃったかもだけど」

「竜姫さん、ありがとうね。本当に助かったわ……そして、驚いたわ。思ってた以上にずっとずっと強いのね」

「まったくだ。ババコンガを二撃で倒すたぁ、とんでもねぇな」

「へへへ、照れるなぁ」

 

 

 二人の賞賛にヴァリエは素直に笑顔で答える。

 人並外れた膂力を誇る一方で、子供じみた一面を見せるヴァリエである。その様子をカヤキスはにこやかに見つめていたが、今はそのような場合ではないと思いなおす。

 上では今も二頭のババコンガが暴れているはずだ。

 早く援護しなければ、被害が増すばかりであろう。

 

 

「いけない、悠長にしてられないわ」

「どうしたの?」

「この上で、まだババコンガが二頭いるのよ。隻腕の個体と、キノコだらけの個体で、みんな苦戦してるはずだわ。助けてもらえるかしら」

「それを早く言ってよー! まっかしてー!!」

「今度はアタシも戦わせろよなー!」

 

 

 カヤキスの言葉を聞くや、二人の好戦的なハンターが坂道を喜び勇んで駆けあがる。

 

 坂道を駆けあがっていき、その先に見えた光景。

 片方は腕が一本しかないものの、その豪腕で片っ端から殴り倒すババコンガ。

 もう片方は、身体中にキノコを生やし、木々を伝いながら炎のブレスを撒き散らすババコンガ。

 

 分かりやすく近接攻撃一本に特化したそれと、様々な動きをみせる曲者じみたそれ。

 彼女がどちらを先に獲物と見据えるかなど、一目瞭然であった。

 

 

「君にきーめた! そこの片腕の! 私と勝負!」

「じゃあ、アタシはそっちのキノコまみれを相手にしてやっかぁ!!」

 

 

 ヴァリエが隻腕を獲物に選び、メリディナがキノコまみれを相手取るべく、それぞれに接近していく。

 

 

「ヴァ、ヴァリエさん!」

「お待たせ、シーリアス!」

 

 

 シーリアスが突然の乱入者、もとい、救援に訪れた二人に驚いた。

 あと少し、二人が遅れてやってきていれば、シーリアスは隻腕によって殴打を浴び、今頃はものいわぬ亡骸の一つと化していただろう。

 相対していた隻腕が、ヴァリエを見るなり、迅速なまでの反応速度で距離をとったがゆえに、間一髪のところで助かったのである。

 

 さて、その隻腕だが、ヴァリエの言葉を解したとは思えない。

 しかし、唐突に現れた人物が並々ならぬ相手であったと、歴戦の勘が、野生に生きる本能が警告を発している。

 先ほどまで一方的に屠ってきた人間の中でも、一際小柄なそれであるはずなのに。

 なぜだか、危険だと脅威であると、本能が訴え続ける。

 

 隻腕の優れた点は、一見して脆弱に思えたヴァリエに対し、決して侮らず、一切油断しなかった点であろう。

 隻腕の誤算であった点は、様子を見てから判断を下すのではなく、危険と感じた時点で逃走を選ぶことが出来なかった点であった。

 

 ヴァリエが瞬く間に肉薄してみせるのに対し、隻腕は慌てるでもなく、冷静に捉えていた。

 速く無慈悲なまでの一撃。けれど、決して目に捉えきれぬ速度ではなく、どうにも手出しが出来ぬほどの一撃では、なかった。

 上段より繰り出される炎剣に対し、その真っすぐすぎる軌跡を、隻腕は正確に見抜いていた。

 隻腕は右拳を剣身目掛けて繰り出し、剣先を弾いた上で反撃に転ずるべく、右腕にありったけの力を込めた。これまでも、攻撃を弾かれた相手は多かれ少なかれ隙を晒し、その虚を逃さず正確無比な一撃をもって仕留めてきた。攻防一体を兼ね備えた必勝の構え。

 今回も、そうなるはずであった。

 

 実際、勢いを載せた剣身に対してカウンターを狙うなど、理屈は分かっていても相当の技量と度胸がなければ成立しない方法であろう。

 そして、この隻腕は二つの条件を満たしていたのである。

 炎剣をしたたかに殴打し、その狙いを逸れさせる事に成功した。

 

 ここまでは目論見通り。

 隻腕は口角を上げて、勝利を確信した。その笑みが歪むのに時間は要さなかった。

 あとは、無防備となった胴体なり、頭部目掛けて一撃を仕掛けるのみ、であったのだが。

 

 

「……へぇ。見えてるんだ。狙ってやったんなら、やるじゃん」

 

 

 静かな呟き。

 ヴァリエが一瞬だけ琥珀色の双眸を見開いた。

 弾いたはずの炎剣は、手元を離れて地面に転がっていくか、もしくは手放さなかったとしても、痺れて満足に動かせないはずだった。

 これまではそうだった。これからもそうであるべきだった。

 だが、違う。彼女は炎剣を手元から離すこともなく、手首に痛みなどを感じさせる気配もみられなかった。

 一撃を放つ前に、いつの間にか、ヴァリエは炎剣を構えなおしている。

 

 彼女が呟いたあと、表情も一変した。

 先ほどまでの無邪気で屈託ない笑顔は消え、獰猛な笑みをヴァリエは浮かべた。

 その瞬間。隻腕は隠すつもりもない殺気を浴び、反射的に距離を取っていた。

 目の前の人間から距離を取ったあとに、自分の行動に気付き、自分が臆していた事を自覚した。

 

 まだ、相手は動いていない。

 攻撃前の予備動作にも移っていない。

 だが、距離を取らなければやられていたと、なぜか確信できた。

 

 

「多分、放っておいたらもっと強くなるんだろうね。でも、狩らなきゃ。ここで逃がしたら、きっと被害が出るもんね……」

 

 

 相変わらず、彼女が何を言っているのか分かるはずもない隻腕。

 もっとも、言葉を解したところで何が出来たとも思えない。むしろ、残念そうにしながら、絶対に殺すと宣言しているのだから、より一層絶望感を味わう羽目になったやもしれぬ。

 言葉のあと、一瞬彼女が俯いたように隻腕には見えた。

 それは明確な隙であったのだろうか? どう対処すべきかと判断を巡らせる前に、彼女は目前へと迫ってきていた。

 だから、なぜそうも容易く距離を詰める事が出来るというのか。

 

 驚愕。

 そのような一言で言い表すには困難なほどに、あまりにもいくつもの感情や思考が隻腕を巡った。

 おそらくは炎剣を真横へ薙ぐつもりであろう、奇をてらわぬ愚直なまでの予備動作。

 

 しかし、原理はまったくもって分からぬはずなのに、その炎剣を振るうはずの彼女の中に、膨大な何かが膨れ上がっているのを隻腕は研ぎ澄まされた感覚で感知した。

 だが、何が来るのか分かってなお、どうにもならぬ速度と威力が伴った斬撃が繰り出された時、隻腕は己の末路を悟った。

 悟らざるをえなかった。

 

 

「慰めにもなんないけど、今回の戦いで一番強かったよ」

 

 

 ヴァリエの一撃で腹部を半ばまで裂かれ、内臓がこぼれ、出血も多量で止まりそうもない。

 死を間近に控えつつあった隻腕は、それでも倒れずに目前の好敵手を見据えている。桃色だったはずの毛並みには、赤色の方が割合も多い有様である。

 一刀に両断されなかったのは、それでも咄嗟に右腕を構えて防御姿勢をとったからだろう。その右腕も肘あたりから先が寸断されてしまっていたが。

 苦しみを長引かせまいと、ヴァリエが炎剣を担いでやってきた。

 そして、炎剣を振り上げた瞬間、隻腕は顔を歪ませた。にやりと笑ったように余人には思えた。

 

 最期に隻腕が顔を歪ませたのは、苦痛によるものであったのか、それとも強敵との戦いで敗れた事への満足感であったのか、それとも……。

 ヴァリエがとどめを刺した時、ほんの一拍程度の間を空けて、歓声が沸いて轟いた。

 周囲で観戦していた、否、せざるをえなかったであろう騎士やハンター達が、一様に喜んで、子供のようにはしゃぐ。

 それから後を追うようにして、キノコにまみれたババコンガの方も狩り倒された。

 ひたすらに攻撃を仕掛け続けるメリディナに追い詰められた挙句、少し遅れてやってきたカヤキスとの連携によって手数のすべてを封じられ、最期は無念そうな咆哮をあげて倒れたのであった。

 

 

 こうして、ユーリア会戦は終結した。

 討伐勢の勝利であった。もっとも、討伐勢の被害は決して小さくなかった。

 参戦していた騎士団やハンター達の総勢は二百人近くであり、その内の二割近い戦死者が出てしまった。犠牲は決して小さくなかった。

 それでも、八頭いたババコンガのすべてを倒し、コンガの群れがほぼ壊滅に至った事を思えば、ほとんど大勝といってもいい勝利であった。

 

 ことに、今回の戦いで最も目覚しい戦果を挙げたであろうヴァリエの名は、竜姫の異名と共に再び広まりを見せる事になった。

 

 

 

 

第10話【竜姫のヴァリエ 終了】

*1
この世界において、ボウガンとは火薬と弦を併用した軽量、または重量級の銃全般を指す

*2
強者の証。名付けられるまで生き残った事の証左でもある。目立った特徴や戦法などから付けられる事が多い。


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