ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission2 -ファーバンティ空輸護衛任務 前篇-

 15年前、彼の住んでいた故郷は炎に包まれた。生き地獄。言うならそれだった。

 

 友人たちと身を寄せ合い、爆撃の恐怖に必死で耐えしのぎ、ようやく終わって外に出てみれば、日常と言えた町は非日常の物へと変貌を遂げ、彼の心にぽっかりと心が空いたような気がした。

 

 幸いなことに、家族は無事だった。それを知った時、彼は心から安堵した。そして、また何とかやりなおせるとも思った。

 

 だが、自分とは違い、自分以外の家族が全員死んでしまい、心が荒んだ友を見ると、自分だけ裕福に暮らしていくのがとても申し訳ない気がしてならなかった。

 

 そしてそれから何年か過ぎたある日だった。自分がこの家の、父親の見せものにされるのだと、彼は気が付いた。そんなのはまっぴらだ。それならこんな家出て行ってやると、ある人物に話した。

 

 その人物は、むしろこの人こそ本当の父親なのではないかというほど親身になって聞いて、そしてアドバイスをくれた。

 

『それなら家を出ていけばいい。パイロットになる夢、叶えたらどうだい? 私は君がそう望むなら推薦状を書こう』

 

 彼は、その言葉に甘えた。そして家を飛び出し、彼の親友と一緒に傭兵になる事を志願した。それから時が過ぎ、一人前になって一度故郷に戻って来た時、彼は託された。

 

『鬼』と、恐れられ、そして英雄とも呼ばれた名前を。

 

 

 

 

 

「ユージア大陸にか?」

 

 国籍不明機、新型爆弾の一件から数日。ウスティオ上層部はこの事態について一切口外をしないことと、外部への情報漏えいを禁止する処置をとり、事実上ヴァレーに所属している兵士たちはここから立ち去ることを許されない状況にされ、表面上は何もなかったことにされていた。

 

 表面上は何もなかったが、黒焦げになった格納庫が何かあったのだと訴えていた。が、それは単なる事故として報道され、庶民には少々軍の信用を減らしただけに終わっていた。

 

 そんな中、食堂でヴァレー名物のカフェ・オノーレを飲んでいたサイファーは、にとりにちょっとしたお使いを頼まれていた。

 

「そう。エルジアのファーバンティに私の友人達がいてさ。その人たちからちょっと受け取らないといけない物があるんだけど、その護衛に着いて来てほしいんだ」

「ユージア、しかもファーバンティとなると結構距離があるな」

「まぁ、長距離フライトは覚悟の承知さ。もちろんお礼はあるよ」

「ほむ?」

「そうだね、前言ってた新型のスタビライザー、仕入れてみようか?」

「おお、それはありがたい。あれ前から欲しかったんだよな」

「ついでに安くしておくよ。長旅になるからね」

「うむ、乗った」

 

 ぐっと親指を立て、満面の笑みを浮かべるサイファー。にとりもそれにぐっと親指を立てて返す。

 

「じゃあ、出発はあさっての未明ね。フライトプランはこっちで提出しておくから任せておいて。それと、ラプターの増槽も搭載しておくね」

「あいよ。助かるぜ」

「なんのなんの。それじゃあ向こうの整備終わらないといけないから後でね」

「おう。バーでで待ってるぜ」

「ほいほーい」

 

 

 

 

 ―ヴァレー基地娯楽街バー、らき☆すた―

 

「はぁ…………まぁた下手くそ呼ばわりだよ。ちったぁ技術面でも褒めて欲しいぜ」

 

 相変わらず年頃の整備兵の愚痴をもらしながら、スザクはヴァレー名物、鬼緑茶を飲む。実際スザクは甘党のように見えるが、あくまで一時的な物であるから実際好みは結構渋かったりそうでなかったりする。だが本人、和菓子好きなためやはり甘党と見える。

 

 鬼緑茶とよく合う妖精饅頭を頬張り、再びお茶を飲む。

 

「うぃーっす、WAWAWAわすれもの~」

 

 カランカラン、と聞き心地のいい鈴の音が鳴り、サイファーがふらふらと現れる。

 

「いらっしゃーい」

「こなた、いつもの頼む」

「チョココア毎度あり~」

 

 食器を取り出し、マグカップの中にココアの原液を入れて温かいミルクを入れるとカウンターに差し出し、サイファーはそれをまず一口飲む。

 

「うむ、やはり美味い」

 

 セットで着いてきたプチケーキを頬張り、もごもごと味を楽しむ。

 

「ふふふ、サイファー。今日は仕事の依頼が来てるみたいジャマイカ」

「ん? 情報早いな。誰から聞いた?」

「風の噂だよん」

 

 むふふと糸目になり、こなたは鼻歌を歌いながら情報源を言おうとはしなかった。

 

「毎度のことながらお前の情報源には謎が多いな」

「レディには秘密が多いものなのだよ」

 

 汚れたワイングラスをナプキンで綺麗にし、戸棚に直してこなたも椅子に座った。

 

「依頼? 何のことだ?」

 

 唯一話を知らないスザクは、最後の妖精饅頭を飲み込む。

 

「ああ。にとりからちょっと頼まれごとだ。エルジアのファーバンティまで行って、あいつの知り合いからある物を受け取る輸送作業を手伝ってほしいそうだ」

「ファーバンティにか?」

 

 ファーバンティ。エルジアの首都であり、5~6年前まで大陸戦争の舞台になっていた大陸。エルジア戦争と聞いて思い出すのは、エルジア軍の精鋭部隊、黄色中隊と惑星ユリシーズの迎撃のために作られたストーンヘンジの驚異的な戦力。そして、それらはISAFをノースポイントまで追い詰めたという圧倒的な戦績。

 

 まさしく逆境。野球で言えば9回裏の攻撃20対0の状態。そう、勝てるはずがない。

 

 だが、その逆境をぶち壊し、大逆転どころか徹底的にエルジア軍を叩きつぶしたエースが居た。

 

 ISAF独立連合軍第118戦術飛行隊「メビウス」。通称リボン付き。

 

 その戦力は単機で一個中隊並みの戦闘能力を有すると言われる最強のパイロット。エルジアからは「死神」と恐れられ、黄色中隊を打ち破ったエースパイロット。

 

 大陸戦争終了後の2006年に起きた自由エルジア軍によるクーデターを、たった一機で壊滅させたのが記憶に新しい。その後の彼の消息は不明。一説ではどこかの空軍にひっそりと紛れ込んでいたり、農薬散布の仕事をしているという噂もある。

 

 終戦後は、メビウスの名を後世に残そうと、現在のISAF軍にはメビウスのエンブレムを受け継いだ、赤いリボン付きであるインフィニティ中隊がノースポイントに展開されている。

 

「また偉く遠いな。ファーバンティなんて」

「まぁ、お礼は新型スタビライザーの入荷と割引で手を打っておいたよ。なかなかお得だと思うぜ?」

「今でも十分速いだろ。もっと速くする必要はあるのか?」

「ちっちっち。パイロットは常に速さを求めるもんだぜ、スザク」

 

 俺には分からん。今で十分だ。そう言った所でスザクは鬼緑茶の追加注文をし、茶葉を入れた所でこなたが何かを思い出したかのように、

 

「あ、ファーバンティに行くならスカイキッドのコーヒー豆買ってきてよ。あそこのカフェは黄色中隊の常連だから有名だよ~」

 

 とお土産を要求する。

 

「まぁ、時間があったらな」

「あ、あとご当地限定、“それ行けISAF空軍女性士官!”とか、“萌え萌え擬人化戦闘機!”もよろしく~」

「ネットで買えるだろ!」

「現地でしか手に入れられない感動があるのだよ!」

「ならお前が行け!」

 

 

 

 

 出発当日の夜明け前。ヴァレーのエプロンには、サイファーのF-22と工具類を組み合わせて描かれたエンブレムを背負うC-17グローブマスターⅢが並んでいた。

 

「コントロール、フライトプランチェック。離陸後ファーバンティまで直行、途中ファトー中心部とノルトランド沿岸部での空中給油、その後エルジア領空へ進入、許可をもらってファーバンティまで降下、復唱されたし」

『こちらコントロール、確認しました。ファーバンティまでファトー中心部、ノルトランド沿岸部での空中給油後、ファーバンティまで飛行。既に前者二国の領空飛行許可は承認されています』

「あいよ」

 

 機体パネルを立ち上げ、となりに居るC-17をちらりと横目に見ると、再び出発の手順を始める。そんなときに、機体の下側に人の気配がして、次にコックピットに片手が置かれてその主が顔を出した。

 

「おう。精が出るな」

「スザクか。お前は暇そうだな」

 

 タラップを上り、コックピットに腕を置いてきたスザクは眠れないのか今起きたのか区別がつかない寝癖まみれで眠たそうな顔をしていた。

 

「眠たそうの間違いだ……昨日は新米のベルクートについての質問と説教に付き合わされて死ぬほど眠い」

「なら寝ろよ。しかしやまとちゃんは仕事熱心だな」

「見送りに来たんだ。ちなみに終わったのはさっき」

 

 くいくい、と指差す方向に、電源車のパネルを制御しながら出発手順をしていくやまとの姿があった。

 

「ん? あの子も徹夜なのか?」

「ああ。まったく、俺よりタフとかどういうことなの?」

「しっかりしろ。とにかく寝ろ。それしか言わん」

 

 うげぇ、とぐったりするスザクを半ば強引に機体から引きずりおろし、手近に居たジープ運転手に搬送を依頼して再度コックピットに潜り込む。

 

「準備できたわ。エンジンのスイッチ入れるわよ!」

 

 後ろからあの新米毒舌整備兵の声。サイファーは声だけで返事をすると、コンプレッサーが指導してエンジンが回転を始める。

 

「あー、あー、テステス。にとりー、聞こえるかー?」

『感度良好だよ。こっちからは君がよく見えるね』

 

 そう言われて左の輸送機コックピットを見ると、水色の髪の毛をしたにとりが窓を開けて手を振っていた。

 

「おう、こっちからも見えたぜ」

『さんきゅーさんきゅー。クリアランスはもらったかい?』

「お前の後に離陸しろとのお達しだ」

 

 ウェポンベイを閉じ、エンジン回転数が上昇。やまとがコックピット前に移動し、手信号で合図。エルロン、よし。ラダー、よし。エレベーター、よし。感度良好。システムオールグリーン。

 キャノピークローズ、ロック。外との音が遮断され、機内にはエンジンのくぐもった音が響き渡る。

 

『聞こえるかしら?』

「上等。チェック終了。エンジンも調子がいい」

『分かったわ。増槽についてだけど、基本は外さないでちょうだい。万が一戦闘になった場合のみに外して。注意事項はそれだけよ』

「あいよ。ところでやまとちゃんは今日徹夜かい?」

『だったら何ですか?』

「仕事熱心なのはいいけど、年頃の肌に寝不足は大敵だぜ。せっかくいい顔してんだから大切にしろよ」

『…………セクハラで訴えますよ』

「オ・ノォオオオオオレェェェーーーーーーー!!!!」

『通信終わり』

 

 ブッ、と無線を切られ、扱いが難しい女子だとため息をつくと、そのタイミングでにとりのC-17が動き出した。

 

「あれが俗に言うツンデレか……いや、クーデレとも受け取れるな」

 

 スロットルを少しだけ押し込み、ラプターが前進する。整備兵の見送りをしっかり返してC-17の例えるならバインバインの尻が目の前に広がる。

 

「さすがはヘリや戦車を乗せられるだけの機体だな」

 

 それに加えて燃費がいい。C-17より大型のC-5ギャラクシーの方が輸送力は高いが、航続距離はC-17の方が上で、なお且つ僻地でも運用が可能という優れ物なのだから素晴らしい。ちなみに、最短で500メートルで離陸したという記録がある。荷物を満載にしても、1000メートル足らずで離陸できるのだからとんでもない奴だ。

 

 ついでに言えば、ラプターも1000メートルで離陸は可能である。だが、大きさで圧倒的に勝り、貨物満載の状態でも1000メートルを使わないC-17のエンジンと設計は驚異的だと言えるだろう。

 

 誘導路を曲がり、サイファーもそれに続いて滑走路へ進入。先にC-17のエンジンが唸りを上げ、加速して行く。サイファーはそれを後ろから見送り、ヴァレーの滑走路の半分以下でC-17の巨体が持ち上がり、空へと舞い上がって行った。

 

『サイファー、続けて離陸を許可します』

「了解」

 

 スロットルをアフターバーナー位置まで押し込み、体がシートに押さえつけられる。ようやく重整備を終えたF-22は、久々の大空にうずうずしているのだろうか、いつもより加速が早い気がした。

 

 ピッチアップ。機体が持ち上がり、車輪が地面から離れて体を浮遊感が包む。

 

『サイファー、高度制限を解除。貴機の幸運を祈ります』

 

 ギアアップ。軽い振動とともに車輪が収納され、C-17の巨体の後方へポジションを確保する。

 

「上がったぜ」

『オッケー。それじゃファトーまで直行だね』

「あいよ。しかし数時間この体勢だと厳しいぜ」

『4時間ぐらいだから頑張って。それに向こうで一泊するから観光は出来るよ』

「いやいや、飛行中ずっと俺座ってるから辛いって。そっちトイレとかギャレーとかベッドとか完備してるじゃねぇか」

『まぁまぁ。サイファーなら空見てるだけでも時間潰れて行くじゃん』

「そう、かねぇ……?」

 

 

 

 

 

― 一時間後 ―

 

「うぉおおおぉぉーーーー!! 暇だぁーーーー!!!」

『早いよっ!』

 

 ウスティオ北部の国、ゲベートに侵入した所でサイファーは音を上げた。通信機を片手に機内の休憩室でくつろいでいたにとりは、予想外の早さに危うくカップからコーヒーをこぼしそうになる。

 

「にとり、大至急後部ハッチを開けてくれ、着艦する!」

『ベルカのXB-Oじゃないんだから出来るわけないでしょ!?』

「ならばイジェクトして飛びこむ!」

『護衛いなくなるからやめて!』

「暇だぁーーー!! おお暇だぁーーーー!!」

 

 窓の外に映るF-22は、ロールやピッチアップ、ダウンを繰り返し、バレルロールしてC-17の真上を飛び回り、真下に潜り込み、まさしくゲッダン状態で飛びまわっていた。

 にとりは窓の外からその様子を見て、駄々っ子かと突っ込みながら大人しくさせる魔法の言葉を使った。

 

『ったく……分かったよ。ファーバンティに着いたらいい物見せてあげるから落ち着きなよ』

「ん? いい物って?」

『黄色中隊の生き残りのSu-37』

「いぃぃいいぃやっほぉぉおーーーーーーーーっっ!!」

 

 サイファーはコブラ機動をして後方へ消え、一旦追いつくと今度はクルビットして喜びをあらわにする。にとりは、むしろ言わない方が良かったと嘆息する。無線がうるさい。それにあまり暴れすぎると燃料が空になってしまう。護衛が居なくなってもらっては困る困る。

 

『サイファー、喜ぶのもいいけど燃料無駄遣いしないでよ。空中給油までの燃料無くなるよ?』

「む、それは困る」

 

 ようやくサイファーは機体を水平にし、落ち着く。にとりは ため息をつくと、持ち込んだ作業用のノートパソコンを開いて、自分の仕事を始めた。

 

 

 

 

 サイファーが飛び立って二時間ほど。素晴らしいほどの快眠中だったスザクは、謎の戦闘機が発射したミサイルの爆発によってコックピットが引き裂かれる夢を見て、コックピットから投げ出される所までを見てはね起きた。

 

「……くっそ」

 

 中途半端な睡眠のせいでズキズキする頭を抱え、脂汗でぐっしょりと濡れたTシャツを脱ぎ棄てて、手近にあったタオルで体を拭きまわして窓のブラインドを開けた。

 

 あの国籍不明機の一件から、偵察機と一緒に二機の護衛機、または制空戦闘能力のある偵察機での偵察任務が行われるようになり、ちょうどE-2Cホークアイがタッチダウンし、その上空を護衛のF-15Cの二機編隊がフライパスして旋回していく。

 それをスザクは見つめ、ぼさぼさになった髪の毛を気にしながらシャワーでも浴びようと浴場へ向かった。

 

「あ、スザクさん!」

 

 と、自室を出た所でヴァレーのアイドル、皆の妹の二つ名を持つ小早川ゆたかと出くわした。ちなみにこの子、こなたの親戚であり、なお且つこなたよりも身長が低いのだから見た目がかなり幼い。サイファーに関しては初対面時に『幼女ktkr!!!』と叫んでいたが、スザクが二秒でなまじ切りをお見舞いして轟沈させた。

 

「おうゆたか。仕事は終わりか?」

「はい。今日は夜間勤務でしたから、これからたっぷり寝ますよ」

 

 ふぁ、とゆたかは小さく欠伸をし、その仕草が妙に子供っぽくてスザクはつい頭を撫でまわしたくなる。さらに眠気のためか少しだけ落ちている目蓋と欠伸の涙がこれまた味を出し、今ここでパジャマに着替えたら殺人的な可愛さになるだろうし、おまけに死んだ妹と瓜二つなのだからつい抱きしめたくなってしまう。

 

「その年で徹夜は肌に毒だからな。ケアとかしっかりやっとけよ」

 

 しかし、あくまで彼女は仕事仲間。妹みたいに可愛がってはいるが、あまり自分の妹と重ねすぎると、ゆたか本人にも迷惑のため自重している。もっとも、本人が本当に良いと言うなら義理の妹にしてやりたいところだが。

 

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

 邪心も腹黒さも一切無い純粋な笑みを浮かべて手を振り、ゆたかは女子宿舎へと歩き出し、それを見送ると今度こそスザクは浴場に向かって歩き出した。

 

 

 

 

「ん?」

 

 風呂で誰かがおいた石鹸で滑りこけ、犯人であろうお湯の中に潜っていた同僚を本当の意味で風呂に沈めた後。暇なのでまたあの新米整備士にガミガミ言われないようにと、ベルクートの操縦系統の勉強をするために格納庫に足を踏み入れた時、ベンチで横になっている栗色のポニーテールが目に入った。

 

「んー?」

 

 ためしにその顔を覗いてみると、なんとまぁ珍しい物を見た。なんと、彼女が寝ているのだ。いや、人間なのだから寝るのは当たり前なのだが、あのいつも怒っているような表情の彼女からは想像できない寝顔を拝見したため、不覚にもどぎまぎした。やはり、子どもと大人の境目と言う物は恐ろしいと、スザクは改めて実感する。そして自分が年下好きであることも実感する。

 

(あ、今のは別にこの新米が好きだという意味ではない。断じてだ)

 

 頭の中で自分に言い聞かせると、手近にあった仮眠用毛布をやまとが起きないように被せると、ベルクートの図面片手に愛機のもとへと歩みよった。

 

 

 

 

 

 Su-47ベルクート。もともとは生産会社の性能実験用に開発された機体で、初号機には武装機能が一切なかった。

 

 しかし、その高すぎる性能が高く評価され、改めて武装機能がつけられて、ごく一部の機体が実戦配備された。その初めての戦場がベルカ戦争である。

 普通なら、そう簡単に手に入らない機体だ。戦闘用に生産されたのは少数のみで、買おうと思ったら受注生産しなければならないため、費用が一層かかってしまう。

 

 だが、スザクはこの機体を飛行機墓場と呼ばれるスクラップヤードで発見したのだ。

 

 飛行機墓場、と言っても使えるが使う機会が無い飛行機や戦闘機なども置かれるため、たまたま使われなくなったSu-47を安い値段で譲り受けたのだ。

 

 この機体を選んだ理由は特にない。ただ、これなら自分の理想的な動きを実現できるかもしれないと思った。

 

 ついでに言うなら、素直に格好いいから、でもある。

 

「…………ん、ボルトが摩耗しているな。これは交換すべきか」

 

 機体前部カナード翼を調べていたら、一か所ボルトがすり減って緩んでいたのに気づく。それを外し、近くに居た整備兵に同じボルトはあるかと聞き、ちょうど持ち合わせていたためそれを受け取ると、改めてつけなおした。

 

 

 

 

―ノルトランド沿岸部上空―

 

『サイファー、給油完了。ディスコネクト!』

 

 空中給油機、KC-135のフライングブーム式ホースが機体背部から引き抜かれ、旋回したF-22の青く染められた翼がきらりと光る。

 

「ノルトランド空軍、給油に感謝する。帰りもよろしく頼むぜ」

『もちろんだ。ファーバンティまでよいフライトを』

 

 KC-135の細いエンジンを四つぶら下げた翼が左旋回し、美しい細身の胴体の腹をあらわにしながら彼方へと飛び去っていく。

 

 サイファーも傍らで待機していたC-17の左後方のポジションに戻ると、再び真っすぐ目的地へ向かう。F-22には、ブラックアウト対策として操縦桿を離すと機体が自動的に水平になる機能が装備されているため、手を離して背伸びすることも可能なのが救いだ。

 

 備え付けのアタッシュボックスからスポーツドリンクを取り出し、ゴクゴクといい音を鳴らせながら飲む。

 

『まったく、風呂上がりに牛乳を飲むおっさんみたいにいい音立てて飲むね』

「まぁな。こうした方が気分的にも美味しく飲めるし」

 

 ボックスにドリンクを放り込み、右足を上げて左太ももに乗せるとブーツを脱いで足を揉みほぐす。

 

『思ったけど、サイファーおっさん臭いよね』

「なにぉう!? 俺はこれでもぴちぴちの二十代だぞ!」

 

 かぁぺぺぺと反論する本人だが、いやその反応してる時点でおっさんだぞとにとりは突っ込む。

 

「ええい無礼な!!」

『はいはい』

 

 適当に通信機を切り、にとりは作業用パソコンの画面に目を落とす。少々目が痛いが、もう少しだけ頑張ろうとキーボードを打ち込む。

 

「うーん、やっぱり機体強度に限界があるかな……軽量かつ急激なGにも耐えられる……バランスが難しいな」

 

 計算式を打ち込み、PCの計算処理を開始するが、結果はエラー。頭をパリパリと掻いて、うなだれる。

 

「三次元可動ノズルを搭載で機動力を底上げするか……」

『ところでにとりよー』

「んあ?」

『お前が受け取る物ってなんだよ?』

「ああね。教えてあげたい所だけど、向こうの事情もあるから極秘なんだよ。盟友である君にも教えられないものだからこればかりは話せないね」

『むぅ、それは残念だ。新型機とかそんな所か?』

「それも言えないよ」

『かぁー、こいつはお手上げだな』

 

 またC-17の真上をバレルロールで通過し、元の位置へと戻る。まったく、無駄な機動は上手いのだから尊敬もするし呆れもする。

 

「しっかり護衛してくれよ。ユージアでごたつきが無くても、万が一ということはあるんだからね」

『はいよ』

 

 やれやれ。にとりはもう一度ため息をつくと、ギャレーへと足を伸ばしてコーヒーを追加する。砂糖は少なめ。ミルクは多め。一口飲むとまたパソコンの前へと戻り、キーボードを打ち込む。

 

 そうしてしばらく無言の状態が続いた。時折サイファーの鼻歌や、故郷で勉学に励んでいるであろう恋人の名前を叫んだりしていたが、次第にその頻度は少なくなり、やがて黙り込んだ。まさか眠ってるのではないかとにとりは声をかけたが、その度に返事が来たので安心する。

 

 そして、サイファーとにとりを乗せた二機の軍用機は、ついにエルジア領空へと進入した。

 

『こちらファーバンティコントロール。接近中の航空機二機、所属とIFFを示せ』

「こちらウスティオ空軍第66番航空師団、先行遊撃戦闘飛行隊009番隊サイファー、ならびに同じく大型輸送航空隊リーパー。エルジアファーバンティへのフライトプランに従って接近中。確認されたし」

『…………オーケー、確認した。予定通りの到着だ。ファーバンティ空軍基地へとレーダー誘導を開始する。高度2万フィートまで降下。その後タワー完成へコンタクトし、指示に従え』

「了解。これより降下する」

 

 少し厚めの雲に向けて、機首を浅く地面に向けて降下。ふわりと体を撫でるかのように軽い落下の感触が生まれる。後方から、それに続くC-17。首を曲げてそれを確認したサイファーは、翼を軽く振ってそのまま雲の中へと突入し、雲の下を目指して飛行する。

 

「なんか怖い感じだったな、今の管制官」

『まだ戦争終わって5年だからピリピリしてるんだよ。今はISAFが取り仕切ってるからね』

「ご機嫌ななめ、か」

『仕方ないさ。敗者の宿命だからね』

 

 ガタガタと揺れる機体の主翼に雲がぶつかって、空気の流れに沿って後ろに流れて行く。下は雨だろうか。この分だと結構降ってそうだった。

 

「む、抜けるか」

 

 視界が開け、薄暗い空と海、そして前方に海岸線が現れる。ユージア大陸だ。

 大陸を認識したと同時に、キャノピーを雨粒が叩きだした。

 

「にとり、後ろは任せろ。先に着陸してくれ」

『あいよ。最終アプローチに入ったらそっちも続いてね』

「了解」

 

 にとりの機体が降下しサイファーはその後ろからついて行く。気づけば北の空が明るい。どうやらにわか雨のようだ。おそらく着陸するころには晴れてくれるだろう。

 

 にとりのC-17がギアダウン。同時にファーバンティ空軍基地の滑走路および進入灯の光が視界に入る。

 

『リーパー1、着陸を許可する。風は東から7ノット、視程は8マイル』

『リーパー1、了解』

 

 さらに降下。サイファーもギアを降ろし、フラップダウン。管制塔から許可をもらってにとりに続く。

 

 進入灯の点滅が近づき、滑走路に向けて伸びて行く。C-17が先に滑走路へと入り、機首を上げてタッチダウン。エンジンカバーが割れ、機体の排気が逆噴射されて滑走路にたまった水たまりを吹き飛ばす。

 

『サイファー、着陸を許可する。後方気流に気をつけてくれ』

「了解だ。感謝する」

 

 C-17が誘導路に進入し、サイファーも続けてタッチダウン。エアブレーキを全開にし、機首上げをいつもより長く保って機体全体を使って減速。速度が減ると機首を水平にして前輪が接地。にとりと同じ誘導路へと進入し、後に続く。そしてその時を待っていたかのように雨がやみ、光が差し込んできた。

 

「ったく、調子のいい天気だな」

 

 誘導員の誘導指示に従って機体を停止。エンジンカット。キャノピーオープン。ヘルメットを脱いでようやく外の空気を吸い込み、盛大に深呼吸を繰り返す。

 

「長旅お疲れさん。ほい、胡瓜」

 

 ひょいと投げられた緑の細長い野菜を受け取り、ポリポリとかじる。

 

「ふむ。さすがに美味い。味噌ないか味噌?」

「ミッソーならあるよ」

「それミサイルだろ」

 

 長旅で疲れた体を癒すかのようにふざけ合い、二人の脇の滑走路を訓練用のSR-71が飛び去っていく。近くでエンジン音が鳴ろうものならマッハでそっちの方を向く癖があるサイファーは、ダイナミック回れ右をしてその離陸を見送る。

 

「あいつもまだまだ飛ぶんだなぁ」

「一応偵察衛星が使えなくなった時のために残されてるからね」

 

 黒煙を残して飛び去る黒鳥の名を与えられた翼が消えて行き、基地は一旦静かになる。と、

 

「あ、いたいた。にとりさーん!」

 

 遠く、格納庫の方面から声が聞こえ、その方向を見るとそこから美しい銀髪をした、見た目で言えばにとりと年齢が変わらないほどの少女が現れる。目を引くのは獣耳を連想させる特徴的な癖っ毛。例えるなら犬みたいな少女だった。

 それプラスズボンの腰に犬の尻尾の形をしたタオルをぶら下げており、さらに犬っぽく見える。

 

「お待ちしてました! お久しぶりです!」

「おお、本当に久しぶりだね。おっきくなったんじゃないかな?」

「そんな、にとりさんと年はあまり変わらないですよ」

「胸が」

「そっちですか!?」

「サイファー行けぇい!!」

「初対面だが、ダイナミック☆乳揉みレッツゴー!!」

「い、いやあぁぁあぁあぁーーーーーーーーーっっ!!!??」

 

 

 

 

「いやぁ、ごめんごめん。椛大丈夫?」

「お嫁にいけないです……」

 

 しくしくと泣く銀髪の少女は、散々揉みしだかれた自分の胸を隠すように押さえてうずくまる。

 

「で、気持ちよかった?」

「気持ちよかったからさらに悔しいんです!!」

 

 ビクンビクンと体を震わせ、少女は涙目になる。

 

「あははは。サイファーはぶっちゃけテクニシャンだからねぇ。さすがは変態パイロット」

「編隊パイロットの間違いでは?」

「変態」

「変態です」

 

 養豚場の豚を見るかのような目をする二人の視線を真正面から受け止め、サイファーは頭にヘルメットが叩きつけられたかのような感覚になり、若干ながら涙目になる。ああこれも自分の運命である。

 

「さて、冗談はここまでにして紹介するよ。この子は犬走椛。私の昔からの友人さ」

「初めまして。犬走椛です。ちなみに椛の感じは木と花って書く方です。噂は聞いていますよ、サイファーさん。円卓の鬼神の再来だそうですね」

「正直俺は実感ないがな。真の円卓の鬼神には敵わないさ」

「でもここまで変態だとは思いませんでしたよ」

「それは無しにしてくれ」

 

 改めて、サイファーは自分の紹介をするために、一回咳払いをして喉の調子を整える。

 

「じゃあこっちも、改めましてヴァレー空軍基地所属のサイファーだ。ちなみに本名はあえて言わん」

「にとりさんから聞いてますよ」

「お前仕事速いんだよ」

「はっはっは」

 

 自慢げのにとり。こいつは一体どこでどんな話をしているのか、いつか河城にとり密着24時的なドキュメンタリーを作りたいと思うサイファーである。

 

「で、椛。本題だけど、渡す物は?」

「はい。完成していますよ。積み込み作業を今から始めてもオッケーです」

「さすが手まわしがいいね。なら今日の深夜に積み込みを開始して」

「分かりました。なら、それまで町を見て回りませんか?」

「そのつもりさ。ちょうどスカイキッドに行きたいから、案内してよ。サイファーも一緒にさ」

「頼むぜ」

 

 ぐっと親指を立てるサイファーに、椛は笑顔で承諾し、その後ろではC-17のカーゴハッチが解放され、サイファーのF-22に燃料チューブが接続され、サイファーはグラウンドのクルーに礼を言って歩き出した。

 

 

 

 

 ファーバンティ空軍基地から歩いて10分。小ぢんまりとした小さなアパートの1階部分に作られた店、それがスカイキッドファーバンティ一号店である。

 

 本店はサンサルバシオンにあり、エルジアのエース部隊である黄色中隊がよく訪れていた店として有名であり、終戦後にスカイキッドの店員達、そして地元住人から戦争当時一体彼らはどんな話をして、どんなコーヒーを飲んでいたのか知りたいという声が殺到し、このファーバンティ一号店が開店した。

 今は全世界に17店舗が展開中だそうだ。

 

 基地から近いその店に入り、ドアに取り付けられた鈴の音が耳に心地よい音を立てる。それと同時に鼻孔をくすぐるコーヒーの匂い。いい香りだ。サイファーは店内の雰囲気を味わう。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店に入ると、褐色肌で金髪少女の店員が出迎え、手ごろな席に案内してお冷を出す。

 

「ふーむ、ここが黄色中隊が大絶賛したスカイキッドファーバンティ一号店か。なかなかじゃないか」

 

 こなたのバーもいいが、こっちにはこっちの良さがある。ユージア大陸の空気、というものも影響しているのだろうか。

 

「コーヒー三つお願いします」

 

 椛が慣れた口調で注文し、その間にサイファーは店内をぐるりと見回して地元のパイロットたちがなかなか集まっているのを実感する。

 

「…………ん?」

 

 そのパイロットたちの中に、何か自分に視線を感じる物があった気がした。首をあちこちに曲げて見回すが、しかしその視線の正体はつかめない。

 店に居るのは、男三人組の一般客と、二人組の女性、片方は黒いスーツを着込み、もう一人はパイロットスーツと帽子という組み合わせで。その隣の席にはISAF軍のパイロット。

 

「…………気のせいか」

 

 前の戦闘で少し精神がピリピリしているのだろう。そう結論付けてサイファーはにとりの談笑に再び参入した。

 

「それで、先輩ったら『椛ちゃん可愛いからいいモデルになる!』って言って私の服脱がしてきたんですよ!?」

「いい仕事だ!」

「どこが!?」

「椛、男にとってそれは夜のお供にされる話だよ」

「それでその後は何された!? ○○○○入れられたり○○○突っ込まれたりしてアンアン言ったのか!?」

 

―ゴンッ!―

 

 あわあわと赤面する椛は可愛いが、そろそろ止めないと本当に椛がかわいそうだし、場所が場所なだけにそろそろ止めさせようと、にとりは腰に常備していたスパナでサイファーの頭を殴ってやった。

 

「はいそこまで~」

 

 何やら赤黒い液体が染み付いたスパナを御絞りで拭きとり、その隣にある謎の物体は放置する。言っておくがサイファーだった物体である。

 

「に、にとりさん…………」

「安心して。こっちじゃ日常茶飯事だから」

「これ毎日ですか……」

「大丈夫大丈夫。前はモンキーレンチで死ななかったから」

「それ撲殺ですよね!?」

「…………はっ!? ここはどこ!? 私は誰!?」

「お目覚めかな?」

「私は一体誰なのですか? そうだ、きっとあなたのその立派な胸を揉ませてくれれば私の記憶がもど……」

 

―ガンッ!!―

 

 今度はハンマー。サイファーは今度こそテーブルに沈んだ。

 

「…………」

 

 それをあんぐりと見つめる椛は、ただ笑顔を浮かべるにとりを正直怖いと感じていた。

 

 


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