深白の竜姫、我が道をゆく   作:羊飼いのルーブ

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◆第7話 【ユーリア会戦①】

 

 

 

 

「――――……以上で、今回の作戦内容となります。質問等なければ、ユーリアへ向けて移動を開始したいと思いますので、各々ご準備を」

 

 

 ホツリ村の大衆酒場、兼、ハンターズギルドの入り口前。

 村の中では一番広く足の踏み場や面積があるばかりに、広場として扱われ、実際にそう呼ばれている。

 そこには、ホツリ村にとって有史以来の人々が詰めかけていたといっていい。

 

 ヒュルックを中心に、ルクレイア国内の南方全体を総括するギルドマスターのヴェルラーが、今回の会戦前に説明を行い、終えたところであった。

 内容自体は、応接室で行われた作戦会議の内容を、要点をまとめて話したものである。

 もっとも、その内容を正確に理解出来たものは、一体全体の何割程度であろうか……。

 

 簡単にいえば、ユーリアへ向かい、二つの部隊に大きく分け、それぞれが東西に広がるコンガの群れを討伐していくというものだ。

 山から逃げたコンガが人里に被害を出さぬよう、コンガの動きを見張りつつ、逃げる個体や群れを発見したら、ただちに追い詰める役割をメリディナ率いるテンプエージェンシーが担当するとも話していく。一方で東西での戦いについては、防御や支援を騎士団が、攻撃をハンター達が分担して行っていくといった内容である。

 

 シュタウフェンは周辺を軽く見渡し、周囲の反応を確認する。

 すぐ隣にいた妻である女性は真面目そうな顔を浮かべてはいるが、もう話が終わっているのにウンウンと頷いている。

 作戦への理解について、今更確認する必要もなさそうだった。

 少し離れた場所で立つアルバスは視線が合うと、理解出来ているといわんばかりに力強い頷きが返ってくる。

 

 アルバスはヴァリエが幼い頃から、ハンターとしての指導のみならず、手の付けられないお転婆娘であった彼女の教育まで行ったという。

 シュタウフェンにとっては、この上なく偉大な人物の一人といってもいい存在だ。

 狩りの戦術においても、シュタウフェンの作戦案を聞き、それに理解を示してくれる貴重な人材でもあった。

 アルバス以外には、ルークが多少は理解出来る程度のもので、他に作戦の意味や効果について分かってくれるハンターがいない。

 考える暇があるなら、「手足を動かし、武器を振って戦おうぜ! さっさと戦わないと陽が暮れちまうよぉ!」などの武闘派、もしくは行動派が断然多いのがハンターだ。無理からぬ事かもしれない。

 

 

「アルバスししょー。全然分かんない。もっとわかりやすく教えてー」

「むむ、ヴァリエ殿は仕方ないですなぁ。まず、今回の作戦の流れはユーリアへ行き、西と東に分かれているコンガをそれぞれのチームで……――」

 

 

 ヴァリエはかつての師に遠慮なく甘えた。昔から変わらぬ関係性であった。

 傍目から見れば幼さを残した少女(成人)が媚び、強面の屈強な大男がそれに屈し、甘やかしているようにも見えたかもしれない。

 とはいえ、アルバスの声は優しいものの、顔は変わらず強面なので鼻の下を伸ばすといった印象は抱かれなかった。

 

 ヴァリエの様子を見ていた一部のハンターや騎士などは、「あれが噂に聞く竜姫か、子供じゃないか」「でも、レウス一式の防具にレウスの大剣だ。間違いない」「将来が末恐ろしいな」「今度デートでもしてくれねぇかな」「馬鹿、結婚して子供もいるらしいぞ」「うっそだろ」等々と思い思いに話している。

 せっかくの機会に話しかけたいと思う者も少なくないのだが、放っておいてもヴァリエの元には人が集ってくる有様で、初対面でその中に加わるには憚りがあった者も多い。

 戦闘自体は勝つだろうし、終わってから話せばいいかと割り切る者も少なくなかった。

 

 それに今となっては、ヴァリエの元には二人の弟子が近づき、話しかけていた。

 一番弟子のルークと、二番弟子のニーナである。

 まだ十代半ばであり、幼さを残した二人は尊敬し、敬愛する師匠と久方ぶりの狩りに出られる事を喜んでいた。

 

 

「師匠。久しぶりに狩りにご一緒できて嬉しいです! 一緒に頑張りましょうね!」

「もちろん。ニーナもどのくらい強くなったか、見せてもらうからね?」

「もちろんです! 私、一生懸命コンガの皆さんを殺ってみせますから! 私の殺しっぷり、見ていてくださいね!」

「……うん。楽しみにしてるよ!」

 

 

 金色の荘厳なる装飾が施された黒鉄色のプレート、それを幾重にも重ねて、ドレスのように広がりを見せるゴシックメタル一式を身に纏うニーナは、豪奢な装備とは裏腹に、顔立ちや雰囲気だけなら、素朴で屈託のない、可憐な少女であっただろう。

 まだ幼げを残す顔立ちには、これからの戦いに賭ける意気込みと、敬愛する師との共闘で心躍らせているのがありありと分かるほどに、喜色一色だった。

 ただし、言ってる事は剣呑そのものだ。ヴァリエの返事にも一瞬間が空く。

 

 

「師匠、僕も今回は勉強させてもらうつもりでいきます。よろしくお願いします」

「ルーク、そんなに気負わなくていいよ。いつもと同じ。焦らず、気負わず、臆せず、躊躇わず、侮らず。普段通りにいくよ」

「はいっ」

 

 

 妹弟子を見やりつつ、ルークも声をかける。

 ニーナほどにはっきりとした意思表示こそしないが、ルーク自身もニーナと同様の思いだった。

 久しぶりに大規模な戦いがあり、そこに師匠であるヴァリエと共に赴き、共に戦うのだと思えば、期待と喜びで興奮もしてくるというものだ。

 好青年のように一般的にみられていても、まだ年若い少年といっていいくらいの年頃なのだから。

 

 ヴァリエに正面から見つめられ、照れたように顔を横にするあたりは、まだまだ思春期の若者そのもの。

 ヴァリエとしてはからかいそうになるが、可愛い弟子をからかっている場合ではないと思いなおす。

 勝つべくして勝つ戦いではあれど、油断して足元をすくわれるなんて話は枚挙がないのだ。最初から最後まで全力で臨む気持ちで行かねばと気合を入れる。

 

 

「にしても、今回は結構いっぱい集まったもんだね」

「本当にね。久しぶりに見たよ」

 

 

 集まった人々を見渡し、ヴァリエが率直な感想を述べ、それに頷くシュタウフェンであった。

 

 今回のユーリア会戦に参戦する陣容は以下の通りだ。

 ホツリ村を拠点に活動するハンター達。

 中規模都市ヒュルックを拠点に活動するハンター達。

 ヒュルックに駐留する王国騎士団の騎士や兵士達。

 今回の作戦のために雇われたテンプエージェンシーの傭兵達。

 

 ホツリ村から参戦するハンター達はざっと三十名程度。

 それだけでも一介の村々を凌駕する人員であり、特に【ホツリの九傑】と呼ばれる九名は今回参戦する面々の中でも最高峰の実力者揃いだ。

 ちなみに、ルクレイア王国において騎士団を率いる九人の将軍で知られる【九傑将】にあやかって名付けられているらしい。

 

 筆頭に竜姫、ヴァリエ・アルハイド。

 次に飢狼、ギースカス・ハール。

 黒鉄姫、ニーナ・フォン・クーデリアン。

 烈風、ルーク・フェルマー。

 鉄壁、アルバス・トリオン。

 氷姫、シロハネ・アイナ。

 雷鷲、ブラムセル・スラグホーン。

 剛腕、ダルナス・バーナル。

 鬼謀、ゲマ・シンプトン。

 

 今回、ここに集った九傑の内、ゲマを除く八名が参加となる。

 ゲマ自身が戦闘能力を持たない事を顧みれば、当然の判断であったといえよう。

 そもそも、ここまで状況が逼迫している中、策云々を巡らせるより、直接戦った方が早いだろうとの考えもゲマにはある。

 ゲマから言わせれば、手段を選ばぬなら、ユーリア山地のヒュルック側を燃やしてしまい、コンガ達を炙り出したところを狙い撃てばいい。

 あるいはコンガを数頭捕獲し、少なからぬ傷を負わせたまま放置してもよい。鳴き声で仲間達がやってきたら、そこを各個撃破するのみ。大群で来るなら、ボウガン*1による斉射で片をつける。それだけだ。大した被害を出さず、コンガも痛手を負う。

 だが、そうした作戦をここにいる者達が状況的にも心理的にも、易々と受け入れるのは難しいだろう。

 それに現場での戦術指揮なら、シュタウフェンやアルバスも参戦するのだから、それで十分だと彼は鼻を鳴らし、作戦内容を聞き終える前に帰ってしまった。

 

 

「教会で子供らの食事も作らねばならんでな」

 

 

 初見でゲマと相対した者は、彼が聖職者であると知った時、大半が驚愕する。

 泣く子も黙りそうなほどに人相も悪く、それに負けぬほどに言葉遣いも悪いし、何より鬼謀といわれるだけの、情け容赦のない作戦立案で知られる彼だが、村の中で親をなくした孤児を引き取り、今日まで面倒を見続けている。

 知らぬ者がそれを聞いた時、一様に不信と不審の顔を浮かべてしまう。だが、事実である。

 両親を亡くし、行き場のない子供達にとっては、怖いけれど意地悪もしないし、暴力も振るわないおじさんであった。

 

 さて。ホツリの九傑につづく者達だが。

 

 その筆頭ではシュタウフェン・アルハイドの名が挙がる。

 異名こそ持たないが、その戦術眼や作戦立案の能力に関して、疑う者はいない。

 小規模な戦い、それこそ普段のハンター達の狩りであれば、実力でのゴリ押しも可能なため、そこまで重視はされない。事実、単独での戦闘能力は新米よりはマシ、程度なのだ。

 多少意地の悪いからかい交じりの評価ともなれば、「シュタウフェン? 首から上が動いていれば問題ない」という者もいた。

 裏返せば、その頭脳や導き出される判断は認められており、実際に大規模な戦いとなった際に何度もその知略をもって貢献をしてきているのであった。

 竜姫の名で知られるヴァリエを妻に射止めた点も評価する者はいるが、普段はその妻の尻に敷かれている優男との印象も強い。というより、事実その通りでしかない。

 正確には尻に敷かれて満足しているように、人々には捉えられていた。

 

 そのあとに有名なのはスラグホーン四兄弟。

 先ほどの九傑には長男であるブラムセルが名を連ね、判断を下したり、指示を出す。

 残りの三兄弟もそれぞれに腕が立ち、兄に忠実だ。

 

 そして、攪乱カルテットの名で知られる四人組であろう。

 リーダーに大剣使いの大男オズヴァルト、無口だが狙撃の腕は確かなシーヴァイン、陽動を得意とするキザな色男のイシェーブル、勝気なハンマー使いのストレイシアの四人である。

 村の幼馴染み同士で結成し、今日までパーティを組んで活動してきた面々だ。長くに及ぶ関係性があるだけに、信頼関係も強固であり、連携に穴がない。

 

 次に、ヒュルックを中心に活動するハンター達。

 

 こちらもホツリ村に劣らぬだけの人数で、三十名以上が参戦している。

 ただし、質の面でいえば、ホツリ村の方に軍配が上がるだろう。

 

 彼らの中で代表といえる実力者であったのが、竜槍の異名で知られるカヤキス・プリンシバルであった。

 異名の由来ともなったのであろう、飛竜の素材をふんだんに用いたガンランスの穂先が鈍く輝く。

 次いで名が挙がるのがタイラーと周囲から呼ばれる男だった。こちらは火祭の異名で知られているが、それ以上に容姿が目立つ。

 真っ赤に燃えるような真紅色の髪は鶏冠のように伸び、いわゆるモヒカン頭だ。目元には遮光性のあるレンズが組まれた眼鏡をしており、その内側はうかがい知れない。顔やあちこちにはおびただしい傷痕があり、歴戦のハンターであると疑いようもなかった。

 

 

「モンスターは火祭りだぜぇぇぇ!」

 

 

 タイラーが中心に立ち、舌なめずりをしつつ、声を上げる。

 それを囲むように舎弟なのか、仲間なのか判別しにくい、やはり似たような容姿をした者達が口々に「タイラーさん! タイラーさん!」「今日も大きな炎が上がるぜェ」「祭りじゃ! 祭りじゃ!」等と持て囃している。ヒュルックから参戦しているメンバーの内の半数近くが加わっているのだから、人望の面では侮れない。

 このような様子であるから、ヒュルックでもカヤキスに次ぐ実力者なのに、先ほどの作戦会議に加わっていない理由も察するものがあった。

 シュタウフェンは一目見て、まず指示に大人しく従うものなのか、そもそも作戦内容を理解しているものか、まともに会話になるのか、疑問や不安が尽きない。さらに頭を悩ませる要因があるとすれば。

 

 

「おぉ、ヒュルックにも気合の入ったやつがいるじゃねぇか」

「タイラぁー! タイラぁー! タイラぁー!」

 

 

 ギースカスなどは、理由が不明ながらも悪くない印象を抱いたらしく、にやりと笑いながらカルトじみた集団を眺めている。

 シュタウフェンにとって妻にあたるヴァリエなどは、琴線に触れるものがあったのか、考えたくもないが波長が合ってしまったのか、タイラーを囲む会に参加している有様だ。囲んでいる舎弟(仲間?)も、突然の闖入を把握はしていたが、来るもの拒まずらしい。

 ヴァリエにタイラーと叫ぶ時の腕振りのタイミングや、リズムについて律儀に教えている。根は悪い人たちではないのかもしれない。あとで混じっていたのが竜姫で知られるヴァリエと聞いた時は、仰天する程度に分別もあるようだった。

 

 ヒュルックの駐留騎士団は、先ほどの作戦会議に参加していた騎士団団長のシュライハム・フォン・ロインクロスが率いる。

 

 爵位は持つものの、貴族とは名ばかりの貧乏貴族に生まれただけにすぎないと語る彼は、補佐役にして副団長のシーリアスと共に今回参戦する。

 他に、前線で各部隊を率いる中級指揮官に、エッペンハイム、ニッケルトン、アリエンローといった上級騎士達が並ぶ。

 その下には騎士達が隊列を組み、怪我を治療するための従軍薬師、開戦時の士気高揚の祈りを捧げたり、戦死者などに鎮魂の祈りを捧げる従軍司祭、戦場においてモンスターや参戦者の識別を行う紋章官などが同行している。

 これらの合計は百名を超え、今会戦においては最大数の戦力であった。

 ただし、従来の役割は国内の治安維持であり、対人戦には慣れていても、モンスター討伐はそれほど経験を積んでいない者も多い。

 狩りを生業とするハンター達の支援や補助が、今回求められる役割であろう。

 

 

「お前ら、テンプエージェンシーの名を貶めんじゃねぇぞ。分かったか!」

「へい姐さん!」

「合点招致!」

「任せろ姉御!」

「もっと気合を入れろ! 勝利の秘訣は三つのK!*2 お前ら言えんのかっ!?」

「気合い! 気合い!! 気合い!!! です! 姉御ぉ!」

「よし!」

 

 

 何がよし、なのだろう。

 

 最後に、テンプエージェンシー。

 世界最大規模ともいわれる人材派遣会社からも、今回の戦いには傭兵として幾人もハンター達が派遣されている。

 家の掃除や料理などの家事からはじめ、国家間での戦争だの交渉に至るまで、幅広い人材が揃っている事で有名な巨大組織だ。

 先ほどの会議ではシーリアスとひと悶着があったメリディナが、集まる傭兵たちに「気合を入れろ!」と檄を飛ばす。メリディナと気質が近いのか、いずれも好戦的な雰囲気を纏い、士気の高さも揺るぎないものであった。

 

 総勢は戦闘がメインではない非戦闘員を加えると、二百名近く。

 これから討伐へ向かうコンガの群れも、当初の予測だけでも二百頭以上。

 数の面だけでも決して引けは取らず、質の面でいえば、突出した存在が討伐勢の方に幾人もいる。

 ユーリア山地での戦い、のちにユーリア会戦と呼ばれるそれは、元から勝つべくして盤面が整えられていた。

 

 

 

 


 第7話 

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 ユーリア山地の峠。

 周囲には山々が並び、それを見渡せる位置。

 要所で谷が山々を刻み、分断をしていた。

 

 頂点に立つからこそ、俯瞰的に周囲の動きもよく見える。

 あちこちで黄色の煙がほとんど垂直に空に向かって飛翔していくのも見えた。

 信号弾である。ユーリアの山地における戦いの合図だ。

 

 これから討伐されるコンガ達にとっては、理解のできない現象ではあるだろう。

 だが、何事かが起きているのは明白だ。

 姿はまだ見えぬはずなのに、コンガ達の警戒する声や、威嚇するかのような声があたりから少しずつ響かせている。

 各地での陽動作戦も展開されているのだろう。このあたりはテンプエージェンシーの傭兵が担っているとヴェルラーの説明にもあった。

 白煙があちこちで見えるが、単に目くらましのために用いられているわけではなさそうだ。

 

 おおよそに分けて西側と東側に分断されたコンガの群れだが、西側の方が群れを率いるババコンガが多く、五頭。

 逆に東側の方は三頭であり、群れているコンガの数も少ないらしい。

 その情報が知らされた時、ホツリとヒュルックのハンター同士で、どちらを攻撃するのか、ささやかだが熾烈な争いが繰り広げられた。

 

 

「じゃんけんぽん! あいこでしょ! しょっ、しょっ……よし! 勝ちぃ!」

「あぁっ、負けちゃったァッ……」

 

 

 峠に来て、ホツリとヒュルックのハンター達の代表がじゃんけんで争った。

 結果、ホツリ代表で前に出たヴァリエが勝ち、ヒュルック側から躍り出たカヤキスが敗れたのであった。

 己の出した手を心底恨めしく見つめるカヤキスに、ヴァリエが近づく。

 

 

「じゃ、私達は数の多い西側をやらしてね」

「負けたんだもの、仕方ないわ。竜姫さんなら、まぁ負けないだろうけど、頑張って!」

「うん。カヤキスもね」

「もちろん!」

 

 

 ヴァリエに呼び捨てを求めながらも、自分は絶対に竜姫さんの呼称を曲げないカヤキスであった。

 そのカヤキスだが、ヒュルックのハンター達の前へ進み、どちらを攻めるかの勝負に負けてしまった旨を詫びているようであった。ヒュルック側も、どうせ戦うなら数の多い方を叩き、報酬を多く得たかったのだろう。

 もっとも、彼女が敗れたからと、それを責め立てる者はいなかった。

 

 

「みんな、ごめん……私達は東側の方を討伐よ」

「まぁ、さっさと片を付けて、西の方に行けば同じだろ」

「そうだそうだ! 数が少ないって事は、そんだけ早く終わらせられるって事だ。物は考えようだぜ、カヤキス!」

「やるぜやるぜ! 俺はやるぜ!」

「そうか、やるのか……」

「やるならやらねば」

「任せろ! ババコンガだろうがコンガだろうと、火祭りに上げてやるぜ!」

「タイラー! タイラー! タイラー!」

「……みんな、ありがとね! 私達は東に向かい、各隊に分かれて群れを一つずつ確実に潰していくからね! いいっ? 確実に仕留め、確実に生きて帰る事が最優先! なんたって、今回は伯爵様やギルドマスターからの依頼なんだから! 報酬は大きいわ! 危ないと思ったら、さっさと下がる事! 勝つわよ!」

 

 

 ヒュルック側も、中々どうして、カヤキスの実力や人望もあっての事ではあるが、統率が取れているようだった。

 

 竜槍の異名に違わぬ、飛竜の素材をふんだんに用いられ、鍛え上げられたガンランスを高く掲げ、カヤキスが高らかに勇ましく叫ぶ。

 内容自体は余裕のある、気取らないものであったが、緊張で固まっていた一部のハンターなどを含め、ヒュルック側のハンター達が笑い、「おうっ」と合わせて手を挙げて答えた。

 その後、四人一組(一部例外もあったが)で各編隊を整えていく。

 赤いモヒカン頭が目を引くタイラーなども、舎弟か仲間か判別のしにくい、同じようにガラの悪い面々を引き連れて行動を開始していった。

 

 

「で、俺らも西側の討伐に行くわけだが。俺らも士気高揚に鼓舞をするやつ、いんのか? このままいくか?」

「はーい! 私がやる!」

「…………」

「…………」

 

 

 一方、ホツリ村の面々。

 

 ギースカス・ハールの声に、ヴァリエが真っ先に手を挙げる。

 他の周囲の者達は様々である。

 興味がないのか、我関せずといった者。

 お互いに顔を見合わせて「お前やれよ」「やだよ」と押し付けあう者達。

 誰かがするだろうと楽観視する者。

 別にどっちでもいいといった者など、反応は概ね消極的だった。

 

 そんな中で、ヴァリエが「はい! はい!」と尚も手を挙げているが、そこは無視された。

 語彙力のないヴァリエの鼓舞でモチベーションが上がるとは誰も思っていなかった。なんなら、夫であるシュタウフェンや弟子のルークなども制止しようか迷う有様だった。

 挙手しているのに反応がないため、ヴァリエが憤りを隠さずにギースへ詰め寄る。

 

 

「ちょっと、ギィ! 私が手挙げてんのに無視すんなや!」

「他に誰かいねぇのかー? このままじゃ、コイツのまとまりのない掛け声が始まりになるが、いいか? あと、シュウは嫁の手綱をしっかり握っとけー」

 

 

 ギースの言葉にシュタウフェンは苦笑するのみだった。

 が、結局他に誰もやりたがる者がいないので、消去法でヴァリエに決まる。

 なんとも締まらない流れではあるが、リオレウスの鱗や甲殻をもって作り上げられた防具で身を包み、ヴァリエがホツリ村のハンター達を前に立つ。

 同姓の中でさえも小柄なヴァリエであるから、ニーナなど極少数の同姓を除けば男だらけのハンター達の中心へ来ると、より小ささが際立って見えた。

 どう見ても大人の中に子供が紛れ込んでいるようにしか思えない。

 

 とはいえ、ヴァリエが炎剣リオレウスを空に向かって突き上げると周辺の空気や雰囲気にも微妙な変化が訪れた。片手で自分の背丈以上の大剣を持ち上げるところは流石の膂力というもので、見慣れているはずのホツリ村勢でさえも感歎の声を上げる。同じ真似を出来る者が一人としていないからこそ、驚嘆の声も思わず出るのだろう。

 わざとらしく、口元に手をやって「こほん」と一言呟き、ヴァリエが口を開く。

 

 

「じゃあ、竜姫の異名はもとより、人類最強、頭脳明晰、容姿端麗、美人薄命、純情可憐などなど……で、数え上げたらきりがないほどに世界的な知名度で知られるわたくし、天才ヴァリエ・アルハイドが代表しまして、ホツリの子分の皆さんに一言を」

 

 

 「誰が子分だ!」「竜姫以外、何一つ合ってねぇだろ!」「ちんちくりんが! まな板!」「頭脳明晰の意味も知らねーだろ!」「純情可憐なやつはアイアンクローしない」「容姿端麗? 幼児体型の間違いだろ!」「調子に乗んな!」「真面目にやれ」などの野次があちこちから飛ぶも、ヴァリエが気にした様子は見せない。

 ホツリ村の野次など、今更日常茶飯事である。

 ただし、この戦いが終わったら、何名かはお望み通りヴァリエにやり返されるであろう。特に、まな板と言った一人には既に目を付けていた。

 野次を飛ばしている方はあくまでもにぎやかしの側面でしかなかった。ヴァリエとの関わりがそれなりに長い者も多い。冗談を言い合うのはいつもの事の延長でしかないのだ。

 とはいえあとが怖いので、戦いが終わったら、速やかに身を守る方向での動きに余念はない。備えていれば大丈夫か、といわれれば否であるが。

 ヴァリエは構わず続けていく。

 

 

「んじゃ、ちょっとばかし真面目に。相手はコンガとババコンガ。飛竜は居ないみたいだけど、だからって油断は禁物! 気負わず、焦らず、侮らず! あと……まあいいかっ! 頑張ろう! 勝つぞー! 生きて帰れぇー! 元気出して行こうぜ!」

 

 

 にこやかに微笑み、さわやかそうな声色で発しながら、炎剣を高らかに、誇らしげに掲げるヴァリエ。

 炎剣を持ち上げた後は、地面に雑に突き刺し、右腕を代わりに空高くつき上げた。

 その姿は快活な少女そのものといえる。

 シュタウフェンやルーク、ニーナといった関わりの深い面々は微笑ましげに拍手するものの、戦いを前にして、なんとも緩い空気であるのは否めない。

 

 なんとも締まらぬ内容だ、とは誰が思ったか。

 ヒュルックの騎士団のように整然としているわけでも、ヒュルックのハンター達のように凛として、それでいて肩の力を抜くような掛け声でもない。

 士気を高めるような勢いがあるわけでも、脱力した雰囲気を締めなおすような凛々しさともほど遠い内容に雰囲気だ。

 だが、ヴァリエらしいとは誰もが思った。気負うことなく、狩りに行けると感じられた。

 当のヴァリエ自身が人並み外れた強さを持っている、というのも安心感を抱く理由の一つであったのは違いないだろう。彼女がいる以上、少なくとも全滅はないとさえ思われていたのだ。

 エースとしての不動の信頼が、彼女に寄せられていた。

 

 

「へいへい」

「ヴァリエの方こそ油断すんなよなー!」

「コンガに負けたら笑ってやるぞー」

「じゃあ、勝ちに行こうぜ」

「おーう。稼ぐべ稼ぐべ」

「気楽に気長に行くか」

 

 

 誰からともなく、各々が武器を担ぎ出し、戦闘準備に入る。

 ヒュルックなどは騎士団、ハンター共にあらかじめ役割が定まっており、流れに沿って動いている。

 一方、ホツリ村は元々参戦が確定していたわけでもない。

 

 かといって、各々が自分勝手に動き、連携や統率に欠いた挙句、バランスを崩されても困る。

 特に、遠距離攻撃を主とするボウガン使いだの、弓使いだのが互いに誤射などされてしまえば目も当てられぬ。

 ゆえにヴェルラーは現場を取り仕切るために、シュタウフェンを参戦させたがったのだろう。

 

 

「シュタウフェン殿、我々は攻撃を行う際の君たちの支援を主に行うつもりだ。私の率いる隊が君たちに同行するのでよろしく頼む」

「分かりました。さっそくですが、お願いしたい点がいくつかありまして」

「分かった。シュタウフェン殿の指示に全面的に従うつもりだ。遠慮なく、伝えてくれ」

「ありがとうございます。では会敵した時の動きですが……」

 

 

 騎士団長のシュライハムは、その立場に気取るわけでもなく、積極的な協力を申し出てくれている。

 騎士の大半は、ハンターが扱うランスやボウガンを装備している。

 攻守一体のランスは、盾で攻撃を受けつつ、隙を見ての槍での攻撃。それが基本にして原則。だが、それゆえに隙の少ない武器である。

 遠距離攻撃の出来るボウガンは、多少不慣れでも数を揃えれば、それだけで火力の集中となり、脅威となる。

 

 ランス使いの、いわゆるランサーを揃えれば、防御陣形は堅固なものとなり、容易には崩しにくい。大きな盾が揃い、隙間からランスが矛先を見せる光景は圧巻だろう。

 ボウガン使いの、いわゆるガンナーが揃って銃口を向け、引き金を引けば、近づく事さえも困難な火線が出来る。

 数は力だ。シュライハムが率いる約四十名の騎士の内、三十名がランサーであり、十名がガンナーである。

 これらの数が協力してくれれば、それだけで戦術の幅は大きく広がる。

 

 しかも、戦力としてありがたいばかりか、ここまでスムーズに協力してくれる騎士自体がそもそも貴重な存在であった。

 ましてや、騎士団を率いる団長の立場で、ここまで積極的な協力を申し出てくれる事、快諾してくれる事は相当に珍しい。

 大概はハンターを毛嫌いしていたり、人並み外れた実力のハンターを恐怖から嫌悪したり、誇りある騎士団が野蛮なハンターと肩を並べるなどと忌避する者ばかりなのだから。

 

 王国騎士団でも中枢に位置する者達は、流石にハンターの持つ実力を理解しており、協力の重大さも熟知しているため、ハンターとの連携を拒むような視野の狭い者は少ない。

 だが、それ以外の騎士団にはハンターの介入を嫌がる者は多い。

 人々からの尊敬だの畏怖だのは、我ら騎士こそが一身に浴びるものであり、敬意を払わぬばかりか、自由気ままに振舞うハンターなど……といった趣が強いのである。

 これでも、ルクレイア自体はかなりハンターに寛容な方なのだ。他国であれば、ハンターへの排斥傾向はますます強いところもある。特に隣国のブルメニアなどは顕著であろう。

 危険な戦闘の露払いであったり、積極的に囮として動くように命じてくる事も珍しくもないのだから、悪辣極まる。

 

 

「団長、では私も東の方へ行ってまいります! 終わり次第、駆けつけますから!」

「あぁ。シーリアス、くれぐれも油断はするな。そして、ハンターの皆とも協調を忘れるなよ」

「はいっ! もちろんです!」

「我ら騎士は、モンスターとの戦いにおいて、決して熟練しているとはいいがたい。勝っていても、油断や慢心はしないように」

「はいっ! 決して驕らず、最後まで全力でいきます!」

「メリディナ殿とも、仲良くとまではいわんが、争わないように」

「はい……努力は致します……」

「ふっ……」

 

 

 信頼し、敬愛する上司からの言葉に否といえるはずもない。

 最初は力強い応答を返すシーリアスだったが、後半の方は自信がないのか、やや煮え切らない。

 もっとも、シュライハムとしては予想できていたのか、小さく口元を緩めるのみで、「気負うなよ」と一言、声をかけて肩を叩くのであった。

 その時に彼女の浮かべた表情を、騎士団長は最後まで見ていない。

 彼女は、小さな驚きのあと、顔を俯かせ、微かに頬が朱に染まっているところや、口角が上がっているのを悟られまいとしていた。

 

 ほどなく、シーリアス率いる騎士達が東へと進軍を開始する。戦意高揚の一環か、従軍する司祭がハンター達には狩猟笛で知られるそれを高らかに吹き始め、整然と列を組んで移動を開始していた。

 モンスターを相手に、まとまってお行儀よく動いて、と皮肉めいた視線を送る者もいたが、それでも騎士達が一糸乱れぬ行軍をする光景に、どこか憧憬めいた視線を送ったり、表情を浮かべる者が少なくなかったというのも事実である。

 各々に複雑な心境があるようだった。

 

 

「じゃ、ヴァリエ。せっかくだし、進軍の号令をしてもらっていいかな」

「オッケー。よーし、みんなぁ! いっちょ行こうぜ!」

 

 

 これから生死を賭けた戦いを繰り広げるなど、露ほども感じさせぬ口調と声色であった。

 だが、元々モンスターハンターにとって、狩猟とは常に命がけの戦いであり、長く生き残ってきた者は、それだけの修羅場をくぐってきた猛者だ。

 いつもの習慣と化した事を、いつも通りに行うだけの話なのだ。特段緊張や不安を抱くような事ではない。

 とはいえ、それは一般人にとっては理解しがたい心理であり、ハンターとは救いがたいほどに無謀で陽気な命知らず達であった。

 

 行動を開始してから、最初の戦闘が始まるまでに一時間も要さなかった。

 峠から下っていき、麓へ到着する頃にはコンガが移動を開始した事を知らせる信号弾が上がってきたからだ。テンプエージェンシーの面々は、メリディナの指揮の下でよく働いてくれていた。

 豪快というよりは、豪放そのものな性格の彼女であったが、役割には忠実に従っている事がよく分かった。なぜなら、信号弾が上がってからほどなく、コンガの最初の群れと遭遇したからである。

 彼女の指示や薫陶が行き届いているからなのか、それとも部下である者達が丁寧な仕事を心掛けているからなのか、余人にはこの時知る由もない。

 

 

「じゃあ、手筈通りに。皆さん、よろしくお願いします」

 

 

 シュタウフェンの声に返事をする者、返事の代わりに武器を構える者とで動く。

 ハンター達の先頭に立つのは、ニーナ・フォン・クーデリアンであった。

 プラチナブロンドの美しい髪を靡かせ、彼女は武器を用意した。ライトボウガン(多目的軽火薬弩)を構え、地面にはヘヴィボウガン(攻撃型重火薬弩)を立て、他に燃えるような片手剣と深緑を思わせる細剣めいた片手剣の二本を突き刺している。

 従来、ハンターは愛用していたり、得意としている武器を一種類持参してくるものだが、彼女に限ってはその常識にとらわれず、思うままに持ってきているようだ。

 

 コンガ達は、誘き出されるままに現れたが、既に恐慌や警戒、憎悪といった感情が入り混じった声を上げ、攻撃動作へ移る手前だった。

 ざっと見ても十頭以上。その中から、やや一回り大きなコンガが歩み出てくる。

 周囲に比べて幾分落ち着きがあるのは、この群れの中で一番強いからであろう。なんと声を出しているのかは分からないが、このコンガの動きに合わせ、周囲も従う様子を見せている。

 混乱の最中でも、統率はとれている。

 となれば、油断はせず一挙に攻撃を仕掛けて出鼻を挫く。シュタウフェンは決断した。

 

 

「シュライハムさん。ボウガンを扱う騎士の皆さんに、あのコンガ達の中心、一際大きなコンガを狙ってもらえるようお願いします。彼女の、ニーナの攻撃に合わせてもらえれば問題ないですから」

「承知した。皆、聞こえたか。ガンナー隊は、ニーナ殿の攻撃に合わせ、火力を集中させろ。弾丸は貫通弾でよろしかったか?」

「はい。接近する個体には散弾、あるいは火炎弾でお願いします」

「よし、ランサー隊は散開! ガンナー隊の防御を主とし、コンガの突進を抑えつつ、攻撃を加えていけ!」

 

 

 騎士たちの動きに迷いも淀みもない。「はっ!」と一斉に応答し、隊形を組んでいく。このあたりはハンターには中々馴染みのない動きである。

 彼ら騎士にとって、シュライハムの命令、指示に従う事への不安はなかった。

 

 

「シュウさん。あのコンガさんが近づいたら、一気にやりますが大丈夫ですか?」

「うん、ニーナに任せるよ。派手に頼む。シーヴァインさんも頼みます」

「かしこまりましたぁ! 見ててください、きっちり派手に殺りますから!」

「…………うん」

 

 

 ライトボウガンであるヴァルキリーファイアを構え、ニーナはにこりと笑みを浮かべた。

 武器を一度構えれば、傍目には分かりにくいが、整った双眸に狂気が宿っていく。

 言葉遣いにも少しずつ剣呑なものが混じっていく。

 愛らしいだの、華奢だの、可憐といった評判で、村でも言い寄る男は多いが、怖いもの知らずだとシュタウフェンには思えてならない。あのヴァリエの弟子となる少女が、見かけ通りであろうはずもないのだが。

 

 その近くでは、シーヴァインと呼ばれたボウガン使いが頷く。

 こちらは対照的に物静かで、非常に無口だ。

 シュタウフェンはホツリ村へ来てから、それなりの年月が経つはずなのだが、未だに一度たりとも彼の肉声を聞いた事がない。

 それどころか、幼馴染みでずっと組んでいるメンバーでさえも二十年以上の人生において、二、三度くらいしか声を出したのを見たことがないというのだから、筋金入りだ。

 一応話せる事は話せるらしいが。肉声を聞いただけでも、貴重な出来事であるのは疑いようがなかった。

 とはいえ、この戦いで求めているのは指示に従ってくれる事と、正確な狙撃の腕だ。

 その点は疑いようのない二人だった。

 

 向こうから図体の大きなコンガが一頭、勢いよく駆け出し、それに残りのコンガ達が続く。

 攻撃する事に決めたらしい。

 もっとも、それは勇敢だが無謀な試みであっただろう。自ら、己の死刑宣告を決定づける行為でしかなかった。

 数の差は圧倒的だと思うが、人間程度なら正面からでも突破できると高を括ったか、ここで逃げても無駄だと観念したのか、いっその事と自棄を起こしたのか。コンガ達の判断が奈辺にあったのかは定かではなかった。

 対するシュタウフェンにとっては、慌てるべき点が見いだせない。

 なにせ、両者の距離は十分にある上、こちらはまだ山道の途であり、上方から狙いすませて攻撃できる立ち位置だ。なにより、遠距離から一方的に攻撃を出来る上に、その数も火力が揃いすぎていた。

 

 

「ニーナ、シーヴァインさん」

「はい!」

「……」

 

 

 ニーナの構えていたヴァルキリーファイアと、シーヴァインの構えていたメイルシュトロームという名のボウガンの銃口が火を噴き、先頭を駆けてきていたコンガの足が一瞬止まる。

 弾丸はコンガの肩に命中し、腹部から臀部まで一直線に貫いていった。人間であれば、まず致命傷レベルのダメージであっただろうが、相手はモンスターだ。

 憎悪と殺意を目に宿らせ、狂乱したかのように吠えながらニーナ目掛けてコンガは突貫を仕掛ける。

 だが、一瞬止まってしまった時点で、不幸なコンガの命運は定まった。

 

 

「撃て!」

「斉射!」

 

 

 シュタウフェンとシュライハムの号令と共に、それぞれのボウガンを扱う者達が引き金を引く。

 哀れなのは、最初の一撃を受けたコンガであったのは間違いないだろう。

 最期に視界に映ったのは、一斉に火を噴く銃口の群れと、自分目掛けて迫りくる無数の弾丸であった。

 続けざまに激痛を感じ、状況を把握する前に、訳も分からぬままに意識が切れたのは、いっそ幸運でもあった。

 

 貫通弾との名の通り、弾丸は直撃しても留まるところを知らず、先頭のコンガを貫いてなお、あとに続いたコンガ達にも突き刺さっていく。

 モンスターの牙であったり、堅く頑丈な実などを弾頭にしており、それらは身体へ着弾すると、止まる事を知らぬとばかりに身体の中を突き破っていった。

 先頭に立った勇敢だが悲惨なコンガが、その身を盾にしたおかげで威力は幾分も落ちたのだが、それだけに苦痛が長引く結果となったのは皮肉というほかない。

 無残にも穴だらけとなったコンガが地に伏し、周囲のコンガ達も続けざまの弾丸の嵐に、動くどころではなかった。無慈悲なまでに降り注ぐ銃撃に数頭が相次いで倒れていく。

 騎士達がモンスターとの戦いに不慣れであろうとも、ボウガンは誰が使用してもその機構や弾丸自体に殺傷力が備わっている。ゆえに、火力の集中すべきところさえ間違わなければ、ガンナー隊が一番の戦力であったかもしれない。

 不利を否応なしに理解させられ、逃走を試みたコンガもいなかったわけではない。だが、それを易々と逃す事もなく、冷静に、あるいは冷徹に仕留めていった。

 最初の遭遇戦において、接近戦を行えるハンター達や騎士達の出番はほとんどなかった。

 

 

「あはは。出番がない」

「だな。ババコンでも出てこねぇと、こりゃ一瞬だぜ」

 

 

 接近戦に備えていたであろう、ヴァリエやギースカスが不満そうに口を尖らせたのも無理からぬ事であった。

 瞬く間に最初の遭遇戦は完勝し、続く遭遇戦においては、十頭にも満たない少数のコンガ達が動いているところを強襲し、やはり被害の一つもないままに勝利したのだから。

 それが三度目、四度目と立て続けに、近接戦闘組が出番もないままに完勝を収めていく。

 楽勝といった雰囲気を纏い始め、ピクニック気分のようなハンターもいたのは確かである。

 

 

「お。群れが見えるぜ。ババコンガも二頭!」

「おっ、やっとかよ!」

「よーしよし!」

 

 

 苦戦らしい形の一つさえないままの討伐であったが、だからといって索敵を怠る愚をシュタウフェンもシュライハムも犯しはしない。

 ホツリのハンター達の中で最も視力に優れ、目端の利くイシェーブルが斥候役を担い、コンガの一群を発見した。それもそれなりの規模の群れだ。

 嬉々とした報告内容に討伐勢も色めき立つ。

 やっと出番が来たか、とヴァリエやギースカスなどの近接戦闘組が嬉しそうな表情を浮かべていく。

 

 

「シュタウフェン殿、やる事は先ほどと同じでよろしかったかな」

「そうですね。とはいえ、今度は結構な群れのようです。大型の個体も二頭いますから、少々気をつけたほうがいいですね」

「あぁ、三十……いや四十頭くらいか? 流石に斉射のみで倒しきれんだろう。今度は接近戦もあろう」

「えぇ。ボウガンでの射撃は、貫通弾を撃ってから、散弾を撃ち、主であるババコンガには火炎弾でお願いします」

「承知した」

 

 

 淡々としたやりとりではあったが、手順を確認すれば、あとは行動あるのみだ。

 遠距離狙撃に定評のあるシーヴァインが、二頭いるババコンガの内、一頭へ貫通弾をお見舞いした。見事に頭部へ命中し、南国の果実にもたとえられるほど目立った頭頂部の毛が弾ける。

 ついでといわんばかりにもう一撃を浴びせ、頭部の一部が頭蓋骨ごと削られたが、ババコンガが倒れる事はなかった。

 貫通弾は内部を破壊するより速く、突き抜けていく。ゆえに、しばしば内臓だの血管を傷つけても、致命傷と至らないケースも多い。再生力や生命力に優れるモンスターならこそだろう。

 怒りの咆哮は風圧を起こし、周囲にいた仲間達も同調するように唸り、咆え、一斉に向かってくる。

 

 

「一斉に斉射し、そのあとは近接戦だ! 油断せずにな」

 

 

 シュライハムの声に従い、ガンナー部隊が突進してくるババコンガを中心に狙い撃つ。

 先ほどまでなら、貫通弾を集中して浴びせる事でほとんどのコンガを一方的に屠れていた。だが、流石に群れを率いる個体は同じようにいかなかった。

 弾丸を雨さながらに浴びても、怯むどころか、戦意が増していく一方であるかのように、形相に殺意が満ちていく。逆に、射撃を行っていた騎士達が怯えを覚える有様であった。恐怖は狙いを逸らさせ、いくつかの弾丸が無為に宙を切ったり、地面を削るのみで、幾頭ものコンガを無傷のままに突進を許してしまった。

 

 迫る桃色の毛並みの獣を間近にし、足をすくませる騎士もいた。

 同僚であった騎士が強かに突進を食らい、視界から消えたと思ったら後方へと吹き飛んでいったのを間近にしたからだ。

 猛烈な勢いで突進するコンガを前に、身を竦ませるなど、致命的な隙であった。

 

 

「臆するな! ランサー隊は盾を前面に出し、防御! 隙を見て攻撃を忘れるなよ!」

 

 

 言うや、シュライハム自身が前へ出ていく。

 固まってしまい、あろうことか身を守るための盾を落としてしまった騎士をかばうように前に立ち、迫るコンガの一頭に目掛けてパラディンランスの穂先を繰り出した。

 正面からの小細工無用ともいえる突きに、コンガは侮っていたわけではない。だが、想像より遥かに鋭く、正確で、容赦のない攻撃であったのは確かだろう。短い間にランスで上腕を貫かれ、穂先で斬り裂かれ、盾で頭部を強かに打ち付けられ、最後は連続での突きを受ける事で、反撃も満足にできないままに倒れ伏した。

 一連の動作は流麗なまでに滑らかで、それでいて命を奪う事に躊躇いのない攻撃だった。

 

 

「だ、団長……醜態を晒してしまい、しかも団長自らに御守りしていただき、申し訳ございません!」

「構わん。怪我はないか? ないなら、すぐに配置へ戻れ。まだ戦いは終わっていない」

 

 

 守られた事を自覚していた騎士は赤面しつつも、上官たるシュライハムの元へおずおずと近づき、膝を折って頭を下げた。

 対するシュライハムの声は平静そのものだ。戦闘中に容易に持ち場を離れ、戦闘態勢を解く事に対しては、眉をひそめはしたが。

 とはいえ、ランスの扱いに関して下手なハンターよりも洗練されており、戦いを見ていた幾人かのハンターも口笛を吹くなどしつつも、「騎士団長さんも中々じゃないか」などと軽口を叩く。どこかでハンターでもない騎士に劣るわけがないと見くびっていた部分が、ハンター達の中で抱いていた者がいたのも事実だ。

 しかし、その蒙昧な偏見も、払わざるをえなかった。騎士達も、自分たちの上に立つ団長の実力を今更ながらに知り、自信を回復しつつあった。

 

 先ほどのコンガが迫り、幾人かのハンターや騎士が負傷したものの、戦闘不能というダメージではない。

 ハンター達はそれぞれの持参してきている回復薬*3を口にしたり、傷口にかけるなどして、応急処置を施していく。

 一方で騎士達の方は、従軍薬師らしき老年の男が、後方へと負傷者を引きずり、薬草をすりつぶしたのか、濃厚な緑の液体を傷口へ塗ったり、飲ませたりとしているのが見えた。喉に通された騎士などは顔を歪ませ、「苦い苦い」と文句を発した。文句が言える内はまだまだ大丈夫であろう。

 

 

「シュライハム団長、お見事でした」

「いや、戦ってみて思ったが、やはり狩猟を生業とする君たち、ハンター達のようにはいかないものだ。特に、竜姫殿や飢狼殿を見ていると、な……」

「あの二人は、ホツリでも別格ですから……」

 

 

 シュタウフェンとシュライハムのほんの少し揶揄するような口調は、視線の先で暴れまわる近接戦闘組のハンター達、その中でも一際目立つ二人へと向けられていた。

 竜姫のヴァリエと、飢狼のギースである。

 炎剣リオレウスを軽々と振り回す彼女は、無傷のババコンガを相手にしていた。片や、ギースの方も手負いのババコンガを相手に一方的に追い込んでいる状況だ。

 

 ギースの振るうジャッジメントと呼ばれる大剣は、傍目から見れば、大剣というカテゴライズが正しいのか、しばしば疑問を抱く。

 というのも、その形状は巨大な両手持ちの斧で、剣という定義でさえ、既に逸脱している。

 処刑用の斧だといわれても信じてしまうような見た目であり、肉食獣さながらの獰猛な笑みを浮かべる彼が振るうと、言ってはなんだがしっくりくる。向けられる方はまさしく死刑執行人が嬉々とやってくるようなもので、恐怖の象徴でしかないが。

 

 相対するババコンガは、先ほどの斉射で無数の貫通弾を浴び、体中におびただしい傷ができていた。あちこちから流血がみられ、桃色の毛並みが鮮血に染まって赤色の方が占める面積が多いほどだ。

 にもかかわらず、戦意に衰えはみられず、戦闘能力にも問題はないようだった。

 闘志に満ちすぎたギースを見ても、引く気配はみられない。

 

 

「いいね、いいねぇ」

 

 

 ギースの方も、剥き出しの殺気をぶつけられ、むしろ喜ぶ始末である。

 彼は、決して細身でも小柄とも無縁であったが、ババコンガの体躯ときてはその彼を見下ろすほどの体長を持ち、横にも太い。

 前腕など、思い切り殴りつければ、さしものギースとて無事では済まないはずだ。体当たりをぶちかますだけでも、勝機はあろう。

 

 だが、一介の村には戦力過多とまでいわれたホツリにおいて、ヴァリエに次ぐ実力者である。

 振るわれる豪腕はいずれも宙を切り、無為に体力を消耗させるばかりだった。対するギースは軽やかにかわしながら、次はどうするのかと観察するだけの余力も残している。ババコンガを見上げる目には愉快そうな歪み、表情などは明らかに挑発していた。

 勇敢で恐れを知らぬババコンガからすれば、人間の感情の機微など知らずとも、憎悪と殺意を向けても余りある態度であった。

 体躯そのものを活かした突進や、丸太のような腕を繰り出し、振るい続ける。だが、当たらない。

 

 横合いから、群れの主を救わんと健気にもコンガが迫り、不意をつかんと前腕を繰り出す。

 その忠誠に敬意を表したか、真偽は分からないが、ギースは褒美に死を授けた。容赦のない上段からの振り下ろしは、勇敢だが哀れなコンガの右肩あたりへ到達し、肉も骨も砕き、裂いてみせた。

 反撃を起こす事さえ許さぬ一撃。

 一応は助けてもらい、隙を作ってもらう形となったババコンガだが、仲間の敢えない末路にかえって戦意を喪失したように見えた。

 

 それを察したのか、ギースは一転、猛攻を仕掛ける。

 もうこれ以上は続けても無意味だといわんばかりに、攻撃が激しくなる一方だ。

 振り下ろし、横へ薙ぎ、下からの振り上げ、大きな獲物を振るうだけに、変幻自在の軌道を描くのは不可能に近いが、質量と重量に任せた勢いだけでも十分過ぎる威力と殺傷性を秘めている。

 ババコンガが身を固め、防御に徹していても、ほとんど無益だった。それでも致命傷を辛うじて避けただけでも賞賛されるべきだろう。

 だが、苦痛が先延ばしとなる結果でしかないと考えれば、やはり無益でしかない。

 

 身体全体を活かし、回転に合わせてジャッジメントの刃先がうなりをあげて襲い掛かる。

 両腕で頭部をかばったものの、半ばまで右腕が切断されかけ、怯んで右腕を抑えた瞬間だった。

 

 

「じゃあな。まぁまぁ面白かったぜ」

 

 

 何と言ったのか、ババコンガが理解しうるはずもなかったが、ギースの顔にはもはや何の感情も感慨も浮かんでいなかったのだけは、分かった。

 隙のできたババコンガの頭部に衝撃が訪れて数瞬、視界が閉ざされ、意識も続けて途切れたのだった。

 面白くもなさそうに死骸を見つめていたギースだったが、少し離れたところを見やると、そちらも間もなく決着がつくところであった。

 

 

「――――…………!!」

 

 

 先ほどまで無傷のままに相対し、戦闘に突入したババコンガ。

 だが、それはとっくに過去形での話で、現在は半死半生の有態である。

 

 相手は小さな人間。子供かは知らないが、雌だ。

 しかし、自分の体よりも大きな武器を軽々と振り回してくる剣呑極まる存在。

 さらに、その武器ときては、振り回すたびに血肉と臓物をまき散らす、死の旋風であった。

 

 ババコンガが挑む前に、五頭のコンガが立ち向かった。

 群れの主を守るためか、目の前の人間を侮ったのか、手柄を立てるためか、いずれにしても、この時においては蛮勇であった。

 その蛮勇に敬意を表したのか、余人には知れないものの、ヴァリエも正面から炎剣を振り下ろす。

 まさしく、一刀両断であった。

 何が起きたか、理解も至らぬうちに最初の一頭が左右に分かれ、次いで思い出したようにそれぞれの方角へと倒れた。

 仲間が突然に二つに分かれ、訳が分からず呆然としていたもう一頭のコンガが、首から上と、その下とで両断される。

 

 火竜の鱗や甲殻の持つ真紅色が、剣閃と共に、赤く紅く、線を描く。

 ヴァリエが視認する暇さえ与えずに、炎剣を薙いだのである。

 

 連撃など必要としない。

 一撃、一撃がすべて致命傷を通り越し、即死を免れぬ死の権化。

 

 接近する、肉薄する、大剣を振り下ろす。横に薙ぐ。

 それだけの単純作業めいた動きで、残ったコンガ達が斬り裂かれる。

 炎剣が振り払われるたび、血潮が吹き荒れ、それに追いすがるように爆炎が炸裂した。空気に触れると発火する火竜の骨髄が炎剣リオレウスの機構に含まれているゆえだろう。

 コンガが斬り裂かれると同時に、爆炎に飲み込まれていく。

 

 ヴァリエの一撃をよしんば耐えられたとしても、続く爆炎でとどめを刺される形となってしまうのだ。

 安直な例えであるが、立て続けに振るわれるそれらはすべて死の二連撃であった。

 一度受けてしまえば、もはや死するも同義。理不尽どころの騒ぎではない。

 

 

「あとは、お前だけだね」

 

 

 ヴァリエの声には抑揚がない。

 特に反撃らしい反撃もなく、一方的に屠るだけで高ぶるものがないからだ。

 あたりには先ほどまでコンガだった物体が散らかっている。

 斬った箇所の延焼によって、あたりに焦げた臭いが広がり、ヴァリエの鼻を据える。

 

 群れの手下たちが為す術もないままに命を散らし、ババコンガからすれば怒り心頭であった。

 不甲斐のない、一矢も報いずに散っていった手下にも、集めた群れを瞬く間に蹴散らしていく、目の前の人間にも。

 そして何よりも、このような状況となったすべてにも。

 

 こちらの群れの主は、怒りに震えても、衝動にとらわれずにヴァリエへと接近をはじめる。

 あの人間の攻撃はまさしく脅威そのもの。どれほど激情が身体を巡っても、死への恐怖が、生存本能が迂闊な真似をするなと警鐘を鳴らし続ける。

 本能に従うなら、即座に逃げるべきだ。だが、すでに周囲にいる人間たちはこの戦いを観戦している。同時に、逃がすまいとも警戒も怠らず。

 率いていたコンガ達がどうなったかなど、考えを巡らせるまでもなかった。戦闘の音や、仲間の発する音も、何一つ、今は聴こえないのだから。

 

 近づくにつれ、両者の体格差が浮き彫りとなる。

 元々、モンスターと人間のサイズ差など、あって当たり前である。

 だが、その大きさたるや、ヴァリエの三倍、否、四倍以上の高さであり、完全にヴァリエを見下ろしていた。

 殴打に用いる事が多いのだろう前脚など、盛り上がる筋肉の太さときたら、ヴァリエの頭部が軽々と収まってしまうレベルだ。あれで殴られればヴァリエなど一撃で挽き肉さながらに粉々だろう。あどけない顔が目を背けたくなるような絵面となっていたはずだ。

 そもそもが、その巨体に任せて体当たりの一つでもかませば、それで終わるはずだ。体勢を崩すどころか、骨も内臓も諸共潰し、砕いてしまえる。

 子供と大人の喧嘩といってしまうのもおこがましいほどの差がそこにはあった。

 

 ババコンガからすれば、この少女を倒せたところで、残りの人間を相手に生き残る事さえ、もはや絶望的であったはずだ。

 そうでなくとも、つい先刻まで仲間達がこの少女と戦い、どのような末路を迎えたのか、間近にしてきたのである。勝てるとは思えなかった。

 だが、あらためて接近するにつれて、自分よりも遥かに小さく細い相手である事を知り、なんとかなるかもしれないと考えたのだろうか。

 

 モンスターの感情など露知らぬヴァリエでも、一目で分かるくらいに下卑た笑みを浮かべていた。一思いに殺すか、嬲ってから殺すのか、で悩みでもしているのだろうか。

 まったく、下品なものだとヴァリエは嘆息する。

 威嚇時に顔を真っ赤にして、放屁をかましてくるのがババコンガのセオリーである。それは馬鹿げた行為に思えるが、放屁の際に少なからぬ風圧や、悪臭によって攻撃の手を留める効果もあり、決して油断していい行動ではない。だが、この時はそれすらもしてこない。

 つまるところ、完全に舐められているのだ。

 脅威としてどころか、餌が向こうから走ってきたくらいにしか捉えておらぬ。

 自暴自棄も極まると、冷静な判断力をこうも奪うものであろうか。余人には分からぬ心理である。

 

 

「どっちが獲物だろうねっ」

 

 

 ヴァリエが突貫し、瞬く間に肉薄する。

 まさか、向こうから戦端を開くと思っていなかったのか、否、来ると分かっていたところでどうにもならなかっただろう。

 大剣を持ちながら、一瞬で間合いを詰めるヴァリエの速度は常軌を逸していた。

 ヴァリエが大剣を一振り、持ち上げ、振り下ろす。

 

 ババコンガの背筋に一瞬寒気が襲った。

 それがどういった感覚であったのか、死への恐怖だと理解した時にはもう遅い。

 既にヴァリエの炎剣が頭部めがけて振り下ろされていた。空気を剣先が裂き、空気に触れる事で火竜の息吹さながらに火の粉が追走する。

 視界に収めていたはずのヴァリエが瞬間的に消え、次いで襲うのは燃えるような激痛だった。文字通り、燃えているのだが。

 それでも咄嗟に防御に転じる事が出来たのは、このババコンガが幾度もの戦いを生き延びてきた個体ゆえだ。

 炎剣が迫っている事を目視にせよ、反射神経にせよ、捉えられただけでも十分に戦闘能力を備えているといっても過言ではなかった。

 他のコンガ達は、最期の一瞬まで何が起きたのかを理解も自覚もできぬままに散っていったのだから。

 

 ただ、合わせていうならば、相手がヴァリエでなければもっとマシな顛末を迎えられたかもしれない、と注釈せねばならない。

 

 ババコンガが咄嗟にダメージ覚悟で右腕を突き出したのは良かった。おかげで即死は免れた。

 だが、なぜだろう。先ほどまであったはずの右腕が地面に転がっている。

 切断面がぱち、ぱちと焦げつつも燃えており、ヴァリエはそれを無情にも蹴り飛ばす。単純に踏んだら危ないからという理由だが、まったく平静すぎてババコンガには理解が追いつかない。

 ワケが分からなかった。どうして、右腕がないのか。それに痛くて熱くてたまらない。

 どうしたらいいのか? 逃げたい。逃げたいが、まったく目前の小さな人間が油断も隙も見せようとしない。笑っているのか、笑顔で歩みを進めてくる。

 

 驚きと痛みで声を荒げ、叫び、ボスが危険にさらされているのだと、早く助けに来いと仲間を呼びつけるのだが、一頭のコンガとて姿を見せぬ。

 それもさりとて、とっくに周囲にいたコンガ達は全滅しているのだから、来れるはずもない。

 把握していたはずなのに、それさえも忘れて叫び続ける姿には、いっそ憐れみを覚えるハンターや騎士もいたかもしれない。

 むしろ、今から仲間の元へと向かわされている瀬戸際なのだから。

 

 そして、二撃目が来ると分かった時に、ババコンガはやけに炎剣が迫るのが緩やかに感じられた。こんな遅々として振ってくるとは、などと喜色を顔に浮かばせた。助かるかもしれないと思うと、身体に生色がみなぎってきたようにも思えた。なのに、事態がまるで好転しそうにない。

 よけよう、と身体を動かしているはずなのに、身体がまるで動こうとしないのだ。

 なのに、着々と確実に、炎剣が迫ってくる。

 早く早く、と身体を動かしたい。だが、動かない。動けないのだ。

 それは死に至るものが、最期の瞬間に時の流れが緩やかに感じるという現象でしかなかった。

 人は、それを走馬灯と呼ぶ。かのババコンガには何かが追想されただろうか。

 

 ヴァリエが炎剣を握り、振り下ろす瞬間、ほんのわずかな、刹那にも満たぬ瞬間、両腕や両足の筋肉が膨張したかのように見えた。

 正確には、膨れ上がったかのように見えるほどの重圧を漲らせ、力を込めたのではあるが、対峙するババコンガにとっては、死の間際に炎剣が幾重にも分散して見えた。

 もちろん、炎剣が何本も振られるはずもない。死する瞬間の恐怖でぶれて見えただけの事。

 ババコンガには理解しようもない事であるが、大剣を扱うハンター達には基礎にして、奥義ともいえる攻撃方法があった。

 

 溜め斬り、と人は呼ぶ。

 人間は普段、人によって多少の誤差あれど、大体六、七割までしか力を出し切れないとされている。

 限界を超えて身体を動かせば、反動で筋肉や骨にダメージが蓄積してしまうのを脳が無意識下で守っていためだ。

 大剣使い達は、その限界を意図的に逸脱する術を学ぶ。

 それはひたすら反復しての訓練による賜物であったり、中には意図的な自己催眠などを用いてまで、限界突破を身に着けるものも少なくない。

 もちろん、いきなり全力全開の十割を放つわけにもいかない。過去には試しに全力で、と振り下ろしたと同時に両腕の肘から先も飛んでいったなどという悲惨な事故例もあるからだ。

 

 何度も少しずつ、境界線を超えていく訓練を重ねていくのち、今度は反動に耐えるための身体も合わせて作っていかなくてはならない。

 如何に訓練しようとも、やはり求められるのは屈強にして頑強な身体であるのは自明の理だからだ。

 抑えている限界を超えるための技法と、それによって伴う反動を抑えるための身体作り。まずはこの二点がなければお話にならない。

 

 大剣を振るう両腕はもとより、それを支えるためには身体全体のあらゆる箇所を鍛えておかねばならない。

 腕を鍛えたから大丈夫、などと単純な話ではないのだ。

 そうして鍛えていった先に、実戦で放つにはいくつか注意があった。

 まず、限界の超え方には個人差あれど、大体数秒から遅くとも十秒弱の隙が生じてしまう事。これは一気に限界を超えてしまうと、身体に大きくダメージを負うために緩やかに限界を超えていくために必要な手順である。ゆっくりと、だが、確実に力を込めて、大剣を振るう。

 これこそが一般的な大剣による溜め斬りであった。

 

 話を戻すと。結論からいえば、ヴァリエは異常体質であった。

 

 彼女には、溜め斬りに必要な時間が存在しなかった。

 ただの一秒たりとも。

 さらにいえば、反動もほとんどない。反動があったところで、すぐに回復してしまうからだ。

 幼い頃よりヴァリエは身体の傷が他者より治りやすかった。崖から落ちて骨折をしていても、数日もせぬうちに骨癒合してしまう。大剣を振るい続けていて疲労骨折など、両手の指を使っても足りぬほどに繰り返した。しかしヒビ程度なら、数分もあれば塞がっていく。

 そんな事を繰り返していると骨もどんどん頑丈になっていき、今ではどれほど限界を超えた一撃を続けざまに放ったところで、軋みもせぬ。

 筋肉が傷んでも、少し休憩していれば、下手すれば歩きながらゆっくりとしている内に、元通りだ。

 

 ゆえに、多少の無茶な溜め斬りを連発したところで、デメリットになりえない。

 それどころか、振るう攻撃がすべて致命打になりえる脅威であった。それらを振るっても、数分もせぬうちに怪我も体力も治っていくのだから。

 先ほどからヴァリエは一切の躊躇も遠慮もなく、すべての一撃を溜め斬りの勢いと威力で放ち続ける。

 先のリオレウスを返り討ちにした際、一切の反撃も逃走も許す事なく倒し切ったのも、この異常体質とそれを活かすだけの膂力も技術も備えてこそであった。

 

 彼女を知る者がしばしば揶揄する。

 飛竜の娘が何を勘違いしたのか、人間の身体を形成したばかりに人類社会に紛れ込んでいるというのは、実のところあながち誤りでもないのだ。

 それこそ休む暇も与えず、一撃を耐えうるような強敵が絶え間なく襲い掛かるくらいせねば、ヴァリエを倒す事もかなわぬほどに、逸脱した存在であるのだから。

 

 そして、短な軌跡を描いたかと思うと、遅れて衝撃音が響き渡る。

 炎剣に用いられた火竜の骨髄が、この時は最大の仕事だといわんばかりに炸裂する。斬ったあとには炎が爆ぜ、ババコンガを破裂させたあとも焼き尽くした。

 

 

「……あー、しまった。やりすぎた」

「素材剥ぎ取ろうにも、どこ剥ぎ取ったらいいんだ? あ~? ヴァリエさんよぉ~」

「う、うっさいや!」

 

 

 観戦していたギースはあからさまな笑顔でにやついている。

 勝ったはいいが、何ら得られぬ状況を作ってしまったヴァリエの未熟さをからかっているのだった。

 とはいえ、一方的に、しかも短時間での決着。

 やはり腕は一向に衰えていないようだと、安心する一方。

 三年もブランクがあるというのに、実力差の大きさに嘆くやら、表情とは裏腹にギースの心中は穏やかではない。

 

 それは観戦していた他の面々も同様である。

 シュタウフェンは見慣れた光景にいまさら驚きはないし、もとよりヴァリエと比肩する実力など考えてもいない。

 ニーナやルークなどは、尊敬する師の強さをあらためて実感し、追いついてみせると意気込んでいたし、まだまだ伸び代も、成長するだけの時間も二人には存在していた。

 だが、他のハンターなどは、抗っても追いつくどころか、追いすがる事さえも困難であろう事をすぐに理解していた。これでヴァリエが才能におぼれ、慢心しているなら、才能任せのやつだと嘲る事も出来たかもしれない。しかし実際は才能もあるのに、訓練も実戦も怠らぬ。

 育児に精を出して狩りから離れていた間に、差を埋めようと追いすがろうにも、少し彼女が走りだせば瞬く間に差が広がっていく。

 まさしく理不尽の塊のような存在だ。努力だけではどうにもならない才能の持ち主。

 むしろ、まだ追いつく事をあきらめず、それどころか追い越そうとするギースなどが異常なのである。否、異常だと捉えられていた。

 

 逆に、ヒュルックの騎士達は些か、別の心情である。

 元々ハンターを志していたわけでもないので、いくらか別の視点で彼女を見る事が出来ていた。ゆえに、純粋に噂以上の猛者であると賞賛する者もいれば、外見からは想像もしえない剛剣ぶりに戦慄し、恐れを抱く者もいた。だが、概ねの騎士達からは感歎、畏敬といった念の視線を向けつつあった。

 彼らを率いるシュライハムもまた、同じような心中である。

 

 ユーリア会戦が行われてから数時間。

 西側のコンガ達は、まさしく一方的な敗北を喫しつつあった。

 なおも、討伐者達の快進撃は続く。

 

 

 

 

 

第7話【ユーリア会戦① つづく】

*1
この世界において、ボウガンとは火薬と弦を併用した軽量、または重量級の銃全般を指す

*2
気合い! 気合い!! 気合い!!!

*3
薬草とアオキノコを混ぜ合わせた液体。薬草の持つ止血、修復作用といった成分をキノコの菌糸類が傷口を内側、あるいは外側から広がり、結果的に治癒を早める


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