ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission4 -シークレット-

 ヴァレーに戻ったのは予定よりも二日遅れてだった。その二日の間はC-17のエンジン応急修理よりも、貫かれた主翼の、特にフラップ部分の一部に大きな損傷があったために、予備パーツの手配に時間が掛かっていた。

 

 にとりが二日間フル活動での徹夜をしてようやく間に合い、離陸する頃にはもう彼女は仮眠室で半ば半裸の様な服装で、周囲をまったく気にせずに爆睡していた。

 

 休むのはもちろん大事だが、見る方からは何とも目のやり場に困る。そう思いながら、サイファーはC-17の後ろ姿を見る。休むように話しかけようにも邪魔したら殺すと言わんばかりの彼女の眼は、サイファーの声帯を黙らせ、脳裏に焼き付けていた。

 

『こちらウインド1、間もなく領空外に出る。レーダーに反応、ウスティオ空軍のIFFだ』

「こちらサイファー、確認した。ここまでの護衛に大きく感謝する。本当に助かった」

『いや、こちらも自国の領空に勝手に入られて腹が立っていた。君の働きには敬意を表するよ』

 

 編隊の戦闘を離れたウインド1がサイファーのF-22の左ポジションに接近して、パイロットが敬礼し、サイファーもそれに答えた。

 

『では我々はここまでだ。機会があればまた会おう』

 

 そう言い残し、ウインド隊の一番機が機首を跳ね上げ、ループしてインメルマンターン。そのまま自国領空内へと機首を向け、僚機がそれに続いて行った。

 

 首を曲げて負えなくなる位置まで機体が見えなくなり、サイファーは再び前を向くと、今度は別の機影が見えた。ウスティオから来たスザクと、万が一の敵襲に備えて情報収集のために飛来したE-2Cホークアイだ。

 

『ようサイファー。随分と遅いご帰還じゃないか。どこで道草食ってたんだ?』

「うるせ。こちらとて色々あったんだよ」

『スザク、サイファー、私語は慎んでください。まだ警戒態勢ですよ』

「はいはい。相変わらずしっかりしてるねゆたかちゃん」

『作戦中です。当機のコールサインは“ラッキースター”です』

「それは失敬ラッキースター」

 

 やれやれ、本当にしっかりし過ぎて任務中はとっつきにくいなとサイファーは息を漏らした。それとほぼ同じく、スザクのSu-47が左に、コールサインラッキースターのE-2Cホークアイが右にポジションを取る。

これなら敵反応があればラッキースターが叫ぶし、支援能力も上だから有利に進められる。それに、スザクだっているし、なによりもうすぐウスティオ国内なのだからここまでくれば襲撃は考えにくかった。

 

 その考えのとおり、ウスティオ国内に入った後も何ら問題なくヴァレーへ向かう事が出来た。余裕が生まれたサイファーは警戒をスザクに任せて、一旦気を緩ませることにする。数時間も目を光らせれば疲れる。空戦は短期決戦が大半を占めるから、無理矢理集中すればそれが途切れるのも無理無かった。

 

 安心すると、今度は二日前の襲撃についての疑問が浮かぶ。にとりが話していた事が脳内をよぎり、サイファーの脳内に色々と予測が流れ込む。

 

 にとりのC-17の積荷は、極秘の新型兵器と新型戦闘機のパーツ。それが一体何なのかは分からない。だがあの襲撃してきたF-14は、間違いなくその積荷を破壊しようとしたのだと理解出来た。だから護衛機のサイファーを完全無視してまで執拗に輸送機を狙ったのだと納得がいった。

 

 にとりの言う、『奴ら』が一体何者なのかは分からない。いや、正確に言えばサイファーにも思い当たる節はあった。自分が傭兵になったのも半分このためである。だが、確証はどこにもなかった。

 

(まさか……『あの人』の言っていた事態が起ころうとしているのか? だがこんなにも早くに可能なのだろうか……まさか、オーシアとユークの戦争そのものに何かある?)

 

 考えれば考える程、分からなくなる。確定要素が少な過ぎる。今は、にとりの話した事を忘れていつもの日常に戻る、多分サイファーはそれしかできないだろうと思っていた。

 

 実際、そうなった。

 

 

 

 

 ヴァレーに足を着地させ、雪山のど真ん中に無理やり作られたヴァレー基地特有の匂いを吸い込んで、サイファーはようやく帰って来れたと安心して、思わず地面に座り込んでしまった。

 

 愛機のF-22も、心なしかくたびれたような感じがして、設計上地面に向けて反っている主翼のしなりが疲労を表しているかのように見えた。

 

「お疲れさん」

 

 ぺしぺしと、ノーズギアの柱を叩いて、厳しい戦いを勝ち抜いた愛機にそう告げる。考えて見れば、ラプターで空戦をしたのは初めてだった。こいつはいい仕事をしてくれたと、サイファーは改めて感謝する。

ちょうどその時にやまとが機体を格納庫に移動させるためにトーイングバーを接続しに来た。

 

「……何してるんですか」

「およよ、やまとちゃんお久しぶり。あれだ、機体に労いの言葉をかけていたのさ」

「そうですか。牽引するので下がってください」

 

 見事なスルーをされて、サイファーはため息を吐いた。やまとが来てから増えた気がする。まぁ気にはしないが、この子の扱いはなかなか厳しい物だった。クールにはクールを、やはりスザクの方が扱いに慣れているだろうか。

 

 いや待てよ、もしかしたら扱われてるのはむしろ自分たちではないかとサイファーは思う。うーむレベル高いかもしれんと思い、もう一度やまとの方を見てみる。

 

 すると、ちょうどF-22の牽引が始まる所で、やまとはラプターの機首を軽く手でさすり、心なしか笑みになっている気がした。その横顔が、何かまるで好きな異性を見る様な顔だった。

 

(……あの子も、やっぱり女の子なんだな)

 

 そう思うと、サイファーはたっぷり眠ろうと、宿舎に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 帰ってから自室で仮眠をした後、サイファーはやる事も無く、どうにもやる気が起きずに暇を持て余していた。にとりから聞いた話がどうしても頭から離れずに、聞かなければよかったと思っていたのが要因だろう。

 

 いや、それ以上ににとりのあの顔が忘れられなかった。たぶん、ほとんど他人に見せた事の無い顔だろう。あんな弱気な彼女を見たのは初めてだった。

 

 どうも、いい気分にはなれない。気晴らしに一杯やろうと、らき☆すたへと向かう。やはり、ヴァレーの廊下は冷える。いつになく憂鬱な気分で廊下を歩く。と、

 

「にゃー」

 

 足元から声がし、危うくサイファーはその声の主を踏みそうになってしまった。何とか回避。見れば、まるで待っていたかのように、そこにはヴァレー基地の黒猫、お燐がじっとサイファーを見ていた。

 

「……どうした、お燐?」

「にゃー」

 

 問いかけてみるが、お燐はただじっとサイファーを見つめ続けるだけだった。

 と、お燐はまるで思い出したかのようにくるりと後ろを振り向くと、そのまま歩きだした。だが、数歩進んでお燐はまた後ろを振り向く。あたかも、ついて来いと言っているかのように。

 

「……わぁーったよ」

 

 この猫は一体何を考えているのか分からない。まるで人間みたいだ。そう思いながら、お燐に続く。どうやらこの猫もらき☆すたに向かうようで、トコトコと歩いて行く。

 

 それからすぐに、一旦宿舎を抜けて外に出る。積もった雪が真新しく、お燐はそれを嫌そうに見つめる。俺はお燐を抱っこしてやると、新しく積もった雪の上を歩く。ざく、ざくと雪を踏みこむ音だけが響き、足跡は一人だけ。ヴァレー基地は夜間警戒態勢で静まり返って、夜間偵察機だけしか飛ばない。

 その夜間偵察機は、一時間ほど前に飛び去ったからここは静かだ。まだほんのりと雪が降り注ぎ、少しずつ俺に積って行く。

 

 それからまたしばらく歩いて、ヴァレー基地と近くにある娯楽施設エリアに到着する。娯楽エリア、と言ってもそれはヴァレー全盛期時代の話で、今はこなたのバー一軒しか無い。聞いた話、昔はゲームセンターやカラオケ、模型店や軽い電気店などがあったらしいのだが、今では見る影もない。さながら、大型スーパーに客を取られた商店街と言った所だろうか。

 

 その一軒だけ、ランプが点いている店がある。ひっそりと、目立たないような光だった。

 

「にゃ」

 

 お燐が止まれ、と言いたげな声で鳴いたため、サイファーはそこで止まる。ひょいとお燐が腕からすり抜けて地面に降りると、顔をドアに押しつけた。

 

「聞けってことか?」

「ごろごろ」

「……んー?」

 

 そっとドアに耳を当てて、サイファーは少々あれな気がしたが盗み聞きをする事にする。ドア越しに、こなたとにとりの声が聞こえてきた。

 

「……って、もう何本目……」

「……さい……もう……きないんだよ」

「でも、それじゃ持た……体……」

 

 ドア越しでよく聞こえないがもっと頭を押しつけて耳を押しあてると、もう少し鮮明に聞こえてきた。恐らく、例の襲撃についての話だろう。

 

「やめといたほうがいいって、体に……だよ」

「もう、戻れないんだよ……巻き込んで……私は最低な女だよ」

「でもサイファーは黙ってくれるって言ったんでしょ?」

「本当の話を聞けば……そんなの……よ」

 

 状況からして、にとりがかなり悩んでいるようだと理解する。ああ、聞いた自分もあれだったが、言った本人も辛かったのだとサイファーは理解した。これなら聞かない方が負担は軽かったかもしれないとも思う。

 

「でも分かってくれるよ。それに、これは誰かがやらないといけない事なんだ。けど、一人じゃ出来ない。助けてくれる人がほしい、それだけなんだよね」

「……うん」

 

 そこまで聞いて、サイファーはお燐に目を向けた。

 

「…………お燐、お前これを聞かせたかったのか?」

 

 足元に居る黒ネコにそう聞いてみるが、お燐は何も返事をせずに、寒くなって来たのかサイファーの膝に飛び乗ると、ジャケットの中に潜り込んできた。

 

「……さて、寒いから入りますか」

 

 そう決心して、サイファーはドアを開けて店の中に入る。ちょうど、こなたが毛布を持ってにとりに羽織らせようとしたところだった。

 

「あ、いらっしゃい。にとり寝ちゃったよ」

「なんだ、起きてたのか?」

 

 サイファーは、あえて今来たような素振りを取る事にする。万が一寝た振りだった場合の、対応策だ。それが一瞬で思いついた、彼なりの気遣いだった。

 

「いやもう機体が壊れただのなんだので酔いつぶれ。なだめるの大変だったよ」

「お疲れさん。ビール頼むわ」

 

 にとりの右隣の椅子に座り、サイファーは半分体を突っ伏す形で座り込んだ。

 こなたが中ジョッキにビールを注ぎ、ついでにおつまみも一緒に出しておいた。

 

「そっちもお疲れ様。大変だったみたいだね」

「ああ……神経減るかと思った」

 

 護衛と言う物の辛さがサイファーは身に染みて感じた。もし次があるならもっと僚機を増やすべきだと勉強する。

 

「んあ。スカイキッドのコーヒーは?」

「あ、忘れた」

「えぇ~!? あれ店舗限定だからネットでも買えないんだよーー!」

 

 うわんうわんとごねるこなたを、半ば無視する形でビールを流し込む。ビールの苦みと喉越しが体に流れ込み、脳髄が一種の快楽の様な反応をする。ああ、最高だ。ちなみに戦闘機乗りは搭乗30時間前の飲酒は絶対禁止である。しかし、幸いな事に三日ほど非番だった。

 

 どうやらF-22に新しいOSを搭載するらしい。それでついでに頼んでいた新型スタビライザーも装着するとかしないとか。だが本人がこう酔い潰れているのでは誰が作業するのだろうか。

 

「やまとちゃんや、連れてきた椛ちゃんの直属の部下が作業するってさ」

「なるほどな。なんだかんだであの子結構働いてるよな」

「うーん、休んでる所見た事無いんだよねぇ」

 

 こなたは暖炉の前で丸くなったお燐にミルクを差し出すと、カウンターに戻ってグラス磨きを再開する。

 

「腕は確からしいが、どうも謎が多いな。年の割には気が強いし、ツンツンしてるしで扱いにくいんだよな」

「サイファー子供相手にするの好きだもんねー」

「先に言うがロリコンでは無い。まぁあれだ、ほっとけないってのが一番だな」

「ああ、お人好しか。苦労するね~」

「言うな」

 

 確かにその性格のせいで、色々ととばっちりを喰らってきたからどうにかしたいと思っているのだが、性格と言う物はよほどの事が無いと変えられない物だ。

 

 変わった奴が、一人いたが。

 

「……サイファー、聞いていい?」

「なんだ?」

「……何でサイファーは戦闘機乗りになろうって思ったの?」

 

 何の変哲もない、ただの質問だった。よくある話だ。

 

「そうだな、単純に言えば飛行機が好きだから、だな」

「でも旅客機もあるじゃん」

「まあそれも考えたな。けど、旅客機は決められた航路を飛ぶ物だし、俺はもっと速くて自由な飛び方したかったんだよ。それに、『円卓の鬼神』の伝説に魅了されちまったからな」

 

 円卓の鬼神。かつてこのヴァレー空軍基地に居た、伝説の傭兵。ベルカ戦争の圧倒的不利な状況を覆し、最強と言われたベルカ空軍を捻り潰し、そしてクーデター軍、『国境なき世界』を壊滅させた撃墜王。戦闘機に関わる者の中に、知らない者はいない。

 

「だから君のTACネームは『サイファー』なんだね」

「ああ。でも、名前は受け継いでも俺が円卓の鬼神ってわけじゃない。再来って言われてるけど、二人も要らないんだよ、鬼神は」

「何でそこまでこだわるかな? 私なら通り名ってちょっとあこがれる物だけど」

「じゃあ、こなたの画面の中の嫁を、別の人も溺愛してたら嫉妬しないか?」

「ああー、対抗心出るね」

「そんなもんだ。同じ名前なんていらないさ。俺が受け継いだのはあくまでもTACネームだけだからな」

 

 それを受け継いだのは、ベルカ戦争が終わってからだった。変わり果てた故郷の姿を見て、鬼神は悲しそうな顔をしていた。家族は無事だったが、それでも町の半分以上の人が家や家族を失った。鬼神は、その目に涙を浮かべていたのを、サイファーは遠くから見ていた。

 

 そしてスザクも、その一人だった。

 

「サイファーの故郷って……」

「ああ、ベルカ戦争で無差別爆撃だ」

 

 思い出す。忘れもしないあの惨劇は、俺の脳裏にしっかり焼き付いていた。燃え盛る家屋、馴染みの道路、馴染みの駄菓子屋が爆弾で粉々に吹き飛び、炎に焼かれて行く人の肉が焼ける臭い。

 

 気付けば、ビールジョッキを持つ手が震えていた。忘れていたつもりが、どうもまだ本能に焼き付いてるようだった。

 

「大丈夫?」

「ん……ああ、大丈夫だ」

 

 忘れるようにもう一口ビールを流し込んで、サイファーは自分の原点へと変えるために思考を巡らせる。

 

「忘れたつもりでも、焼けつくもんだな」

「うん……」

「なに、そんな顔するな。幸い家族は無事だったからな。ただ……」

「ただ……」

「……いや、これはやめておこう。察してくれ」

「……うん」

 

 こなたは、それ以上何も話さず、サイファーが酔っ払って就寝するまでグラスを磨き続けた。

 

 

 

 

 夜勤のスクランブル待機と言う物ほど、時間を長く感じて暇を潰す手段が無い物は無い。スザクにとっては、この徹夜でほぼ何もしない勤務が苦痛でしょうがなかった。

 

 携帯端末の呟きサイトに、ついつい「暇だわ」だの、「だるい」だのと呟いてしまい、気が付いて自分のタイムラインを見返してみれば、そればかりが向こう三日分溜まっていたりしていた。

 

で、思いついたのが取りあえず身の回りの非常にどうでもいい事を呟く事。仕事があれだの、なかなか上手く行った、職場の猫とじゃれたりと呟いていた。

 

 もちろん、軍事機密になるような事は言っていない。任務は仕事、基地は職場と言い変えたりしていた。

 が、ある日ふと自分のタイムラインを見返してみれば、ある共通のキーワードが目立つようになっていた。

 

 キーワード、“後輩”。これが一体誰を指示しているかは、察しがついた。

 

「なんたってあいつのことばかりなんだよ……」

 

 ただ、出来事のメインの大半が例の整備士のお小言だったりする。今日も色々指摘された、だが的確だから言い返せない、何も言わなければ可愛いのに、腕だけは確かだからそこはありがたい、など。

 

 携帯の画面から目を離して前を見てみる。その先には、非番の時に徹底的に機体を磨かれ、新品同様になった愛機の姿。その垂直尾翼には悪魔の妹が描かれ、彼女だけがじっとスザクを見ていた。

 

「……そんなに見るなよ。今の俺は、お前の兄貴なんてなれやしねぇよ」

 

 心なしか、そのエンブレムが笑っているように見えた。このマークには人一倍の想いが込められていて、なぜスザクがこのエンブレムを描いたのか、それを知る者は居ない。サイファーでさえも、知らない。

 

 もっとも、サイファーは知らないとは言うが、予測はしていた。ただ確信を突いていないだけだった。

 

「…………誰と話してるのよ、気持ち悪い」

 

 ぎくりと、体が反応した。間違いなく殺気の一言が聞こえたのだと思うと耳が熱くなるような気がしたが、その声の主が例の奴だと分かると、今度は冷たくなっていくのが分かった。

 

 それで、ゆっくりと振り向いてその先に予測した人物、永森やまとが工具箱片手に危ない人を見る目でスザクを見ていた。

 

「……こんな時間に何してんだ?」

 

 あえてさっきの質問に答えず、質問を質問で返す形でスザクはカウンターを実行した。それが効果的だったのか、はたまたあえてスルーしたのかは分からないが、やまとはその質問に答えた。

 

「今晩あなたの深夜担当だから、少し機体を見ておきたかったのよ。今日あなたがにとり主任の護衛に行ったときに、動翼の系統部分に違和感のある音がしたから」

 

 そう言うと、やまとは機体に近付いてコックピットに体を滑り込ませて予備電源を点灯させると、工具箱の中から折りたたまれたマニュアルを取り出して動翼の確認を始めた。

 

「……はぁ」

 

 スザクはしばらくその横顔を見ていたが、しばらくしてから見ているだけというのはどうかと思い、立ち上がってベルクートのタラップをよじよじ登ってコックピットを覗きこんだ。

 

「手伝う事、あるか?」

「なら動翼の確認してくれる? 左右でずれがあるなら教えてちょうだい」

「はいよ」

 

 タラップから降りると、機体の後ろに回り込んで合図する。やまとが操縦桿を動かしてカナード翼と尾翼が合わせて動く。スザクの見る限りでは問題無い。

 続いてラダーこちらも異常は無し。

 

「どう?」

「ん、俺から見た時点では異状無しだ」

「ならまだ影響が無い範囲ね。あなたが何も違和感感じなかったという事は動翼に異常は無し。系統が摩耗してるかもね」

 

 マニュアルにメモを書き込んでコックピットから飛び出す。続けて配線のカバーを開けてその中に手を入れる。ここまで来るとスザクの分野では無いので見守るくらいしかできなくなるだろう。

 

 しばらくかちゃかちゃと部品をいじる音がして、居心地が悪くなったスザクは、タラップに腰かけて世間話でもしてみるかと声をかけた。

 

「なぁ、何でお前は整備士になろうって思ったんだ?」

 

 無視覚悟で聞いてみる。いつもなら軽く流されるが、果たして今回は。

 

「何であんたに話さなきゃいけないのよ」

 

 ダメだった。スザクは大きく息を突いて、腕を後ろに回してタラップにもたれかかった。もう、聞こえるのは風の吹く音と、やまとが配線のチェックをする音だけだった。

 

「……やっぱりここか。寿命は後出撃二回分と言った所かしら」

 

 そう呟き、やまとは替えのケーブルを取り出してそれの接続作業を始めた。死にかけの配線が取り出され、新品が取り付けられる。その手際の良さは一種の才能だろう。十歳後半の少女がこの手際でここまでできると言うのも、一種の才能だろう。

 

 油と硝煙で汚れた指先が優雅ともいえる動きで機体を修理する。その指先は、しっかりと清潔にすれば女の子らしい、形の整った指だ。

 

(なんたってこんなガキがむさくるしい男まみれの空軍基地で整備士やってんだか)

 

 近年まれにみる疑問である。今のスザクにとって、正直連続で起こった国籍不明機の襲撃よりも疑問になっていた。スザクの知っている16歳の少女と言う物は、高校に行って勉強したり、帰り道に駅前のカフェだのファミレスだのでスイーツを食べながら話し込む物だと信じて疑わないが、目の前の少女は全く違っているのだから複雑である。

 

(普通の16歳の女子がこんな所で整備士やれって言われたら、技術があっても嫌になると思うが……)

 

 目の前の女子は、いつも涼しい顔で基地内を歩いて仕事をこなしていた。不思議である。

 

 スザクは何気なく携帯電話を取り出して、また呟きをする事にした。

 

『ふと思ったが、俺の職場は男が多くてむさいんだが、なんでこの後輩は平気なんだろうか。不思議でたまらん』

 

 そう書きこんだ後、スザクはまたもやまとに対しての呟きが増えたと気付くのに、一時間ほど時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 朝。結局らき☆すたで一夜を明かしたサイファーは、若干痛む頭を押さえながら体を起こした。隣を見れば、先に酔いつぶれていたにとりは既に居なくなっていて、そこにはにとりの羽織ってた毛布だけが残されていた。

 

 辺りを見回して後ろを見れば、外はもう結構明るくなっていた。時計を見れば、九時少し前。今日も非番だから何もしなくていいが、あまりだらけ過ぎると体が衰えるから。ランニングくらいはしなければならない。

 

 掛けられていた毛布を脱ぎ、軽く畳んでカウンターに置くと、メモが目に入る。どうやらビール代はにとりが奢ってくれたようだ。

 

 店内には誰もおらず、声をかけてみる。少しの間無音が続いたが、二階へと続く階段から足音がして、セーター姿のこなたが少し目に隈を作りながら降りてきた。

 

「おふぁよ~。よく眠れた?」

「ああ。おかげさまでな。お前は今日もネトゲか?」

「まぁね~」

 

 サイファーは礼を言って外へと出て行き、冷たい空気を盛大に吸い込む。凍りつきそうな大気が肺を刺激して、眠気が飛んで行った。

 

 それから、何気なく携帯電話を見てみる。すると、メールの着信が一件追加されていた。

 

「……久しぶりだな」

 

 遠い地で勉学に励んでいる、幼馴染からだった。またの名を恋人。内容は最近元気にしているのか、こちらではテストが大詰めだとか、生活リズムは保っているか、栄養バランスは考えろなど。まるでは母親の言うような内容だった。

 

「ったく、生活リズムは職業上宛てにならないんだがな」

 

 と、最後に気になる一言が目に入った。

 

―もしかしたら、近々会えるかもね―

 

 サイファーは少し不思議に思いながら、休みがとれたら会いに行こうと返信のボタンを押して、器用に内容を打ち込んで返信した。

 

「……さってと、走るか」

 

 そう言いながら、サイファーは格納庫に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 アラート待機の時間が終わり、大きく欠伸をしたスザクは朝食のために食堂へと到着して大きく肩を落とした。

 見渡す限り、人、人、人である。どこを見ても満席。普段こんなに人が居ないはずなのだが、そう言えば昨日は別基地の移送用の輸送機が補給に立ち寄った事を思い出した。

 

 ひとまず朝食を買って見て見れば、どうやらまた増えたらしく、さっき見たより人が増えていた。

 

 人が多いのが嫌いなスザクにとってはこれほど苦痛な物は無い。だが、立ち食いと言う物も行儀が悪いからやりたくない。

 考えた末に、空いている席を探す。端から端まで見て見れば、ラッキーな事に一席だけが空いていた。スザクはそこを目指して歩き出す。別の人間が入る前に、早く座りたかった。

 

「ここ、空いているなら座るぞ」

 

 確保。やっと朝飯が食べられると思って向かい側の相手を見る。そして、凍りついた。

 

「…………」

 

 冷たい目が、16歳の少女永森やまとの冷たい目が、シチューに浸したパンを片手にスザクを睨んでいた。

 

(極限全力で絶望叩きこまれた)

 

 かといって、このまま席を離れるのも相手に失礼だろうし、何とか確保した座席なのだから座っていたい。だが、この冷たい空気の中食事すると言うのも正直辛い。

 

 スザクは、仕方なく同席を決意した。

 

「……ご自由に」

 

 そう言ってもらえただけ、スザクは気が楽になった。いやましになったと言うのが正しくて、実際食事している心地なんて無かった。喉を通り抜けるアールグレイの紅茶の味も分からなかった。

 

 それから無言の食事が続く。早く食べ終わりたいのだが、空気が重過ぎて食べるスピードが上がらない。まったく生き地獄だ。

 

 それを知ってか知らずか、そして幸いか災いか、やまとが自ら口を開いた。

 

「配線の事だけど、取りあえず修復しておいたわ。これで事故の危険性は無くなったし、ついでに機体の数か所に油も差しておいた。で、ひとつ」

 

 やまとのその一つ、という言葉にスザクは声のトーンが低くなるのを感じた。間違いなく、何か来る。

 

「おとといの着陸、機体のサスペンションへの負荷をかけ過ぎよ。タッチダウン前の機首上げ角度が大きすぎるのよ。減速の意味合いも分かるけどそれだと落下速度が上がるわけで主脚が持たないわよ」

「だが耐久日数はまだ……」

「何があるか分かったもんじゃないんだからもっと大事に使いなさいよ。いくら丈夫だからって乱暴に使ったら寿命なんて一緒じゃないの。それからフルブレーキの始動はノーズギアがタッチダウンして速度60ノット以下で全開。あなたはいつも早いのよ」

 

 その後も、細かい所をくどくどと説教され、スザクの耳は痛くなった。だが実際くどくど言われた事を直したら機体の調子が良くなるのだから何も言えないの事実だった。おかげで余計に胃が痛くなってしまう。

 

 結局、スザクはそのままやまとの説教と、彼女の食事が終わって先に席を離れるまで、味の分からないアールグレイとビーフシチューを味わった。

 

 

 

 

 

 E-2Cでの哨戒任務、そしてそのまま夜勤任務についてようやく二日の非番をもらった小早川ゆたかは、眠たいのだがどうにも寝付けずに基地周辺を歩き回って体を疲労させようとしていた。

 

 そうしている内に、ヴァレーの一番端にある、にとり専用の格納庫前までたどり着いた。そして、そのハンガーの巨大な扉の前に、増槽タンクに腰かけて、遠くを眺めているにとりの姿を発見した。

 

「にとりさん?」

「…………」

 

 返事が無い。頬づく姿勢でただ一点を見つめていた。ゆたかはもう一度、今度は背中を叩いて呼ぶ。

 

「にとりさん、にとりさん」

「……ひゅいっ!?」

 

 数回たたいて、最後に強めの一発でにとりはようやく我に返り、背中が跳ねあがった。

 

「あ、ゆーちゃんか……」

「どうしたんですか? ぼうっとしてましたよ?」

「んああ……ちょっと、ね……」

 

 にとりは落ち着くと、また遠くを見る目になってしまう。ゆたかはほんの少し心配になってにとりの隣に座った。

 

「具合でも悪いんですか?」

「いやぁ、そう言うわけじゃないんだけど……まぁ二日酔いはしてるけどね。悩みというかなんというか、そんな感じ」

「悩み、ですか?」

 

 うん、とにとりは滑走路の方を見つめる。

 

「なんて言うか……ちょっとサイファー達に悪いことしたって感じがして」

「何かあったんですか?」

「ちょっと、ね……」

 

 にとりは、これ以上自分のしている事を言うわけにもいかず、そしてそれを隠している事でさえも話せば致命的になりかねない事だからうやむやにした。こうするしかないのだ。

 

 ゆたかは、それが一体何なのかまだ理解できていなかった。ただ、本能的ににとりの奥に何かがある、というのは察知していた。だが、それに確証はでは無いから口には出さず、ただ少しでもその憂鬱そうな顔が晴れないかと話し相手になる事にした。

 

「サイファーさんはその事怒ってますか?」

「いや、理解はしてくれてるよ。けど、それが逆に申し訳なくて……」

 

 ヴァレーの滑走路を、C-130輸送機が横切り、タッチダウンする。エンジンのピッチ角度が変わって、減速するためのエンジン音が山に反響して基地を駆け巡った。

 

「いろいろと、事情が複雑なんだよ……」

「そうなんですか……」

 

 着陸したC-130が誘導路を抜けて、駐機場へと向かう。それを横目に見ながら、にとりはあまり暗い顔もしていられないと、話題を変えることにした。

 

「ところでゆーちゃん、君の髪型はずっとそのままになのかい?」

「え、これですか?」

 

 と、ゆたかは自分の結んである髪の毛の片方に触れ、にとりも「うん」と答えた。

 

「んー、今のところ変えるつもりは無いですね。気に入ってますし」

「いやまぁそうだけど、なんと言うか私が恥ずかしいかな」

 

 ぽりぽりと自分の頬を掻いてにとりはちょっと照れ顔になる。というのも、ゆたかがツインテールになった要因は、にとりの影響でもあるからで、にとりはそれがちょっと恥ずかしかった。

 

 自分の事を慕ったり、尊敬してくれるのはいいのだが、何も髪型まで真似する事は無いのではないだろうかとにとりは思っていたが、ゆたかにとっては一種の礼儀の意味合いでもあったから、本人に変えるつもりは毛頭一つなかった。

 

「私がそうしたいんですよ。にとりさんにはお世話になりましたから」

 

 そう言う彼女の顔は、きらきらと輝いていた。ゆたかにとって、にとりは恩人でもあった。ヴァレーに初めて来たときの相当居心地は悪く、みんな目がギラギラしていて、自分の知らない世界がそこにあって、それになじめずに最初こそ体調不良が多かった。

 

 しかも見た目がどう見ても小学生並みの背丈、というのもあって周りからは舐められたりもしていた。管制官、オペレーターとしての技術は基本水準より高いのだが、そんな環境では全力が発揮できるとは思えなかった。

 

 こなたも何とか励まそうとしたが、管制塔などには出入りが許される事が少なく、声をかけようにもゆたかが疲れて眠っている、ということなんてざらにあった。

 

 そんなある日、ゆたかは気分の悪くなった体を癒すために格納庫の隅で縮まっていたのを、にとりに発見された。

 

「んー? 君どうしたの? 顔色悪いみたいだけど」

「あ……えっと、大丈夫です。ちょっと空気吸えば良くなりますから……」

 

 とは言うものの、見るからにゆたかの顔は青ざめて血の気が無かった。無理もない。と、にとりは思う。まだあどけなさの残る少女がこんな僻地に居れば体調も悪くなるだろう。

 

「ったく、どう見ても大丈夫じゃないよ。ちょっと待っててね」

 

 にとりはそう言い残すと走って立ち去り、そして物の数分でゆたかの居る場所へと戻ってくると、薬と水を持ってきた。

 

「ほら、これなら多少ましになるだろうから飲んで」

「す、すいません……」

「君も大変だね。こんな所で管制官やるなんて」

「はい……」

 

 渡された錠剤を口に入れ、渡された水を一気に飲み干した。

 

「なんたってこんな所に来たんだい? 何もこんな所で働くよりも、君に合った場所があるだろうに」

「そうなんですけど……私、病弱でいつも周りに気を使わせてるから、いっそのこと全く知らないような環境で過ごして改善したらどうかなって思ったんです……」

「なるほど。新しい自分探し、ってところかな」

「はい…………。けど、ここは全く知らない空気で、ここの人たちもみんな目がギラギラしていて……それが怖くて、でもこれじゃあせっかく来たのに意味無いなって」

 

 しゅんと、ゆたかは俯いてしまう。目の先には、ヴァレーのアスファルトだけが広がっていた。

 

 だが、にとりはそれを見て、一つ鼻を鳴らすと、平手をゆたかの背中に叩き付け、その衝撃でゆたかの丸まっていた背中がしゃっきりと伸びきった。

 

「ひゃうっ!?」

「ったく、地面ばかり見るんじゃないよ。そんなんじゃいつまでたっても気が沈むし、変われる物も変われないよ」

 

 にっこりと、にとりは笑いかける。にとりだって様々な修羅場を潜り抜けていたのだから、ゆたかと似たような境遇に陥ったことなんて腐るほどあった。だからどうしたらいいのか知っていたし、それが外れると言う事は自信はあった。

 

「私、河城にとり。ここの整備主任やってるよ。困った時は私に言うといいよ。助けになってあげるからさ」

 

 これほど、救いとなる言葉は初めてだった。ゆたかのお先真っ暗な管制官としての生活は、こうして切り開かれたのだった。

 

 これがゆたかのツインテールのきっかけでもある。

 

 ちなみに、にとりとの出会いがきっかけで、後にスザクやサイファーに出会い、さらにヴァレー空軍基地の皆の妹と呼ばれるようになるのはまた別の話である。

 

「でも、ゆたかちゃんはもう私が居なくても立派だし……」

「この髪型は一種の感謝でもあるんですよ」

「うーん、参ったな……」

 

 それでもこっ恥ずかしい、とにとりは呟いた。ゆたかはそんなにとりを見てクスクスと笑い、もう少しだけ楽しもうかと思ったが、気付けばいい感じに睡魔がやって来ていたから部屋に戻って休むことにした。

 

「じゃあそろそろ戻りますね。悩みだってあるとは思いますけど、私の悩みを解決してくれたのはあなたなんですから、しっかりしてくださいね」

「うん。まったく、君から元気づけられるとは思ってなかったよ」

「子供じゃありませんからね。じゃ、お疲れ様です」

「うん、おつかれー」

 

 宿舎に戻るゆたかを見送り、にとりはもう一度滑走路を見てみる。着陸したC-130はエンジンを停止して積荷を降ろし始めていた。

 

「…………さてと」

 

 にとりは一息ついて、頑張ろうと思った。確かに自分は非合法の事を行っている。だが、いつか分かってくれる。そう信じて、自分の格納庫へと入った。

 

 ここに入ることを許された人物はヴァレーではおそらく二ケタにも満たない。

 

 この格納庫の中には、窓が一切ない。漏れる光はハンガーの扉のわずかな隙間から洩れる太陽光だけだった。

 

 扉の横に着いている照明のスイッチを入れる。複数の巨大照明が点灯し、真っ暗な格納庫の中を照らしだす。その中に、二つの影が佇んでいた。

 

「……もうすぐ、だね」

 


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