ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission27 -ACES 前編-

 

―2010年12月30日 18時00分―

 

「これより、ブリーフィングを始める」

 

 芹川凪乃の言葉により、スクリーンが転倒してISAFのマークが表示される。その次に世界地図が現れて大きく表示される。オーレッド湾にある光点は今の自分たちがいる場所だ。

 

「本日未明、ナスターシャ少佐の持ち帰ったディスクの解読に成功した。中身は核兵器の設計資料、それもベルカが作ったV2の設計図。弾頭を多数搭載し、発射されば一国の主要都市全てを焦土にできる威力を持った最悪の兵器だ。こいつの威力は、数年前に放送されたベルカ戦争のドキュメンタリーを見ればわかるだろう。もっとも、ここに居るのはそのV2発射を阻止した男の親族と弟子だから、言わずもがなってやつかな」

 

 軽い冗談を交える凪乃はモニターを切り替える。スクリーンに表示されたオーシア、ユークトバニアの地図に複数の円が描かれる。それはV2の威力を示しており、その数を合わせるとは両国のほとんどを飲み込むほどの範囲を持っていた。

 

「しかし、いくら大量破壊兵器であっても、発射されなければただの案山子だ。だが、最悪なことにV2はいつでも発射できる状態であることが確認された。その発射場所は」

 

 モニターが切り替わり、地図から一転して衛星軌道上にある偵察衛星が、遠くに鈍く光る黒い衛星を映し出している。

 

「宇宙だ。それも、ベルカ戦争時に建造が中止されたはずのSOLGだ。もともと地上に向けて攻撃するために作られた衛星だ、核弾頭を積み込むのは造作もないことだ。SOLG自身は無人であり、制御は地上から行われる。その制御をおこなってるのは通称「シャンツェ」と呼ばれていたが、長い間それがどこにあるのか不明だった。だがアンドロメダがアークバードに送られたシャンツェの発信場所の逆探知に成功。その場所がここだ」

 

 世界地図からズームアップが開始され、オーシアの北東に向けて広がっていく。そこは旧南ベルカと呼ばれ、現在はノースオーシア州と呼ばれる地域だった。

 

「ノースオーシア、スーデントール。そこにある「ノースオ・オーシア・グランダーI.G.」。元南ベルカで、戦後はオーシア領となって同国の兵器を開発、運用試験をしている。だがその実態は真っ黒。グランダー社の社長こそオーシアへの恭順を誓っているが、その正体は灰色の男たちのメンバーだ」

 

 グランダーI.G.の工業地帯の正確な衛星写真が表示される。国境を隔てるバルトライヒ山脈の麓に建設された一大工業地帯。その山脈を越えればベルカ領だ。その山脈に、真ん中を貫く一本のラインが表示される。これはトンネルを意味していた。

 

「グランダーは、バルトライヒ山脈には巨大なトンネルを建造している。この中にシャンツェの中枢があると判明した。我々の目的はこのシャンツェの完全破壊。だが、それには問題がある」

 

 続けてスクリーンにトンネルの画像が表示される。長大な山脈を貫いて作られたトンネルの全長は数十キロにも及んでいた。その中心部に「TARGET」と書かれたマーク。しかし、肝心なトンネルの明確な構造が描かれていなかった。

 

「見ての通り、このトンネルの詳細が不明だ。この中にシャンツェがあるのは間違いない。だが場所が分からない以上、突入しても敵がV2を発射するのが先になるのは必須だ」

「出来レースじゃねーか」

 

 珍しく口を挟まずに聞いていたサイファーがとうとう口を開く。しかし彼の言うことはもっともだ。

 だが、凪乃はそう来るのを予測していたのだろう。一つ頷くと再び口を開く。

 

「サイファーの言うとおり。このままじゃ我々の敗北は必須だ。だが、幸いにもディスクにはトンネルの詳細地図が入っていることも確認された。しかし解析は完全に終わっていないし、待つ時間もない。だから今回のシャンツェ破壊作戦は核兵器使用というリスクを背負った大きな賭けだ」

 

 画面が工業地帯地図に戻り、今度は緑と赤の光点が川を境ににらみ合うような配置で表示される。緑がオーシア陸軍、赤がユーク残存陸軍だった。

 

「先日行われたハーリング大統領のブライト・ヒル帰還作戦は成功した。現在オーレッドは工作員の排除及び加担していた政府高官を拘束し、その機能を完全に回復させた。並びに、ニカノール元首とケストレル旗艦の第三艦隊に加入したユーク艦艇の協力もあり、戦闘は現在一時停止状態である。この後行われる双方首相による終戦宣言と、本作戦の目的を知ってもらい協力してもらう。賛同してくれるかどうかも賭けだ。だが賭けなければ何も始まらない。それに、きっと彼らは力を貸してくれると僕は断言する。この戦いが、我々の今までやってきた準備の集大成になるのは間違いない。ガルム隊、各自の健闘を祈る。解散!」

 

 

 

 

2010年12月30日 18時30分

 

 

 ヴァレー飛行甲板はいつも以上に慌ただしく、空気は緊張感でピリピリと包まれていた。この作戦に失敗すれば、オーシアとユークのどちらかが核に飲み込まれるのだ。そうなってしまったら灰色の男たちの野望は完遂されてしまい、新しい報復の念が生まれる。

 それを止めるためにガルム隊は出撃する。だが彼らだけの力では到底不可能なことだった。スーデントールに集いつつある、両国の兵士たちに呼びかけ、彼らに真の敵を伝えて共闘しなければならない。しかしこの数か月でお互いが売り買いした恨みは底知れない。それを忘れ、ともに進めるかと言われた時、兵士たちはどう思うだろうか。

 

 相手の中には戦友の仇、家族の仇、恋人の仇だっているのだ。そんな兵士たちと、ともに歩めるか?

 

 トーイングされるSu-47ADVANCEを見つめながら、スザクは思う。昔の自分なら、真っ先に拒否して敵に銃口を向けただろう。今も正直どうするか分からない。妹の、家族の仇と手を取り合ってすすめと言われて進めるかどうかわからない。

 

 だが。今なら赦すことができるかもしれない。少し前まで微塵も考えなかったことだ。冷静に自分がそうするのかを考えられるようになっただけでも大進歩に違いないだろう。なら、きっとできるはずだ。

 

「兄さん、準備できたわ。乗って」

 

 そう呼びかけてきたやまとの表情は浮かないものだった。お先真っ暗の作戦に出るのだ、そうなるのも無理はないと思う。自分だって不安に駆りたてられている。この激動の数か月はこの日のために用意されたのだ。それがすべて無駄になるか、実を結ぶか全く予想ができない。いかんせんリスクが大きすぎた。

 

 仮に、兵士たちが賛同しても必ずしも成功するとは限らない。シャンツェへと続くトンネルの正確な解析が終わらなければ、破壊することは不可能なのだ。その間にV2を撃たれれば……。

 

 スザクはいらぬ考えを振り合払う。考えるな、今自分が成すべきことだけを考えろ。今自分は何のために飛んでいる? 復讐? いや、そんなものは捨てた。そんなものを持っていたところで何の得にもならない。では今自分は何のために飛ぶのか?

 

「……やまと」

「なに?」

 

 目の前の少女は、じっとスザクの瞳を見つめ返す。いつもは自信たっぷりの目をしているが、今回は不安そうだった。と言うか、ファーバンティを出発してから不安そうな顔が増えた気がする。たぶん、彼女も何か変わったのだろう。なにも自分だけではないのだ。みんな同じ、と言う感覚を覚えてスザクは気が楽になる。

 

「戻ったら整備よろしく」

「……うん」

 

 憎まれ口の一つたたけばいいのに。そう思いながらスザクはスーツのジッパーを上げ、ヘルメットを抱えて歩みを進める。漆黒の大鷲は、静かに自分の主を待ち続けていた。

 

 

 

 APUからの電源を引かれ、待機状態のX-02をサイファーは自ら目視点検していた。機首から始まり、右カナード翼、主翼、尾翼、エンジンを回って今度は左側。続いてインテークとミサイルハッチ、最後にメインギアとノーズギア。すべてに異常がないと認めると満足げな顔になる。

 

「調子いいわね」

 

 後ろから声をかけてきたのは海里だった。サイファーは振り向かずに「ああ」と返事をし、海里はその隣に並ぶ。目の前をY/CFA-42がトーイングされてワイバーンの後方に停止した。

 

「ついに……来たわね」

「そうだな。思えば俺の青春はこの日のために注ぎ込んだんだ。吉と出るか凶と出るか、後はお天道さまに任せるしかない」

「すっきりしてるわね。私は正直不安しかないわ」

「じゃあ来るな、なんてもう甘いことは言わないぞ俺は。お前にはしっかり三番機として付いてきてもらうからな」

「ふふっ、なにも怖気づいたわけじゃないわ。確かに不安だけど、たぶんあんたとなら大丈夫って思ってる」

 

 そういう海里の横顔は清々しい表情だった。その顔を見ればその言葉に嘘偽りがない。長い付き合いだ、サイファーはすぐに分かる。無論、海里だってサイファーに迷いや不安がないのはわかっていた。

 

「…………お父さんたち、どうしてるかな」

「あの人たちなら大丈夫だろう。たぶんお前と結婚式挙げる、または子供ができたって言えばすぐ帰ってくるだろうよ」

「確かに、お父さんならするわね。それでお母さんは呆れて後ろからついてくる」

「それで暴走スイッチ入る前に一発入って終わり、だな」

 

 発艦サポート用のSH-60が発艦する。時計を見ると出撃まであと数分を切っていた。甲板の作業員たちが慌ただしく走り回る。スザクに関しては既にベルクートのコックピットに身を沈め、やまとと最終調整を行っていた。

 

「行くか。頼むぜ奥さん」

「はいよ、旦那さん」

 

 二人は軽く拳をぶつけるとそれぞれの乗機に向かう。無駄な言葉のいらない、二人だけの意思疎通だった。そう、これだけでいい。これが自分たちなのだから。

 

 サイファーはタラップからコックピットに座ると、ヘルメットを被ってHUDを点灯させる。次に転倒しているマルチディスプレイに指を走らせ、必要情報を読み取っていく。今回の武装は対空特化型だ。地上部隊の援護を想定しての装備だった。スザクはTLS、海里に関しては新型搭載の全方位多目的ミサイルポッドADMMを搭載していた。

 

『サイファー、エンジンスタートするよ』

「了解」

 

 無線越しににとりの声。目の前には既に機体の外部点検を済ませたにとりが立っていた。サイファーはそれに手を上げて応答する。

 

 エンジンスタート手順。ジェット フュエル スターター(JFS)を作動、モニターのJSF表示がグリーンになる。続いて右エンジンスロットルのフィンガーリフトを持ち上げて燃料供給開始。右エンジン始動、にとりがハンドサインを送る。ERG-1000の甲高い音が唸る。続いて左エンジンのフィンガーリフトを持ち上げ、左エンジン始動。二基の飛龍の心臓が脈打つ。エンジン始動完了。

 

 続いて動翼チェック。サイファーが操縦かんを前後左右に倒し、続けて時計回りに一回転、続いて反時計回り。ラダーペダルを踏み込み、左右動作を確認。にとり、OKのサイン。続いて一時的にスロットルを80%位置まで押し込み、すぐさまMINに。左右のペダルを同時に踏み込んでブレーキテスト。ワイバーンが沈み込んで停止、異常なし。

 

 チェック完了。管制塔にクリアランス許可を要請。第一カタパルトへの移動許可。スロットルを20%まで押し込んでタキシング。その間に主翼展開。にとりが第一カタパルト手信号で誘導する。右にペダルをわずかに踏んで微調整。直進、減速せよの合図。じわりじわりとカタパルトへ進入し、停止サイン。ブレーキ。

 

 サイファー、最後の動翼チェック。自らの目視点検で確認する。感度良好、操縦系統、火器管制も絶好調。整備兵たちに感謝。

 

 カタパルトに前輪が接続され、沈み込む。二―リングの体制、ワイバーンは今まさ飛び掛かろうとする飛龍のごとくの姿勢を見せる。

 

『ガルム1、発艦を許可する。行って来い、円卓の鬼神!』

「ガルム1、出る!」

 

 スロットルA/B。ノズルから炎を吐き出した直後、にとりの発艦ハンドサイン。ワイバーンが油圧ではじき出され、1.5秒後に離陸。ピッチアップ5度。左緩旋回してギア・アップ。

 

『ガルム1、高度制限解除。貴機の幸運を祈る』

 

 首をひねって後方を確認する。TLSを積んだSu-47ADVANCEが今まさに打ち出されたところだった。

 サイファーは首を戻して今度は北に視線を向ける。あの先に、憎しみを生み出す元凶が待っている。自分はそれを破壊するために青春を殺した。すべて終わらせるために今、鬼神の再来と言われた男は、男たちは北へと向かう。

 

 

 

24 ACES

 

 

 

―2010年12月30日 22時00分―

 

『戦場にいるオーシア、ユークトバニア両軍将兵の皆さん銃を置いて塹壕をあとにしましょう。私の不在を利用して専断していた者たちから、首都オーレッドは解放されました』

 

 傍受した無線からハーリング大統領の緊急会見の音声が聞こえる。X-02ではモニターにテレビを表示することも可能で、サイファーはその中継を操縦片手に見守っていた。この歴史的瞬間は今後永遠に語り継がれるに違いない。その瞬間に立ち会っている。そう思うとサイファーやスザク、海里の胸が高鳴なるのも当然だった。

 

 現在スーデントールの南約100キロ地点。ガルム隊はトライアングル編成を組んでグランダー社の工業地帯に向けて一直線に進んでいた。途中遭遇した哨戒機からはしつこく所属を問われたが、大統領の緊急会見の情報が入るや否や黙り込み、無言でサイファーたちについてくる形となった。援軍は多い方がいい。どうか彼らの耳にこの言葉が届くことを願う。

 

『自由と正しいことを行われる権限を奪われていた私は、今こうして黄金色の太陽の下へ復帰し、そしてユークトバニア元首、ニカノール閣下とともにあります』

 

 混線したオーシア、ユークトバニアの無線からどよめきが上がる。映像を見れない者たちはそんな馬鹿なと声を上げるが、テレビを見ている者たちが本当だと興奮した声を上げる。

 

『こちらガルム3、レーダーに反応! このIFFは……ユーク軍機よ』

 

 サイファーのレーダーにもユークトバニア戦闘機部隊の反応が探知される。後ろについてきているオーシア哨戒機もレーダーに捉えているはずだが、両者交戦する気配はなく、一直線に飛行していた。皆、大統領たちの声を聞いているのだ。

 

『両国間の不幸な誤解は解け、戦争は終わりました』

 

 ハーリング大統領が、ニカノール元首を隣へと呼び寄せる。元首は微笑むと、壇上に歩み寄り、マイクに向けて口を開く。

 

『私はユークトバニア元首にして政府首相、ニカノールです。戦場にいるユークトバニア、オーシア両軍将兵の皆さん。ハーリング大統領と私とが、肩を並べ、手を取り合う姿をご覧いただきたい』

 

 その言葉ののち、二国のトップが肩を並べる。そのタイミングでシャッターのフラッシュが一層激しくなり、マスコミは燃え上がる。無線内の兵士たちも同じく、興奮と混乱の声で埋め尽くされる。だがそれも二人の国家代表の言葉を聞くために静寂に戻る。

 

『今の大統領の言葉は真実です。戦争は終わったが、まだ我々にはなさなければならない戦いがある』

『その通りです。我々の間に憎しみを取り立てた者たちは、我々どちらかの国底にある大都市を破壊できる兵器を用意しつつあるといいます。しかし我々の友人たちがその企みを阻止するための行動を始めています。破壊されようとしているのは二つの国のどちらなのか、それはわからない。しかしそれは重要ではない。どちらの国が被る被害も、共通の大きな痛手です。両国将兵の皆さん。どうか心あらば、あなた方の持てる道具を持って彼らを手助けしてやって欲しい。「彼ら」は今、東へ飛んでいる』

 

 ワイバーンのコックピットにラッキースターからのデータリンクが届く。更なるIFF反応、西側から東に向けて四機の機影を補足とのこと。FLANがIFFを解析し、所属が大統領直属航空隊と表記される。

 

「噂のラーズグリーズか!」

 

 続いてモニターにキューが表示される。スーデントール到着まであと三分。並びにレーダーに大多数の反応。オーシア、ユークトバニア双方のIFFで付近はごった返し状態だった。ニカノール元首がやや興奮した面持ちで言う。

 

『なおもまがまがしい武器の力を使おうとする者たちよ! 平和と融和の光の下にひれ伏したまえ!』

 

 会見場で湧き上がる大きな歓声。マスコミや、国民たちはこの言葉に大きな希望を抱き、声を上げるだろう。だが兵士たちはどうだ。突然戦争をやめて手を取り合えと言われたのだ。戦争を好まないものも、疑問を抱くものも多くいる。だが、こちらがその気でも向こうはどうだ? そんな疑問を抱くに違いない。

 

 中継の無線を切ると、軍用回線は静かだった。時折誰かの息遣いが聞こえるが、それ以外は反応しない。静寂がノースオーシアを包む。

 

(難しいか……いや、それでもやるしかない)

 

 サイファーが両軍に呼びかけようと送信のスイッチを入れる。自分たちについてきてくれる人がほしい。みんな来るんだ。この連鎖を断ち切るのはおまえたちなのだ。

 

「こちら特務航空部隊ガルム隊隊長、サイファーだ。この場にいる全航空部隊、並びに地上部隊へ次ぐ。我々はこれよりハーリング大統領及びニカノール元首の指示のもと、敵衛星管制装置の破壊作戦を開始する。今の演説を聞いた者は俺たち、そしてラーズグリーズに力を貸してやってくれ!」

 

 再び訪れるしばしの無言。溜まった汗が頬を流れ落ちる。一秒、二秒と時が流れ、その時だった。無線機から口笛が聞こえてきたのだ。それにこの曲調にサイファーは、いやその場にいた全員に聞き覚えがあった。これは、15年前のベルカ戦争の時に大ヒットになった戦争へのアンチテーゼ曲、Journey Home。

 

 その口笛に合わせて、誰かが鼻歌を歌いだし、今度は誰かが口に出して歌い始める。ガルム隊の無線に通信が入った。

 

『こちらオーシア国防空軍第765飛行隊、了解した! もうこんな意味のない戦争はこりごりだったんだ、貴部隊を援護する!』

 

 一時方向から五機のF-15E。接近してガルム隊の目の前を通過し、左旋回。右後方の位置にポジションをとると、サイファーにサムズアップしてみせた。

 

『こちらユークトバニア第012航空隊だ。そうだ、俺たちも疑問でしかなかったんだ。言いたいこと考えたいことは山々だがそんな場合ではない。俺たちも援護する!』

 

 オーシア航空隊のさらに隣に、五機のSu-33が並ぶ。こんな至近距離で敵同士だった者たちが、今ここで翼を並べたのだ。そう、サイファーたちが望んでいたことが起きたのだ。

 

『こちらユーク第703飛行隊だ、おかげで踏ん切りがついた。ラーズグリーズの援護に向かう!』

『こちらオーシア第7航空師団、よく分からんがとりあえずいろいろやばいのだけ分かった! 俺も乗る!』

『俺たちについてくる奴らは歌え! 戦争を仕組んだ奴らにありったけ聞かせるんだ!』

 

 レーダーを見ると一機、また一機とIFFが青になっていく。無線機の中で始まったアカペラのJourney Homeはラッキースターの流したBGMに乗っての大合唱が始まる。その間にもオーシアとユークトバニアの両航空隊がサイファーたちの後方につく。その数はなおも増えていき、その波は空だけにとどまらなかった。

 

 

 

 

 スーデントールの大型陸橋に置いて、オーシアとユークトバニア残留兵の睨み合いが続いていた。大統領の演説を聞き、とりあえずの停戦は行っていたが、やはりこちらが心を許した時に撃たれるのでは、と言う疑いがどうしても晴れずにいた。

 

 戦車部隊を率いる隊長、フィッツジェラルド少佐は大いに悩む。ここは自分が人柱となって交渉に行くべきだろう。だがもし、万が一自分が撃たれた場合。部下たちは黙っていないだろう。撃つなと命じても必ず応戦する。そうなっては意味がないのだ。

 

「隊長、どうしますか?」

 

 砲手の新人が藁もつかみたそうな目で見挙げてくる。そんな目で見るな、こっちだってどうにかしたいんだ。そう思っていた矢先、無線から耳を疑うような声が入る。

 

『隊長! 橋の中間地点に誰かいます!』

「なに、ユークの方から誰か出てきたのか?」

『いえ、それが……出てきたのは少女です。おそらくまだ十代前後の』

 

 馬鹿な。そう思いフィッツジェラルド少佐は双眼鏡をひったくって前方を見る。確かにそこにいるのは十代の半分をやっと超えたであろうブロンドの髪の毛をした少女が立っていた。

 

「冗談だろ、戦女神でも舞い降りたって言うのか」

 

 少佐は戦車を飛び下りて呼びかけようと思った時、無線機から今まさにその少女の声が響き渡った。

 

『今この場にいるオーシア、ユークトバニアの戦車部隊隊長さん。今すぐに降りてきてください。このままではせっかく歩み始めた平和の第一歩も無駄になってしまいます。どうか、私の話を聞いて降りてください。もちろん武器は持たず、照準も向けずにです』

 

 戦場のど真ん中、それも両軍の戦車部隊に挟まれているというのに目の前の少女の声は堂々たる風格を持っていた。フィッツジェラルド少佐はそれだけでこの少女は只者ではないと察し、それはユーク側の隊長も同じだった。

 

「隊長……」

「……行くしかないな。あんな女の子にできて誇り高きオーシア第113戦車部隊隊長が務まるかってんだ」

 

 少佐は苦笑いを浮かべながら無線機を握り、少女に呼びかける。

 

「こちらオーシア第114戦車部隊隊長、フィッツジェラルドだ。勇気ある御嬢さんにお答えするべく武装なしでそちらに向かう」

 

 戦車のハッチを開け、自分の装備をすべて車内に放り込む。ポケットに酒の入ったスキットルが入っているがこれくらいはいいだろう。それに、もしかしたらこいつが一番の武器になるかもしれないと思う。それとほぼ同じくして、ユーク側からも無線が入る。

 

『こちらユークトバニア210戦車団団長代理、ごもっともだ。勇気ある御嬢さんとそちらの隊長殿に一言挨拶に向かおう』

 

 橋の向こう側にいたユークの先頭車両からも一人が武装を解除して歩み寄ってくる。橋の真ん中には証明に照らされた少女。やはり幻ではなかったと少佐は思い、彼が少女の顔をはっきり見える位置に来たときとほぼ同じくしてユーク側も同じ位置についた。

 

「……本当に女の子だ」

 

 ユーク側の隊長が思わずと言った様子で声を漏らす。それにはフィッツジェラルドも同様である。

 

「ああ、びっくりだ。それもやっと十代半ばを超えたって顔立ちじゃないか」

「おっしゃる通りです。私は今年で十六になりましたから」

 

 なんてこった、ハイスクールを出たばかりじゃないか。二国の隊長は目を丸くして思わず顔を見合わせてしまう。自分たちはこの少女に動かされたのだ。それを思うとやはり只者ではないし、何者だという疑問と興味が湧いてくる。

 

「それよりもです。今空ではこの戦いを終わらせるため、空の戦士たちが歌を歌って集っています。あなたたちはいつまでこうしているつもりですか? 確かにぬぐいきれない殺生はお互いあったでしょう。けど、今は……今だけはそれを忘れて私たちと歩んでください。明日のためにも」

 

 少女が手にしている無線機から、空軍部隊の歌声が聞こえる。空を見上げるとオーシア、ユークトバニアの国籍マークを付けた戦闘機部隊がつい昨日までなら目を疑うような至近距離で翼を並べて飛んでいる。こんなことがあり得るのだろうか?

 

「……いや、そうだ」

 

 違う。今空にあるあの姿こそが、自分たちのあるべき姿なのだ。オーシアとユークの訛った歌声が無線を支配している。自分の目の前で散って行った仲間たちは何を望む? 完全な征服で喜ぶのだろうか?

 

「……俺の目の前でな、軍に入ってまだ一年も経ってない新人が砲撃で吹っ飛ばされたんだ。跡形もなくな。もちろん憤ったけど、それを何回も経験すると麻痺していく。人間ってのは恐ろしいな」

「ああ、同感だ。俺の部下はラーズグリーズの悪魔……そちらではサンド島部隊だったかな。あいつらの猛攻でオーシアの上陸阻止をしていたが、見事に粉々にされた。あんたと同じで、慣れたら感覚が麻痺していったよ」

「安心した。なんだ考えることはみんな同じじゃないか。アホ臭くなってきた」

「同感だオーシアの隊長さん。どうだい、一時忘れるために一杯どうだ?」

 

 そういってユークの戦車団長は驚いたことにスキットルを差し出したのだ。本当に同じことを考えていて思わず吹き出してしまう。団長の顔は一瞬疑問で満ちたが、フィッツジェラルド少佐の出したスキットルを見て納得した。二人は互いのスキットルを交換する。

 

「やろうぜ兄弟。今日から俺たちは酒を飲みあった仲間だ」

「ああ、行こう。若いのが頑張ってるんだ、大人が示さなきゃならないんだ!」

 

 二人はがっしりと手を握り、そして抱き合った。その瞬間両軍から歓声が湧き上がり、睨みあってた兵士たちが戦車から飛び出し、武器を放り投げて橋の上で大喝采を上げる。

 

「オーシア万歳!! ユークトバニア万歳!!」

「両国に永久の平和を!」

「戦争は終わったんだ! 俺たちは今ここで戦友になる!」

「さぁ歌え!! 空の連中に聞こえるくらい派手な声で歌うんだ!!」

 

 その言葉を合図に、歓声はあっという間に歌声へと変わる。少女はその様子を見て満面の笑みを浮かべる。正直自分だって相当な緊張をしていたのだ。ユークトバニアで頑張っている姉に少しでも近づけただろうか。

 

「ところで……御嬢さんは一体何者なんだ?」

 

 フィッツジェラルド少佐がもみくちゃになっている両軍の兵士をかき分けて少女に問いかける。もう自分の立場を明かしてもいいだろう。自分たちも行動を起こす時が来たのだ。

 

「私たちはオーシアの好戦派に反抗していた学生レジスタンスです。これからは私もあなた達と一緒に戦います」

「レジスタンス……しかし君たちの戦力は?」

「大丈夫です」

 

 そういうと、少女は橋の柵に歩み寄り、次の瞬間飛び越えて川に向かって落ちて行った。それを見たフィッツジェラルドと兵士たちは驚愕して追いかける。しかしよく見ると策にはロープが垂れ下がっており、その先に先ほどの少女はいた。しかも川の上に立っている……いや違う。川の中にいる、何かに立っている。

 

「君は……一体何者なんだ?」

 

 問いかける少佐。少女は橋の上で自分たちを見下ろす兵士たちに、まさに女神の様な笑みを浮かべて言い放つ。

 

「私たちはレジスタンス大洗。そして私の名は西住みほ。我々大洗部隊は、これより戦列に加わり、シャンツェ破壊作戦に加わります!」

 

 西住。その名は世界の陸軍兵士ならだれもが知る、ベルカ戦争で活躍した戦女神西住しほ。その戦いは西住流と呼ばれた戦車の名門一家。その娘が今目の前にいるのだ。

 

 まさか、とフィッツジェラルドは目を見開く。15年前、ベルカ戦争時に空挺部隊としてベルカの地に足を踏み入れ、その際敵に追い詰められ、諦めかけたときに現れたのが西住しほ率いる戦車部隊だったのだ。

 

「西住流……二度も助けられるとは……」

「エンジン始動! これより、グランダー社への突撃を開始します!」

 

 カモフラージュのカバーが吹き飛び、その中から10式戦車が現れる。眼下の少女は勇ましく堂々たる風格を帯びて川の浅瀬用の偽装を解除、待機していた自分の部下の戦車たちに指示を出して上陸する。

 

「負けてられないな、オーシアの隊長さん」

 

 ユークの団長が同じく西住みほ率いる戦車部隊を見つめる。まだまだ遊んでいたいであろう年頃の少女がこうして自分たちを引っ張る。ああ、次の世代は彼女たちのような人間に継がせるべきなのだろう。だが、今はまだその時ではない。彼女たちの道を切り開くのは、我々なのだ。

 

「よぉしオーシア114戦車部隊、並びにユークトバニア210戦車団聞けぇ! 若いのばかりにいい格好をさせるな、続けぇ!!」

 

 両軍の兵士が一斉に自分たちの戦車に乗りこむと、西住みほ率いる大洗を全速力で追いかける。悲しむのも憎むのも今は後にしよう。今はともに進める友が、兄弟がいる。

 

 空で、陸で、そして海でも世界は一つになっていく。15年前の呪縛を葬り去るための英雄たちが、今ここに集う。

 

 目指すは憎しみを生み出すその穴倉。戦士たちは向かう。すべてを終わらせるために。未来を創るために。

 

 

 

 

 オーレッド湾に進入し、データリンク支援を行っているISAF連合艦隊の警戒レーダーに反応が現れる。

 

「艦長! レーダーに反応、オーシア艦艇です。さらに後方からはユークトバニアイージス艦隊も!」

「双方から通信が入っています」

「回線回せ。僕が出る」

 

 凪乃はスピーカーに音声をつなぎ、マイクを握ると応答する。CICは静寂に包まれた。

 

「こちらISAF連合艦隊旗艦、ヴァレー艦長芹川だ」

『やっとつながった! こちらオーシア第七警戒艦隊、大統領たちの演説と暗号通信を受け取った。そちらの協力に感謝、これより指揮下に入る!』

『こちらはユークトバニア第十七駆逐隊、旗艦マレバだ。同じくニカノール元首の暗号通信は受け取っている。こちらもオーシア艦艇たちと肩を並べるべく参上した。航空部隊もつれてきた!」

『こちらユークトバニア672空母航空団だ。我々も入れてくれ。だが頭の硬い艦長から逃げてきたから燃料がカラッカラだ。いきなりで申し訳ないが着艦を許可されたし。補給後には直ぐにでも北に向かう!』

 

 ヴァレーの上空を、ユークトバニアのエンブレムを背負った五機のSu-33が美しい編隊を組んで飛び去り、反時計回りに旋回を開始する。乗組員が双眼鏡を覗いてみると、パイロットがサムズアップをしていた。

 

「艦長、他にもわが空母に着艦を要請している航空隊がいます!」

 

 レーダーを見ると、四方から航空部隊が空母目指して接近していた。CICはあっという間に無線交信の声で埋め尽くされていく。

 

「空母甲板要員並びに整備チームに通達、収容できるだけの戦闘機部隊の受け入れ態勢を整えろ。おそらく空母ヴァレー始まって以来の大仕事になるに違いない。客人は丁重にもてなせ!」

「了解!」

「こちら空母ヴァレー、672航空隊へ。着艦を許可する。レーダー誘導を開始するので方位272へ旋回、誘導を開始する」

「オーシア340海軍航空隊、672航空隊の後方について着艦待機せよ」

「艦長、オーシア海軍から補給艦が来ています! 艦載機の装備を回すそうです!」

「すぐに受け入れ態勢、やりすぎて損はない。わが艦隊の総力を持って受け入れる。腕の見せ所だぞ!」

 

 

 

 オーシア、ユークトバニア空軍、及び陸軍、海軍が結集したという報告はすぐさまラッキースターから伝えられた。同空域付近にいるAWACSたちも協力を申し出、情報中継役にラッキースター、空域周辺管制をオーカ・ニェーバ、ベルカ領からの増援機を監視にサンダーヘッドの三機によってスーデントール一帯に巨大なデータリンクネットワークが構築される。無線機からはついさっきまで敵同士だった戦闘機たちが、翼を並べて自己紹介し、戦友と呼ぶ声で満たされていた。

 

 キャノピーから首を曲げると、数えきれないほどの戦闘機部隊。オーシア製ユーク製の戦闘機が肩を並べて飛んでいる。ああ、なんて素晴らしい光景なのだろう。

 

『サイファー……俺はいまだに信じられない。人ってこうも簡単に変われるんだな』

「国籍、血、習慣や宗教が違っても、考えていることは同じだったんだ。こんな戦争はおかしいって。それさえお互い理解できればそれでよかったんだ。世界はこんなにも簡単だということを、今ここにいる人たちは理解したんだ。」

『そうか……片羽の妖精が求めていたものが今ここにあるんだな』

『お父さんたちが望んだ世界……それが今ここにある。私たちのしたことは無駄じゃなかった』

 

 そういう海里の声に、少しだけ涙が混じっているのをサイファーは聞き逃さなかった。彼女たちが抱えている呪いが今まさに解かれようとしているのだ。これほど嬉しいことはない。サイファー自身、油断すれば涙でHUDが見えなくなるところだった。

 

『こちら空中管制機ラッキースター、歌声に集った戦士たちの皆さん。素敵な歌声ありがとうございます。私はこの光景を見ることができて光栄です。これより、オーシア並びにユークトバニアの共同戦線を展開します。回線のパンクを回避するために、作戦指揮および説明はオーカ・ニェーバと共同で行います。心して聞いてください』

 

 無線に静寂が走る。攻撃部隊は即席だが二班に分けられ、オーカ・ニェーバ班とラッキースター班に分けられた。ラッキースター班の無線には幼い声色ながらも芯が通った彼女の堂々たる説明はパイロットたちに自信と勇気を与える。

 

 作戦目標はバルトライヒ山脈内部のトンネルに存在するSOLG管制装置シャンツェ。そのトンネルを開くために地上機甲部隊がトンネル制御施設へ攻撃し、突入して制圧。それと同じくしてヘリコプター空挺団が屋上から施設を強襲、制圧の後にトンネルの開閉制御を掌握し、トンネルへ突入するため準備を整えることが第一の任務であった。そのためには地上に点在する敵トーチカ、戦車部隊、対空砲台や戦闘機を排除することが最優先となる。

 

『グランダー社は私たちの接近を感知して、V1の譲渡を条件に両国好戦派の将校に助けを求めたんです。ですがV2がまだ存在していることは伏せたままで、仮にV1がどちらかの陣営に渡ったとしてもより強力なV2の威力には及びません。結局両国はグランダーの手の内に収まってしまいます。そんなことを許すわけにはいきません。ガルム隊をはじめとする航空部隊は何としてでも地上部隊をグランダー社に到着させてください! 敵は私たちを攻撃する奴らです。恐ろしい力で世界を恐怖に巻き込もうとするやつらは片端からぶっ潰してください!!』

 

 IFFに反応。北側から接近するオーシア、並びにユークトバニアの航空部隊。レーダー照射を受け、あれは敵だとSu-47ADVANCEのFLANが警告する。そのデータリンクが飛ばされ、追随する『味方』航空部隊へと情報が伝達される。

 

「こちらガルム1サイファー。歌声に集まった誇り高き戦闘機乗りたちへ。15年前の呪縛はこれで終わりにするんだ。行くぞ同志、俺たちの平和を取り戻すんだ!」

 

 左ロール、背面になって急降下。ガルム隊がスーデントールへと突っ込む。それを見た友軍機たちも遅れまいとバレルロールしながらガルム隊に続く。

 

『こちらドミノ隊了解した! そんなことのために動かされたんじゃ腹の虫がおさまらん! 各機つづけ、平和を取り戻すんだ!』

『ユークにいいところ取られるなよ! 15年前の共同戦線の復活だ、行くぞ!』

『ラーズグリーズだけじゃない、歌声に集ったジェントルマンたちもいる。最高じゃないか! ヴァイパー、交戦!』

『ウィスキー1、交戦!』

『サスコット隊交戦!』

 

 歌声に集った翼たちが次々と翼を翻し、スーデントールの空に舞う。すでに都市上空では交戦派の息がかかった航空部隊が集結し、彼らを向かい打つべく待っていた。しかしこのオーシア、ユークトバニアの共闘には予想外だったのだろう。その数の多さに混乱の声が響き渡る。

 

『なんだこの数は!? さっきまで敵同士だった連中がなぜこうも!?』

『ええい、敵の下手なプロパガンダに騙された裏切り者たちめ! ユークトバニアの完全制圧こそが我らの真の終戦なのだ!』

『潰せ、奴らを潰せ!』

 

 向かってくる三機のF-22。サイファーはその先頭にロックオンし、すれ違いざまに叩き落とし、その左右を挟んでいた後続もスザクと海里の手によって火だるまになる。眼下に紅葉地帯が現れ、サイファーは急上昇。目の前に対空砲台を確認し、再びロックオン――発射。右旋回して機首をバルトライヒ山脈方面に向けるともう一つの砲台。しかしこれは近すぎて間に合わない。

 

「スザク!」

『わかってる!』

 

 やや遅れてきたSu-47のTLSはFLANの手によって発射準備が完了していた。目標補足、補正プログラムによる照準修正完了。FIREのキューが表示され、発射。真紅の光が砲台に突き刺さり、真っ二つにへし折って塔が崩落する。

 

『ガルム1、真正面から敵機ブレイクブレイク!』

 

 海里の叫び。11時方向から襲い掛かってくる四機のタイフーン。最後尾のガルム3がADMMの発射ポッドを展開。海里は専用発射コード『ドライブ』を叫ぶ

 

『ロックオン、ガルム3ドライブ! ドライブ!』

 

 合計12発の小型ミサイルが垂直に舞い上がり、直後指定された四つのターゲットに向かって飛びかかる。四方向に別れたミサイルは新型推進剤の影響で光の筋のように夜空に映え、直進してくるその姿は見える死を連想させ、パイロットを恐怖に陥れる。

 

『なんだあのミサイルは!?』

『回避、回避だ!』

 

 たまらずタイフーンの編隊は散開し、ミサイルを振り切ろうと急旋回をする。敵にとって幸いだったのはADMMがまだ試作段階だったことだろう。その見た目こそ恐ろしいが、ミサイルの小型化に伴い推進燃料は最低限に設定され、その影響で長距離発射は不可能であった。加えてまだ誘導性能も低く、回避自体は難しいことはないのだ。現に、被害は一機が被弾して煙を吹き出し、脱出。残った三機はどうにか回避に成功した。だがその幸運よりも、サイファーたちがその場にいたという不幸の方が圧倒的に大きかった。反転したスザクが機銃を叩き込んでコックピットに直撃して沈黙。そのままふらふらと飛び続け、山肌に激突した。

 残る二機をサイファーはXLAAで同時にロックオンし、すかさず発射。胴体の真ん中に突き刺さったミサイルは一秒と立たないうちに鉄器を粉々にする。

 

『やっぱり誘導性や推進燃料にはまだ限界があるみたい。あんな風に蹴散らすくらいで限界だから、二人とも気を付けて!』

「了解!」

『了解した』

 

 ガルム隊、編隊を組みなおして再度対地攻撃へ。友軍地上部隊がトーチカと敵戦車部隊に苦戦しているのを発見すると急降下。Y/CFA-42が前に出てトーチカに集結する敵車両にロックオン。再びADMMを発射し、攻撃の手を止めて急上昇。後ろからサイファーたちのミサイル、及び機銃攻撃で車両群が火を噴いた。

 

『上空の戦闘機、援護感謝する! こちらオーシア第114戦車部隊だ。ともに戦えて光栄だ!』

『よし、突破口が開いたぞ! 行け行け行けぇえ!』

 

 味方戦車部隊が進軍を再開する。先頭の戦車にはオーシアの国旗とユークの国旗が一つに結ばれて掲げられていた。

 

『こちら西住、各員気を付けてください。まだ敵が潜んでる可能性があります、外部を戦車部隊で固めて歩兵は内側へ! 大洗組、一時的に前に出て援護します!』

『よぉし! 西住流のご登場だ、女神殿を守るんだ!!』

 

 西住みほ率いる大洗レジスタンスが先頭に出て、立ちふさがる敵装甲車、並びに戦車に徹甲弾を叩き込んで沈黙させる。路地の隙間ぎりぎりで待ち構えていた戦車に、ドリフトで砲身をまげて一発。まさか自分たちが潜んでいるのに気付かれると思ってなかった敵戦車は砲弾を抱えたまま炎に包まれる。その大胆な戦い方、到底齢十六の少女が指揮しているとは思えない動きは男たちを奮い立たせ、士気は最高潮に達していた。

 

『おいおい、見たか今の動き! あんなの普通じゃできねぇ!』

『若いからこそできる無茶ってやつだな。あと十年ほど若くなりたいぜ』

『戦車の限界の限りを使って戦うこの姿勢……ベルカ戦争の戦女神って呼ばれるわけだ……』

 

 湧き上がる彼らの無線を聞き、ガルム隊も地上にもう一人の西住流がいることに気が付く。先頭を行く10式戦車、おそらくあれがそうなのだろう。

 

「西住流って、バートレット教官を援護したあの女性とは違うのか?」

『こちら大洗代表、西住みほ。ガルム隊へ、お話は姉から伺っています。援護に感謝いたします』

「なるほど、姉妹そろって戦車乗りか。こちらガルム1サイファー、そちらも協力感謝。西住流と聞いて心強い。進軍を援護する、上は任せてくれ」

 

 機体反転、ヘリボーン部隊の援護に向かう。なんと市街地の隙間からAH-64Dが現れた。いったいどこに隠していたのだ。

 

「くそ、狭すぎてミサイルが入らない!」

『俺が行く!』

 

 スザク、先行。FLANがスザクの意思を読み取って最適進入角度を表示。目標、AH-64Dの脇にあるビルの給水タンク。レティクルが表示され、その根元に向けて照射。バランスを失ったタンクはそのままビルから落下し、AH-64Dのローターを粉砕した。

 

「なんて離れ業だ」

『FLANがあほみたいに高い精度だから助かるぜ』

『さっきの一撃は誰だ? まぁいいとにかく助かった! 空挺旅団第一大隊全員聞け! よし、ヘリボーンだ! 俺たちも行くぞ!』

 

 AH-64Dの残骸の真上を、CH-47の編隊が通り抜けていく。サイファーたちは邪魔にならない程度にフライパス、彼らを見送る。

 

 するとレーダーロックオンの警告。レーダーには複数の対地目標が表示されていた。

 

「SAMだ、散開しろ!」

 

 ガルム隊は三方向に散り、直後サイファーにミサイルアラート。チャフを散布、スロットルA/B点火。主翼収納、高速でミサイルを引き離そうとする。だが前方から熱源ロックオンを受ける。目を向けると敵側のF/A-18Eがサイファーを睨んでいた。

 

「しまっ――!?」

 

 近すぎる、よけきれない。そう思った直後、目の前のスーパーホーネットが爆散する。直後真下から一機の黒いF-14Dが急上昇していく。サイファーはその一瞬で垂直尾翼に描かれたラーズグリーズのエンブレムと016の機体番号を見た。

 

「あれがラーズグリーズか!」

 

 ラーズグリーズ、インメルマンターン彼もまた敵機に追われつつ、しかしその状態でサイファーの窮地を救ったのだ。

 

(噂程度にしか聞いてなかったが、本当に腕利きだ。すごい)

 

 SAMのミサイルを振り切り、サイファーはラーズグリーズの援護に向かう。追いすがるのはF-15C。ロックオン、続いてガンアタック。ミサイルが一発命中、機銃が燃料タンクに穴をあけてとどめを刺す。

 逃げ切ったラーズグリーズが反転、サイファーのすぐ右をお礼代わりにすり抜ける。

 

『トーチカによる防衛線に 地上部隊が阻まれている。支援爆撃を! 』

『ガルム2だ、俺が行く!』

 

 スザク、左急旋回。FLANが再び爆撃コースを指定、TLSのチャージを開始する。ターゲットインサイト、トリガーを引くとたちまち敵トーチカが炎に包まれ、弾薬庫に引火して派手に爆発。そのまま右旋回して隣にあったもう一つのトーチカをミサイルで吹き飛ばす。さらにもう一個先の敵装甲車に一撃を加えようとしたが、FLANが間に合わないと警告を発するが機銃を撃ちこむ。だがやはり目標のわずか上に弾丸は通過し、直後衝突の危険を訴えたFLANが一時的にコントロールを握り、機体を上昇させる。暗くて見えにくかったが、あの先にクレーンがあったのだ。もし気づかなければ主翼が根元から消えていたに違いないと思うと、スザクはぞっとする。

 

 首を曲げてもう一度爆撃コースに乗ろうとする。しかし撃ち漏らした装甲車は既に火だるまになり、すぐ横をラーズグリーズが追い抜く。

 

『こちらアーチャー、援護に感謝します! 地上には歩兵部隊もいるのでお気をつけて!』

 

 かなり若い声色でスザクは驚く。おそらく自分たちよりも年下かもしれない人物があのラーズグリーズに居るとは。これでは負けてられないとスザクは次の目標を探す。

 

『こちらスザク、敵トーチカを二機破壊した、あと何個だ!?』

『こちらラッキースター、正確な数は不明です、出てきたらとにかく潰してください!』

『了解、最高に分かりやすい説明だ!』

 

 急降下。ビルの隙間に入り込んでいた敵戦車に真上からミサイルを撃ち込み急上昇。だがその上昇した瞬間を低空飛行していた敵機に狙われてミサイルアラートが鳴り響く。FLANが直撃の可能性大と伝える。一瞬TLSをパージするべきかと思ったが、その直後にミサイルがあらぬ方向へと消えていく。

 

『間に合ってよかった! こちらユークトバニア第54電子航空団、ECMでこの空域を制圧する!』

 

 空域内に複数の電子妨害が発生する。ECMを搭載したSu-24MPが散開して空域に網を作ったのだ。これでレーダー照射型ミサイルは大幅に弱体化される。

 

『すまない、恩に切る!』

<9時方向から敵機、会敵まで7秒。敵対空砲台、残り2>

 

 FLANがラッキースター及び付近のAWACSから受信したデータを予測、変換して付近の飛ばし、中継役としてデータリンクを航空部隊へ送信する。

味方部隊がそれを受け取って連携し、オーシア航空隊が敵機を撃墜する。その間に低空から侵入したラーズグリーズが対空砲台を爆撃、沈黙。ヘリ部隊の突破口を開く。

 

『見えたぞ、あれだ。 装填しろ、スタンバイ』

『ラーズグリーズが、仲間たちが対空火器を掃除してくれた。着陸するぞ!』

『よおし、着陸態勢に入れ! 施設を屋上から制圧する! 』

 

 CH-47がコントロール施設群の屋上に次々と着陸。中から歩兵部隊が飛び出して室内に続く扉をぶち破る。それを攻撃しようと接近する攻撃ヘリをユーク軍のスティンガーミサイルが撃ち落とす。

 

『やるじゃないか! 敵じゃなくて助かったぜ!』

『こちらこそ。味方が増えて心強い限りだ』

『よし! コントロール施設屋上は空挺旅団第一大隊が確保した! 行くぞ、まだ仕事はこれからだ!!』

『こちら第114戦車部隊、目標施設の目の前まで来たが下の抵抗が激しい、誰か手伝ってくれ!』

『こちらガルム3、援護します。近づきすぎないように退避を!』

『こちらエッジ、私もガルム3の後方から行きます』

 

 海里の後ろに黒いF-14Dが援護につく。あれがラーズグリーズ。しかも女性パイロットとは同性として心強い。海里はADMMのセーフティを解除すると ロックオン。ありったけのミサイルを地上に向けて発射して急上昇。雨のように降り注ぐミサイルに敵は混乱し、その中をビル群の隙間を縫うようにして突っ込んできたラーズグリーズがとどめを刺す。

 

『こちらガルム3、ラーズグリーズの援護に感謝! 噂以上の腕だったわ!』

『そちらもいい腕よ。幸運を!』

 

 F-14Dが翼を振って離脱。海里はサイファーを探し、バルトライヒ山脈上空で敵航空部隊と乱戦になっているのを見つける。

 

『ガルム2、サイファーを援護して!』

『わかってる!』

 

 ADMMスタンバイ、発射。敵機がミサイルアラートに驚いて散り散りになり、サイファーから離れた機体をTLSが貫く。

 

<TLS強制冷却開始。再稼働まで三分>

『ちっ、レーザーがごねた!』

『ドッグファイトに持ち込むわよ!』

 

 兵装、サイドワインダーミサイルに切り替え。ロックオンしてすれ違いざまに一機を撃墜。続いたスザクが機銃で敵機のエンジンをぶち破る。

 

『二人とも、後方につけ! 離れるなよ!』

『わかってる、だがこの響きっぱなしのアラートは最悪だ!』

『いう暇あったら敵機落として!』

 

 サイファー、一機撃墜。海里がポジションについて援護射撃、それよりやや遅れてスザクが右後方に戻る。

 

『ええい! あの先頭のヤツ墜とせば終わるはずだ!』

『核兵器は我々のものだ。オーシアのカラスどもめ』

『ここは今はオーシアの領土なのだ。ユーク軍機の好きにさせるか』

 

 徐々に戦闘が有利になっていくさなか、なんと『敵』側のオーシア、ユークトバニアの戦闘機が交戦を始めた。レーダーは戦闘機でびっしりと埋まり、機影が交錯するたびに一機、また一機と消えていく。その入り参る様はラッキースターのレーダーにもはっきり映り、ゆたかは驚愕する。

 

『なんてこと……ベルカに味方する者同士で争ってます!』

「くそったれ、ややこしくしやがって! 蹴散らすぞ!」

 

 サイファーは舌打ちしながら右バレルロール。敵同士で群がる機体群に向けてXLAAを発射。敵同士で噛み合っていた三機が散り、一機が生き残る。もう一撃行こうと思った瞬間、敵機は急反転。地面すれすれに逃げ込む。なかなかの腕、敵ながらあっぱれと言いたいところだが、ガルムの二番機と三番機は甘くはない。海里の放ったミサイルが敵機を無理やり上昇させ、その腹にスザクがガンアタックを仕掛ける。銃弾がエンジンに突き刺さり、拉げたタービンブレードが跳ね回って黒煙を吹く。

 

 だがすぐにガルム隊にもロックを仕掛けられ、再び散開。後方にいるのは四機で編成されたユーク好戦派のSu-27。しかしさらにその後方に同じく好戦派のオーシアF-16C二機が食らいついて一機撃墜される。ユーク、それをコブラでオーバーシュートするとオーシア機を一機撃墜。その瞬間を「友軍」のオーシア、ユーク航空隊が撃墜する。

 

『くそっ。まるで本当の地獄が開いたようだ。醜い。我々をこんなところに追い込んだのは彼らだ。ウォードッグの幽霊、ラーズグリーズの亡霊なのだ』

『ラーズグリーズの亡霊……』

『そうだ、彼らをしとめろ』

『奴らをだ』

「なんだ敵機が……まさか!?」

 

 レーダーに映っていた敵のIFFが反転し、全員が同じ場所に向けて飛行を始める。あの先にいるのは黒いF-14D、ラーズグリーズだ。

 

『こちらラッキースター、歌声に集った戦士の皆さんへ。敵が一斉にラーズグリーズを狙い始めました。彼らを落とさせてはいけません、援護に向かってください!』

「了解、こっちも援護に……」

『サイファー待って、こちらにとり! 少佐のディスクの解析が今終わった! 中にはトンネルの見取り図ともう一つ重要な情報が入っていたんだ!』

「重要な情報だと?」

 

 後ろに食らいついた敵機をバレルロールの減速でオーバーシュートし、機銃で仕留めると真正面から突っ込んできた二機にXLAAを発射。何とか余裕を作ってサイファーは耳を傾ける。

 

『今地上部隊がトンネル解放のために頑張ってくれてるけど、北のベルカ領側に予備の制御施設がもう一個あるんだ! 仮にトンネルを開けたとしてもそっちから閉められてしまう、だから今すぐ北側に向かって予備の制御施設を破壊して!』

 

「けど今の状態で……ラーズグリーズに負担が掛かっちまうぞ!」

『行け、ガルム隊!』

 

 無線から聞き覚えのない男性の声が入る。なかなか渋い声色をした人物はサイファーに大男なイメージを植え付ける。実際その声の主は身長190cmと強じんな筋肉を自慢にしているラーズグリーズ五番機ソーズマンことスノー大尉だった。

 

『確かに今この状況は相当荷厄介だ、だが同じような敵は北にもいるだろう。君たちが陰ながらしてくれたサポートは耳に挟んでるし、何より鬼神の再来と言われる男が隊長を務めているというじゃないか。君たちが行ってくれ、我々のためにも!』

『そうだ、こちらヴァイパー隊! ラーズグリーズは我々が守る! 君たちは北に向かってくれ!』

『その通りだ、彼らは私たちが守る! 君たちも彼らのために北へ向かってくれ!』

『こちらオーカ・ニェーバ。我々が空の目と名乗っているのにはちゃんとした理由があるということをお教えしよう。我々がいる限り敵の好きにはさせないさ。各機データリンク構築、情報を共有する! 敵を迎撃せよ!』

 

 友軍機が一斉に迎撃に移行する。あちこちで背後の奪い合いが起こり、そのたびに火球が生まれては消えていく。空は大量の戦闘機で覆われ、大混戦になっていく。

 

「すまない……友軍機に感謝! ガルム隊へ、北に行くぞ!」

 

 サイファー、進路変更。ガルム隊は再び編隊を組み、バルトライヒ山脈を北上していく。彼らの行く手を阻もうと数機が追いすがるが、その後方から友軍機のグリペンCがミサイルのプレゼントをお見舞いし、サイファーたちの後方についた。

 

『こちらドミノ隊、前の隊長が15年前にガルム隊と共闘したことがあるって自慢してたんだ。ぜひとも援護させてくれ!』

『こちらサルベージ隊、ちょいと空が狭すぎて窮屈してたんだ。それと俺の息子がガルムの大ファンでね、いつだったかやってたテレビの特集を見てからすっかり犬好きになっちまったんだ。ぜひとも同行させてくれ』

『こちらキズモ隊、北側という事はベルカの迎撃機が出てくる可能性もあるんだろう? なら俺たちに任せてくれ、ベルカの飛び方は教官からきっちり教えられたんだ』

『ジョーカー隊だ。私たちも同行する。ベルカ戦争からの現役の力見せてやろう』

 

 サイファーたちの後方には、合計十数機の友軍機がずらりと並んでいた。こんな光景は今まで見たことがない。サイファーの手は少し震えていた。これだけの部隊が自分についてきてくれるのだ。それは同時に彼らの命を握るという大きなプレッシャーも兼ねている。しかし、その一方で湧き上がる高揚感も存在し、自分の気持ちが高ぶっていることに気が付く。このからだの震えは恐怖ではない、武者震いだ。そうだ、きっとこの瞬間を鬼神は、師匠は経験したのだろう。今、自分は師に確実に近付いている。15年前その人が見た光景を、今自分は経験している。

 

 これが鬼神。悪魔ともいわれ、英雄とも言われた15年前のラーズグリーズ。今自分はそれを経験している。そして、自分が鬼神になろうとしている。再来ではなく、本当の鬼に。

 

「ありがとう……行くぞ、全機フルスロットル! 北の住人に御挨拶だ!」

 

 スロットルMAX。X-02は翼を折りたたみ、高速飛行形態へと移行する。後続機も同じくアフターバーナーを点火し、全速力で北に向かう。

 

 そして、彼らを待っていたように雪が降り始めた。

 


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