ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission23 -白い鳥-

 

 ベルカ海軍潜水艦隊からの襲撃から三日後、空母ヴァレーに新たな情報がもたらされ、次なる作戦決行が決まり、サイファー達は例の如くブリーフィングルームに集められていた。

 

 いつも通りの面子、いつも通りの手順。はて、今日は一体どんな任務が待っているのだろうかと身構えていた所、なかなか興味深い任務が言い渡された。

 

「今回の作戦は、オーシア側の協力者、アンドロメダから届いた情報に基づいた作戦展開だ。長らく戦闘不能状態に陥っていたオーシアの大気機動宇宙機アークバードがベルカ側の手によって奪取され、失われていた攻撃機能を回復させていたことが判明した」

 

 アークバード。オーシアとユークトバニアの共同で開発された、ユリシーズを迎撃するための平和の象徴である白い鳥。環太平洋戦争の初期の方ではシンファクシ級潜水艦の撃沈に大きく貢献していた。

 しかし、その後の補給物資に紛れていた爆弾により機関部が損傷し、行動不能に陥っていた。

 それを狙ってベルカが工作員を送り込み、アークバードを再武装。核を搭載し、オーシア側のユークトバニアへ対する核攻撃と言うシナリオを組み立てようとしていた。

 

 そんな事をすればどうなるか、オーシア、ユークトバニア間の状況は泥沼を超えた底なし沼になることは間違いなかった。

 

「アンドロメダ側の保有する航空隊によって迎撃行動が行われるが、その前に君たちに一つ任務を任せたい。アークバードの中に、オーシア宇宙飛行士のジョン・ハーバート氏が捕えられ、彼は今アークバードの運用を行うため、ベルカ側に事実上捕虜にされている。幸い残した通信システムによって生存が確認され、救助要請が来ている」

 

 そこで、ガルム隊の出番と言う訳である。アークバードはこの後、ユークトバニア都市、オクチャブルスク市への核攻撃のために軌道修正をする。その際高度を成層圏まで降ろしてくるため、その時にガルム隊で威嚇攻撃。直接的な打撃は与えずとも、ジョン・ハーバートの脱出を手助けするために混乱を与える、という手順だ。

 

「燃料の関係上、我々が出来るのは威嚇だけである。その後のアークバード本体への攻撃はアンドロメダ側の航空隊、『ラーズグリーズ隊』によってアークバード撃墜作戦が開始される」

「アークバードを撃墜!?」

 

 サイファーが思わず声を上げた。サイファーに限らずその場に居たほぼ全員が驚いていた。

 

「皆が驚くのは無理ない。しかし、もう核攻撃を止める手段は撃墜以外残されていない。時間が足りないし、何より宇宙に居る以上止める手立てが無い。その為にジョン・ハーバートを救出するのだ。これはハーリング大統領の承認もされている」

 

 やるしかない、と言うことなのだ。平和の象徴の破壊の手助けをするのだ。しかし、平和の象徴が大量破壊兵器に成り下るくらいなら、落としてしまった方がいいのかもしれない。

 

「ジョン・ハーバートは脱出の際、アークバードに細工をして一気に大気圏まで降下させる細工をする手はずだ。諸君にはその時間稼ぎをして欲しい。あとの航空隊の仕事を楽にしてやれ。以上、解散」

 

 

 

 

―2010年12月19日 12:57 セレス海上空―

 

 空と言えば、真っ先に青い空を思い浮かべることだろう。事実サイファーが見て来た空はいつだって青く、どこまでも続いているとてつもなく広い世界だった。

 

 しかしそれは主に3万フィートの話である。今彼らが居るのは高度6万フィート。その世界の空は青ではなく濃紺。いや、もはや黒と言った方がいいかもしれない。そう、ここは成層圏である。

 

『……もはや宇宙だな』

 

 スザクが辺りを見回しながら思わず呟いてしまった。こんな高高度まで来る事なんて全く想定していなかったから、いざこの景色と向かい合ってみると圧巻の一言である。

 

「ああ。出来る事ならしばらく眺めていたいところだがな」

『こちらラッキースター、私もぜひ眺めてみたいですが、そろそろ作戦開始時間です。前方、アークバードと接触します! なお、脱出する技術者の無線が入るようにしていますが、受信のみです。送信はできませんが状況の把握に役立ててください』

「こちらガルム1、了解。白い鳥とご対面だ」

 

 ガルム隊の進路前方。濃紺の空を悠然と舞う白い影。優雅に飛んでいるかのように見えるその鳥は、近付けば腰を抜かすほど巨大な鳥。そう、あれこそがアークバードである。

 

「……でかいな」

『ああ、でかい』

『大きいわね』

 

 全員が同じ意見である。始めて来た成層圏、始めて見た白い鳥。プライベートならきっちり堪能したいところだが、残念ながらそうはいかない。自分たちは、あれを壊す為にここに来たのだ。

 

『こちらハーバート、作戦開始時刻になった。現在軌道修正の処理を実施中。これより機体に細工する』

 

 要救助者の声が無線に響き、サイファーは気を引き締める。さて、作戦開始である。長距離ミサイルのセーフティを解除し、威嚇がてら適当な場所に向けてロックオンする。今回海里のY/CFA-42にはデータリンクユニットを搭載し、主にデータ収集とサイファー、スザクの戦闘支援が目的とした装備をしてある。一応ジャミング機能もあるが、以前搭載した大型タイプよりは効果が薄めである。

 

「ターゲットロック、ガルム1フォックス3!」

 

 切り離されたミサイル四発が白い鳥めがけて疾走し、機体背部の装甲に命中。小さな炎が上がるが、大気圏突入や宇宙空間の灼熱太陽光線に耐えられるよう設計されたアークバードにはほぼダメージは与えられない。が、敵の注意を引き連れるには十分すぎるほどであった。

 

『こちらハーバート、機内が慌ただしくなってきた。来てくれたこと感謝する。これより破壊工作を開始する』

 

 まず始めの一手は上々だろう。あとは敵がどうでてくるかだ。ここは救助者のために、もっと敵を煽った方が良いだろう。

 

「ガルム隊、全機アークバードの周囲を接近飛行する。コックピット付近飛んで煽ってやるぞ」

 

 スロットルを押しこみ、アークバードへと一気に近づく。改めて近付くと本当に大きい。少し手を加えれば宇宙空母に出来そうなほどである。いや、あながち間違いではないかもしれない。事前情報によると、無人攻撃機の射出口が追加されているらしい。出て来なければ楽なのだが。

 

 アークバードの背中を通過し、続いてコックピットの目の前を急旋回して自分たちの存在を相手に見せつける。さて、これで隕石がぶつかったとかそう言う口は利かない。

 

『こちらブリッジ! 未確認の戦闘機部隊に攻撃された! 機数は三、所属は不明!』

「よし、初手は上々だ。全機散開、適当に煽るぞ」

 

 スザクと海里が各々の方向へとブレイクしていく。さて、敵はどう動くだろうか。取りあえずミサイルロックの警報が鳴り始め、捕えられないようにアークバードの下へと急降下する。一時的にロックが消えるが、アークバードの腹から対空機銃が現れるのが目に入った直後、コックピットの目の前を弾丸の一本線が貫いた。

 

「うわっち!」

 

 思わず声が漏れる。慌てて機体を急旋回をして射線上から退避。上面に逃げ込むも、続いてレーダーロックのアラートが鳴る。

 

『なんて奴だ、上にも下にも対空装備を増やしてやがる!』

『気をつけて、シンファクシを沈めた時のレーザーも修復されて、武器転用も可能になってるわ! 加えて機体上面にレーザー兵器、データに無いタイプよ!』

「ちっ、ウニみたいになりやがって」

 

 ミサイルアラートが鳴り、サイファーは機体を捻って回避する。どうやらまだ誘導兵器の準備は間に合っていないようで、所々不備があるように見えた。武装は増えたが、手数は極力増えた、と言う訳ではなさそうだった。

 

(しかし張り付いての攻撃は難しいな。真後ろから攻撃を加えようとしたら狙い撃ちにされる)

 

 それに、この高高度である。通常の航空機と同じ高度とはまるで違うのだ。速度を落とし過ぎるとあっという間に失速に陥ってしまう。常に高速飛行を維持しなければならなかった。

 

『こちらハーバード、機体への細工の一つ目に成功した。これより動翼面の工作に向かう。それが終わったら脱出ポットへと飛び込む。それにさえ入り込めば奴らは手出しできない。それまで頼むぞ』

 

 今のところ順調である。アークバードの周りを鬱陶しく飛び回る。スザクに関してはコックピットの真上を飛んで煽りに煽っている。あの位置だと対空砲火も撃てないだろうし、よく考えたものだ。

 

『なんだあの機体は……見た事が無いぞ』

『くそ、奴らを振り切れないのか、上昇しろ!』

『ダメだ、一度軌道修正したらそう簡単に上昇出来ない。燃料を大幅に消費することになる。それ以前に、攻撃のチャンスは今日しかないのだ。降下を続けろ!』

 

 アークバードが降下を開始する。それに合わせてサイファー達もゆっくりと降下を開始し、けん制を続ける。時折りミサイルや機銃が飛んでくるのが鬱陶しいが、今のところ大きな脅威はない。油断さえしなければだ。

 

『よし、もう一つの細工に成功した。これより隙を見計らいながら脱出ポッドへ向かう。動翼制御室から脱出ポッドエリアに向かう。その辺りには当てないでくれよ?』

「あいよ、耳の聞こえない友軍さん。ラッキースター、データリンク要請。アークバードの主要区画と脱出ポッドエリアを除いた適当な場所を教えてくれ」

『了解しました。全機一斉に送信します。適度によろしくお願いしますね』

 

 続いてデータ受信のコール音が鳴り、中央のマルチモニターにターゲットアップデートの表示。HUDに新たな目標が表示される。ほとんどが装甲の厚い部分で、機銃やミサイルが適当に当たった所でアークバードにとってはどうということは無い程度だった。

 

「よし、お仲間さんを上手い事脱出させるぞ。やりずぎ注意な」

『それはお前だろサイファー』

「ったく、口が悪いな」

 

 やや呆れながらサイファーは機体を捻って機銃を掃射。海里もサイファーの後ろに続いて同じ場所を攻撃する。スザクはミサイルを上手い事引き連れながらミサイルを撃ち込んで白い鳥を揺らす。

 

『くそっ、どうにかして奴らを追い払えないのか!?』

『だめだ、避けるのに我々の影を使っている。下手に撃ったら宇宙に戻れなくなるぞ』

『……まて、あの宇宙飛行士はどこだ?』

『…………くそ、居ない! 逃げたぞ!』

『次から次へと……まさか、あの戦闘機部隊はこの為に!?』

『警報を鳴らせ、奴は脱出ポッドに向かうはずだ!』

 

 どうやら向こうも察しがついたようだ。もう少し騒がしく行った方がいいかもしれない。サイファーのその考えを肯定するかのように、ハーバートから警報混じりの通信が入った。

 

『くっそ、警報が鳴り始めた。俺が居なくなったのがばれちまった。多少荒っぽくても構わん、引っかき回して時間を稼いでくれ!』

「だそうだみんな。ちょいと荒っぽくいくぞ!」

 

 サイファーは左翼の動翼付近に狙いを定めて、機銃掃射を開始。離脱したのち、今度はスザクがミサイルを四連射して装甲をたたき、その後ろから海里がダメ押しの二発を発射する。これでも装甲に大きなダメージはないのだが、期待を揺らすには十分すぎるほどだった。

 

『くそ、機体が揺れる! もっと安定して飛ばせんのか!?』

『無理です、奴らに攻撃をされて安定が保てません! 今はオートパイロットで軌道修正しながらの降下です、下手に動かしたら北極圏に向かうことになります!』

『くそ、今の高度は!?』

『4万5000フィート、なおも降下中でフォーゲルが使えます!』

『ならば三機出せ! 蹴散らしたいが多くを失うわけにはいかん!』

『了解、フォーゲル射出します!』

 

 アークバード下部に搭載された射出口が展開し、そこから無人戦闘機が顔を出す。それにいち早く気付いたのは海里だったが、警告の声を上げる間もなく三機が投下され、エンジン点火。サイファー達へと牙を剥いた。

 

『サイファー、無人機接近! 情報にあった追加搭載されたやつよ!』

「全機散開、所詮は無人機だ、気張る必要なはいぞ!」

 

 ロックオンアラートが鳴り、機体を右ロールさせながらアークバードの死角に入り込む。一旦音は鳴りやむも、今度はアークバードからレーダーロックを受けて急上昇。その進路上に無人機の姿。とっさに左ラダーペダルを踏み込んで射線を逸らして回避する。

 

『ちっ、無人機だからバカみたいな旋回角度で突っ込んできやがる!』

「落ち着け、無人ということはそれなりにタイムラグがある。楽ではないが倒せるはずだ! アテナ、今の装備でハッキングできるか?」

『ごめん無理。必要最低限のジャミングはできるけどハッキングまでできる容量じゃないわ』

「だよな……データリンク特化だしな……」

 

 後ろ張り付いた無人機をオーバーシュートして、機銃掃射。的が小さいから当たりにくい。追撃したいが、次にハーバードの救援の声が届いてそれをやめる。

 

『くそ、見つかった! 現在銃撃を受けながら逃走中! 通路が塞がれていく……私は今第三ブロックの第四下層にいる、その近くにミサイルをぶち当ててくれ!』

「ラッキースター、データ飛ばせ!」

 

 数秒後、モニターにターゲットアップデートの表示がされ、HUDに光点が追加される。サイファーは迷わずにロックオン。ミサイルを一発発射すると、後ろに集団で固まっていた無人機のロックオンを受けて緊急回避する。その瞬間を狙って、固まっていた三機をスザクと海里が全機叩き落とした。

 

 ワイバーンから切り離されたミサイルは、薄い大気の層の中を飛び、目の前に広がる白い鳥のどてっぱらに突き刺さり、小規模爆発を起こす。どうやらどこかに痛手が出たようで、次に聞こえた逃走者の声はなかなかエキサイティングになっていた。

 

『ヒューッ! 上手いことやってくれて助かったぜ! 追っ手を振り払った。おかげで脱出ポッドにも到着できた。あとは中に入って脱出手順に入れば一切の操作を受け付けない。見えない味方の頼もしい援護、感謝する!』

 

 どうやら作戦は成功したということでいいようだ。現在高度3万7800フィート。けっこう降下してきていた。見ればレーダーに四機反応がある。おそらく、オーシア海軍航空母艦、『ケストレル』の艦載機たちだろう。予定通りの到着だ。

 

「ラッキースター、こちらガルム1。友軍の脱出完了報告を聞いた。同時にケストレル側の友軍機もレーダーで捕捉した。こちらの任務は終了、それで間違いないか?」

『はい、こちらでも確認しました。長居は無用、全機ヴァレーに向けて帰還コースをとってください。燃料もぎりぎりのはずです、太平洋上で給油機を待機させてますので向かってください』

「あいよ、任務完了。おうちに帰るまでが遠足だからな」

『あんたはよく寄り道してたけどね』

「うっせ。行くぞ」

 

 トライアングル編隊を組んで、ガルム隊は離脱コースに乗る。その頃になって、アークバードから脱出ポッドの射出が確認された。敵の無線が雑音交じりに聞こえる。

 

『アド――シャンツェ、奴が――げ出した』

『オーシ……人の飛行――?』

『機体――細工――』

 

 と、結局最後まで聞き取ることはできなかったが、友軍の脱出が成功したのは間違いないのだろう。あとは彼らに任せてとんずらである。手助けもしてやりたいところではあったが、友軍同士でも過度な接触は相手に手の内を読まれる可能性があるからそれは叶わない。残念だ、噂に聞く『ラーズグリーズの悪魔の亡霊』というメンバーを見てみたかった。

 

 見ればそろそろ燃料がからからになりそうだった。当然だ、成層圏で飛ぼうものなら酸素が薄くなって燃費だってぐっと悪くなる。燃料に直接引火してのアフターバーナー飛行を多用することが多くなるのだ。しかもサイファーのX-02ともなれば戦闘時間が一気に減らされる。おかげで追加燃料タンクを捨てることなくさっきまで戦っていたのだ。激しい空戦じゃなくてよかったと心底安心した。

 

『サイファー、給油機とコンタクトがとれたわ。あんたが一番燃料少ないから、さっさと給油に入って頂戴』

「あいよ、こいつもおなかペコペコだってさ」

 

 レーダーに友軍のIFF。ハーリング大統領が手配してくれたKC-10二機が、ガルム隊の燃料をたっぷりと腹に抱えて待機していた。

 

 

 

 

 サイファー達がアークバード撃墜の一報を聞いたのは、給油が完了して一時間と経たない後だった。核攻撃を敢行しようとしたアークバードは、ハーバードの仕掛けた細工によってエアブレーキを大きく展開し、大気圏内へと深く降下。その隙をついてラーズグリーズ隊がアークバードへと総攻撃を開始。エンジンを失ったアークバードはオーシア領への特攻を企てるが、最後のエンジンを破壊されてセレス海へと沈んでいった。

 

 これでベルカ側の手の内が大きく減ったことになるだろう。あとはハーリング大統領がオーシアへと帰還し、政権を取り戻すことだ。

 しかし、これだけでは終わらないだろうとサイファーは思う。ユークトバニア側の首相、ニカノール元首の所在も掴めていないのだ。となると、向こうにも裏があると言うことだ。

 

 もう少し終わるには時間が必要だろうな。サイファーはため息交じりにキャノピーの外に視線を向ける。相変わらず海と空、申し訳程度の雲だけである。地理的に言えばサイファーから見て九時方向は自分たちの生まれ故郷がある場所なのだが、残念ながら帰ることはままらない。次に帰ってくるときは挙式の準備をしなければ。

 

 そんな呑気なことを考えている時に限ってである。少し気を抜いた瞬間にやってくる渓谷の無線ほど、不愉快で疲れる物は無いだろうと、サイファーは心底思った。

 

『こちらラッキースター、警告! レーダーに微弱な反応、方位040より高速で接近する機影あり! 機数は一機……まさか!』

「ちっ、厄介なのが来やがった!」

 

 こんな所を単機で突っ込んでくる奴なんて、サイファー、そしてスザクの中にはたった一人しか思いつかなかった。マスクを繋ぎ、操縦桿を握り直す。スザクは燃料計を確認してHUDを睨みつける。それとほぼ同じくして、無線に割り込んできた忘れもしない男の声が響いた。

 

『やはり生きていたか、若造ども』

「キニゴス……!」

 

 そう、銀の弾丸に狩人のエンブレムを背負ったT-50PAK_FA。サイファーのF-22を鉄くず寸前に追いやった、紛れもない15年前の亡霊の一人、キニゴスである。

 

『よくも邪魔をしてくれたな。おかげで計画がまた一つ崩れ去った。そのツケ、今ここで払ってもらう』

「けっ、上等だ。海里、お前は戦線離脱して空母に戻れ!」

『なんで!? ここは三機で連携を組んだ方が……』

「お前じゃあいつに付いていけない、俺たち二人の方が効率が良い!」

『でもっ……』

「命令だ、帰れ! お前じゃ相手にならない!」

 

 スピーカーの向こうで、海里が不服そうな息を漏らすのが聞こえた。だが、その次に納得の溜め息が聞こえて、サイファーは一安心した。

 

『了解……ガルム3、アテナ離脱します! けど、私の補給が終わるまでには片付けなさいよ!』

「むしろ追いついてやるから安心しろ!」

 

 Y/CFA-42が急旋回してサイファースザクは真正面にキニゴスを捉えて迎え撃つ体制を整える。まずはロングレンジで出方を伺うためにレンジON。この距離なら余裕の射程距離。ロックオン、手始めに二発発射。

 

 当然キニゴスは回避運動。当然だ、この程度で落ちるなんてカバが逆立ちする位あり得ない。レーダーのミサイルフィリップがはるか彼方へと消えていく。

 

「スザク、フォーメーションを崩すな。編隊を保って接触する。すれ違いざまに叩きこめ」

『言われずともだ』

 

 両者接近。レーダーが更新されるたびにその距離がぐっと縮まっていく。そして前方に小さな黒点が現れ、スザクがミサイルを発射する。刹那、轟音がキャノピーを震わせて一瞬ですれ違う。

 

「ブレイク!」

 

 サイファー、増槽をパージ。残り戦闘可能時間は三十分もない。いや、恐らくそんなに長く要らないだろう。恐らくこのドッグファイトはかなり早い段階で終わる。どちらが落ちて終わるのか。それは分からない。だが、これだけは言える。

 

 鬼神と吸血鬼か、それを狩る狩人のどちらかが勝つ、という事だけは間違いなかった。

 

 サイファー、スザク共に左右に反転。キニゴスは急上昇。シーカー冷却、ターゲット捕捉。シーカーダイヤモンドが重なろうとした瞬間に、敵機急反転。スザクの方へと鼻先を向けるとロックオンを仕掛け、しかしスザクも急降下ダイブで射線から離脱する。

 キニゴス、今度は左旋回で引き離しに掛る。流石は最新型のエンジンだ、馬力が違う。だが、このワイバーンだってF-22を上回る化け物エンジンを積んでいるのだ。

 

 バーナーが唸りを上げ、逃げようとするPAK_FAの背中に食らいつく。その分の負荷Gが尋常ではないのだが、条件は向こうだって同じだ。体力さえ持てばこちらに勝機はある。

 

 だが、そうもいかないのがキニゴスの厄介な所である。急激に機体が持ち上がり、急減速を仕掛けて来た。そのわずかな機首上げ動作が、サイファーの一回の瞬きの瞬間に行われ、その動作を見逃してしまった。気付いた瞬間にはキニゴスは後方へと回り込んだ。

 

(こいつ、他人が瞬きする瞬間でも見えてるのかよ!?)

 

 レーダーロックされる。耳障りな音が耳を叩き、ほぼ直感で左ラダーを蹴り飛ばし、操縦桿を捻る。機体が螺旋を描いて急降下ダイブ。主翼が収納されて高速形態へと変形する。キャノピーの脇を、キニゴスから撃たれた弾丸がかすめていく。エンジン音の向こうに聞こえる、音策を切り裂いて飛びかかる弾丸の音はしっかりとパイロットの耳にまで届く。もちろん、良い物ではない。

 

「スザク、回りこめ!」

 

 雲の切れ間からスザクのXFA-27が飛び出して牙を向く。まず二発、続いてQAAMを一発発射し、キニゴスを追いかけ回す。四連ミサイルベイを持つXFA-27ならではの無限ループミサイル攻撃だ。弾薬の消費は激しいが、組み合わせ次第で相手は半永久的にミサイルに追われ続けるのである。サイファーがシミュレーターで体験した際はとんでもなく厄介だった。

 

『ほう、これはなかなか厄介だ……しかし、詰めが甘い!』

 

 迫るAIM-9Xをフレアで弾き飛ばすと、わざと機体の旋回角度を緩くしてQAAMを誘い込む。弾着直前、チャフ放出。真っ直ぐ突っ込んだQAAMはそのままチャフの壁に突っ込み、キニゴスを見失うと遥か孤空へと消えていった。

 

『くそったれ!』

『だから甘いと言った!』

 

 キニゴスが動く。雲に飛び込んで視界から離れる。サイファーは真っ先にガリウムレーダーを最大出力で起動させ、キニゴスの飛びこんだ雲の中に向ける。ステルス機を強引に割り出すまさにレベルを上げて物理で殴るを具現化した様なレーダーである。ただ、欠点として大幅に電源を食らうため、一部機能が制御しない。

 

 と、思いかえしてサイファーははっとした。それと同時に目の前に反応。キニゴスが今真正面に居る。そして、雲から飛び出してきた。発射されたミサイルと共に。

 

「しまった!!」

 

 そう、キニゴスはレーダーで動きが鈍る瞬間を使ったのだ。つまり、X-02の事を知っていると言うことである。当然だ、ベルカに置いて極秘生産されていた機体なのだから、情報があってもおかしくない。もともとサイファーのワイバーンを奪取する計画だったのだ。調べ上げられていても不思議ではない。

 

 とっさにレーダーをカットし、アフターバーナーを点火して地面に向けてダイブ。だが反応がやや遅い。この一瞬で全てが変わる。ミラーにミサイルが映り込む。今だ、チャフ散布。

 

 機体後部から発射されたチャフが空気中にばらまき、レーダー波を打ち消してミサイルの目を奪い、その隙に速度を取り戻して急上昇して回避に成功する。この戦法により、奇襲は一切通用しないと踏んで良いだろう。実際、キニゴスは「私に奇襲などは通用しない」と言いたかったのだ。

 

「だったらガチンコだちくしょう! スザク、そこから狙えるか!?」

『今やってる! ラッキースター、リンクを飛ばしてくれ!』

『待ってください! データ経由、情報解析終了、送ります!』

 

 データリンク受信。スザク、ミサイル発射。サイファーの背後に回ろうとして居たキニゴスの進路を無理矢理捻じ曲げて、その背後に回り込むことに成功する。レティクルが表示され、機銃の射程内にまで入ると偏差でキニゴス操るT-50PAK_FAに向けて掃射。しかしキニゴスはそれを知っていたかのように跳ねるような急旋回で回避。

 

『くっそ、葉っぱでも掴もうとしてる気分だ!』

『分かりやすい動きだ。吸血鬼、お前の動きは裏の裏をかけばいいだけの話だ。私にその程度の戦法が通用すると思うな』

「ならこいつでどうだ!」

 

 サイファーがループ軌道に入ってキニゴスの真正面に現れる。機銃の砲身が展開、機銃発射。だが向こうも同じくガンアタック。一瞬回避運動に入りそうになったがこれはフェイクだと直感で判断してそのまま突っ込む。ビンゴ、キニゴスは右急旋回で回避する。スザクが食らいつき、サイファーも背後に回り込んで二機で追いかける。

 

『なるほど……なにも変わって無い、という訳ではないようだな』

「そっちだっていつまでたっても昔のことばかり頭に残して、老けるだけだぞ?」

『そう言うのは、一人前が吐くセリフだ!』

 

 キニゴスが雲へと飛び込む。逃がさないと二人して飛びこむ。が、サイファーは雲に飛び込んだ瞬間体全体を舐めまわすような寒気に襲われて声を張り上げた。

 

「スザク、今すぐ急上昇しろ!」

 

 そう叫ぶと同時にサイファーは急降下して雲から抜け出した。スザクもとっさに反応して雲のてっぺんから抜け出す。そしてそれとほぼ同時にXFA-27のコックピット内にロックオンアラートが鳴り響いた。

 

 スザクが飛び出した雲の中から、キニゴスが飛び出した。雲の中で急減速してサイファー達の背後に回ろうとしたのだ。上下に分散したおかげで同時に狙われることを回避できた。すかさずフォローに入る為にXLAAに切り替えてレーダーロック、トリガーを押しこんで発射。四発中二発が胴体から切り離されてPAK_FAの曲線美を持ったステルス装甲めがけて飛び込む。だが距離がやや近いため、推進剤を大量に抱えたミサイルでは追い切れずに雲の中へと消えた。

 

『なるほど、鬼神の再来と言われるだけのことはある。私に被弾させた若造もお前だったな。いいだろう』

 

 キニゴスが再びサイファーへと飛び込む。ざわ、と体が反応する。だが恐怖は無い、恐れもしない。一度戦った、被弾して愛機をお釈迦にされた。だが、それは次へと繋がる大きな遺産である。

 

 今のサイファーに、敗北という二文字は存在しなかった。

 

 

 

 

 スザクははっきり言って、今この状況が嫌いで仕方なかった。キニゴスとの戦闘中だと言うのに、頭は上手い事働いてくれず、さっきから余計なものばかりが記憶の奥底をめぐっては駆け抜けていく。戦闘機動に関しては体の直感で行っていたも同然だった。

 

 確かに空戦に置いて直感は重要ではあるが、思考と直感と技量全てが組み合わさってこそ真の技術が発揮される。今のスザクには最初の思考が足りていなかった。

 

 そうなってしまった要因として、一番大きいのはキニゴスの登場だろう。二度も自分たちの前に現れ、その度に打ち負かされた。スザクにとっては正真正銘の「壁」である。いや、正確に言えば自分より強い奴なんて腐るほどいた。子供のころのゲーム、訓練時代、アグレッサーになってからも、必ず自分より強い奴はいた。それは仕方のないことだ。

 

 しかしサイファーからはよく「お前負けず嫌いだよな」と言われていた。当時としてスザクは理解できなかったが、ファーバンティでベルカスパイに襲われた時にはっきりと自覚した。

 

 単刀直入に言おう。自分は、誰かよりも劣っていると言う事を認めたくなかったのだ。つまり、自分が弱いという現実から目をそむけること。それは妹を助けられなかった無力な自分を思い出すから。だから、スザクはいつでもだれよりも一枚上手でいたいと思っていた。

 

 だが、キニゴスという存在が現れて、自分では全く歯が立たない存在だという現実を押しつけられた。自分の全力を笑い、そしてその通りに蹴散らしてきたキニゴスの存在を認めたくなかった。この戦闘ではっきりした。自分は誰かより上手であるどころか、サイファーよりも劣っていたのだ。

 

 加えてやまとから言い放たれた言葉で、はっきりと自覚してしまった。復讐に取りつかれ、狂ってしまった自分は結局冷静な人間とは程遠い存在なのだ。自分が今まで思い描いていた自分は全て幻想だったのだと押しつけられた。あの時の虚無感は、これが原因だったのだ。

 

 ならどうすればいい。スザクは背後の奪い合いをするサイファーとキニゴスを見つめる。サイファーの機動は、迷いのない真っ直ぐな動きだった。今まで特に気にもしなかったのに、はっきりと見えるようになっていた。

 

(俺じゃ……勝てない?)

 

 と、頭の中で繰り返す。いやダメだ、今はそんなことを考えてないでサイファーのフォローに入らなければならない。しかしどう言う訳か、左手に握ってるスロットルを押しこむ力が湧いてこない。もう少し押し込めばアフターバーナーが点火するのに。

 

 機体を旋回させて敵機の進路上に割り込む。ミサイルロック、ウェポンベイ解放。ミサイルが顔を出してそのまま発射。PAK_FAの背中を追うも、軽やかに回避された。

 

「くっそ、葉っぱでも掴もうとしてる気分だ!」

『分かりやすい動きだ。吸血鬼、お前の動きは裏の裏をかけばいいだけの話だ。私にその程度の戦法が通用すると思うな』

 

 まただ。またこいつは俺に俺の弱さを見せつけて来た。イラつく、腹が立つ。だがそれが事実であると言うことが一番頭に来ていた。

 

 サイファーがキニゴスと真正面でガンアタック。キニゴスが急旋回してそれを回避し、そのちょうど背後に回り込める位置についたスザクはその背中を追いかける。サイファーも追撃に加わり、二人でPAK_FAを捉えようと奮戦する。

 

『なるほど……なにも変わって無い、という訳ではないようだな』

『そっちだっていつまでたっても昔のことばかり頭に残して、老けるだけだぞ?』

『そう言うのは、一人前が吐くセリフだ!』

 

 キニゴスが雲へと飛び込んだ。逃がす物か、雲を目くらましにして撃ち落としてやると、スロットルをどうにかして押しこもうとする。と、

 

『スザク、今すぐ急上昇しろ!」

 

 サイファーのその叫びに、数千分の一秒だけ疑問符を浮かべた。なぜだ、今ここで追撃すればロックオンが出来るのに。しかし、スザクは自分が瞬きした瞬間にキニゴスの影を見失ったことに気が付き、そして何より追いかけていたはずの殺気が後ろに現れたことに驚愕して操縦桿を引いた。

 それとXFA-27のコックピット内にロックオンアラートが鳴り響くのはほぼ同時で、雲から飛び出して後方を確認すれば狩人のエンブレムが自分を狩猟しようとしていた。

 

 やばい、撃たれる。そう思った直後、サイファーのフォローが入る。また、あいつに助けられた。模擬戦では無鉄砲でよく周りが見えなくなる奴だと思ってたのに、なんで実戦だとこんなにも動きが鋭いのだ。この前だって俺が勝ってたはずなのに。

 

『なるほど、鬼神の再来と言われるだけのことはある。私に被弾させた若造もお前だったな。いいだろう』

 

 キニゴスのその言葉は、スザクなど眼中にないと言うことだ。ふざけるな、俺だってここまでやって来たんだそんな人を見下すようなことをするんじゃない。

 

 交錯する青い翼と銀の翼。スザクはそれに飛びこもうとスロットルを押しこもうとするが、体が反応してくれない。どうすればいい。俺はいったいどうすればいいんだ? またこのまま見ているだけの虚無を味わうのか? そう思って、ぎりっ、と歯を食いしばった。

 ガスを抜かれるかのように、アドレナリンが消えていく。戦う気力が失せていく。今まで目を反らしていた物が目の前に迫って来てどうしようもないくらいに膨れ上がっていた。それに押しつぶされてしまえばもう楽になるのだろうかと一瞬思う。

 

 そんな時だった。ふと、視線を降ろした先に、機体のパイロットと整備担当者の名前が彫られた小さなネームプレートが目に入った。そこに書かれた、『Yamato Nagamori』の文字。それが目に入った瞬間、不意にやまとが自分に言った言葉が頭をよぎった。

 

―後押しした奴が腑抜けになってどうするのよ―

―あなたが答えを見つけることができるなら、私は協力を惜しまない。機体をどんなにボロボロにしても私がちゃんと直す。だから、思う存分に探しなさい―

「…………」

 

 ピクシー、片羽の妖精は貪欲になれと言った。やまとは答えを見つけるまで協力を惜しまないと、機体をボロボロにしてもいいと言った。なら、その通りにやってみるのも良いかもしれない。

 

 深呼吸。スザクは決心した。今までこういう戦い方は好まない方だったが、なに。たまにはいいだろう。前に進めるのなら安い物だ。

 

「……行け」

 

 スザクがそう呟くと、突然左手が軽くなった気がした。動く。XFA-27が加速する。キニゴスへと真正面から飛びかかる。戦法も何もない正真正銘力技だ。

 

「サイファー、俺が真正面に来たら緊急回避しろ!」

 

 機体を水平に戻してヘッドオン。背後の奪い合いをする二機の隙間を突き抜けると反転、キニゴスに飛びかかる。サイファー回避、直後スザクのバルカン砲が空を切る。

 

『ほう、出来そこないが私に牙を向けるか。面白い、撃ち抜いてくれる』

 

 キニゴスが急降下して速度を稼ぐと、そのままバーナーに点火してスザクに飛び込んできた。直後、二機は交錯。轟音がコックピットと体を揺らしてピッチアップ、ループ機動からのインメルマンターン。やや機首を下げて再びヘッドオン。ロックオン、ミサイル発射。向こうも同じくミサイル発射。ラダーペダルを右に蹴り上げ、右ロールして鼻先を地面に向ける。

 Gが体を押しつけて来る。XFA-27の凶悪なまでの機動力は、スザクまでもを殺そうとしてくる。だが耐えろ、もう負けるのはこりごりだ。暗くなっていく視界。だが

 

 機体の体制を立て直し、視界を取り戻したスザクは大きく息を吸い込む。肺が潰されるかと思った。じっとりと汗が全身を覆い尽くす。しかし休む間もなくレーダーロック。再びバーナーON。続いてレーダーミサイルのアラートが鳴り響く。

 

 スザクは首を曲げてキニゴスの位置を確認する。自分の後方ほぼ直角の位置に居た。あの位置からミサイルを撃ったと言うことは、向こうもQAAMを装備していることになる。現に、一度振り切ったかのように見えたミサイルは急反転して再び襲いかかって来た。チャフ散布、しかし放出が遅くて至近距離で近接信管が作動して爆発。破片が飛び散ってXFA-27に降りかかる。

 

「ちっ!」

 

 機体損傷アラートが鳴る。動翼、エンジンに破片が突き刺さったようだ。だがまだ飛べる。損傷は軽微だ。

 

 QAAM選択、ヘルメットバイザーにキューが表示されてキニゴスを捕捉。そこへサイファーのワイバーンからのデータリンク、正確な位置が割り出されてトリガーを引く。

 

 切り離されて推進剤に点火されたミサイル二発が発射と同時に真後ろに向けて急旋回。それに合わせてスザクも左旋回して敵機を真正面に捉え、回避運動に入るキニゴスに向けてガンアタック。やはり避けられる。だが背後は奪った。

 

 ロックオン、サイドワインダー発射。白煙を引いてまるで蛇のように銀色の翼を追いかける。刹那、PAK_FAの背中が立ちあがって急減速。コブラ機動だ。スザクもすかさずエアブレーキを展開、機体を立ち上げるとベイパーが巻き上がって機体を包み込む。

 

(我慢比べか……くそったれ!)

 

 立ちあがった二機は速度を落としながらも雲を、大気を引き裂いてお互い牙を向け合う。わずかに操縦桿へ加える力加減を間違えばバランスを崩す。その瞬間勝負が決まる。

 

 一体どれほどの時間が経過しただろうか、早く、早く終わってくれ。歯を食いしばり、操縦桿、スロットル、ラダーペダルに掛ける全ての神経を集中させる。もう少し、もう少し。少しずつキニゴスが自分の真横に着く。あと少し手前に来ればいい。その瞬間にXFA-27を一回転させながらスライド、抵抗を利用して機体を跳ね上げて真上を奪えるのだ。

 

 そして、ついにキニゴスがスザクが求めていたポジションに張り付いた。もらった!

 フルスロットル、エアブレーキ最大角度で機体を失速寸前まで追い込む。このままクルビットを仕掛けてフラップを降ろし、機体を舞いあがらせる。

 

 が、突如コックピットがガクン! と大きく揺れてエンジン音が遠ざかる。モニターがブラックアウトした。まさか。

 

「エンジンが!?」

 

 損傷軽微のエンジンがついに悲鳴を上げた。たび重なる推力のアップダウンで、蓄積された疲労がついに限界を迎えた。そしてそれはドッグファイトという極限状態の中では死を意味する。

 

『運が無かったな!』

 

 はっとした時にはもう遅かった。真上にキニゴスのPAK_FAの姿。太陽を背にしたその姿は、まさに狩人の姿。皮肉なことに、吸血鬼の狩人(ヴァンパイアハンター)そのものであった。

 

 PAK_FAの砲身が唸りを上げ、放たれた弾丸はXFA-27右カナードを木っ端みじんにし、主翼付け根、可変翼の可動モーターを粉砕し、続いて燃料パイプを貫通。その次に左エンジンの中心部を粉砕し、装甲がはじけ飛んでエンジンの中を跳ねまわり、下部垂直尾翼を蜂の巣にした。

 

 

 

 

「スザク!!」

『スザクさん!』

 

 サイファーとゆたかが叫んだとき、XFA-27はエンジンから黒煙と破片を撒き散らしながらきりもみで落下していき、雲の中へと消えた。あとに残ったのは黒煙だけで、その次にキニゴスがこちらに突っ込んでくるのが見えてエンジン出力を上げた。

 

『所詮はあの程度だ。君の方が幾分かましだな。さぁ、始めようじゃないか』

 

 機銃が主翼をかすって、思わず冷や汗が出るも右旋回して射線上から回避する。このまま引き離そうと一瞬考えたが、不意を突いてクルビットを仕掛けた。これは上手く行った。背後に回り込んでHUDを睨みつける。

 

『おっと、つい気を抜いてしまった。戦闘で危険な瞬間が敵機を撃墜した時だと言うのに、私もまだまだだな』

「けっ、だったら喋るなよ!」

 

サイファーはもう一度スザクが落下した方へと目を向ける。レーダーのIFFシグナルが消えている。嫌な予感が頭を舐めまわす。たまらずラッキースターに叫んだ。

 

「ラッキースター、スザクの反応はないのか!?」

『ネガティブ! もともと認識が弱いのでレーダーに反応なし、IFFシグナルも二回の点滅後応答がありません!!』

 

 機銃を掃射し、容易く回避されてもう一度仕掛けるために左旋回。PAK_FAのアフターバーナーが点火されるのを見たが、フラップを下げられるのを見てとっさにエアブレーキを全開にした。

 

 予想通りキニゴスはフラップを降ろしたと同時に急減速を仕掛けて来た。まずい、思いの外タイミングが早かった。機体をロールさせた状態でコブラをする事は出来ない。仕方ない、にとりに怒られたばかりなのだが主翼を無理矢理展開する。ウェポンベイ解放のおまけ付き、メーターが一気にケタを落としていく。思わず体が前のめりになるくらいだ。

 

 だが、そのおかげでどうにかオーバーシュートされずに済んでいる。このまま相手が諦めるのを待てば郵政は変わらない。

 と思えば大抵どんでん返しが待っているんだろうなと思い、そして次の瞬間実際にそれは起こった。

 左旋回兼減速中のキニゴスのPAK_FAが、突如として「右」にスピンしたのだ。サイファーは目視できなかったが、ベクターノズルとラダーを右側にずらし、機体のバランスをわざと崩して右回転スピンを起こして機体をブーメランのように扱ってサイファーの背後に回り込んだのだ。

 

「そんなのありかよ!? SF映画かよ!?」

 

 そう叫ぶのと期待に被弾の衝撃が走るのはほぼ同時だった。モニターが赤く染まり、機体異常発生の警報。なんてこった、ウェポンベイの開閉モーター部分に被弾、閉じなくなっていた。大きな空気抵抗になるし、ステルス性の確保が出来なくなってしまう。

 

 おまけに左舷ミサイル発射系統破損。仕方ない、左ウェポンベイのミサイルを投棄。機体が少し軽くなる。

 

『おしかったな。だが読みが甘い。常識に捉われているようではまだまだだな』

 

 無線越しに自分を嘲笑する声。機銃がキャノピーを追い抜いていく。ラダーを左右にけって機体を振り回し、射線から機体をどうにかして反らす。左ウェポンベイが閉まらないせいでバランス的にも支障が出てる。

 

 再び機内に衝撃が走る。尾翼に被弾、後部可変翼機能が死んだと警報が出る。

 

(落ち着け、落ち着け、落ち着け!)

 

 機体を地面に向けて急降下、その勢いを利用して加速する。前方には大きく広がった雲海が広がっていた。

 

(まだか……早く、早く『来い』!)

『どうした、鬼神の再来。やけに手ごたえが無いじゃないか。やはりお前もその程度だったと言うことか?』

「けっ、おっさんはいい加減人を見下すことを止めた方がいいと思うな!」

『こんな状態でも異性が良いのだけは褒めよう。だが結局お前でも私には勝てないな』

 

 機内に衝突警戒警報が鳴る。キニゴスが迫る、もう機銃を撃てば兵器で当たりそうな所にまで近づいているのに撃たない所を見ると、完全にもてあそんでいる。だが、サイファーは思わず唇を釣り上げた。

 

「…………いいや、お前はあと一分で落ちるな」

『……くっ、ははは! これは面白い冗談だ。こんな逃げ回るしかできない状態でどうやって私に勝つつもりだ?』

 

 その言葉に、サイファーは完全に笑みを浮かべた。笑いが出るのはこっちだ狩人。確かにあんたは強い。15年前のエースは本当に厄介で手が出ない。現に誰も寄せ付けない強さだ。だが、サイファーはその強さに、正確に言えばその強さから生まれる、その絶対的自信が大きな弱点だと確信していた。

 

「俺じゃない。こいつだ」

 

 キニゴスのコックピット内に、アラートが鳴り響いた。誰だ、どこから? そしてレーダーを見てまさかと叫んだ。そして自分がはめられたのだと気づくのに、戦闘機乗りとしては致命的な時間を消費してしまっていた。

 

「撃て、スザク!!」

 

 サイファーが叫ぶとほぼ同時だ。真正面の雲の中から煙を吐き出しながらも執念の加速でキニゴスに飛びかかる、XFA-27が自らが発射したミサイルと共に現れた。

 

『馬鹿な!?』

『残念だったな!!』

 

 スザクは待っていた。雲の中で機体を必死に立て直し、サイファーが勘づくのを待っていた。正直全く想定していなかっただろう。そんな前フリもなにもしていなかった。ただ一つだけスザクはメッセージを残した。IFFを手動で切ったのだ。そう、二回点けては消してを繰り返したのだ。

 正直これで伝わるかどうかなんて無理だという人間の方が多いのだろう。しかしサイファーは、スザクは撃墜されたのではなく、IFFを「二回」切って自分はまだ生きていると伝えたのだと踏んだのだ。

 

 10年以上の信頼から成せる、訳の分からない反則技であった。キニゴスは今まで一人で戦うことを多くしてきた。どんな連携をしてくる敵機も撃ち落としてきた。攻撃パターンも覚えていた。だが、10年の信頼が出す賜物だけ知ることはなかった。そして自分がこんな若造たちにはめられたというショックから、回避運動に至るまでのタイムラグがあまりにも大きすぎた。キニゴスにできる事、それは叫びを上げることだけだった。

 

『若造どもがぁああああ!!』

『堕ちろ糞ジジイ!!!』

 

 一発目ミサイルがPAK_FAの主翼に突き刺さり、二発目が垂直尾翼を根元からへし折って、続いてXFA-27機首に搭載された20mm機関砲がストレーキを食いつぶし、エンジンに飛び込んでコンプレッサーやシャフトを粉々にし、飛び散った火花が燃料に引火する。

 引火した燃料がパイプを走り抜け、もう一方のエンジンに到達すると同時に両エンジンが爆発。胴体が真ん中からへし折れてPAK_FAは炎に包まれ、雲の下へと消えていった。

 

『キニゴス……レーダーからロスト! 爆発を確認、やりました撃墜です!』

 

 ゆたかの歓声が無線から聞こえる。サイファーはようやく終わったと大きく息を吐いた。バイザーを上げて、雨に打たれたかのようにぐっしょりと張り付いた汗をグローブで拭うと、後方に編隊に加わったスザクに目を向ける。

 

「スザク、損傷状態は?」

『目も――あてら――ん』

「スザク、通信状況が良くない。俺の声は聞こえるか?」

『――くそ――通――が』

 

 スザクの無線が雑音混じりでよく聞こえなかった。サイファーが見た限り、XFA-27の損傷は正直飛んでいる方が奇跡的なレベルだった。まず右カナード、左垂直尾翼が根元から無くなって、左エンジンからは量こそ減ったが黒い煙を吐き続けていた。よく見れば下部に伸びる安定翼も蜂の巣にされて、コックピットキャノピーにも亀裂が入っていた。一体どうやって飛んでいるんだと小一時間問いただしたくなるような見るも無残な姿である。

 後にゼネラル・リソースが調査した結果、サイファーが確認した損傷以外にも、左エンジンは完全に粉砕され、燃料パイプが脱落して兵装管理システムが半分死んでいた。

 

 コックピット内の損傷も激しく、負荷に耐えかねた計器がショートを起こしてはじけ飛んだ。通信機も例外なく損傷し、感度は最悪であった。

 

「スザク、俺の声が聞こえるなら翼を左右に振れ」

 

 という呼びかけに、XFA-27の翼が左右に揺れる。受信はできるから一安心だ。取りあえず中継でラッキースターに現状を報告する。

 

「ラッキースター、スザク機の損傷は甚大。通信不能、エンジン一基破損、その他損傷多数。緊急配備を要請、先に着艦する」

『了解しました、ヴァレーに緊急宣言を通達します。こちらも先に帰頭して体制を整えます』

「了解だ。聞いた通りだスザク。取りあえず空母まで何とか飛んでくれ。いいな?」

 

 相変わらず無線機からは雑音しか返ってこないが、再び翼を振り返してきた。ものすごく頼りないが、それでも何とか飛んでいる辺り流石やまとの整備した機体だろう。ワイバーンも多少の被弾を受けたが、しっかり飛んでくれている。整備兵に感謝しなければ。

 

 そう思っている内に、ようやくオーシア領海付近まで接近し、可能な限り迎えに来てくれていた空母ヴァレーの艦影が目に入る。サイファーはスザクに一言言うと、編隊を離れて着艦体制に入った。

 

 

 

 

『緊急! 緊急! 総員に通達、ガルム2スザク機が被弾、エンジン火災発生の模様! サイファー機着艦後にバリアを緊急展開、消火班救護班共に配置に着け!』

 

 ヴァレーの甲板は初の被弾機着艦という大仕事に作業員が大慌てで甲板を走り回っていた。先に着艦を終え、今まさに補給をして飛び立とうと思っていた海里は踵を返して機体を退避させる作業に入り、やまとはスザクが被弾して帰ってくるという言葉に体が冷たくなるのを感じた。

 

「兄さん……!」

 

 忘れもしない、自分の整備ミスによる墜落事故。被弾によるものだとは重々理解しているが、それでもまたあの光景を見る羽目になるかもしれないという恐怖だけは拭うことが出来なかった。

 

「やまとちゃん、しっかり。大丈夫だよ」

 

 にとりが直った右腕をやまとの肩に置き、優しい瞳で勇気づける。大丈夫、というその一言で少しだけ無のに抱えていた物が軽くなった気がした。そして不安がるよりも今は素早く動くべきなのだと頭が冷え切り、冷静な判断がつく。

 

「……はい、やります!」

『サイファー機、着艦体制に入ります!』

 

 甲板の後方に、サイファーのX-02がアプローチに入る。誘導員が的確な高度指示を出し、サイファーもまたそれに完璧に従って着陸ギアを降ろす。遠くに居るかと思えばあっという間に接近し、波をかき分ける音と救助ヘリのローターしか聞こえなかった甲板に戦闘機の轟音が響き渡り、青い翼のX-02がアングルトデッキに飛び込んできた。

 

 アレスティングフックが四本並べられた内の三本目のワイヤーをキャッチし、続いてメインギアがタッチダウン。機体がバウンドしてアフターバーナー点火。ワイヤーが勢いづく機体を引き戻し、完全に停止した。

 

『サイファー機着艦! バリア設置作業急げ!』

 

 甲板の隅で用意されたバリアネットを真横に伸ばし、支柱に結び付ける。固定を完了、X-02の退避が完了する。

 

『バリア甲板に設置完了、展開します!』

 

 警報と共に甲板に展開されたバリアがゆっくりと立ち上がり、アングルトデッキを塞ぐ形に広がると、固定が完了。作業員が緊急退避に入る。そのタイミングで、XFA-27がアプローチコースに乗った。

 

『状況報告! XFA-27は油圧系統が損傷し、車輪のロックが出来ない模様! 胴体着陸の可能性高し!』

「そんな……あんな状態で降りるの!?」

「やまとちゃん、退避だよ! スザクを信じて!」

 

 黒煙を吐き出しながら近付くXFA-27を見つめ、やまとはにとりに促されるまま退避用スペースに飛び込んで緊急着艦するXFA-27を見守る。奇妙な静寂が辺りを包んだ。

 

 着艦フックが降ろされて、車輪が下りるのを確認した。しかし自重での落下のためロックされないことが多い。現にノーズギアふらふらな状態だった。

 

 そこでやまとはようやくXFA-27の損害状況を目視して驚愕した。あんな状態で本当に降りると言うのだろうか。そこまでしなくても素直に脱出した方が良いかもしれないのに。

 だが、ここまできた以上突っ込んだ方が早い。もう成功を祈るしか無かった。

 

 進入角度、進入速度共にめちゃくちゃだ。だがただでさせて規制角度を保つのが難しいXFA-27で着艦することが奇跡的だと言うのに、あの状態でここまで機体を持ってきたことの方が驚愕である。

 

「なんて角度だ……あれじゃ着艦じゃなくて墜落だ!」

 

 XFA-27が接近する。片肺の状態での操縦が難しいのに、それでも最後の瞬間に機体を水平に保ち、ピッチを三度上げてデッキに進入することに成功した。フックがワイヤーを掴む。機体が引っ張られてXFA-27のメインギアがタッチダウンする。一瞬耐えられたかと思ったメインギアだったが、直後右側車輪がへし折れ、ロックされないノーズギアが引っ込み、機首が甲板に激突した。

 

 そのまま右側に滑り込み、胴体から火花が上がる。燃料に引火しないかと緊張しながらもバリアに機体が突っ込んでやっとのことで機体が停止した。

 

「兄さん!」

 

 思わずやまとが飛び出した。あの時は腰が抜けて動けなかったが、今度はそうはいかない。機体が爆発する危険があったので、にとりは引きとめたかったがもう声が届かない所まで走り抜けられ、代わりに消火班へと指示を出して自分も走りだした。

 

 機体へと近づき、キャノピー緊急解放レバーを引こうと回り込もうとした時、自らキャノピーが跳ね上がった。

 

「げっほ、げっほ……うげぇもう勘弁してほしい……」

「…………」

「あれ、やまと……悪い、派手に壊しちまった」

 

 ゴロゴロと、スザクはヘルメットを脱ぎ捨てながらどうにか機体から這い出して来る。取りあえず疲れたと言いたくて、もう一度やまとの顔を見た時に耳に突き刺さった怒号で顔をしかめた。

 

「…………ばかぁ!!」

 

 と、やまとがスザクの肩に飛びかかって、全くそんなことになると予想してなかったスザクはコックピットから半分ほど体を出していたのにサイドシルに背中をぶつける形になってしまった。

 

「でぇ!? 悪かった、機体壊して悪かったって!」

「違うわよこのばかぁ! こっちがどれだけ心配したいと思ったのよ、あなたの方が大事に決まってるでしょうが!!」

「やまと……」

「言ったでしょ……あなたのためなら協力を惜しまないって……いくらでも機体を壊しても良いって言ったじゃない……」

 

 いつの間にかやまとの声に嗚咽が混じっていた。思っていた以上にやまとが不安がっていたことにスザクは意外に思い、そして自分をこんな風に心配してくれる人が居てくれることが素直に嬉しかった。

 

「……ああ、悪かったな、やま――」

 

 と、その瞬間に二人に派手な泡がぶっかけられ、一斉に機体が消火剤で埋まっていく。二人も例外なく真っ白に染まり、やがて機体と共に甲板の上で泡に埋もれてしまった。そこへメガホン越しの河城にとりの声。

 

『そこのお二人ー、機体の火災の危険性があるから早く離れてくださいー』

「…………行くか」

「……ええ」

 

 後に、ヴァレー艦内で二人のいちゃつきっぷりが、射命丸文発行による「文々。新聞 ヴァレー版」によって有名になるのは別の話である。

 

 

 

 

 さて、結果としてガルム隊は全機帰還することが出来た。一番派手な着艦をしたスザクもこれと言って大きな怪我もなく、取りあえず一安心といったところだろう。

 

 だというのに、こなたのバーに集まったガルム隊とにとりの表情、特にスザクの表情はとても険しかった。その原因は売店に置いてあったモビルスーツのプラモデルが売り切れていたことではなく、その代わりに気晴らしで買おうと思っていた酒が売り切れていたことでもなく、XFA-27の今後の動向についてだった。

 

「結論から言って、お陀仏です」

「……だろうな」

 

 スザクは後頭部をバリバリと掻き回した。命が助かったとはいえ、機体を失ってしまえばやること無しである。というよりも、借り物の機体を大破させたとなると一体何されるか分かったものではない。修理代いくらだろうか。

 

「その辺心配しなくて良いよ。メーカーからは海に沈めなかっただけありがたいって返答だから」

「つまり?」

「お咎めなし。良かったじゃん」

「まぁ……いやしかし、機体を失ったとなると俺の行動可能な機体はホーネット辺りになるのか?」

「ああ、大丈夫。その辺心配しなくて良いよ。たぶんそろそろ来るから」

「来る? 誰が?」

「やまとちゃん」

「?」

 

 と思ってる時に、バーのドアが開いて中から永森やまとが顔を覗かせた。にとりが待ってましたと椅子から立ち上がると小声で言葉を交わして、スザクを手招きした。

 

「兄さん、ちょっと来て」

「え、なんだよ……」

「お説教なんかしないから来なさい。見せたい物があるのよ。良いから付いて来て」

 

 そう言われるがまま、スザクはやまとに付いて格納庫へと向かう。一体何を見せるのか聞きたかったのだが、その背中が黙ってついて来い、と語りかけていたのでややむず痒い移動時間を過ごす羽目となる。

 

 そうやって格納庫に到着し、まず目に入ったのは大破したXFA-27である。まったく目が痛い。Su-47の時にもあんな光景を見た。ああ、もちろんいい気分ではない。サイファーだったら寝込んでる。

 

「XFA-27だけど」

 

 そんなスザクを察したのか、やまとが歩きながら口を開いた。ある意味助かった。それがスザクの本音である。

 

「メーカー側が十分なデータ取れたから返却を希望していたんですって。この戦闘でどの道XFA-27とおさらばのはずだったのよ。最後にキニゴスとの戦闘データが取れたことで開発陣は大喜びだったそうよ」

「そう言っていただけると助かる。で、俺たちは今どこに向かってるんだ?」

「あそこ」

 

 やまとが指差す先には、格納庫の一部を仕切っていた大きなカーテンが下ろされ、中が見えないようになっていた。今日任務に出るときはまだあんなものは無かったのだが。

 疑問に思いながらそのカーテンの前にたどり着くと、やまとが振り向いて真剣な眼差しでスザクの瞳を捉えた。なんだかちょっと大人っぽくなったか?

 

「待たせたわね。人の手を借りることになったけど、あなたに作った借りを返すわ。開けて!」

 

 カーテンが切り離されて、その先にある物が姿を現す。目に付いたのは真っ黒なボディ。ノーズに描かれた悪魔の妹。後ろに伸びるはずの主翼は前を向き、普通の戦闘機とは全く違うと言うことは誰が見ても間違いなかった。

 いや、そんな事考えなくてもスザクはその機体がなんなのか一番よく知っていた。見間違うはずの無い、あの時バラバラになった漆黒のオオワシ。

 

「正直本当に形になるとは思わなかったわ。主任や色々な人の助けを借りてようやく形にできた。あなたの、あなたの為だけに再設計して生まれ変わったSu-47の姿よ」

 

 再び主の前に姿を現したオオワシ。その漆黒と紅の翼は、静かに自分の主を見降ろしていた。

 


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