ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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mission5 -キニゴス-

 久々の二機編成で飛ぶ空は安心できる物だった。実戦を立て続けに経験し、単機で複数機を相手にする苦痛を知ったサイファーにとって、僚機が居ると言う安心要素は想像以上であった。

 

 ただ、気に食わないのは天候。11月のB7Rは大絶賛豪雪という有様だった。視界ほぼゼロ。分厚い雲の中を、サイファーのF-22とスザクのSu-47は飛行している。

 

 視界が悪いなら雲の上を飛べばいいじゃないか、と言われたらそれまでだが、もしも奇襲をかけるなら雲の中を突っ切るのが一番なので、見える見込みは無いがこの中を飛べとの上からの命令だった。無茶苦茶である。

 

 しかし、その無茶苦茶をしても大丈夫な安心材料が居る訳で、雲海の上には新たにヴァレーに導入されたE-767早期警戒機が情報収集していた。今回の哨戒任務はあくまでE-767による情報収集がメインで、サイファーとスザクは、有事あらば雲から飛び出していつでも交戦できるように待機する、という方が正しかった。

 

 なぜここまで警戒するのかと言えば、先ほどウスティオ軍の警戒レーダーに未確認機の反応があり、その進路予測ではヴァレーに向かっているとのことだった。

 

 これだと半分戦闘開始しているじゃないか、とサイファーは思う。それに関してはスザクも同意見で、ここのところ増えた溜め息がまた増えそうで憂鬱だった。たまらず、サイファーが愚痴をこぼした

 

「かー、まったくこう雲ばっかりだと方向感覚や姿勢感覚が狂いそうだ」

「計器があるから問題ないだろ」

「いやいや、機械でどうこうって問題じゃなくて感覚が大事なんだよ」

「俺には分からん」

 

 スザクは隣でうーうー言ってる相棒を無視して真っ白な外の世界を見つめる。何も無い物を見ると色々な事を忘れられそうな気分になれたから、どちらかというと曇の中を飛ぶの好きだった。

 

 実際、任務中に何も考えないのはかなり危険なのだが。

 

「二人とも、間もなく交代時間なので任務終了です。ヴァレー空軍基地に帰還してください」

 

 乗機をE-767にしたラッキースターからの帰還命令。サイファーはようやくこの雲から抜けだせると歓喜し、スザクも帰れるかと安堵した。

 

「了解ラッキースター。進路変更、ヴァレーに帰還する」

 

 サイファーの青い翼が上昇し、スザクもそれに続いて機首を上げた。

 

 分厚い雲がしばらく続いて、しかし次第に明るくなって来て、真っ白になったと思った瞬間に青い空が広がり、眼前にラッキースターのE-767が飛行機雲を引きながら飛行していた。

 

「またこうしてみると壮観だな」

「そうだな」

「でも昔のヴァレーにもE-767は居たらしいぞ。戦争が終わった後、ディレクタスの基地や他の国境近くの基地に持って行かれたからE-2しか居なかったみたいだが」

「ってことはこっち側の方がやばいと言う事か」

「んー、そう言う受け取り方になるな。ま、任務があれば報酬もらえるわけだし、俺たち傭兵には仕事は大事な収入だしな」

「そうは言っても同じ任務ばかりだとだるくなるだろ」

「俺は飛べるだけで最高だぜ」

「これが戦闘機に命かけてる奴と、業務的に乗ってる奴の違いか」

 

 今日はやたら毒舌だとサイファーは思った。おそらく人間に必ず訪れる、やたらとイライラする日なのであろう。サイファーだってそんな日もあるのだから何ら不思議ではない。ただ、こういう時は下手に声をかけないのが一番だった。

 

「二人とも、まだ任務中ですから私語は慎んでください」

「へいへい」

「ああ、すまん」

 

 だが、さすがはヴァレー空軍基地みんなの妹、小早川ゆたか。スザクの彼女への返事は、少々癒されたような声色だった。いや実際癒されているだろう。事実サイファーだって癒しにしていた。

 

 ピンクの星のマークが描かれたE-767が、ゆっくりとバンクを取ってヴァレー方面へと向かい、サイファー達もその翼に続いた。

 

 

*

 

 

「ほーこれはこれは」

 

 ハンガーインしたF-22の隣で、にとりはオーシアの新聞を広げて声を漏らした。それを聞き逃さなかったサイファーは、少し気になってにとりに近づいてみた。

 

「なんだなんだ?」

「おお、お疲れさん。オーシアのニュースでさ、サンド島の四機がシムファクシ級二番艦、リムファクシを轟沈したんだってさ」

「シンファクシ級ってユークの超大型潜水艦か? 確か空母機能もある奴」

「その通り。新型の散弾ミサイルと防御の固い対空兵器が大量だって話だったけど、いやいやまさかここまでやるとはね」

「おっかないな。潜る最前線基地なのによく沈められたな」

「シムファクシの時はアークバードのレーザー攻撃支援があったけど、今回は戦闘機のみだからね。これは腕上げてるね」

 

 いやはやおもしろい、とにとりは記事に夢中になる。サイファーもその後ろで記事の最初から読んでみた。なるほど、勝利に沸き立つオーシアの状況が目に浮かぶ。

 

 が、文面の半分まで読んで、シンファクシ級の説明が始まる、という所でゆたかから呼び出された。

 

「サイファーさん、ちょっといいですか?」

「んあ? どうしたんだ?」

「さっき二人のガンカメラの映像を解析していたんですけど気になる物が写ってて」

「気になる物?」

 

 気になる物、という単語に、にとりの眉毛が三ミリほど動いて新聞から顔を上げた。

 

「はい。取りあえず確認のために来てください」

 

 そう促されて、サイファーは早く来るように促され、おもしろそうだとにとりもそれについていく。二人はそのまま基地の映像解析室へと連れて来られ、中に入ると既にスザクとやまとが腕を組んで待っていた。

 

「遅いぞ」

「ああ、すまん。で、気になる物って?」

 

 ゆたかの方を向きながらサイファーは腰に手を当てる。ゆたかは返事をすると、解析モニターの前に座っていた隊員に一声かけてスクリーンを降ろした。

 

「スザクさんのガンカメラの映像です。B7Rに進入後の1時間18分後、画面左端を見てください」

 

 ゆたかがどこからともなくレーザーポインタを取り出して円を描き、そこにサイファー達が顔を近づける。まず普通に再生される。相変わらず画面は雲で真っ白に染まり、時折B7Rの険しい山岳地が見えた。

 

 十数秒ほどそれが再生されて、ゆたかが止めるように指示して映像が一時停止された。

 

「ストップ。見えましたか?」

「なるほど分からん」

 

 数秒間のカットを見せられたが、まったく分からなかった。スザクも同感らしく、軽く唸っていた。やまとでさえよく分からなさそうな顔をしていた。

 

「まぁ普通じゃ分からないと思いますから、次にコマ送りの映像を見てください」

 

 ガシャン、とフィルムが変わる音がして再び再生。カクカクと画面が動き、またちらりと山岳地帯が見えた所だった。

 

「止めてください」

 

 ゆたかの指示で映像が一時停止され、再びレーザーポインタでゆたかはある場所に円を描いた。

 

「ここ、拡大してください」

 

 次に画面が拡大される。そして、四倍ズームをされた所でサイファーが「あ」と声を出し、スザクの眉が数ミリ動いて、やまとは無表情になった。

 

 そこには、小さいながら飛行物体が映っていた。再びコマ送り再生がされて、それに合わせてその映った飛行物体はすぐに画面左へと消えて行き、見えなくなる。

 

「おそらく映ったのは1秒あるか無いかです」

「いやいや、それじゃあコマ送りしないと最初から分からないじゃないか」

 

 サイファーが困った顔でそう言うが、ゆたかは不思議そうな顔になって、

 

「私からすればここだけカットすれば十分気付く事は出来ると思ったのですが……」

 

 と素で言われ、サイファーはこの子何者と心底思った。

 

「ゆたか、こいつの正体は分かるか?」

「この距離だと詳細な解析は無理ですね。分かるのはAWACSのレーダーにも反応なし、二人の機体のレーダーにも反応なしという事です」

「それだとただの鳥って可能性は無いのか?」

「多分それは無いです。あの辺りは気流が乱れて鳥が飛べるような状況じゃありませんし、この映って画面外に出るまでの早さからして航空機です」

 

 その言葉を聞いて、ずっと黙っていたやまとが小さく呟いた。

 

「ステルス機ね」

「はい、間違いなくそれです」

「おいおい、それならやばくないか? 見えないなら簡単に襲撃されるぞ」

 

 防空体制を強化すべきではというサイファーの意見に、スザクが否定する。

 

「だったらとっくに襲撃されてるだろ。ていうか単機でこの基地を襲撃した所で何になる。爆弾ばらまいても壊滅なんて出来やしないだろ」

 

 その次にやまとの見解が続く。

 

「それに、ステルス攻撃機の搭載量だって限られるわ。AWACSのレーダにも映らないとするなら、おそらくこの機体はF-22と同等の性能を持った機体。思い当たるとすれば、あなた達の機体と、ベルカのYF-23、ベルクート試作機S-32、F-35、MIG-1.44、と言った所かしら」

 

 今現在、試験的に実戦導入されたステルス戦闘機の数は思っている以上に多い。ベルカ戦争時だって、開発中だったSu-47を無理やり飛ばしたのだから、開発中の新型機を前倒しして実戦投入なんてやろうと思えば裏ルートからいくらでもできるし、ありうる話だった。

 

 だが、にとりが修正を加えた。

 

「でもF-35の可能性はちょっと低いと思うな。あれ実際のスペックが当初の予定値より低いし、どちらかと言うとF-35は集団で編隊を組んで、情報共有で敵を追い詰めるタイプだから単機使用の可能性は低いと思うな」

 

 こうしてみると、可能性や憶測はいくらでも上がってくる。あげれば上げる程キリが無かった。一体何の機体を使ったのか、単機で何をしていたのか、何の目的で円卓を飛行していたのだろうか。

 

 ただ、一つだけ分かる事。それは、どうやら友軍では無いと言う事だった。

 

「友軍ならIFFあるし、壊れてるなら緊急回線で呼び掛けるし、それが壊れていても雲の上に出てAWACSを見つけられたはずだ。こいつは多分黒だな」

 

スザクが冷たい目でモニターに小さく映し出された点を見つめる。翼の形がかろうじて認識できる程度の大きさ。アナライズしても確認は無理だろう。

 

「ただ、目的が分からない以上こちらもどう対応したらいいのか分かりません。あり得る可能性を模索して対策を立てます。取りあえず、上層部に報告して警戒レベルの強化を考えます」

「あんれぇー、それってもしかして夜勤増えるパターン?」

「当たり前ですよ」

「うげぇ、俺睡眠第一な男なんだが……」

「サイファー、お前どうせ寝る前の三時間はパソコンと向き合ってるだろうが」

 

 

*

 

 

 時刻は午前一時を過ぎ。基地の宿舎内は夜勤の者以外は眠りについて、夜の静けさが漂っていた。

 

 誰も居ない男性宿舎の廊下、指令室へと続く廊下を歩き、小早川ゆたかは大きく欠伸をした。結局ヴァレーの警戒強化の話し合いに五時間近くかけたせいで、食事もしていないしシャワーも浴びてないと言う女の子としては非常に頂けない状況だった。おまけにこっちの宿舎は暖房が無いから寒いことこの上なかった。

 

「うぅ~……」

 

 思わず体をさすりながら、ゆたかは足早に廊下を歩く。ともかく早くお風呂に入って、冷蔵庫の中にある残しておいたプリンを食べて寝たかった。

 

 男性宿舎を抜け出して、ようやく女性宿舎にたどり着くとすぐさま自室に入り、着替えと入浴セット一式を持ち出して共有浴場へと向かう。浴場の位置は、男性宿舎と女性宿舎のちょうど中間に位置して、基地に所属する人物たちの身体的な癒しを求め、数キロ先で見つかった温泉が引かれていた。

 ある意味これがヴァレー基地の最も大きな娯楽、とも言えた。売店はあるし、卓球台やマッサージチェアはあるし、スロットだってある。娯楽商店街が無くなったヴァレーにとって、この浴場が兵士たちの娯楽の最終防衛ラインだと唱える者も少なくない。

 

 女湯に入り、さっさと服を脱ぐ。堅苦しい上官の相手はまだしばらく慣れそうになく、長時間の会議もすればプレッシャーが募りに募って汗がびっしょりと溜まってしまっていた。

 

 手早くシャツを脱いで、髪の毛を結んでいたゴムを外して髪の毛を降ろす。やがて下着に手をかけ、いつまでたっても成長しない胸元を見て溜め息を吐くと、下着をロッカーの中に入れて浴場に入る。

 

 シャワーで全身の汗を洗い流し、次いでシャンプー、リンス、ボディソープの順番で身に染み付いた汚れを洗い流して、大浴場へと浸かった。

 

「はぁ~……」

 

 湯船の一番奥に背をかけてようやく一息つけたとゆたかは盛大にため息を出した。凝りに凝った肩を癒すために、思い切り腕を伸ばして体の筋肉をほぐす。まだギリギリ成人していないゆたかはまだ酒なんて飲めず、事実上このお風呂が唯一の癒しであった。

 

 と、湯気の向こうに人の気配がした。ゆたかはそれに気付き、そっと近づいてみる。湯気がのせいで人影こそ見えたものの、後ろ姿で誰かは判別がつかなかった。

 

 栗色の艶やかな髪の毛、ゆたかよりも圧倒的に長いその髪の毛は束ねられ、可愛らしいお団子になっていた。その中にたくましく、しなやかなラインを持った背中が見えた。

 

「……もしかして、永森さん、ですか?」

 

 声に気付いた彼女がゆっくり振り返ると、髪型が違ってかなり印象が違ったが、そこには間違いなく永森やまとの姿があった。

 

「小早川伍長……お疲れ様です」

 

 帰って来た返事は意外にも温かみがあった。いつもの彼女なら、少し近寄りがたいような声色なのだが、今回は女湯という環境のためか、話しかけやすい雰囲気だった。

 

「あはは、いいですよ伍長なんて。お風呂だと階級章なんて関係ないですし、第一ヴァレーは傭兵ばかりですからあまり階級なんて気にしませんよ」

「……そうですね」

「えっと……いま仕事終わりですか?」

「ええ。Su-47のバーナー部分が焼けていたからさっきまで交換作業です」

「大変ですね」

「まったくです。もうちょっと丁寧な使い方してほしい物です」

 

 やまとが少し愚痴っぽくそう言って、ゆたかはすぐに事の原因を思い出した。

 

「スザクさんの事ですか?」

「ええ。腕はいいけど、扱いが治らないんですよ。基本を超えた応用を遠慮なく使ってますから、機体が悲鳴を上げています。例えるならゲームでオリジナルの派手コンボ技を作る様な物ですよ」

「ああ、こなたお姉ちゃんと似てる気がしますね」

「ただゲームならいいんです。これは現実の戦闘機なんですから必ず限界が来ます。それを直せと言ってるのに直さないのよ、あの人……あ」

 

 と、やまとは最後の方に自分の発言が年上に対して失礼だと気付き、すぐに訂正する。

 

「ごめんなさい、今のはちょっと不適切でした」

「いえいえ、気にしないでください。同じ女同士いいじゃないですか」

 

 そう言うゆたかの顔を見て、やまとは少し意外そうな顔をする。ゆたかは「それでいいじゃないか」と言うような瞳でやまとを見つめ、それから少し考えてからゆたかの言葉に甘える事にした。

 

「……そうね。そうするわ」

「あはは、ちょっとおかしいですね。立場が逆というかなんというか」

「見た目としては合ってるんじゃないかしら?」

 

 えへへと少し自虐的な笑みを浮かべるゆたかを見て、やまとは思わず口元がほころんだ。

 

「……やまとさんが笑った所、初めて見ました」

「えっ……いえそんな事」

「クスクス、照れてるんですか?」

「て、照れてないわよ!」

「むきになるとますます墓穴掘りますよー」

「なっ……!」

 

 ゆたかの指摘で思わず口ごもる。確かにその通りだ。これ以上感情を出したら冷静さを失う。そしてまた思いがけない墓穴を掘る悪循環を起こしかねないから引き下がる事にした。

 

「……見かけによらないわね、あなた」

「見た目で判断してもらっては困りますよ」

 

 見た目で舐められるなら、中身で圧倒しろとにとり教えられたと付け加えて、やまとは彼女の純粋な瞳と思考の奥にある何かを見た気がした。が、それを言葉に表せる事は出来なかった。だが、その何かを超える事は今の自分には出来ないだろう。不意にそう思った。

 

「思ったんですけど、永森さんってよくスザクさんのいい所を見つけてますよね」

「えっ……」

「だってほら、無茶な機動してるって言ってましたけど、実際スザクさんの機動は基地上空では見られませんよ。よく気付きますね」

「そ、それは機体のすり減りとか燃料の消費とか見れば分かるわよ」

「でも、スザクさんの長所を言わないならそんな風に口に出したりしないんじゃないですか? 或いは、やまとさんの場合褒め言葉が素直に出す事が出来なくて、注意ないし愚痴として変換されている、または単に照れくさくなっている、とか」

「そ……そんなことないわよ……第一なんで私があんな下手くそに対してそんな事……」

 

 否定の意を見せるやまとに対し、ゆたかは右手の人差し指だけをぴんと立てて推理する。

 

「一種の信頼じゃないですか? 最初こそお互いの印象は悪かったかもしれませんけど、なんだかんだでスザクさんは改善しようとしてるし、やまとさんの整備にも信頼を置いてるのは本当です。パイロットが信じてくれるなら、整備士も自信を持って整備ができるようになって、信頼できるようになる。そうじゃないですか?」

「…………」

 

 やまとは言葉を返せなかった。今一度、あの下手くそなベルクートのパイロットの事を否定しようと思ったが、完全否定する事が出来なかった。

 

 確かに不満はある。しかしそれをスザクが何とか改善してきたのも事実。不完全とはいえ、変える努力をあのパイロットはやって来たのだ。これを否定するのは人間性が疑われるであろう。やまとだって十代の少女とはいえ大人の狭間に居るのだから、尊敬という志は持っているし、事実にとりに対しては上司という尊敬を持っていた。

 

「その通りだよゆーちゃん。君はいい目をお持ちだね」

 

 と、第三者の声がして、二人は声がした方に首を曲げると、湯気の中から今まさに仕事を終えたと言わんばかりの達成感に満ちた顔の河城にとりが湯船に入る所だった。

 

「あ、にとりさんお疲れ様です」

「お疲れ様です」

「おうおう、お疲れお二人さん。夜遅くまでごくろうさま」

「にとりさんはこんな時間まで何をしてたんですか?」

「ああ、サイファーのF-22のステルスコーティング塗料の塗り直しと、新型スタビライザーの調整をね。まったく、新しく来たスタビライザー、いい代物なんだけど電気系統が複雑でね。コストパフォーマンスが3%も上がって維持費が嵩むんだよ」

 

 参った参ったと、にとりは頭の上にタオルを乗せて、どういうわけか持ち込んだ缶ビールの蓋を開けて一杯飲んだ。

 

「あー、染みる! 仕事の後はこれに限る!」

 

 仕事終わりの喉越しに、にとりはたまらず缶ビールを持った腕を大きく振り上げ、全身でこの快感を表現する。その動きに合わせて、胸元の二つの丸みが迫力の動きを見せた。ゆたかは思わず自分の胸元に手を当て、その絶壁に近い発育にまた憂鬱になった。

 

「おやおやー、ゆーちゃん憂鬱そうだね。さてはこれか! これが気になっているのか」

 

 それに気がついたにとりがほれほれと胸を揺らして、ゆたかはあわあわと赤面するがその羨ましい大きさに思わず目が行ってしまい、矛盾の中でどうしようかと思考がぐるぐると回転していた。

 

「ほーれほれほれ、まだまだ成長するさ! 希望は捨てない捨てない!」

 

 ぽよんぽよんとゆたかの顔面に男子が見たら羨ましがるであろうその丸みをぶつける。ゆたかは思わず息苦しくなるような気がした。と、

 

「おお? ふーむ、なるほどなるほど」

 

 にとりが視線をやまとに、正確にはその胸元に送った。やまとは嫌な予感がした。旗が立った、と。

 

「な、なんですか……」

「やまとちゃん、なかなか立派な物をお持ちだね……」

「え、ええ?」

「ほうほう、そのサイズだとC位かな? ふっふっふ、ちょっとこっちにいらっしゃいな」

「ちょ、ちょっと、主任……おっさんみたいですよ……」

「んんー? 何で逃げるのかなー?」

 

 わきわきと両手を動かし、その目はまさに女の魅力に被りつこうとする獣の如く、にとりは一歩、また一歩とやまとに近付く。

 やまとは間違いなくこの先自分の身に起こる事を予測した。予測可能。だが、回避不能。そう感じた瞬間にはにとりが超スピードでやまとに接近し、その腕を思い切り伸ばした。

 

「い、いやぁぁぁぁーーーーーーっっ!!」

 

 

*

 

 

 ヴァレー空軍基地の大浴場は、掃除にでもならない限り湯気が晴れない。ほとんどが白い水蒸気で覆われて上を見上げれば照明以外何も見えなかった。

 

 だから、実はこの大浴場の女湯と男湯の仕切りの天井部分が空いていると言う事を知る物は居なかった。

 いや、正確にはごく一部の男子職員がこれを知って、聞こえる女子たちの声を求めて掃除をされて湯気が晴れた時に筒抜けの天井を女性陣に発見されるのを回避するために、自ら掃除当番を志願したりと、徹底した働きを見せていた。

 

 そしてその首謀者である男、サイファーは一人大浴場の湯船につかり、隣の女子たちの嬌声に耳を傾けて満足げにうなずいていた。ああ、天国。乙女たちの楽園。しかもあのツンツン整備士の意外な一面も見れたのだから尚お得。覗きに行きたいのは山々だが、よじ登ったところで湯気に阻まれて見えないため声で脳内変換するにとどまっていた。

 

「ひ、ひゃあ! 主任どこ触ってるんですか!」

「おお、これはなかなかいい柔らかさ……そしてちょうどいい大きさ!」

「まっ、まって……くださ……」

「あれあれ~? 息遣い荒いよ~?」

「そ、それは主任のせいっ……!!」

「うーん、いい感度だね。いじめたくなるなぁ!」

「冗談はやめてください!!」

 

 結論。幻想郷はここにあった。サイファーはついに我慢が出来なくなって、見えないとは承知で必殺吸盤手袋を装着すると壁をよじ登り、男子浴場の向こう側にあるアウターヘヴンを目指してついにその壁の登頂に成功した直後。

 

「はーい、釣られたクマー」

 

 目の前に、ボイスレコーダーを片手にもったにとりの黒い笑顔が見えた。

 

「いつから生ボイスだと錯覚していた?」

「…………オ・ノーレ」

 

 その声を合図に、にとりのボイスレコーダーを持つ手がスパナに変わって振り上げられたその直後。ヴァレー空軍基地、大浴場の極楽天国は、サイファーの湯船に落下する音と共に儚く崩れ去った。

 

 

*

 

 

 夜の空は真っ暗ではない。星空が広がり、月が出ていれば意外とあたりの視界は見えていたりする。雲の上なら光が反射してもう少し見えやすくなる。

 だが、分厚い雲の下となると、恐ろしく暗く、方向感覚や姿勢の感覚が狂ってしまう。並みのパイロットでは計器を見なければ間違いなく山や地面と衝突してしまうだろう。

 

 だが、この男は違った。雲の下を飛び、視界も悪い状態だと言うのに、計器を照らすライトを一つも点けず、しかし自分が今どの状態で、どのくらいの速度で、どこを飛んでいるのかはっきり理解していた。そう、まるで機体そのものが自分の体の様に、神経までもが繋がっているようなそんな感覚を持つ化け物だった。

 

 その男は、眼下の山岳地帯にぽっかりと浮いているかのように現れた光の群衆、ヴァレー空軍基地の滑走路灯を見つけてにやりと悪意を持った笑みを浮かべた。

 

「…………さて、始めようか」

 

 

 

 

 整備予定の機体を収納し、ようやく今日の仕事が終わったとヴァレー正規軍整備士は大きく伸びをした。明日は休暇、酒でも飲んでゆっくり過ごそうかと思う。

と、宿舎に戻ろうと歩きだして、その次に何かスチームが噴き出すような音が聞こえて、直後に目の前が明るくなって、体が熱いと思った時。

 

 彼の体は炎に消えた。

 

 

 

 

 爆音と衝撃が山並みを突きぬけて響き渡った。地面が大きく揺れ、格納庫の一つが真中から膨張するかのように爆発し、いくつかの人物は爆風で吹き飛ばされて、一部周辺格納庫の窓ガラスが吹き飛ばされた。

 それに続いてもう一度、今度は燃料タンクの一つが派手な爆発を上げて隣のタンクを巻き込んで二つの火球を作り、その衝撃はヴァレー全体を揺らした。

 

 衝撃は例外なくヴァレーの大浴場にまで響き渡り、にとりは何が起きたのかと混乱し、しかし二秒でその混乱を吹き飛ばして未だに何事かと動けなくなっていたゆたか、やまとへと指示を飛ばした。

 

「ゆーちゃん、疲れてるとこ申し訳ないけど管制塔に行って情報収集、必要なら迎撃機に管制指示、やまとちゃんは出撃可能機体の出撃準備、着替えてからでいいから!」

 

 にとりはそのまま脱衣所まで走り抜け、自分の着替えのタンクトップとスパッツだけを身にまとって外へと飛び出し、そこで一歩早く浴場から飛び出していたサイファーと合流した。

 

「にとり、何が起きてんだ!?」

「私にも分からない! けど、ほぼ間違いなく爆撃だと思う!」

「何で分かる!?」

「ただの爆発なら、二回も連続で爆発なんて出来過ぎてる!」

「だよな! これ使え!」

 

 サイファーからフライトジャケットを投げられ、にとりは躊躇なくそれを着ると格納庫に向かって走りだす。

 

「ラプターは出せるか!?」

「まだ無理! 右エンジンの最終チェックが終わって無い!」

「時間は!?」

「十分で終わらせて見せる! もう片方のエンジンは火を入れておくからスタンバって!」

 

 一気に宿舎を駆け抜けて格納庫に掛け込み、サイファーは転がっていたフライトスーツを引っ張り上げてそれに着替え、にとりは愛用のスパナを手に持つと、エンジンのメンテナンスカバーに手を突っ込んで最終チェックを始めた。

 

 その間にサイファーはヘルメットを被り、コックピットに飛び乗るとハーネスを装着させて左エンジンのスイッチを押しこんだ。

 

「左エンジン回せー!」

 

 サイファーが叫び、傍に居た整備兵がコンプレッサーを起動させる。

 

「コンプレッサー始動、エンジンスタート!」

「エンジンスタート、イグニッション!」

 

 爆発音に似た轟音が響き、左エンジンに火が灯る。メーターの回転数が上がり、格納庫にエンジン音が響く。その中を、整備兵たちが大慌てで走り回っていた

 

「エコー隊、緊急発進します!」

 

 スピーカーのアナウンスと同時に、目の前の滑走路をF-16C四機で編成されたエコー中隊が緊急発進して行く。やはり敵の襲撃かとサイファーは認識した。

 

「こちらスザク、タキシング開始する」

「ぬお、早いなお前。こっちはまだ出れそうにない。上は抑えておいてくれよ」

「ああ、任せとけ。お前もさっさと上がって来い」

 

 その声が終わるとほぼ同じくして、格納庫の前をスザクのSu-47がタキシングして行き、兵装して対空車両数台が走りぬけて行った。

 

「にとり、後何分だ!」

「二分!」

 

 切羽詰まった状態なのに、にとりはボルトどころかネジ一本の欠陥も許さない目で睨み続け、少しでも異常があるなら徹底的に修復する。

 

 その時、すぐ近くでまた爆発が起こった。距離からして基地北側の誘導路付近からだ。何でここまで敵の侵入を許した? まさか、昼間のあいつが本当にやって来たと言うのか?

 

 チェックリストをこなしながらサイファーは憶測を立てるが、状況がはっきりしなさ過ぎてなんとも言えなかった。

 

 その間にも、怒号と悲鳴に似た叫びが飛び交い、それが一自分の発する物に変わるのかとサイファーは緊張する。次の瞬間にはこの格納庫が吹き飛ぶかもしれないのだ。全身を嫌な汗が流れた。

 

「終わった! エンジン始動させるよ!」

 

 にとりがコンプレッサーでエンジンを起動させ、右エンジンがついに稼働し、エンジンの雄叫びが響き渡った。

 

「出るぞ! 右の回転数はタキシングしながら調整するから下がってくれ!」

「了解、無理しないで!」

 

 キャノピーを下ろして、サムズアップするとスロットルを押し込んで格納庫から飛び出す。すぐさま滑走路の先端まで向かい、ちょうどその時にスザクのベルクートがアフターバーナー全開で急上昇していった。

 

「はやく回れ回れ、じゃないと火だるまだぞ!」

 

 焦るサイファーの思考とは裏腹に、ラプターの右エンジン回転数はゆっくりとしか上がらず、安定域までもう少し時間が掛かりそうだった。くそったれ、なんでこんな時に。

 

 首を巡らせてみれば、基地の複数のハンガーが炎を上げて、消防車が走り回っていた。だが、数が圧倒的に足りない。仕方なく燃料タンクへの被害を防止するために、ほぼ全ての車両がタンクへと回されて滑走路を横切る。

 それにぶつからないようにとサイファーは時折機体を揺らしてタキシングし、やっとの思いで滑走路上まで到着した。正直まだエンジンの回転数が心もとないが、時間が無いのだから構ってられない。右の出力を絞り、左の最大出力で離陸することを決定した。

 

「こちらサイファー、離陸準備完了!」

「コントロールです、サイファー離陸を許可、気をつけて!」

「了解!」

 

 スロットルを押し込んで急加速する。左のエンジンの出力で離陸するため、機体がずれるのを立て直しながらピッチアップ、そのままエアボーンして離陸。車輪を格納すると一気に加速をかける。

 

「管制塔、状況は!?」

 

 無事に離陸し、周囲を見回しながらサイファーは叫ぶ。

 

「敵機の確認できてません! レーダー反応なし、敵はステルス機です!」

「くっそ、あの映像の機体か!?」

 

 首を左右へ曲げるが、夜の闇で何も見えない。あるのは分厚い曇り空だけだった。

 

「こちらスザク、敵機確認不能。襲撃が止んだみたいだ」

 

 まるで、迎撃機が上がって来るのを待っていたかのように爆撃が止んだ。一体何機が入り込み、一体どんな機体が空爆したのかも分からないまま爆撃が終了した。

 

(おちょくってるつもりか……?)

 

 サイファーは警戒を怠らず、ヴァレー基地上空を旋回しながらいつでも動けるように飛ぶ。スザクも同じように全身をピリピリさせながら山の斜面を這うようにして飛ぶ。

 

 戦いに慣れてない人物がこの状況を見れば、爆撃が終わったと思うだろう。だが、ヴァレーの男たちは全盛期ほどではないにしろ、実戦を経験したパイロットたちである。皆が皆、自分の周囲にこれでもかと神経というレーダーを張り巡らせていた。

 

「各機、警戒を怠らないでください。もしかしたらまだ近くに敵がいるかもしれません。決して油断しないでください! 敵はステルス機の可能性が高いです!」

 

 疲れているというのに、すぐさま管制塔へと飛び込んだであろうゆたかの声は、緊張と冷静さを併せ持つ理想的な声色で、空に居るパイロットたちを冷静にさせてくれた。サイファーは鼻で深呼吸、スザクは口で大きく息を吸って操縦桿を握りしめた。

 

 緊張状態が続いた。必ず敵はこの雲の中に居る。そうでなければこんなにも殺気が放たれることは無い。まるで体がざわつくかのような、そんな感覚が体を舐めまわしていた。

 

「!!」

 

 もう一度息を吐こう。そう思ったまさにその瞬間だった。頭を貫くような殺気が、叩きつけられ、容赦ない殺意が真上から来るのをスザクは感じ、とっさにスロットルを押し込んで急加速と同時に急上昇。山肌から一気に離れて距離を置く。

 ほぼ反射で後ろを見る。直後、真後ろを何か黒い影が横切るのを見た。間違いない、敵だ。

 

「こちらスザク、敵機発見! 俺がいる所めがけて照明弾を撃て!」

 

 その声が基地全体に届くとほぼ同じくして、夜間用の照明弾数発が打ち上げられ、辺り一帯を照らし出す。スザクは、ついに敵機の姿を捉えた。

 

「見えた、俺の五時方向に敵機確認!」

「レーザー照射、地対空ミサイル発射してください!」

 

 配置が完了した地対空ミサイル車両三台から、それぞれ合わせて四発のミサイルが撃ち出された。その先には、雲に紛れようとする敵機。まだ姿は認識できないが、そこに居るのは紛れもなく敵だった。

 

 ミサイルが群がり、食いつこうとするが、次の瞬間に複数のフレアが飛び出し、打ち上げられたミサイルがそれに惑わされて散って行った。

 

「スザク交戦、ミサイルシーカーオープン」

 

 冷静に目で敵機を追いかけ機体を反転させる。向こうもスザクの動きを察知し、急旋回で距離を離そうとするが、それを逃がすまいとベルクートのエンジンが咆哮を上げる。

 

 HUDにシーカーダイヤモンドが表示され、急旋回する敵機の背中にロックオンを仕掛ける。発射。ウェポンベイが解放されて、短距離ミサイルが二発が発射される。が、それをまるであざ笑うかのように敵はロール起動と微妙なラダー操作によってエンジンの排熱をランダムに動かし、ミサイルはそれに騙されて二つとも山肌に突き刺さった。

 そして、スザクが外したと思ったまさにその瞬間に敵の機体が立ち上がって一気に距離を詰め、そして後方へと消えて行った。

 

「コブラだと!?」

 

 思わず声を上げた。敵が何者か分からない以上、どんな動きをして来るか予測できない。だが、コブラ機動ができる戦闘機なんて限られている。そしてステルス、おそらくF-22並みの機体かその物と見た。

 

 だが、その考えを巡らせてる間にも、ロックオンアラートが鳴り響いた。ただならぬ殺気だった。戦闘の経験はあった。だが、これはやばい。こいつは本気で殺す気だ。いや、今までの敵だって殺す気だった。だがこいつは違う。殺す気では無い。本当に殺される。そう体が叫んでいた。

 

 顔中を嫌な汗が流れ落ちる。スザクはどうにかその殺気に呑まれまいとラダーペダルを蹴飛ばしながら右急旋回。眼下をヴァレー基地が流れ、スザクの後方の敵機に向けてAAGUNの放火が上がる。が、全てはずれ。まるで先を読んでるかのような動きで機体の角度を変えていた。

 

「あまり……舐めんなよ!」

 

 スザクも状況を奪回するために、エアブレーキを展開し、機首を跳ね上げて急減速。こちらもコブラで再び背後を奪う。そしてもう一度ロックオンしようとして、だが敵が友軍のエコー隊の編隊に突っ込んでスザクは危険を察知して急上昇した。

 

「くそっ、何て野郎だ!」

 

衝突警報ががなりたてていた。どうにかぶつからずに済んだが、おかげで敵機を見失ってしまう。

 

「タワー、敵を見失った! そっちはどうだ!?」

「ダメです、照明が機体に追いつけません!」

 

 心の中で舌打ちをして、その次にまたもロックオンアラートが鳴ってまた嫌な汗が流れ出た。息が荒い、いつもの冷静な思考が働かなかった。

 

(なんだこいつ、まるで手玉に取られている気分だ……)

 

 なんとか冷静さを保ち、ロックオンから逃れようと山肌に向けて機首を突っ込ませる。超低空で引きはがそうと、ヴァレーを取り囲む山肌へと機体を塗りつけるように接近させ、エンジンの排気で雪が舞い上がる。

 敵機もそれにピタリと追随し、スザクを追いかけ続ける。まるで隙が無い。スザクは時折翼が揺れて接触しそうになったりと危なっかしくなるのに対し、敵はまるでそこに道路があるかのように真っすぐ縫うように飛んでいた。元々ベルクートの安定性が悪いにしろ、これは決定的な腕の差だった。

 

(あいつ手慣れだ!)

 

 急上昇。振り切ろうとそのまま右急旋回。山の斜面が目の前に現れ、衝突警報がなるがひねり込を入れてそのままバレルロール、水平になった瞬間再び急上昇。ハーネスが体を締め上げて血液の流れが足元に集中する。ただでさえ暗いのにこんなところでブラックアウトしたら何もわからない。それは恐怖である。

 

 だが、スザクはブラックアウトする視界の、最後に捉えた地形を記憶し、視界が完全になくなっても自分がどこにいるか把握しきっていた。

 

 エアブレーキ展開から続けてピッチアップ。そのまま意回転してクルビッド。今度こそ完全にオーバーシュートに成功した。ロックオン、今度は高機動ミサイルへと兵装を変えて発射。レティクルの中心に敵機を捉え続け、発射されたミサイルは、鋭い機動でその背中を追いかける。レーダーロックオンだからフレアは利かない。チャフだって実際は気休め程度。行ける。

 

 そう確信したスザク。そうだ、機械の性能は間違いない。スペックは嘘を突かない。これは教えられたことだったし、何より間違っていない。だが、時として生物の中には、スペック、性能、機械の持つ全てを覆す、化け物がいると言う事をスザクはまだ知らなかった。

 

 消えた。何の前触れもなく、スザクが瞬きをした次の瞬間に敵機が消えたのだ。

 

「バカな!?」

 

 声を上げて驚いたのは久々だった。いやそんな事よりもまったく何が起きたのか分からなかった。確かに瞬きする前まで、レティクルの中心に居たのだ。なのに、消えた。

 

「スザク、下だ!」

 

 サイファーの怒号がスピーカー越しに響いてスザクは反射でバレルロールして距離を離した。後少しで接触寸前だった。何を考えているのか分からない。何が目的なのかもさっぱりだった。

 

「スザク、三秒後に左旋回だ!」

「了解!」

 

 小さく呟き、そして三秒後に左旋回。その直後にサイファーのフォックス2の声が上がり、敵機は回避運動のために右旋回。それを見たスザクはすかさずその背中に追撃を加えるべく右旋回。機銃の照準を表示させてその中心に捕えようと目を凝らし、発射。20ミリ機関砲が唸りを上げて閃光が飛ぶ。

 上手い事脅す事ができたのか、敵はバレルロールして弾を受け流し、ミサイルを回避した。サイファーのF-22がスザクの後ろに着いて同じく機銃を発射。飽和攻撃を仕掛ける。そこにエコー隊のミサイル攻撃が加わる。

 

 状況ではヴァレー側が有利のはずである。だが、敵は自分が不利であるのを楽しむかのように回避運動を続ける。その動きには余裕があり、危なくなればいつでもお前達を出し抜く事が出来るとでも言いたそうな動きだった。

 

「なんて奴だ、六機に追われて余裕の動きしてやがる!」

 

 サイファーは思わず叫んだ。スザクも同じ意見で、子供をからかい遊ぶかのようなその動きに苛立ちを隠せるかどうか微妙になって来た。

 

「エコー隊は上部と下部に分かれてミサイル援護、俺とスザクは後方からの機銃攻撃に専念する! 増援の可能性も否定できない、各機レーダーを確認しながら戦え!」

 

 サイファーが機体を振りながら機銃の弾丸を不規則にばらまく。そのやや上部、下部からミサイルの援護が飛ぶ。が、またも敵機が急に立ち上がり、またコブラかと誰もが思う。だが、機体はそのまま機首を真後ろに向けた。クルビットだ。

 

 やられる、誰もがそう思って操縦桿を各々の方向へ曲げた。だが、それが間違いだとヴァレーの男たちはすぐに気付かされた。

 すぐに接触警報が鳴り響き、上昇しようとしたサイファーの尾翼が上部に展開していたエコー隊の機首と接触し、バランスを崩してしまった。

 

 何とか両者は持ち直したが、その間に敵機を見失ってしまった。誰もが、相手の上手振りを思い知らされた。

 

「ふむ、この程度か」

 

 その時だった。無線から、まったく知らない男の名前が漏れた。スザクは、すぐにこの男があの機体のパイロットだと理解した。

 

「貴様、何者だ!」

「答える必要などない。ただ私は噂の真相を確かめに来ただけだ」

「噂の真相? お前ふざけてるのか!」

「ふざけてなどいない。ただ、不安要素は例えどんなに低い確率でも排除したい物でな」

「何だと!?」

 

 それがつまり、自分たちの事であるというのにスザクはすぐさま察した。腹が立つ。つまり自分たちはそこまで強くないと言いたいのか?

 

「目的は!? どこの所属だ!」

「答える義理など無い。お前達はただ黙って事の流れを見ていればいいのだ。そうすれば大して痛手は負わない」

「意味が分からないぞ!」

「答える必要は無いと言った。お遊びはここまでだ」

 

 そう言うと、敵機は急旋回してそのまま北西に向かって急速離脱に入った。

 

「おい、待て!」

 

 スザクが追いかけようとスロットルを押し込むが、すぐにそれをゆたかの張り上げた声によって制止させられた。

 

「スザク、だめです! 追跡は本部の追跡隊に任せます! 今は着陸して、基地の消火作業の手伝いをしてください、人手が足りないんです!」

「…………ちっ、了解だ。サイファー、降りるぞ」

「ああ。あまり熱くなるなよ」

「……熱くなってるつもりなどない」

 

 本当なら追いかけて鉛玉を当ててやりたいところだった。だが、それではいいようにされるし、罠もあるかもしれない。思っていた以上に自分が熱くなっていたことを痛感させられた。

スザクは敵が飛び去った方を見て、もどかしさが残る感情をどうにか振り払い、機首を降下させてヴァレーへのアプローチコースへと向かった。

 

 

 

 

 着陸してから、サイファーとスザクは基地の消化作業を徹夜で手伝った。燃料タンクをやられたのは大きな痛手となってしまい、消火にかなり時間が掛かった。おかげで敵の詳細が知りたくても知る事が出来ず、まったくとんだ焦らしだと思いながらようやく消火作業から解放された時には、もう空が明るくなっていた。

 

 また徹夜か。サイファーとスザクは空戦で感じたプレッシャーと消火作業の疲労ですぐにでも眠たかったが、敵の詳細が知りたいと言う気持ちの方が強く、終わってからすぐににとりの元へと向かった。

 

 そんな二人をいち早く見つけたにとりは、すぐさま駆け寄って着いて来るように言い、二人を解析室へと連れ込んだ。

 

「君たちの言いたい事は分かるよ、敵の正体、でしょ?」

「ああ。さすが察しがいいな」

「散々ヴァレーを引っ掻き回されたんだから知りたいのは皆一緒さ」

「安心して。もう解析は終わってるよ。分かった事もいろいろある。ゆーちゃん、映像お願い」

「はい」

 

 ゆたかがパソコンのマウスをクリックして、映写機の電源が入ってモニターが映し出される。映し出されたのは、地上で撮影されたであろう敵機の写真だった。ただ、夜の闇で機体の形ははっきりと確認は出来ない。わずかながらコックピットのキャノピーの反射が見える程度だった。

 

「このままだと機体は分かりませんが、昨晩アナライズした結果」

 

 エンターキーを押し、画面の明度が明るくなり、ノイズが消える。さらにもう一度スキャンし、そして四回目。ついに機体が完全にあらわになった。

 

「こいつは!」

 

 サイファー達は驚愕した。まさかこんな物があるなんて思っても居なかったからだ。

 敵機は確かにステルス機。その予測は正しかった。ただ、その機体はF-22でもなければSu-47でもなく、F-35でもない。

 

 今まさに開発中の最新鋭機、T-50PAK_FAその物だった。

 

「にとり、これは何かの間違いじゃないのか!? PAK_FAはつい一カ月前に初飛行した機体なんだぞ!」

「私もそう思ったさ。けど、実際にこうして実弾積んで基地は爆撃したんだ。これは変わらない事実さ」

「一体どこがこんな物を……」

「PAK_FAを開発しているのはベルカ。けど、つい最近この機体の設計データが流出した可能性があるってニュースでやってた。最新鋭機だから極秘扱いだったけど、一部軍関係者に知らされているんだよ」

「何でにとりが知ってんだ?」

「それ聞いたら戻れなくなるよ?」

「ならやめとく……」

 

 サイファーはにとりの情報源の謎よりも、襲撃した敵に着いて知る必要性があるとまた画面を見た。ラプターと似たそのフォルム、しかしラプターには無い流線型の丸みを帯びた機体は間違いなく西側の特徴だった。

 

「だが、流出があったにしても実戦導入には早過ぎる。ぶっつけ本番みたいなものだぞ」

 

 スザクが画面に映し出された敵を睨みながらそう言うが、にとりがすぐさまその意見を裏付ける証拠を述べた。

 

「データ流出が確認されたのは実戦初飛行の半年前。発覚時に約三カ月のテスト飛行停止。これが他国の軍上層部に発表された記録。けど」

「けど……?」

「盗まれたのはデータじゃない。完成間近の量産型二号機だよ」

 

 部屋に居た全員に戦慄が走った。

 

「おいおい……それって試作機丸ごと一機盗んだのか!?」

 

 サイファーは信じられなかった。当たり前だ。国が極秘で開発していた戦闘機を丸ごと一機盗むなんて前代未聞だ。そんな事が出来るはずがない。今までだって戦時による摂取はあった。だが盗難は無い。

 

「でも、こうして二号機は飛んでいた。二号機には一号機とは別の正式型エンジンの試作型、サトゥルーンYAL-41Fターボファンエンジンを搭載している。音、そしてあの加速力から見てほぼ間違いないね」

「ややこしいな。試作なのか正式なのか分からん」

「量産型の試作だよ。限りなく本番に近い練習と思ってもらえれば」

「ふむ」

 

 納得した。とスザクは自分の顎に手を置いて撫でる仕草をする。理解してくれたようで一安心し、にとりはまた口を開く。

 

「で、ある意味ここからが問題かもしれないんだよね」

 

 と、にとりがばつの悪い顔になって頭を軽く指で掻く。にとりがこの仕草をするのは本当に厄介な時だと、最近サイファーは気付いていたので察しがついた。

 

「問題? どういう事だ?」

「ほい、ゆーちゃん次お願い」

「はい」

 

 数回程キーボードをたたく音がして、つづいてマウスのクリック音、それに合わせて画面がズーム、アナライズ、明度アップがされて垂直尾翼に合わせられた。

 

 そこには、禍々しい形にデザインされたリボルバー型の拳銃を象ったエンブレムが描かれていた。サイファーは、そのマークに見覚えがあった。

 

「キニゴス……!」

 

 組んでいた腕を離し、思わず一歩前進してしまう。その反応に、スザク、ゆたかはどういう事か分からない顔になる。だが、にとりはやはり、と言いたそうな顔になった。

 

「サイファー、なんだそのキニゴスって言うのは」

「ベルカ戦争で猛威をふるったパイロットの一人だ。ロト、グリューン、インディゴ、ゲルプ、シュヴァルツェ、シュネー、ズィルバー、ゴルト、様々なベルカエース部隊が知られているが、その影のエースパイロットとしてキニゴスが居るんだ」

 

キニゴス。その特徴は複数の編隊を作らない事。部隊を組んでも戦闘は基本一人、僚機は自由戦闘。だが、それでも敵をたった一人で全機撃墜する凄腕だったが、ベルカ戦争終結後は行方不明となり、クーデター国境なき世界に居た形跡も無く、軍を退役したと噂されていた。

 

 だが、このエンブレムは間違いなかった。単機で来たとすれば納得のいく腕前だった。

 

「正解。しかもこいつはなかなかとんでもないことしてくれたよ」

「とんでもない事?」

「こいつ、武装してないんだ。ミサイル一発どころか機銃一発も。正確には空爆用の爆弾、空対地ミサイルはあったみたいだけど」

 

 その場の空気が凍りついた。武装無し? 丸腰? つまり丸腰でこの機体は迎撃に上がって来た戦闘機六機を手玉に取ったと言う事なのだろうか? そんなバカな事があり得るのか?

 

 いや、思い返してみれば確かに敵は一発も発砲していない。ミサイルロックはした。だが、ミサイルも機銃も何一つ撃って来なかった。なのに、殺気だけでパイロットたちを震え上がらせた。そのプレッシャーは間違いなく、本物だ。

 

「舐めた真似しやがって……」

 

 スザクが珍しく怒りを表にしていた。サイファーはあまり熱くならなければいいのだがと思い、ゆたかはすこし縮こまり、にとりは少しため息を出した。

 

「ともかく、キニゴスについての調査はこちらで極秘に行います。もしかしたらなにか……なにか大きな陰謀めいた物があるかもしれません」

 

 大げさかもしれない、とゆたかは思っていた。だが、ここまでの事態が起こるとなれば、無視できない。常に最悪の事態を想定して行動するのは間違ったことではないのだ。

 

「ふむ、取りあえずこの件については終了だよ。ただゆーちゃん、君はもう寝た方がいいよ。色々あったから辛いでしょ?」

「あ、はい……さすがにちょっときついかもしれません……」

「ん、おっけー。この件は私も調べておくよ。お疲れ様」

「はい、お疲れさまでした」

 

 パソコンの電源を切り、ゆたかは立ち上がって部屋の全員に会釈するとそのまま出て行き、取り残された三人もどうしようかと目を合わせ、サイファーの帰るか、の一言で解散した。

 

 

 

 

 格納庫に戻ったスザクは、整備されている愛機の姿を見上げた。何か暇になるとここに来る事が、いつの間にか習慣化していた。その度にあの整備士に何かしら言われるのは知っているのだが、最近はその方が勉強になると思えて来てしまった。なにか悔しい。

 

「……よう、機体はどうだ?」

「損傷は無いわ。着陸も完璧。むしろそれが不自然に思えるくらいよ」

 

 悪い物でも食べたのか、とやまとは毒づくが、もはやその聞こえですら日常と化してしまったため、どうもその一言が無いと少しむず痒い気がしてきた。まさかこんな趣味が自分に眠っていたかもしれないと思うと、スザクのため息はたっぷりこ濃くなった。

 

「健康状態は問題ない。精神面で少々あれかもだがな」

 

 ベルクートの傍に置いてあった、資材の箱の上に腰をおろしてまた軽くため息が出た。

 

「……ため息ばっかりだと、周りの迷惑になるわよ」

「こんな状況じゃため息しか出ん。子供には分からねーよ」

 

 そう言って横になったスザクを、やまとは冷たい目で見る。ガキ扱いするな、という顔だ。だが、スザクだってそんな時期があった。いつまでも子供扱いする大人たちに刃向おうとして、結局無駄骨で、そしてその大人たちと同じくらいの年になって自分がいかに子供だったか良く分かった。

 

 くだらない。現実に気がつけばすぐ分かる。自分がいかに愚かだったかなんて、嫌というほど分かった。正直スザクからしてみればサイファーも十分子供に見えている位だった。

 

「…………」

 

 相手にされないと言う事を察したやまとは、不満に満ちた顔でだが、そのまま向き直って機体の整備に戻った。まったくイラつく。なんたってこんな奴の機体を整備しているのだろうか。

 

―永森さんってよくスザクさんのいい所を見つけてますよね―

 

 不意に、ゆたかの言葉が浮かんで、動かそうとしていた手が止まる。そして、思わず後ろを振り向いてスザクを見てしまう。自分はなんたってあんなことを言われたのだろうか。よく分からない。

 

 胸の奥に何かが引っ掛かるのを感じた。もどかしくて、上手く口にできないそんな物があった。

 スザクは徹夜続きで眠りこけていた。さっきまで起きていたと言うのに、まったく早い睡眠だった。

 

 まぁ当然かもしれないとやまとは思う。あんな事が昨日の夜にあったのだ。しかも、昼間は哨戒飛行をしたばかり。おそらく彼らに休めた時間なんてほとんどないだろう。

 

 ふと、持っていたスパナを工具箱に置いて、仮眠用の毛布を手に取ると、それを眠っているスザクの上に乗せた。ぶっきらぼうな乗せ方だったが、本人にしては十分すぎるほど親切である。

 

 その際、スザクの寝顔をちらりと見た。何ら変哲もない普通の寝顔。して言うなら、少し寝苦しそうな顔だった。やまとはその顔を見てまた何とも言えない気持ちになり、これが何なのかを考えた後、分からないと結論付けて整備を再開した。

 


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