ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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ちょっと短いので19.5話。台詞が多めです


Mission19.5 -休息の終わり-

 ファーバンティ入港から一週間。補給と整備を完璧に終えた空母ヴァレーの艦内は慌ただしく、格納庫内に関しては整備兵や補給要員が大慌て動き回っていた。

 

 もちろんやまとだって例外ないのだが、さりげなく荷物に紛れ込み、艦内に侵入していた八坂こうをつまみだすという名目で抜け出すことに成功し、出港前最後の雑談をしていた。

 

「もう行っちゃうんだね」

「ええ。これも仕事だし。逃げたりする訳にも行かないわ」

「何をしているのか、って聞いてもダメなんだろうね」

「知ったら普通の人生歩めなくなるわ」

「じゃあやめとく。けど、多分やまとにしかできない事なんだろうね」

「……そうね。その通りだわ」

 

 今頃ファーバンティ空軍基地で出撃準備を行っているであろう現在腑抜け状態のスザクを思い浮かべる。果たしてあんな状態で着艦が出来るかどうか少し不安だったが、なに。あれでもプロだ。上手くやるだろうと思い直す。

 

「全部終わったらまた帰ってくるわ。その時はお土産話、いっぱい聞かせてあげる」

「…………うん」

 

 やはり、こうは浮かない面持ちだった。まぁ親友が死んだと聞かされれば誰だってトラウマになるだろう。今度は本当の死亡通知を聞くことになるかもしれない。

 やまとはそんな彼女の気持ちを察する。いつもは引っ張っていくタイプの彼女がこんなにしおらしくなっていると言う事はかなりのレベルで不安だと言うことだろう。ここはひとつ。

 

 やまとは丸めこんでるこうの背中に手の平を大きく広げて思い切りたたきつけた。ばんっ! と良い音が響いた。

 

「うひゃぁ!?」

「しっかりしなさい。らしくないわよ。私より不安がってどうするのよ」

「え、あ……うん」

「大丈夫よ。私はそんなに柔じゃないし、何より」

 

 やまとは空を見上げて、こうも釣られて同じ方向を見上げる。そのタイミングで三機の戦闘機がトライアングル編隊を組んで二人の真上をローパスし、右旋回。空母の真上で円を描くようにして飛行する。

 

「頼れる人たちもいるわ」

 

 そう言うやまとの横顔はとても和らいでいて、こうはこんな顔をするんだと少し驚き、そしてそうさせた存在の察しがついて笑みがこぼれた。もしかしたら一番遅れそうな奴が一番早く男を捕まえるかもしれないなと思うと少し悔しいが、弄り回すには面白そうだと思う。

 

「良い男捕まえたみたいだね」

「なっ、いや別にまだそんなんじゃ……」

 

 少し頬を赤くして、やまとは黒と紅のXFA-27を見つめる。その尾翼に描かれていた吸血鬼は機首に移動し、今はその代わりに赤い猟犬が描かれていた。

 

「ふっふっふ、帰ったらどこまで進展したか教えなよ?」

「……気が向いたら、ね」

 

 二人の上を三機の戦闘機がローパスする。二人はそれを見上げてどちらからともなく拳と拳をぶつけあった。それは、昔からの親友同士が交わす、無言の再会の誓いだった。

 

 

 

 

 艦内格納庫は入港時の様に慌ただしく動き回り、いつでも騒がしく兵士たちは動きまわっていた。

 

 にとりは格納庫内のE-2Dのエンジンの下に座りこみ、搬入された補給物資のチェックと、情報収集船ヒビキから回されたベルカの情報のチェックに追われていた。出港までもう一時間もないのだが、こうもやることが多いと頭が痛くなる。

 

 取りあえず気になる情報にチェックを入れ、後ほど艦長である芹川凪乃と会議をする手はずだった。

 

「…………あー、やめたやめた」

 

 にとりは書類を膝の上に置いて天を仰ぐ。こうも量が多いと萎える。しかも片腕が使えないから作業効率も大きく下がる。やはり誰かに手伝ってもらった方がいいと心底思う。と、

 

―カシャッ―

 

 とカメラのシャッターを切る音がして、にとりは何事だと思い体を起こすと、プロペラの向こうに見慣れぬ人影が立っているのを見た。服装はこの空母の乗組員の物ではない、どちらかと言えば民間人の物である。何でこんな所に? にとりは疑問に思いながらも関係ない人物がここにいるのはよろしくないとゆっくり立ち上がった。

 

「ちょっと、どこのだれかは分からないけど空母内の撮影はよしてくれないかな。どこから入ったのさ」

 

 だが、にとりはプロペラの向こうにいるその人物の顔を見て、文字通り体が固まってしまった。一瞬だけ恐怖を覚えて、しかし変わりない「彼女」の笑みを見てああ変わってないと思った。

 

「あややー、これはこれは失礼を。しかし許可はしっかりともらっているのでご安心を。あ、わたくしこう言う物です」

 

 カメラを片手に、黒髪のにとりと同い年くらいの女が居た。その胸元には自分の身分を示すネームタグが張り付けられ、袖には「取材中」の腕章。頭に特徴的な赤い帽子をかぶり、その衣服は一瞬学生を思わせる身なりだった。

 だが、にとりはそんな物を確認しなくても彼女の事をよく知っていた。

 

「文……」

「お久しぶりです、にとりさん」

 

 かぶっていた帽子を取り、会釈する彼女。そう、にとりの人生を大きく変えることになる最大のきっかけであり、未だ消えぬ傷の証でもある親友。射命丸 文がそこに居た。

 

「どうして……」

「椛からの依頼ですよ。あなた方はいくらISAF直属の部隊とは言え、非合法をやる部隊です。それを指摘されれば少なからず面倒な事が起きる。なら、それを避けるには非合法を合法にすればいい。それを可能にするのはメディアの力だってことですよ」

「つまり……記者として私たちに同行するってこと?」

「さすが、お察しの通りですね。あなたの事件からベルカ軍上層部の目っを避けるために無職同然のフリージャーナリストやってましたけど、やっと美味しそうな依頼が来たので万々歳ですよ」

 

 カシャ、と文はもう一度シャッターを切る。間の抜けた表情のにとりだった。彼女はモニターに映るにとりの写真を見て満足そうにうなずく。

 

「さて、インタビュー一人目はISAFきっての腕利き整備士、河城にとりさんと言うのはいかがでしょうか。数々の最新鋭機を手掛け、鬼神の再来と言われる男の愛機を作り上げたその裏側、そしてあなたの生い立ちについて聞いても面白いかもしれませんね」

 

 にこにこと笑う文だが、その裏には複雑な心境を持っていた。にとりもそれは知っていて、お互いさまだった。お互い少し意地張って無理してこうして接してると思うと、少しおかしな気になってふっと笑ってしまう。

 

「そうだね、記者としてじゃなく親友として話す分ならいくらでも話してあげるかな」

「……ですね。お元気そうでなによりです、にとりさん」

「そっちもね。本当に久しぶり」

 

 にとりは文に座るように促し、二人は並ぶ形で木箱の上に座り込む。数年ぶりの懐かしき親友のだ。変わっているようで、少しだけ美貌を重ねた様な風格だった。自分はどっちかと言うと童顔なので羨ましく思う。

 

 文は腰を下ろすと、カメラのレンズにキャップをはめて楽な姿勢になる。さて、何から話そうかと考え、しかし先に口を開いたのは文だった。

 

「あれから、どんな生活をしていましたか?」

「あれから、か……まぁ隠居生活だよ。ISAFの準備が整うまで、世界中あちこち、ね」

「まぁ予想はしてました。いくら連絡しようとしても見つからないんですからね」

「上からは極力他人との接触を避けるように言われてたんだ。それに君は新聞記者だしね、そりゃダメって言われるさ」

「あややー、これは参りましたね。まぁ、今ならお互い度言う立場かもよく分かるし、致し方ない事ですかね」

 

 メモメモ、と文は手帳にボールペンを走らせる。ちらりと覗いたが、にとりの名前は書いておらず、匿名扱いと言うことになっていた。その辺り気を使ってくれるのは非常にありがたいことである。

 

「それで、隠居生活の後はヴァレーに?」

「うん。そこから多少の自由が出来るようになったね」

「ふむ、その頃から私もにとりさんの情報を掴み始めたものですから、安心しましたよ。私の言った事をしっかり実行してくれていたんですね」

 

 そう言われ、にとりは顔を少しだけ伏せた。文にこう言われた。「生きて償え」と。しかし、自分はその約束をつい最近破ろうとして居たのだ。それを思うと、少し目を合わせられなくなる。

 

 文も、その様子から何かあると察した。軽く息を吐き、優しく語りかける。

 

「さては、ちょっと破ろうとしましたね?」

「…………ごめん」

「ま、軽く予想はしてましたよ。プライドの高いあなたの事です、何かしらの形でツケを払う気ではあったのでしょう。けど、その顔を見れば分かります。ふっきれたんでしょうね」

「ははは、ばれちゃうか」

「そりゃ長年記者やってますから、相手の微妙な表情の変化を読み取るのは容易いことです」

 

 足をふらふらと動かし、文はのんきそうな顔でE-2Dのエンジンナセルに視線を向ける。そして、にんまりと笑みを浮かべてにとりに顔と近づけて来た。あ、この顔は。

 にとりは察する。この顔は例えるなら新聞部が色恋沙汰を聞きつけた時のとてもとても嬉しそうな顔だ。いや、そのまんまだろう。

 

「むふふ~、私の予想では、好きな人でもできたのでしょう! そしてずばり当てて見せましょう! この部隊、ガルム隊の1番機ですね?」

「ソースはこなたと見た」

「ありゃ、ばれましたか」

 

 思い当たる節なんてそれしかないもんさ。と、にとりは頬づいて、肘を膝に乗せる。この限られた空母内での情報なんてそんなものだ。第一こなたは言えば情報やなのだから嫌でも予想がつく。

 

「あやや~。さすがにこの手は通じませんね。それでどうなんですか、進展とかありました?」

「振られた」

「はっや。あなたを振る人なんているんですね。学生時代はモテモテだったのに」

「あんなん私の体目当てがほとんどさ。まぁどの道当時の私は恋愛なんて興味皆無だったし」

「それもそうですね。しかしそんなあなたを女にしたガルムの一番機、サイファーとはいったい何者なのでしょうか?」

「嫁さん持ちの鬼神の弟子」

「……今さらっとすごい事言いましたね」

「ああ、そこまでは聞いてないのか。まぁ色々ごちゃごちゃになるだろうから伏せておいたんだろうね」

「うむむ、これは中々大きな記事になりそうですけど、あまり公にもできそうにないですね。というか嫁さん持ち、とは?」

「嫁さんって言ってもまだだけどね。けど空気とかはもう夫婦その物。体の一部の様な扱いだよ。そして嫁さんも容姿端麗完璧超人ときた。あ、でも胸だけは私の勝ち」

「あとでぜひともお声を聞かせてもらいたい物ですね」

 

 メモメモ、と文はペンを走らせる。ちらり、と覗きこんでみると、本当にとりとめもないことだけをメモしていた。例えば「あとでサイファーの嫁を調べる」といった具合だ。ちゃんと守るべき所は守ってくれているようだ。その辺り、彼女の記者としてのプライドもあるのだろう。

 

「……文は変わってないね」

「そう思いますか?」

 

 文はメモ帳を閉じると、背中を丸めてE-2Dのプロペラに視線を向ける。ああ、変わってないなと思う。結局お互い何も変わってない。どんなに引き裂かれそうな運命に会っても、変わらないのだ。にとりは、それがちょっと嬉しかった。こうしてまた友と話せる。話していいのだ。それを思うと、少しばかり目尻が熱くなった。

 

「……終わったらさ、また三人で出かけようか。友達らしい事、あんまりしたこと無かったし」

「何を言ってるんですか。一緒に出かけたり、話したりすることも大事ですけど、なにもそれ全てが友達の条件と言う事とは限りませんよ。私がそう思えばそうなのです。あなたは、いつになっても私の友達ですよ」

「……ほんと、口だけは達者だね」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 顔を合わせて、にっこりと笑みを浮かべる二人である。ああ、懐かしい。またこんな思いが出来るのだと、にとりは感慨にふけりたくなる。と。

 

「あ、こらそこのお二人! 油売ってないで手伝ってください!」

 

 と、後ろから椛がぷんすかと二人に詰め寄ってきた。あー見つかってしまった。にとりと文は顔を見合わせて肩をすくめると、やや気乗りはしないが仕事に移ることにした。

 

 

 

 

 空母ヴァレー艦内、バーカウンターLucky☆starの扉には、CLOSEDと札が掛けられていた。しかし、そう書いて居ても実際店内ではただ一人の客をもてなす為に店は営業してあるが、その時は一般の人間は入ってはならないという暗黙の了解があった。本当に誰もいないときは次の開店時間が書かれた張り紙がある。

 

 この暗黙の了解を打ち破る事が許された唯一の人間、それは艦長の芹川凪乃ただ一人である。

 

「いよいよだね」

 

 ワイングラスを磨きながら、こなたはカウンターに座る凪乃に声をかける。凪乃は自分のグラスに注がれたノンアルコールのカクテルを飲みながら答える。出港まであと一時間。よって飲酒が出来ないのが残念だ。

 

「ああ。いよいよ表だって動くことになる。一般人の目にも晒され、情報も出回るだろう。それで弱みを握られ、こちらが動けなくなるのも時間の問題だ。恐らく半月がいい所だ。アンドロメダからの情報は?」

「ハーリング大統領が停戦を呼び掛けてるけどもみ消されてるってさ。それでヒビキからはベルカから極秘出撃の艦隊が出港したって。表向きは外洋演習。けど内容は明らかになってないってさ」

「こちらに来ると見ていいだろう。忙しくなるな」

 

 グラスをカウンターに置き、凪乃は指を組んで顎を乗せる。やや疲労持ちの表情だ。ここ最近あまり寝てないのだろう。休めるときはしっかり休めばいいのに。

 

「そうもいかない。この船には知られてはいけない物が満載されているんだ。この空母の存在が今公にされれば、世界的スキャンダルだ。それをさせる訳にはいかない。それに」

 

 と、凪乃はポケットから一枚の封筒を取り出した。今のご時世情報端末でのデータ送信が楽だと言うのに、わざわざ紙したのはこれが最高のセキュリティだからだ。

 その送り主は、この空母のスポンサーでもあるゼネラルリソースが敵視している政府宇宙管理機構「EASA」からだった。本来あってはならないことだ。ゼネラルリソースはEASAの脅威に対抗すべく、ISAFの戦力不足の解消を解決する代わりに、資金提供を約束していたのだ。そのISAFがEASAと繋がってるとなると、ゼネラルだって黙っていない。だが、凪乃にはこうする目的があったのだ。

 

「『名もなき者』の妹はこちらに渡った。あとは調整して、彼らに託す。想像以上さ、彼らの働きは。コーエン博士も驚きを隠せないそうだ。おかげで完成が早くなりそうだ」

「どれくらいになる?」

「ざっとあと20年だろう」

「それでも長いね」

「いや、十分さ。世界は相次ぐ戦争に疲れ果て、疲弊する。もう国同士の戦争の時代は終わりを迎えようとしている。これからは企業が世界を握る番だ。その中で彼女は、『NEMO』は必要になる」

 

 凪乃はもう一口グラスを傾けて、最後の一口を飲みほした。こなたは磨き終えたワイングラスを戸棚の中に直すと、凪乃に向かい合う形で座り、目線が合うように頬づいた。

 

「……君は、これからどうするつもりなんだい?」

「どうもしない。ただ流れに任せて生きていく。その中で自分がやるべき事を全うする。それが僕の未来さ」

「……本当に、凪乃は自分を殺すのが得意だね」

「もうどうとも思わない。自分がどう扱われようとどう扱おうと関係ない。自分を殺す行為はもう人間が呼吸をするのと同じようなものになったから苦痛でも何ともないさ。でも」

 

 凪乃はそっとこなたの頬に手を触れる。彼女のアホ毛が、ほんの少しだけ揺れるのが見えた。

 

「最近はこなたの前なら、もっと安らかになれる気がするかな」

 

 それからしばらくして、凪乃はカウンターに突っ伏す形で仮眠を取ることにした。こなたはそっと毛布を羽織らせて、隣に座ってカルアミルクを注ぎ込み、自分も一息入れた。思えば彼と出会ってそれなりに時間が経過していた。

 

 だが、その事を知っている人物は居ない。自分と凪乃以外は知らない。彼女たちの行いに気づく物は、誰一人として訪れる事はなかった。

 

 

 

 

 出港まで30分を切った甲板はようやく準備を終えて落ち着きを取り戻し、くたびれた作業員たちが思い思いに足を休めて談笑していた。その中には自分の持ち場が終わってないのにもかかわらず、いわゆるサボタージュをしに来た者も多くいた。が、それをとやかくいう人物はそうそういない。なぜなら後できついお灸を据えられるからだ。最もバレればの話ではあるが。

 

 そんな作業員たちを、さながら夏休みの宿題をサボっている同級生を見るかのようにして、小早川ゆたかと岩崎みなみはお互い缶ジュースを持っての軽いお茶会をしていた。

 

「いよいよ出発だね。みなみちゃんの操縦する機体に乗るなんて全然想像してなかったな~」

「といっても、私がメインで操縦することは少ないから……どちらかと言えばゆたかのサポートが多い、かな?」

「それでも十分だよ! こうしてまた一緒に居られるのはすごくうれしいし、心強いし!」

「ふふっ、強いのはゆたかだよ。前よりもずっとたくましくなった気がする」

「そ、そうかな?」

「そう。いい人たちだもんね」

 

 上空をサイファー率いるガルム隊のトライアングルが飛び去る。甲板に居た数人も顔を上げて、ガルム隊の乱れない編隊飛行に見入る。ヴァレーであの二人に、主にスザクにはかなり助けられたものだ。そしてそれと同じか、それ以上にとりにもだ。

 

「いろんな人たちに助けられたなぁ」

 

 思えば単身ヴァレーに乗り込んだ日は、本当に辛かった。周りからは奇怪な目で見られて、そのプレッシャーから仕事も上手くいかずによく体を壊しては落ち込んだものだ。自分を帰る為にこの場に来たのに、これでは変わらないじゃないかと、何度も自分を責めた。

 

「いい人たちで、よかったね」

「うん!」

 

 だから、にとりやスザクの助けは本当に大きかった。おかげで今の自分がある。思えばここまで来るのに波乱万丈な人生だった。わずか19年の間にこんな経験をする人物はそうそういないだろう。おかげで多少な事でも怯むことが無くなって来た。

 

「それに、みなみちゃんも来てくれたからこれで百人力だよ!」

「いや、私はそんなに……」

「もー、謙遜しないの! 私がそう思ったらそうなの、分かった?」

「えっと……うん、やっぱりゆたかたくましくなった、ね」

「でしょ~?」

 

 絶望的にないに等しい胸を張り、ゆたかは自慢げな顔になる。単身ヴァレーに行く時のあの不安そうな表情からは想像できないことだった。要らないお節介だったかもしれないな、とみなみは思う。しかし、彼女が必要だと言ってくれるならば、どんなことでも力になろうと思う。

 

「だから、私もみなみちゃんの事を助けるよ!」

「ありがとう……」

 

 ここまで頼もしくなると、もしかしたら……いや、もしかしなくても自分は必要なかったのかもしれない。けど、ゆたかが一緒に居て欲しいと言ってくれるなら、自分はそれに従おう。みなみは、そう思った。

 

 

 

 

 地霊教会ヴァレー支部の中には、出港の準備を終えて暇つぶしにタロットカードを広げるシスター古明地さとりと、つまらなさそうに椅子にもたれかかってる古明地さとりが静かに過ごしていた。

 

「ねぇお姉ちゃん、またしばらくお船で出かけるの?」

「そうね。もうしばらくここに居ることになるわ。もし嫌だったら降りてもいいのよ?」

「んーん、帰ってもつまんないからお姉ちゃんと一緒がいい」

「そう、なら好きになさい」

 

 さとりはテーブルの上に並べていたタロットカードを一旦一束にまとめると、慣れた手つきでシャッフルをしてテーブルの真ん中に置くと、一枚めくる。

 

「お姉ちゃんはさー、正直この戦争のことどう思ってるの?」

「どうって?」

「だってさ、結局のところこの戦争ってつまらない逆恨みじゃん。そうやって関係のない所巻き込んで何が楽しいのか分からない。自分たちで自分たちを惨めにしたのに他人のせいにするほどの低能しかを持ち合わせてない奴は、いくら懲らしめてまた別の場所とかで同じような事が起きるだけだよ。だからいくら戦争を止めようとしても無駄なんじゃないの?」

 

 こいしの言うことは確かに正しかった。戦争と言う者はいつの時代でも理不尽なことや、理解の出来ないことが多い。それはまだ十を超えて間もないこいしには理解しにくい話であろう。が、彼女は理解するしない以前にその世界の核心について大きく近付いていることもまた事実である。さとりは、確かにこいしの言うことは正しいと思う。しかし。

 

「ま、あなたの考えは正しいわ。実際戦争なんて無くそうって言う運動や政策をしても、最終的にはまた同じことの繰り返し。歴史がそれを証明しているわ。あなたが無駄だと思うのも無理はない」

「だったら」

「けど」

 

 カードを引いたさとりは、再びもう一枚引く。更にもう数枚引いて、大体の結果が出た。一体何を占っているのか、それはこの空母その物の行く末である。

 

「無駄だからと言って誰もが諦めたら、それこそこの世は終わるわ。誰かが止め続けなければならない。戦争で世界が押しつぶされないようにするには、どんなに小さな力で戦い続けるしかない。敗北しか見えなくても、それで戦争と戦う事を止めてしまったらもう本当に手がつけられなくなる。だから、この空母のクルーの様な存在が必要なのよ」

 

 そう、どんな状況に陥っても、その先に未来が無いとしても、それでもと言い続け、あらがう存在が必要なのだ。この世界は争いを好む物と、それを止める物で成り立ってると言っても過言ではないだろう。その戦力差は全社が圧倒的だ。止める側に勝利が来ることはないだあろうし、いずれは滅び行くのも目に見えている。

 

 しかしだ。結果が同じと言ってあらがう事を止めてしまえば、その瞬間に世は終わるだろう。偽善者でも何でもいい。ただ当たり前にしないように戦い続けることにこそ意味がある。無駄死にに等しいこの行為でも、誰かがそれを請け負い、語り継がなければならないのだ。

 

「でも結局、この軍隊も戦争を起こすきっかけになるんじゃないの?」

「そうでしょうね。大方、犯罪テロ組織にでもなり下がるかもね。でも」

 

 さとりは占いを終えて、一息吐くと紅茶の入ったティーカップを手に取ると口に入れ、小石は音もなく悟りの後ろに回り込むと備え付けのクッキーを一枚口の中に放り込んだ。

 

「まだ、その時ではないわ」

 

 手の中にあるタロットカード、17星の正位置を見つめる。意味は希望、理想が見える、新しい発見。本当にこのカードの通りに事が運ぶとは言えないだろう。だが、まだやる価値はあると、古明地さとりはそう思っていた。

 

 

 

 

 ファーバンティ軍港上空を、三機の戦闘機がトライアングル編成を組みながら周回飛行を行う。両翼を青く染め、尾翼には新たに真っ赤な猟犬のエンブレムを背負ったX-02ワイバーン、XFA-27、そしてY/CFA-42。先頭を行くのはフロストフェアリィ(ほぼ呼ばれたことは無かったが)改め、ガルム1サイファーである。

 

「そろそろだな。にしても海里、なかなか編隊が様になってるじゃないか」

「あんたよりかはまともに編隊保てる自信あるわよ。知ってるわよー、今でこそ戦闘を飛ぶ事が多いから目立ってないけど、訓練時代は結構酷かったんですってね」

「くっそどこから漏らされた」

「にとりが教えてくれたわ」

「あんにゃろ覚えてろよ」

 

 結局のところ、今後の作戦展開に加わるパイロットはサイファースザクのみに留まる結果になった。生き残ったジェンセン、ショーホーは『俺たちにも家族はいるもんでね』と残ることになり、サイファーの身代わりでここまで引っ張られてきたリックは志願していたが、まだ訓練兵だと言うことでファーバンティ空軍基地で事態が落ち着くまで保護されることになった。

 

「……これからは、今までのようにいかないだろうな」

「そうね。なに、怖気づいたのかしら?」

「バカ言え。……と言いたいところだが、いよいよこの使命を果たすとなると不安じゃないってのは嘘になる」

「……よかった、あんたも同じか」

 

 海里のやや安心した声が、ため息交じりに聞こえて来た。恐らくみんな同じなのだろう。そしてそうであったことに少しだけ不安が和らぐ気がした。五年前、パイロットになると決意し、そして一年間戦闘の基本を叩きこまれて、次に帰って来た時にサイファーの名を与えられ、鬼神は姿を消した。

 

 それは俺に全てを託したと言うことである。そして、今のサイダーもそれを受け入れて今ここに居る。果たして、自分で15年前の怨念に取りつかれた亡霊たちを断ち切ることが出来るのか。

 

「でも、誰かがやらないと世界はまた荒んでいく。お父さんは私には戦って欲しくないとは言っていたけど、私もお父さんもこうなるんじゃないかって薄々思ってた。なら私は受け入れるまで。あんたと一緒にね」

「本当に、頼もしい奴が付いて来たもんだ」

「お褒めに預かり光栄よ」

 

 そのタイミングで眼下にて停泊していたヴァレーがついに出港した。これから外洋に出るまで護衛任務である。それは、二代目ガルムチームの出陣を意味していた。

 

「……所でスザクよ」

「……あん?」

「お前喋らないと空気だぞ?」

 

 

 

 

 ヴァレーはついに錨を上げ、巨大な警笛を響かせて出港する。それに続いて護衛艦たちも次々と桟橋から離れてヴァレーに続く。

 

 見送りこそは表向きの任務では無かった為そう多くはなかったが、ごく一部の兵士たちが控えめに手を振って見送ってくれていた。永森やまとは甲板の上で今にも盛大に声を張り上げてきそうな八坂こうを見つめながら、小さく手を振り返す。

 こうもあまり目立たないように手を振っていたが、ついに我慢できなくなって思いっきり手を伸ばして前進飛び跳ねて自己主張をしてきた。やっぱり我慢できなかったか。まぁそんな事だろうとは思っていたから別に構いやしない。と、その少ない人数の中に見覚えのある人物が目に入った。

 

 じっと自分の事を見つめる、やや年を取っているであろう一人の男。年は三十代を過ぎたくらいで、その髪の毛は美しい銀髪。その目は知らない人物からしてみれば液体窒素のように冷たいが、やまとはその人物が見た目以上に熱い人物だと言うことは知っていた。そうでなければ、こんな所には来ない。思わず声を上げそうになった。

 

「と、義父さっ……!」

 

 と叫びそうになって、やまとは慌ててぐっとこらえた。今声を張り上げるのはよくない。敵のスパイだってまだ残っているかもしれないのだ。今自分が声を張り上げようとした人物はまさに知られてはならないであろう人物なのだから、どうにかしてこらえる。

 

 徐々に離れていく桟橋を見つめながら、やまとは深呼吸して、ただ一点にその人物と目を合わせると、足を揃えて勇ましい直立を見せると、これでもかと美しい形で整えられた敬礼を見せた。

 

(行ってきます……義父さん)

 

 目の前の人物は、表情一つ変えずやまとの事を見ていたが、同じくややラフな敬礼を見せて見送ると、そのまま桟橋から離れていった。ああ見えて心配性だから、時々手紙は書いておこうと思う。

 

 やまとは、また帰ってくる事を決意しながら、上空を飛びさる戦闘機を見つめる。その中に居るであろう想い人の事を考えながら、己の仕事を全うすると心から誓った。

 

 2010年12月14日空母ヴァレーはファーバンティ軍港から随伴艦と共に出港する。随伴艦はミサイル駆逐艦三隻、イージス艦二隻、情報収集艦一隻。表向きはノースポイント所属艦と言うことではあるが、その真実の姿は15年前の亡霊を食いちぎる為の猟犬を引き連れた巨大な飼い主であった。

 


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