ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission18 -憎悪のバースディ 前編-

 

 

 

 ファーバンティ入港の二日後。スザクは基地のゲートの向かい側にある小さな時計塔の前でやまとと待ち合わせをしていた。こなたからサプライズパーティーのブリーフィングに従い、ファッションにもそれなりに気を使ってきた。そう言えばまともに服を整えたのはかなり久しぶりだなと、スザクは思い返す。思えばここ一年ほどシャツかフライトジャケットだった気がする。おかげで服を選ぶのに時間が掛ってしまった。それでも、取り付けた約束の時間の三十分前には来ていたが。

 

 ちなみに内容は以下のとおりである。まず、スザクがやまとを連れ出してファーバンティで買い物なりなんなりをする。その間にこなたが貸し切ったスカイ・キッドで準備を行い、待つべし。以上、至って典型的かつ確実なプランである。

 

 はて、どうしようか。取りあえず適当に貰ったパンフレットの観光名所にでも行こうかと考える。候補としては東部のシルバーブリッジがいいだろうか。あるいは、橋繋がりで北部のジョンソン記念橋。これは五年前のエルジア戦争終盤のファーバンティ包囲戦の際、メビウス1が破壊し、エルジア軍の増援を阻んだことは数ある話の中の一つである。現在は復興され、それなりな記念碑と当時の残骸が展示されているそうだ。要は、やまとの親父さんの残した戦果である。

 

 だが、スザクは少し考え、それはNOだと首を振った。せっかくの休暇なんだ。戦争の関係ない事をしてやるのがベストだと、再び適当な場所が無いか探してみる。とはいっても、これと言って目ぼしい物は無い。あると言えば水没都市部のクルーズツアーだが、あまり乗り気はしない。取りあえず時計を見る。まだ待ち合わせまで二十分ある。

 頭上を、ISAFのユーロファイタータイフーンが飛び抜けていく。特徴的なデルタ翼を左右に振り、美しい旋回軌道を描いて視界の外へと消える。それに続いてミラージュ2000Dが二機編成で全く同じコースを飛んでいき、消えていった。

 

 それに気を取られていたためだろう。スザクは自分に近づく人影に気が付くのに少し時間が掛った。目を向ければいつもの二つ別れのポニーテール。そして、幾分か初めてあった時よりも柔らかくなった釣り目。しかし彼女の着ている服装は見慣れた整備服はジャケットでは無い、ダウンコート。その中に見えるミニスカート、そこから伸びる黒タイツによって包まれた魅力的な足のライン。いつも長ズボンだったから、スザクとしては新鮮だった。

 恐らく育ちの関係でたくましさと美しさを両立させたラインは無いだろう。生でも拝んでみたいところだが、いやこの場合は黒タイツによって真の魅力が引き出されているのだろう。この間の思考コンマ495。太もも最高と結論付けて、スザクはよう、と声を掛けた。

 

「ごめん、お待たせ……」

 

 待ったと言ってもそんなに待ってないのだが、と思う。約束の時間まであと二十分もあるのだから別に謝る必要性を感じなかった。とは思ったが、顔が赤くなっているやまとを見て、恐らく少なからず緊張してうまく言葉が出ないのだろうとスザクは察した。

 

「なに、そんなに待ってない。似合ってるぞ」

「うっ……あ、ありがとう……」

 

 やまとは素直に褒められた事でまた顔が熱くなるのを感じ、ゆでダコの様な状態になって顔を俯かせる。なんだか大分柔らかくなったなと思いながら、スザクは本日のメインイベントについて言及した。

 

「で、だ。せっかくの休暇だ。どこに行く?」

「そう、ね……こっちには何回か来た事はあったけど全部基地の中かその周りしか行った事無かったからあまり詳しくないのよね」

「それはそれでいいじゃないか。探検気分でも悪くないだろう」

「そうね。どこに行こうかしら」

「まぁ、中心部に行こうか。都会の方が何かと便利だろ。ごたごたして身ぐるみヴァレーに置いてきちまったし」

「あー、それもそうね……下着も同じのばかりだし……」

「何か言ったか?」

「何でも無いわよ!」

 

 

 

 

 そうして、バスを乗り継いでファーバンティ中心街に到着した二人は、取りあえず手近なデパートに入って回る事にした。時期はクリスマスシーズンなだけあって、街のあちこちにクリスマスツリーやサンタの服を纏った店舗の従業員、親子連れ、カップルで溢れていた。久々の人ごみに、スザクとやまとは少しばかり居心地が悪かった。

 

「なんか、落ち着かないわね」

「全くだ。周りは軍人でも何でもないただの一般人だし、空気も違う。何もないって言うのはいいことなんだが、どうもな」

 

 戦場に慣れてしまったせいか、とスザクは鼻で息を吐いた。自分たちとすれ違う人間は、平和を楽しんで生きている。だが、所々で見受けられる弾痕を見ると、やはりここも戦場だったのだと感じる事も出来た。

 

 だが、少なくともここは戦場では無い。今戦場の事を考えるのは野暮だからスザクはひとまず洋服売り場へと足を向ける。今日用意した服は取りあえず近場の店から適当に見つくろって集めた品だから個人的に言えば点数は6割と言ったところである。もう少しいい物を買っても罰は当たらないだろう。それに懐だってそれなりに膨らんでる。使わなさ過ぎて何に使ったらいいのか分からないくらいだった。

 

「ところでお前の今日の服はどうしたんだ? 着替えはヴァレーにあるんだろうし」

「主任と夏芽さんがどこからともなく持ってきてくれたのよ。お出かけするならそれ相応な服が大事だって」

「あいつら本当にどこからでも持ってくるな。四次元ポケットでも持ってるのかよ」

「本当にありそうで怖いわ」

 

 冗談半分でクスリ、とやまとは笑みを浮かべてスザクと歩調を合わせ、メンズコーナーを見て回る。やまとはどちらかたお言うと自分の分は考えてなかったから、スザクの分を買う事が今のところの先決になっていた。

 

「で、取りあえずどうするのかしら」

「まぁ足取りからして俺の服が先になっちまったがいいか?」

「女性物はこの先だから遠回りになるわ。だからここからでいいわ」

「む、それはどうもだ」

「取りあえず赤と黒かしらね」

「紅な」

「細かいわよ」

「ここ大事」

 

 スザクは取りあえずマネキンが来ていたロングコートを見つめてみる。形としては好きだが、少し緑が混じった色だから少し気に入らないと判断して店の奥に行く。やまとも周りを見回しながらその後ろに着いていく。あまり個人的にはこの店はスザクに合わないのではないのだろうかと感じていたが、まだ掘り出し物の一つや二つあるかもしれないから手近にあったコートを手に取ってみた。

 

 で、結局スザクの気に入る様な服にはめぐり合うことは無く、適当なシャツをかった程度に収まった。スザク自身、少しばかり不満そうな顔ではあったが、店なんていくらでもあると思い直してやまとの買い物に付き合う。

 

 結局メンズコーナーにはスザクの好きそうな物は無く、そのままレディースコーナーにまで到着してしまう。流石と言うかなんというか、女性物の方が規模が大きい。ワンフロアの三分の二は占拠している。三分の一はメンズコーナーに加えて雑貨。なんだこの差は。スザクは落胆のため息を吐いた。

 

「で、お前は何か好みとかあるのか?」

「私は、特に……まぁ動きやすい服ならいいって思ってるから」

「基地での生活がファッションの感性を鈍らせたか……」

「前からこんな感じではあったわ。前から運動は好きだったし、戦闘機の発着が無い時は滑走路自転車で走ってたわ」

「意外な一面」

「あとよく泳いでたわ。部活は水泳やってそれなりに頑張ってたし」

「マジかよ、そりゃヴァレーで分からない訳だわ」

「原作公式設定よ。詳しくはらき☆すたwikiで」

「メタいからやめろ」

 

 まー、どうした物かとスザクは目ぼしい服を探す。ここは一つ女子力の高い服の一つや二つを選んでもいいだろう。思っていたよりもスポーティな彼女だったから、ホットパンツとかでもいいかもしれない。冬だが。せっかく健康的な足を持っているのだから、春や秋用に持っていてもいいかもしれない。

 

 スザクはまずやまとのホットパンツ姿を想像し、うむ悪くないと考えて上はどうしよう。案外大きめのジャケットでも着せて、帽子をかぶせるといいかもしれない。ソックスはハイソックスでスニーカー。我ながらいい選択だ。

 

 他には何があるだろうか。整備士らしさ、と言っては少し違うかもしれないが、オーバーオールでもいいかもしれないと考える。オーバーオールにノースリーブ。これも悪くない。子供っぽいかもしれないが。

 

「兄さん、これどうかしら?」

「んー?」

 

 やまとが見せたのは、手ごろな感じのTシャツ。胸には小さく羽のマークが書いてある。まぁ、空軍ぽいと言えば空軍っぽいか。それにまぁ十分一般的だろう。

 

「まぁ悪くないな。部屋着にはもってこいだ」

「じゃあとりあえず一着」

 

 スザクは適当にかごを取り出し、ほれとやまとの手に持っていたシャツを受け取る。やまとはまた店内を見回して、上着の方に目を向ける。スザクは軽く店内を見回して、個人的に似合うのではないかと思う服を探すが、見当たらずに断念。後は本人の希望に任せよう。

 

 その後も、やまとの持ってきた服をかごに入れては歩き、入れては歩きの手順が繰り返され、次第に中身が重くなっていく。で、ようやくやまとも満足したのか、向かい側の洋服店に目を向けていた。

 

 頃合いなので会計。やまとが次に向かったのは下着の専門店。何ともスザクには入りにくい場所である。店の入り口から下着姿のマネキンである。やまともそれを察したのか、スザクの方に振り向くと、

 

「すぐに戻ってくるわ。着替え用の適当な奴で十分だし」

 

 と、そそくさと入って行った。その時少し顔が赤く見えたのは気のせいではないだろう。スザクも居心地が悪いかと言われればどちらかと言えばそうであるから、ありがたいにはありがたかった。

 

 携帯電話に目を向けてみれば、にとりからのメール。内容はスカイキッド店内で飾り付けをするゆたか達の姿。本文には「飾り付けなう! 買い出しメンバーが都市方面に向かったので遭遇の可能性あり! しかし対策はあるので安心を!」といった内容だった。誰が来るのか、いつもの鬼子バカップル夫婦が映ってない辺りで察した。

 

「お待たせ。買って来たわよ」

 

 と、携帯をポケットに入れた所でやまとが小さな袋を手荷持って帰って来た。おう、と返事しながら先に持っていた大きめの袋に下着類の入った袋を入れると、次はどうしようかと言いながら取りあえず店の奥まで歩きだす。

 

「まぁ、目ぼしい物は買ったから服はもういいかなとは思うわね」

「じゃあなんか雑貨でも買いに行くか?」

「そうね……でもどちらかと言えば遊びたい、かな」

「なら上の方にゲームセンターあるから行ってみるか?」

「ええ、あまり行った事無いから案内して」

 

 ふむ、久々だなとスザクはエスカレータに足を乗せると、ゲームコーナーへと向かう。目的地が近付くにつれてうるさい位の賑やかな音が聞こえてきて、目的地に到着。十分騒がしいが、戦闘機のエンジン音が響き渡る空軍基地、そして航空母艦で過ごしてきた二人には造作もなかった。

 

 いざ到着すると、大量のUFOキャッチャーが並べられ、その向こうに多数のアーケード台が立ち並び、一部には人だかりが出来ていて歓声が上がっていた。何か大会でもやっているのだろうか。

 

「何がやりたい?」

「特にこれと言っては……」

「じゃ、歩くだけでもいいか」

「ええ、そうするわ」

 

 取りあえず、目に着いた所から適当に歩き回り、UFOキャッチャーの中にあるめぼしい景品を探す。最近のは携帯充電器なる物まであるのかと、スザクは半分くらい呆れながら思った。自分が最後に見たときはもっとこうぬいぐるみばかりだった気がするのだが。

 

「なんだこれ、ラジコンヘリまであるのか」

「私が知っている限りではこう言うのって結構高価な品物だったはずなんだけど。ノースポイントで非番のパイロットが壊して嘆いてたわ」

「時代って変わるんだな」

「そうね、分かったもんじゃないわ」

 

 と言い、二人は少しはっとする。おかしい、これではまるで老人の言う事じゃないか。スザクはま20代超えて数年、やまとに関してはつい最近17になったばかりだ。思わずスザクは目を押さえ天を仰ぎ、やまとは頭に手を置いて俯いた。

 

「……時代に対応できるようにしよう」

「そうね……」

 

 取りあえずだ、適当に何かやろうか。スザクは目に着いた白黒ツートンのクマのぬいぐるみを見つけ、これならいけるかと思って硬貨を投入。小さなファンファーレが流れてUFOキャッチャー本体が色とりどりに光る。

 

「取れるのかしら?」

「こう言うのはサイファーの方が得いんだがな。学生時代は山のように取ってた。まぁ俺はあまりこう言うのは好みじゃないからやらなかったが、なに。たまには無駄遣いもいいだろう」

 

 横移動のボタンを押しこみ、次に縦移動。手始めに首元を狙ってアームを落とす。片方のアームの力が無くてするりと抜けた。ああ、この手のキャッチャーかそう思っていたが、幸運なことにもう片方のアームがタグに引っかかってそのまま持ちあがり、見事に出口まで運びこんだ。

 

「おお、これはラッキー」

「やるじゃないの。素質でもあるんじゃないのかしら?」

「たまたまだ。そうやって調子に乗って有り金全部つぎ込んだやつを知ってるからな」

「聞かなくてもサイファーの事でしょうね」

「ああ、あいつだ」

 

 近くにあった袋にぬいぐるみを詰めて、ほらとやまとに渡し、素直に受け取る。さて、次はどうしようかなと考えていると、アーケード台の中の群衆が歓声を上げて、二人は思わずそちらに意識を向けた。

 

「すげぇ、これで25人抜きだ!」

「一体何者なんだ、一度も被弾していないぞ!」

 

 ざわざわとどよめく群衆の中心には、球体型の巨大ゲーム機。恐らく大型スクリーン型のタイプだろう。スザク達の学生時代にも初期型があったが、今や様々なタイプになっているのか。

 

 どうやら取り巻いてるのは戦闘機の疑似操縦が可能な物だそうだ。要はシミュレーターと言うことか。スザクはふむと鼻を鳴らした。

 

 が、次にゲーム代の中から出て来た男を見て、二人は「げっ」と声を漏らしてしまった。それもそうであろう、その現在25連勝中の男が通りすがりの鬼神の再来で、しかもよく見たら群衆の中に大量のぬいぐるみやら雑貨類の入った袋を抱えているその嫁の姿があった。

 

「はっはっは! どうしたどうしたぁ! もっと骨のある奴はいないのかぁ!?」

 

 高らかにそう言ってのける男、紛れもなく二人のよく知っているサイファーである。にとりに遭遇の可能性があると言われていたが、まさかこんな所で油を売っていたとは。一般人相手に何やってるんだと呆れてしまう。

 

「ほっとくか。俺たちは赤の他人だ」

「そうね。次行きましょうか」

 

 鬼神の再来なんていなかったと、二人はその場から離れ、次に行くことにした。時計を見ればそろそろランチの時間になりつつあった。どれ、美味しい店は無いかとエルジア観光ガイド百選を広げる。

 

 だが、不意に背中に冷たい物が突き刺さり、それが撫でるように駆け抜けてゾクりとしたスザクは反射で体ごと振り向いた。視界をめぐらせて自分の背後を襲った物の原因を探り、首を回す。だが、何も居ない。居るのは変哲のない民間人だけである。

 

「兄さん?」

 

 やまとが不思議そうな顔をしてスザクの顔を覗きこむ。そしてすぐにこの目は交戦するときの鋭い目つきだと察し、やまとも周囲を見回してみる。スザクの背中を襲ったのは背後からロックオンされた時と似たような感覚だった。いつになってもいやな物だ。だが、原因となり得るものは見当たらない。強いて言うなら、視線の中にガンシューティングゲームがあることだろうか。

 

「……すまん、気のせいだ。戦闘ばかりで張り詰め過ぎたかな」

「そう……ならいいけど」

「仕切り直しだ。飯にでも行くか。どこがいい?」

 

 スザクは取りあえず深追いをするのをやめて、やまとを安心させる方を選択した。あまり金を張り詰める訳にもいかない。ここはもう戦場では無いのだ。そう自分に言い聞かせることにした。

 

「そうね……和食が食べたいわ。とか」

「となると、定食が妥当だな。近くに美味い店があるといいが」

「隣のフードコートに行きましょう。そこなら一件くらいあるでしょう」

「そうだな。適当に食うか」

 

 と、二人はフードコートの中に入り、目的の店を探す。スザクはもう一度殺気を感じた付近に目を向ける。相変わらず何の変哲のない民間人たちが、クリスマス近くの休日を楽しんでいるだけで、もう何も感じなかった。

 

 

 

 

 スカイキッドファーバンティ店の中は、やまとのためのバースディパーティの準備でわらわらと忙しい空気に包まれていた。女性陣が紙テープを丸めて飾りを作り、店員たちは大量に料理を作る為の下準備に追われていた。

 

「ゆたか、これどこに置いたらいい?」

「えっとね、それは3番のテーブルの上に置いておいて。それで、こっちの花は4番テーブルでお願いね」

「うん、分かった」

 

ゆたかとみなみが店内の装飾を請け負い、あれよあれよと店内を飾っていく。にとりはそんな二人を微笑ましく見ながら、未だに帰ってこない鬼神とその嫁の連絡が無いかと、携帯のフォルダを開いた。

 

『ごめん、サイファーがゲーセンで連勝して止まらない。帰ったらスパナで殴っておいて』

 ああ、やっぱりか。そんな事だろうと思ったよ。にとりは軽くため息をつきながら、愛用のスパナを取り出してさてどこを殴ろうかと模索する。本当ならにとりも何か手伝ってやりたいが、いかんせん片腕がやられては出来る事も限られてしまう。今のところ座っているだけ、というありさまだ。せいぜい、軽い装飾を作る程度が手いっぱいだ。

 そんなこんなで結局座っている事が多い。いそいそと動き回るヴァレー空軍基地のメンバーは、久々の休暇のおかげで幾分か顔色が良くなった気がした。いい影響だろう。空母での生活なんてそう簡単に慣れる物では無い。年頃の女たちがいるとなれば尚更だ。

 さながら学生の様に準備をするゆたか達を眺めていると、「あの」と声を掛けられて後ろを振り返ると、褐色肌の金髪少女、このスカイキッドのあるバイトである八坂こうがにとりにやや控え気味な面持ちで立っていた。

「確か君はやまとちゃんの」

「はい、親友です」

「おおー、話に聞いた通りだね」

「え、やまとが私の事何か話してたんですか!?」

「話してたよー。自称親友の腐れ縁だってね」

「あんの小娘め! あとでくすぐりの刑だ!」

 むきー、と怒る八坂こう。にとりはクスクスと笑い、それに気づいたこうは少し顔を赤くしながらそれで、と話を続けた。

「そ、それで気になっている事があって……やまとは、あなたから見てどんな感じですか?」

「うーん? どんな感じと聞かれると漠然とし過ぎて少し答えにくいねー」

「あ、えっと、なんていうか……いい方で変わったのか、あなたから見て有能な子なのかなって感じですかね。ウスティオに行くって聞いた時ちょっと不安で……」

 なるほど、それなりに心配していたのは本当だろう。腐れ縁ではなくちゃんとした親友じゃないか、とにとりは思う。まぁ照れ隠しなのだろう。なんやかんだでやまとの発言の中からは親友と認めてあるであろう部分もあったし、恐らく素直になったら調子に乗るだろうから言わないようにして居るだけ、といったところだろう。

「そうだねぇ、最初の印象はそれこそ腕のいい子、だったよ。けどやっぱりまだまだ子供だから、失敗した時のダメージは大きいかなって言うのが一番不安だったね。実際仕事でミスして随分落ち込んでたよ」

「あー、やっぱり……あいつ自分の落ち度でなんか失敗するとけっこう引きずる奴だったんで……」

「それでも、見事に乗り越えてさらに腕を上げたよ。しかもそれなりに女になってるし、上司としてはなかなか面白いよ~」

「あ、そうだ! やまとって好きな人で来たんですよね!? しかも『兄さん』って呼んでましたよ!」

「おお、耳が早いね。いやね、あるトラブルをきっかけに兄妹見たいな関係になってたけど、実際は恋心だったって奴だよ。これ興味深いでしょ?」

「ぜひ詳しく!」

 目がきらきらしている。面白い親友を、そして最高の親友を持っているじゃないか。にとりは少しだけ、自分のあの友人を思い出す。彼女は今どうしているだろうか。もう何年も連絡を取っていない。

「あまり複雑な他人の恋模様に首を突っ込むのはよくないかもしれませんよ」

 と、第三者の声。二人が声がした方に顔を向ければ、空母から降り立ったシスター、古明地さとりが頬笑みながら椅子に座るところだった。

「おお、シスター。私は首を突っ込んでいる訳じゃないよ?」

「シスターさん?」

 こうが不思議そうな顔をする。さて、色々説明が面倒だからさとりは秘密の合言葉で自己紹介をする事にした。

「実はかくかくしかじかで」

「ほうほう、まるまるうまうまなんですね、なるほど」

 こうは『あのやまとが……うーむ、気になる』と腕を組んで大きく頷く。シスターはじっとこうの顔を見つめ、『ふむ』と納得したような顔になる。恐らくどんな人物か探っていたのだろう。シスターは結構言葉や人間を選ぶ人間だ、嘘を吐く人間は一目で分かるそうだ。何でも超能力と言われてるが、本当かどうか定かではない。が、あの顔は大丈夫だろうと判断した顔だ。

「一目お顔を見てみたいな~。にとりさんから見てやまとの想い人ってどんな人ですか?」

「んー、まぁ一言で言えば大分気難しい奴だね。なんて言うかこう……そうだ! 簡単に言えばひねくれ者だ!」

「にとりさん、直球すぎです」

「じゃあ…………」

 としばらく考えるにとりなのだが、そこから先の言葉が出て来ない。もしかしてそれ以外無いのかとこうは想うが、それを見たさとりが少し溜め息を吐きながら助け船を出した。

「まぁ、確かに性格面に少し歪みはありますが、とても良い方ですよ。簡単に言えば兄の様な、そんな感じに親しくなりたいと思う人です。現にゆたかさんは本当の兄の様に慕っていますよ」

「ほー、兄貴タイプ。やまとがそう呼ぶのも当然なんですね」

「ええ。彼女の場合、自分の恋心を上手く表現できずに、一番近かったと思われる「兄」として認識していたようですね」

 さとりは紅茶を一口飲み、懐からタロットカードを取り出してシャッフルをする。

「どうですか、占いでもしてみます?」

「おお、シスターさん占い出来るんですか!?」

「ええ、少しですけどね。何を占いますか?」

「じゃあ、私の今後の人生について!」

 承りました、とさとりはタロットカードのシャッフルを終えて、丁寧に並べていく。こうはワクワクと目を光らせて、その次にランダムに一枚選び、さとりはそれを見て結果を出した。

「そうですね……まず恋愛についてですね。今は出会いは無いでしょうが、努力すればいずれあなたに相応しい人物が現れますね。日々、女を磨きましょう」

「ほうほう……」

「金運は……使いすぎに注意と出てます。あなた少しお金のかかる趣味を持ってますね?」

「うぐっ……気をつけます」

「病気は……大きな病気にはかかりませんね」

「おお、やったね!」

 と、自分の人生が比較的明るい事にご機嫌になったこうではあったが、女性店長にいい加減に手伝えと首根っこを掴まれて店の奥に連れて行かれてしまった。

「やまとちゃんも、いい友達を持ったね~」

「ええ。ああいう正確ではありますが、しっかりと自分の友達の事を見ている人ですね。恐らく母親になればたくましい人になるでしょう」

 と、にとりのポケットに入れていた携帯が鳴って、二人の意識はそちらに向けられる。「ちょっと失礼~」と携帯を取り出し、通話ボタンを押しこんでスピーカーを耳に当てた。

 その間にさとりは、またタロットカードをシャッフルして占いをしてみる。占う内容はスザクとやまとの今後の運命である。

「はい、にとりです。……ああ、どうも。それでターゲットの方は……」

 受話器の向こうの相手の言葉を聞き、受け答えるにとりの顔色が変わるのをさとりは感じた。しかしそれは一般人には分からないレベルのことで、こうにして見ればただの仕事の電話にしか見えなかった。

 さとりは自分の引いたカードを見る。それを見て今度はさとりの顔が険しくなる。彼女が引いたのは13・死神の正位置。さまざまな意味があるが、「壁が立ちふさがる」「動きが取れない」「一度終わりを迎える」という意味だった。

「……分かりました。では引き続き監視をお願いします、妖精さん」

 少なくとも、あまり良い結果ではなさそうだった。

 昼食を終えたスザクとやまとは、またふらふらと町の中を歩き回っていた。なんだかんだで行くあても見つからず、適当なバスに乗って適当な場所に行き、適当に店を回るノープランデートとなっていた。それでも、小さな動物園に行ったりサイクリングロードで自転車に乗ったり、ホットドッグを食べながら適当にふらついたりと戦争のない生活を十分味わう事が出来たからいい休暇にはなっていた。鳩に餌付けなんて何年ぶりにやっただろうか。サイファーが捕まえて遊んでいたのを思い出した。

「それで、これからどうするの?」

「そうだな……もう時間も時間だし、そろそろ戻ってもいいと思うが……」

 サプライズパーティーの準備はどうだろうか。一応日が落ちてから戻るように言われていたから今から戻ったらちょうどいいくらいには帰れるかもしれないと思う。一応連絡すべきだろうかと思い、携帯を取り出す。と、新着一件。フォルダを開いてみればそろそろ戻って来い、というにとりからの作戦決行メールだった。

「じゃ、そろそろ帰るか。あまり遅すぎるのもよくないからな」

「それもそうね。ただもうちょっとだけのんびりしていいかしら?」

「ああ、構わないぞ。俺もコーヒー飲み終わるまではゆっくりしたい」

 缶コーヒーを口に入れるスザクを横目に、適当に買ったお茶を飲みながら、やまとは空を見つめる。茜色に染まりつつある空は一日の終わりを告げており、公園で遊んでいた家族連れも変える準備を始めていた。すぅ、と息を吸って目を閉じて見る。なんだかんだで歩いたから少しばかり疲労感がある。結構楽しかったなと思い、これがデートかと感慨にふける。こうから聞いた話では世間の大人なカップルは家に帰らず、このままホテルに直行だと聞いたがまさか……いやいやいや、何を考えている永森やまと。自分は健全だ、そんな事は無い。流石にスザクだってそれくらい分かっているだろう。というか何少し期待しているのだ。アホらし い、落ち着け。

 ぶんぶんとやまとは首を横に振り、要らぬイメージをすっ飛ばす。そうだ、にとりもこういう話をしていた。彼女から聞いた話だと…………。

『ホテル? ああ、そんなのなくても愛があれば草むらの中でだって出来るさ!』

 やまとは後ろに目を向ける。いい感じに生い茂った木々と草。まさかここで? 恋人という物は分からない。なぜこんな所で堂々と出来るのだろうか。いや、やってみないと分からないスリルというのもあるのだろうか……

 と考えて、やまとはまたはっとして首を振りに振りまくって立ち上がり、お茶を一気に飲み干す。だから落ち着け永森やまと。にとりの言う事の方がもっとアウトだった。

「なにしてんだ、お前?」

「な、ななな何でも無いわ!!」

 どすん、とやまとはベンチに座りなおして、落ちつけ落ち着けと自分に言い聞かせる。最近いろいろおかしい。何かこう、言葉に出来ない何かが自分を突き動かしているような、そんな感覚である。だが少しだけ、興味はある。やまとだって思春期真っ盛りの少女だ。ただ少しばかり遅れてやってきた物だから、もしかしたらそう言う興味が彼女を動かして……

「やまと伏せろ!」

「え、きゃあ!!?」

 がばっ、とスザクの手でやまとは押さえつけられ、スザクの太ももに押しつけられる。大和は一瞬何が起きたのか分からず、まさかこれがにとりの言っていた肉食系男子の攻めと言う物なのだろうかと心臓の鼓動が速くなる。が、チュイン、と髪の毛を何かかすめていき、ベンチに穴があいてそんな場合じゃないと言う事を察した。

「に、兄さんこれって!?」

「走れ!」

 スザクはやまとの手を握って公園の茂みの方に向けて走り出す。その間にまた後ろから弾丸が飛び交う音。そう遠くじゃない場所からサイレンサー付きのハンドガンで狙われているとやまとは予測した。スザクのこの判断は正しかった。普通の人間なら焦って冷静な判断が出来なくなり、最悪一般人を巻き込むことになる。人気のない森に入ったのは正解である。

「兄さん、一体!?」

「さっきから誰かに見られている気がしてならなかったんだ、だけど今確信した!」

「何を!?」

「誰かに狙われてる!」

 近場の茂みに飛び込み、スザクはやまとを引き寄せ、抱きこむと可能な限り身を縮める。追手の気配は感じない。だが、遠距離から銃撃される可能性も否定できないから出来るだけ動かないようにした。

 スザクはやまとをの上に覆いかぶさる形で様子を見る。非番だったから武器も何も持ってきていないのは痛かった。本当に丸腰だ。強いて言うならさっき買ったアーミーナイフはあるが、こんなので銃に太刀打ちできるわけがない。

「ど、どうするの……?」

「取りあえず一般人を巻き込む訳にはいかない。公園で仕掛けて来たということは、相手は一般人を巻き込むことに躊躇いを持たないかもしれない。人混みに紛れるのが一番逃げ切れそうだが、マシンガンで乱射でもされたらたまった物じゃない。やまと、地図あるか?」

 やまとは鞄に入れておいた地図を取り出してスザクに受け渡す。それをスザクはじっと見つめ、基地の場所を確認する。自分たちの居る国立公園から基地までの間に、エルジア戦争時に壊滅的被害を受けた市街地があった。そこは修復の優先順位が後回しにされ、半放置された区間である。隠れる場所も大量にあるから、そこを経由して基地に逃げ込めばどうにかなるかもしれない。

「やまと、しばらく神経減らすことになるかもしれないが大丈夫か?」

「無理って言ってもどの道死ぬだけだからどうってことないわ」

「頼もしいな。よし、身をかがめながらここから出るぞ。絶対に手を離すな」

 そう言うと、スザクはやまとの手を握りしめて茂みから顔をゆっくり出して辺りを見回すと、中腰で走りだす。やまとを握るスザクの手は思っていたよりも大きかった。

 包み込まれる自分の手を見て、やまとは思わず顔が熱くなるのを感じる。不謹慎なのは分かっていた。しかし、もうちょっとだけこの状態が続いたらと、思ってしまった。

 戦争という物はいつでも正義と正義の激突で起きる物である。国に属する兵士たちは海、陸、そして空へと駆り出される。そして双方の兵士が血を流し力尽きるまで、居なくなるまで戦い続ける。それに合わせて海も陸も空も何万ガロンという血が流れて埋め尽くされていく。それでも戦いが続けば、今度は民間人が血を流すことになる。正義のために、国のためにと躍起になる頭の悪い政治家のせいで、何人もの関係のない人間が死んだ。

 くだらない。くだらなさ過ぎる。炎に埋め尽くされる街と、それに焼かれていく血も硝煙の臭いも知らない民間人達。それを空から見下ろした時、国境なんて消えてなくなればいいと、彼はそう思った。

「ああ、了解だ。目標は視界にある。あとは追跡者を上手く処分すれば終わりだ。任せてくれ」

 通話を終えて、彼は立ち上がる。暗くなった空。幾度となく見上げた空は、15年前に比べて遠くなった気がした。

 いや、物理的に遠くなってるのには変わりない。もっと高く、もっと空に近い高度1万メートル、更にはそれよりも高い場所を、15年前の彼は飛んでいた。どこまでも広く、どこまでも遠く、どこまでも透き通った空は彼の心を虜にした。

 だが、その空も国境という物のせいで血に染まった。そして、あの七つの核が起爆した日。自分は国境を消し去る為に飼い主の手綱を引きちぎった。

 それが、様々な意味で彼に転機を与えることになった。

「依頼主からはどうだ?」

 後ろにいたパートナーが電話の内容を訪ねてくる。長くつややかな髪の毛は二つに結ばれ、通称ツインテールと言われる髪型にした彼女の顔立ちは、一見して10代後半くらいなのだが、その目つきは明らかに年相応の物では無い鋭さを持っていた。こんな見た目でも、彼女は『殺し屋』という顔を持っていた。一応、今回の依頼では『相棒』となっている。

彼は「ああ」と言いながら携帯をポケットに入れながら傍らに置いてあったアサルトライフルを手に取ると、少女の前まで歩み寄って爆撃や銃撃で見る影もなくなった市街地を見降ろした。

「雲行きはよくない。もしかしたらお前の狙撃援護が必要になるかもしれない。上手い事ベストポジションにおびき寄せればいいがな」

「構わない。指定された範囲内なら、どこでも撃てる」

「頼もしい限りだ。頼んだぞ、ソーニャ」

「ああ。気をつけろよ、ピクシー」

 ソーニャと呼ばれた少女は、ハードケースの中から分解されたスナイパーライフルを取り出して組み立てを始める。それを軽く見届けて、「ピクシー」は歩き出す。依頼の内容は、あるパイロットと整備士の極秘護衛。懐かしい響きだ、と彼は思う。自分の人生を大きく変えたかつての相棒を思い出す。『鬼』と呼ばれた自分の相棒は今どうしているだろうか。そう言えばその嫁さんの整備士も負けないくらいの、いやそれ以上の鬼だったと思いだして、少し笑みがこぼれる。

 自分は今その新しい世代の未来を守るために戦いに向かおうとしている。そんな自分も、15年前にはその新しい世代を消し飛ばそうとしていた人間だった。今の自分を、15年前の自分が見たらどう思うだろうか。

 皮肉な物だな。彼はそう思う。結局のところ国境が消えることは無かった。だが、それでも見える未来はあると知った。だから彼は戦い続けることにしたのだ。この地で義勇軍として戦い、そして終戦後もこうして日陰の任務を全うしている。お似合いだろう。自分は世界を消そうとした人間なのだから。

 過去の自分を見つめながら、彼は前を見る。もう昔は関係ない。未来を生きろと鬼に教えられた。ならば、未来を信じて進もうじゃないか。

 彼の名はピクシー。かつて片翼の妖精と呼ばれた傭兵。本名、ラリー・フォルクである。

 

 

つづく


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