ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war- 作:チビサイファー
空母ヴァレーは運用開始以来初めての大航空部隊の受け入れで、既に甲板は多くの艦載機で埋め尽くされていた。オーシア、ユークトバニアの航空機が入り混じり、甲板の作業員たちは蜂の巣をつついたような大騒ぎで走り回る。
整備が必要な機体や仕様が異なる機体を艦内に収め、燃料補給だけが必要な機体のためにスペースを開ける。最初に着艦したユークトバニア672航空隊の一番機がたった今発艦した。
もちろん、この忙しさは甲板作業員だけではなく整備班も同じで、と言うか整備班までもが機体の誘導に駆り出され、甲板で機体のメンテナンスを行うという状態になっていた。CICでディスクの解析を行っているにとりの代わりに副主任として作業していたやまとは一番機の発艦を見送り、インカムに向かって叫ぶ。
「次、二番カタパルトからの射出準備! 一番カタパルトには五番機を誘導、次の出撃はオーシアのマリナー隊だから各自準備して! ああこら、そのミサイルはユークと規格が違うから搭載できないっての! あっちのミサイル使って!」
「永森副主任! ユーク621航空隊の三番機が電子系統の異常で動かせません!」
「予備機のホーネット出してあげて! まだ順番に時間かかるから、分かりやすいようにユークの国旗尾翼に塗りたくって!」
「後続機、着艦します!」
オーシアのF-14Aが着艦し、大急ぎで進路を塞いでいたユーク軍機をトーイングする。F-14Aはアレスティングフックを収納し、主翼を格納位置まで後退させると自走で空いたスペースに入り込んだ。
「ワイヤーの再設置急げ! 次の着艦まであと47秒だ!」
「甲板あいたぞ、着艦許可!」
「副主任! 補給艦マミヤからの物資、着艦作業中では受け取れません!」
「ヘリで持ってきてもらって。 コンテナ一個分のスペースくらいあるでしょ!」
「そんな無茶な!」
「それ以上の無茶をこれからするんだから何とかしなさいこのスカタン!!」
「は、はい!!」
泣き言をいう作業員を蹴り飛ばし、やまとは規格の違う機関砲の搭載に手間取っていた整備兵に一発怒声を浴びせると素早く搭載方法を指導。二言ほどの説明だったがコツをつかんだのか、先ほどの苦戦が嘘のように弾薬が装填されていく。
「やればできるじゃないの」
後続のトムキャットが着艦。アフターバーナーの音が響き渡り、やまとはその音に違和感を感じる。すぐさま誘導されたトムキャットに駆け寄り、間近でエンジン音を聞いて確信した。
「整備班、この機体の右エンジンに少しガタが来てるわ。確か予備パーツの中にF110-GE-400エンジンがあったから二つとも積み替えて!」
「そんな、戦闘に間に合わなくなりますよ!」
「予備機を回して……ああもう、予備機はさっきので最後だったんだ!」
やまとは思わず隣にあったトーイングカーに拳をぶつける。だがやっぱり固いので簡単に弾き返されて悲鳴を上げそうになるがどうにか耐えきる。と、無線にノイズ交じりで通信が入ってきた。
『空母ヴァレーへ、機体がほしいのかい?』
その無線が入ると同時にかつて聞いたことのないような巨大なローター音が周辺を包み込み、続いて猛烈な風圧がヴァレーを襲った。その強さは耳を風切音で包み込むほどで、UH-60などでは絶対に出すことのできない重量感を持っていた。
整備兵の一人が空を指さす。その先には巨大な影。形からしてヘリコプターであるのは間違いないのだが、何かおかしい。シルエットが大きすぎるのだ。そしてそのヘリは何かをぶら下げており、その物体に誰もが驚愕した。
「何てことだ!! ヘリが戦闘機を運んできやがった!!」
空に浮かぶその機体の名はMi-26ヘイロー。世界最大の輸送ヘリだった。
『はっはっは、驚いたようだな。こちらユークトバニア第77輸送大隊、アイスト1。戦闘機のプレゼントだ。付近で発見、臨検を行ったグランダー社の輸送船を調べたら戦闘機の宝船だったんで、“快く”ご提供いただいた』
そういうとMi-26はヴァレーの真上でその力強さを見せつけるようにホバリングして見せ、吊り下げたF-14Aがライトで照らされる。やまともその非常識な光景に呆然としかけたが、最高の補給物資が来たことで闘志が宿り、檄を飛ばす。
「ユークトバニアのアイスト隊って、世界最大の輸送ヘリ部隊じゃないか!」
「最高! 発艦待機中の機を全部射出したら発着艦一時待機、ヘリを誘導して! 損傷機は格納庫に退避させるのよ!」
カタパルトに接続された二機の戦闘機が射出される。その隙にMi-26は慎重に高度を下げて輸送していたF-14Aを甲板の上に設置させると、整備班誘導員パイロット、動ける人物が全員でワイヤーを取り外す。
「機体を受け取ったわ! アイスト隊、ありがとう!」
『まだまだ在庫はたっぷりあるからな! 必要ならいつでも声をかけてくれ!』
『こちらアイスト2、補給艦からの武器弾薬を持ってきた。どこに置けばいい?』
「アイスト2、しばし待機をお願いします。今すぐに甲板を開けます。ほら! そこの機体は後部エレベーターで一旦下して、補給を終えたら前のエレベーターから出して!」
突然の来客に渋滞こそはしているが、空母ヴァレーの機能は麻痺を起こすことなく、機体を次々と北へと送り出す。
「永森副主任! 先ほど入った情報です、ガルム隊は敵施設破壊のため北に向かったそうです!」
「北……」
やまとは頭を上げて北を向いている発艦カタパルトの先を見つめる。あの向こうに自分の信頼している人たちがいる。危険を顧みず、自分にとっても他人ごとではない邪悪を打ち消すために。
ふと、機体に不備はなかったかと思ってしまう。自分のした整備の手順を思い出し、しかしそのいずれにも不備はなかったと自信を持って思うことができた。ならきっと大丈夫。
「頼んだわよ……兄さん」
やまとのその言葉に反応したかのように、雪が一つ降り注ぐ。12月30日、オーシア首都オーレッドは今年最後の降雪を観測した。
*
『降ってきたな』
キャノピーをたたく雪にスザクが口を開く。現在サイファー率いる北側攻略航空部隊は全速力でトンネル反対側を目指していた。彼らの後方には総勢12機の友軍機。いずれも敵だった者を戦友と呼び合う仲になり、ともに戦うことを誓った誇り高き空の戦士たちである。
「ああ……ヴァレーを思い出す。あそこは10月くらいで雪が降ってたからな」
『思えばあそこからずいぶん遠くに来ちまったものだ。復讐のためがどうとか言っていたが、十代のがきんちょに論破されて今や世界のために戦ってる。人生何が起きるかわからんな』
「そう言うと中々こそばゆいな。世界のために戦う、ねぇ」
サイファーはふと幼少期に見たヒーローアニメを思い出す。画面の中で戦っていた勇者は、「世界は俺が守る!」と言って悪と戦っていた。当時としては純粋に主人公こそ正義だと思っていたが、今となっては正義と言うものは場所や時が違えば変わってくるのだと理解している。だから、ベルカのやっていることは彼らにとっても正義なのだろう。過去の栄光を取り戻すために、奪われた領土を取り戻すためにやっていることは、屈辱を味わったベルカ国民にとっては彼らこそ正義なのかもしれない。
サイファーは思う。こんなやり方が世間一帯では正しい行いだと認知されるだろうか? いや、きっとベルカの野望が達成したら正しくなるのだろう。それもまた事実である。
だが。それがベルカの正義だというのなら、サイファーは自分の正義を掲げる。今彼の戦う理由はただ一つ。
女の子が普通の生活を送れる世界じゃなければ未来なんてない。だから如月海里が普通でいられる世界を作る。そのために自分の愛した大空で、そしてその中で女のために戦う。それが、サイファーの正義だ。
『こちらラッキースター、ガルム隊へ。間もなく管制管轄外に離脱します。よって今後は空中管制機サンダーヘッドの指示に従ってください』
「了解だ、可愛い声が聞けなくなって寂しくなるぜ」
『私は清々しますよ』
「うっそだろおい」
『冗談です。皆さん、ご武運を』
ラッキースターとのリンクが切れ、続いて無線コールが入る。周波数を合わせて通話状態に入る。
『こちら空中管制機サンダーヘッド、ガルム隊並びに歌声に集った仲間たちへ。話は既に把握している、よろしく頼む』
「こちらガルム1、お会いできて光栄だ。しかし惚れ惚れするような美声だ、元アナウンサーか何かか?」
『ガルム1、似たようなことを言う知り合いが居たがそいつに似て君もお喋りだな。私語は慎め、戦闘中だ』
「お堅いなぁ」
『そうも言ってられないわよ』
海里の指摘により、サイファーはレーダーを見る。間もなくトンネル北側出口。しかしその付近に多数の反応。認識が弱いという事はステルス機だった。
『サンダーヘッドより各機へ、レーダーに反応! こいつらいつの間に…………なるほど、ステルスVTOL機だ。数は15、並びにトンネル周辺に多数の敵車両群……ジャミングまでかかっているぞ』
まさに団体様。空と地上に戦力をここまで残しておくという事は、いよいよベルカもなりふり構っていられなくなったのだろう。しかし裏を返せば、ここを突破すれば勝利が見えてくる。サイファーは舌を舐めずりする。
『各機迎撃せよ! 敵コントロール施設を何としてでも破壊しろ。詳細はこちらで解析する』
「ガルム1より歌声に集った仲間たちへ! 各隊散開、向こうの連中も頑張ってくれてる、あいつらに負けるな!」
『了解!』
「ブレイク、エンゲージ!!」
サイファー、先行。スザクと海里が散開して応戦に向かう。敵F-35B、水平飛行に移行してミサイル発射。サイファー、フレアをばら撒いてそれを回避。左急旋回、ガンアタック。一機撃墜し、後方から続いた友軍機たちも数機を仕留める。しかし、最初の遭遇戦でこちらも数機が被弾し、無線はあっという間に埋め尽くされる。
『サルベージ3がやられた! おい、どうしたオスカー、脱出しろ!』
『こちらドミノ2、エンジンの破片が跳ね回った、脱出する!』
『地対空ミサイルだ! 回避、回避!』
あっという間にコックピットはミサイルアラートで包まれ、サイファーも山脈を這うように飛行してどうにか回避する。だが次に待っていたのはAAGUNの歓迎で、たまらず右ロールして弾幕をすり抜ける。被弾しなかったのは運だ。
「ジャミングで正確な数が把握できない!」
ロックオンができなければ地上の敵がじわじわと自分たちを落としに来るだろう。だが手がないわけではない。探知できない敵にこそ有効な武器を、X-02は持っていた。
「海里、ガリウムレーダーの最大出力でジャミングをどうにかぶち破ってみる、援護してくれ!」
『了解、けど敵の数が多すぎるから長くはできないわ!』
Y/CFA-42が後方につく。二人はトンネル前の車両群に向けて機首を向ける。ロックオンアラートが鳴るがその前に敵の正確な位置と数を補足しなければなにも始まらないのだ。
レーダーセッティング、目標的地上部隊。AAGUNが放火を上げ、サイファーに向かって飛んでくる。キャノピーの真上を弾丸が通過し、冷や汗が噴き出す。海里も被弾しまいとラダーペダルを蹴飛ばして鼻先をずらす。だが弾幕が濃くなって行き、おまけに後方からミサイル接近のアラートががなり立ててサイファーは危険と判断する。
「だめだ、いったん離脱する!」
右急上昇。ベイパーを引いてワイバーンとヴァンパイアは爆撃コースから離脱する。それを追いかけて対空砲火も方向転換し、二機に穴をあけようと弾丸が飛び交う。ミサイルの回避に成功したが、距離が離されてしまった。
『だめよ、どこからでも見られている!』
『スザク、地上にレーザーぶち込んでやれ!』
『了解だ。こちらガルム2、地上にレーザー照射を行う。射線上に誰も入るなよ!』
二機目のF-35Bを撃墜したスザクはすぐさまスプリットSで急降下。TLSを起動して地上部隊が居るポイントに降下する。ジャミング施設を破壊できればそれが一番楽なのだが、視界が悪くては低空飛行は危険だ。
ジャミングの中心部に向けてレティクルを重ねる。TLSのいいところは射程がミサイルよりも長いことだ。有効射程距離に入る前に攻撃ができる。しかしそれでも何もしないよりはましと対空射撃がスザクに向けて飛んでくる。だが当たるはずもない射程外の射撃を無視し、スザクはトリガーを引く。赤い光が大地に突き刺さり、その際偶然敵車両に命中したのか、小さな爆発が目に入る。対空砲火は鳴りを潜め、スザクの後ろからサイファーが飛び出す。再アプローチだ。
出力を目いっぱいあげてレーダー波を照射する。敵が落ち着きを取り戻す前に情報を集められるだけ集めるのだ。スロットルはいつでも前回にできるように強く握りしめ、グローブの中が汗で湿っていく。
「もう少し……もうちょっと……よし、掴んだ!」
サイファー急上昇。レーダーに敵車両を捉えることに成功し、すぐさまデータリンクをサンダーヘッドに送信する。その直後、落ち着きを取り戻した対空砲火が背後から襲いかかる。
『ガルム1からのデータ受信……よし、よくやってくれた。各機に通達、地上目標の座標を送信する』
レーダー画面に新たな目標が表示される。これでミサイルのロックオンはできないが、目標の正確な位置が判明した。幾分かやりやすくなっただろう。
『よし、地上部隊が見えた。キズモ4これより爆撃を開始する!』
『ジョーカー3、キズモに続く!』
キズモ4のF-15Eの装備は無誘導爆弾のため、ロックオンは関係ない。とジョーカー3のSu-27はキズモの援護、及びガンアタックを仕掛けるために爆撃コースに乗る。
『キズモ4、UGB投下! 投下!』
切り離された爆弾が連続して着弾、ありったけの炎をまき散らして敵車両を飲み込んでいく。どうにか軽い損傷で済んだ敵車両がいたが、すぐにジョーカー3の機銃掃射で蜂の巣にされる。
『やったぜ! いい援護だジョーカー3!』
『なーに、そっちもいい腕だ。ドンぴしゃじゃないか』
『心強い味方のおかげさ。よし、このまま敵のジャミング施設も粉々に……』
その時だった。突如空からまばゆい光が現れる。その場にいたパイロットたち全員が上を見上げ、刹那。強烈な轟音と衝撃がその一帯を包み込んだ。
『ぐあぁあああああ!!』
『なんだ、何が起きた!?』
『キズモ4、ジョーカー3がレーダーロストした!』
『そんな! ジョーカー3応答しろ! セルゲイ、セルゲイどうした!?』
『AWACS、一体どうなってる!? さっきのは一体なんなんだ!』
無線は一瞬にして阿鼻叫喚に包まれる。サイファーはスザクと海里の存在を目視で確認してとりあえず一安心するも、ついさっきまでトンネルを守っていた地上部隊が跡形もなく消え、代わりにクレーターが出来ているのを見て戦慄した。
「なんだあれは……まさか味方ごと撃ったのか!?」
『こちらサンダーヘッド、情報が入った! 今の攻撃の発射地点は衛星軌道上……SOLGだ! 先ほどの攻撃はSOLGのレールガン射撃と判明!』
『衛星だと!? そんなものが届くのか!』
「いやちがう、衛星だから当てられるんだ。地面に向けて撃てばあとは落ちるだけだからな!」
『本空域はSOLGの攻撃範囲内にある! 繰り返す、本空域はSOLGの攻撃範囲内にある!』
衛星軌道からのレールガン射撃に見方部隊はパニック寸前に陥る。その隙を見てベルカのF-35Bが息を吹き返し、背後を奪われて損傷機が増えていく。
『くそ、ジョーカー2エンジンに被弾した! だがまだ飛べる!』
黒煙を吹くSu-27。しかしさらに追撃を加えようと再びレーダーロックを受ける。ジョーカー2、右急旋回しつつ降下。出力を失ったエンジンに代わり、効果で速度を稼ごうとするが上手くいかない。ロックアラート、やられる。
だがそう思った直後、スザクが二機の間に飛び込んで進路を妨害すると敵機はたまらず減速。スザクは息を整え、主翼の角度を捻じ曲げてハイGターン。強烈なGが0.3秒襲い掛かり、危うく意識が飛びそうにが、FLANが補助操縦をしてくれたおかげでしっかり敵の背後に回り込むことができた。
『何をやっているんだ貴様ら! このままだと味方に殺されるかもしれないんだぞ、何故こうも邪魔をする!』
『我々の失った誇りを取り戻すためだ! 貴様たちが15年前我々ベルカをみじめにしたのだ、その報いのためならこの命どうなろうとかまわない!』
『それがベルカの騎士道か!? こんな愚かなことを望んで行うのがお前たちなのか!?』
『黙れ! 我々は愚かだと微塵も思っていない!』
FLANがレーダー画面を表示する。新たな敵影、ベルカ方面から戦闘機部隊が接近中とのこと。新手か、スザクは舌打ちをする。
『どうだ! 我々の誇りは受け継がれる!私が死んだところで、同士たちがお前たちを葬り去るために何度でもやってくる! 忌々しい赤い野犬め、貴様らなど脅威でもなんでもない!』
『ベルカ機、戦闘空域に侵入!』
ついにベルカ戦闘機部隊が戦闘空域に到着した。ベルカのカラーリングをしたSu-47とYF-23の8機混合編成。いずれも白いカラーリングをしていた。
『さぁ同志たちよ! 我々をみじめに追いやった奴らを今一度葬り去るのだ! そしてベルカに希望の光を!』
ベルカ機が散開する。くそったれ、相当荷厄介な敵が来やがったスザクは迎え撃とうと身構える。その刹那、信じられないことが起きた。先頭を飛んでいたSu-47が同胞であるはずのF-35Bに機銃を撃ちこんだのだ。
『なっ……ばかな……どこを見ている、我々は同胞だぞ!』
『何が同胞だ!』
無線から響く新たな声。おそらくさっき攻撃したSu-47のパイロットなのだろう。復讐のために戦うF-35Bのパイロットと比べると、とてつもなく若いパイロットだということがわかる。おそらく、サイファーたちとそう変わらない年齢だ。
『貴様らは俺たちベルカを汚した犯罪者だ! 誇り高きベルカはこんな愚かな復讐などしない。今俺たちがするべきことは、次の世代のために道を作ること。だがお前たちのやっていることは何だ! 俺たちに必要なのは復讐でもなんでもない、平和な未来なんだ。それを壊そうとするみじめな行い、俺たちが粛清する!』
『こちらベルカ公国空軍第807航空師団、ベルカンナイツ。これより祖国を裏切った「敵」ベルカ空軍機を攻撃する! 信用できないのは覚悟の上だ。だが俺たちの中から生まれた汚点を、我々の手で葬らせてほしい。空中管制機、どうか俺たちを指揮に入れてくれ!』
その言葉に誰もが耳を疑った。そして歓喜のあまり声をあげそうになった。自分たちの汚点を消し去るべく、ベルカ空軍が動いたのだ。そう、あのベルカまでもが味方になったのだ。誰もが思う平和への願いはみんな同じなのだ。私たちは同胞なのだ。
『こちら空中管制機サンダーヘッド、ベルカ空軍機へ。君たちの信用は先ほどの行動ですべて立証されている、歓迎しよう。これよりベルカンナイツが戦列に加わる。各機、IFFの更新を怠るな!』
IFFアップデート。8機のベルカ空軍機が友軍となり、戦況をひっくり返す。新たなる仲間を得て、友軍は湧き上がる。
『それと手土産代わりにうちの情報屋が掴んだSOLGのハッキングデータをそちらに送る。これでSOLGの次の射撃位置がはっきりするから役立ててくれ』
『了解、データを受信……なんて便利なものだ。各機これよりSOLGのレールガン発射データリンクを送信する。無線の情報を聞きのがすな!』
アップデート情報が各戦闘機部隊のディスプレイに表示される。SOLG次弾発射まで残り45秒。着弾予測地点までレーダーに表示される。
『すごいぞ、天下のベルカ空軍までこっち側になったぜ!』
『教官はベルカのパイロットたちは誇りを何よりも大事にすると言っていたが、彼らこそがその誇りを受け継いだ存在だったのか!』
『ナイツリーダーよりオーシア機へ。我々だけではない、本国でもこの一件に関わった政治家や将校、テロリストはほぼ全員拘束している。わが国民も貴国らと同じように、平和を願っていることをどうか知ってほしい』
『こういうお祭り騒ぎは大好きだ。行くぞ、ベルカ万歳! オーシア万歳! ユークトバニア万歳!』
『三国共同戦線だ、こんな熱い展開この先繰り広げられないぞ!』
『くっそ、涙が止まらねぇ。俺たちは今、歴史を作っているんだ』
新たに加わったベルカ航空隊に仲間たちはさらに盛り上がる。15年前敵だったはずの国までもがともに戦ってくれている。国境なんてない、かつてラリー・フォルクが目指した世界のあるべき姿がここにあった。
「海里……世界はこんなにも簡単だったんだな」
『うん。でも、簡単にするまでが長かった。犠牲も多く出てしまった』
『けど、その犠牲は無駄じゃないんだ。ベルカ戦争で死んだ兵士たちも、この戦争で死んだ兵士たちも、民間人も……その犠牲の上に、ついに生まれた新しい世界なんだ』
「やるぞ。この戦争にピリオドを打つ。ガルム隊行くぞ!」
ガルム隊が先行する。もはや数の差は圧倒的になったにも関わらず、ベルカ機はなおも抵抗をして見せようと反撃してくる。だがいいこともあれば悪いことも起こり、南側から敵の増援が追い付いてきた。
『こちらサンダーヘッド、南から更なる増援! どうやら向こうの防衛線を突破してきたみたいだ』
「ええいしつこい! 一体いつまで続けるんだ!」
『俺たちが行く! ナイツ2、3、ガルム隊を援護だ!』
白いSu-47が追い付いてきた敵F-22にセミアクティブ空対空ミサイルでロックオンをしかけ、発射。強烈なレーダー誘導によってミサイルがしつこく追い回し、その背中にサイファーのミサイルが命中する。
「いい攻撃だ、ナイツ隊感謝する!」
『こちらナイツ1、鬼神の再来と飛べて光栄だ! 15年前の方の鬼神にはB7Rで親父がコテンパンにやられてな。けどその時の話を楽しそうに話してるからすっかり耳タコだぜ』
レーダーロックのアラート。サイファーとナイツは散開。更なる敵影が空域に迫る。
『おおっと、どうやら間に合ったみたいだな』
と、レーダーに映っていた二機の敵機が消える。それに合わせて新たな反応。コールサインはハートブレイクワン。このIFF、サイファーは知っていた。
「バートレット教官!」
『へっ、来てみたらすっかりパーティー状態じゃないか。こっちでドンパチしてくれたおかげで俺の侵入が楽になった。まぁ、もう少し獲物を残してくれてもよかったんだがな』
「無茶は体に障りますぜ教官」
『生意気言いやがって。こちらハートブレイクワン、こちらも戦列に加わる』
『バートレット大尉!? まさか、本当に君なのか?』
『ようサンダーヘッド、元気そうじゃないか。久しぶりの再会に俺の捕虜一号から脱走一号までの土産話を語ってやりたいが今は後にしよう。こっちにもデータをくれ!』
『……まったく、君も変わらないな。データリンク、受け取れ』
『おう、ありがとよ!』
戦況はもはや決定づけられた。敵の増援が幾度となく押し寄せるが、そのたびにベルカンナイツの迎撃で粉砕され、仮に突破できたとしてもハートブレイクワン駆るF-14Aはそれを見逃さない。次々と落ちていく敵戦闘機。それを見ることしかできない「敵」ベルカ機隊長は歯を食いしばる。
『何も知らない若造どもが……我らの受けた屈辱を何故理解しない! 我らの屈辱は、お前たちの屈辱と同じなのだぞ!』
F-35Bがナイツ・リーダーのベルクートに肉薄し、後方を奪う。ナイツ1は右旋回して車線上から退避、一秒前まで自分がいた場所に機銃が撃ち込まれる。
『しらねぇよ! 年寄りの勝手な理屈押し付けるんじゃねぇ! あんたたちはあの核の光を何とも思っていないからまたV2を握ることができるんだ。だが俺たちは違う。もうあんな光景なんて見たくない。誇り? 復讐? そんなものが何になる! 俺たちが学んだのは、貴様らのようなクソみたいな人間には絶対にならないってことだ!』
『小童が!!』
『愚かな大人よりも、まっすぐな小童の方が有能だという事を教えてやる!』
エアブレーキ開、ピッチアップしてクルビットによってオーバーシュート。ナイツリーダーがF-35Bの真上をとる。迷わずに機銃掃射。F-35Bの背中に銃弾が降り注ぎ、リフトファンがはじけ飛び、主翼に大穴があいて飛び散った破片がインテークに入り込み、エンジンから煙が噴き出す。
『全機警告! SOLG次弾発射まであと10秒!』
サンダーヘッドがレールガンの第二射を警告。レーダーに赤い円が表示され、全機その範囲内から逃げ出す。だが最後に生き残ったベルカのF-35Bは推力が上がらずに逃げ出すことができない。
『ばかな!! 我々の遂行な未来が……誇りが……ああ……あぁああ、あぁあぁあぁあああ!!!』
レールガン着弾。眩い閃光が辺りを包み込み、南ベルカは轟音に包まれる。その中にただ一機だけ生き残ったF-35Bが消えていき、光と音が消え去った後には何も残っていなかった。
『サンダーヘッドより各機へ。被害状況は!?』
「こちらガルム、全員居るぞ」
『サルベージ隊健在!』
『こちらドミノ、全機生きてる!』
『ジョーカー、損害なし』
『キズモリーダー、破片を軽く喰らったが戦闘に支障はない!』
『ナイツチーム、全機健在』
『ハートブレイクワン、ぴんぴんしてるぜ。もう一回来てもいいくらいだ』
『了解した。現在飛行中の友軍の全機生存を確認。最後だ、トンネルの予備制御施設を破壊せよ!』
ジャミング施設を破壊され、もはや無防備になった制御施設はHUDとレーダーにはっきり表示されている。サイファー、降下。それに続いてナイツリーダーとドミノリーダー、ハートブレイクワンが続く。
『攻撃隊の爆撃コースへの侵入を確認。全機、発射!』
サンダーヘッドの合図と同時に、四機がミサイルを施設に撃ち込む。なんの防御を持たない制御施設は、いとも簡単に火だるまになり、後には無残に散った残骸だけが残された。
『施設の破壊を確認。全機よくやった、これでトンネルへの突入が可能になる。オーカ・ニェーバ、そちらはどうだ?』
『こちらオーカ・ニェーバ、こちらも敵施設の制圧を完了! これよりトンネルを開放する』
山脈を貫く長いトンネルの重々しい扉がついに解放される。ゆっくりと分厚い壁が地面に吸い込まれ、トンネルの証明が暗闇にぼんやりと浮かび上がる。その異質な光景は、パイロットたちに何とも言えない不安感を与えた。
『トンネルの解放を確認した。これよりトンネル内のSOLGコントロールシステム破壊の説明を開始する。情報収集船ヒビキからの無線を中継する』
『サイファー、こちらにとり。少佐のディスクの最後の部分が判明したから今から説明する。しっかり聞いて』
ガルム隊のディスプレイに新たなアップデートが加わり、トンネルの見取り図が表示される。南北にほぼ直線に伸びるトンネルの全長は数十キロにも及び、その巨大さは目を回すものだった。
作戦の概要はこうだ。SOLGコントロールシステム、シャンツェはトンネル中央付近に『二基』存在している。これを破壊するには南北の入り口から同時に攻撃部隊を突入させ、破壊する必要がある。だが、トンネルには強制解放された場合のバックアッププランとして、解放から10分前後で自動的に隔壁が閉鎖されることも判明した。
10分で地上部隊がコントロール施設に到着することは不可能である。そのため、戦闘機部隊によるトンネル攻撃が必然的になった。
『正直こんな頭のいかれた作戦なんてやるもんじゃないと思う。けどそれ以上に頭のいかれた奴らが居る以上、そいつらに勝てるのは同じような頭を持った奴だけだ! サイファー、君たちに頼みたい』
「それ遠回しに俺たちが頭いかれてる奴って言われてるんだが……」
『戦闘機乗りは皆頭いかれてるじゃん』
『ははは、違いねぇ!』
サイファーの真上に、バートレットのF-14Aが陣取る。結構な至近距離に海里はひやっとするが、まったく動じないサイファーと驚異的な安定感を持ったトムキャットを見て、ああ大丈夫だと察した。
『面白そうだから俺も行くぜ、教え子たちの腕を評価してやらんとな』
「でもバートレット教官、あなたにはブランクが……」
『なーにバカ言ってんだ。戦闘機乗りってのは100年機体に乗らなくても体で飛ばし方覚えてるものだ。どうってことねぇよ。それともサイファー、お前は飛び方忘れるのか?』
「いや、100年も飛ばなかったら発狂してその辺の機体ぶんどってでも飛びます」
『そりゃそうだな! というわけで突入は俺たち四人だ。いいなガルム隊?』
「拒否権なさそうっすね。了解です」
『というわけだそちらの御嬢さん! 北からは俺たちが行くぜ』
『ガルム、ハートブレイクワン了解しました。サイファー……ちゃんと帰ってきて』
ヒビキからの通信が終了し、サンダーヘッドが空中で待機する各戦闘機部隊に指示を出す。ガルム隊とハートブレイクワンは四機の編隊を組み、先頭をバートレットにして突入陣形を整える。
『いいか、もう時間はない。突入部隊は必ず生還せよ。バートレット大尉、終わったら私の奢りで呑もう。ガルム隊、ハートブレイクワン、全機突入!』
『望むところだ。さぁ、穴の中に突っ込むぞ!』
イヤァーッホゥ! と雄叫びをあげながら、ハートブレイクワン駆るF-14Aはバレルロールでトンネルに飛び込み、ガルム隊もそれに続く。空からだと小さく見えたトンネルは、近づいてみると恐ろしい大きさだと実感する。だが戦闘機で飛ぶには狭すぎるその幅。サイファーの身体からは汗が噴出していた。
突入。その瞬間トンネルの中で淀んでいた空気の壁に機体がぶつかり、危うくバランスを崩しそうになる。ここは出入り口が二か所しかないほぼ完全な密室空間。大空と違い、空気のバランスが隔壁を超えるごとに微妙に変わってその度に機体を揺らすのだ。
『空気の壁に気をつけろ! 立て直しきれなかったら終わりだ!』
バートレットが先行し、巧みな操縦センスで障害物を回避していく。それに合わせてガルム隊も最適な飛行コースを選び、シャンツェに向けて飛行する。
『逃すか、ウォードッグ! 滅びへの道を飛べ!』
『どうやら向こうからも来てくれたようだ。こちらハートブレイクワン、お前たちの真正面だよブービー』
進路をふさいでいるクレーン車にミサイルを無誘導で発射し、道を作ってトンネルを疾走。サイファーはどこまでも続くトンネルに錯覚で吸い込まれそうになりながらも頭を振ってバートレットに食らいつく。
『生きていたのか、バートレット!』
『お前は生真面目すぎるんだよハミルトン』
『ベルカの核を手に入れ、その恐怖で愚かな戦争を終わらせるんだ。邪魔立てするな!』
『敵味方の区別が出来なかったのが、 お前の失敗なんだ。恐怖は味方じゃねえ』
再び隔壁を抜け、空気の層にぶつかって機体が揺れる。立て直そうとラダーを右に蹴り飛ばそうとして、しかし次の空気の層にぶつかって機体の上下が反転する。
「ぐうっ!」
レールが頭をかすめるかと思った。サイファーはとっさに操縦桿を押し倒し、ワイバーンをトンネル中央部まで立て直すと水平飛行に戻ることに成功する。
「くそ、なんて狭さだ! 深呼吸もできねぇ!」
『俺はなんだかんだで修羅場をくぐりぬけてきたが、今俺が経験していることがこの世のものとは思えん!』
『お父さんはアヴァロンダムに飛び込んだらしいけど、間違いなくそれ以上の狭さだわ!』
やや広い空間に飛び込み、トンネルが二つに分かれているのが目に入る。一瞬どちらも扉が閉じているように見えたが、左側のシャッターが解放され、操縦桿をひねって滑り込む。ワイバーンが可変翼で良かったと心底思う。
『あと8マイルだ!』
レーダーを確認する。目標地点が点滅し、それに向けて飛行する。地を這う実験用レールがどこまでも続き、それが地獄への一本道に見えてサイファーは歯ぎしりする。と、後方からレーダーロックの反応。
『サイファー、後方に敵機よ!』
「くそったれ、物好きがいたもんだ!」
後方、二機の反応。防御網を突破してきて飛び込んだのだろう。しかし今のサイファーたちに後方の敵機を迎撃する手段はない。できることはただ一つ、ロックオンされないように全力で飛ぶことだ。
『フルスロットルだ! 後ろから撃たれたらどうしようもねぇぞ!』
バートレットがアフターバーナーを点火させる。サイファーは悲鳴を上げそうになったがそうしなければ死ぬ。スロットル全開、アフターバーナー点火。しかしここで問題が発生する。
『しまった、衝撃波が!』
狭いトンネルの中で四機の戦闘機が搭載する八基のアフターバーナーが火を吹いたのだ。その衝撃はすさまじく、トンネル内で反響して内部の空気を盛大に揺らす。加えて誰かの後方にいたら後方気流に巻き込まれて墜落は免れないため、上下に二機ずつの配置でぴったりと陣形をとらなければならない。しかしそれでも機体は暴れ馬のように振動する。ガルム隊メンバーの心臓は過労死寸前だった。
『陣形崩すな! お前らならやれる、あと4マイルだ!』
ついにHUDに目標が表示される。反対方向ではラーズグリーズがシャンツェの近くにいることだろう。サイファーはミサイルセーフティを解除、シーカー冷却、ロックオン準備。落ち着け、落ち着け。サイファーは必死に自分の頭を冷やそうとする。こんなのは師匠である鬼神と戦った時と比べれば何でもない。あの緊張感に比べればこの程度どうということはない。
ミサイル射程内。シャンツェ専用コントロールユニットブロックに飛び込んだ。それと同時にロックオン。
「ぶっ放せ!!」
サイファーの叫びと同時に四人全員がミサイルを叩き込んだ。もはや懐に飛び込まれ、防御する術のないシャンツェは八発のミサイルの直撃を受けて木っ端みじんに吹き飛ぶ。それと同時にサイファーたちは四角いトンネルへと飛び込む。
「よし!!」
『こちらエッジ、ターゲット沈黙!』
『こちらハートブレイクワン、此方でも中枢部を破壊』
『こちらアーチャー、前方からバートレット機を及びガルム隊が接近中! ということは……』
モニターに表示されたトンネルの地図、その向こうから四機のフィリップが超高速で接近してくる。この狭いトンネルですれ違うのは衝突のリスクが存在し、仮に回避できても合計八機の戦闘機の衝撃波はすさまじい。だが、逃げ場などどこにもない。サイファーたちは腹をくくった。
「やるしかねぇな……」
『真正面から高速ですれ違うぞ。いいか、1、2の3で右に避けろ。衝撃波に煽られるなよ!』
編隊を組み、可能な限り右へと機体を寄せる。壁の模様が恐ろしい速さで後ろに消えていく。少しでも操縦ミスをすればバラバラになる。そう思うとグローブは水に突っ込んだかのように濡れていく。
HUDにラーズグリーズのIFFが現れる。さらにその後方、ラーズグリーズを追ってきたMiG-1.44。ターゲット選択、トリガーに指をかける。交錯まで五秒を切った。サイファーは衝撃に身構える。
『……それ、1、2、3だ!』
轟音、衝撃。壁にたたきつけられたように機体が震え、機首が曲がる左を向くとスザクのSu-47の姿。今自分は左に傾ていると知ってサイファーはラダーで降下を抑え、落ち着いて右に操縦桿を倒し、水平に戻る。そしてMiG-1.44にミサイルを叩き込んだ。おそらくその動作は一秒前後だったに違いない。だが、これで山は越えた。
『イィーヤッホォォーーーー!』
バートレットと共に、ガルム隊は歓喜の声を上げる。しかしそうもいかない事態が間髪入れずに彼らを襲う。
『サイファー、シャッターが!!』
あろうことか、サイファーたちの目の前で隔壁のシャッターが下り始めたのだ。おかしい、設計上シャッターの閉鎖は十分後のはずなのだ。
『くそっ、サイファーお前変なとこぶっ壊しただろ!』
「知るかよ、お前だって撃っただろうが!」
『ごちゃごちゃ言ってる暇があるなら飛ばせ!!』
再び細いトンネルに飛び込み、出口に向けて飛ぶ。トンネルが開通したおかげで空気の流れが変わり、突入時よりも安定して飛べるようになった。だが降りてくる隔壁がサイファーたちに焦りを呼び込み、違う意味で神経がすり減っていく。
『私この先の人生、どんなジェットコースターに乗っても怖くなくなる自信があるわ!』
『俺は胴体着陸を経験したが、トンネルに飛び込むくらいなら百回でも胴体着陸したほうがましだと断言してやる!』
FLANが警告を発する。前方に障害物、クレーン車だ。すかさずTLSが照射され、クレーンをへし折った。そのギリギリ真上をスザクが飛ぶ。
『警報が鳴りっぱなしよ! ノイローゼになったら訴えてやる!』
「誰にだよ!!」
そのとき、サイファーは自分の後方が赤くなっているのに気が付いた。ミラーで後方を確認するどこから湧いて出たかわからない爆炎がサイファーたちを飲み込もうと迫ってきていた。
「ははは!! ハリウッド映画も真っ青な火薬量だな!」
ここまでくると笑いしか出てこなくなる。人間恐怖が限界を超えると笑いしか出てこなくなるというのは本当だったのかと納得する。何が何だか分からなくなりそうで、サイファーは自分がぶっ壊れたのかと一瞬思うが、半分ほど閉まったシャッターの下をすり抜けるくらいには大丈夫だと自覚はできた。
もう何個目かわからない分岐点を通過する。攻撃の影響か証明が暗くなり、次に坂道に飛び込む。だがその先にスーデントールのビルからあふれる光。地獄に仏を見たような気分だった。
(出口!)
『もう少しだ! 踏ん張れお前ら!』
炎がすぐそこまで迫る。だがあせったら終わりだ。確実に衝突せずに脱出することが最大の目標なのだ。終わる。これで全てが終わるのだ。
『うおぉぉぉぉーーーー!!!』
全員が叫ぶ。間に合え、間に合え、間に合え!!
爆炎がトンネルから噴き出す。待機していた西住みほ率いる地上部隊は思わず顔をそむけてしまい、空気が一時的に加熱されて呼吸が危うくなる。そして彼女たちは見た。爆炎を吐き出すトンネルの中から飛び出す四機の機影。
「おっしゃぁああぁあーーーー!!」
サイファーは雄叫びを上げる。その先に広がるのはどこまでも高く、どこまでも広く広がる空。自分の愛した大空。クソみたいな穴倉とは訳の違う自分の求めた世界。ああ、帰ってきた。ここは空なのだ。
『こちらラッキースター! ガルム隊、およびハートブレイクワンの脱出を確認しました!』
『オーカ・ニェーバだ、こちらもラーズグリーズの全機脱出を確認した!』
無線を包み込む歓声。突入した戦闘機部隊に向けられる称賛の声があちこちで聞こえ、もちろんその中にはガルム隊もあるのだが、今の彼らにその歓声に答える力は残っていなかった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
マスクを外し、サイファーは荒い呼吸を繰り返す。たまらずオートパイロットを入力してぐったりと頭を傾ける。どうにか深呼吸を繰り返して酸素を全身に送り込む。想像以上に酸素が足りていないのか、目がちかちかしてHUDが見えなかった。もしこの状態で敵に襲われたらひとたまりもないのだが、幸い味方機が敵を一掃してくれたためその心配は必要もなかった。
ヘルメットバイザーを上げ、顔を埋め尽くしていた汗をグローブで拭う。左後方にSu-47がポジションに着く。あいつはよくもまぁ元気だなとサイファーは思うが、よくよく考えればFLANの自動制御に任せれば造作のないことだったと思い出す。
まだ息は落ち着かないが、サイファーは海里を探す。自分より100フィート程下で、彼女もまたオートパイロットで呼吸を整えていた。
サイファーは機体を軽く降下させ、海里の隣に並ぶ。戦闘機乗りになってまだ日が浅い彼女にとっては想像を絶するプレッシャーだったに違いない。だがそれを乗り越えるあたり、鬼神の血をしっかり受け継いでいるのだろう。
「海里……生きてるか?」
『私……もうトンネル嫌いになったわ』
「同感だ……スザク、損害は?」
『俺のメンタルがイジェクトした』
「後で拾ってやる」
ガルム隊全員に余裕ができたところで、スーデントール上空を右旋回しながら見下ろす。グランダー社では地上部隊の臨検が始まり、その実態が明るみに出るのも時間の問題であろう。ともかく、これでSOLGの制御は不能になった。V2は発射されることはない。
「おわった、か……」
そう、「発射」はされない。
『サイファー!』
海里が叫ぶ。いったい何事かと思うが、サイファーは頭上に何か大きな光が降り注いでいるのに気が付く。サイファーだけではない、スザクも同じ空域を飛んでいた友軍機も、地上部隊も、誰もが空を見上げる。
『なんだ……あれ……』
スザクがつぶやく。それはサイファーも同感だった。その先にあるのは巨大な流星。長い長い光の尾を引き、「それ」はゆっくりと、着実に地球に近づいている。その正体は死を運ぶ流星。15年前の呪縛が残した最後の抵抗。禍々しい力を持った星は、最後の呪いを降り注ぐ。
「……クソっタレ」
呪いは、終わらない。
次回、最終回