ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

34 / 37
Final Mission -THE UNSUNG BELKAN WAR-

 オーレッド湾上空を、三国の国籍が並んで飛んでいた。三国の国籍がともに翼を並べて空を飛ぶその姿は壮観で、世界のあるべき姿がここに表現されていた。

 

 だが、それは敵も同じだろう。憎しみに憑りつかれた者たちもまた、三国の国籍を背負ってこちらに向かっていた。皮肉なことに、平和を象徴するこの連合航空隊の敵は、同じ連合航空隊なのだ。

 

『こちら空中管制機サンダーヘッド、各機聞け。こちらの長距離レーダーに反応を捉えた。現在確認できる数は既に30を突破、なおも増加中。予想では50機と言われていたが……これはもっと増えるぞ』

 

 データリンクが送信され、サイファーはレーダーを広域モードにしてその数にげんなりする。冗談抜きで画面を敵機を示す光点で埋め尽くされようとしていた。

 

「おいおい……これ三桁行くんじゃないのか?」

『FLANに予測数値を出してもらおう。少し待ってろ』

 

 スザクがそういって一分も経過しなかったくらいで結果がワイバーンのモニターに送られる。予想機体数、70機前後。

 

「頭おかしいやつらが少なくとも70人いるってことか……」

『憎むのは簡単、分かりあうのは難しい。最悪だな』

『でも今の混乱した状況でまともに補給ができるとは思えないわ。勝機はある』

『しかし、頭の古いベルカパイロットなら機体をぶつけてでも落としにくるだろう』

 

 そういうのはベルカンナイツリーダーである。本国のパイロットが言うことだ、きっと間違いない。サイファーはふと尋ねてみる。

 

「お前さんもいざとなったらそうするのか?」

『いや、特攻はごめんだ。パイロットは生きて帰ってくるものだ。死ぬことを美にしてしまったやつに未来はない。俺はそんな認識を変えるためにここまで来たんだ』

「いい時代になりそうだな」

『まったくだ』

 

 レーダーの警戒ラインに敵の戦闘が到達し、アラートがなる。交戦距離まで五分。サイファーは全兵装の安全装置を解除する。

 

『こちらサンダーヘッド、交戦まで五分を切った。これよりサンダーヘッド、並びにラッキースターは二機同時で情報処理を行い、戦闘指揮を行う。SOLG到達まで一時間もない。ラーズグリーズが必ず破壊してくれるだろう。我々にできるのは彼らの邪魔をさせないよう、ここですべての敵を叩きのめすのだ。各機、これで終わらせるぞ!』

『ラッキースターです。これより戦闘指揮を開始します。臨時で組まれた部隊ですが、あなた方ならきっとやり遂げると信じてくれます。『ガルム大隊』、ご武運を!』

 

 部隊を統一し、新たに生まれた地獄の猟犬は群れとなって現れる。そこに集う翼に描かれた赤い猟犬。15年前、世界の終わりを食い止めた犬は鎖のように巻き付いた呪いを食いちぎるために牙をむく。

 

「了解だ。ガルム1エンゲージ!」

『ガルム2エンゲージ!』

『ガルム3エンゲージ!』

『ガルム4、5、6、エンゲージ!』

 

 次々とガルム隊が交戦に入り、ミサイルセーフティを解除する。先制超長距離ミサイル発射まで数十秒、X-02がFLANとラッキースターとデータリンクし、発射タイミングを友軍機と共有する。

 

「各機先制攻撃! まずすれ違いざまに叩き落すぞ!」

 

 全ウェポンベイ解放。合計22発の超長距離ダークファイア空対空ミサイルが顔を出す。それとほぼ同時にHUDにターゲットが続々と表示され、空を覆い尽くしていく。

 

(シャレにならねぇ……でも、行くしかない)

 

 シ―カーダイアモンドが一機、また一機とロックオンしていく。それとほぼ同時にレーザー照射の耳障りな警告音。だが射程はこちらのほうが圧倒的に上なのだ。焦るな、まず各実にロックオンすることが最優先なのだ。

 

 そして22機のロックオンが終わる。会敵まで一分を切った。先手を撃つ。サイファーはトリガーを引いた。

 

「ガルム1、FOX3!」

 

 まずワイバーン胴体のウェポンベイから6発のミサイルが切り離されてロケットブースターに点火。続いてFASTパック片側二か所、両方合わせて16発が搭載された回転式ミサイルパイロンから次々と発射。データリンク支援を受けたミサイルは此方に向かってくる敵機に群がり、予想外の超長距離射撃を受けた20機以上の敵機が回避運動に入る。だが長距離をより短時間で飛翔するように設計されたダークファイアミサイルは、コンマ数秒回避行動が遅れた敵機でも容赦なく食らいつく。

 

『ああ! ジョン・ルーイがやられた!』

『落ち着けジェーン、指揮を引き継げ!』

 

 まさかの先制攻撃に混乱する敵の無線。サイファーの第一撃で12機が散る。ロックオンした半分以上の撃墜だ。続いて少し遅れて発射された友軍のミサイルがサイファーのミサイルを回避した敵機の背中に突き刺さる。これで20機以上は撃墜した。しかし、まだ50近くの敵が残っている。これだけやってもようやく三分の一なのだ。しかも最悪の知らせがラッキースターから届く。

 

『さらに敵後方から増援! 数……20前後!』

 

 明確な数字が言えないのはレーダーがいっぱいになって数えてる暇がないからだ。実際はもっと多いと仮定したほうがいいかもしれない。推定戦力比は1対5。頭がおかしくなりそうな数字だ。

 

「まだこれからだ! 第二波攻撃、二人とも行くぞ!」

 

 ガルム三機が先行。スザクと海里が前に出てADMMの発射体制を整える。サイファーがガリウムレーダーで強引に敵のステルス機の位置を割り出し、データリンク。ADMMポッドが展開、敵の先頭との接触まで十秒を切る。レーダーロックは既にされている。だが速さで強引にすり抜けて見せる。撃たれても当たらないことを祈るだけだ。

 

『全兵装開放、全弾発射!』

 

 海里の宣言と同時に胴体上部、主翼追加パイロンに追加されたポッドからありったけのADMMが発射される。同じくSu-47ADVANCEのウェポンベイに格納されたポッドからも二十を超えるマイクロミサイルが撃ち込まれる。

 ロックオンした数は数えていない。とにかく射程に入ってできる限りのロックオンをしてぶちまけただけに等しい。ミサイル着弾、目の前で複数の火球が生まれて衝撃波が舞う。それに交じって敵から放たれた長距離ミサイル。

 三機は敵機の大群に飛び込み、どうにか攻撃をかいくぐる。しかし四方からミサイルアラート。サイファーはFASTパックをパージし、スザクと海里は全弾撃ち尽くしたADMMポッドをパージして身軽になる。直後、三機が投棄したポッドからチャフとフレアが大量にばらまかれ、群がるミサイルの目をつぶす。そのタイミングで友軍の中距離ミサイルが着弾した。

 

「散開! 孤立せずにペアを維持しろ! 目に入った敵から撃ち落とせ!」

 

 ミサイル切り替え、まず目と鼻の先にいた一機をヘッドオンで撃墜。続いて右旋回して降下に入っていた一気に機銃照射。敵被弾、撃墜に至らず。上昇して上を見ると三機が機銃をばらまいて来てとっさに右ロール、さらに反転して回避。次にロックオンアラート、間髪入れずにミサイルアラートへと変貌してバレルロール。回避成功、ミサイルを撃った敵を海里が撃墜する。

 

『なんてことだ、敵は全部円卓の鬼神だぞ!』

『だからどうした、俺たちのプライドを踏みにじったやつらを生かして返すな!』

 

 体勢を立て直して敵機が飛び込んでくる。それをサイファーはひらりと回避し、目の前を横切った敵に機銃掃射を浴びせる。

 

『こちらラッキースター、SOLGの攻撃可能ポイントの正確な座標が割り出せました。これに基づいて最終防衛ラインを形成、皆さんのレーダー画面に表示します。ここより先には一機も入れないでください!』

 

 ちらりとレーダーを見る。そう余裕があるようには見えない。この混戦だ、必ずどさくさに紛れて抜け出す奴らが出てくるに違いない。その機体に追いつけるもう一つの防衛ラインを脳内で組み立てる。

 

「スザク、右だ!」

 

 スザクの右から奇襲を仕掛けてきたF-35Aに気付き、声を荒げる。スザクはエアブレーキを上げ、急減速。目の前をF-35Aが横切り、主翼と尾翼を捻って機首を無理やり捻じ曲げ、ミサイルを放って命中。しかし速度がぐっと落ちたため、背後からさらに二機が食らいつく。それをベルカンナイツ改め、ガルム4、5がカバーする。

 

『サイファー、直上!』

 

 突貫でラダーを左に蹴り飛ばす。コックピットの脇を銃弾が突き抜ける。上を向いて確認していたらその間にキャノピーは血の海になっていた。

 轟音を立てて、敵機がすり抜ける。機影は確認していない、というか暇がない。次から次へとがなり立てるアラート音、既にガルム大隊全機が混戦状態に陥っていた。

 

「各機自分の位置を見失うな! やばいと思ったらすぐに叫べ!」

 

 ガルム6、F-15Cが前後を挟まれているのが見えた。ミサイル切り替え、長距離ミサイル選択。前後から襲う二機にロックオンを仕掛けてミサイル発射。敵はたまらず回避運動に入るが、前方から来たほうは無防備に腹を晒してガルム6の銃弾を受ける。燃料引火、主翼がへし折れて機体は制御を失って落ちていく。

 

『ガルム1助かった! 帰ったら一杯奢る!』

「それは死亡フラグだから取り消しておけ!」

『じゃあ奢れ!』

「俺が死ぬからやめろ!」

 

 後方に敵機が食らいつく。機銃掃射を受けるも明後日の方向に飛んでいく。スロットルMIN、エアブレーキ展開。ぐっと体に力を入れ、直後に機首上げ。そのまま一回転してのクルビット、機種が下を向いた瞬間に敵機の背中。ガンアタック、キャノピーが真っ赤に染まり、蜂の巣になる。

 

『AWACS、状況を教えてくれ! 今何機落としたんだ!?』

『こちらサンダーヘッド、レーダーから消えた機影数は既に30を超えた。それ以上はわからないが、現在こちらの被害報告はない』

『今のところ快勝だな、了解!』

 

 一度最前線から離脱したラファールMとタイフーンが翼を翻して飛び込む。デルタ翼が生み出す高速飛行時の高機動性能はミサイルの回避に大きな力となり、二機は三機を撃墜して無事最前線を突っ切った。

 

『いい動きだ、俺も行くぞ!』

『付き合うぜ同士』

 

 低空に飛び出したのはF-22とSu-33。追いすがってきた一機を振り払い、編隊を組むと腹に抱えていたすべてのミサイルを発射する。だいぶ無理のある角度から発射したため、命中しないものもあったが、敵機を蹴散らすには十分でまるでモーセの滝の様に道が開け、二機はその真ん中に飛び込むと逃げ遅れた三機の背中に銃撃を叩き込んだ。

 

『やったぜ、どうだ!』

『バカ、後ろだ後ろ!』

 

 F-22に張り付いた一機をスザクがTLSで撃ち抜く。FLANの補正により、スザクに目をつけようとしていたもう一機がついでと言わんばかりに撃墜される。だが背後からミサイルが迫り、フレアをばら撒いてダイブ。空気を吸い込み、体に力を入れて急上昇。全遊動式になった巨大な前進翼が機体を押し上げる。

 

『こちらサンダーヘッド、ガルム大隊へ。解析により敵戦力の三割以上の撃破を確認した。確実に数は減っている、このまま押し切れ!』

 

 サイファーは時計を確認する。最初のヘッドオンからまだ十分前後しか経過していなかった。もう一時間以上は戦っている気分なのに、まだまだ先は長そうだった。

 

 その時であった。ワイバーンのレーダーに反応。そしてFLANからの警告メッセージ、最後にゆたかの悲鳴に近い通信が飛んだ。

 

『緊急! 高速で接近中の飛翔物体確認!!』

 

 

 

 

 E-2Dに変わり、懐かしのE-767に搭乗したゆたかは戦闘空域内の情報、および都市部の避難状況などの情報処理に追われていた。まず最優先すべきは適正勢力の明確な数を確認すること。現在までに捕捉した敵影は97機。撃墜数は29機。すでに此方の頭数以上の敵を撃ち落とした。戦闘開始から13分12秒経過。ゆたかはキーボードを滑るように叩き、味方に被害が出ないよう危険分子を可能な限り予測してデータリンクを送り続ける。

 

 そんな中、避難民を乗せた旅客機、および輸送機、さらには地上で避難誘導しているオーレッド地元警察からの戦闘情報の提供が要請される。今どれくらい敵を抑え込んでるか、安全な飛行ルートはどこかなど、現在ラッキースターに搭乗しているオペレーターたちは戦闘以外にも忙殺されそうになっていた。

 

(戦闘空域の中心部にガルム11が取り残されつつある、脱出ルートを選択して一番近いガルム19と20に合流させないと。サイファーさんたちは散開してはいるけど必ず三機のうちだれかが援護に回れる距離を保っているから今のところ問題なし。敵の指揮系統はおそらくそこまでしっかりしていない、だから北側の集団はまるで統制が取れていない。このIFFは……オーシアとユークが混じってる、なら当然……ここを叩けばまた数が減らせるかも。ガルム17と16は中距離ミサイルを持っているからそれで対応できるはず)

 

 ショートカットコマンドを入力し、戦闘機に「ここに急行せよ」とだけ指示を出す。喋る暇はない、喉を動かす時間ですら惜しい。それをするくらいならボードを叩いたほうがいい。ゆたかの脳はフル回転する。幼いころテレビで見た核の光。それがこの地で起きようとしている。絶対にさせない。断じてさせない。

 

 その時だった。レーダーにアンノウンの反応が現れ、体が跳ねる。北側から一直線に接近する機影を見た。速度はマッハ2、かなりの高速だ。しかし、その機数はたった1。今更一機が加わったところで何になるのだろうか?

 

 そう思った瞬間だった。アンノウンが二つに分裂したのだ。いや違う、飛翔速度が違う。この速さはおそらく、巡航ミサイルの類。ゆたかの前身を、なめるような寒気が襲った。

 

 リンクは飛ばして飛翔進路を表示したが、その進路は戦闘空域、特に戦闘機が密集している区間のど真ん中を突き抜けていた。ということは、炸裂弾頭? ゆたかはたまらず叫んだ。

 

『緊急! 高速で接近中の飛翔物体確認!!』

 

 

 

 

 スザクはゆたかの警告でとっさに離脱、その直後だった。ミサイルが戦闘空域の真ん中に飛び込んだ瞬間、空が光った。遅れて轟音と衝撃がコックピットを叩く。がなり立てる警報は熱源反応が増大した警告音。機体がひっくり返りそうなのをどうにかこらえ、スザクは頭を振って損害を確認する。FLANがいいタイミングで損害状況を表示する。損傷なし。だが、味方に被害が出たのは間違いなかった。

 

『こちらガルム13、目の前で17が消えちまった!』

『ガルム8、10から脱出が確認できない! リック、ディアス、脱出だ!  早く出るんだ!』

『ガルム19ダウン! 応答しろベルナール! 聞こえているなら早く機体を捨てろ!』

『あの光はいったいなんだ……星でも降ってきたのか!?』

 

 無線が阿鼻叫喚に包まれる。レーダーを確認すると味方のIFFが消え、それどころか敵航空部隊までもがごっそりと消えていた。

 

「何が起きてる!? AWACS、ゆたか状況は!?」

『確認中! ですが北より敵機接近! 攻撃したのはそいつです!』

「北!?」

 

 FLANがレーダーを表示し、北から接近する機影を補足する。その機影は一切進路を変えずにこちらに突っ込んでくる。接触まで三秒、二秒、一秒、交錯。見たことのないシルエット。目に入るのは不気味なほど大きい主翼。しかし、スザクは見た。その垂直尾翼に描かれた銀の弾丸のエンブレム。まるで撃ち抜くのか宣言しているかのようなその存在感。ああ覚えてる、鳥肌が立つ。俺をあざ笑ったクソっタレ。まさか、生きていたとは。

 

「キニゴス!!」

『そうだ、私だ!!』

 

 黒い機体が反転する。鳥を思わせる巨大な主翼が東の空に照らされる。その機体にはキャノピーがなく、代わりにカメラか何かだろうか、複数の光がコックピットと思わしき部分から目のように光っていた。どこか生物的で、不気味な雰囲気はその場にいたパイロットたちに不安を駆り立てた。

 

『ずっとお前を探していた!! 私を侮辱した貴様を!』

「あのままくたばってれば良かったものを!」

 

 キニゴスの機体がスザクと再び交錯する。その際機体の形状をもう一度確認することができた。主翼は下反角が付けられた緩い後退翼を持ち、主翼端には角度を揃えた鋸刃状の切り欠きが設けられていて、機体の心臓部であるエンジンはかなりの大型だった。恐らく制空戦闘機ではない。だが、遠ざかる速さを見てエンジンは爆発的推力を持っていることが予想できた。

 

『こちらサンダーヘッド、敵増援を確認! こいつ何か規格外のものを積んでるぞ、各機警戒を怠るな!』

『なんだあの機体は、見たことないやつだ!』

『あの機体からのミサイル……シンファクシ級が持っていた散弾ミサイルと似た爆発をしていたぞ!』

『だがユークにあんな機体はない! IFFも違うぞ!』

「こちらガルム2、奴は俺と因縁がある。俺が行く!」

『まてスザク!』

 

 サイファーが左後ろに着く。振り向くと彼はじっとスザクを見つめていた。バイザーを下したその向こうの表情はスザクもよく分かっている。

 

「ああ……わかってる。任せろ相棒」

『……なら大丈夫だな。行ってこい相棒!』

 

 ブレイク。スザクはヘッドオンで向かってくるキニゴスと正対する。15年前の栄光、そして復讐に捕らわれた狩人と、15年前の復讐を捨て、未来に生きることを決めた吸血鬼の妹が今、再び激突する。

 

 

 

 

 戦闘空域はるか上空の宇宙空間に、偵察衛星は軌道修正しながら戦闘の様子をリアルタイムで映し出し、その映像はオーレッド国際空港の格納庫に設置された複数台のモニターに映し出され、整備兵誘導員、負傷したパイロットたちが食い入るようにその行き末を見守っていた。

 

 そんな中突如起きた爆発にカメラが一瞬ホワイトアウトし、その次には複数の機体が爆発、または煙を噴いて落ちていく様子が映し出されていた。

 

「なんだ今のは!?」

「機体がごっそり消えて……そんな馬鹿な!?」

「ディアスが……そんな……」

 

 その光景を見て気持ちが昂るものもいれば、現実とは思えず呆然としている者もいる。だが、河城にとりは知っていた。あの機体、あの兵器。あれは試作で終わるはずだったのに。

 

「にとりさん……あれは!」

 

 椛もその機体につい知っていた。ベルカが開発し、敗戦後は存在がうやむやにされたその機体の設計図は、後にグランダーに持ち込まれて完成されていたのだ。

 

 にとりはすぐに自分のタブレット端末にアクセスし、奥底に眠っているデータ群から該当するものを洗い出す。そして随分古い資料の中についに見つけた。ベルカから逃げ出す土壇場の際に紛れ込んでいた代物だ。

 

「あった! すぐにサイファーたちにつないで、早く!」

 

 適当な通信機をひったくるとにとりはラッキースターへと回線をつなぐと、作戦空域に居る友軍機への中継を頼んだ。

 

「全機、聞いて! こちら河城にとり、たった今現れた未確認機の詳細を説明する! あの機体はグランダーI.G.が作っていた戦闘攻撃機、ADA-01アドラー。ポリ窒素を使用した特殊弾頭、MPBMを積んだ機体だ! 当初の計画より弱体化された武装だけど、巻き込まれれば戦闘機なんて一瞬で粉々になるから気を付けるんだ!」

 

 ADA-01アドラー。ADF-01ファルケンと共に開発されていた戦闘攻撃機。ファルケンをベースに設計された機体は42パーセントの共通を持っており、攻撃機とはあるが十分な空対空戦闘能力を持ち合せている。当初搭載予定だったSDBMを搭載し、高速で対象に接近、遠距離から発射した後に高速で離脱というヒットアンドウェイを想定していたため、そのエンジン推力は既存の機体を凌駕している。

 

 この機体はグランダー社がユークに提供するために開発していた機体だったが、戦況がベルカの想定よりも早く動いてしまい、機体自体は完成していたが本来搭載するはずのSDBMの開発が間に合わず、廃棄される予定だった。しかし、奇跡的に脱出に成功したキニゴスのために急きょADFX-01、および02が搭載していたMPBMを再生産、搭載してキニゴスに引き渡されたのだ。

 

 だが、にとりは疑問に思う。確かにアドラーは機動力も戦闘機と同等で、エンジン出力においては凶悪なレベルである。全開出力で戦えば太刀打ちできないだろう。が、あくまでそれは中身の人間が堪えられればの話である。アドラーはもともと無人化を想定されて作られていたのだ。その高すぎる性能で簡単に人を殺せてしまう。だから人間が乗ればその本来の性能は低下するはずだった。

 

 にも拘らず、中継モニターに映るアドラーは最高性能を引き出しているようだった。スザクが追いすがろうと背後を奪うが、その瞬間には高速で離脱して急反転、再度攻撃に入っている。この動きだと推定15Gは出ているはずなのだ。

 

「まさか……」

 

 にとりの脳裏に、いくつかの単語が浮かぶ。人体改造、ドーピング。今のやつは平均的な人間の能力を上回っているとしたら?

 

「奴ら……狂ってるなんてレベルじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 スザクはなぶるように襲い掛かってくるADA-01の攻撃に何とか食らいつこうと操縦桿を振り回していたが、いかんせん背中に背負ったTLSの重量が災いし、アドラーに追いつくことがなかなかできずにいた。

 

「かっこつけたはいいがこれじゃらちが明かねぇ!」

 

 もともとSu-47そのものは最高速度は高くなく、機動力に全ステータスを割り振ったといっても過言ではないスペックでアドラーに追いつくことは事実上不可能であった。

 

<データリンク受信、敵機詳細判明。ADA-01 ADLER。MPBMを搭載、攻撃範囲の予測値を表示>

 

 モニターにMPBMの範囲が表示される。この規模だとおそらく中型の空軍基地ですら一撃で消滅させることができるだろう。ちょっとした核爆弾とほぼ同じだ。事実、ポリ窒素を使ったMPBMは放射能を出さないため、燃料帰化爆弾よりも強力で核兵器の様に土地に後遺症を残さない兵器であるため、使い勝手が良かったのだ。あと少しでこれよりも強力なSDBMを搭載するところだったのだ。結局のところ搭載が間に合ったのはシンファクシ級戦闘潜水空母だけであったが、その威力はオーシアのパイロットたちにトラウマとして刻まれている。

 

「FLAN、あいつの動き頭おかしいと思うんだが、っと!!」

 

 反転してガンアタックしてきたアドラーをかわし、左から別の敵機が迫ってるのに気が付いて舌打ちをしたが、サイファーがそれを叩き落して難を逃れる。大丈夫だ、あいつならうまくやるだろう。その間にFLANが回答を表示する。

 

<現在の時点では厳しい。敵機の最大負荷Gは15Gを超えているが、有人にも拘らずなんの影響もなく戦闘を行っている。故にパイロットは肉体改造を行ったか、薬物投与の可能性がある>

「クソが、過去のために自分の体をそこまで痛めつけるか……」

 

 最も、自分はつい最近まで心を痛めつけていたのだから人のことは言えないのだろうと思った。結局のところ本質は同じなのだ。誰にでも、過去に捕らわれて人として歪む可能性はある。

 

『貴様のような、貴様のような未熟な若造が我々の邪魔ばかりをする……あの時も、今も!』

 

 主翼に懸架されたMPBMが発射される。ロックオン自体はされていないが、自分の後ろには友軍が乱戦状態でもみ合っている。あそこに飛び込めば甚大な被害が出て防衛ラインを突破される。唯一の救いは大型化したミサイルの初速は遅いということ。そのため搭載量も限られ、アドラーの主翼に四発のミサイルが無理やり搭載されているのだ。

 

 冷静にTLSを選択し、飛翔ルートの計算をFLANに任せて発射。迎撃成功、直後に内蔵されたポリ窒素が不安定になり誘爆。バイザーを下していても突き刺さるような光はスザクの視界を潰し、その向こうから怪鳥の翼が現れる。左ロール、キャノピーのすぐ上を不気味な目を光らせるコフィンキャノピーがすり抜ける。これでMPBMは残り二発。

 

「昔のことなんて知ったこっちゃねぇ! 元はといえばお前が、お前たちがこんなバカげた戦争を起こさなければよかった話だ! 結局お前たちは、15年前の理想を求め続けて自分で自分の首を絞めているだけだ!」

『その理想を邪魔する貴様らさえいなければ、我々は醜い姿にならずに済んだのだ!』

 

 ミサイルアラート。チャフ散布、主翼を立ち上げて急制動をかける。一発は惑わされて落下、だがもう一発がしつこく追ってくる。ラダーペダルを右に踏み込んで機体を捻じ曲げ、寸でのところで回避する。だがそのせいで空気抵抗が増大して機速が激減し、背後からキニゴスが迫る。

 

『お前たちが、お前が! 我々のすべてを破壊した! だから取り戻す、貴様を落としてベルカの未来を取り戻す!』

 

 機銃掃射。失速寸前の機体をどうにか安定させて弾幕をかいくぐる。FLANの空力学演算処理が主翼とカナード翼の角度を最適化して機体を保つ。だが、それをもってしても距離が近すぎた。数発が垂直尾翼に命中して穴が開く。だが、スザクも負けない。

 

「ざけんな! お前たちの望む未来は、今のベルカが求めている未来とはかけ離れている!」

 

 オーバーシュートしたアドラーの背中がさらけ出される。TLS選択、照射。赤い一筋の光が、槍の様に伸びてアドラーの垂直カナード翼を焼き切る。

 

『若造が作ろうとしている未来など、取るに足りない! そんなものは幻想にすぎないのだ! 我々が築き上げた強国ベルカこそが、あるべき姿!』

「お前だってその若造だったんだぞ! あんたの言う理想そのものが幻想だ! 過去を美化して未来を潰すな!」

『黙れぇェええええ!!』

 

 アドラーの機体が跳ね上がる。そう思った瞬間、直角に近い旋回半径でスザクの真正面に回り込むとミサイルを放つ。ピッチアップで回避。だが、キニゴスはスザクに着弾寸前の距離でミサイルを自爆させて破片の中にベルクート改を飛び込ませた。

 

「ぐあっ!」

 

 煙で視界が一瞬消える。飛び出た向こうにADA-01の翼。だが攻撃できる距離ではなく、再び至近距離ですれ違う。だが、スザクは機体の異変に気が付く。

 

「しまった、破片をっ!」

 

 左エンジンに破片が飛び込んで推力が落ちていた。左に傾く機体、その背後から反転する怪鳥の禍々しい翼。だが、スザクは迷いなく左エンジンの推力をアイドルにし、右推力を上げて左ラダーペダルを踏み込み、機体を疑似的なフラットスピンに落とし込んで機体を真後ろに向け、ミサイルを発射。キニゴス、たまらず射線上から退避。バランスを崩しかけたベルクートをFLANが緊急修正して立て直す。その際、幸運なことにエンジンが生き返る。スロットル全開。

 

 首を曲げ、アドラーを探す。見つけた、上方二時方向。機速を取り戻し、追撃に向かう。垂直カナードを失い、アドラーのバランスがやや崩れているようだった。見えるチャンスはすべて使う。

 

 TLS選択、レティクルの中にADA-01をとらえてすかさず照射。だが補正射程内にギリギリ入らず回避される。小回りはベルクートほどではないが、既存の機体ほぼすべてを上回っているのは間違いなかった。再び距離を離される。スザクは無理に追うことをやめ、こちらに鼻先を向けるタイミングでのヘッドオンでの戦闘を決意する。

 

「ドッグファイトのほうが、得意なんだがな……」

 

 操縦桿を握りなおす。額に溜まった汗は止まることを知らず、グローブは既に絞れるほど湿っていた。FLANがアドラーが反転したことを警告する。HUDに映るターゲットキューがこちらに向かって接近する。スザクはマスクの中で舌を舐めずりし、左手の中指を突き立てた。

 

「かかってこい、老害! その腐った根性叩き潰してやる!」

 

 交錯。衝撃波と衝撃波が激突して機体を大きく揺らす。右旋回、スロットル全開。アドラーの背中を睨む。TLS選択、まずは奴のエンジンを潰すのが一番である。が、ヘッドオンでかつ超高速ですれ違うのだから、真正面でミサイルを撃ったところで追尾が追い付く前にすり抜けてしまう。

 

 だからキニゴスがやったように近接でミサイルを起爆させ、破片を突き刺して空気抵抗を増やすか、エンジンに破片を飲み込ませて潰すかのどちらかができれば勝算は生まれる。だがベルクート改は近接信管ミサイルは搭載していないため、FLANの自動制御でTLSを照射、起爆させる。

 

 反転を終え、キニゴスを捉える。機動力ではベルクート改に分があるため、アドラーはまだ旋回の途中であった。言葉で言えばチャンスに見えるが、ミサイル射程外まで距離を離しているため、手を出すことはできない。

 

 キニゴス、反転終了。再び爆発的推力を使って突撃してくる。瞬き二回もしないうちに交錯する。スザク、ミサイル発射。接触まで一秒、刹那にFLANがTLSを自分から放ったミサイルに命中させ、起爆。不規則に回転しながら破片をまき散らし、こちらにとびかかるアドラーに破片の雨が降り注ぐ。向こうからの攻撃はなし、交錯。

 

『こざかしい手を!』

「同じことしたお前が言うか!」

 

 再び反転、ヘッドオン。そこでスザクはアドラーからわずかではあるが煙が出ているのをこの目で見た。行けると踏む。スザクがキニゴスに攻撃を仕掛けるチャンスはヘッドオンの一瞬しかないが、それは向こうも同じことである。ドッグファイトに持ち込めばベルクート改のほうが圧倒的有利だ。だから同時に、ミサイルを真正面で起爆させるこの方法は有効だった。

 

 ロックオン直前、今度は攻撃のタイミングをずらして無誘導でミサイルを発射。FLANがすぐさまミサイルを起爆。それを確認するとピッチアップ。真下を怪鳥がすり抜ける。

 そのままループに入り、スロットルを押し込む。アドラーほどではないにしろ、ベルクート改を支えるラムジェットエンジンはスザクを潰しにかかる。腹に力を入れて血液の循環を止めないように踏ん張る。噴きあがる煙が太くなっているのが見える。次でエンジンを潰して見せる。

 

(さぁこい、次で足をへし折ってやる!)

 

 が、直後主翼から切り離される大型ミサイルの姿。FLANの警報ががなりだてる。弾着予測地点は、敵味方が入り混じったエリアだ。

 

「FLAN、迎撃しろ!」

 

 だがミサイルアラートが響く。反転を終えたアドラーがミサイルを放つ。今ミサイルを迎撃したら自分たちが死ぬ。FLANはそう叫んでいた。

 

「っ!!」

 

 スザクは本能的に悟る。今ここで自分が回避したらミサイルの迎撃は間に合わない。いくら射角の補正がある改良型TLSとはいえ、迫るミサイルを回避するには上昇の選択肢しかなかった。機体上部にユニットを置く以上、コックピットへの干渉を避けるために下方への攻撃ができないのだ。だが、回避すれば味方の被害が甚大になるのは必至だった。選択肢が生まれる。

 

1.被弾しないという奇跡を信じてミサイルを迎撃する。

2.仲間を見捨ててキニゴスを落とす。

 

 くそったれ、そんな判断すぐにできるわけがない。時間がない、足りない、全然足りない。自分は機械じゃない。FLANの様に一瞬で判断を下せるものなんて持ち合わせていない。

 

(くそっ、くそっ!!)

 

 一体どちらに転がれば戦況が変わる? どうすれば最適な戦闘になる? 1を選び、もし自分が落ちた後の処理はどうする? サイファーが請け負ってくれるだろうか? 2を選び、仲間が多く死んだらどうする? 今ここであのミサイルを止めることができるのは自分だけなのだ。

 

 極限の選択。スザクの脳はこの時点で人外レベルの回転を行っていた。だがそれでも答えは出ない。どちらかの決断に踏み出す一歩が踏めない。もう時間がない。トリガーを引くか、操縦桿を引くか今この瞬間決めなければならない。もしこのまま時間が過ぎれば……。

 

 答えが出ない。キニゴスのあざ笑う声が聞こえた気がする。『さぁ、選べ』と。最終決断まであと0.42秒。それまでに1か2、どちらかを決めなければ、「3.迎撃できずに自分も死ぬ」という最悪の選択肢に押し込まれる。理不尽だ。選べないと最悪の方向へ進むなんて。なぜ、こうも理不尽なのだ。

 

 スザクは叫ぶ。声にならない叫びをあげる。だがその時間さえも残りのカウントダウンに含まれているのだ。

 

 残り、0.22秒。

 

 

 

 

 スザクがキニゴスと交戦する一方で、AWACSラッキースターの中で情報処理を行うゆたかは、次々と舞い込む情報の量に文字通り手が追い付かなくなっていた。MPBMによる被害状況とその被害エリアの算出、スザクとキニゴスの交戦エリアを割り出して友軍に防衛ラインを送信。次にオーレッドの避難指示を行っている地元警察から戦闘の状況を催促され、その次にはSOLGが攻撃可能地点にまで降下したと情報が入る。その矢先ラーズグリーズへの戦闘空域防衛ライン直前に敵機が入り込んだのを見つけて最も近い場所にいたサイファーに指示をコマンドで送信。だが今度は地元警察から道路がふさがって避難ができないという声が届く。

 

「こんなのじゃ間に合わない!」

 

 思わずゆたかは声を荒げる。見た目とは似合わないその悲痛な叫びは機内を一時騒然とさせ、しかし状況はそれだけ厳しいものだということを示していた。

 

「もう一つキーボードをください、なんでもいいから早く!」

 

 半ば怒鳴り散らすように言うゆたかの言葉に真っ先に反応したのは、今回パイロットではなくオペレーター補佐としてキャビンにいたみなみだった。すぐさま予備のキーボードを取り出し、タイピングを続けるゆたかの目の前にあったUSB端子に接続する。一体何を? 乗務員がそう思った直後、ゆたかは接続されたキーボードに右手を伸ばし、なんと二つのキーボードを同時に操作を始めたのだ。右手は戦闘指示、左手は地元警察官及びその他交通機関への情報提供を行うために指が走る。その様はまるで摩擦がなくなったかのような速さで、誰もが彼女の人外に近いそのテクニックに唖然とした。

 

『こちらオーレッド市警678、避難がやや遅れ気味だ、そっちの戦闘はどうなってる!?』

「こちらラッキースター、防衛ラインは死守しています。SOLGに対し迎撃部隊が合流済みです。落ち着いて行動してください。ブロック23の道路には余裕があります、そちらを経由して移動してください」

 

 左手で情報送信のコマンドを入力し、その間に無線を連合航空部隊に切り替え、右手で戦闘指揮を出す。緊急の指示は口頭で出す。

 

「ガルム12、後方から二機が接近中、九時方向にガルム14が居るのでそちらに回避を。ガルム1、防衛ラインに向けて三機が進軍中。叩き落してください。ガルム3はサイファーの援護を」

 

 無線切り替え、今度はオーレッド国際空港。

 

「オーレッドタワー、航空機による避難の状況は?」

『こちらタワー、地上管制が悲鳴を上げているが七割完了! エプロンはガラガラになっちまった!』

「了解、そのまま指定された安全圏まで飛行の指示を」

『こちらエアイクシオン177便、機体トラブル発生! 大至急オーレッド国際空港に着陸したい!』

『こちらタワー管制、だめだ今は緊急事態で受け入れできない!』

「空中管制機ラッキースターです。177便へ、現在オーレッドでは戦闘が行われています。そこから南に100キロ地点に全長10キロの直線道路があります。そこへ不時着してください」

『だがこちらは……』

「核爆弾の直撃を受けるよりましです」

 

 そういうと何とも答えられないのが旅客機側である。緊急着陸して蒸発するか、リスクは高いがその後の安全が比較的ましな不時着か、パイロットにとっては究極の選択である。

 

『エアイクシオン、南へ向かう。あとで救助をよこしてくれよ!』

「判断に感謝します。民間を含めた全ての消防、救急を手配します」

 

 タイピングをして、他の乗務員に残りの処理を任せて戦闘指揮に戻る。その間も指は一切止まることなくキーボードを走り続ける。ちょうど、にとりがアドラーのデータを転送してきたところだった。それをすぐさまスザクへ、正確に言えばFLANへと送信。その時再びレーダーに反応。ゆたかは目を見開く。敵の増援だった。一体どこから湧いてくるのだろうか。とにかく考えるのは後にしてサンダーヘッドに残りの敵機の数を送信する。

 

『サンダーヘッドより迎撃航空隊へ。敵機は半数以下になったが、さらに増援接近! 数は十機を超える模様!』

『クソっ、あと何機くるんだ! こっちも大概損傷が厳しくなってきた!』

『ガルム6被弾! だめだ、エルロンが効かない、脱出する!』

『うおっ、またあの光だ! 敵機が何機か飲み込まれたぞ!』

『メーデー! メーデー! 離れたところにいたのに主翼に穴が開いた、ガルム11イジェクト!』

 

 レーダーからまた一機、ガルムのIFFが消える。これでガルム大隊は四分の一が撃墜された。推定戦力比は当初より圧倒的に増えており、一機辺りの負担が二倍、三倍へと昇っていく。敵だって万全じゃないしもう長くはもたない。だが、SOLG迎撃のために戦闘を行っているラーズグリーズを妨害さえできれば彼らの勝利なのだ。奴らは帰還することを考えていない。失うものを失った人間ほど恐ろしい存在はない。だからこの防衛ラインだけはなんとしてでも死守しなければならない。

 

 なのに、足りないのだ。機体も人材も、数は敵の方が上だった。戦争というのは、結局のところ数の差で勝負が決まる。今回もまたそんな結果に陥るのか? 嫌な考えがゆたかを包み込もうとする。

 

 再びレーダーに反応。東からアンノウンが接近中。敵の増援? ゆたかが警告を出そうとし手を伸ばし、しかしその直前だった。IFFが「青色」に更新されたのだ。

 

 

 

 

 突如、敵機にミサイルが群がり、あちこちで炎が上がった。一体何が起きたのかと海里が疑問に思う間もなく、レーダーに反応が現れる。IFF反応、青。つまり友軍。東からこちらに向かって接近中。水平線からついに姿を現した太陽。その中から一機、また一機と戦闘機の姿が現れる。数は5、いや7……違う、さらに増えていた。

 

『オーシア空軍第108タスクフォース、ウォーウルフ1 ウィリアム・ビショップ。ハーリング大統領の命により、これよりガルム大隊を援護する。ウルフ隊二手に分かれろ、ガッツは俺と来い』

『了解です隊長殿! 騎兵隊のお出ましだ!』

 

 四機のF-22は主翼に搭載されていた増槽を切り離し、二組に分かれて混乱する敵のど真ん中に飛び込む。タスクフォース108、ユークトバニア首都シーニグラード攻略のために送り込まれていた部隊だ。

 

『昨日の夜にユークトバニアから飛び出してノンストップで飛んできたんです、さっさと終わらせて見せましょう隊長!』

『お喋りもほどほどにだ。指揮官機、聞こえるか。これからは我々も助力させていただく』

『こちら空中管制機サンダーヘッド、ウォーウルフ隊よく戻ってきてくれた。助かる』

『オーシアだけじゃないぞ!』

 

 そういって青、白、黒のトリコロールカラーで染められた槍のような戦闘機がウォーウルフ隊に噛みつこうとしていた敵機を蹴散らす。あの独特なシルエット、上下に伸びた尾翼、あれはISAFが極秘に製造していたXFA-27三号機だ。

 

『ISAF第77航空試験部隊ギャラクシー1、紘瀬シンだ。たまたま有視界飛行を行っていたら、たまたま道に迷ってここまで迷い込んじまってロックオンを受けた。よって防衛行動に入らせてもらう』

『なーにがたまたまよ。来る気満々だったくせに』

 

 凛とした女性の声とともに、XFA-27の後方をカバーするべく、やや小柄な前進翼戦闘機が現れ、ミサイルを放つ。ベルクートと同じくスリーサーフェスの翼。そのエンジンは珍しい上下のタンデム配置となっており、そのおかげで最大の特性であるVTOLを実現させたノースポイントで開発中の実験機、ASF-X震電Ⅱである。

 

『ギャラクシー2ソラ・ミサキ、介入行動に入ります。損傷機は後退を、あとは我々が引き継ぎます』

 

 震電Ⅱの後方に敵機。だが乗り手は焦ることなく主翼先端を折りたたみ、リフトファンを始動させると鳥のようにふわりと舞い、簡単にオーバーシュートすると機銃を浴びせて撃墜する。

 

『俺たちだけじゃない、他の国からも援軍がそろい踏みだ。サピン、ファトー、オーレリア、それにヴァレーの連中もついてきた』

『サイファー、微力ながらお手伝いします』

 

 エメラルドグリーンと翡翠のラインを描いたF-15Cからスパローミサイルが発射される。まだ赤の抜けない小僧の声。ヴァレーを共に脱出したリック・ハドソンだった。

 

『リックか、無理してこなくてもよかったんだぞ』

『自分は道案内です。ジェンセン、ショーホーも一緒です!』

 

 ヴァレー脱出組が集結。三位一体となって飛び込むと、エンジンにダメージを受けて敵に追い回されていたガルム7を援護し、一直線に離脱。反転して再び集中攻撃を仕掛ける。

 

 突然の増援に敵はたまったものではなかった。オーシアだけでなくユージア大陸やその他大陸内国家、ヴァレーからも精鋭が文字通り飛んできたのだ。瞬間的に戦力比は6対1にまで追い込んだのに、一瞬で覆されていく。おまけに敵味方見境なく飛んでくる炸裂ミサイルにも怯えなければならないと来た。この国際連合増援部隊により、最初から不安定だった敵陣形は崩壊が決定的になった。

 

 

 

 

 残り0.19秒。友軍に増援が間に合い、戦況が大きく変わる中、スザクは何度目かわからない自問自答を繰り返していた。こんな重要な時にも限らず、スザクの頭の中は理不尽クソっタレ、という感情が渦巻いていた。思えば自分の妹も報復攻撃で息絶え、戦闘機乗りになってみればベルカの陰謀に巻き込まれ、やまとは殺されそうになって今は仲間と自分の身、どちらを守るべきかを強いられている。

 

(…………まてよ?)

 

 スザクはここで一つ疑問に気が付いた。なぜ、いつもどちらかに絞られるのだろうか。今ある選択肢は三つ、うち一つはどちらも救えないというバッドエンドものである。

 

 なぜ、どちらか、またはどちらも助からないという選択肢しかないのだ?

 

 スザクの頭が一気に冷えていく。単純だ。なぜこんな簡単なことに気が付かなかった。自分は戦況をいかに有利にしようとしか考えていない。ピクシー、片羽の妖精の言葉が脳裏を走り抜ける。

 

『お前は戦況の読める奴の様に見えるが、そうじゃない。無理に合理的な結果を探そうとして、結果ギリギリの結果につながっている。それだと高みへ行くことはできない。貪欲になれ、悪魔の執事よ』

 

 ピクシーの言葉の意味をようやく理解した。貪欲になれ。悪魔はすべてを欲する。そうだ、自分が選ぶ選択肢は最初からこれしかない。

 

 ミサイルの弾着まであと0.11秒 。スザクは主翼を立ち上げ、急減速。真正面への翼面積と角度が大きく変わったことにより、ベルクート改が急減速。被弾までの時間を0.12秒稼ぐ。機首がやや下を向いたところでTLS照射。目標は発射されたMPBM弾頭。光の速さで放たれた紅い剣(レーヴァテイン)は噴出口をかすめ、その一瞬で安定翼と表面部分を溶かし、バランスを狂わせてミサイルを起爆。その間にスザクの元へと飛び込むミサイルは弾着まで0.09秒を切った。だがスザクは迷わない。自分が求めるものはすべて手に入れる。理不尽な現実を突きつけられるなら自分も理不尽な要求をすべて叶えて見せる。

 

 理不尽に勝てるのは、理不尽だけなのだ。

 

(リミッター解除!!)

 

 スザクの選んだ選択肢。それは「4.迎撃に成功し、自分も助かる」だった。

 

 スロットルに配置されたTLSのリミッター解除ボタンを押し込み、直後TLSの太さが三倍以上に膨れ上がる。コックピットに飛び込もうとしていたミサイルは、面積が広くなった物理的光源の壁に阻まれて爆破。破片が降り注ぐが、ベルクート改はほぼ無傷でその場を乗り切った。

 

 

『馬鹿な!?』

「まだだ!!」

 

 機体をそのまま捻り、すれ違う直前のキニゴスに向ける。より太くなったTLSの閃光が怪鳥に襲い掛かり、その右エンジンをかすめる。そのままインテーク外部が焼き切れ、エンジンが火を噴いた。ついにその足を潰すことに成功したのだ。

 

 その一方で代償もある。TLSが太くなる、ということは搭載されている機体にもレーザーが近づくということなので、ベルクートがダメージを負う可能性もあった。よってキャノピー上部が溶解し、溶けたガラスが一瞬で固まって濁り、上方への視界がほぼ完全に潰されてしまう。

 

 しかしスザクは構わない。今自分の目的はキニゴスを完全に葬り去ること。過去に捕らわれた愚か者に次の世代を殺されるわけにはいかない。こいつは、この狂った男だけは生かしておくわけにはいかないのだ。

 

「何が選択だ……なんで犠牲が必要なんだ……理不尽ばっか押し付けやがって、ふざけんじゃねぇ!」

 

 スザクの体が憤る。その憤りが頭に達して声帯を震わせる。だがその一方で脳内自体は液体窒素の様に冷静だった。怒りで震える体の一方で、思考は連鎖反応を起こしたかの様に広がっていく。FLANの戦況予測が画面を駆け巡る。TLSの強制冷却に時間がかかることも、ミサイルの残弾が少なくなってきたのも、燃料があと半分ほど残っていることも、味方に援軍がやってきたことも瞬時に理解できた。それに合わせて体が動く。交錯し、反転したアドラーの背中にその牙を向ける。

 

「なぜ全部じゃダメなんだ……何かを犠牲にする選択なんて、そんなもの必要ねぇ!」

『ほう、すべてが欲しいか! なら貴様は私と同じだ! 誇りも、名誉も、すべてが欲しい! そのためなら腐った未来などいらぬ、あの時の栄光こそが私のすべてだ!』

 

 推力を失ったADA-01ではあったが、空力を計算した主翼と残ったエンジン出力だけでも十分ドッグファイトができる力は残っていた。主翼に残っていた最後のMPBMがパージされるのをスザクは見る。機体を軽くしてベルクートとやりあおうという意思が溢れている。

 

 機首が立ち上がり、アドラーがオーバーシュートをしようとする。スザクも負けずにエアブレーキを展開させ、ベルクートを立ち上げてコブラ機動に入る。二機の戦闘機が並び、瞬間的にベイパーが巻き起こって白く包み込む。FLANが巧みに動翼を調整し、完璧な機体姿勢を保つ。そのおかげで二機は同時に水平に戻り、ポジションはスザクが有利のまま展開する。キニゴスは推力を上げて左旋回。スザクもそれを追いかける。

 

「俺が欲しいものは過去に執着した貴様の物と全く違う! 俺が、俺たちが欲しいのは新しい時代だ。ここに居る奴らはみんなそれを望んでいる、新しい道が欲しくてここまで来たんだ。それこそが今この世界が求めている答えだ!」

『時代など関係ない! 未来だと、その未来を私は絶たれたのだ! 今こそ取り戻して見せる!』 

 

 キニゴス、急減速しながらバレルロール。不意を突かれたスザクは舌打ちしながらハーフロール、急降下。ミサイルアラート、フレア散布。首を曲げて後方を見る。それと同時に機銃掃射を受けてラダーペダルを右に踏み込んで回避。

 

「それはお前が未来に生きようと思わなかったからだ。前を向かず後ろばかり見ていたお前は、自分が取り残されているのが怖くなった。だから次の世代を受け入れようとしなかった。過去の栄光を思い返すのは構わない。誇りを欲しく思うのも構わない。だが、時代が変わっていく以上“取り戻す”ことはもうできない。お前の言う栄光、誇りが欲しいのなら、“新しく手に入れる”しかないんだ!」

『喋るなぁぁあああ!!』

 

 おそらく薬の影響もあるだろう。キニゴスはもうまともな思考をすることができていないようだった。今彼を動かしているのは復讐心だけである。国のため、誇りのためだと口走っているが、もはやその本心は欠片もないのだろう。それでもこの凶悪な戦闘能力を見せるのは体に染み込んだ戦闘機乗りとしての本能、そして自分をここまで追い込んだスザクへの復讐心からなせるものだった。

 

(くっそ、動きが鋭すぎる! あれで攻撃機かよ!)

 

 スザクは一度呼吸を整え、背後を奪い返すべくアフターバーナーを点火させる。機首上げ、今。ループ機動に入ってキニゴスが真上に来る。だが濁ったキャノピー越しでは直接の目視はできないため、バイザー内のターゲットロケーターで追いかける。キニゴスも背後を奪われまいと同じくループ旋回をする。

 

 両者全く譲らない。アフターバーナーを一旦切り、エアブレーキをわずかに立ち上げて機首の小回りを利かせ、再び点火。機体を押し上げてなんとしてでもキニゴスの背後を奪おうとする。

 

「けどっ……こいつ、はぁ!!」

 

 スザクにすさまじいGが襲い掛かる。長時間ループ機動、それも高出力エンジンで加速を加えたものになると、パイロットはもちろん機体にもかかる重量は増大する。今現在スザクには連続40秒で8G、瞬間で10Gの負荷が掛かり、スザク、そしてベルクートとTLSを支えるハードポイントの寿命が猛烈な勢いで減っていく。

 

「くぉ……っがはっ!!」

 

 血液が回らず、呼吸をしようにも肺が圧し潰され、それすらも難しかった。酸素がとにかく足りなくて視界がどんどん暗くなる。だが、キニゴスの背後をついに奪った。ミサイル選択、シーカー冷却。ウェポンベイが待ってましたと言わんばかりにミサイルを腹から出す。

 シーカーダイヤモンドが重なり、ロックオン。その音と同時にミサイル発射。同時にスザクは操縦桿を緩め、大きく息を吸う。

 

 だが、次に意識を戻した瞬間、キニゴスを見失ってしまう。ほんの一瞬、瞼を下し、息を吸い込んだ直後にはもう視界にいなかった。レーダーを見るが反応が捉えられず、首を回して探し出す。が、次に訪れたのは衝撃だった。

 

『上が見えていないようだなぁああああ!!』

 

 濁って見え無くなったキャノピーの真上から弾丸の雨が降り注ぎ、左カナード翼が根元から千切れ飛んだ。とっさの判断で機体を真横に向けて可能な限り被弾面積を小さくし、それ以上の損傷を抑えることに成功するも、操縦系統の一部がダウンしたと警告が走る。カナードと一緒に操縦系統がお釈迦にされたのだ。

 

 FLANが瞬時に別系統にバイパスし、制御を取り戻す。だが再び背後を奪われ、右へ左へと急旋回をして振り切ろうと操縦桿を捻る。が、反応が鈍い。カナード翼を失って空力的バランスが狂ってしまっていた。スザクは現時点で急旋回での捻りこみは不可能と判断、主翼を無理やり立ち上げ、空気抵抗を増すと急減速。緩く上昇し、オーバーシュートを図る。その際掛かる逆Gは再び肺を潰す。

 

「がっ……!」

 

 連続の機動で酸素が足りず、思考が追い付かなくなりそうになりながらも気合で意識を引き戻し、HUDの向こうにアドラーのエンジンを見る。ガンレティクルが表示され、すかさずトリガーを引き絞る。漆黒の大鷲は怪鳥へ牙をむき、突き立てる爪に代わって撃ち出された鉛玉はアドラーの主翼先端に命中、破片がはじけ飛んで中空を舞う。

 

 自分の翼を傷つけられたのに怒ったかのように、アドラーが立ち上がる。コブラ機動、スザクは立ち上がった背中にカウンターで機銃をさらに叩きつける。機体の上面に穴が開いたのが見える。刹那、背後に回り込まれてミサイルアラート。レーダー誘導ミサイルの警報、チャフをばら撒いてスロットルをMAXまで押し込んで左急旋回、ハーフロールからの反転、スプリットS。濁ったガラスの向こうにキニゴスのターゲットキュー。ばれるロールで距離を稼ぎ、目の前をアドラーが降下してすり抜ける。弧を描くようにして旋回、スザクはそれを追いかけてミサイル発射。

 

 太陽が水平線から昇る。その光は至近距離で激突しあう二機を照らし出し、ベイパーコントレールが光る。まるで二匹の龍がお互いの首元に噛みつこうとしているその様は、その場に居合わせた全てのパイロットたちの目に焼き付いた。誰もがこの瞬間思った。これが、エース同士の対決だと。

 

 

 

 

『す、すげぇ!』

『なんだあのドッグファイトは……まるで殴り合いそのものだ!』

 

 パイロットたちはスザクとキニゴスによって描かれる大空中戦に見入りそうになりながらも、自身の任務を全うするべく敵を蹴散らす。できることなら降りてその戦いの結末をこの目で見たいくらいだ。中にはベイルアウトしてまでその様子を見ようか考えた者もいたという。

 

 サイファーの後方に位置取りながら、如月海里もまたその光景を目に焼き付けていた。一切迷いのないスザクの動き。憑き物が落ち、自分のやるべきこと、求めることをはっきりと見出した彼の飛び方はまさしく真のエースそのものであった。

 

「もう大丈夫ね」

『ああ。うちの相方は軟じゃないからな。あれくらいできて当然さ』

「一番心配してたのはあんたでしょうに」

『知らんな。さて、あいつの邪魔をされないように仕上げといくぞ。付いてこれるか?』

「付いていくねぇ。ちょっと違うわ」

 

 無線機越しにサイファーの怪訝そうな顔が見えてくる。海里は本来ついていくのはあまり好きではない性質なため、自分としてはこの場合こう言葉を変えたほうが一番しっくりくるのだ。

 

「一緒に行くわ]

『……そうか。なら一緒に来い!』

 

 X-02のエンジンノズルが火を噴く。それよりもやや早く、海里はアフターバーを点火させている。サイファーが12時方向から迫る一機にミサイルを叩き込み、その後方から飛び出したもう一機を海里が機銃で蜂の巣にする。レーダーを見、右方向に射程内ギリギリの敵機を見る。海里はとっさに右へと操縦桿を傾ける。するとサイファーも同じ方向へと切り返し、迎撃に向かう。海里にはサイファーが次に何をするのかが手に取るように分かっていた。サイファーもまた、海里が自分の隣にいることを信じて疑わない。20年を共に過ごし、そしてこれからも添い遂げることを約束された二人の信頼関係は、恋人や夫婦というものも超越し、もはや体の一部であった。

 

 サイファーが真正面からくる機体群にXLAAを撃ち込み、分散させる。そこに海里のADMMが襲い掛かり、撃墜ないし被弾させる。そのうち漏らしをサイファーがサイドワインダーで撃墜し、その下から襲い掛かる敵機にはY/CFA-42の鉄槌が下る。

 

 二人の鬼神の進撃は止まらない。スザクの戦闘空域を守るべく、彼女たちが進む先に現れる敵は面白いように落ちていく。パイロットたちはその様を見てあるものは驚愕し、あるものは興奮する。

 

『おいおい、こっちもすごいぞ! あの二機の先にいる敵機が次々消えちまった!』

『確かあの片方に乗ってるのは女だと聞いたが……なんて度胸だ、格が違う!』

 

 サイファーという右手が敵を粉砕し、そこに襲い掛かるまた別の敵を海里という左手が殴り飛ばす。互いが互いをカバーしあうその動きは、後に過去大戦で活躍した夫婦パイロットにちなみ、「フォーメーションM.M.ジーナス」と呼ばれた。

 

『あれが鬼神の再来とその妻と呼ばれるコンビの力……負けられんぞ、元祖空軍のベルカの力を見せてやれ!』

『こっちも伊達に生き残ってないぞ、いいとこばかり取られてたまるか!』

『各機、編隊を再編成。二機で一機を確実に仕留めろ。仲間を殺すな!』

 

 連合部隊の士気も最高潮に達し、次々と敵機が落ちていく。敵航空部隊は既に敗走し始め、しかし帰る場所もない彼らは戦おうが逃げようがどちらも救いがない状況に絶望する。道を誤り、禍々しい力に目が眩んだ愚か者たちは次々と猟犬に食われていく。戦力比はついに五分五分に追いつき、なおも猛攻は続く。

 

『なぜだ! なぜこうも奴らは赦すことができる!? 所詮一時のなれ合いにしかすぎないというのに!』

 

 サイファーに迷う面から向かってくるS-32。ヘッドオンで交錯、海里が機銃で被弾させ、エルロンを潰す。サイファーが反転する。

 

『確かに、俺たちのしていることはいつかは無意味といわれるかもしれない。だが、お前の言う一時の瞬間は必ず歴史に残る。俺たちはその瞬間を後世に伝えるために戦っているんだ。それすら理解できない奴らにとやかく言われる筋合いはない!』

『ああ……あぁああ、あぁぁあああああ!!』

 

 機動力を失ったS-32に鉛玉が襲い掛かり、その装甲を食い荒らしていく。蜂の巣にされた敵機の主翼が悲鳴を上げるかのようにへし折れ、破片をまき散らす。敵の戦線は完全に崩壊、復讐と憎しみに駆り立てられた者たちは空へと散っていく。決着はついた。あとは壮絶なドッグファイトを繰り広げるスザクとキニゴスだけだった。

 

(お父さん……)

 

 翼を優雅に振り回すサイファーの姿を見ながら、海里は行方知れずの父に問いかける。その飛び方は確かに父の教えを受け継ぎ、そして自らが生きるための糧へと進化していた。

 

 圧倒的な力で道を阻むものを蹴散らし、共に生きることを誓った仲間たちの道を切り開く。その堂々たる飛び方は敵に恐怖を与え、味方に力を注ぐ。

 

 右ロール、銃弾を回避。ウェポンベイ解放、ミサイル全弾発射。最後の抵抗をする堕ちた翼を根元からへし折る。

 

(あいつ、お父さんより速いかもよ)

 

 時代は変わる。サイファーは自覚こそしてはいないが、それは既に決まっている。

 

 鬼神の再来は、もはや再来ではなくなっていた。

 

 

 

 

 身体の寿命を容赦なく蝕んでいく高機動戦闘の連続は、スザクとベルクートに大きなダメージを与えていた。すでにコックピット内のランプは半分以上が赤、モニターに表記されているベルクート改の損耗率はざっと6割を超えている。アドラーと交錯する度に損傷は増えていき、胴体に弾痕が描かれれば火器管制装置がいかれてミサイルの片方が切り離せなくなり、パイロンごとパージした。燃料タンクも片方に風穴があいて緊急投棄。補助エルロンは近接信管で起爆したミサイルの破片を食らって海にダイビングし、TLSを支える四本の支柱の内、一本が千切れそうになっていたがまだ何とか凌いでいた。満身創痍とはまさにこのことだ。

 

 だが、それは向こうも同じことだった。アドラーの推力は序盤の半分以下にまで落ち、既に片方の垂直尾翼と水平尾翼は失われ、不気味に光るセンサーが一部点灯していなかった。TLSで焼いたエンジンからは出火しているのか、煙が断続的に伸びて空に不規則な絵を描く。

 

 アンバランスなSu-47ADVACNEを、FLANは自分の演算能力のすべてを使って機体バランスを保ち続けていた。だが、度重なる損傷とコンピューターの過熱により、FLANの演算がギリギリにまで追い込まれていた。コックピット後部のコンピューターユニットの温度は急激に上昇し、亜音速状況下の戦闘にも拘らず表面温度は100℃に達しようとしていた。

 

 よってコックピットの中の温度も上昇し、容赦なくスザクの体力を奪っていく。だが、体が熱い一方でスザクの頭の中は氷のように冷たかった。ただひたすらにキニゴスの次の動きを予測し、次にどこを見るか、次にどう動くか、どの武装を選ぶかが手に取るように分かっていた。この数年で蓄積された戦闘機乗りとしての経験が完全開花し、獰猛に勝利を求めてとぶその姿はまさしく悪魔そのものであった。

 

 キニゴスがミサイルを置き攻めとして切り離し、近接信管が起爆する。構わずスザクは爆炎に飛び込み、そして飛び出す。炎をまとったベルクート改はTLSを照射。アドラーの右主翼先端を引き裂く。だがバレルロールの急減速で背後に回ろうとして、しかしスザクも負けじと同じくバレルロール。二機が螺旋を描いて雲を巻き上げる。太陽の光を鈍く照らし、互いが互いを主張する。ここは、俺の空だと。

 

『なぜだ……なぜこうもついてこられる!? 経験も技量も、機体も体も何もかもすべて私のほうが上回っているはず、それなのに貴様は!』

 

 キニゴスの叫びが聞こえるが、頭が冷え切って奴の言うことが鬱陶しく感じる。そんな言葉を聞くくらいなら戦うことに意識を飛ばしたほうがいいに決まってる。欲しいのは勝利。力。己の望んだ世界、結末。憎しみや復讐なんて関係ない。欲しいのはその先だった。待っている奴がいる。そいつとこの先を生きていく。それを阻む障害は何だろうと関係ない、排除するだけだ。

 

 何度目かわからない交錯。機体のランプがまた一つ赤くなった。だがまだ飛べる。動翼も武装もエンジンは生きている。自分の体だって絶好調だ。

 

『なぜだ! お前は何だ! たかが傭兵がなぜここまでついてくる!? お前はいったい何なんだ!?』

「答える義理はない!」

 

 機銃掃射。ついにもう片方のエンジンノズルに着弾し、煙が上がる。これですべてのエンジンにダメージを入れた。TLS選択、とどめを刺してやる。

 

 しかし、キニゴスはなおも急旋回して距離を離そうとする。スザク、追撃。ハイGターンで引き離そうとする。だがベルクートにそれは無意味。Gこそすさまじいが、奴の限界もまた近い。我慢比べにさえ勝てばそれでいいのだ。

 

「きっ……うぅ、ぐあっ!」

 

 歯を食いしばりながら、スザクは自身の10倍近い重力に耐える。キニゴスも限界か、旋回角度が緩くなる。

 

『…………そうか……やはり貴様はどこまでも愚かな小童だ』

 

 負け惜しみを。これで止めだと、スザクはTLSのレティクルを重ねようとして、しかし直後にアドラーの機首が立ち上がり、クルビットを行う。急減速する敵機を回避しようとラダーペダルを踏み込もうとしたその時、見た。

 

 アドラーのコックピット部分が上下に展開し、隠された発射口が現れたのだ。姉妹機であるADF-01に搭載されていたTLS搭載口は、アドラーのもう一つのミサイルパイロンとして存在していたのだ。その中に覗く黒い弾頭。そう、最後のMPBMが潜んでいたのだ。

 

(そんなの、ありかよ!!?)

『私の勝ちだぁあああああ!!』

 

 発射される悪意。この距離ではキニゴスだってただでは済まない。だが、それでもスザクを撃墜するという信念が彼をそうさせた。方法や形などどうでもいい、重要なのは結果なのだ。この考えは皮肉にもスザクと同じだった。

 

 弾着まで瞬き一回分しかない。スザクは危機を感じることはできてもそれがどういった危機なのか、どう回避すべきなのか、操縦桿をどの方向に倒せばいいかまでの考えが間に合わない。見て、判断して、操作、そして機体が反応。回避運動するまでにはここまでのタイムラグがあるのだ。

 

 万事休す、なすすべなし。恐怖する時間ですら残されていない。にも拘らず、スザクは一切恐れない。むしろ自分の勝利を信じて疑っていなかった。明確な危機がそこにあるというのに。ただ、彼は本能的に感じていた。

 

 そんな彼に反応したかはわからない。突如、FLANが高速で文字を打ち出した。このFLANの行動は搭載したにとり、やまとが全く想定していない事態を起こすことになる。メインモニターに高速で打ち出される文字。まるで、彼女が叫んでいるかのようだった。

 

<I have control.>

 

 

 

 

 

 炸裂。眩い光が空を覆いつくし、そしてその中にSu-47ADVANCEが飲み込まれるのをパイロットたちは見た。サイファーが叫ぶ。中継カメラが光に包まれて画面がダウンし、しかしその直前に爆発に飲み込まれるスザクを見ていたやまとが悲鳴を上げる。レーダーが一時的にホワイトアウトし、ゆたかは言葉を失う。聞こえるのは、下種の高笑い。

 

『はは……ははははははははは! そうだ! そうに決まっている! 常に勝つのは、私なのだ!』

 

 光の中からアドラーが脱出する。発射直後に逃げたとはいえ、機体の損傷は激しく、すでにモニターの半分が死んで、エンジンを守るフレームもはがれて、血管のように広がった機体のパイプがむき出し、そこからオイルなどが噴出していた。飛べるかどうかも怪しい状態だったが、キニゴスは気にしない。憎き小童を、コケにしたあの餓鬼を葬り去ったのだ。それさえ叶えば十分なのだ。

 

『犠牲にする必要がない? あるのだ! あるから貴様は死んだ! 取り戻した……お前が死んだことで私は取り戻した! あの栄光を、名誉を! お前が死ねばそれで、私は救われるのだ!!』

 

 もう戦況が決定的になっても、キニゴスには関係なかった。薬物投与で腐りきった脳では、復讐はスザクを葬り去ることで完遂したことになっていた。どのみち、今ここでサイファーがロックオンをすればキニゴスは回避運動するまもなく落ちるだろう。

 

「ああそうかよ」

 

 キニゴスの表情が固まった。腐りきった脳が、最後の危険信号を発する。直後、背後から悍ましい殺気。かろうじて生き残った後方センサーがMPBMの爆炎を映し出す。その向こうから、悪魔は現れる。自分を焼き尽くそうとした業火を鎧として身にまとい、その身焦がれようとももろともせず、ただひたすらに目の前の獲物を目指してそれは現れる。狩人(キニゴス)を狩る、紅い悪魔(スカーレット・デビル)

 

「だったら、お前は救われない!!」

 

 煙の中からSu-47が現れる。耐えたのだ。あの至近距離で起爆したMPBMの爆発を耐えきったのだ。起爆する直前、FLANはスザクから操縦を奪い、TLSを照射。着弾寸前のMPBMを誘爆させ、直後にコックピットの被弾を回避すべく機体を立ち上げて腹を向け、壁にしてスザクへの被害を食い止めたのだ。

 さらにウェポンベイからミサイルを投棄。MPBMの爆炎に巻き込んで起爆。その爆風で襲い掛かるポリ窒素を可能な限り蹴散らし、コックピットの生存可能性をさらに引き上げたのだ。

 

 だが、最小限になったとはいえ、機体は無事では済まなかった。右主翼は半分が消し飛び、かろうじて原型を保った左主翼には大穴があいている。ノーズコーンは下半分がえぐり取られてレーダーが脱落。キャノピーは砕け散り、左エンジンは完全に死んだ。ウェポンベイハッチも海の藻屑と化し、ミサイルパイロンは溶けた。TLSは高熱でオーバーヒート寸前で、ジェネレーターが融解寸前まで来ていた。

 そして、スザクも無事で済まなかった。FLANの急制動により、臓器の一部が損傷し、吹き飛んだキャノピーの破片がヘルメットを貫き、その影響で右目の神経にダメージが入った。まだ見えてはいるが、じきに視力を失う。加えて頭から流れ落ちた血が右目に入り込む。開けられない。だが、スザクは根性でこじ開けてみる。倒すべき敵をその目で見る。

 

『馬鹿な!? あの爆発で!?』

「てめぇなんざに、俺のやまとが作った機体を落とすことなんか、できるわけねぇぇだろぉおお!!」

 

 それでも、大鷲は飛ぶ。傷だらけになってもなお襲い掛かるその姿は、悪魔が乗り移ったかのような執念深さだった。その姿にキニゴスは恐怖する。

 

(FLAM、TLSは撃てるか?)

<1 second 可能>

「上等、だっ!!」

 

 アフターバーナー点火。最後の加速、推力を失ったアドラーはもはや成す術がない。故に、確実に近づく死を目の当たりにすることになったのだ。

 

『来るな、来るな、くるなぁああああああ!!』

 

 その恐怖は確かに迫る。死ぬ。死ぬ。死ぬ。キニゴスにはもう射出レバーを引く考えも浮かばなかった。どのみち、MPBMを至近距離で食らい、電気系統が死んだ状態では脱出はできなかった。

 

「地獄に落ちろ、ド外道ぉぉーーーーっっ!!」

 

 TLSの全リミッターが解除され、紅い閃光が怪鳥の目を貫く。コフィンキャノピーはいとも簡単に溶けて消え、その光はキニゴスに直撃し、彼の胴体と首から上を切断した。

 

 

 

 

 ご存じだろうか。人間は仮に首と胴体が切断されても、十数秒間は意識が存在しているのだ。よって中世の世界で行われていたギロチンによる処刑は、それが執行された罪人、ないし反逆者、あるいはそれが疑われる人間たちは、床に転がり落ちる感覚と自分の首から下を目の当たりにすることになる。

 

 キニゴスもまた、首から上が体から切り離されても意識はあった。目の前に広がるのは朝日と散らばる機体の破片。ゆっくりと、スローモーションのように世界が流れていく。

 

 だが、キニゴスは確かに見た。

 

 目の前に、悪魔がいた。幼い少女の姿をし、しかしその背中には歪な形の翼をもち、その血に飢えた口からは鋭い牙が向いている。その悪魔は手を広げてキニゴスをつかむ。すでにないはずの体が締め付けられるような気がした。痛い。痛い。だが、悪魔は止まらない。悍ましい笑みを浮かべ、そして口を大きく開く。キニゴスは叫ぶ。やめろ。だが、声が出ない。

 

(やめろ……やめろ……)

 

 悪魔はそれはそれはとてもおいしそうにキニゴスを口に運ぶ。吸血鬼狩人(ヴァンパイアハンター)が吸血鬼に食われるなんて。

 

(やめてくれぇぇええぇええええええ!!)

 

 刹那。キニゴスの意識は消えた。

 

 

 

 

 朝日の反対側から巨大な閃光が巻き起こる。ラーズグリーズがついにSOLGの破壊に成功したのだ。飛び散った破片は光をまとい、まるで流れ星のように空に広がる。その光景を、オーレッド国際空港にいたやまとたちは見た。

 

「やりました主任!! SOLGを破壊しました!」

「見ろ、ラーズグリーズだ!」

 

 オーレッド湾の向こう、四機の黒い戦闘機が現れる。ラーズグリーズ部隊はオーレッド上空へ舞い戻り、そして機体を回転させて急上昇。自分たちの存在を、地上へと知らしめる。

 

「やったぞ、あいつらがやった!」

「やった、いやっほぉおお!!」

「ラーズグリーズの英雄に、敬礼!!」

『ラーズグリーズ! ラーズグリーズ! ラーズグリーズ!』

「この歓声が聞こえるか!? 聞こえんとは言わさんぞ!!」

 

 沸き立つ格納庫。しかし、やまとはそこから飛び出してオーレッド湾の向こう、スザクが飛び去った空域を見つめる。最後の瞬間以降、衛星中継は使い物にならなくなってその後どうなったのかはわからない。ただ、悲鳴こそ上げたが完全に死んだかどうかなんてわからない。だからやまとは待つ。まだ、言いたいことを言えてない。それを言うまでは待ち続ける。それが一生涯になろうとも、彼女は待つ覚悟をする。

 

 しかし、結果として彼女がスザクを待つ時間は、そう長くはなかった。

 

「…………あ……あぁ!」

 

 はるか向こう、上空。複数の影がこちらに向かって飛んでくる。ガルム大隊と援軍に来た味方航空部隊。そしてその先頭、ガルムチームの左後ろのポジションは埋まっている。煙を吹き出しながら、しかし確実にこちらへと向かってくる大鷲の姿を、やまとは確かに見た。

 

 気づけば体は動いていた。ベルクート改が編隊から離れ、まっすぐ滑走路に向かう。それに追いつこうとやまとは走り続ける。遠く離れていても、体は羽のように軽く、上がる息も何も感じなかった。

 

 Su-47ADVANCEがギアダウンする。その姿は見送った時とは全く比べ物にならないほど傷だらけで、シルエットですら変わっているかのようだった。でも、飛んでいる。彼は飛んでいるのだ。

 

 タッチダウン。相変わらず機体をいたわらない着陸だった。ドラッグシュートが展開し、急減速。誘導路に入り、滑走路から退去したところで停止。やまとはベルクートが入った誘導路に足を向ける。

 

 フレームだけになったキャノピーが跳ね上がり、中から彼が現れる。ラダーを展開せず、無理やり飛び降りた彼はヘルメットを脱ぎ捨てると走り寄るやまとに向かって走る。そして、二人同時に腕を広げて、抱き合った。

 

「よかった……兄さん……よかったぁあ……」

 

 安堵のあまり、やまとは涙を抑えられなかった。こうして肌を重ねるまで安心できなかった。でも、胸に押し当てた耳から聞こえる鼓動は確かなものだった。愛おし過ぎて、やまとは強く彼を抱き寄せ、スザクもそれに応えた。

 

「ああ……帰ってきたぞ」

「うんっ……うん!」

 

 涙のせいで声がゆがむが、関係ない。この涙はあなたのせいだ。あなたの責任なのだ。その責任を果たしてくれないと許さない。一生涯付きまとって責任を果たしてもらうのだ。

 

「すまんな、やまと。機体ぶっ壊しちまった」

 

 頭をなでながら、スザクは謝罪する。やまとはえぐえぐと嗚咽を混じらせながらも、顔を上げて呼吸を整える。そして、精一杯嫌味のこもった顔で言ってやった。

 

「この……下手くそ」

 

 それを言うと同時に、やまとは自分の唇を押し付けた。言い訳は無用だ。そんなもの聞かない。下手くそ、下手くそ、ド下手くそ。

 

 唇を離し、やまとはいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。

 

「何度でも、この先もずっと、私が直してあげるわ」

「ふっ。頼むな」

 

 再び二人は抱き合う。消火用の消防車がもういるのだが、消防士たちは邪魔にならないように消火作業を開始する。その上を、サイファーと海里がフライパス。格納庫にいる整備兵たちは、盛大な冷やかしを浴びせ続けていた。

 

 

 

 2010年12月31日 午前6時17分。環太平洋戦争ベルカ事変は終結した。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。