ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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この話を書いて分かったのは、艦船知識がほぼ無い人間が艦隊戦を書くと死にかけると言うことでした


Mission22 -水面下の暗殺者-

 

 

「サイファー貴様ゴルァアアア!!!」

「ぽぴぃいいいいい!!」

 

 今日のポピー。

 

 円卓から無事に帰って来たサイファーを待っていたのはにとりのエクスカリバーである長年愛用のスパナによって繰り出された脳天頭蓋骨破壊拳(なお拳は使わない模様)であった。ヘルメットを脱いで一息つき、様子を見に行こうとした矢先に叩き込まれた一撃であった。

 

「いっでぇな、なんだよ!? カナード翼に穴を開けたのはさっき許してくれたじゃないか!」

「何だよもくそもない! あんた相当無茶な機動したね! ワイバーンの主翼付け根部分が粉砕寸前だったんだよ!」

「ああ? 俺は別にGリミッターを解除した覚えもないし、そんな無茶な事をした記憶は……」

 

 サイファーはそんなに激しい動きをしたかと記憶をめぐる。そしていくつかドッグファイトでやった機動を模索して、そして一個思い出した。

 

「あ……音速ギリギリで主翼を無理矢理展開したわ。2、3回くらい」

「こんのタコス!!」

 

 第二撃。今度は砲丸投げ選手のスカウトが間違いなく来るであろう美しい体の捻りを使った投球フォームにより、凶器(いつもの事)と化したスパナがサイファーの顔面めがけ突っ込んでくる。今度はよける隙があった。何とか顔を反らしてその一撃を回避し、第二撃は回避したかのように見えた。

 が、そのかわした顔面に向けてにとりの左ストレートが見事にダイブし、スーパースロー映像で見ると面白いくらいに、にとりの拳の形に合わせて凹む顔面を晒しながら、サイファーは4メートルほど吹き飛んだ。

 

「おま……本当に怪我人かよ……」

「こちらとて命かけて整備士やってんだから、そんなの関係ないっての」

 

 とは言いつつも、にとりは殴った手をひらひらと振って冷却作業を行っていた。結構痛かったようである。なら殴らなければいいのにと思うが、長い付き合いだから特に追求もしない。

 

「まったく……普通の機体なら最悪お払い箱レベルだよ」

「と、いうことは修理自体は可能なんだな」

「まぁね。X-02のコンセプトはパーツの数を減らし、なお且つ機体の強度は落とさないでの低コスト化を行って、二機の予算で三機を生産すると言う物なんだ。機体は主要区画を除いてはブロック形状で部品の交換は容易で、極端に言えば右翼が破損したら右翼丸ごと新品と交換すればいい。その間に破損した方を修理すれば予備パーツが再び完成、ってわけさ」

 

 にとりはボードに代わって新しく導入したタブレット端末を触り、X-02の設計図を表示して何箇所かタッチすると、サイファーに見えやすいように画面を向けた。

 

「はい、これが破損してる場所と予想個所。主翼の付け根と可変翼の稼働用モーター部分が死にかけてる。もしあと一回無理矢理主翼を広げるようなことしたら可変翼機能の死滅、或いは根元から翼が折れてたかもしれないんだよ」

「あー……うん、俺が悪かった」

「ったく……今日一日飛行停止。ま、修理が容易なだけありがたいと思っておいてよね」

「うっす」

「取りあえず機体を整備エリアに移動して、分解して状態の確認を……」

 

 と、にとりがワイバーンに向き直ろうとした時。突如として格納庫のエレベーターエリアから見える海から水柱が上がり、空母が大きく揺れてバランスが崩れそうになる。たまらずにとりが受け身を取ることが出来ず、背中から倒れそうになるのをどうにかして腕を引っ張って引きとめた。

 

 それと同時に艦内に緊急警報が鳴り響く。乗組員が大慌てで走り回り、一体何が起きたのかとパニック寸前に陥る。にとりはまずいと思い、インカムを手にとって叫んだ。

 

「全員落ち着け! 各員情報があるまでむやみな行動はするな! 敵襲の可能性を考えて搭載機の固定作業を、武器弾薬の確認急げ!」

 

 一喝とはこのことだろう。いまにも混乱に陥りそうだった格納庫内は一旦の静寂を取り戻し、そして各部署の動きが少しずつ円滑さを取り戻している。

 

「さすがだな」

「これくらいやらないとこの先なんて生き残れないよ」

「それもそうだな。しかし今のは一体……」

「分からない。けど、ヤバい事が起きるかもしれない。サイファー、ブリッジならもっと状況が見えて来ると思うからそっちをお勧めするよ」

「わかった、ここは頼んだぞ」

 

 サイファーは大急ぎで階段を駆け上がり、ブリッジへと向かう。もし敵の攻撃だとしたら急いで出撃するべきなのだが、それ以降の動きが無い。ということは事故か何かだろうか? いや、それなら尚更何かアナウンスが入るはずだ。だが、それが無いと言うことは、やはり何かあったのだろうか?

 

 不安を抱きながらも、とにかく話を聞きに行かないと何も始まらないと、サイファーは途中海里と合流してブリッジへと急いだ。

 

 

 

 

 空母ヴァレーのブリッジは情報の処理で忙殺されかけて、それだけで艦の機能が麻痺するかと思ったが、こなたが上手い事さばいてくれたおかげで大きな混乱は起きずに済んでいた。しかし、それに伴っていやな情報も発覚し、艦長芹川凪乃は久々に『くそったれ』と言ってやりたくなった。

 

「最後に居た位置からの音響解析、完了しました。停止しては居ましたがまだ回転を続けるスクリュー音探知。間違いなく、我々の艦隊近くに敵の潜水艦が居ます」

「やはりか……さしずめ今のは『お前たちの事はいつでも殺せる』、と言った所だろうか。さっきの攻撃からして敵はどこに潜んでる?」

「恐らく、四時方向です。しかしそれからの動きがありません。しかもこの辺りの海流の動きが複雑なので、流れに身を任せて移動を図っている可能性があります」

「アカツキ、イカヅチ、イナヅマから報告はあるか?」

「爆雷投下準備、及び魚雷発射準備完了とのことですが、位置が掴めません。パッシブソナーにも反応なしです」

 

 凪乃は顎に手を当ててしばらく考える。情報にあったベルカ演習艦隊のうち、一隻の潜水艦がこちらに来たと言うことなのだろう。最新鋭の艦船を持ってしても、動かなければただの岩同然である。凪乃は、苦戦を強いられるだろうと察した。

 

「艦長、今の揺れは何だ!?」

 

 と、その頃になってサイファーが艦橋に乗り込んできてわずかに遅れて海里も現れる。まぁ、来るだろうなと思っていたから特に驚きもせず、冷静に対応する。

 

「敵潜水艦からの攻撃だ。今のは威嚇だろう」

「潜水艦……位置はつかめてるのか?」

「いや、最後のスクリュー音を残して消えた。現在捜索中だ」

 

 サイファーは厄介な奴が現れたと思う一方で、凪乃がここまで冷静だと言うことにも驚いた。白いひげを蓄えて、どっぷりとふくよかな腹を抱えた歳のいった、いかにもと言うベテランならそれも頷ける。しかし、凪乃はどう見てもサイファー達と大差のない年齢だと言うのに、この落ち着きよう。一体何が彼をそうさせたのか一瞬興味が湧くが、そこは一旦置いておく。

 

「俺たちは出撃準備をした方がいいか?」

「いや、止めておいた方がいい。水中に潜られている以上空からはどうする事も出来ない。それに、奴らの目的はこちらの航空戦力の排除だ。君たちガルムのうち一機でも失ったらこちらの戦力は大幅に下がる。それならパイロットだけでも生かしておいた方がましだ。強いて言うなら、君たちには救命胴衣でも着ていつでも逃げれるようにしてもらいたいが、なに」

 

 凪乃は艦長席から立ち上がると、CDCへと向けて歩き出す。

 

「そんな必要、最初からないけどね」

 

 サイファーは、そう言う凪乃の横顔を見て背筋が凍るような気持ちになった。なんだこいつは、いつもは特に何も考えていないような表情をして、肩の階級章が無ければ一体何しにこの空母に乗っているのかと問いたくなると言うのに、さっきの表情はまるで狩りを楽しむハンターの様な顔だった。それも、怪我をして動けなくなった獲物をジワリジワリとなぶり殺していくような人間の、狂気じみた顔だった。

 

 そんなサイファーを気に留める事もなく、凪乃はCDCへ続く階段を下りて、大急ぎで対潜水艦戦闘に備えようと走り回るクルーの脇をすり抜けながら、CDCに到着する。数人の士官が、凪乃に気がついて敬礼をした。

 

「状況は」

「以前反応ありません。駆逐艦組も随時捜索してますが、完全に見失いました」

「そうか。捜索は続行だ。この近海の海底地図はあるか?」

「お待ちください……出ました、半径十キロ圏内の地図です。十三年前の調査時の地図ですが、地殻変動も起きていないのでほぼそのままです」

 

 中央のモニターに、空母を中心にした地図が表示される。最大深度はざっと一キロ前後と言ったところだろう。この辺りは浅い所と深い所で差が激しい地形で、水深が数十メートルかと思いきや突如数百メートル規模の絶壁が現れ、水深が一気に深くなったりと複雑な場所である。今ヴァレーが居る場所は水深七百メートルだが、わずか三キロ先の水深は十三メートルである。

 

「潜水艦である以上、深いところしか潜れない。進路そのまま、浅瀬に入って様子を見る」

「了解しました。進路そのまま、ヨーソロー」

 

 ヴァレーは一旦減速していたが、落ち着きを取り戻して航行速度まで再加速し、目の前の浅瀬へと向かう。そこまで行けば取りあえずやり過ごすことが出来るだろう。

 

 誰もがそう思った。しかし、その直後その考えは甘い物だったと全員が実感することになる。

 

「イナヅマより入電! 前方の海中に金属反応複数確認、人工物です」

「全艦機関停止、逆回転全力運転!!」

 

 スクリューが一旦停止し、直後に逆回転。外からしてみればそんなに激しく動いているようには見えないが、艦内からして見ればそれは大パニックで、売店の商品は散らばり、食堂の鍋の中身がひっくり返り、兵士たちの自室の家具やフィギュアが吹っ飛んだ。

 

 その代わり、ヴァレーは艦首に例の金属物が接触する寸前で一旦停止し、後退がどうにか間に合った。CDC内部に、思わず安堵の息が漏れるが、凪乃が一声かけてそれを止める。

 

「まだ安心するのは早いぞ。恐らく敵の罠だ。前方の金属物の正体は恐らく機雷だ」

「ええ……はい、結果出ました。確かに機雷です。恐らく敵潜水艦が先回りして張り巡らせたのかと……」

「範囲は?」

「この先の浅瀬を塞ぐように、びっしりと張り巡らせています」

 

 罠にはまったか。凪乃は腕を組んで難しい顔になる。後ろには潜水艦、前には機雷。迂回しようとしたら恐らく攻撃してくる。だが、こんな状況ならさっさと魚雷を撃ってしまえば済む話だ。しかし、相手がそれををして来ないのはどう言うことか。少しばかり予想はついた。

 

「この艦の重要性に気がついたか」

「……それってつまり?」

「ああ。この艦が世界の大手企業のテストヘッドだと言う事が相手に知れていると言うことだ」

「ビンゴだよん」

 

 と、緊張感包まれるCDCだと言うのに間の抜けた声がして一瞬何事かと慣れてないオペレーター数人が後ろを見るが、それがこなただと知って納得の表情でモニターとのにらめっこを再開する。

 

「こなたか。ここに来たと言う事は、何か掴んできたな?」

「うん。今相手にしている潜水艦についての調べが出たよ。あの潜水艦は以前ベルカから出港した演習艦隊の内の一隻。私たちを沈めるために極秘で送りこまれてるから帰頭するまでの一切の通信は遮断している。どうやってこっちの情報が漏れたかまでは分からないけど、こちらの価値についてよく知っているからまず手を出さないつもりなんだろうね」

 

 ちょっと失礼、とこなたは近場に居た兵士のキーボードに手を伸ばして数回ほど打ち込むと、再びこの海域の地図をモニターに表示した。

 

「ふーむ、こりゃ厄介だね。恐らく相手はあわよくばこちらの投降を狙ってるだろうし。こんな便利な船とっ捕まえて本国に持ち帰り、企業側を脅したらベルカ内の産業は一気にウハウハ物だもん」

「僕が敵ならそうするな。例の増援艦隊との合流までは?」

「あと一時間ほどです」

「ラッキースターの位置は?」

「現在空中給油を終えてこちらに向かって飛行中です。到着は二十分後」

「…………こなた、たしかラッキースターのE-2Dには試験的にソノブイを搭載していたな?」

「そだね。そう言うなら使うんでしょ?」

「使える物は使うのが僕の主義でね」

 

 凪乃は再びモニター中央にマップを表示させると、頭の中でこの先の展開を組み立てていく。敵は無言の投降指示を出しているだろう。それには一体どうやって答えるのか。どちらにせよ、凪乃の答えは一つだった。

 

「ラッキースターを呼び出してくれ。それと如月夏芽をCDCに呼び出しだ。艦隊に指示、輪形陣を維持して全艦この海域を周回する」

「了解しました」

 

 

 

 

 戦闘機と比べれば、やはりプロペラ機であるE-2Dは倍近く遅いので戻るのにも倍近くかかる。おかげで帰りは暇その物で、特に戦闘と関係ない空域を飛ぶ際はネットサーフィンをしてもいいだろうと思うくらいに退屈だった。

 

 そう思っていたゆたかは、外に見えるほぼ景色の変わらない海を眺めていて、突然の呼び出しが入ったことに驚き、わたわたとはずしていたヘッドセットを取り落しそうになってどうにか応答した。

 

「はい、こちらラッキースターです」

『ラッキースター、こちらヴァレー艦長の芹川だ。現在本艦は敵潜水艦の攻撃を受けている。戦闘は膠着状態。相手はこちらの投降を狙っている模様だ。そこで君たちに協力してほしい』

 

 機内がざわつくのをゆたかは感じた。敵潜水艦? そんなのは始めてだ。それにゆたかにしてみれば対潜水艦戦闘なんて雪山のヴァレーでは縁もゆかりもなかったからどう対応しようか正直困惑した。

 

『たしか貴機には後に試験運用の予定だったソノブイが搭載されている。数はこちらのチェックでは二つだが間違いはないか?』

「こちらラッキースター副機長、岩崎です。離陸前搭載チェックで主翼に二発搭載しています」

『よろしい。これより対潜水艦戦闘を行う。そちらのソノブイが大きなカギとなる。後に提案する作戦指示に従って行動してくれ。まずこちらで作戦を組み立てる。それまでその場で待機飛行をしてくれ』

「ラッキースター了解しました」

 

 それと同時にE-2Dが左に大きく旋回する。機体が傾いたことによって窓から太陽の光が差し込み、ゆたかの目が思わず眩む。一体どうしたらいいか一瞬考えて、ゆたかは対潜水艦戦闘のマニュアルを取り出して、今できることをするべきだと頭に叩き込む。大丈夫だ、みなみだっている。このE-2Dクルーだって経験を積んだ精鋭たちだ。何とかなる。

 

 一方で広がりそうな不安感をどうにか抑えつつゆたかはマニュアルを読み漁る。少しばかり震えている自分の手については、極力見ないことにした。

 

 

 

 

「もぉ~、何よ人がせっかく寝てる時に」

 

 CDCに夏芽が到着したのは、呼び出しから十五分後のことだった。髪の毛はぼさぼさで、申し訳程度のスーツを着ているが、いかんせんぐちゃぐちゃに放置したのが丸わかりなほどしわしわな状態で、だれがどう見てもだらしない生活を送っていることが一目でわかった。それでも、半裸で出てこられるよりかはましだが。

 

「すまないな、お休み中のところを。聞いての通り緊急事態だ。君の手を借りたいんでね」

「給料上乗せするわよ」

「ああもちろん。僕のポケットマネーからでも構わないよ」

「ちっ、で? あれから動きはあるのかしら?」

「ないね。向こうもこっちの出方を伺っているんだろう。それで今はラッキースターのソノブイを使った戦法を考案中だが、君ならどう思う?」

「そうねぇ……」

 

 夏芽は手渡された地形や状況が記された書類をぱらぱらと流し読みして、鼻で息を吐いた。はて、これは本当に見ているのかそれとも見ていないのかに妙なところではある。

 

「ソノブイが二つ、ねぇ。相手が止まってる以上見つけられるのかしら」

「あくまで足止めだ。時間を稼げれば増援艦隊が来る。その中には対潜水艦戦闘特化の駆逐艦もいる」

「ナスターシャ少佐も結構なもの寄越してくれたわね」

「それだけあの人が敏腕だということだ。それで、君はこの作戦に同意かい?」

「いいとは思うけどたぶんそれまでに損害を食うと思うわ。この先機雷原を潰せればいいんだけど」

「こちらの位置が正確にばれてしまうからあまり使いたくはないが、まぁやむを得ないか。ならこっちでどうだ?」

 

 と、凪乃はもう一枚手書きで書いたメモを夏芽に見せて、それを読み終えた彼女は思わずため息をついて頭を抱えた。

 

「あんた……映画の見すぎじゃないの?」

「ロマンあって実用的だと思うが?」

「……船がひっくり返るわよ。ま、沈められるまたはぶんどられるよりかはましか」

「そういうことだ。僕はここで指揮を執る。君はブリッジにて頼めるかな?」

「いや私はただの整備顧問なんだけど」

「人手が足りないんでね。ついでに女性がいてやるとみんなハッスルすると思うが」

「…………ったく、覚えてなさいよ」

 

 すまないな、と凪乃はCDCから出ていく夏芽の背中に語りかける。その背中はけだるそうにはしていたものの、やってやると語っている背中だったから一安心する。彼女ならうまくやってくれるに違いない。

 

「ブリッジの準備が完了次第、我々は本格的な対潜水艦戦闘を開始する! しばらくの間は持久戦だ、諸君の力を見せてくれ!」

 

 一気にCDCが慌ただしくなる。凪乃は通信士に近寄り、受話器をひったくると随伴艦への指示を出す。

 

「ISAF特務艦隊全艦へ告ぐ! こちらヴァレー、これよりわが艦隊は対

潜水艦戦闘を開始する。イナヅマは後退、ヴァレーの後部に付け。その他各艦も私の指示通りに航行せよ」

 

 待機していたミサイル駆逐艦イナヅマがスクリューを逆回転させて後退を開始する。事実上先頭はヴァレーになった。ここからいったい何が始まるというのか。

 

「コンゴウ、ハルナに通達。前方の機雷群に向けてアスロックを発射し、本艦の進路を開ける手はずを整えさせろ。ラッキースターが帰ってきたら勝負に出るぞ」

「イナヅマ、本艦の後方まで後退完了しました!」

「了解、アカツキ、イカヅチ、イナヅマに通達。対潜魚雷発射用意。ソノブイでの位置特定が可能になり次第発射。敵を叩き潰すぞ。続けて艦内に通達。艦載機および装備品の固定を急げ。相当に揺れるぞ」

 

 マイクのスイッチを入れて、艦内につながっているスピーカー全てにスイッチが入りに一瞬ノイズが走ると緊迫した声が艦内に響き渡る。

 

『全乗組員に告ぐ! これより本艦は戦闘に入る。艦載機、装備品、武器弾薬の固定を怠るな! 繰り返す、これより本艦は戦闘に入る。艦載機、沿い備品、武器弾薬の固定を怠るな!』

 

 格納庫内の整備兵が大慌てで走り回る。帰ってきたばかりのサイファーたちの機体が大急ぎでワイヤーを張り巡らせて機体を固定する。食堂や売店では食材がひっくり返らないようにとネットを張り巡らせたりと、大慌てで走り回る。

 

 サイファーたちは何をしたらいいのか完全に蚊帳の外で、とりあえず部屋に引っこんでおけと言われた。どないせーいうねん。

 

 そのころになって、夏芽もブリッジに到着し、数人の乗組員から敬礼を受けてそれを返す。

 

「艦長命令よ。これより操艦は私がする。艦長の声を絶対に聞き逃さないで」

「了解です。ついていきますよ姉御さん」

「いい度胸ね。それくらい言える男が最近少ないから頼もしいわ」

 

 舵を握っていた操舵主から舵を受け取ると、夏芽はポケットに入っていた髪留めを取り出してセミロングの自分の髪の毛を後ろで束ねる。

 

『こちらCDC、芹川だ。ラッキースターが作戦空域に到着した。これより作戦を開始する。ジャミング展開、レーダーロックミサイルを一切合財封じ込めろ』

 

 上空に到着したラッキースターは、一度ヴァレー上空を旋回するとジャミングを展開し、レーダーロックミサイルの脅威を排除する。続けてヒビキが最後に敵潜水艦を察知したエリアに向けて飛行する。機内ではゆたかがソノブイ投下準備を整え、ソナーの扱い方をソナー担当から教わる。今回は指揮兼ソナー担当の補佐をやる手はずだ。

 

 そしてコックピットでは岩崎みなみが窓の外から見える海面に向けて目を光らせていた。その眼光はまさに鷹の目(ホークアイ)そのものである。

 反対側を見ていた機長がみなみに声をかける。

 

「岩崎、やれるか?」

「問題ありません。万が一攻撃されてもすべて回避して見せます」

「無理だって言ってやりたいんだが、熱源ミサイルならお前本当に避けきれるもんな」

「無論です。間もなく目標ポイント、ソノブイ投下準備します」

「了解、カウントダウンで投下してくれ。カウント10秒前」

 

 右翼に搭載しているソノブイの安全装置が解除される。マルチディスプレイに目標投下地点が表示され、機長は機体を水平に保ちながら投下の瞬間に備える。

 

「3……2……1……、投下!」

 

 ゴウン、と音を立てて、ソノブイが投下される。その際期待がわずかに揺れるがすぐさまエルロントリムで傾きを微調整する。投下されたソノブイからパラシュートが展開し、ゆっくりと海面に向けて落下。着水し、その衝撃で電源が入る。

 

「投下完了しました。続いてのポイントへと向かいます」

「了解だ。ここからはお前に任せる。やってみな。You have control.」

「了解。I have control.」

 

 みなみが操縦桿を握り、右旋回。続いてのポイントへと向かう。レーダー室ではソノブイの音響データが送信され、ゆたかがそれを解析する。今現在では対象の発見には至ってないが、随時情報はISAF全艦隊へと送信される。

 

「こちらラッキースター、ソノブイの一つ目を投下しました。各艦で確認を行ってください。次のエリアへ向かいます」

 

 ソナー音がスピーカーを包み込み、ゆたかはソナー士とともに微妙な音の変化を探る。

 

 そのデータはヴァレーのCDCにも送られ、同じくソナー士が敵潜水艦の情報をじっくり探る。

 

「艦長、データこちらに来てますが今のところ感知ありません」

「だろうな。二つ目を投下したらそちらに一番神経を使え。おそらくすぐ近くにいる。機関はいつでも全力運転できるようにしておけ。夏芽、聞こえるか?」

『あいあい』

「位置が掴めたらこちらの合図で機関全開だ。あとは手筈通りに頼む。回避は任せた」

『仕事してくれ艦長』

「これも立派な仕事なもので」

『ペッ』

「減給二か月な」

『くそったれ覚えてろ』

 

 ふむふむ、いい返事だ。凪乃はなかなか憎たらしい笑みを浮かべ、ラッキースターがソノブイ二つ目を投下したという報告を受ける。そして、二つ目の投下から約十三分後のことだった。

 

「ソナーに反応あり! 敵潜水艦捕捉、本艦の七時方向、距離10キロ! それとほぼ同時に敵からモールス信号です」

「やはり後ろに居たか。信号解読」

「はい、読みます。『全艦隊に告ぐ。武装解除し、ベルカ領まで投降せよ』だそうです」

「返答。『馬鹿め』だ」

「……はい?」

 

 ソナー士は一瞬何を言われたのかが理解できずに、思わず凪乃に振り返った。凪乃は目線を一切そらさずに、中央モニターを見ながらもう一度、まるで勝利を確信したかのように言い放った。

 

「もう一度言う。『馬鹿め』だ」

 

 ソナー士は自分の耳が間違っていなかったことを再確認して、そしてこの男は勝つ気しかないのだと悟る。何と言う自信だ。歳だって自分と大差ないのに、この肝はどこから来るのだろうか。

 

 だが、逆に面白いとも思った。この男の行く先に一体何があるのか見てみたい。その興味と好奇心を持ち合わせながら、彼はモールス信号を送った。

 

―バカメ―

 

「打診しました」

「よし。全艦に告ぐ! 戦闘開始だ、敵を叩き潰すぞ。夏芽、思いっきり行け! 各艦対潜警戒を厳にしろ!」

『了解、対潜警戒厳! 配置に着きます、対潜戦闘用意! 両舷全速、機関最大、全員ヴァレーに続け!』

「敵潜水艦への攻撃は第六駆逐隊に任せる。イナヅマを呼び出せるか」

「はい、繋がってます。渡辺艦長につなぎます」

「こちらヴァレー艦長、芹川だ。渡辺艦長聞こえるか」

『感度良好です。潜水艦は任せてください』

「頼もしい限りだ。こちらも全力運転に入る。しっかり着いて来てくれ」

『了解』

 

 駆逐艦イナヅマ、艦長渡辺小春はやれやれとため息を吐く。こんな無茶な作戦は、彼女だって初めてだ。だが、やらなければどうにもならないから、艦内無線を手に取る。

 

「聞いた通りだよ。みんなよろしくね。各員対潜戦闘用!」

 

 その一言で駆逐艦イナズマの艦橋、CIC、ソナー室、火器管制室が一気に慌ただしくなる。

 

「対潜戦闘用! FAJ、対潜ジャマー用! 続けてMOD自走式魚雷デコイ展開急げ!」

「MOD、ハッチ開放……展開完了!」

「短魚雷発射管配置に着きました」

「対潜戦闘用意よし!」

「アクティブ捜索始め!」

「アクティブ捜索始め!」

 

 ソナーが速敵を開始。その意向がソナー室に通達され、準備を整えていく。攻撃指揮官が口を開く。

 

「艦長、即時待機に入ります。航空機即時待機、準備でき次第発艦」

「航空機即時待機、準備でき次第発艦!」

 

 航空機待機室にて待機していた対潜ヘリコプターSH-60Kの搭乗員が一斉に立ち上がり、艦内を全速力で駆け抜けて船尾格納庫へと飛び込み、機体へと乗り込んでいく。イナヅマの体制が整い、それに次いでイカズチ、アカツキの準備が終わった。

 

「随伴艦、準備整いました」

「よろしい。これより戦闘を開始する!!」

 

 ヴァレーCDCが一斉に慌ただしくなり、それと同時にスクリューが回転を始め、ヴァレーが進み始める。それに合わせて護衛艦たちも同じく続き、コンゴウとハルナがアスロックの発射口を開く。

 

「撃ち方始め!」

 

 コンゴウ、ハルナの艦長の指令の元、アスロックミサイルが一斉に撃ちあがる。垂直に一気に駆け上がったミサイルは、一度は雲をも突き抜けるが、反転して一気にヴァレーの進路上に向けて降下する。弾着まで三十秒。

 

「総員、衝撃に備えろ!」

 

 凪乃がマイクに向かって叫ぶ。それを聞いたCDCの戦闘員は一斉に身構え、格納庫に居たにとり、やまと率いる整備兵たちは装備が落ちないようにロープを引っ張り、食堂のコックは食器棚のロックを確認し、さとりは相変わらず紅茶を飲み、サイファー達はライフジャケットを着てベッドにしがみつく。

 

 ニミッツ級航空母艦の蒸気タービンが唸り、四基のスクリューが全力疾走で海中をかき回して排水量8万トンの巨体を押し出す。10ノット、15ノットと加速し、目の前の機雷群、そしてその先の浅瀬めがけて突っ込む。

 

「アスロック、来ます!」

 

 アスロックミサイルがヴァレーの数百メートル先に弾着し、機雷の一つが爆発する。その爆発、そしてアスロックの爆発で更に機雷が誘爆していく。

 

 盛大な水しぶきが巻き上がり、海が大きく荒れてその中をヴァレーが突き進む。コンクリートのように硬い波が船体を叩き、艦内が大きく揺れる。

 

「艦長、無茶ですよ!」

「構わん突っ込め! ニミッツ級の名は伊達じゃないと言う事を教えてやる。デコイを出せ!」

 

 ヴァレー後方から、AN/SLQ-36ニクシー曳航式デコイが二つ放出される。魚雷対策の囮だ。

 

「ラッキースターからのデータリンク情報、及びイナヅマソナー室からです、敵潜水艦動きだしました! 速力7ノット、加えて魚雷発射口注水音!」

「イナヅマ、イカヅチ、アカツキ、一斉攻撃! 海中をかき回せ!」

 

 凪乃の指示にイナズマの対潜担当が緊張を持ち合わせながら己の仕事を全うして行く。

 

「了解、対潜戦闘魚雷攻撃始め!」

「短魚雷、一番管、二番管発射始めよし!」

「装填……完了。撃てーー!!」

 

 ラッキースターのデータリンクが指定した目標に向けて対潜魚雷が発射される。と、海中からミサイルが打ち上げられた。

 

「対空ミサイルです! ラッキースターを狙ってます!」

 

 上空を旋回していたラッキースターコックピット内部にけたたましい警報ががなりたてる。ジャミングを展開しているからレーダーロックではなく熱源だ。みなみはフレアを散布し、操縦桿を右に倒しつつ、左ラダーペダルを踏み込む。機体が大きく傾いて急減速。次に左に急旋回。E-2Dの翼からベイパーが巻き上がるほどの急角度で旋回し、ミサイルを回避した。

 

 なお、小早川ゆたか、この間に機内で嘔吐。エチケット袋により電子機器の大損害を回避することに成功したが、その後本人の熱い希望によりみなみには言わないでくれと強い要望が出ることになる。

 

「っつ、相変わらず過激な操縦だな」

「お褒めに預かり光栄です」

「機体が折れちまいそうだから勘弁してくれ―――」

 

 と言いかけて、またも急旋回して舌を噛みそうになる。まったく電子戦機でミサイルを回避する奴なんてこの世に何人いるのだろうか。

 

 三発目のミサイルをかわしたところでアラートが鳴りやんだ。旋回して海上を見てみれば、駆逐艦たちの魚雷による集中砲火が見えた。正確な位置を掴んでくれたようで、おかげで少し楽になる。だが、イナヅマは手を休めることはしない。

 

「渡辺艦長、航空機即時待機完成しました」

「よし。準備出来次第発艦」

『航空機、発艦します!』

「航空機発艦。敵潜水艦付近上空へ向かいます」

「こちら対潜戦担当、先程の魚雷攻撃は評価不明。再攻撃の必要あり!」

「こちら攻撃指揮官、了解。艦長、VLAアスロック攻撃行います」

「はい、行え」

「VLA攻撃始め!」

 

 艦首に搭載されたVLA発射口が開き、直後対潜ミサイルが超高速で上空へと打ち出される。目指すは息を潜めている敵潜水艦。イカヅチ、アカツキも続けて発射する。

 

「VLA飛翔中……発射終わり」

「発射終わり。弾着確認!」

「攻撃効果の確認を行え」

 

 しばしの間、発艦したヘリからの連絡を待つ。加えてラッキースターも遠めながらに敵潜水艦にVLAが着弾したかを確認する。そして、三その泡が巻き上がり、金属片が浮かび上がった。

 

「渡辺艦長、弾着地点に浮遊物。対象沈黙しました!」

 

 ヴァレーCDC内部も潜水艦の動きが止まった事を察知して、次の段階に入る。機関は引き続き全開。まだ荒れる海を突き進む。

 

「敵潜水艦、沈黙! 攻撃ありません!」

「轟沈の確認は?」

「いえ、してません。ですが機関、及び魚雷発射艦注水音ありません。轟沈したと考えた方が?」

「…………いや」

 

 この程度で終わる訳なんてない。凪乃はまだ何かある事を感じていた。いや、この程度で終わると考える方が正直指揮系統者として失格である。少なくとも凪乃はそう思う。事実、まだ敵は手を持っていた。

 

「ぎょ、魚雷接近! 三時方向と九時方向からです、弾着まで二十七秒!」

「バカな、二方向からだと!?」

「うろたえるな! デコイを使え!」

 

 デコイから妨害電波が放出され、魚雷の進路がわずかに曲がり、直後七秒後に両方のデコイに命中し、大きな水柱が上がった。

 

「ラッキースターに状況を聞け」

「了解しました。ラッキースター、敵潜水艦は!?」

『反応ありません。浸水による沈没か、機関停止だと思われます』

「さっきの魚雷はどこから?」

『ちょうど真横からです、しかし潜水艦の反応はありません!』

 

 凪乃は顎に手を当てて小さく鼻を鳴らす。自分の知っている現代の軍艦及びその兵装を片端から巡っていく。そして思い当たる節がなければ、次は歴史をも廻り始める。五年、十年、二十年、半世紀前と歴史を遡り、そして一つの答えに行き着いた。

 

「…………甲標的か」

「甲標的って……半世紀以上前の世界大戦で一部艦艇が使用していたの魚雷搭載型の潜水艇ですか!?」

「ああ。大昔でもこうして随分と我々を苦しめに来ている。どんなに古かろうが新しかろうが、有効なら使う。それも立派な戦術だ」

 

 つまり、こういうことである。ベルカは潜水艦を用意していた。ただし、複数の潜水艇を腹に抱え、この場所までやって来て潜伏していたのだ。ヴァレーの接近に伴い、甲標的を分離、展開させて包囲網を作ったのだ。

 

「甲標的ならサイズも小さいし、音を立てなければ普通の潜水艦以上に見つかりにくい。まったくやってくれる」

「どうしますか、一旦停止した方が……」

「止まる必要などない。全力疾走、進路そのままだ。夏芽、分かってるな」

『止まれって言われてももう止まらないわよ!』

「結構だ」

 

 ヴァレーはコンゴウとハルナによって切り開かれた機雷群を進み続ける。あと十分前後でこのエリアから突破し、次には暗礁地帯が待ち受けている。そこに乗り上げれば、ヴァレーは身動きが取れなくなり、ただの的にされてしまう。だが、考えないわけないのがこの男である。

 

「……あと八分だ」

「はい?」

「あと八分で蹴りをつける。デコイ再投下、あと何個ある?」

「少々物資が不足して、残り二つです」

「構わん、出せ」

 

 攻撃はいったん鳴りを潜め、機雷の爆発で大暴れしていた海も落ち着きを取り戻し始めている。だがこれは敵の潜水艦群が魚雷の装填をし、ヴァレーが暗礁地帯に接触するまでを待ち受けている。接触寸前で魚雷を発射し、逃げ場をなくすのだ。しかし、今のヴァレーは自ら逃げ場を潰しているようなものである。一体そんなことをする必要がどこにあるというのか?

 

「駆逐艦イナヅマより入電! 敵潜水艦の装甲が破壊される音を確認、轟沈を確認したとのことです!」

 

 CDC内部が湧き上がる。これで一番の脅威は排除できた。あとは厄介な小型潜水艇だけである。誰もがそう思った。

 

「なっ……そんな馬鹿な!?」

 

 暗礁地帯まで七分、凪乃の宣言した時間まで五分の地点。ソナー士が叫び声をあげてCDCが凍りついた。

 

「後方より魚雷接近、数三です!」

 

 三発の魚雷が、突如として後方から現れたのだ。そんなはずはない、敵潜水艦は轟沈したのだ。潜水艇だっていなかったはずだ。いったいどこから発射された? 誰もが頭の中をそれで満たされ、一瞬冷静な判断ができなくなる。その一瞬でこの空母の命運は分けられる。そう、普通なら轟沈である。

 

 しかし、凪乃はそれを見越していた。だからその一瞬を補う切り札がブリッジにて舵を握っているのである。

 

 ブリッジ内部、如月夏芽は魚雷接近の警報を聞き、芹川凪乃の予測能力に恐ろしさを感じつつも脱帽する。この男はまるでこの先起こることすべてを予測しているようで怖い。敵にするのが本当に恐ろしい。だが、おかげで自分は動くことができる。

 

「夏芽さん、魚雷が接近しています!」

「左アンカー投下! 着底固定したら全員衝撃に備えろ!」

 

 看守左舷アンカーが投下され、盛り上がりつつある岩礁に向かって沈下していく。その間に魚雷はさらに距離を詰め、弾着まで残り二分を切っていた。そこへさらに追い打ちをかけるような知らせがブリッジに飛び込んできた。

 

「ぜ、前方より未確認の魚雷が接近中! 数は二です!」

「さらに左右からも潜水艇による魚雷攻撃を確認、接近してきます!」

 

 前後左右は魚雷、下は岩礁が迫りつつあり、唯一の脱出経路は空という船になんてものを求めているんだと叫びたくなるようなこの状況。打開策なんてあるわけがない。誰もがそう思う。しかし、如月夏芽はその状況下において一番の実力を発揮できる、史上最強のメンタルを持った女であった。

 

 先行していた魚雷が、最後のデコイを叩き潰した。しかし、遅れた最後の一本がヴァレーの機関部に食らいつこうと疾走する。そのとき、アンカーが海底に着底し、そのまま引きずられていく。

 

「アンカー、着底しました!」

「左舷機関逆回転、取り舵いっぱい!」

「なっ!?」

「いいから艦内に叫べ!」

「は、はい!艦内に次ぐ! これより船体が今までにないほどの揺れを起こすため、死んでもしがみ付け!!」

 

 それとほぼ同時に、海底の岩礁の隙間にアンカーが引っ掛かり、ヴァレーーの船体を急停止させる。まるで空から叩き落されたかのような衝撃が襲い、ブリッジが悲鳴の嵐に見舞われる。しかし夏芽は体勢を崩すことなく、舵を思いきり回した。

 

 ここで発足をしておこう。如月海里の双子の妹、如月夏芽。彼女の職業はISAF兵器開発顧問であるが、それ以前に大型艦船の操舵技術が20代最強クラスの技術を持った化け物である。それを知る海軍関係者は、夏芽の事を「海洋の鬼神」と呼んだ。

 

「だぁらっしゃぁあああああ!!」

 

 アンカーに引っ張られたヴァレーは船首が急反転し、まさに海面をドリフト状態で疾走する。全力運転の急旋回だ、艦内はものすごいことになっている。後方で見ていたイナヅマの艦長、渡辺小春は聞いていたとはいえそのあまりにも非現実的すぎる光景に、口をあんぐりと開けて「本当にやっちゃったよ……」と、手に持っていたお茶を床に落としてしまったほどである。それほどにまでヴァレーは船体が大きく傾いた状態にあったのだ。

 

 その凄まじさは部屋でライフジャケットの説明書を読んでいたサイファーと海里、ついでにスザクは壁に押し付けられ、その上から海里が圧し掛かる状態になるほどであった。

 

「す、スザク……」

「な、んだサイファー……」

「俺たち、マジで今回出番が、無い……ってか海里重い!」

「あんたレディに向かってなんてこと言ってんのよ!」

「お前太っただろ……」

「筋肉が増えたのよ!!」

 

 個人の部屋の中でこんな状態なのだ。格納庫に関しては人間と機体と部品と工具とその他もろもろによる、まさに阿鼻叫喚の渦であったと、後に河城にとりは語っている。

 

 急反転により、後方から迫っていた最後の魚雷が反転についていけず大きくそれる。左右から接近していた魚雷も、予測できない進路変更に惑わされて機雷群に突っ込んだ。

 

 そして、前方から接近していたもう一発の魚雷が空母の脇をすり抜ける。そのまま行き場を見失うかのように見えた魚雷。しかし、その先にはまだストーリーが残っていた。

 

 真正面から接近してきた魚雷は、ヴァレーをすり抜けると一気に潜航。突然の来訪者に驚いた魚たちが大慌てで進路を開け、壁のように立ちはだかる水の抵抗を押しのける。その先には沈没したベルカ海軍潜水艦。だが、目標はそれではない。真の目標は長い間岩場に隠れ、ヴァレーを沈めるべく待ち続けていたもう一人の暗殺者である。

 

 刹那、艦隊後方十キロ地点で巨大な水柱が上がる。乗組員は一瞬何が起きたのか理解できず、ただ茫然とモニターを見つめ続けていた。続いて九時、三時方向にも小さな水柱が立ちあがり、やがて海に静寂が戻る。その時になって、凪乃が口を開いた。

 

「状況終了。戦闘態勢解除。艦内の被害状況の確認だ」

「か、艦長……今のはいったい?」

「おかしいと思っていたんだ。一隻の潜水艦でこの数を相手にするなんて、正気じゃないなと思っていた。だからもう一隻を岩と同化させるがの如く待機させ続け、我々を最初に攻撃してきた潜水艦に注意をひきつけ、油断したところで待機していた「もう一隻」の潜水艦で沈めようとしたんだ」

「敵は二隻いた……そういうことですか」

 

 凪乃は何も言わずに頷いた。それとほぼ同じくして、レーダーに反応があったと通達が来る。

 

「レーダーに反応、真正面から艦船が四隻……」

「グッドタイミングだ。ナスターシャ少佐からの援軍艦隊だ。あの艦隊の対潜水艦用駆逐艦にラッキースターのデータリンクを経由してあの一発を叩き込むように頼んでおいた。さすがといったところだな」

 

 ユークトバニア側協力艦隊。ISAFの対潜能力不足のために依頼した艦隊で、ベルカの潜水艦に見事な一撃を叩き込んだ船こそ、ユーク艦隊の旗艦であり、そしてその艦は世界最強レベルの対潜水艦闘能力を手にしたことにより、信頼の名を与えられた対潜水特化型駆逐艦、『ヴェールヌイ』である。

 

『こちらユークトバニア特務駆逐艦隊旗艦、ヴェールヌイ艦長。航空母艦ヴァレー、怪我はないか?』

「こちらヴァレー艦長芹川凪乃。今のところ大きな損傷の報告は無し。素晴らしい援護に感謝します」

『間に合ってよかった。それにしても映画でも見ている気分だったよ。航空母艦であんな動きをするとは』

「一種の賭けでしたよ。あなた方の存在なしでは勝てませんでした。これより艦隊と合流します。暗証地帯を迂回してそちらに向かいますのでしばしお待ちを」

 

 凪乃は通信を終えると、クルーに「あとは頼む」と言い残し、CDCを出ていった。少々無茶ではあったが、十分許容範囲だろう。しかしここまで敵が嗅ぎつけて来るのだけは少々予想外だった。邪魔者は徹底的に排除する、と言うことなのだろう。

 

 この先苦労しそうだなと思いながら、凪乃はこなたの居るらき☆すたに入る。戦闘配備で入店禁止状態ではあるが、凪乃の場合はいつでも入店可である。

 

「こなた、適当に一杯たのむ」

「それはいいんだけど、あんな無茶な動きされたら飲食店としてはたまった物じゃないよ。グラス何個壊れたと思ってるのさ」

「経費で落とすから許してくれ」

「全くぅ……」

 

 やや不満そうな顔を見せながらも、こなたはきっちりとノンアルコールのカクテルを注ぎ込むと、凪乃の前に差し出した。

 

「出来ればアルコールが欲しいんだが」

「味方艦隊来てるんでしょ、これから会うのに飲酒はダメ」

「変な所でしっかりしてるもんだな」

 

 やれやれだと凪乃はカクテルを口に入れる。ひとまずはしばらく休めるだろう。凪乃はいつ来るか分からない次なる戦闘に備えてしばしの仮眠を取ることにした。

 

 

 

 

 ラッキースターが着艦し、全航空隊の帰還が確認されて乗組員たちは取りあえず一安心する事ができ、やや余裕の笑みを浮かべるようになっていた。E-2Dのエンジンが停止し、救助ヘリも着艦体制に入って本日の出撃はすべて終了。やまとはほっと息を吐いた。

 

「やまとちゃん、お疲れ様」

「お疲れ、ゆたか。ミサイルに狙われたって聞いたけど大丈夫だったの?」

「うん! みなみちゃんの操縦すごいんだよ、まるで戦闘機!」

 

 一体どんな機動をしたのだろうかとやまとは興味をそそられたが、次に空中管制機がそんな動きをしたらどうなるか想像してメンテナンスで泣きを見そうになるなと思った。

 

「ま、無事で何よりだわ。それよりもこっちはあのトンデモ機動のせいで整備機材ガチャガチャだわ」

「ああ、あれね。映画ではあんな動き見たことあったけどまさか本当に、しかも空母でやるのはびっくりしたかな……」

 

 あちこち部品やら工具が吹っ飛んだが、幸いなことにサイファー達の機体は何とか持ちこたえてくれた。ここだけの話しワイバーンを固定していたワイヤーの一本がちぎれて、あと三十秒ほどドリフトが続いてたら船外に放り出されていたかもしれなかった。

 どっちにしても、散らかりまくった格納庫の整理整頓は今日一日の仕事になること間違いなしだろう。

 

「ほらー、手の空いてる人は片づけを手伝ってください! まだ仕事はありますよ!」

 

 と、一息入れてる乗組員に椛が声をかけて走り回る。それに続いてにとりが逃げようとしている整備兵を捕まえると喝を入れて放り投げる。さて、今晩は布団に入るのに時間がかかりそうだ。二人は溜め息をつきながらも、皆の仕事を手伝いに向かった。

 

 ヴァレーの甲板で行き来する作業員たち。甲板に降り注がれた海水を洗い流す。冷たい水での作業に凍える作業員たち。そんな彼らを、真冬の冷たい空に映える太陽は静かに見降ろしていた。

 

 


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