ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war- 作:チビサイファー
Su-47 ADVANCE ベルクート改。そう名付けられたスザク専用の機体は、原型となったSu-47とは全く比べ物にならないほどの改造が加えられていた。
着陸時に大破したボディをベースに、新型エンジン、新素材の柔軟性を持った主翼、兵装管理システム、コックピット内部もアナログが多めだった計器を一新し、計器、レーダーなどの必要な情報はすべて複合型ディスプレイモニター一つに収め、よりすっきりとした内装へと変更されている。
動翼にも大きな変更を加えられ、垂直尾翼が全遊動式に変更されたほか、もっとも目につくのは同じく全遊動式になった主翼である。主翼基部に可動軸を仕込み、主翼を下げ角40度、上げ角80度まで動けるようにした結果、常用戦闘機ではまず再現出来ないトリッキーな機動力を手にする事ができた。言わば主翼その物がエルロンないしエアブレーキになったのである。
その結果として、主翼に搭載されている動翼が撤去され、主翼にはフラップとそれを併用した申し訳程度のエルロンだけが装備された。
兵装面にも大きな手が加えられている。基本的な搭載兵装は変わらないが、背面に新たなハードポイントを追加し、背部搭載型TLSを装備可能にした。これはADFX-01モルガンの技術流用し、直線上にしかレーザーが照射できなかった01型の欠点を克服し、上方向に30度、左右合わせて60度にまで射撃角度を調整することが可能になった。
それを支える二機の強力なエンジンは、とある企業が開発したN/CR-101Dターボジェットエンジンである。パワーだけ見ればラムジェットエンジンにも負けない強力なエンジンで、重量がかさんでパワーが落ちかけるのを、強力なエンジンで無理矢理飛ばすと言う何とも強引な手法である。
そんなことすれば操縦性に大きく支障が出るのは間違いない。実際難しく、安定性に関しては正直な話戦闘で使えるような代物ではなかった。
しかし、それを補うための電子制御装置がコックピットに搭載されている。ある意味、この制御装置が生まれ変わったSu-47の最強装備とも言えるだろう。
「FLAN(フラン)だって?」
コックピットに座り、機体の説明を受けていたスザクはタラップに足を掛けているやまとに問いかけた。
「そう。戦闘蓄積型人工知能、Fight Learning Accumulation braiNの略称よ」
「人工知能? そんな物が搭載されてるのか?」
「ええ。さっきも言った通り機体の安定性は装備満載時だと極端に低くなるわ。それを微調整するための人工知能で、常に機体の安定性を保つために随時最適な主翼角を計算して調整するのよ。その演算処理能力はスーパーコンピューター並み……というか空飛ぶスパコンその物よ。加えて、このインカムでフランの事呼んでみなさい」
と、機体に繋がれたインカムを手渡されて、それを頭に着けると、マイクに向かってフランの名前を呼び出す。
「フラン、応答しろ」
<This is FLAN. Instructions Please.>
「おお、答えた」
メインモニターのテキスト部分に、英文で返答が来た。つまりこのAIとは会話が出来ると言うことである。先ほどやまとが言ったように、スーパーコンピューター並みだから、戦闘支援も行うこともできるし、簡単にではあるが会話もすることだってできるのだ。
「しっかし、よくこんな高価なものを用意出来たな。出所はどこだ?」
「例によって詳しい概要は分からないけど、このFLANはZ.O.Eをベースにしているわ」
「Z.O.E?」
「ユージア大陸のクーデター勃発の時に、Z.O.Eと呼ばれる人工知能を搭載した戦闘機が複数回にわたって現れたわ。最初こそまるでドローンのように端的な動きしかしなかったけど、撃墜されるたびに相手の動きを学習し、最終的には並みの兵士では太刀打ちできないほどにまで成長したと言うらしいわ。特徴としてZ.O.Eの搭載されている機体は深紅に染められて、一部では赤い悪魔と呼ばれていたわ」
「つまるところ、紅い悪魔の妹か。にしたってよく用意出来たな」
「クライアント、通称『コーエン』によるとZ.O.Eをベースにして支援AIのデータを取りたいって。私が知ってるのはそれだけ」
まったく、そんなデータを取って何にするんだ。スザクは疑問でしか無かったが、やまとに少し会話してみろと言われて、いくつか質問してみることにした。
「FLAN、お前は何者だ?」
<質問の意図が不明>
「ありゃ、答えない」
「当たり前でしょ、いきなりそんな哲学的な事聞かれたらAIだって答えられないわ。経験を積めば変わっていくでしょうけど」
「じゃあ……FLAN、機体の現在情報を教えてくれ」
<機体情報、スキャン開始……完了。非戦闘状態全ブロック異常なし>
「なるほど」
「他にも戦闘状況のサーチもできるわ。戦闘中に呼び掛ければAWACSを経由してメインモニターに表示してくれる。極端な話をすれば、インターネットにアクセスして情報を探す事も出来るわ」
「FLAN、永森やまと・スリーサイズで検索を頼む」
「あんた殴るわよ……」
<検索……機内データベースより検出。記録者河城にとり。バストは――>
「ストォーップストップ!! なんで出て来るのよ!? ってか主任はなんでこんな物入れてるのよ!?」
「ネットにつなぐ以前に知っているとか、こいつ侮れんな。えーっとなになに、バストはちじゅ……」
―パァン!!―
「ともかく!」
と、頬に張り手を食らったスザクはぶすくれた顔でモニターを見つめながら、やまとの説明に耳を貸す。なにもあんなに強くたたかなくて良いだろうに。おかげで顔面にはやまとの平手の痕がくっきりと浮かび上がっていた。冬場の空気だからよく染みる。
「このベルクートにはあなた以外にもう一人が乗ってると思った方がいいわ。FLANは搭乗者の意識があるかないかも識別して自動飛行もする。着陸だってたぶん兄さんより上手くできるわ」
「おいおいマジかよ……」
「マジよ。はいこれ、FLANの取り扱いマニュアル」
どさっ、と分厚いマニュアルがスザクの膝の上に置かれてげんなりする。さて、つい一カ月もしない前にもこんな感じのものを読まされた気がするのだが。
「ところで、前進翼と人工知能って聞くと、どう考えても戦闘妖精……」
「それ以上はダメよ。あくまでパロディ、オマージュよ」
「メメタァ……」
スザクは頭を抱えて大きなため息をついた。パラパラと中身を軽く見て見る。やはり頭が痛くなりそうだった。
「取りあえず明日テスト飛行よ。とにかく時間が無いから今すぐにでも飛んで欲しい所だけど、疲れてる中飛ばして堕ちるなんてことも出来ないからね。今日はそれ読みながらしっかり休んでちょうだい」
「あいよ……」
*
「しっかし、良かったじゃないか。愛機が帰って来て」
「まぁな」
空母浴場内にて、サイファーとスザクは本日の戦闘の疲れを存分に癒していた。本日の温泉は草津の湯である。やや温度が熱めの湯船は、冬の空で冷え切った体を真から温めてくれるからよいものだ。
「最新AIに新世代型素材採用の主翼、新型の接続ジョイントを使った主翼その物の可動化、さらにはレーザー兵器の搭載、まったく全部載せとは、まるでお前専用に用意された機体……というか、お前専用機だったな」
「にとりが壊す覚悟で預けろって言ってたのはこういうことだったんだな。って言うか一カ月で直すどころかほぼ完全な新型機にするってどういう企業だよ」
「まー、俺たちには話すことはないってことだろうな~。商売道具を与えるだけありがたいと思えって感じか」
ぐいぐいと腕を伸ばし、サイファーは日々の疲れをお湯の中に溶かそうと深く湯船に沈みこむ。なお、今日の機体整備の時にもう一発にとりに殴られた。高速時に主翼を展開したことを黙っておこうとして居たのだが、傷が回復し、仕事に復帰してきた彼女の目はとんでもなく鋭く、ハンガーインして十分でばれた。
「うおー、いてて。あいつ医者の許可が出たからって張り切りすぎだ、超痛い」
「元気になったのはいいことだろう」
「まー、な」
チャポン、と天井にたまった湯気が水滴になって湯船に落ち、二人しか居ない浴場に響き渡る。なんだ、今日のサイファーはやけに静かだなと横を見て見ると、既に顔の半分くらいまで沈んで眠っていた。
「…………安らかに眠れ、サイファー」
「起こしてあげなよスザクくん」
「疲れてるんだし、このまま眠らせても……ってうおおぉおおお!!?」
スザクは思わず飛び上がった。当然である、ここは男湯だ。天の声の如く女の声がすれば驚くに決まっている。スザクが天井を見上げれば、男湯と女湯を仕切る壁の上に、如月海里の姿があった。
「おまっ、何してんだよ!」
「サイファーと待ち合わせしてたんだけど、やたら静かなもんでちょいと覗きに来た」
「お前……もうちょっと自重しろよ」
「ごめんねー、旦那の世話が好きな性分なんでね。あとちゃんと水着着てるんでご安心を」
「お惚気はこりごりだ」
「あんたとやまとちゃんだってもっぱらの噂よ。いよっと」
海里が大勢を入れ替えてそのまま男湯の湯船の中に入り込んできた。一体こんな滑りやすい壁をどうやって降りて来たんだと問いただしたいのだが、その手にはいつしかサイファーが女湯を覗くときに使った吸盤手袋が装着されていた。
「もー、部屋で待ってたのに全然来ないんだから。どれくらい前から入ってたのよ」
「入ったの自体はそんなに長くない。風呂に来るまでが長かったけどな」
「なるほど、油売ってたのね。まぁこのままにもしておけないし連れて帰るわ。スザクくんはごゆっくり~」
と、睡眠状態から完全にのぼせてしまったサイファーを抱え上げると、海里は平然と脱衣所から出ていき、スザクだけが取り残されてしまった。まったくあのバカ夫婦には付き合ってられない。何かとあればイチャイチャイチャイチャと……。
そう思って、スザクはやまとの事を思い出す。さて俺もあいつに対して素直な気持ちを言えたらあんな風になれるのだろうかと考える。いくつかサイファーの事例を自分にあてはめて見たが、柄じゃないと首を横に振った。
「…………好きだって自覚しちまったしなぁ……」
それも、七つ六つほど下の少女にである。見た目で言えばゆたかの方が童顔だが、一応彼女は明日の誕生日で20歳になり、立派な成人になるのである。それを踏まえれば三つ下なのだから十分許容範囲だろう。そう言えばファーバンティで大急ぎで買ったゆたかへのプレゼントを渡さなくてはなとおもったが、いや今はそう言うことではないと思い直す。
「…………どうするかね」
「好きなら好きでさっさと告白すればいいのに」
「お前まだいたのかよ!!」
*
翌日早朝。エレベーターにトーイングされたSu-47ADVANCEがゆっくりと持ちあがり、ヴァレーの甲板にその姿を現す。
80度の角度で上を向く主翼、背中に搭載された無骨なメガワットクラスのレーザー兵器、TLSは見るからに重そうで、しかしオリジナルのADFX-01 モルガンの物より30パーセントの軽量化が施されており、その上で02モルガンほどではないにしろ、レーザー角度が任意で調整できるのだ。
コックピットにはスザクが腰を降ろして、新しくなったコックピットの具合を確認する。複合型ディスプレイにはX-02と共通の部分が見受けられる。恐らく一部流用したのだろう。そうでもしないと間に合わないこと間違いなしだ。
まぁ、その点はありがたい。時折りサイファーのX-02のコックピットを覗きこんでいたから、大方の操作は少しの予習で理解できた。ディスプレイに映し出されたSu-47の図面には、機体の損傷状態、武装の残弾、燃料表示などが一目で分かるように配置されている。ここはX-02でも出来ることだが、Su-47ADVANCEの場合、問題がある個所にタッチすれば、FLANが自動的に解消してくれるのだ。
<機体異常なし。スザク、指示をどうぞ>
と、モニターに英文が表示されて、スザクはどう答えようかと思ったが、特に考える必要もないだろうとマイクに向かって指示を出す。
「FLANへ、これよりテスト飛行を行う。まずは発艦シークエンスだ。その後、指定された高度へ到達したら情報収集船ヒビキの指示に従う。その間、FLANは機体の状況を随時モニター、及び異常がある場合はすぐに知らせよ」
<了解>
ふむ、機械と会話するなんて不思議な気分である。自動化はありがたいのだが、こうやって細かい指示をするとなると、なかなか面倒に思う面もある。事あるごとにどうすればいい? と聞かれるのはたまった物じゃない。にとりは戦闘の度に知能をつけていくと言っていたから、定期的に飛ばして色々覚えさせなければならないだろう。
「とまぁ、こんな感じで時折り喋るけど気にしないでくれよな、ゆたか」
そう言いながらスザクは後方に視線を向けると、ややぶかぶかのフライトスーツに身を包んだ小早川ゆたかの姿がそこにあった。
「はい、大丈夫ですよスザクさん。今回はデータ収集兼誕生日プレゼントの遊覧飛行ということで感謝してますよ」
「にとりがまーた変な手をまわしたからな。あとでしっかり物理的なプレゼントを差し上げるさ」
「そんなそんな! むしろ悪いですよ、というか本来後ろはやまとちゃんが座るべきだと思ってたのに!」
「なんでどいつもこいつも、やまとと俺って認定してるんだ」
「いえ、この空母の乗組員のほぼ全員が知ってますよ。昨日の一件もありますし」
「はぁ……」
「実際好きじゃないんですか?」
「いや……でも……だな」
「はぁー、いつもは出来る男風味だと思ってましたけど、恋愛になるとまるでダメですね」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、何も言ってないですよ~」
なーんかぱっとしないな。と思いながらも、スザクはマーシャラーの指示に従って機体をカタパルトへと移動させる。始動したエンジン、N/CR-101Dの調子はよく、回転数もバッチリである。しかし聞かない名前のエンジンだ。一体どこのメーカーなのか。出所不明な物は使わない方がいいと聞いていたが、もうこの艦隊には出所不明な物がごろごろしているから聞かないことにした。
「すごいですね、馬力で言えばX-02よりも上です。それなのに最高速度が上がらないのは……前進翼の性ですね」
「加えて機体も重いからな。フル装備だとどんな動きになるか分かった物じゃない。まぁ今日はFLANに俺の癖を覚えてもらうファーストフライトだし、そんな急激な機動をする事もないだろうよ」
「でも新型機のテストって大抵敵の奇襲に出会ったりしますよね」
「変なフラグ立てないでくれ、頼むから」
前輪が沈みこみ、ニーリングの姿勢。カタパルトが接続される。発艦速度は160ノットでに設定する。フル装備だからパワーは多めに設定。ゆたかが居る中でフルパワーというのはやや気が引けるが、160でやっと150前後で打ち出されるからこんなものだろう。
「管制塔、こちらスザク。テスト飛行の許可を要請する」
『こちら管制塔、スザク機の離陸を許可。発艦後はヒビキの指示に従い行動せよ』
「あいよ、感謝する」
『兄さんちょい待ち、聞こえる?』
「やまとか。どうした?」
『…………今度は、私も乗せて』
「……はい?」
と、そのまま通信が切られてスザクはポカンとした表情で固まった。ゆたかがやれやれと首を横に振り、こつんとヘルメットを叩くとスザクは我に返った。
「スザクさん、発艦してください。下の人たちが困ってますよ」
「あ、ああ……出るぞ、ショックに備えろよ」
「……こんな状態なのに何で付き合わないのか小一時間問いただしたいです」
と、スザクに聞こえないように本当に小さな声でゆたかは呟き、その声は唸りを上げるエンジン音と発艦時の蒸気カタパルトの音でかき消され、そっくりそのまま空へと打ち出されてしまった。
甲板から離れた車輪は、重い機体を支え続けていたサスペンションが重力で大きく伸びる。まるで長い事重い荷物を持たされ、ようやく腕を伸ばせた人間の様である。そのまま車輪を格納し、機体を左右に振ってまずは感度を確認する。やや思い感じはしたが、安定感は悪くない。この飛行中でもFLANが機体姿勢の最善を保ってくれているから確かに操縦しやすい。
加速力も悪くはない。今はTLSを背負って空気抵抗が大きいから、身軽になればこの加速力はもっと強力になるだろう。むしろこの重量でここまで速度があげられること自体が驚きである。元祖背部TLSのモルガンは、超大型エンジン二基を積んでいた。設計図を見るからには、誰でも分かるくらい大型の物だったが、Su-47にはそんな物を搭載するスペースはない。よくこのサイズでこのパワーを実現したものだ。
「スザクさん、高度1万です。任意で機動をしてみてください。あ、きついのは一言お願いしますね」
「あいよ。まずは緩右旋回だ」
操縦桿を右に倒してゆっくりと機体を傾けると、北に向けて進路を取る。真冬の空の太陽は、二人の乗る生まれ変わったオオワシを見降ろしていた。雲もそんなに多くない平和な空、遊覧飛行にはもってこいである。
「いい感じですね。オリジナルのベルクートとは旋回の安定感が違いますね」
「ああ、XFA-27よりも素直だからいい感じだ。ちょっと動翼の確認するから機体を揺らすぞ」
「はい」
スザクは操縦桿をまず前後に倒し、続けて左右に揺らす。加えてラダーペダルを左右交互に踏み込んでみる。それに合わせて主翼が上下に稼働し、ラダーが傾いて機体の向きを変える。なるほど、反応も良い感じだ。
<こちらFLAN、ヒビキの指定した高度に到達。指示を>
「こちらスザク、特に指示はなし。機体の制御及び監視を続行。その他は任意に任せる。変更があれば追って指示する」
<了解>
「よし、次はループに入るぞ。しっかり身構えとけよ?」
「はい、お任せします」
スロットルを少し押し込み、速度が少し乗った所で上昇開始。エレベーターと主翼が可動し、スザクが思っていたよりも素早い反応で機体が持ち上がった。そのまま天地がひっくり返り、頭の上に海が見える。そのまま降下。一回転してほぼ同じ高度に戻る。
「主翼その物が動翼になるって言うのもなかなかだな。反応が違いすぎる」
「ゆっくりなのにこう、いきなりぐいっ! って来た感じですね」
「あれで全力じゃないってのがな。やれやれ人間が乗る事考えてるのか……」
まるで無人機を想定して作られたかのようだ。いや、そのテストヘッダーにされたとみてもおかしくはないだろう。要は被験者である。そう言った扱いだと思うと、いい気分はしない。しかしこうして自分の機体が帰ってきたことには感謝しなければならないだろう。付き合い方をしっかり覚えなければならないな。
そんな事を思いながら、スザクは上昇下降、左右旋回にローリング、ループなどの基本機動をした後、適当に機体を回転させて機体を慣らした所でゆたかにまたやまとの話題を振られた。
「ところで、スザクさんはいつ告白するんですか?」
「まーたその話題かよ……」
「女の子ですから」
「はぁ……んなこと言われても、だな……実際あいつの気持ちをしっかり聞いた訳じゃないし、もしかしたら兄貴分としての気持ちかもしれないしでだな」
「でも私スザクさんのこと好きですよ?」
「はぁああ!?」
と、思わず手元が狂ってベルクートが大きく揺れる。FLANが危険操作と判断して機体を水平に戻してくれて一安心。二人はほぼ同時に溜め息を吐いた。
「落ち着いてくださいよ。確かにスザクさんの事は好きですけど、お兄さんとしてですよ」
「なんだ、そう言う事か……」
「そう言うことです。やまとちゃんは兄さんって呼んでますけど、実際は異性としての見方を知らないだけで、恋愛感情を兄弟という物を知ってみたい自分の興味だと解釈しちゃったんでしょうね」
「そう言うことってあるのか? それだとやまとが鈍感みたいじゃないか
」
「実際鈍感です。スザクさんだって見事な鈍感っぷりじゃないですか」
「俺泣いていいかな」
「泣かないで、お兄ちゃん!」
「至急救護班にティッシュとガーゼの手配を頼む」
「鼻摘まんでれば勝手に止まりますよ」
「やっぱり泣いていいかな」
出会ったときはあんなにか弱い少女だったと言うのに、今となっては完全に尻に敷かれてしまっている。成長は嬉しいことだが、自分の手から離れていくと言うのはなかなか寂しい気分である。
「スザクさんって、今まで恋愛とかした事無かったんですか?」
「あー……今まで空っぽな状態で過ごしてたから、そう言うのは全く」
「でも、サイファーさんと海里さんの事は見てたんですよね。何も思わなかったんですか?」
と、幼少期のあの二人をスザクは思いだしてみる。思えば空爆があった後でもあの二人はいつでも一緒だった気がする。それを見た自分はいつものことだとは思っていたが、煩わしいとも思っていた。さて、それが嫉妬だと言うことに気がついたのは割と最近である。あいつにはああいう異性の存在があって、何故自分にはないのか。
「…………まぁ、勝手にやってろ、どうでもいいって感じだったな」
「うわ、捻くれてますね」
「いやまぁ……今は少し落ち着いた」
「やまとちゃんのおかげですね」
「だから何であいつが出て来るんだって」
「だってやまとちゃんが初めてだったんじゃないんですか? スザクさんの事下手くそって貶したの。それがいい刺激になったんでしょうね」
そう言えば自分の事をしっかりと叱ってくれたのも彼女だった。妹の復讐に頭がいっぱいになってた自分の頭に氷水を吹っ掛けたのも彼女だ。
よく思い返してみれば、やまとに助けられたことが何度もあった。整備の面でも精神的な面でも、彼女の支えのおかげで乗り越えられたことがいくつもある。
自分の世界の中でイレギュラーな存在は、その後の人生において単なる障害となるか、はたまた生涯人生において重要なパートナーになるかのどちらかである。最初こそ障害になるかと思っていたが、今となっては後者になりつつある。何が起きるか分かった物じゃない。
「……なぁよう、ゆたかさんやどう責めるべきかね」
「そうですね。早めにやまとちゃんに気持ち伝えた方がいいですよ? サイファーさんに聞いた方が良いんじゃないですか?」
「いや、あれはもう参考にならん。二十年以上を一緒に過ごしているから世間で言う一般的な恋人関係の参考にはならん」
「あー、確かに。もう夫婦ですもんね。この前の朝海里さんがサイファーさんの部屋からつやつやした顔で出てきました」
「お察しだ」
「ですね」
くすくすと笑みを浮かべるゆたかに、思わずスザクも口元がほころんだ。ようやく自分が何をしたらいいのか見えてきた気がした。いつもより空が広い気がして、色々な物を感じられるような気がした。
「誰かに話すって良いな」
「それを最初に教えてくれたのはあなたですよ。一人で悩んでいた私に声をかけてくれたスザクさんに、わたしは感謝していますから」
「そう言われると照れるな……ありがとよ」
<警告 警告>
と、機内に電子音が響いてスザクはモニターを確認する。この音は不明機接近の警報だ。ゆたかも素早くマルチモニターに目を通すと、それを待っていたかのようにFLANがレーダー画面を表示した。
「不明機接近、方位330から機影三、こちらに向かってます。フラグ回収完了ですね……」
<不明機の詳細検索。オーシア国防空軍第49航空隊と確認。我々を敵機と認識して警告のために接近していると予測される>
「利口な奴だ。ゆたか、今向かってくる航空隊は俺たちのこと知ってるか?」
「待ってください……来ました、ヒビキからの返答。私たちの事は知らない、ベルカの息が掛って無い部隊です。彼らの撃墜はナンセンスです」
「要は逃げるに限るってか。敵機の識別は?」
「FLANが今やってます……出ました、F-15Eの三機編隊です」
「ということは……足は向こうの方が上ってことか」
「早めに離脱するべきです。防空識別圏外に出ればヴァレーが待ってます」
<接触まで残り一分。急速離脱を推奨する>
「しかたあるまい、ちょっと荒っぽく行くぞ!」
左ロール、ピッチアップしてからの左急旋回。スロットルを押しこんでアフターバーナーON。母艦の居る方に向けて進路を取る。バーナーの出力に合わせて燃料流量が増加する。しかしその割には速度が上がろうとしない。音速突破がギリギリできる程度である。
「ちくしょう、マッハ2級にはやはり足が足りないか……FLAN、接触まであとどれくらいだ?」
<じわじわと距離を縮められつつあり、残り三分で追いつかれる>
案外時間が無い物だな。FLANが後方警戒レーダーを表示してくれる。こっちがやりたいことを理解しているようで助かる。このわずかな時間でも成長していると言うことだ。
『こちらオーシア国防空軍第49飛行隊である。所属不明機に告ぐ、貴機はオーシア領空内に侵入している。IFFの応答が無い場合は即刻撃墜する』
「容赦ないこったな……こんなご時世じゃ致し方ないか。よし、ちょっと試してみるか。FLAN、この状況を打破する手段はあるか?」
<……完了。敵と交戦し、編隊を崩して混乱させた後、低空へと対比し、離脱する案を提案する。その際TLSで敵を脅し、こちら側に脅威があると見せつけることで相手は距離を置くと思われる>
なかなか荒っぽい手段ではあるが、どうせ追いつかれるなら確実に逃げられる手段を選んだほうが良いと思う。しかし、ゆたかが居ると言うのが引っかかる。戦闘機動なんてすればゆたかが押しつぶされてしまうのは間違いない。その辺りどうなんだとFLANに聞いてみる。
<急激な戦闘機動の必要性は無し。これから提出する作戦プランに必要な最大Gは3.4Gと予測>
「ゆたか、耐えられそうか?」
「この前E-2Dで戦闘機動を経験したので大丈夫です」
「すごいな、吐いたりしなかったか?」
「…………」
「……右のマルチボックスにエチケット袋入ってるぞ」
接触寸前。首を回して後方を見れば、黒い点が三つ。じわじわ追いついて来ているのが分かった。さて、気は進まないのだがやるしかあるまい。
「敵機捕捉、エンゲージ! ゆたか、舌噛むなよ!」
マスターアームON、最大重量時を想定したダミーミサイルを投棄し、機体反転してヘッドオン。機体が180度後方を向いたのとほぼ同時にオーシア軍機三機とすれ違う。オープンチャンネル越しにオーシア機の無線が聞こえる。
『なんだ今の、やはり敵か?』
『だがIFFはユークのものではない。そこだけが引っかかる』
『しかし反転したとなると戦う意思があるとみて良いだろう。各機迎撃行動に入れ!』
こちらとて家に帰りたいだけなのだが。スザクは溜め息をつきながらロックオンしようと背後に回るF-15Eを回避する。速度はあれども機動力ではこちらの方が上である。まずは小手調べだ、背後に回られないように気を配る。
「スザクさん、八時方向からアタック来ます!」
「左に捻るぞ、身構えろ!」
左旋回しながら降下。三機が散開してスザクを包囲しようと飛びまわる。なかなかの動きだ、隙が見当たらない。だがFLANの指定では想定通りだと結果を打ち出していた。
ロックオンアラート、直後にミサイル発射。アラートがコックピットに鳴り響く。ローリングの上昇で緊急回避しながらフレアをばらまく。急減速、主翼が立ち上がって主翼その物がエアブレーキとなり、さらに減速。空中で静止した所で機首を海面に向けて主翼が水平位置に戻る。
<FLANからスザクへ報告。負荷Gの予測値が5Gへと上昇する可能性があり。これ以上の上昇を防ぐには低速域での戦闘を推奨>
「くっそ、もうちょい制度上げてくれよ頼むから」
「スザクさん、私は大丈夫ですから……もう少し激しくても大丈夫です!」
「ならすまんがもうちょい激しく行くぞ!」
加速。降下の勢いも助けてベルクート改は海面に向けてダイブする。衝突警報が鳴り、HUDの高度計数値が目まぐるしく回転する。5000、4000、3000、2000、1000、ついに最終警告が鳴り響く。
―PULL UP! PULL UP!―
「うっせ、分かってるっつーの!」
エアブレーキ展開。並びに機首上げ、カナードと水平尾翼が可動、やや遅れて主翼を含めた三対の翼がオオワシの胴体を上へと向ける。機体そのものがブレーキになって降下率を落とし、スロットルをMAXに押し込む。バーナーが火を噴き、巨体を空へと押し出す。F-15E編隊の包囲の真ん中を突っ切る。言葉で言うと簡単に見えるが、実際この時ベルクートの動きは弧を描くように上昇したのではなく、真っ直ぐ落ちてそのまま跳ねかえったかのように垂直上昇したのだ。驚くべき空力性能、そして重い機体を持ち上げる爆発的な加速力。このエンジンがもっと身軽な機体に搭載されていたらどうなった事か。
『なんて機動だ、シルエットからしてSu-47ではあるが中身は別物だ!』
「別物というより異次元だけど、な!」
再び上空へと飛び出し、薄い雲を突き抜けると主翼が長いベイパーを引っ張り、青空に映えるSu-47をより美しく魅せつける。次世代型素材の主翼が大きくしなる。このしなりこそが空力を味方にし、Su-47の操縦を助けている。なお、この主翼はベルクート改の戦闘データを元に改良され、後の2020年にYR-99フォルネウスに採用。呼吸する翼と呼ばれるようになるのは別の話である。
水平飛行、機体を斜めにして相手の出方を伺ってると、再びミサイルアラート。この動きを最大脅威と見たオーシア編隊は全力射撃で合計六発の短距離ミサイルを発射してきた。一機に対してこの扱いか、全く結構なことで。
「スザクさん、後ろ後ろ!」
「分かってる、TLSのエネルギー残量は!?」
「えっと……出ました、三秒照射で三発分、五秒照射で一発分です!」
「だったら脅して追っ払う! 回避運動に入る、フレアの放出タイミングはFLANに委託する!」
右急旋回からの反転、ミサイルが白い大蛇のように一斉に群がる。フレア第一群放出、二発がそれに吸い込まれ、残り四発。続いて左ロール、ピッチアップでの急旋回。右へ左へミサイルを振り回すと、こんどはレーダーロックの音。レーダー誘導ミサイルが一斉発射される。その数十二。まったくたった一機のためにここまでするか、弾の無駄じゃないか。
「それだけスザクさんがやばいって認識してるんですよ、良かったじゃないですか」
「果たしてそれは褒めてるのかね?」
チャフとフレアが交互に巻かれ、熱源ミサイルは残り三発、レーダー誘導ミサイルは十発に落ち込む。後ろを見ればあり得ない数の白煙が逃げ回る自分に食らいつこうとしていた。
「ったく、サーカスでもさせる気かよ! ゆたか、ミサイルをオーバーシュートするから口しっかり閉じて体構えてろよ!」
チャフ、フレアの残弾が0になる。残りミサイルこみこみで六発。タイミング合わせ、ミラー確認。ミサイルがきらりと光ってスザクの第六感が今だと叫んでスロットルをMINに引き、エアブレーキと主翼を立ち上げる。上昇しようとする機体を、カナード翼が逆方向に向いてまだだ、まだだと我慢させる。今だ!
操縦桿を引いてエアブレーキ最大展開。急激な空気抵抗の変化で機体がきしみを上げ、雲を巻き上げながら急減速、コブラ機動。一瞬排熱を見失った熱源ミサイルはあらぬ方向へと消え、再びSu-47の排熱をキャッチした時には後方に居て、推進剤を失った今どうする事も出来ず落下していく。レーダー誘導ミサイルも基本遠距離からの射撃を想定している為、急激な機動に予測が追い付かず、そのままスザク達を追い越していく。回避成功、それでは敵さんにご退場いただこう。
「FLAN、TLSの発射体制。ただし絶対に当てるな、五秒間の照射の後俺たちは離脱する」
<了解。敵の進路予測の上、TLSを発射>
再びクルビット。機体が上下反転になった所で真正面に敵編隊。追撃を加えようと言うのだろう、だがそろそろ勘弁してほしい。モニターに照準の予測位置が表示され、直後背部に搭載されたTLSが赤い光学レーザーを真正面に向けて照射開始。まずは編隊のど真ん中を撃ち抜き、続いてオーシア機に当てないように先端を振り回し、威嚇する。直撃すれば普通の戦闘機では一瞬にして切断される強力な兵器だ。弱点があるとすれば、長時間の発射はできない事。TLS自体はエネルギー満載で三分間撃ち続けても大丈夫だが、それ以前にレーザーの高熱にSu-47が耐えきれなく危険性があったのだ。そこばかりはどうしようもなかったという。
五秒経過。TLSのエネルギー残量が無くなり、EMPTYの表示が出る。これで完全な丸腰。しかし、流石に腰を抜かしたのだろう。オーシア軍機は離脱行動に入り、レーダーから遠ざかっていく。そろそろ領空外だし、これ以上追いかけてもナンセンスだ。もうちょっと早くそうして欲しかったが。
<Mission compleat.RTB.>
「ふぅー……迎撃完了。ゆたか、大丈夫か?」
「最近のエチケット袋って丈夫ですね……」
「あー、うん。それは良かった」
やっぱり無理だったかと溜め息。いや、むしろ当たり前だ。数回の戦闘機動を経験してまだ喋れた方が奇跡だ。まったく自分の周りにはタフな女が多いことで。
「うぅ~……どれくらいかかりますか?」
「一時間もあればアプローチに入れると思うが」
「お手柔らかにお願いします……」
「はいはい、とんだバースデーフライトだったな」
それから機内は静かになり、ゆたかの寝息がエンジン音に混じって聞こえてくる。冬の空はあっという間に西日になり、空をオレンジ色に染めていく。艦隊と合流するまであと十分といったところだろうか。
「ゆたか、聞こえるか? そろそろ着艦体制だぞ?」
「うっ、ううん……りょうかいです……」
「吐き気はどうだ?」
「まだちょっとむかむかしますね……」
「なら、夕日でも見てちょっと誤魔化したらどうだ」
「うわぁ……綺麗ですね」
「海の上とは一味違うだろう。これがパイロットの特権さ」
と、モニターにIFF反応が表示される。ISAF艦隊だ。取りあえず一安心である。一度空母の後ろに回り込んで右舷上空を通過した後、反時計回りに旋回しながらアプローチに入る。
『ガルム2、貴機の着艦チェックを実施。ミートボールキャッチ後、最終報告せよ』
「了解、アプローチ開始。一応救護班一名ほど頼む。機体振り回してお客さんの体調が悪い」
『了解だ、やらかしたみたいだな』
左下にヴァレーの艦影を見降ろしながら左旋回。アレスティングフックダウン。左にヴァレーを見ながらゆっくり降下。グライドスロープキャッチ、さらに左旋回してILSに乗る。HUDが着艦モードに切り替わり、ギアダウン。ライト点灯、微妙なずれをFLANが自動的に修正してくれる。速度を落とすにつれて主翼が上を向く。主翼角度の上昇で、揚力が増加する。
「やりやすいな。操縦に支障が出ない程度の補助が入るとは」
最終進入。機首を持ち上げ、フックが二番目のワイヤーをキャッチ、機体を引っ張ってメインギアが設置し、それとほぼ同時にノーズギアもタッチダウン。バーナーMAXの後、スロットルMIN。ワイヤーに引っ張られて僅かに機体がバックして一旦ブレーキをかける。フック持ち上げ、機体が自由になる。タキシングを開始して駐機位置に到着するとキャノピーを開放してタラップを接続。ゆたかやや青い顔でヘルメットを脱ぐ。
「ゆたか、大丈夫か?」
「はい……空気が美味しいです」
「救護班、居るかー?」
「はいはいこちらに」
と、八意製薬の社長の助手兼弟子である看護婦が顔を出す。取りあえず脈拍をチェックし、額に手を当てる。ただの乗り物酔いという結果が出た。一応大事を取って医務室で寝ることを提案するが、ゆたかは自室で大丈夫だと断った。
「兄さん、お疲れ様。機体の具合はどう?」
「ばっちりだ。何かと不慣れな所はあるが、十分FLANは役に立ってくれた。まぁゆたかの具合の方が悪いがな」
「あら、上手いわね。座布団半分」
「それは褒めてるのか?」
「さぁね」
整備するから早めに降りて頂戴ね。と言い残してやまとは機体の目視点検に入る。スザクはゆたかを労わりながらタラップを降りると、ゆたかは「大丈夫です」とやや青ざめた顔ではあるがしっかりと歩く。
「ゆたか、着替えて休んで大丈夫そうなら、らき☆すたに集合な」
「あ、はい。ちょっと寝れば大丈夫ですから」
あははと笑みを浮かべるゆたかではあったが、直後に「うぷっ」と口に手を当ててしゃがみ込んでしまった。やれやれ、致し方ない。スザクは看護婦と共にゆたかを自室まで送り届けることにした。
*
日が沈み、らき☆すた店内は真・ゆたか誕生日パーティーのために貸し切り状態で、調子を取り戻したゆたかの目の前にはなかなかボリューミーなケーキが置かれて、みんなが思い思いの祝いの言葉をかける。無事成人ということで軽いお酒が用意され、ゆたかは初めてお酒という物を味わった。と言ってもアルコール度数の少ないカクテルではあるが。
その合間に、テーブルの上にパソコンを置き、にとりはFLANに接続して今日の戦闘データを調べていた。初の戦闘ということで、どう言った判断を下したのか、今後どう生かすのかをまとめたのかを調べる。
Su-47ADVANCEのエンジンは停止しているが、繋がれた電源ケーブルを経由して空母艦内で呼びだすことが出来る。それに加えて、FLANは時折りインターネットにアクセスして独自に学習しているらしい。さて、何を学んでいるのやら。
「なんだ、何見てるんだ?」
もごもごと海老フライを口に咥えながらサイファーが画面を覗きこむ。にとりは「うーん」と返事しながらFLANを呼び出し、彼女の思考をスキャンする。
「えーっとなになに。ほう、例の支援AIについてか。この分だとスザク用の動きをまとめたって感じかな」
「そうだね、今後のサポートをまとめてる。今回のを見る限り、極力控えめな行動に出るって結果が出てるね。あとはスザク一人が搭乗してる場合の行動を自己分析してる。何ならここで会話してみる?」
「マジで、俺でもできるのか?」
「PCからだとキーボードになるけどね」
ほれ、とにとりはサイファーにノートPCを差し出し、どれどれと打ち込んでみることにした。
「えーっとだな、『FLANから見てのスザクの評価』はどうだっと」
「なかなかの事聞くね」
<総評として、ドッグファイト能力の高さはXFA-27データを見ると非常に高いと思われる。だが本日の交戦データを組み合わせるとXFA-27とSu-47ADVANCEの間で異なる仕様の部分により、やや動きが鈍い面がある。しかし初フライトのため、今後の戦闘次第での改善の見込みあり>
「ほー、評価は高めだな。まぁあいつは殴り合いみたいな戦闘は得意し、妥当だな」
ふむふむとサイファーは唸り、少し考えて続いての質問を入力してみることにした。
「では、『スザクと永森やまとが交際した場合』っと」
「いやいや、それ聞いたって答えられる訳……」
<今現在私の中にある予備知識での予測結果、まずまずと言った所である、スザク自身が抱える心理的障害を排除することが出来れば大きく進展できると思われる>
「…………答えやがったよ、こいつ。しかも的確に」
「本当だね……じゃあ、スザクの性格面とかの何かについて聞いてみるのは?」
「じゃあ、『過去数カ月と現在のスザクを比較しての心理的変化はあるか』っと」
キーボードを入力し、しばしの間FLANが計算中と表記し、しかし十秒と経過しないうちに結果が出た。
<回答。過去一年の戦闘データと、本日の戦闘機動のデータ、及び機内での発言について解析の結果、心理的負担が軽くなったとみられる。過去の戦闘については安定はしている物の、何かの拍子に心理的障害が増加し、戦闘機動に支障が出る恐れがあったと予測できるも、現在においてその兆候は見られず。比較的安心できると言える>
「……なんて奴だ」
「……正直、ビビってるよ私。内緒であの二人の情報入れといたけど、こんなにも的確に当てるなんて……」
「このAI作った人間は、一体何を作ろうとしているんだ?」
「さぁ……完全自立型の人工知能とか? それも戦闘機を操縦できるくらいの」
サイファーとにとりは首をかしげつつ、もしかしたらこのFLANはとんでもない力を秘めているのではないのだろうか。
いや、多分自分たちは知らないのだけで、この世には将来大きく世界を変えるかもしれない何かがゴロゴロと転がっているのだろう。例えばこなたがいま磨いているワイングラス、実は次世代戦闘機の装甲に使われるかもしれないし、今部屋の中の空気を綺麗にしているゼネラルリソース社製の最新型空気清浄機が将来兵器に転用されるかもしれない。世の中どこから何が出て来るか分からない物だ。
「……ま、直接的な危険が俺たちに及ばなければ深く追求する必要はないだろうな。所詮俺たちは傭兵、世界を裏で操る闇の組織を打ち倒す正義面した組織じゃないからな。言われたことをやって、報酬貰って、自分たちの身を守って生きていく。それだけだ」
「ごもっとも」
「けど、もし自分、もしくは身内が危険な目にあうようなことがあれば、俺は間違いなく叩き潰しに行くさ」
そう言いながら、サイファーはチューハイをぐいぐいと飲みこみ、シャンパンを勧められて戸惑うゆたか達を見つめる。その中には海里の姿もあって、その目は彼女だけを見ている。にとりは少しだけ寂しくなって、机に腕を置いてその上に顔をうずめる。果たして、彼の言う『身内』に自分は含まれているのだろうか。やっぱり嫉妬してしまうな。そんな事を考えながら、にとりは少しして転寝を始め、一足先に眠りについてしまった。
と言いたい所だったのだが。
「うぇっへっへ、にとりさぁ~ん」
と、突然何かが首に腕を巻きつけて頬ずりして来てにとりは目が覚める。しかしまず感じたのは酒臭さ。なかなかきつい酒を飲んだ事が伺え、一体誰だと鬱陶しさを感じながらもにとりは目を開ける。
「……げ」
「いぇーい、にとりさん今日も美人ですねぇ~」
と、顔を真っ赤にしてぐでんぐでんになった小早川ゆたかがウイスキーのボトル片手にへらへらと笑っていた。完全に酔っぱらっている。これがあの純情無垢のAWACSオペレーター、みんなの妹小早川ゆたかなのだろうか。
時計を見れば二時間ほど時間が経過しており、割とぐっすり寝ていたことが分かる。その間に一体彼女の身に何が起きたのだろうか。
「ゆ、ゆたかちゃん……」
「にとりさぁ~ん、そんなさっさと寝ないでぇ、もっと飲みましょうよ~」
「い、いや私はもう……」
「なぁに言ってるんれすかぁ……そんなしけた顔しないでほぉら!」
「ちょ、ちょっと待ってゆたっ……ごぶっ!!」
ゆたかはボトルをにとりの口に押しつけるとぐいぐいとにとりの胃袋に押し込む。無理矢理飲まされたにとりはたまったものではなく、数回ほど吹き出すも大量のウォッカが喉を焼き尽くしながら胃袋に注がれた。その結果にとりは机の上に轟沈し、ゆたかは大爆笑しながらにとりの胸を揉みしだく。
「お、おいおいゆたかちゃん! よせ、落ち着くんだ!」
「んぁああ……? サイファーさん……にとりさんの純情を踏みにじった円卓の鬼神だぁああああ」
「まてまて、俺そこまで言われないかんのか!?」
「うぉあらぁ!」
ゆたかの小さな手がサイファーの顔を掴み、ぐいと引き寄せる。その力は驚くほど強く、そんな力一体どこにあるのかと問いただしたくなるが、しかし対するゆたかは聞く耳持たずでサイファーの口にグラスの氷を押しつけて喋れなくする。
「ひっどい人ですよねぇ~。にとりさんはずっとサイファーさんのこと好きで好きで、でも海里さんが居るって言うのを知って我慢してたんですよぉ。そ・れ・を……貴方はぁ!」
ボトルをぐいぐいと口に含み、頬いっぱいに膨らませたゆたかはサイファーを睨むと、思いっきり吹き付けた。
「うわっぷ! ちょちょちょゆたかちゃん! おい誰かこの子止めてくれ!」
「ゆーちゃん落ち着いて! ほら、こなたお姉ちゃんですよー!」
流石にこれはやばいと踏んだこなたがゆたかを羽交い絞めにするが、全くいつもからは想像できないような力強さで大暴れし、こなたを払いのけるとサイファーの胸倉を掴んで思いっきり前後に揺らす。
「あははは、あーっはっはっは! ひゃはははははウブヴォエッボ!!」
「だめだめゆたかちゃん、原作レイプもいい所の放送禁止スマイルだよ!! 誰かこの子止めてくれぇえええええ!!」
*
結局、ゆたかの誕生日パーティーは主役が酔っぱらって暴走し、サイファーの首を締め上げた辺りで止められ、その後ゆたかは就寝。サイファーは永眠と言う形で幕を降ろした。酔いつぶれたゆたかは、みなみが介抱を買って出て部屋に戻り、サイファーも海里に連れられて部屋に戻り、にとりは文と椛に連れられて帰宅。結果として酒には強いスザクと、そもそも未成年のやまとはほぼ正常な状態で終えることが出来、まだ眠気が来そうにはなかったからもう一度ベルクートの調子を見ることにした。正確に言えばFLANの方であるが。
何をするかと言えば、特に何をする訳でもない。ちょっとした雑談の様なものである。黙ってキーボードを叩くだけでも十分だと思ってた。
だから、スザクがコックピットに座ると同時に、FLANがカーソルで「お帰りなさい」と言った時には少し驚いた。
「まるで従者だな。いやある意味そうかもしれないか」
「兄さんと接触する前からも情報の収集や対話はやっていたらしいから、今はさしずめ出会ったばかりの人間関係って言った所かしらね」
「なるほどな。その内立体映像で擬人化した美少女がナビゲートしてきそうだな」
「ない、って言いたいところだけど、いつかはやりそうな話よね」
絶対無理だと言われていた人類が空を飛ぶ飛行機を作ったのだから、それくらいの事は平然とやってのけるだろうと思う。この先何が起こるか分かった物じゃない。スザクとやまとがこうして出会った当初からは想像できないくらい親しくなっているように、世の中何が起きるか分からないのだ。
「さってと、後の任務に備えて予備知識突っ込んどきますか」
「そうね」
そうやって二人はしばらくの間FLANと対話することにした。どうでもいい世間話をしてみたりしたが、意外と答えられる単語もあって驚いた。おかげで一人で飛ぶときはこいつと適当な会話をしていそうだと思い、しかしそれははたから見ればひどい独り言なのだからさて考え物だ。
そんなことを思っていくうちに、スザクはうつらうつらと船を漕ぎ、やまとも疲れたのかいつの間にか後席で眠っていた。やがて二人はコックピットの中で眠りについてしまった。
FLANのコックピットに搭載されたパイロット確認用のレンズがジジジ、と動く。搭乗員の意識なし。現在空母内に居るため、睡眠したと思われると判断。FLANは、カーソルに小さく文字を表示した。
<Good night…brother.>