深白の竜姫、我が道をゆく   作:羊飼いのルーブ

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◆第6話 【作戦会議】

 

 

 

「まずは突然の来訪にも関わらず、こうして高名なる竜姫殿にお目通りが叶う事、まさしく恐悦至極。ご主人のシュタウフェン殿も噂はかねがね聞き及んでおります。私の名前はマレーズと申します。お見知りおきを」

 

 

 ギルドの職員が訪れてから、数十分ほどだろうか。

 ホツリの酒場、兼、ハンターズギルドは慌ただしく動く事になった。

 

 まず、酒場で飲んだくれていたハンターは一掃された。

 次々と不満を口にするハンター達だったが、飲んだくれてもハンター。酔っぱらっていてもハンター。

 最後まで無駄な抵抗を試み、どういう話が展開されるのか、何か面白い情報は得られまいかと慌ただしく目線を動かせ、聴覚を最大限に働かせた。

 だが、アイナとてギルドの支部長にして、元々実力者で知られたハンター。

 そうした目論見は悉く見抜き、破り、蹴落とした。パーフィなどの給仕達も協力し、どんどんと追い出されていった。

 

 応接室に近い(厳密的には全然近くないが)壁際に立って聞き耳を立てたり、裏口からこっそりと侵入しようとする程度なら可愛いもので、見張り役の受付嬢に賄賂を送ろうとする者もいたり、はてには酒場の屋根にまでのぼって聞き耳を立てようとしたハンターもいた。

 それらはすべてアイナの指示の下で蹴散らされた。

 

 今、応接室の中にいるのは五名。

 まずはホツリ村の住民であり、活動するハンターの中でも随一の実力者であるヴァリエ・アルハイド。竜姫の異名を得て久しい。

 その隣にはヴァリエの夫であり、同じくハンターとして活動するシュタウフェンが座る。こちらは単独での戦闘力云々とは別のベクトルで有名だろう。

 

 アルハイド夫妻の向かいには、まず代表としてヒュルックの都市長であり、伯爵の爵位を持つマレーズが座り。

 その隣にヒュルックのハンターズギルドの支部長にして、このルクレイアという国内において南部全体を取り仕切るギルドマスターの地位に立つヴェルラーが座った。

 より正確には、南方方面総括長という役職らしいが、ヴァリエなどは数分もせぬ内に忘れてしまった。ギルドマスターで十分なのである。

 

 残る一人は、マレーズ伯爵とヴェルラーを護衛するために同行してきた者達の一人であろう。

 この場で唯一、直立不動の姿勢で立ったまま、室内の片隅で動向を見守っている。

 まだ若い女性のようだが、気の強そうな瞳と、自信ありありといった強気な顔立ちが特徴である。

 

 

「私達も、ヒュルックを治めておられるマレーズ様に、敏腕のギルドマスターで知られるヴェルラー様とお会いできて光栄です」

 

 

 畏まった挨拶とは無縁に生きてきたヴァリエに代わり、シュタウフェンが恭しく挨拶を行う。

 ヴァリエの方もそれに倣うようして勢いよく頭を下げる。その勢いの強さに準じて、後ろで結んでいた金色の髪がふわりと浮く。

 一応、仏頂面だったり、何も考えていなさそうな顔をしていては失礼に当たると、ヴァリエもぎこちない笑顔を浮かべてはいる。この場にシュタウフェンと二人きりであれば、妻の不自然極まる笑顔を見て彼はきっと笑った事だろう。

 

 こうした場面において、ヴァリエは置物同然の存在である。動いては、却って事を面倒にするばかりなのだから、仕方がない。

 余計な事を言わない、無闇に手を出さない、強引に話を勧めない。

 この三点については、ヴァリエが今よりもずっと若い頃から言われ続けてきた事だ。両親から言われ、友人から言われ、師からも言われ。

 立場が上の、否、上であると思い込んで振舞う人物との無用なトラブルを避けるため、小さな頃から言われ続けてきた言葉。

 覚えの決してよくないヴァリエであっても、繰り返し反芻され、その都度思い返すようなトラブルに巻き込まれていれば、自ずと脳裏にも刻まれるというものだ。

 

 しかし、ヴァリエからすれば言い分もある。

 ヴァリエとて、別に好んで反発するわけでも、ちょっとびっくりさせようとつい壁を割るわけでも、相手を怯えさせてまで自分の意見を押し通したいわけではない。だが、周囲から見れば気に入らない事にはすぐ言い返し、相手が暴力に訴えれば嬉々としてそれを迎え撃ち、最後は脅迫同然に抑え込んでいるようにしか見えなかった。

 飛竜の娘が人類社会に紛れ込んでいる内に、だんだんと自分を人間だと思い込んだのだと言われる所以であろう。

 哀れに思った善人たるアルハイド家が、その飛竜の娘をヴァリエと名付け、育て、今日にいたる。誠にほめそやすべき、偉業ではないか。

 なお、この言葉を堂々と言ってのけたのは、幼馴染みにして、ホツリ村の二番手のエースとしても知られるギースカス・ハールである。当然ながら、その後はヴァリエに報復されている。さもありなん。

 

 シュタウフェンがそうした現場を直接的に見た回数は少ないものの、怒ったヴァリエが壁にドンと手を押し当てると、その勢いと膂力によって壁には一瞬で亀裂が入る。壁に亀裂が入らなければ、むしろその頑丈さにヴァリエが感心する始末だった。

 ヴァリエが壁に手を当てた瞬間。それはさながら雷に打たれたがごとく、ビシリと亀裂が壁一面に広がり、不満げにパラパラと壁だったものの素材が正面や天井からでさえも降り注ぐ。それを間近で対峙する者にとってはたまったものではない。

 彼女自身は「友達から壁ドンってやると、相手がドキッとするって聞いたから」と主張するのだが、絶対に意味合いやら色々と間違えているとシュタウフェンは内心で突っ込む。

 

 その拳が自分に振るわれたらどうなるか、否が応でも想像せざるを得ず、かつ、殴る事も出来たのだと理解できないのはよほどの低能であろう。

 大体、自分の背丈より大きな大剣を軽々と振るう事を知っていれば、見ていれば、それを扱う者がどのくらいの強さを秘めているか、想像できるだろうに。等と、シュタウフェンからすれば思うのだが、武器を持っていないときは幼げな少女でしかないから、侮ってしまうのだろうか?

 そのヴァリエは、シュタウフェンにそうした荒事を見られるのが嫌なようで、結婚してからはそうした姿を見たことはない(ヴァリエがそうした行いをしなくなったわけではないと注釈しておこう)。

 ヴァリエを知る者達にとって、彼女が『アイルーをかぶっている(意:猫かぶり)』などという俗諺を言わせるゆえんである。

 

 話を戻すと。

 実際、会いたいといって早々会えるような二人ではない。

 ヴァリエくらいの実力と知名度があれば、ヴェルラーに会いたいと申し出れば、万が一の可能性くらいはあるだろうが、それにしたってよほどの理由ありきだ。

 もっとも、望んで会いたいとはシュタウフェンにせよ、ヴァリエにしても思っているわけではない。

 親愛だ、親和だのを持てるほどに接点だの関連だの実態だのを何一つ知らないままの対面なのだから。

 

 

「お二人には、事情もあらためて確認するでもなく、突然に訪問してしまい、本当に申し訳なく思います。ただ、こちらとしても、どうしてもお会いしたく、性急に動いてしまった事をどうか、お許し下さると有難いと思います」

「いえ、頭を下げていただくには及びません。伯爵やギルドマスターほどの方が直接お見えになり、私……いや、おそらくはヴァリエの方に急ぐだけの要件がおありなのでしょうから、相当に切羽詰まったものであると愚行する次第ですので」

「そう言っていただけると……実際のところ、私の、いや、ヒュルックの都市部周辺では早急な対応が求められる事情がありまして。世間話だのはナシにして、不躾なのは承知で本題に入ってもよろしいでしょうか? 詳細はヴェルラーからになりますが」

「もちろんです」

「ヴェルラーと申します。お二人の高名はかねてより。私の方もお二人にお目見えして師玉の光栄に存じます」

 

 

 気弱そうだが、人の良い困ってそうな笑顔のマレーズと、静かに笑ってはいるものの、年季のいった顔には一切の不安も見せぬヴェルラーはまさしく対照的にヴァリエには思えた。

 傍から見てみると、どちらも話し方は似ているのに、ヴェルラーの方が立場が上にしか見えず、しかもマレーズ自身もそれで構わないと考えているようにしか見えなかった。

 無論、流石のヴァリエとて、それを口にするほど頭の働かない子供ではない。もう大人なのだから。

 

 マレーズにせよ、ヴェルラーにしても、この二人が丁寧な言葉遣いを心掛ける必要は、本来の立場や身分を思えば、そこまで気を配る必要性もなかった。

 だが、今この応接室にいるヴァリエもさることながら、その配偶者たるシュタウフェンも、どちらも今回の作戦には不可欠の人材である。

 どれほどへりくだったところで、やりすぎとはならないだろう。

 それらの思惑を抜きにしても、実際に今回の性急な訪問が無礼である事を承知しているからである。

 この事を無礼である自覚し、そのうえで身分や権力を振りかざして強引に押し切らない点は、この二人の美点であるかもしれない。

 

 

「今日、ここに急な訪問をした事自体、お二人の事情などを顧みず、誠に無礼の極み。私からもあらためてお二人にまずはお詫び申し上げたい」

 

 

 そう言ってヴェルラーが頭を下げると、彼は事情を話し始める。

 それは、ヒュルックでマレーズと話していた時の内容とほぼ同一である。

 

 ユーリアの山地でコンガと呼ばれる桃色の毛並みを持った獣牙種で知られるモンスターが大量に発生、および、活動している事。

 

 ヒュルックへ向かってくる可能性は低いが、ユーリアの周辺で点在する村々が襲われれば、まず無事では済まないとの予測がされている事。

 避難の呼びかけや、山地への接近を禁止するように注意を促してはいるが、ヒュルックへの完全避難は困難である事。

 

 となれば、早急に討伐作戦を敢行するのか、あるいは襲来に備えての迎撃、または防衛準備に取り掛かる必要がある事。

 だが、コンガの群れと戦うにはヒュルックの騎士団やハンターを総動員しても絶対に勝ちうるか厳しい事。

 

 先日の街道におけるリオレウス襲来自体、このコンガ達によって縄張りを追われた可能性がある事も、包み隠さず話していった。その中で、久しく活動を休止していたはずのヴァリエの存在を耳にした事や、音に聞こえるホツリ村のハンター達の助力を乞いたい事も含めて、ヴェルラーは順を追って話していく。

 今回、このような真似に至ったのも、時間がなさすぎた点もあるのだと、あらためて謝罪の言葉を口にした。

 

 ヴァリエでもおおよそ理解できる程度に、噛み砕いて言葉を選び、端的に伝えてくれているのだろう。

 思わず、シュタウフェンも感心しながら、話に耳を傾けていた。その内容に自分たちが巻き込まれる事を知らずにいれば、講師さながらの理路整然とした話しぶりに拍手を送っていたかもしれない。だが、その作戦の当事者に自分たちも加わるように話を持ってくるのが分かりきっている。素直に感心ばかりもしていられなかった。

 

 

「と、以上が依頼に至る理由のあらましとなりましょうか」

「なるほど、事情は分かりました。今回の件では、正式にこのホツリ村のハンターへ緊急での依頼を出されるという事でよろしかったでしょうか?」

「もちろんですとも。決して不満とならぬだけの報酬もご用意させていただきます。人数にも制限はございません」

「それでしたら、依頼が貼りだされた時点で、私もここにいるヴァリエも今回の依頼を受注させていただく旨、この場にてお返事致します」

「おぉ! 感謝しますぞ! これでヒュルックも、村々も救われる!」

 

 

 椅子から立ち上がり、思わず口調が崩れ、本音で声を上げるマレーズ。顔には喜色が一面に広がりを見せ、そこに興奮の色も加わりつつある。

 シュタウフェンやヴァリエは目を見開き、ヴェルラーは少しだけ困ったように眉を下げる。

 マレーズの方も、突発的だったようで、自分の行動を恥ずかしく思い、「も、申し訳ない。お見苦しいところを」と慌てて椅子に座りなおす。

 

 

「いやはや。気が早いと仰せでしょうが、これで我々も幾分か肩の荷が下りたような気がします」

「いえ、マレーズ様の担う責任やお立場を思えば、その重圧を取り除ける一端を私達が担える事を誇りに思います」

 

 

 心の底からホッとしているマレーズに、ヴァリエが舌を噛みそうなセリフを穏やかに言ってのけるシュタウフェン。

 ヴァリエが今後、どれほど長く生きたとしても、生きてる内に言いそうもないセリフだと、なんとはなしに思うのであった。

 

 

「では、さっそくですがアイナ殿に緊急で依頼を要請したいと思います。この村の長であるウニベル殿にも状況は既にお伝えし、了承もいただいておりますが、今回の内容について、シュタウフェン殿はお聞きしたい事はないでしょうか? 私ではなく、ヴェルラーが答える形にはなりますが」

「そうですね、私の妻であるヴァリエはおそらく戦闘での参戦になるかと思いますが、私はこの村のハンター達の指揮を担う形でよろしかったでしょうか」

「そちらもお願いしたいと思いますが、この機会に音に聞こえる戦術学のシュタウフェン殿には、ヒュルックの騎士団やハンター達、それに傭兵達との作戦会議にご参加していただきたいと思っておりましてな」

「なるほど。しかし、私などが参加させていただいてもよろしかったでしょうか? かえって指揮を乱すような無粋な真似はしたくありませんが……」

「ははは、ご謙遜を仰いますな。貴方ほどの戦術立案を行える方がそうそういらっしゃるはずもありませんとも。ぜひとも、ヒュルックの面々にご教授ご鞭撻のほど、お願い致したい次第でしてな」

 

 

 ヴェルラーの言葉は美辞麗句を交えつつも、装飾が派手になりすぎないよう注意を凝らしているのがシュタウフェンには分かる。

 どんなに美味となる調味料も、かけすぎればくどくなるものだ。程々に持ち上げておいて、気分を良くしたままに望む形で誘導するに越した事はないだろう。

 実際のところ、ヒュルックの戦える人材に、集団での戦闘方法について学んでほしいという言葉に嘘もないのだろうと思われた。今回のコンガの群れに対して対応していくと共に、戦力の強化にも余念がないようだった。

 

 

「私のような者が教えられる事など限られますが……並みいる騎士団の方々やハンターの方々、それに傭兵の方々との交流を得られるのであれば、貴重な機会を与えていただける事に感謝を。微力ではございますが、全力を尽くしたいと存じます」

「ははは、本当に驕らない方ですな、シュタウフェン殿は。では、のちほど指揮官達との顔合わせをお願いしましょうかな。私の方からも話は通しておくとしましょう」

「……つかぬ事をお尋ねするのですが、ヒュルックの騎士やハンターの方々は、もしかしてお近くにいらっしゃるのでしょうか?」

「おっと、これは私としたことが」

 

 これは失念していた、といわんばかりにヴェルラーが皺の多い顔をさらに皺だらけにして笑う。

 笑っているというのに、まったく安心感の得られない表情であると思うのは、シュタウフェンばかりではあるまい。

 

 

「実のところ、今回お二人の参戦が願わくも叶わなかった場合もありうると考えておりましてな」

 

 

 ヴェルラーが前置きから告げ、次いでシュタウフェンの問いかけに対し、詳細に答えた。参戦が決まった以上、誠実に応じようとの事だろうか。はてさて、隠したところで意味のない事だと思ったのか。あるいは両方か。

 

 いわく、急な手紙での来訪宣言、そこからさらに時間も未指定での訪問。

 ヴァリエやシュタウフェンが揃って不在の可能性もあったはずだと。あるいは事情があって参加できない可能性も予想していた。しかし、来る以上はヴェルラー達も手ぶらで帰るわけにはいかない。竜姫たるヴァリエや戦術家のシュタウフェンの協力を得られれば、それこそ勝利は間違いないのだから、失敗を視野に入れてでも赴く価値があったのだと話していく。

 どのみち、ホツリ村には緊急での依頼を要請するつもりであり、少しでも参加を呼び掛けるつもりであった事も付け加えて説明をした。

 第一、ここへ来るまでにコンガが数百頭も存在するといわれるユーリア山地を抜けてきたのだ。事前の斥候の報告に基づき、安全なルートを選んではいても、絶対安全などという言葉は存在しないのだから、万が一に備えての護衛を伴うのも必要な事だと。

 ただ、こちらへ来ることでコンガ達を刺激してしまい、もしも、本当にもしもだが、ホツリ村に向けて襲来してきたら目も当てられない。巻き込むわけにはいかないので、そうなった場合は全力で交戦するつもりであったとも饒舌に話していった。

 

 

「今回はなんとしても、ホツリ村で活躍されているハンターの方々に幾らかでも助力を得たいと考えていたのです。だが、かの竜姫に、戦術家のシュタウフェン殿にも助力が得られた。いやはや、誠に僥倖というもの。お二方をはじめ、ホツリ村の皆様の御力、ぜひともお貸しいただきたい」

「もちろん。ヴァリエはともかく、私は微力非才の身ではありますが、持てる力を尽くす所存です」

「頼もしいお言葉に、感謝以外の言葉が見つかりません。誠に僥倖! 誠に幸運! 今回は、安心して戦いに臨めるというものですな! はっはっは!」

 

 

 高らかに、それでいて下品になりすぎない程度に笑うヴェルラー。

 そのあと、二、三言交わすと、マレーズが頭を下げながら退室していくという、立場に見合わぬ慇懃さを見せた。

 マレーズのあとにヴェルラーもつづき、「待機している皆に、頼もしい援軍が得られたことを報告してまいります」と言って退室していった。

 結局、一言も声を発さなかった護衛らしき女性も、ヴァリエに一瞥していくものの、特に何かを言うわけでもなく、頭を下げて一礼するとマレーズやヴェルラーの後を追うように退室する。

 

 食えない人だとシュタウフェンは内心で思い、眉をひそめる。

 

 ヴェルラーは分かりやすく、自分の思惑を話していった。

 もし、ここでヴァリエと共々に依頼を断り、さらにホツリ村が誰一人協力しなかったところで、ヴェルラーには半ば強制的にホツリ村の面々を戦いに参加させるつもりだったのだ。

 おそらく、ユーリアの山々を挟むようにして、ヴェルラーの揃えた戦力が存在するだろう。向こうの防御を手薄にして、その間隙を突かれていては意味をなさない。

 ただし、山の向こう側より、ホツリ村の面するこちら側の方が戦力は大きいはずだ。

 ホツリが協力的であるにしろ、非協力的であったにせよ、どちらに転んでも、ホツリを戦いに巻き込むためである。

 

 今回は特に諍いもなく、スムーズに協力が得られそうだから、正直に話したのだろう。

 正直なところ、ヴァリエが一人いるだけでも騎士団と同等以上の巨大な戦力なのだ。残りの、いってしまえばオマケ程度のハンター達が参戦しようがしまいが、どちらでもいいのだ。

 どうせなら、ホツリ側のハンターが多くいた方が、被害も少なく済むからより幸運だったくらいの認識、というのはシュタウフェンの穿ちすぎかもしれない。

 第一、オマケ扱いなどといっては、自分はともかく、他のハンター達に失礼であろうと思った。

 

 逆に、ホツリの協力が得られない場合。

 ヴェルラーの作戦に従い、コンガの群れを攻撃、あるいは陽動するなりし、ユーリアの山々から追い出し、アーストラスの草原へ、つまるはホツリ村側に出てくるように誘き出すつもりだったのではないか。

 村が襲われれば、自ずと自衛のためにも村側も戦わざるをえない。

 ヴァリエをはじめ、ホツリ村は一介の農村とは到底言い難いほどに、ハンターが揃っている。

 A級クラス・エースのヴァリエをはじめとし、B級クラス・ベターC級クラス・コモンなどが多く存在し、まさしく戦力過多ともいえる面々。需要以上に供給が上回っているといっても過言ではない。

 まずコンガの群れを倒していくだろうし、負けもしまい。そうして戦っている最中に白々しくもこちらにコンガが来た事を嘆き、悲しみ、申し訳なさそうにしつつも、便乗する形でコンガ達を殲滅するのに協力はするはずだ。そして、コンガ達を無力化した後に、おかげで脅威は去ったのだと感謝し、いくらか謝礼もしていっただろう。

 万が一、万が一にホツリ村の面々が敗れたところで、コンガ達も無傷で済むわけもない。その時は計算違いだったと捉えつつも、ホツリを犠牲にしている間にヒュルックや周辺の防御をあらためて固めるだけの話だろう。

 犠牲は大きかったが、この犠牲を無為にはしない、云々と白々しいセリフを吐いたやもしれない。そこまで悪辣でもない気はしたが。

 

 もっとも、悪辣さに磨きをかけるなら、ホツリの面々がある程度コンガの群れを消耗させてから、いけしゃあしゃあと参戦し、美味しいところだけを安全にかっさらっていく事も可能だろう。

 そもそもが、ホツリ村だけで戦わせておいて、最後まで手出ししない方向性もある。その場合は後々の世論もあるし、風評にも響くだろうから、可能性は低いが。

 いずれにしても、どう転んだところでホツリ村は巻き込まれていた。それは確かだった。

 

 その可能性が限りなく高い事をシュタウフェンは見抜いた、というより、ヴェルラーから答え合わせをしてくれているのだから、間違えようもなかった。

 ゆえに、シュタウフェンからヴェルラーに対する評価は、手段を選ばずに事を成功させようとする姿勢こそは高く捉えつつも、村を巻き込んでも構わないとさえする辣腕ぶりには警戒の色をより濃くした。

 妻であるヴァリエや娘のセリエはもちろん、村のみんなが巻き込まれるなど、冗談ではない。

 ヴェルラーがあえて偽悪を気取っただけで、事実無根の可能性だってもちろんある。どちらにせよ、手放しで歓迎できる人物とはいいがたい、というのがシュタウフェンの抱いた率直な印象である。

 

 

「…………ふぅ」

「どしたの、シュウ? 疲れた?」

「うん。どっと疲れたよ」

「仕方ない。たまには私が労ってやるか。よしよし、頑張ったねシュウ」

 

 

 そう言うや、シュタウフェンを屈ませ、頭をわっしゃわっしゃと撫でるヴァリエだった。

 不器用ながら、妻なりの誠心が伝わる思いだった。

 自分よりも背丈が小さな彼女に撫でられている自分は、傍目にどう映っている事だろうか。思わず小さく笑うシュタウフェンであった。

 

 それから長くもない時間が経ち。

 ユーリア山地を中心に展開しつつあるコンガの群れを討伐すべく、緊急依頼が酒場に貼りだされる。

 内容としては、コンガの大量発生と共に、周辺に点在する村々への被害が起きる前に脅威を抑えるべく、討伐してほしいというものだった。

 自然との調和を踏まえれば、皆殺しにされても困るが、当面は人里に下りる気にもならないくらい、痛めつけてくれという事だろう。

 

 その知らせは瞬く間にホツリ村へ広がり、自宅で寝て休んでいた者は急ぎ、装備を整えてやってきた。

 追い出されるまで、元々酒場で飲んだくれていた者達は、柑橘類の匂いのする酔い覚ましを飲み、こちらは少々たどたどしくも整えていた。

 今回、狩りなどの理由で村を離れていた者達は、後日、このお祭りに参加できなかったことを悔やむのであった。

 

 ハンター以外の者達は、マレーズから説明を受けた村長からの指示もあって、瞬く間に事情が周知されていた。

 ゆえに、村の中央に多くの者達が集まっても、そこまでの動揺がなかった。

 だが、これから起きる大規模な戦いを前に、楽観的に捉える者、不安や心配を抱く者、ハンターへの憧れを強める者など、様々な感情が入り乱れる。

 

 のちに、この戦いはユーリア会戦と呼ばれた。

 会戦とは銘打ってはいるものの、戦いの規模は限定的で、しかも戦闘に及んだ実時間は数時間にも及ばなかった。

 結果自体は、人間側の勝利である。

 

 その中で、ヴァリエは竜姫の名にふさわしく、華々しい戦果を挙げたとされている。

 その戦いぶりときては、ホツリ村のハンター達にとってはあらためて、今回間近で見るのが初見ばかりのヒュルック側のハンター達やそれ以外の者達にはまさしく畏怖させるに相応しい戦いだった。

 相対するコンガ達にとっては、悪夢そのものでしかなかっただろう。

 

 

 

 


 第6話 

【>>ж・ 作戦会議 ・ж<<】


 

 

 

 

 ホツリ村の中央に位置するハンターズギルド、兼、大衆酒場。

 その入口の前には、大勢の者達が集いつつある。

 ホツリ村のハンター達、ヒュルック都市のハンターや騎士団、テンプエージェンシーの傭兵……等々。

 村の人口が数百人程度なのに対し、ほぼ同数近くが外部からやってきたのだ。当然ながら人口密度の高さときては、人同士の隙間すらほとんどない有様であった。

 村で過ごす事の多い者にとっては新鮮そのものな感覚であったが、別段喜ばしくもなかったであろう。

 男同士が密着したから何だというのか。

 もうほどなくすれば、今回の作戦内容についてギルドマスターであるヴェルラーから説明が行われる予定となっている。

 

 だが、その前に最低限の作戦手順を詰めるべく、各組織の指揮官が一室に集まっていた。

 ホツリ村からは戦術家のシュタウフェンに、筆頭ハンターであるヴァリエ、それに熟練の技量と理性的な判断の行えるアルバスの三名。

 ヒュルックからは騎士団の団長であるシュライハムと、副団長であるシーリアスが参加し、両者共に難しい顔をして居並ぶ面々を見据えていた。

 ヒュルックのハンターからは、代表してカヤキスというハンターが参加した。先ほど、マレーズやヴェルラーとの会談時にも立ち会っていた女性である。

 テンプエージェンシーの傭兵部隊からは、メリディナという名の女性が参加した。気の強さが表情にも態度にもありありと表れている。応接室の中央にあるテーブルへと脚を広げて、尊大ですらある。

 そしてギルドマスターであるヴェルラーが中央に座し、合計八名による作戦会議が行われた。

 

 

「では、今回の作戦内容について大まかに話し合っておきたいのですが。まずはお集まりいただいた諸氏に、協力感謝致します」

 

 

 ヴェルラーが頭を軽く下げ、「では、挨拶もそこそこに、おおよその流れを決めてしまいましょう」と室内に並ぶ面々へ話す。

 その時であった。

 

 

「マスター・ヴェルラー。お話の中、口を挟む無礼をまずはお許しください」

「シーリアス副騎士団長殿。何か、ご意見がおありですかな」

「はい。失礼ながら、これからコンガの大群と戦うに際し、無策で数に頼るでなく、戦術を揃え、統一した指揮系統の中で戦う。その考えには大いに賛成です。しかし!」

 

 

 そこで一旦区切り、シーリアスと呼ばれた女騎士は、室内に並ぶ面々の中、一人堂々と両脚を広げてテーブルの上に載せたままのメリディナをきっ、と睨みつける。

 燃えるような熱量を込めた鋭い視線であったが、射貫くような視線を浴びてもメリディナは平然としていた。意に介した様子もなく、にやにやとシーリアスを見つめ返す始末だ。

 その態度が余計に火に油を注ぐ事になると分かっても、むしろ面白いから続けるといわんばかりの態度であった。

 

 

「そこのテンプエージェンシーの傭兵である、メリディナ殿ですか。その態度は何なのです! これから、危険な戦いに臨むというのに、ふてぶてしく不遜極まるのではないでしょうか! そもそも、作戦会議の意義を理解されているのか、それすら私は懸念を抱いております! この場に座る資格がおありなのでしょうか!?」

 

 

 メリディナが堂々とした態度であるように、シーリアスも歯に衣着せぬ、はっきりとした物言いであった。

 まったく遠慮のない態度に、かえって気に入ったのか、メリディナは笑みを濃くし、相変わらず足を広げたまま、うんうんと頷いている。

 そうなると、シーリアスが非難する声も、詰問する態度もますます大きくなる一方だ。

 

 直属の上司であるはずの、騎士団長たるシュライハムは小難しい顔を浮かべたままだが、止める気配を見せない。

 そもそも、会議の責任者であるヴェルラーも面白そうな笑みを浮かべているのだから、最初に言いたい事を言わせておこうという腹積もりなのか、とシュタウフェンは考える。

 だが、どこかで区切りをつけないと、収拾がつかないような気もするが……。

 

 

「副騎士団長さんよ、アタシの事はまぁ、気にするな。アタシらはアタシらで仕事をこなす。心配しなくても、無様な戦いなんてしねぇ」

「そういう問題ではありません! 自分勝手に戦って、他の者達が巻き込まれでもしたらどうするのです! それに、話を聞くなら姿勢から直すのが筋でしょう! 傭兵だからと、不躾でもいいわけではないでしょう! テーブルの上に脚を載せて、あまつさえ脚を開けっぴろげに……下品な! はしたない!」

「はいはい、小うるさい騎士様だぜ、まったく。まだアタシより若いだろうに、小姑みてぇだ。そう思うだろ、竜姫さんよ?」

「えっ、私に振るッ?」

「アンタとは話してみたかったんだ。まっさか、こんなに若いお嬢ちゃんとは思わなかったぜ。だが、つえぇのは一目で分かるよ。実戦じゃ楽しみにしてっから、よろしくな!」

「あ、うん。よろしく」

「小姑副団長さんよ、つづきを話してくれて構わんぜ」

「誰が小姑ですか! まったく、品性に礼節に、欠けすぎなんです! まったくもう!」

 

 

 憤るシーリアスなど存在しないかの如く、自由気ままに振舞うメリディナである。

 とはいえ、ヴァリエを初見で侮らず、実力を評価しているあたり、凡庸ではないと思われた。対するヴァリエなどは、苦手な類の会議に加わり、いきなり会議も始まる前から参加者が言い合っているのだから、困惑せざるをえなかった。

 会議ってこんなんでいいの? などと間違えた捉え方すらしていた。

 

 

「そろそろ、話をはじめようか。皆を待たせ続けて焦らすのは結構だが、あまりに長いと戦う気持ちも萎むばかりだ。両者、構わないかな」

 

 

 尚も言い合う(シーリアスが一方的に憤り、メリディナがあしらっている形であるが)二人であったが、埒が明かないと判断したようでシュライハムが真一文字に閉ざしていた口を開く。

 シーリアスは外ならぬ上司の言葉とあらば、不承不承ながらも即座に従い、メリディナは相変わらず不遜な態度を崩す気配もなく「へいへい」と頷くのみであった。

 二人が黙ったところで、シュライハムが参加者を見渡しつつ、概要を説明しはじめた。

 

 これから戦場であり、狩場となるであろうユーリアの山々。

 その山々の中で、現在コンガの群れは西と東に二分されているという。

 統一された大所帯かと思いきや、その群れはおおよそに分けて八頭の主がそれぞれを率いる混合された集団だという。しかも、群れ同士での関係性も決して良好とはいいがたく、争う姿も確認されている。

 だからこそ、今日に至るまで山を下りて、村などを襲う気配もみられなかったのであろうとも思われた。

 訓練を積んだ複数の斥候からの報告をまとめたものであるから、まず間違いないだろう、とシュライハムが付け加える。

 

 

「ってこたぁ、ババコンガが八頭か。おもしれぇじゃねぇか」

「二つ名持ちとかいないの? じゃなかった、いないのですか?」

「竜姫殿、慣れない言葉遣いは私には不要だ。自然体で話してもらって結構」

「そ、そう?」

 

 

 それを聞き、メリディナが小さく口笛を吹き、次いで、ヴァリエが問いかける。

 ヴァリエの慣れていないであろう丁寧な話し方を制し、気遣いつつ、騎士団長たるシュライハムは説明を続ける。

 

 

「今回の討伐対象の中では二つ名*1持ちの存在は確認できなかった。あるいは未来に二つ名を冠するだけの素質を持った個体もいるかもしれないが」

「分かり……分かった。じゃあ、今回は二つ名持ちはいないんだね」

「あぁ。とはいえ、油断は禁物……いや、かの竜姫殿には無用な言葉であろう。失敬した」

「いえいえ」

 

 

 今回参加する者達の中でも、最高戦力と称されるヴァリエだ。

 シュライハムにも、彼女が無傷で炎剣一本で火竜を地に叩き伏せたという噂は耳に入っていた。それが噂ではなく、純然たる事実とも聞き、率直に感歎と賞賛の念を抱いていたのである。

 しかし、噂には聞いていたが、こんなに幼い少女であったとは。外見で判断してはならないという好例であろうとも感じ入っていた。

 だからこそ、彼女自身が相手の見かけで安易な判断をするとも思えなかったのである。もし、ヴァリエがこの事を聞いたなら、「買いかぶりだよ」と即座に否定しただろう。

 

 

「じゃあ、そこまで強いやつもいないのなら、無難に包囲しつつ、同時に二正面作戦でやるって事? それとも、西から一気に潰して、そのあとに東の方を片づける、あるいはその逆って感じなのかしら。まさか、各々好き勝手に独立して暴れるってことはないでしょう?」

 

 

 次いで声を上げるのはカヤキスだった。

 ヒュルックを拠点に活動するハンターの中では、一番の実力者との評判だ。

 メリディナに負けず劣らず、勝気な表情に負けず嫌いな印象を与えるつり目が印象的である。だが、メリディナよりは礼節を弁えているし、話の中にも積極的に参加する姿勢がみえる。

 それだけで、シーリアスはヴァリエやカヤキスを「ちゃんとしている」などと評価しているのだが、メリディナが単独で評価基準を著しく下げているのは間違いないだろう。

 ハードルがあまりにも下がりすぎて、何もせずとも越えられるほど低くなっている有様だった。

 

 

「そうだな、個人的には万全を期して全軍で各個撃破が望ましいと思うが……シュタウフェン殿は如何に思われるだろうか?」

「そうですね……私としては、二正面での同時攻撃で一挙に片づけてしまうべきかと」

「ふむ。よければ、そう思う理由を話してもらえないだろうか」

 

 

 シュライハムの言葉に対し、シュタウフェンは頷き、説明を行う。

 どうでもいい事なのだが、シュライハムにシュタウフェンと似たような名前の響きがあるな、とヴァリエは思った。流石にこの場面で言ったら白眼視される事くらいは予想できたので黙ってた。

 

 シュタウフェンの説明にいわく。

 今回の討伐作戦の目的自体が、ユーリアを中心として点在する村々に、コンガ達が襲来するのを防ぐところにある点。

 となれば、人里を襲う事を躊躇うくらいに、群れの一つひとつを徹底的に消耗させる必要がある。

 

 確実な勝利はもちろん、包囲する事での殲滅戦においても、全軍で一挙に仕掛けるほうが有効なのは認めるが、どうしたって距離などの関係もあり、攻撃されなかった方の群れが無傷で残る。

 さらにいえば、戦闘音が届かないはずもないし、一度警戒を強めた群れがその場に留まらない可能性も含めると、ある程度の集団が山を下り、道中に村があった場合の被害を完全に防ぐのは難しいだろう。ならば、やはり同時に攻撃を仕掛けた方が非戦闘員の被害を抑える意味でも有効に思われた。

 もちろん、ただ同時に仕掛けるだけでは十全と言い難い。戦況全体を捉え、有機的な意思伝達が行える状況を整える事が肝要であろう。

 

 具体的にいうなら、コンガの群れの動向を見張りつつ、逃走を開始した群れが出たらそれを知らせる人員が必要だった。

 さらにいえば、その知らせを受けた際に、すぐに追撃を加えられる存在が不可欠である。

 近接戦でのエキスパートと、遠距離戦でのエキスパート、それぞれを加えて遊撃する部隊を率いて、徹底的に叩きのめす。

 

 はぐれコンガを出さない事を優先しつつ、かといって大規模な群れとの乱戦を無秩序に行うわけにもいかない。

 騎士団が巨大な盾やランスを標準装備している事から、防御と迎撃を任せつつ、間隙を縫うようにハンター達が攻撃を行う。

 混戦も予想されるため、安易に視界を奪う閃光玉を使用しない事、ババコンガとの戦闘などでの罠使用も伝達を怠らない事など、注意点についても伝えていく。

 そうして、シュタウフェンが説明を終えると、まずヴァリエが拍手した。絶対理解出来ていないであろう事は、顔こそシュタウフェンに向けてるのに、視線があらぬ方へ向いている事からも明らかだった。ともすれば、この参加する面子の中で唯一作戦内容を理解できていない可能性すら存在した。

 妻がこの中で一番のお馬鹿である事に、シュタウフェンは思わず戦慄した。

 

 アルバスも頷き、カヤキスやシーリアスも頷いた。

 まずまず、及第点といった評価であろうか。もう少し詰める余裕があれば、より細かく明確な役割分担も考えたが、今回は急場での混合編成だ。

 そこまで求めても、かえって混乱を来すだけであろう。であるなら、方針を定め、あとは各々の持てる能力を活かす方向で考えた方が無難と結論付ける。

 

 

「なるほどな。シュタウフェンの旦那の作戦は理解したぜ。しっかし、まどろっこしいな」

「まあ、それはそうですね」

 

 

 メリディナの発言に悪意はない。だが、遠慮もなかった。

 シュタウフェンとしても、自身の発言に多少思うところがあったのか、肩をすくめるのみである。

 

 

「とはいえ、皆殺しは駄目だが、逃がしすぎてもダメって事だろ? 面倒なところに逃げるコンガに関しては、責任をもってアタシらのとこの連中が知らせる。んで、強めの逃げるコンガはアタシがぶっ殺す。それでいいかい」

「……メリディナさん。貴方が自信満々なのは結構ですが、貴方の率いる傭兵部隊は十人程度では? それで全体をカバーしきれるとでも? 自惚れてはいませんか? ユーリアの山々がどれだけ広いかご存じないのですか?」

 

 

 メリディナの強気な発言に対し、シュタウフェンではなく、シーリアスが異議を主張する。もっとも、これは嫌いだからと否定しているわけではなく、参戦する指揮官の一人として抱いた疑問を呈しているに過ぎない。私的な感情で妨害するほど、幼稚ではないのだ。

 メリディナもその程度は理解しているのだろうが、先ほどまでと違い、自信があっての発言だっただけに、それを真っ向から否定されると途端に視線を鋭くした。

 

 

「はっ、舐めんな。戦場の全体図なんて来る前から確認済みだ。大体、今回来てるのはどいつもこいつも手練れだぜ。見逃すほどヤワじゃねー。アタシにしたって、ババコンガとサシでも負ける気がしねぇしな。まあ、不安だってんなら、山の麓に騎士団の一部隊でも置いといたらいいだろうが」

「……では、メリディナさんとテンプエージェンシーの方達に監視と追撃の役割をお任せで、よろしかったですか」

「私としては異論はない。だが、確かに念のための戦力を麓に置いてもいいとは思ったな。シーリアスもそれでいいだろうか」

「そうですね。それで私は構いません」

 

 

 おおよその方針が定まった。

 会議が終わったあとも、シーリアスとメリディナは反目しあっていた。どこまでいっても、相容れそうにない二人である。

 

 

「さて、ホツリのメンバーでいったら、やっぱりニーナの火力は欠かせないですかね」

「群れの統制を崩し、陣容の綻びを突くのが原則でしょうぞ……そのあたりはシュタウフェン殿の指示とタイミングが肝要でしょうな」

 

 

 シュタウフェンはアルバスと何やら作戦内容について話し合っていたが、ヴァリエにはその内容もよく分かってない。

 手持無沙汰ではあるが、一人先に出ていくのも……と思っているとカヤキスが近づいてきた。

 相変わらず気の強そうな顔立ちではあるが、ヴァリエに話しかける時の表情は柔らかく、声色は弾み、気さくなものだった。

 

 

「竜姫さん、竜姫さん」

「カヤキスさん、だっけ。どしたの? ていうか、さっきの応接室にいた人だよね?」

「覚えてくれて光栄だわ。私はカヤキス。カヤキス・プリンシバルっていうの。ヒュルックを拠点にハンターしてるわ。あらためて、今回はよろしくね竜姫さん」

「うん! よろしくね、カヤキスさん」

「私はカヤキスで呼び捨てでいいわよ! むしろ、呼び捨てにして!」

「じゃあ、カ、カヤキス」

「わぁ! 竜姫さんと話しちゃったぁ~。しかも呼び捨てにしてもらっちゃった! 帰ったら娘に自慢できるわ~! あっ。握手もしてもらっていい?」

「なんだか照れるなぁ、そんな偉くもないのに」

「なーに言ってんの! 竜姫のヴァリエなんていったら、有名人なんだから! わぁ、握手してもらっちゃったぁ~!」

 

 

 ヴァリエと握手を交わし、興奮高まっていくカヤキスは感極まるあまり、小躍りしていた。

 そこまで喜んでもらえれば、ヴァリエも悪い気はしない。少しばかり照れ臭くはあったが。

 

 

「よぉ、竜姫の嬢ちゃん! さっきも軽く話したが、アタシはメリディナ! アンタの戦い方、すっげぇ楽しみにしてるぜ!」

「メリディナさん、よろしくね」

「おいおい、アタシは呼び捨てでいいぜ。さん付けなんてこそばゆい。アンタの事もヴァリエって呼ぶからよ。なっ?」

「そう? じゃあ……メリディナ。よろしくね」

「おう! よろしくなヴァリエ!」

 

 

 カヤキスに次いで、メリディナもやってくる。

 シーリアスに対してのそれと比べると、ヴァリエには一目置いているからか、からかう気配も見せない。そのあたりは、分別というべきなのか、認めた者には一貫して気さくな態度なのだろうか。

 先ほど同様に、握手も交わし、カヤキスやメリディナは応接室を出ていく。

 あとに続くシーリアスが、メリディナに何やら言いたげな気配を見せてはいたが、この場では言及しなかった。ヴァリエを視界に収めると、鋭い視線や険しい表情も鳴りを潜め、真面目な騎士としての素顔を見せつつ、ヴァリエへ近づく。

 

 

「竜姫殿、此度の戦いへの参戦、本当にありがとうございます」

「えっと、シーリアスさん」

「……あのメリディナさんと似たような事を言うのは屈辱ですが、私などに敬称は不要ですよ。遠慮なくシーリアスとお呼びください」

「みんな同じ事言う……えーっと、シーリアス。今回よろしくね」

「是非とも! 初対面でこのような事を言われてもお困りとは思いますが、私自身、かの竜姫殿と、同じ戦場で肩を並べて戦える事、騎士として光栄の極みと思っております。戦場では無様な姿を見せぬよう、全力を尽くしますゆえ」

 

 

 そう言い、騎士らしく優雅な一礼をするとシーリアスは上司たるシュライハムの後ろに控えた。

 騎士団長たるシュライハムもこの流れに乗ってくるのかと思ったが、こちらは一連の流れを見ていただけに苦笑し、「よろしくな、竜姫殿」と伝えるのみであった。

 この応接室に集まっていた面々が、いずれもヴァリエに注目していたという事実に喜ぶべきか、迂闊に失敗もできぬと嘆くべきか。

 

 

「ヴァリエが皆に注目されてるようで、僕としては誇らしいよ」

「ホントに思ってんのぉ? 絶対、思ってないだろー?」

「ははは、バレたか」

 

 

 シュタウフェンがほんの少し、悪戯めいた笑みを浮かべ、アルバスもその隣で豪快に笑う。

 

 ともあれ、作戦の概要も、おおよその内容も決まった。あとは作戦に従いつつ、流れを見ながら戦うのみである。

 会戦の時は近い。

 

 

 

 

第6話【作戦会議 終了】

*1
強者の証。名付けられるまで生き残った事の証左でもある。目立った特徴や戦法などから付けられる事が多い。


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