ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission6 -メンタルダメージ-

 自分は一体何を見ているのだろう。自分は、今何をしていた?

 

 目の前を、一匹の鳥が飛んでいる。真黒な鳥だった。自分はその鳥をよく知っている気がしていた。そう、言うなら可愛がっていたのだろう。

 

 悠然と飛ぶその鳥を見つめて、彼女はその動きに見とれる。力強い羽ばたきだ。とても立派な飛び方だ。

 

 彼女を魅了しながら、鳥は地面に降り立つ。鮮やかな着地、かに見えたが様子がおかしい。着地の仕方が、何か体を引きずる様な降り方だった。そして、突然その鳥は炎に包まれた。助けなくてはならない。だが、自分はなぜか動かなかった。ただ見ているだけ。鳥はもがき苦しみ、助けを求めるかのように羽をばたつかせていた。そして、その炎の向こうに、誰かいた。体が動いた。とっさに走り出す。手をありったけ伸ばす。

 

 そして、その炎の中の人間の姿がはっきりと見えてきて、彼女は目を疑った。

 

 自分の知っている人物の顔。それを見た瞬間に、永森やまとは自分の意識が覚醒するのに気が付いた。

 

「!!?」

 

 息が荒い。知らぬ間に手を伸ばしていた事に気がついて、そのままベッドの上に降ろして息を整える。ゆっくりと体を起こして、頭を押さえる。乱れた髪の毛が辺りに散らばり、相当寝相が悪かったのだと自覚した。

 

 気付けば来ていた服にはびっしょりと汗が溜まっていた。冬場で肌寒い部屋だと言うのに。

 

 そこまで来て、永森やまとは自分が見ていた夢を思い出した。

 

「……また、あの夢か」

 

 くそみたいな夢だった。時たま見てしまう、弱い自分の夢。そんな物はもう捨てた。人肌なんて関係ない。

 

 なのに……

 

「なんで……何であの下手くそが出て来るのよ……」

 

 

 

 

 結局、あのエースパイロット、『キニゴス』の襲撃についても、上層部の命令でまたも極秘事項となり、ヴァレーはますます居心地が悪くなってきた。

 

 何かあれば本部からの視察が入り、司令部の人間が監視にやってくると言った日々が続いた。

 

 ベルカ戦争時は傭兵に頼らざるを得なかったウスティオだったが、15年も経過すれば上層部の人間なんて当時とはそっくり入れ替わる。今の上層部は未だに傭兵を置いてあるヴァレー空軍基地を嫌っており、ただの金のかかる基地としか認知されておらず、毛嫌いするような目で見ていた。

 

 実際、毛嫌いされているわけだが。

 

 そんなふんぞり返って偉そうにしている奴らが、サイファーとスザクは嫌いで嫌いで仕方なかった。いや、事実サイファーはとある大手企業の息子なのだが、本人はその立場が嫌いで傭兵に転がり込んだ。何を嫌っていたかと言えば、父親の見えを張る性格だ。お客を呼べばやれこれ数百年前の遺跡で見つかった壺だの、やれ有名画家の絵だの、やれ最新式の車だの、そう言った物を見せびらかしていた。

 

 みっともない。これに限る。その父親のやり方が嫌いで仕方なかった。いつしか、息子にまで見えの材料にさせられていた。お前は有名な学校を進んで、優秀な賞を取って、そして会社を継げと言われて無理やり有名私立に入れられそうになった。

 

 それが嫌で、父親の顔に泥を塗るべく普通の学校を卒業し、高校を出た時点で傭兵を志願。それをきっかけにほぼ父親からは勘当という扱いを受けたが、正直すっきりしていた。

 

 ちなみに、スザクは無関係で偉い奴が嫌いだった。司令部の人間なんて、安全地帯で戦争を見ているだけの腰抜けだと感じ、階級の無い傭兵に志願した。それが理由の一つでもある。

 

 視察を終えたディレクタス本部の要人輸送機、VC-25が離陸するのを見送って、二人はようやく帰ったとせいせいしていた。サイファーは、小さく「二度と来んなボケ」と呟き、その一言を合図にしてスザクが格納庫へと戻る進路を取った。

 

「ったく、毎度毎度来られたら身が持たないぜ。なーんであいつらは被害者である俺たちを犯人みたいな扱いするかね」

「知るか。上のやることなんて勝手にすればいいだろ。俺たち傭兵には関係ない」

「ごもっともだな」

 

 やれやれ、とサイファーは前を見る。格納庫の出入り口から出て、まだ真昼間だがらき☆すたに行こうと決めた。ただ、明日は久々に模擬戦闘を控えていたため、アルコールは禁止。代わりにサイファーは炭酸ジュース、スザクはスカーレットアセロラを飲もうと決めていた。

 

 さっさと格納庫前から出て行き。降り積もった雪をかき分けながら旧娯楽商店街に到着すると、足早にバーに入った。その中では、こなたがいつも通りグラスを磨いて、暖炉の前にはお燐が丸くなって寝息を立てていた。

 

「いらっさーい」

「こなたー、御大将ラムネジョッキ一杯でチーズかまぼこセット」

「スカーレットアセロラ一杯と水羊羹」

「ほいほい。それとサイファー、バーの中では?」

「はいはいマスター」

「うむ、よろしい」

 

 ニマニマとした笑みを浮かべながら、こなたはカウンターの冷蔵庫に収められていたボトルと缶を手に取り、それぞれをグラスに注いで差し出し、次いで備蓄されていたおつまみ一式を取り出した。

 

「はい、お待ちど」

「さんきゅー」

「ああ」

 

 それぞれが注文した物を口に運び、司令部の連中が居なくなったことへの軽い祝杯にしていた。

 

「お二人さんなかなかご不満の様だねぇ」

「あったりまえよ。あんな連中嫌いだ嫌い。実戦を知らない腰抜けどもなんざ爆撃受けて溶ければいいんだよ」

「言うねー、正規軍なら首飛んでるよ」

「そう言うのを避けて俺たちはここに居るんだよ」

「それもそうだったね」

 

はいこれもと、イカのつまみが差し出されてサイファーは一掴みして口に放り込み、「誰もタダとは言っていないよ」と言われてはめられたのに気がついた。

 

「そう言えば、二人とも明日模擬戦だっけ?」

「ああ。なんだかんだでごちゃごちゃしてたから、久しぶりなんだよな」

「えーっと、最後にやったのって10月末くらい?」

「ああそうだ。えーっと、今まで二十七回やって俺十三勝、スザク十三勝、一引き分けだったかな」

「おお、互角だね。次はどっちが食堂のご飯奢るのかな?」

「ふふふ、悪いなスザク。今度も奢らせてもらうぜ」

「どうかな。今の俺を甘く見ない方がいい」

 

 冷たそうにそう言ってるが、実のところスザクは少し楽しみにしていた。なんだかんだで腕の張り合える奴がサイファーくらいしか居ないと言うのもあるが、これが娯楽に似た楽しみでもあったからだ。

 

「ま、明日になれば分かる事だね。んー、なら勝った方には私から特別プレゼントを進呈しようかな」

「お、なんだなんだ? 一晩こなたが俺の部屋にデリバリーとか?」

「サイファー殴るよ?」

「あーん、ジョークだってジョーク」

「お前のジョークは本気半分だろうが」

「あ、ばれた?」

「……だろうと思ってたわ」

「意外ッ! それは本音!」

「もうええ」

 

 

 

 

 何でまた模擬戦かと言われれば、正直傭兵だとただのお遊びと言った物である。任務外の燃料は自腹だが、払えば好きなように飛べるのが傭兵のやりやすい所である。正規軍だと手続きが面倒なことこの上ないのだ。

 

 なら、傭兵なら色々便利か? そう言われればデメリットもある。正規軍は入隊し、正式なパイロットになれば機体が支給され、任務時はミサイルが与えられ、給料も安定してもらえる。しかし、所によって差異はあるが、傭兵はそれらほぼ全てが実費なのだ。

 

 任務時にはミサイル、燃料を与えられるが、与えられる以外の兵装を装備するのならば、自腹でミサイル、爆弾を購入して装備しなければならないし、機体を壊したら自分のポケットマネーから買い直さなくてはならない。しかも、撃破数が少なければ給料だって減るし、一歩不安定になればどん底まで転がり落ちるリスクだってあるのだ。

 

 戦争の無いウスティオでは、もう傭兵は不必要な所だが、ヴァレーでは未だに傭兵を採用する手法だった。理由は、ウスティオを救った傭兵たちへの感謝。そして腕利きの傭兵を雇い、アグレッサー、または哨戒任務要員としても活用しているのである。

 

 一人のパイロットを自国で育成し、そしてアグレッサーにまで育て上げるにはとんでもない額になる。それなら傭兵を雇い、期間内の契約をした方が安く済むのだ。しかも、機体は自前で持ってくるため、わざわざ買い直す必要も無し。コスト面で圧倒的に有利だった。

 

 そのため、ヴァレーは事実上傭兵専門の空軍基地でもあった。司令部から嫌な目で見られるのも、そのせいである。

 

 サイファー達がヴァレーに来た理由も、やはりその面がある。哨戒任務の七割はサイファー達が請け負い、必要ならアグレッサーとして基地の仲間とドッグファイトだってやらかす。おかげで正規軍の新米たちは叩き上げられ、それなりに実力をつけていた。

 

 実戦慣れしてないのがたまに傷だが。

 

 サイファー達が時たまアグレッサーとして起用されるのも、高校卒業直後から一年間傭兵育成学校で特訓、そして傭兵としてヴァレーに配属される前に、オーシア、ユークトバニア、サピン、ユージア大陸を渡り歩き、そこで様々なエースから多くの事を学んできた事も大きな一因である。

 

 明日は久々の模擬戦、という事もあって格納庫では整備兵たちが気合を入れて機体を整備していた。

 

 模擬戦の形式はいくつか分けられる。全てが敵となり、最後に生き残った一機が勝利となるサバイバル、二チームに分かれて互いのリーダー機、または全滅させて勝利するセオリーのチーム戦、同じく二チームに分かれて一対一で勝負し、過半数の勝利で勝敗が決まる勝ち抜きの三つである。

 

 今回はくじ引きでチーム戦が決定した。サイファーとスザクのチームに、ヴァレー正規兵三人が指揮下に入る形式で、戦闘エリアはB7R。戦闘開始は明日の一三○○時。隊員の配分もくじ引きである。

 

 さて、念入りにチェックしないと大変だぞとにとりが目を凝らしてF-22の腹に手を突っ込む。サイファーの場合、機体は丁寧に扱う方なのだが、戦闘機動に関しては無茶な機動をする事があり、その度に機体のどこかが壊れたり壊れそうになったりしていた。

 しかも、久々の模擬空戦となればパイロットは気合も入る。例えるなら、一カ月ぶりに大好きなゲームを許可された子供が夢中でやり込むようなものだろう。

 

「主任、機体の配分はどうなってますかー?」

「んああ、サイファーのチームはF-22一機、F-15二機、Mig-29が一機で、スザクのチームはSu-47一機、F-14一機、F-16一機、Su-30が一機だよ」

「ひえー、まったくくじ引きで抜擢なんて整備兵泣かせです。規格が合わないと骨折れますよ?」

「でも同時に、普段交わる事の無い機体同士の戦闘でデータもとれる。パイロットの経験にずれはあるけど、それでこそまだ見ぬ可能性って奴が分かるかもしれないじゃん」

「そうは言いますが……」

「つべこべ言わずさっさと調整終わらせる! まだ後四機残ってるんだよ!」

「ひぃぃぃぃ!!」

 

 泣き言を言う部下を蹴り飛ばして、にとりはイーグルのエンジンに手を突っ込んで配線を繋ぎ、丁寧に調整を加える。模擬戦の後はだいたい機体はどこかしら不具合を抱えて帰って来るから、出来るだけそれが無い様にしなければならない。飛行中にトラブルだって起きるし、最悪それが生死に関わることだってある。

 

「…………そう、手を抜いたら、誰か死ぬんだよ」

 

 

 

 

 にとりの整備するF-22の隣、Su-47の主脚サスペンションの手入れをしながらも、やまとの頭の中は今朝の夢が気になって仕方なかった。誰も居ない空間を、一人で誰かを求めて走る夢。まったく、出来過ぎた話だ。こんなマンガみたいな夢を見るなんて、アホらしい。いや夢なんて見るもの全てがおかしいのだが、今のやまとにはそんな考えは無かった。

 

「なんたってあんな奴が出て来るのよ……人の夢の中に勝手に出て来て……出てきたら出てきたで出演料払いなさいよまったく……ああもう!!」

 

 ガンッ! と、工具箱に拳を突っ込んで、しかし人間のカルシウムの塊である人骨が金属に勝てるわけがなく、その硬さが神経をダイレクトに脳髄に届いて、脂汗が浮かんでしまった。

 

 他人に見られなかったのは幸いだろう。こんな情けない姿を見られるなんてプライドが許さない。ただの恥だ。

 ゆっくりと工具箱から拳を引いて、何事も無かったかのように作業に戻る。サスペンションにオイルを指し、工具を直して向かい側の車輪へ向かう。

 

 向かい側、この場合機体上部から見て右側の車輪は、摩耗によって交換が予定されていた。以前着陸した際に、横風に煽られて右車輪がバーストしかけて、パンクしていたらバランスが崩れて危なかった。

 幸いそうなる事は無かったが、おかげで右車輪の耐久が大きく減った。もちろん、やまとは悪態を吐いた。ただ、どんなに優れたパイロットでも、気象に勝てることなんて無いから強く言う事はしなかったが、もし無風で同じ事をしたら三日ほど粘着しようかと思っていた。

 

 ジャッキで上げられていた主脚に取り付けられていた車輪のボルトを抜き、摩耗した方のタイヤを取り外し、転がして一旦機体の近くに置いて、用意されていた新しい車輪を同じように転がして主脚の前に置き、ボルトを確認して車輪をはめ込む。そこからボルトを一本ずつ丁寧に差し込んで固定した。

 

「…………」

 

 上を見上げて黒い翼を持った大鷲を見つめる。元々はただの捨て駒だったベルクート。前進翼、スリーサーフェイスの実験運用のために作られ、そのデータは後世の戦闘機達に運用される事が決まっていた。

 

 だがその性能は、一歩間違えればF-22ですら凌駕していた。機動力は他の機体の追随を許さずに、その性能はベルカ空軍パイロットの多数が注目した。

 

 ただし、その高性能が仇となり、凶悪な機動力はあるのだが、安定性が凶悪なまでに低かった。前進翼の欠点である。それゆえに注目するパイロットは多かったが、完全に扱えたパイロットはごく一部であった。

 

 だが、ベルカ戦争末期。追い詰められたベルカ軍は高すぎる性能のSu-47を戦線投入することを決定した。選ばれたパイロットたちは、与えられた大鷲をどうにかして扱い、局地的な戦火を上げて行ったのも事実である。

 

 現に、元ベルカ空軍エースパイロット、アントン・カプチェンコ率いるエース部隊、ゴルト隊の機体もこのSu-47であったのは有名な話である。

 

 スザクのベルクートの経歴は、サイファーが調べて見た所、ベルカ戦争時に支給された一機だと言うのが判明していた。

 それでさらにその先を調べて見れば、パイロットに行き渡ったはいいが、乗り手があまりの性能に持て余し、結局終戦までベルカの基地に眠って居た後、管理する物が居なくなり、買い取り手を探してオーシアに渡ったが結局見つからず、スクラップヤードにストアされていたと判明した。

 

 そこへ、スザクがこの機体を見つけたと言うわけだ。見つけた時は、他の機体が野ざらしにされている中、一機だけが大事そうに格納庫の中にしまわれていた。スクラップヤードの管理者も、この機体の価値が良く分かる人物だったためだ。やまととしては、その人物に最大の称賛を送りたかった。

 

 おかげで機体の大部分は新品とほぼ同様の状態で使用する事が出来た。長期保存されて痛んでいる個所もあったが、修復すれば何ら問題は無かった。

 

 そうしてこのベルクートを受け取り、今に至るというわけである。ちなみに一般的に知れ渡っているベルクートのカラーリングは黒メインに一部白塗装。スザクの機体はその白部分を深紅に染めている。理由はただ単に好きな色だからである。

 

 顔をおろし、やまとは使用済みの車輪を廃棄場所へと運んで行く。ついでに置いてあった使用済みボルトの箱を手に取り、片手でタイヤも転がし、ベルクートの整備を終了させた。

 

「まったく……明日は忙しくなりそうだわ」

 

 

 

 

 エリアB7R上空、午後0時50分。二チームに分けられたそれぞれの編隊は二方向に分かれ、そして作戦開始時刻になれば上空のAWACSから敵チームの所在が明かされる。

 

 離陸前のゆたかによるコイントスの結果は、スザクが有利な条件となった。戦闘開始時に、スザクのチームにのみ、サイファーの所在が明かされる。その位置を頼りに、スザクは奇襲を仕掛ける手はずである。

 

「こちら空中管制機ラッキースター、作戦開始時刻です。両チーム、指定された暗号回線へと周波数変更、そこから各自行動を開始してください」

「こちらサイファー、了解。あばよスザク。奇襲が掛けられるからってあまり油断してると痛い目見るぞ?」

「こっちのセリフだ。図に乗ってると、今日の晩飯はチーム全員分お前の奢りだ。ちなみにこちらのチームの希望はオーシア高級国産牛ひれ肉ステーキセットだ」

「うげぇ!? よりにも寄ってそんな物かよ!」

「通信終わりだ。あばよ」

「あ、てめっ!」

 

 と言った頃には通信は切られてしまい、何を言っても聞こえなくなってしまう。サイファーは財布の中身が空っぽになるのを阻止するべく、操縦桿を握り直す。

 

「よし、ブルーセクション、サイファーから各機へ。作戦開始だ。もし勝てたらあっちのリーダーにノースポイント産高級本マグロ丸々一匹を奢らせてやる」

 

 無線から隊員たちの歓声が上がる。こんな僻地にマグロ一匹とは、夢である。マグロと言えば、ノースポイントの最高級品が有名で、仕入れるのに一歩間違えたら一匹でコックピットの電子機器が買える程である。

 

 財布の完全軽量化が決定する。

 

「よしお前ら! 今度の晩飯は回転寿司だ、食いたい奴は付いて来い!」

 

 

 

 

「スカーレットセクション、スザクより各機へ。聞いての通りだ。この勝負に勝ったら、あいつの財布でオーシア国産ステーキ食い放題だ。あいつの財布を空っぽにしてやるぞ!」

 

 サイファーの時と同じように、無線に歓声が上がる。オーシア産ステーキは、例えるなら黒毛和牛丸々一匹を買う様な物である。

 

「隊長、自分は焼き肉がいいです!」

「ああ、いいぞ。牛三匹ほど買おう。焼き肉もステーキも食い放題だ。行くぞ、サイファーを破産させるぞ!」

 

 

 

 

 上空を飛行するラッキースターの広域レーダーでは、奇襲を仕掛けるルートを飛行するスザクの編隊と、真っすぐB7Rの端の山脈を目指す両者を映し出していた。

 

 それをゆたかはモニター越しに見つめ、軽く息を吐いた。今の所仕事は監視と警戒のみ。そして……

 

「……さてと」

 

 コンソールを叩き、通信衛星を呼び出す。衛星画像をモニタリングして、それをヴァレー基地へと中継した。

 

「にとりさん、これでいいですか?」

「あいよー、基地の皆も期待してるよ~」

「善処しますよ」

 

 本当はしてはいけない事なのだが、基地のメンバーの大半が希望していたため、ゆたかは万が一見つかっても「間違って中継ボタン押しちゃいましたテヘペロ♪」作戦を実行するつもりでいた。

 

「頑張ってくださいね、スザクさん、サイファーさん」

 

 

 

 

「さってと。敵さんどこから来るかなっと」

 

 サイファーはレーダー画面を見ながらスザクがどの手で来るかを予測する。ステルス性ではF-22が上だが、僚機がステルスでは無いため意味は無い。

 

(あいつはステルス性を利用して低空からの奇襲はしかけて来るが、はたして今日はどの手で来るか?)

「こちらブルー2。サイファー、三時方向より一機が接近してきます」

「ん。一機か?」

「はい。速度は400ノット、真っすぐこちらを目指しています」

(一機か。偵察は基本だな。でも珍しいな。あいつはいつも低空から進入してこちらを補足した後、僚機をかき集めて集中攻撃を仕掛ける。そして、再び低空から進入して単機で俺を撃ち落とそうとする。だが今回は僚機とは言え自らの姿を晒した。どういうつもりだ?)

「サイファー、どうしますか?」

「囮かもしれん。ブルー2、俺に続け。ブルー3、4は俺の後方1キロ地点から追いかけてこい。後方に注意しながら飛んでくれ。後ろからの奇襲に注意だ。現れた一機の様子見に向かう」

 

 機体を旋回させ、レーダー反応があった方角へ向かう。レーダーにはっきりと反応がある。機体までは分からないが、とにかく接近しなければ分からない。

 

(もし攻撃するなら長距離迎撃性能を持ったF-14が妥当だろう)

 

 ブルー3以下の二機、F-15C二機が速度を落として消えて行き、右後方にブルー2のMig-29一機がポジションに着いた。

 

 距離200マイル。接近すればF-14Dの長距離射程内に入るだろう。だが、かといって何もアクションをしないのも、それこそ罠にはまっている可能性だってある。

 

 ゆっくりと距離を詰め、尚且つ周囲に目を配る。スザクの一番警戒すべき物は、隠密性に長けたその行動力である。ゆっくりと近づき、そして攻勢に入る際は徹底的な行動力で圧倒する。ベルクートのステルス性と機動力を活用し、尚且つその低い安定性を逆手に取ったセオリー無視の戦い方をする。

 

(基本は冷静だから焦ると負ける。一度あっちのペースに持っていかれたら回復は厳しい。一機僚機がやられたら次の瞬間には全滅なんて事もあった。だが、あいつの頭なら俺の二手先は行く。俺が考えている事はあいつも考えていると思っていいはずだ)

 

 と、それとほぼ同じタイミングで、レーダーに映っていた一機が反転し、画面外から逃れようと速度を上げ始めた。

 

「離れて行きます。やはり囮でしょうか?」

「……多分な。各機奇襲に備えろ。いつでも散開できるように距離を離しておけ」

 

 汗が走る。ビリビリと嫌な感覚が体を走る。見えないのにプレッシャーを感じていた。いつミサイルが飛んでくるか分からない。今にも自分がやられるかもしれないと思うと、緊張で汗がまた噴き出してしまった。

 

 そうして、一分、二分、五分と時間が過ぎて行く。だが、いつまでたっても攻撃が来ない。プレッシャーは感じていた。だが、攻撃が来る気配がなかった。

 

(くっそ、生殺しか。しびれを切らせて散開するのを待っているつもりか?)

 

 だが、ここで冷静さを失えばそれでこそ終わりだ。常に考え続けなくてはならない。空戦は、一瞬で決まる。その一瞬を相手の物にされるか自分のものにするか、己の判断力の高さから物語る物だ。

 

 その時にまたもレーダー反応が現れた。同じく一機だ。それと同時にロックオンアラートが鳴り始め、サイファーのチームに緊張が走った。

 

「こちらブルー2、再び敵機をレーダーに捕捉! 長距離ロックオンを掛けられています! 回避を!」

 

 そう言う僚機の声は、明らかに焦りと緊張で頭がいっぱいになっている様子だった。こういう時が一番危険なのだとサイファーは叩きこまれている。だから下手に動くよりミサイルアラートが鳴るその時まで待つつもりでいた。

 

「落ち着け、フェイクだ!」

「しかし危険です、ブルー2回避します!」

「バカよせ!」

 

 フラグたった。サイファーがそう思った瞬間、頭上から突き刺さる殺気がついに現れた。

 

「上か!?」

 

 そう叫んだ瞬間、太陽の中から黒点が現れ、次の瞬間にそれが獲物を掴み取る大鷲の姿になった瞬間、サイファーは機体をロールさせてそれをかわし、その直後にスザクのベルクートがすぐ横を突き抜けた。

 

「こちらラッキースター、ブルー2撃墜されました。戦線を離脱してください」

「各機散開! ブルー3以下は俺に続け、スザクを叩くぞ!」

 

 だが、陣形を取り戻そうとしてその瞬間に長距離ミサイルのアラート音が鳴り響いた。やはり、レーダーに映っていたのはさっきのF-14Dだった。

 

「サイファー!」

「焦るな、落ち着いて回避運動を取れ! スザクの動きにも目を配っておけ!」

 

 交戦。サイファーが増速して距離を稼ぎ、ブルー3、4の二機が左右へと分かれて回避。長距離ミサイルは確実に近づき、狙いを定めて行く。

 

 サイファーはペダルを蹴飛ばし、ノズルをさらに広げてこれでもかとエンジン出力を上げる。加速のGで体が抑えつけられ、視界が狭くなる。チャフ、放出。三発ほど散りばめ、二発目のチャフにミサイルが着弾してアラートが消えた。

 

 その次の瞬間に、後方レーダーが警告を発し、とっさに機首を下げた。後ろに首を曲げれば、スザクのベルクートがサイファーに狙いを定めている真っ最中だった。

 

「けっ、やってくれるじゃないか! 悪魔の執事め!」

 

 

 

 

 模擬戦では言うまでもないが実弾による戦闘は行わない。代わりに、AWACSと通信衛星によるデータリンクを利用した、センサーによる仮想ミサイルと仮想機関砲にて戦闘がおこなわれる。その判定は上空のラッキースターからの判断で決定され、撃墜されればHUDに撃墜の表記が現れ、それからラッキースターによる報告が行われる手順だった。

 

 

 

「おお!」

「スザクが一機やったのか!?」

「やられたのはブルー2だ!」

「あいつまた焦って動いたな。帰ったら滑走路30往復だ」

「隊長手厳しいですねー」

「お、スザクがサイファーの後ろに回ったぞ」

 

 と、ヴァレーの格納庫の隅っこでは、ゆたかの送信する中継映像が送られ、ヴァレー基地の暇人達の観戦会が始まっていた。主催はもちろんにとり。ついでにサイファーとスザク、どっちが勝つかの賭けの大会も取り仕切っており、ついでに金儲けともちゃっかりした事をしていた。

 

「サイファーに300!」

「俺はスザクに495賭けるぜ!」

「中途半端! なら俺はスザクに500!」

「ばか、サイファーなら900だろ!」

「はいはーい、みんな賭け金の金額と名前書いて二人の袋の中に入れてねー」

 

 中継モニターとセンサーミサイル判定用仮想画面に、さらに人だかりが増える。サイファーがスザクをオーバーシュートし、歓声とどよめきが上がる。その度に、賭け金がつぎ込まれていくような様だった。

 

「やはー、大量大量。こりゃいい収入だね」

 

 そう言うにとりの横顔を見ながら、やまとは呆れた顔になった。

 

「こんなことして、基地司令に見つかったらただじゃ済みませんよ?」

「ああ、司令ならあそこ」

 

 ついついと指を指す方向。その先を目で追えば、ヴァレー基地の総司令、ノイマン・マッケンジーとその補佐までもが画面の前に食いついて熱狂の元凶となっていた。やまとは思わず唖然としてしまった。

 

「……こんなんでいいんでしょうか」

「最近ピリピリした事ばかりだったから、皆疲れているんだよ。ヴァレーはこんな所だし、娯楽になる物もあまりない。女と寝たい男だっている。でもここではそうはいかないからね。いいって言う人ならともかく、君たちみたいにまだ幼い子をそう言うのに巻き込むわけにもいかない。男は獣だからねー。抑制切れたら何するか分からないもんだよ。だから何か刺激がほしいんだよ。それに関してだったら、サイファーとスザクの模擬戦は、一種の祭りなんだよ。みんなああして、誤魔化すものさ」

 

 缶ジュースを飲み、遠距離から狙撃していたF-14をブルー4が撃墜し、だがその瞬間にスザクのチーム、スカーレット2操るSu-30がブルー4のF-15Cの背後に回り込んで歓声が上がった。

 

「……主任は……あるんですか?」

「んあ、なにが?」

「いや、その……男性と、その……」

「……はっは~ん」

 

 その一言でやまとの言いたい事が分かったにとりは、これでもかとにんまりとした笑顔になり、そしてやまとはこんな質問をするんじゃ無かったと大きく後悔した。だが、もう遅かった。

 

「気になる? 気になる?」

「い、いやそう言うわけでは……」

「いやぁやまとちゃんもお年頃だもんね~、うんうんそりゃ気になるよねぇ~」

「だから違います!」

「でも録音したレコーダーにはほら」

「いつの間にそんな物を!?」

 

 ケタケタとやまとの反応をしばし楽しんだ後、にとりはほうと息をしてハンガーの天井を見上げた。ただ、その目はどうも遠い場所を見つめていて、にとりが独りごとを言っているかのようにやまとは思った。

 

「そうだね……そりゃまぁ、あるよ」

「……あるんですか」

「私だって女さ。体を持て余している時だってあるよ。でも、最近はご無沙汰かな」

「そう、ですか……」

 

 誰と、までは聞かなかった。聞く気になれなかったし、追求するのも自分の立場的にどうかと思ったから、それ以上はやめておいた。ただ、興味がないと言えば嘘になるのは確かだった。

 

「さてさて、お二人さんの模擬戦はどうなのかな」

 

 モニターを見つめると、離れて居たスザク側のF-16Cが合流し、Su-30と連携してブルー3のF-15Cを追い詰めようとしていた。しかし、そこにスザクに追いかけられながらもサイファーが果敢に割り込んで進路を邪魔し、衝突を回避するためにスザクが一時離脱。そこにブルー4のMig-29がくらいついていた。

 

「上手い!」

「だが29と47じゃ性能差があり過ぎるぞ?」

「いや、意外と着いて来てるぞ。多分ベルクートの不安定さから生まれる一定の機動を読んでいるんだ!」

「腕上げてやがるな」

 

 サイファー側の奮戦に、ギャラリーも大きく湧きあがる。ブルー4がスザクの動きを先読みして的確に仮想機銃で迎撃する。だが、エンジン出力はSu-47の方が上で、距離が離され始めていた。だが、距離が離れるからこそ使える武器もあるわけで、兵装選択マーカーがセミアクティブ空対空ミサイル、通称SAAMへと変更され、発射の表示が現れた。

 

「いいぞ、この距離なら当たる!」

 

 チーム戦はリーダーが撃墜されればその時点で終了となる。このままスザクに命中すればゲームセットとなる。だが。

 

「なんとぉ!?」

「なんだ、何が起きた!?」

 

 どよめきが上がった。命中するかに見えたSAAMは、突然あらぬ方向へと飛び去り、スザクは攻撃を回避したのだ。

 その理由はすぐに分かった。Mig-29の後方に、編隊を離脱して援護に回ったF-16、スカーレット4が追い回していたのだ。

 

 セミアクティブ空対空ミサイルは、HUD上に表示されるサークルの中に敵機を捉え続けることで通常ミサイルよりも圧倒的な機動力で敵を追尾する。だが、サークルから外れてしまえば、ミサイルはただの真っすぐ飛ぶだけのロケットになる。目を潰されたようなものなのだ。

 

 ブルー4は離脱。スザクはそのまま距離を置けるかに見えたが、体勢を立て直したサイファーがかじり付いた。

 

「んー、そろそろ事態が動きだすかな?」

 

 にとりがそう呟いて、そこからまたもギャラリーが歓声を上げた。

 

 

 

 

「だぁぁぁらっしゃぁぁぁああ!!」

 

 機体を捻りこませてスザクの後方に回り込んだサイファーは歓声を上げた。ようやく有利な状況になれたと判断した。

 先程も述べたが、ベルクートは機動力の代わりに安定性を犠牲にした機体である。戦闘機は旋回する時、速度が低下する。安定性が低ければ失速を起こしやすくなるのが必然で、それを回避するには、速度に余裕があるなら水平飛行、余裕がない場合は降下して速度を稼ぐ。

 

 そうしなければ、機体は失速して墜落するかただの的になるかのどちらかだ。スザクだって自分の機体の特性を知っているから、この状況が良くないのは承知だった。だが、それを逆手にする手段だって知っている奴だった。

 

 スザクのベルクートの機首が跳ね上がった。アフターバーナーを吹かし、そのまま機体を無理やり持ち上げて、機首を真後ろに向ける。それはつまり機銃の砲身とウェポンベイがサイファーの鼻先に向けられるわけで、トリガーを引けばどうなるかは子供でも分かった。だが。

 

「なんだと!?」

 

 スザクは声を上げた。居ない。サイファーが居ない。さっきまで確かに後ろに食いついていた。だが、少し景気に目を戻し、鼻先を向けた時にはもう居なかった。二秒もないはずだ。

 

「そう来ると思っていたんだよ!」

 

 下からだった。サイファーはこれを逆手に取るスザクの動きを読んでいた。それを回避するためにバレルロールで機体を背面にさせた後、降下を多めにしてバレルロールを続行し、水平に戻したのだ。

 

「ベルクートが失速寸前に追い込まれたらチャンスと思うのが定石。だがそこを狙うのはお前の良く使う手だ!」

 

 ぬかったか、とスザクは内心舌打ちして次の手を考えるが、この手を使うとリカバリーしかできなくなる。この機動で仕留めなければ後がないのだ。

 

 そこを逃す手は無く、サイファーはガンレティクルを重ねてトリガーを引いた。センサーによる弾丸が発射され、命中の表記がHUDに表示され、ラッキースターに着弾判定が送信される。

 

「スザク、着弾しましたが致命弾ではありません。左舷ピトー管破損、同じく左舷ストレーキに被弾です。まだ飛べます」

「ちっ、外したか」

 

 銃口が向けられた時、スザクはラダーペダルを右に蹴飛ばしてギリギリの所で機首を右に向けてコックピットへの致命弾を回避していた。

 

(多分前の模擬戦なら当たってた。あいつも腕上げたな)

 

 ベルクートを追い抜き、ループに入る。スザクの僚機はサイファーの僚機によって抑えつけられ、援護に回るのは数分ほど時間が必要かもしれない。その数分で、勝負が決まってもおかしくない。

 

 サイファーが再び攻撃ポジションを取る前に、スザクは機体を立て直すために急降下を続け、アフターバーナーを点火させる。山肌が迫る勢いが増し、だが逆に言えば速度が稼げていると言う事なのだから、スザクは迷わずスティックを引き、機体を持ち直した。

 

 そのタイミングで、サイファーが再び食らいついた。山肌を舐めるようにスザクは飛行し、サイファーも全く恐れずに追いかける。常任ならとっくに恐れをなして上空へと退避する。そして何より、低空で逃げ回るのは墜落のリスクが大きいのだ。正直、この方法をやる奴はバカだと言われている。

 

 だが、この二人はそれをやるバカだった。

 

 スザクが目くらましに、目の前の山肌残り数十センチの距離で飛び越えた。風圧とアフターバーナーの排気で雪が盛大に舞い上がりサイファーの目くらましを作る。

 

「なんの!」

 

 サイファーは構わず突っ込み、巻き上げられた雪をかき消してそこから飛び出た。が、スザクは居なかった。一瞬何が起きたか分からなくて、その次にサイファーは真上からの殺気を感じて反射で右ロールをした。

 

 スザクは巻き上げられた雪煙の中でクルビットをしていた。そして、機首が真下を向き、その目の前をサイファーが通過するのを待ち構えていた。

 

「サイファー、被弾しました。判定はエルロンに一発、垂直尾翼に一発です。エルロン破損のため、こちらから機体制御稼働率を通常の90パーセントへと変更させます。垂直尾翼の破損は重くないため、操縦系統は無事と判定します。しかし以降機動に注意してください」

「ええいこしゃくな!」

「無理に追いかけるからだ。お前の悪い癖だ」

「そりゃどうも!」

 

 ご丁寧に全周波数回線で指摘され、サイファーは少しばかり熱くなりそうになったがすぐに冷静を取り戻し、深追いし過ぎたと悔んだ。悪い癖だ、チャンスとあらば徹底的に攻め入る癖のせいで、逆手に取られる事がしばしばある。今のところ致命的なミスはしてないが、いつか致命的になるかもしれないから改善しなくてはと肝に銘じた。

 

 操縦桿の反応が鈍くなる。仮想損傷データをインプットされ、ラプターのフライ・バイ・ワイヤが破損したと認識した。だが、ロールしなければ最悪燃料タンク貫通判定でお陀仏だっただけましか。いや、それでも痛い。機動力が売りのF-22に、機動力低下は大きな痛手だった。

 

(反応が鈍い……こいつは少し!)

 

 厄介だと考えようとして、左ラダーペダルを蹴り飛ばした。背後に回り込んだスザクからの機関砲が飛んだ。判定は回避成功。だが状況は悪い。

 

「ブルー3、こっちに来れるか!?」

「こちらブルー3、ネガティブ! 敵が離れない、厳しい!」

「ブルー4、そっちはどうだ!?」

「こちらも同じくネガティブ、喰らい付かれ……くっそ、ミサイルだ!!」

「ブルー4、エンジンにミサイル着弾、撃墜です。空域から離脱して下さい」

 

 サイファーは嫌な汗が止まらなかった。また自分の悪い癖だ。周りが見えなくなって、戦況が掴めなくなっていた。レーダーに目を向ければ、いつの間にかスザクの僚機が自分を取り囲みつつあった。間違いなくまずい。

 

(くっそ、スザクばかりに気を取られ過ぎたか! いや、落ち着け、スザクさえ撃墜すれば勝てる。だが間違いなく僚機が俺に食らいつくから難しい、それでもってその僚機を全滅させるなんて実戦でも論外だ!)

 

 その間にも、スザクの攻撃を回避し、前方からはフリー状態になってこちらに向かうスカーレット3の機影がレーダーに映し出されていた。接触まで30秒、二機に追われたら戦況はさらに悪化する。

 

「…………すぅー」

 

 サイファーは息を大きく吸った。その間にこの先自分が撃墜されるパターンを考えられるだけ考えて、その次に勝てる見込みのある動きを予測して、そしてそれの判断が終わった時、サイファーは盛大に息を吐いて、目を開いた。

 

「ブルー3、今から援護に向かう。後どれくらい持つ?」

「あと数分が限界だ!」

「了解、十秒で蹴散らす。七秒後に急上昇しろ!」

 

 バーナー点火、サイファーは追撃するスザクを半ば無視する形で回避運動。スザクはミサイルを発射するが、疑似フレアで蹴散らされて再び機銃掃射。ラプターに命中判定。だが、致命弾ではなかった。着弾位置は主翼付け根、燃料パイプ。燃料漏れの判定で、活動時間が残り五分になる。つまり、スザクが五分逃げ切っても勝負がつく。だが、サイファーはそんなこと考えていなかった。

 

 バーナー点火から五秒、サイファーはブルー4のF-15Cの前方のポジションに回り込むと、機銃掃射と短距離ミサイルを同時に撃ちこみ、ブルー3が急上昇。目の前にブルー4を追いかけてきたSu-30。もちろん、飛び出した先に敵がいるのだから向こうは慌てて左旋回。

だが、サイファーはそれを読んで右ラダーを蹴り飛ばし、機首を右に向けて機銃を撃った。向かい合う形、サイファーが右を向けばSu-30の進路上に弾がばらまかれる事になる。

 着弾判定。すぐさま詳細データが送られる。この間、九秒。

 

「スカーレット2、コックピットに着弾、撃墜判定です。戦線を離脱してください」

 

 これでイーブン。その時になってスカーレット3のF-16Cが追いつき、スザクの後方に位置づいて追撃に入るが、サイファーはそこで急上昇し、エアブレーキを目一杯開いて急減速、からのピッチアップでクルビット。

その間に腹部ウェポンベイ解放。近い位置から追尾していたスザクのベルクートはあっという間に追い抜き、しかしサイファーがその機首を真下に向ける頃には一歩遅れて追随して来ていたスカーレット3のF-16Cの鼻先があった。

 

 トリガー押し込み、仮想XMAAが無誘導発射される。ただし、四発一斉発射。数撃ち当たれ、ロックオンする時間なんて無い。だがそれでも判定では三発目のXMAAが主翼の付け根に着弾したと判定が出た。

 

 だが、それとほぼ同じくしてブルー4がスザクに撃墜されてしまった。これで一対一。サイファーは上昇、スザクはスプリットSで向き合う形になり、高速ですれ違う。横から見れば8の字で動く形になっていた。

 

(何て野郎だ、さっきまで圧倒的不利な状況を一分も無い内にイーブンにしやがった!)

 

 スザクは驚愕と分析を同時に進め、一撃一撃を丁寧に回避する。回避しつつもこちらも攻撃を加える。だが、サイファーはそれを的確に回避して見せる。一切口を開いていない状況だ。

 

(本気になりやがった、こういう状態になると油断できないからちとめんどい。だが、負けるわけにはいかん!)

 

 

 

 

 ヴァレーではついに一対一になったサイファーとスザクの一騎打ちに最高潮になっていた。さっきから接触する度に損傷判定が増えて行く状態で、こんなので戦えるのかと思う程だったがそれを全く感じさせない程の接戦になっていた。マイクの音声は一切声が入らず、ただ対G呼吸音と唸り声が聞こえるだけになっていた。

 

 最高潮、と言っても離れて再接近している間は全員固唾をのんで見守り、接触する際に損傷したかしないかで声が上がっていた。

 サイファーのF-22の損傷判定は、エルロン、垂直尾翼、燃料パイプに続いて腹部ウェポンベイ使用不能、右エンジン停止、水平尾翼稼働率低下と、実際の戦闘ならとっくに離脱レベルの損傷だったが、おそらく本人意地である。全体的な損傷が多く、正直もう虫の息同然とも言えた。

 さらに稼働可能時間が追い打ちをかける。あと二分。その間に決着をつけなければ自動的にサイファーの負けになる。

 

 対するスザクは、左ピトー管、左舷ストレーキ、キャノピー後部着弾、一部操縦系統破損、右垂直尾翼完全脱落、フラップ破損、ラダー損傷と機動力の面でのダメージが大きかった。おかげでサイファーは付いてこれたし、スザクも撃墜より生き残る方を優先し始めていたため条件的にはほぼ同等。生き残るか撃ち落とすかのどちらかだ。

 

「こいつらバカだ、本物のバカだ!」

「普通イジェクトするレベルだぞ、特にサイファー!」

「いや、機動力を殺されたらベルクートはただの安定性の悪い飛行機だ、それだけでも致命的だぞ!」

「でもサイファーはもうXMAAが使えない、武装面ではスザクの方が有利なんじゃ?」

「いや、サイファーにはもう時間がないから遠距離武装はいらないぞ!」

「また接触するぞ!」

 

 その一言で静まり返り、サイファーとスザクが再び真正面から接近する。声も息ですらも殺し、誰もが次で勝負が決まると思っていた。

 

 その状況に、基地の非番組全員が集まり、中には仕事をさぼってまで見に来ている兵士まで居た。だが、それほどこの二人のドッグファイトは見ごたえがあり、熱狂できる物だった。

 

 にとりとやまともその中に入り、固唾を飲んで見守った。

 

 

 

 

 警報やランプこそ稼働していないが、いささか推力の落ち、機動力が殺されたF-22はもはや旧世代機、例えるならF-5シリーズと大差ない程にまで低下していた。だが、それはスザクにも言えることで、スザクに関しては操縦翼面を徹底的に叩いておいたため、おそらく速さを除けば同じレベルだった。

 

 ヘッドオン。接触まで五秒。稼働時間残り一分。これで最後だ。スザクも付き合いのいい奴だとサイファーは思った。向こうのエンジンはほぼ損傷は無いのだからガン逃げすればいい物を、受けて立つと言わんばかりにスザクはヘッドオンに答えていた。

 

 スザクの機影が迫る、サイファーはトリガーに指をかける、レティクル表示、発射。押し込んだ。だが、

 

「!!?」

 

 トリガーを押し込んで一秒も経過していない。その瞬間に弾切れを起こした。最悪だった。サイファーは分かっていなかったが、ゆたかは知っていた。サイファーの機銃散弾数は、一ケタだった。そう、トリガーを押した瞬間に弾切れを起こすレベルだった。

 

 それを理解するのにコンマ数秒必要だった。だから、気がついた時にはミサイル切り替えボタンを押しても間に合わないレベルだった。

 

 通過。サイファーのHUDには撃墜の表記が点滅し、それを見てサイファーは天を仰いで叫んだ。

 

「かああああ!! ちくしょう、やられた!!」

 

 それが合図だった。ゆたかがサイファーの撃墜を告げ、スザクも盛大に安心のため息を吐いた。心臓が止まるかと、スザクは思っていた。後半の巻き返しがあまりにも早過ぎて着いて行けなかったが、最後に弾切れの可能性に賭けて当たった。ミサイルならやられていたかもしれなかったのだから、賭けに勝った事の方が嬉しかった。

 

「戦闘終了です。スザク、サイファー、お疲れさまでした。今回はヴァレー史に残る一戦でしたよ」

「ちっきしょう、悔しいぜ。あんな戦い久々だったのに物にできなかったとか」

「正直ミサイル撃たれてたら負けてたわ。危なかったぜ」

 

 サイファーはもう一度深呼吸して落ち着きを取り戻そうとした。心拍数が尋常じゃなく、発作でも起こすかと思っていた。F-22の仮想被弾が解除され、通常の制御系統に戻され、反応が戻る。手始めに軽く翼を左右に振って、手ごたえを確かめる。感度良好。やはりこの動きが一番しっくりきた。

 

 スザクのベルクートも反転して追いつき、いつものポジションへと編隊を作る。それを見ると、サイファーは撃墜者が待機しているB7Rのはずれの方へと進路を変えた。

 

「……ん?」

 

 と、スザクが右側に目線を向けたとき、少し気になる物が目に入った。おそらくそれは戦闘機乗りなら誰しも気になる物だった。

 

「なぁサイファー、あれなんだよ?」

 

 スザクが指を指す方向を見て、サイファーもその刺された方向へと目を向けると、そこには山肌に囲まれた場所にポツンと、まるで取り残されたかのように廃れた物があった。

 

「ああ、あれか。確か半世紀くらい前の世界大戦時に使われていた野戦基地だ。B7Rは昔から戦闘機に絡んだ場所だからな。あそこの地形の見つかりにくさを利用して偵察基地に使っていたらしい。ま、あの分だと使われてないだろうけどな。実際調べたら最後に使われたのは大戦が終わった戦後処理の兵員輸送の経由地だそうだ」

 

 ふーんとスザクはもう一度使われなくなった基地を見る。すっかり廃れたその基地は、建物の半分が崩れそうなほどぼろぼろで、滑走路もあちこち草が生い茂ってるように見えた。夜に来ればそれなりな心霊スポットにでもなりそうだと考えて、興味が無くなってすぐにまた前を見た。

 

「さて、合流だ。全機ヴァレー基地へ帰還するぞ」

 

 

 

 

 模擬戦はスザク率いるスカーレットチームが勝利し、賭け金を入れ、賭けに勝った物は大きく叫び、負けた物はがっくりとうなだれていた。にとりはそれをニヤニヤと見つめ、自分の臨時収入を数えるのが楽しみだと考えて、後始末をバイトの部下にまかせて格納庫の外へと出た。

 

「んー、整備が大変そうだなぁ」

 

 綺麗に透き通った空気を吸い込んで、にとりは大きく伸びをする。あと少しすればサイファー達が帰ってくる。また派手に動いたからどこかしら壊れているだろう。

 

「やまとちゃんー、忙しくなるから準備しといてー」

「はい」

 

 やまとが整備工具一式を片手に持ち、整備兵が忙しく動き回り始める。格納庫の野次馬達もゆっくりと数を減らして行き、今日のお祭りは終了の兆しを見せていた。

 

 と、にとりが滑走路の進路上を見たとき、複数の黒点が見え始めていた。サイファー達が帰って来た。それを見て少し安心した。自分の整備した機体が帰ってくるのはやはり安心する物だと思い、どれ今日のタッチダウンはいかほどだろうかと見てみる事にした。

 

 まずはスザク率いるスカーレットチームメンバーの着陸。そしてその次にサイファー率いるブルーチームのメンバーが着陸する手順で、最後にサイファーとスザクが着陸する手順となっていた。

 

 先頭はスカーレット隊のスカーレット2。その次にブルー隊が続いてタッチダウン。スカーレット4とブルー3が若干ふら付いて着地したが、問題ないレベルだった。

 

 無事に両チームの機体が着陸し、最後に上空を旋回して待機していたサイファーとスザクの二機編隊同時着陸となる。いつもの光景だ。いつもスザクの着陸が下手だとやまとは言っていたが、今日はなかなかいい角度で進入していた。風邪も無し、視界良好。これほどいいコンディションは無かった。

 

 二機が滑走都に進入し、サイファーがまずタッチダウン。続いてスザクのSu-47がタッチダウン。ピッチ角度も上出来だ。その次はノーズギアをタッチダウンさせて減速すればいい。

そしてベルクートの右車輪が外れて機体が右に傾き、火花を上げて横転して――――

 

「っ!!?」

 

 気付いた時には、悲惨な光景が目に突き刺さり、その衝撃的な光景でにとりだけではなく、それを見た全員が固まった。

 

 スザクの機体がタッチダウンした瞬間に右に傾き、右主翼が滑走路に叩きつけられて火花が上がり、そして滑走路右側に飛び出して主翼がへし折れ、破片をまき散らしながら横転を繰り返しエンジンが飛び出して爆発。機体はそのまま向かい側のハンガーと滑走路の中間位置にある空き地に突っ込み、引きずられるかのように滑り続け、土煙を上げてようやく停止した。

 

 ヴァレーに、奇妙な静寂が訪れた。いつも冷静なやまとでさえ座り込んで呆然とし、それは一分か一時間か、一秒あったのかも分からない。時間が止まったかのようだった。だが、にとりが叫んだ時、基地はまるで止まった時間が動きだしたかのように慌ただしくなった。

 

「救護隊、消火班急いで! 搭乗者の救助、機体の消化、とにかく出来る奴はやって!!」

 

 その言葉で全員が我に返り、ジープに乗っていた兵士は走り出し、救急車両の格納庫から消防車が飛び出して舗装されていない道を突っ切る。少し遅れて救急車も発進して、それを見届けたにとりは一旦格納庫に戻って取りあえず必要ならばキャノピー破壊用の工具を準備しようとして、格納庫に座りこんで青ざめているやまとを見つけた。

 

「やまとちゃんしっかり! やる事はあるんだよ、早く助けないと!」

「……の……い……」

 

 座り込んでるやまとをなんとか立たせようとして、しかしやまとが震え声で何か呟いているのを聞いてにとりは一旦手を止めた。

 

「ごめん、工具持って救助隊の手伝いに行って!」

 

 手近に居た整備兵にそう告げると、にとりはやまとと向かい合う形で座り込み、肩を掴んで揺らして意識をはっきりさせようとする。

 

「やまとちゃん、しっかり! どうしたの、しっかりして!」

「……わたし……い」

「今は落ち着いて、救助する事が先決だよ! ほら立って、出来る事はあるんだから!」

「わたしの……せいだ……」

 

 その一言。にとりははっとして、この緊急事態の原因の察しがついた。だが、それを知った上でどう対処すべきか迷い、そして自分の頭の奥底に封印していた記憶が一瞬だけかすめて、しかしそれを抑えつけた。

 

「やまとちゃん、やまとちゃん!!」

 

 今はやまとを正気にさせるのが先決だ。にとりはそう判断して、やまとに呼び掛ける。だが、反応しない。ただ、私のせいだと呟き続け、まるで魂だけそこにないかのようにその場に座り込み続けていた。

 

 にとりは、多分何もできないと思った。そして、もしかしたらやまとは立ち直れなくなるかもしれないと、恐れた。

 

 青ざめて行く部下を見つめ、その姿が昔、あの時見た、いや経験した物とまったく同じで、にとりはまるで過去の自分を見つめているような、そんな気分に陥った。そのせいかは分からない。だが、影響はあっただろう。何も言えなかった。やまとを突き動かす言葉が出なかった。

 

 燃え盛るエンジンと燃料の焼ける臭い、辺りに広まる煙、そして救急車両のサイレンの音が、やまとに届かないにとりの呼びかけの虚しさを引き立てるかのように鳴り響いていた。

 

 

 

 

 目を開けて見れば、まず目に入ったのは真っ白な天井。その次に薬品の匂いが鼻を突いて、スザクは目を覚ましてここが病室だとすぐに悟った。

 

「スザクさん!」

 

 足元から声がして、首を曲げようとして痛みが走ったので、なるべく控えめに首を動かして声のした方を見た。

 

「……ゆたか」

 

 視線の先には、目に涙を浮かべてかじりつくようにスザクを見つめるゆたかの顔があって、ああそうだ自分は死にかけたのだとそこまでで思い出す事が出来た。

 そして生きている。思わずスザクに飛びつき、かじりつくように泣きじゃくるゆたかの重みと、その重さによる痛覚でしっかりと感じる事が出来た。

 

「よかったです……よかったです……」

 

 ぐすぐすと涙を擦りながらゆたかは一旦落ち着こうとして椅子に座りなおした。それはいいが、やはり安心しきったせいで涙が止まらなくなっていた。スザクはそれを見てああ、可愛いと思い、泣きじゃくるその頭にぽんぽんと手を置いた。

 

 ぐずぐずとゆたかは泣きじゃくり、その顔が可愛かったから今しばらく鑑賞したかったのだが、そのタイミングでサイファーがレジ袋片手に入って来たので空気嫁と第一声を浴びせておいた。

 

「んだよ、見舞い買って来たってのにそれは無いだろ」

「空気読め、空気を。この至福の一時が分からないのか」

「ロリコン」

「ゆたこんだ」

「一緒だボケ」

 

 パイプいすを広げて、ゆたかよりやや離れた位置に座ってレジ袋から適当な見舞いの品々をスザクに渡して、自分の分のジュースを取り出して口に入れた。

 

「……で、俺はどれくらい眠ってた?」

「二日まるまるっと。命に別条はないが、後遺症の確認が必要だ」

「どんな感じに?」

「衝撃であちこち頭ぶつけたみたいだ。ダメージそこそこ、ついでに言えば左腕に破片が突き刺さっていたが、大したことは無いとさ。」

「飛べるには?」

「まー状態良ければ一週間もいらないかな」

「ふむ」

 

 そこまで聞いてスザクはスカーレットアセロラを飲み、落ち着いたゆたかもいちごミルクを一口。

 

「ま、比較的ましな方だ。命あってなんぼのもんさ」

「そうだな。生きてるだけで良しとしよう。所で、俺のベルクートはどうなった?」

 

 その一言を聞いた瞬間、サイファーの手が止まり、続いてゆたかが小さく「あっ……」と漏らして目が泳ぎ、空気が一層重くなった事でスザクは嫌な予感がした。もう一度言う、嫌な予感がした。

 

「あー……そのだな、お前の機体は……」

「私が話すよ」

 

 そのタイミングで、扉を開けて今度はにとりが病室に入って来た。まずはお見舞いに胡瓜の入った袋を傍に置いて、パイプ椅子を取り出してサイファーの隣に座った。

 

「単刀直入に言うよ。どうせどう言ったって変わらないんだからね。一言で言うと大破したよ」

 

 予感はしていたが、改めて言われるとやはり重い。だが、聞かなければどうしようもないのだから、スザクは黙って聞き続ける事にした。

 

「損傷についてはまず主翼、右主翼が根元から折れて、垂直尾翼は両方とも脱落、車輪も使い物にならなくなって、左主翼も半分なくなったよ。あと操縦系統や油圧系統、電気系統も多数破損。本体だけならまだ原形あるけど、正直新造した方がいいね」

「そか…………事故原因は?」

 

 そう聞いた時、それこそにとりは答えるのをためらった。珍しく、顔に出していた。言いたくない、言ってはならないと、そう言った顔だった。だが、言わなければならない事なのだ。サイファーがひとこと、「にとり」と声をかけて、「わかってる」と返事をした。

 

「原因は右車輪のボルトの劣化。本来は前のタイヤ交換でボルトも新調するはずだったんだけど、出来てなかった。で、そのタイヤ交換の担当が……」

 

 にとりはまたためらいそうになったが、ここでためらっては何も変わらないと奮い立たせ、深呼吸をして言った。

 

「……やまとちゃんなんだよ」

「……あいつが?」

 

 スザクはまず、怒るよりも信じられないと言った顔になった。その顔を見て、にとりは心の奥で安心し、これなら冷静に話を聞いてもらえそうだと判断で来た。

 

「どうやら前のタイヤ交換のとき、タイヤ本体を交換したはいいけど劣化ボルトと新品ボルトの交換を忘れてたみたいで……普段ならこんな初歩的なミスしないんだけど……」

「…………」

「でも、責めないであげて! 多分何か、何かあの子に考えさせるような事があったんだと思うから……それに、あの子今……」

「今、どうしたんだ?」

「……相当ショック受けて、ずっと部屋から出てこないんだ。ご飯もろくに食べずに、もうずっと部屋に籠りっぱなしで……」

 

 拳をぎゅっと握って、にとりはほんの少し震えてしまう。スザクはなぜにとりがそこまで震えるのかと一瞬疑問に思ったが、それだけやまとが追い込まれているのかもしれないと結論付けて耳を傾けた。

 

「部屋から出ないから私が食事持って行ってるんだけど、手をつけてないんだよ…………」

「…………」

 

 スザクは何を言っていいか分からなかった。確かに生意気で、少々嫌味な奴だが、腕は確かだ。プライドも高く、人一倍神経を使っていた。なのに、こんなミスをするなんて考えられない。多分本人もだろう。出ないとこんなに落ち込んだりはしない。スザクは、どうしたらいいか分からなかった。

 

「取りあえず、まだもう少しそっとしておくよ。スザクも、もし歩けるようになったらやまとちゃんに声かけてあげて。無事だって分かったら変わるかもしれないからね」

 

 そう言うと、にとりは立ちあがって軽く太ももをはたいた。

 

「じゃ、私は行くよ。後処理とか他の機体の整備とかあるからね。サイファー行くよ」

「えー? 俺までかよ」

「つべこべ言わない、残骸処理で使えるパーツ探すんだから早くくる!」

「へーい……じゃ、元気でなスザク。ゆたかちゃん、しっかりと見てやれよー」

「はい、お二人ともお気をつけて」

 

 ひらひらと手を振りながら、サイファーとにとりは部屋から出て行き、スザクとゆたかの二人きりになった。部屋は静かで、スザクは何も言わなかったし、ゆたかはスザクが起こっているのかどう思っているのかが分からず、何を言ったらいいのか分からなくて少しおろおろとしてしまう。

 が、スザクはそのゆたかの反応を見てまた頭に手を置いてやると、ゆたかも安心した顔になってくれた。

 

「大丈夫だ、怒ってねえよ。ただ、むしろ不思議って感じの方が強いんだ」

「不思議……ですか?」

「ああ。あれだけ自分の仕事にプライドを持ってたやつが、何でこんなミスをしたのかってな。他の奴で例えるならサイファーが着陸失敗したみたいな感じだ。そんなこと起きたらお前も信じられないだろ?」

「ああ、なるほど……」

 

 そう、怒りは無かった。ただ不思議だと思っていただけだった。いつも何かしら機体に負荷をかければどやされて、自分よりも圧倒的に子供なのに生意気で偉そうで、でも腕も確かで言う事も正しいから言い返せない嫌な奴だが、本当に腕はいいのだ。スザクだって、それは信頼していた。

 

 だが、こうして単純なミスをした。一体何が彼女をそんなミスをさせたのか、疑問でしょうがなかった。そして、ショックで部屋から出てこないと言うのも少し衝撃を受けた。だが、考えて見ればありうるとも思えた。

 あれだけ高いプライドを持っているのだ。初歩的なミスをして、そして搭乗者に怪我を負わせてしまったとなると、普通の整備士でもしばらく沈む。

 さらに、やまとは年齢的に言えばまだ子供。精神的なダメージが大きいかもしれない。いや、おそらくそれがメインだろう。

 

 高いプライドが、逆に自分を大きく追い込んでいたのだと、スザクは分かった。

 

 機体がお陀仏というのは確かに痛い。だが、今はそれ以上にあの生意気小娘整備士が気がかりだった。

 なぜかは分からない。ただ、気になってしまった。だが、スザクがこの自分の感情に気がつくには、もう少しだけ時間が必要だった。

 

 

 

 

「なぁにとりよ」

「なに?」

 

 大破したベルクートの使える部分を探しつつ、使えない場所は取り外して本体だけを残す作業をしながら、サイファーは隣でエンジンボックスの中に手を突っ込み、コンプレッサーを引き抜いてるにとりに話しかけた。

 

「やまとちゃんの具合、変化あったか?」

「いんや、さっき昼食届けに行った時もダンマリ。長くなりそうかもね」

「そうか……ってことは……」

「うん。君の部屋に世話になるよ」

「はぁ……」

 

 サイファーは大きく息を吐いた。なぜかなんて理由はさっき言った通り、やまとがひきこもり状態でにとりが部屋に帰れないのだ。

 正確に言えば、一人の時間を与えるべきだと考えてにとりの気遣いである。だが、ほかの女性宿舎に泊まればいいと言われればそれまでなのだが、先日の襲撃で一部備蓄庫が破壊され、空き部屋のある女性宿舎は満員状態になってしまっていたのだ。

 

 よって、にとりはサイファーの部屋に転がり込み、同居状態である。ちなみにサイファーは床に放り投げられて眠っているし、着替える時は寝ていようが強制的に外に放り出される。哀れ、鬼神の再来と言われた男。

 

 まぁ、本人住まわせている間に家賃としていくらかサイファーにあげると言って、そこまで酷いかと問われればそうでもなかったりもする。部屋の掃除もできる範囲でしてくれるし、サイファーが任務前日の日にはベッドを譲ると言ってくれてるし、割としっかりしている。

 

 だが、掃除がどうしてもが雑っぽい。服が微妙に綺麗にたためていなかったり、物の置き場所を間違えたりと、にとり自身掃除がそこまで得意、というわけでもなさそうだった。ただ、その努力はありがたいのでそっとしておくことにした。

 

(ありがたいにはありがたいが、なんて言うか女子力高く……無いな。嫁修行?)

 

 そんなことを考えながら、ウェポンベイのミサイルパイロンに手を突っ込んで焼けただれた配線を取り出して、その奥にあった電子回路を取り出した。

 

「にとり、これ使えそうだけどどうだ?」

「んー? そうだね、使えるけど寿命は長くないね。君で判断着かないならそれは使えないと思っていいよ」

「あいよ」

 

 サイファーは回路を使えない物の箱の中に突っ込んでミサイルパイロンの取り外しに入った。

 

「……お前さ」

「なに?」

「ちょっと気になってたんだが、今のやまとちゃんの事なんかいつもと違う目で見てた気がするな」

「…………」

 

にとりは答えなかった。ただ、機械をいじり回す金属のカチャカチャと言った音が聞こえるだけだった。だが、サイファーは構わず続けた。

 

「例えるならそうだ、昔の自分を見るかのようなそんな感じだ。違うか?」

「…………」

 

 やはり、にとりは答えなかった。その代わり、ほんの少しだけ手を止めて、約二秒手を止めてまた作業を再開した。

 

「なんだかんだで、お前の事よく知らないんだわ。気が向いたらでいい。なんかあったら教えてくれ。お前にとって俺は盟友なんだろ? ならちょっとくらい教えてくれたっていいじゃないか」

 

 パイロンを取り外し、比較的状態がよさそうだと判断で来たから使える物の箱の中に入れた。

 

「…………」

 

 にとりがサイファーの問いかけに答える事は、無かった。

 

 

 

 

「まいったよ……あいつ、変な所で勘がいいから変な態度しか取れなかったよ」

 

 夜、こなたのバーにやって来たにとりは、サイファーのあの質問について話していた。これでも秘密のある女である。あそこまで正解に近い物をいい当たられてしまうと、答えられなくなってしまうのがにとりであって、普段ならもっと受け流せる答えが出せたのに、やはり少なからず動揺しているせいかと思った。

 

「うーん、勘がいいのか悪いのか分からない奴だもんねー」

 

 相も変わらず、洗ったジョッキを磨きながらこなたは糸目になって答える。暖炉の前には今日も寒いと暖炉の前で丸くなっている黒猫お燐。店はすでに閉店済みで、でも実際入れば接客してくれるから事実上こなたが鍵閉めるまで営業中である。

 

 ただ、実際これを知っているのはサイファーを始めとしたほんの少しのパイロットと整備士である。だが、来るのがベテランだったり、隊長だったりするので、新米には来た所で威圧に押されてまともに酒なんて飲めやしないのが落ちだ。

 

「ったく、戦闘や他の所には時々驚異的な能力発揮するって言うのに、私のアプローチはスルーするんだから……普通女が同室で寝てたら襲うのが基本でしょうが」

 

 何の基本なんだとこなたは突っ込みたくなったが、別に口をはさむ事の物でも無かったのでスルーしておいた。それよりも重要な話題が思いついたのでそっちにシフトを変えることにした。

 

「そう言えばさ、例の新型はもう出したの?」

「ん、そうだよ。四日前にノースポイントに空輸。予備パーツも一緒にね」

「じゃあもう搭載準備は完了?」

「うん。向こうで搭載テスト、そしてテストデータを『本国』に送って、実戦データを回収次第でそれも送る手筈」

「あの二機は?」

「傷の方は前のクーデター軍の生き残った戦闘データがあるからサポートAI、フライ・バイ・ワイヤの姿勢制御も許容範囲。けど不安定さは抜けないね」

 

 胡瓜をかじり、壁に掛けられている戦闘機の写真を見つめる。ヴァレーに初めて配備されたF-86から、過去大戦のF-8A、最先端のF-22までが飾られていた。

 

 その中に、青い翼、サイファーのF-22と同じカラーリングをしたF-15C、そしてその隣に右の主翼を赤く染めたF-15Cの二機が編隊を保って右旋回する写真があった。

 

「あと、スザクのSu-47はどうなりそう?」

「あー、あれは酷いよ。正直皮だけだね」

「でも、何とかするんでしょ?」

 

 そう言われ、にとりはやはりお見通しかと言った顔になり、苦笑いした。自分の予測が当たった事に、こなたは満足げな顔になった。

 

「まぁね。これは私のほぼ独断の計画。だからバックアップは少ないよ」

「けど、そっちは私が手配できるけど?」

「人手は当てにしてるよ。けど、設計者がね……」

「にとりがすれば問題ないんじゃ?」

「いや、私だけじゃダメ。欲しいのは第六感で機体の特性が分かるような、ある意味非理論的な可能性を持った人物。それが」

「やまとちゃんか」

「そう。あの子はすごいよ。私の持ってない物を持ってる。鍛え上げれば私以上になるかもしれない。パイロットの事も、機体もよく見ている。そして理解もしている。機体設計を任せても多分かなりすごいと思う」

「なかなか買い被るね」

「確約はあるさ。はいこれ」

 

 そう言って、にとりはポケットから折りたたまれたコピー用紙を取り出し、広げて見せた。

 

「これって……」

 

 こなたは興味が湧いた。これはすごいかもしれない。それはコピーされたものだったが、図面に描かれたそれは見た事のあるSu-47である。だが、所々で全く違った変化が見受けられた。

 

 まず、主翼である。主翼の形状はほぼオリジナルのSu-47と変化ない。だが、主翼基部に可動部が描かれ、その他の動翼にも改変個所があった。

 

「そう。やまとちゃんが設計した、Su-47の発展型」

「こんなのどこで手に入れたの?」

「同室に居た時。ちょっと拝借した」

「それ犯罪に近くない?」

「君に言われたくないよ」

「ま、そうだね」

 

 こなたも苦笑いしながらカウンターを出て、客席の方へと歩いてにとりの隣に座った。それだけ、この設計図に興味が湧いたと言う事だった。

 

「なかなか斬新な設計だよ。若さからくるこの荒々しさと非理論的な設計、これを現実化させるのに十分な技術がある。でもやっぱり無理もあるから、本人にアドバイスして再設計させるべきなんだけど……」

「肝心な本人があれ、でしょ?」

「いえす」

 

 はぁ、とにとりは上を向いてやるせなさそうにした。部下がこんな状態なのに、何もしてやれない自分に少しうんざりしていた。そっとしておく、 というのも正直逃げと変わりない。怖いのだ。

 

「どうしたらいいのかな……まるで自分を見ている気分だよ」

「あれはにとりの一番のトラウマだからね。無理無いよ」

「でも、だからこそ立ち直ってほしいんだ。もう、二人目の河城にとりは要らない、作ってはならないんだ。あんな事、二度と起きないために……」

「……まだ、引きずってるのかな?」

「違う、戒め。こうしないと私はあの時ことを繰り返す。そして、誰にも同じ事をしてほしくない。でも、情けないよね。いざとなったらこの様だ」

 

 遠い目。本当に遠い目だった。何も見ずに、まるでそこに無限の空間が広がっているのを見ているかのような目で天井を見つめていた。

 こなたはそれを見て言葉を続けるのは一旦やめた。こういう時は話してはならないと、それなりに彼女との付き合いがあるこなたには分かっていたからだ。

 

 外にはしんしんと、また大粒の雪が降り注ぎ、ああ明日も寒くなるなとこなたは感じ、案じるかのようにお燐がにとりの太ももの上に飛び乗り、そこで丸くなった。

 

 

 

 

 酷い有様だった髪は乱れ、食事にはまったく手を付けず、一日やることと言えば寝て後悔して、怯えて、泣いて、そんな状態だった。

 

 わずか二日で時間の感覚が崩壊しかけていた。もう、何十日も何年も経過したような、そんな気がしてやまとは泥沼のような意識で毎日を過ごしていた。

 

 布団にくるまり、ただ怯えている、そんな毎日だった。

 

 全てが怖くて、責められるのが怖くて、何もかもが怖くて、動けなかった。今にも、自分を責めるために誰かが怒鳴り込んでくるのではないかと、恐怖でしょうがなかった。

 

 食事を持ってくるにとりにさえも恐怖を抱いた。持ってくる食事には毒があって、そして自分は殺されてしまうのではないかとありもしない事を考えていた。

 

 何であんなミスを。自分は人殺しだ。人殺しだ。人殺しだ。

 

 ずっと頭の中を、何で気付かなかった、一回着陸してくれればまだ助かった、人殺しになってしまった、自分じゃない誰かのミスになって欲しいと、身勝手な考えが浮かんでは消えて浮かんでは消えての繰り返し。

 

 やまとは、ただただそれに、怯え続け、圧し掛かる恐怖を少しでも和らげようと、布団を握り締め、できるだけ隙間が開かないように震えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 


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