ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war- 作:チビサイファー
Mission1 -Unknown-
「哨戒機がレーダーから消えた?」
その一報が入ったのは、ちょうどスザクのベルクートの調整が終わった日だった。
飛行が可能になったと連絡がスザクに入り、テスト飛行のためにパイロットスーツを着込んで廊下を歩いている時、ちょうどにとりと出会い、その話を聞いた。
「うん。さっき飛んで行ったRF-4Eがアンノウンに撃墜されたんだ。今のところ微弱だけど、撃墜したらしきアンノウンがこっちのレーダーにも映っているから、スザクに偵察に行って欲しいんだ」
「俺、ねぇ」
普段から面倒事は嫌いだから、どうしようかと少し考えるが、にとりがスザクの欲しいと思っていた新型レーダーを格安で売ると提案し、値段が張る知り者だったため、機体の調子を調べる代わりには丁度いいと、受けることにした。
「分かった。それなら受けよう。ちなみにレーダーはいくらだ?」
「そうだねぇ……ちゃんと見つけられるかとかの結果によるけど……」
懐から電卓を取り出し、にとりは数回ほどボタンを打ち込んでふむと鼻で息し、画面をスザクに見せた。
「これくらいでどうかな?」
「悪くないな……よし、行かせてもらおう」
よろしくと、にとりに見送られ、格納庫へと入ると一段と気温が下がった。おそらく、気温は0℃以下と見てもいいだろう。さっさと機体に乗り込もうとするが、その時自分の機体の整備主任の背中が目に入り、うげ、と嫌な声を上げそうになったがなんとか飲み込んだ。
「参ったぜ……」
正直話したくないのが本音であり、それを隠すような事もしたくないのだが、まぁ衝撃の初対面から頭も冷えたことだし、ここは礼儀をもって接することにした。
「…………なぁ」
「……あら、けっこう早く来るのね」
ふむ、掴みは上々。思っていたより毒舌、というわけではなかった。むしろ褒められた、のだろうか?
「まぁ、な……」
だが、あの時とのギャップを感じていたスザクは、少々歯切れが悪かった。
このままではもっと気まずくなる。その前にどうにかして話題を作らないと、と考えていたのだが、すぐにその必要はなくなった。
「ベルクートだけど、大方の調整は終わったわ。エンジンも問題なし、操縦系統の異常はどんなところでも排除したわ。整備する前よりかは動けるわよ」
「そ、そうか…………」
「じゃあ、エプロンに出すわ。少し待って」
そう言うと、耳に当てたヘッドセットのマイクを口元に近づけ、グラウンドとコンタクトを取り、少しして牽引車が格納庫に入って来た。
ノーズギアにトーイングバーが接続され、ゆっくりと漆黒の機体がお天道さまのもとへと引っ張りだされる。
戦闘機一機分広くなった格納庫の向こうに、サイファーのF-22が未だに整備されているのが目に入る。人手が足りないらしく、言うなれば機体は半裸の状態で少人数の整備兵が機体の腹に手を突っ込んで油まみれになっていた。よく見れば、その中にサイファーも混じっていたが、ただしあいつは機体の背中で寝ていた。
「準備できたわよ。フライトプランをチェックするから来て頂戴」
音もなく現れる彼女に、スザクはいつまでたっても慣れない気がしてきた。油断も隙もあった物ではない。前世は忍者だ、きっとそうだ。
コックピットに体を滑り込ませ、ヘルメットをかぶると酸素マスクのチューブをコックピットにつなぎ、タラップに足をかけたやまとが地図に書かれたチェックポイント、テストメニューを一つ一つ読み上げて行く。
「で、ポイントSETSUNAを通過したら、にとり主任が言ってたみたいにエリアB9CからB7Rの偵察飛行を。基本動作のチェックはポイント通過中に任意でして。必要最低限の挙動は確認するのよ」
「了解した。注意事項は?」
「特になし。強いて言うなら、今日の着陸は丁寧にさせなさい。それから…………」
また言われた、と思ったが、すぐに次の言葉をつなごうとし、だが一瞬の戸惑いをやまとが見せたことによって、スザクの感情はいったん抑えられる。
「……この前は言いすぎたわ。ごめんなさい」
「…………は?」
「出発時間。クリアランスもらって」
「え……っておい!」
言うだけ言って、やまとはタラップからジャンプして飛び降りると、電源車の運転手に一言言ってから叫んだ。
「コンプレッサー始動!」
*
ヴァレーから北西に100キロ。エリアB9C上空二万フィート。
チェックポイントを通過し、偵察飛行に入ったスザクは正直驚いていた。
まず、エンジンスタートの時だ。いつもならエンジンの回転数が安定領域に上がりきるまで少し時間がかかるのだが、今回は一分も立たずに回転数が駆け上がり、離陸時に至ってはまるで新品の様な加速性能を見せ、機体の反応がこれでもかというほど早く、そして挙動の癖がまるで無くなっていた。
「冗談だろ」
スザクがこの機体を買って、初飛行した時以上の性能だった。もともと中古だったスザクのベルクートだが、それでもそこ辺りの機体よりかは性能は群を抜いているし、それにスザクも満足していた。
だが、あの永森やまとが現れる前の機体の性能では満足できなくなりそうだった。
(動きがまるで滑らかだ。癖が無さ過ぎて戸惑うくらいだ……)
実際、前進翼機はその殺人的な機動力と引き換えに、殺人的な不安定さが付きまとう。これだけはイーグルやファルクラムなどの、一世代前の戦闘機の方がマシだった。
だが、それを感じさせない滑らかな機動は、スザクを驚愕させるほどだった。
「これじゃあ、追い払えないな……」
早くもスザクは、彼女の驚異的な技術力を見せつけられた。悔しいが、にとりの言う通り、物は持っているようだ。
機体を左右に振り、問題のエリアB9Cの険しい山並みを眼下に、飛行を続ける。視程は40キロ。快晴である。
ひとまず、スザクは哨戒用RF-4Eの墜落地点まで飛行する。まずはそこを確認して、国籍不明機が最後にレーダーに映った場所まで飛行するのが手順だった。そこがB7R、円卓である。
進路を北東に変更。距離40キロの地点でビーコンが消えたと報告があった。機体のコンピュータにはすでに墜落地点の座標が打ち込まれ、機体パネルのつまみを回して目的地設定をする。
上手くいけば、ここから煙くらいは見えそうだが、いかんせん山が入り組んで死角になっている場所が多く、見落としがちになってしまう。
アフターバーナーを点火し、目的地周辺へとたどり着くと、機体を傾けて地上に視線を巡らせる。
この辺り一帯の山岳地帯は、草木がほとんど生えない岩に等しい山肌を突き出し、その険しい地形は人間の侵入を拒み、一般的に知られていない事が多い。
例えば、このエリアには一歩間違えれば数百にも及ぶ戦闘機の残骸が転がっている事や、実はこの厳しい地形でしか見られない生物が生息していたりと、数えればまだまだある。
ちょうど、スザクの視線にもう半世紀ほど前の戦闘機の残骸は転がっていた。主翼の形状からして、A-4スカイホークだろう。その数百メートル先にはF-5EタイガーⅡの残骸。その傍らに寄り添うようにして眠るF-14A。
過去の大戦の機体から、割と最近の機体までが揃う、飛行機の墓場でもあった。
「……ん?」
と、視界の隅に黒い煙が映った。機体を旋回させ、煙の方へ機首を向けると、燃え盛る墜落してまだ間もないRF-4Eが転がっていた。
「管制塔。偵察機を発見。現在ポイントB9CとB8Bの境界付近で発見。パイロットの生存、及びベイルアウトは今のところ確認できず。探索機を要請されたし」
『了解しました。すぐにU-125救難捜索機を向かわせます。到着まで待機してください』
「あいよ」
首を捻って周囲を見回すが、パラシュートや救難発煙筒などは確認できない。
(もし近くに居ないのであれば、絶望的か……?)
例え見ず知らずの相手でも、パイロットである同士が死ぬことは辛い。スザクはまず燃え盛る機体に敬礼をした所で、あるものが目に入った。
「……発煙筒!」
墜落した機体から、目測で1キロ。少し小高い山の上に焚かれる碧の発煙筒が空高く伸びていた。その下に、手を振るパイロット二人の姿が見えた。
「こちらスザク、パイロット二名を確認。 どちらも無事だ」
『本当ですか!?』
「ああ、手を振ってこっちを見ている。ブラックホーク救助部隊を要請する」
『了解しました。救助ヘリ部隊を向かわせます。コールサインはノーマッド61、ならびに62』
「確認した。しばらく周回飛行をする。救難捜索機はまだか?」
『ただいま離陸しました。到着予定は20分後』
「了解。座標を送る。そこに救難機と救助ヘリを頼む」
通信終了。ほう、とため息をついて少しだけ唇を釣り上げて安堵する。
機体を旋回させ、脱出したパイロットの真上へと向かい、翼を左右に振って発見の合図を送り、再び周回飛行。その直後だった。
機内にレーダーロックを告げる嫌な電子音が響き、HUDにCAUTIONの文字が表示された。
「なに!?」
明らかに誰かが自分を、完全に殺す気でロックオンしている。その証拠に、ロックオンの電子音は、次の瞬間にミサイル接近のミサイルアラートへと変貌した。
「バカな……どこからだ!?」
首を捻り、ミサイルがどこから来るのか確認するが、まったく見えないし、遠すぎる。おそらく超長距離射程のミサイル。このミサイルを装備できる機体は、スザクの知っている限りでは五種類浮かんだ。
そこで、ようやく八時方向から迫る二発の白煙に気付き、スザクは操縦桿を右にとしてローリング。機体が135度傾いた所でレバーを引き、急降下。山肌があっという間に迫るが、落ち着いて機体を水平にし、山肌ギリギリを飛行する。機体の調子がいいこともあり、Su-47は恐ろしいほど素直な機動で山肌を舐めるように飛行する。
後方で、曲がり切れずに斜面と激突したミサイルの爆炎が後方確認の鏡に映る。直後、レーダーに機影が二つ。前方、十一時方向。
遠くの上空に、二つの黒い影が視界に入った。高速で接近し、スザクの上空を一瞬で通過。そこら辺の機体ではまず出せない圧倒的速さだった。
おそらく、速度はマッハ3級。こんな速度が出せる機体は、一機しか居ない。
「MiG-31フォックスハウンド!」
東側の超音速迎撃戦闘機。超大型エンジン二基を搭載し、分厚い頑丈な装甲での生存率上昇、世界最速の速さを誇るその性能は、今まで破られたことのない機体。スピードで勝負しようものなら、まず敵わない機体だ。
「管制塔、国籍不明機と遭遇! 攻撃を受けた、指示を!」
『そんな、ここはウスティオなのに!?』
「ゆたか、動揺するのは後だ! 指示をくれ!」
『……了解。スザク、交戦を許可します。それと任務中は本名なしです!』
「失敬!」
交戦許可を確認し、戦闘開始。MiG-31はあっという間にスザクを突き放そうとするが、早ければいいというものではない。スザクは一瞬で機体を反転させてMiG-31を追跡する。たしかにスザクのベルクートでは追いつけないが、ミサイルならどうだろう。
兵装をSAAMに変更し、機体下部ウェポンベイが展開すると、真っすぐ飛び去っていく敵機に向けて発射した。
まさかこうも早く反転されるとは思わなかっただろう。慌てた二機は左右へ反転。スザクは左に旋回した一機をサークルに捕えた。
旋回して速度が落ちたMiG-31は、みるみるスザクに接近されていく。このチャンスを逃すわけにはいかない。すかさず兵装を切り替え、短距離射程ミサイルへと変更する。
「……アーメン」
二発発射。大鷲の名を授かった鉄の翼から二発のミサイルが発射され、フォックスハウンドに食らいつく。敵も回避運動。分厚い装甲、大型で性能は高いが、重いエンジンを腹に抱えたMiG-31は、その速度と対弾性能の代わりに運動性能が乏しい。安定性を極限まで犠牲にし、驚異的な運動性能を得たベルクートの敵ではなかった。
右へ旋回した敵機の進路を先読みし、機銃照射。機体背面に数発命中。だが、致命弾には至らない。
今度は急上昇。敵のエンジンが唸りを上げる。速度では話にならない。再び兵装をSAAMに変更。HUDの中心のサークルに敵を重ね、ロックオン。一発発射。白煙が彼方に伸びて数秒後、上空に火球が現れた。
「管制塔、一機撃墜。もう一機の所在はつかめるか?」
『……ネガティブ。こちらのレーダーにはスザクの反応しかありません。ひとまず、救助部隊の護衛をお願いします。こちらも対空砲展開、及び迎撃気を出撃させます』
「了解。サイファーのアホはまだ寝てるのか?」
『起きたみたいですよ。『飛べる機体はないのかーー』って叫びながらイクシード隊のイーグルに無理矢理乗り込んでます。現在進行形で』
「あのバカ…………。サイファーにも一応スクランブル態勢を取らせておいてくれ」
『クスクス、了解です』
レーダーを広範囲設定にし、セットを終えたタイミングでヴァレー方面の遠方から近づく機影を補足した。
「来たか」
『こちら、U-125救難捜索機サスコット。これより目標空域へ侵入する。援護を頼む』
「了解。今のところ敵影なし何かあったら報告してくれ。目標ポイントまで80キロ」
『座標確認。そちらと合流する。ところで、ビーコン反応はないのか?』
「俺が確認した時は発煙筒が見えた。おそらく破損したものだと思われる」
『まったくついてないな、あいつらも。ビーコンがあればもっと早く見つけられたんだが』
「この時期の雪山でのベイルアウトは悲惨だからな」
『その通りだ』
まだ緊張感が漂うが、こう言う冗談交じりの会話も必要だ。いざという時には冷静に対処しなければならないし、ある程度の緊張感も必要だという微妙なラインを保たなくてはならない。
ほどなくして、スザクのSu-47と救助部隊のU-125救難捜索機が合流する。ウスティオ空軍仕様の、灰色のU-125が悠然と空を飛んでいた。
「サスコットを目視。エスコートに入る」
U-125の左前方にポジションをとり、再びパイロットたちの救助へ向かう。空は一旦の静寂を取り戻し、先ほどの戦闘がまるでなかったかのように静かだった。消えたもう一機が気がかりだが、見つけられなければ何もできないし、撃って来ないのであれば今はベイルアウトしたパイロットの救助が最優先である。スザクは神経を張り巡らせながら飛行を続けた。
『エスコート感謝。到着まで残り二十分』
まだ少しかかるか。スザクがそう思ったまさにその瞬間だった。無線の奥からヴァレー基地から悲鳴いに似た声が響いた。
『レーダーに反応、基地から50キロ、敵戦闘機!! 到着まで十分!敵は長距離ミサイルを搭載した攻撃機編成の模様!』
「なんだと、いつの間に!?」
『レーダー網をかいくぐられました! 迎撃機は大至急出撃してください!』
「俺も戻る! サスコット、このまま真っ直ぐ飛べ!」
『りょ、了解!』
アフターバーナー点火と同時に操縦桿を左に傾けて左旋回。ベイパーを引っ張り、ヴァレーへと一直線に飛行する。
「間に合えよ……!」
*
ヴァレーは、ベルカ戦争以来の混乱に陥っていた。平和に慣れ過ぎた者はパニックに陥り、古戦場を生き抜いた老兵は若者を叩き起して指示を出し、遅れながらも対空車両が展開を始める。
だが、全盛期と比べると、その反応は遅かった。クーデター軍、“国境なき世界”の襲撃時の方がまだ早く対応できた。平和に慣れ過ぎるとすぐこれか。河城にとりは、自身はベルカ戦争を経験したことは無いが、実戦に置いてのスクランブル経験はあったから持てる知識をフル活用して対応していた。
「整備班、動かせる機体は動かして!」
おろおろとする部下たちに、にとりは激を飛ばして突き動かす。こう見えて彼女もいくつかの戦場に身を投じたことがあるから、この状況よりもはるかに恐ろしい場面にだって遭遇した事があるため、どうってことはなかった。
「こらぁ!! このくらいでビビってんじゃないよ、このへたれ共が!!」
にとりはもたつくミサイル運搬兵を蹴り飛ばし、サイドワインダー二発をぶん取って走り、搭載が終わっていないイーグルの主翼へと搭載する。
「にとり、期待しないで聞くが俺のラプターは!?」
イクシード隊のイーグルから放り出されたサイファーは、乗れる機体を探していたが、どこもかしこも先客だらけで追いかえされてしまい。結局にとりの格納庫まで走って来た。
「もちろん終わって無い!!」
「ですよねーー!」
「その代り私のイーグル使って! エンジンはカリカリにいじったから、早さは上等だよ!」
「ならいい、回せ!」
ヘルメットをかぶり、タラップを駆け上がるとそのままイーグルに飛び乗り、スイッチを入力してコックピットのシステムを立ち上げる。
「にとり主任、手伝います。電源車接続完了です」
「おお、やまとちゃんは肝が据わってるねぇ。よし、エンジン始動!」
やまとがコンプレッサーのスイッチを叩き押し、エンジン始動。直後、敵のミサイル一発目が基地の敷地外に着弾し、爆炎が上がる。
「うぉっ!?」
思わずサイファーは顔を背け、にとりはやまとを庇い、その直後に衝撃波と爆風が三人を包みこんだ。
『基地周辺に着弾! 第二、第三波接近、非戦闘員はシェルターに退避してください!』
『後がつかえてるぞ早く離陸しろ!!』
『敵が真っすぐこっちに迫ってくる! 無理だ!』
『アホ抜かすんじゃねぇ! いいかろ飛べ! さもなくば俺たち全員死ぬぞ!』
『嫌だ、死にたくない!』
無線の回線は、パイロット、地上整備兵、管制官の声が完全に混線し、何が何だかまったく分からなくなり、パンク寸前だった。ヴァレーのいつもの減らず口はどうしたと、にとりは呆れる。
新米パイロットはおじけついて滑走路を塞ぎ、後続部隊が上がれなくなる。その間に、敵のミサイルが今度は基地敷地内に着弾。南側格納庫が燃え上がった。
「らちがあかねぇ……にとり、誘導路から離陸する!」
「そんな無茶な!?」
「お前はやまとちゃん助けてやれ!」
「ちょ、サイファー!」
言うが早いと、にとりが乗っている車輪付きのタラップを蹴とばしてキャノピーを降ろす。にとりはそれを見ながら致しかたなく退避する選択を取った。
「もう、無茶するんだから! 管制塔、サイファーが誘導路から緊急発進します。地上用務員の退避を!」
『そんな、無茶ですよ!』
「新米たちが野たれ死よりかはまし! 全地上員に通達、サイファーが誘導路から離陸するから待避せよ! 聞こえる奴らだけでいいから逃げろ!主翼が翡翠の奴だ!」
手でサインを送り、サイファーに出撃を命じてにとりは やまとを連れて退避。そこら辺で腰を抜かしていた整備兵の首根っこを掴むとそのまま引きずるかのように(実際引きずっていた)連れ出し、誘導路を開けるだけ開けさせ、サイファーが機体の反転が終了と同時にアフターバーナーを点火させて轟音が基地中に響き、直後にサイファーのイーグルが走りだした。
「どけどけぇ! 死にたくなかったら道開けろぉ!」
ほぼ無理矢理機首を上げ、失速ギリギリで機体を持ちあがらせたサイファーは、まだろくに高度が上がっていないのにもかかわらず車輪を格納し、長距離射程アムラームを発射。六本の白煙が彼方へ消えて行き、刹那に四つの火球を作った。
「こちらサイファー、四機潰した! 二機は反転して一旦離脱を図る模様、今のうちに残りのメンバーを上げろ!」
『管制塔ネガティブ! さっきの攻撃で滑走路に着弾、後続が上げられません!』
「ええい、ちくちくと! ならグリペンでもドラケンでも何でもいいから足の速い奴を出してくれ! 一機じゃ対応できない!」
そう言いつつも、反転して行く敵機にAIM-9サイドワインダーを突き刺して敵攻撃部隊の第二波に接近して行く。
「敵機確認! Su-25フロッグフット! それと未確認だが護衛機数機、おそらくはMig-21だ」
『了解、レーダーにさらに反応! 機数は八、接近中!』
「八機だぁ!? さすがに何機か突破されるぞ! 地上に居る奴らは何とかして上がれないのか!?」
『そ、それが…………先頭の集団が離陸するのを躊躇ってるんです!』
「はぁ!?」
一度機体を基地方向に反転させて地上を確認する。相変わらず混乱に陥っていたが、それよりもサイファーは滑走路端が未だに混雑しているのがそれよりも聞こえてきた無線の声でキレそうになった。
『何してるんだ、お前先に行けよ!』
『お前が一番前なんだからお前が行けよ!』
『破片がエアインテークに入っちまったらアウトだろうが!』
『し、死にたくない……俺はまだ死にたくない!』
大混雑&大混線&大混乱。パイロットたちの中にはサイファーよりも年上が居ると言うのに、この有様である。これが15年前にベルカ戦争の戦況を覆したヴァレー空軍基地なのかと疑いたくなる。15年の月日は、思っていたよりもヴァレーの衰退が進んでしまっていた。サイファーはついにキレた。
「お前らぁ! それでも金玉ついてるパイロットか! いいからさっさと離陸しやがれ!!」
『破片が散らばって飛べねぇんだよ!』
「アホどもが!! Mig-29はそう言う時のためにエアインテークを閉じれるだろうが! 死にたくなかったらさっさと離陸しろ! いい年こいた野郎どもが何べそかいてんだへたれ!!」
『お、俺は故郷に恋人がいて俺の帰りを待って……』
「俺だって故郷に置いてきた幼馴染の彼女居るわ! 生きて会いたかったら離陸しろ!」
『年下のくせに生意気……』
「だまらっしゃい!! 俺よりもっと年下の新人のやまとちゃんはスザクを下手くそ呼ばわりしてたぞ! 16でだ! 俺に関してはミジンコ呼ばわりだ!!」
『で、でも…………』
「いいからさっさと離陸しろ!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたサイファーは、滑走路に集中している友軍に向けて機銃を発射し、ギリギリ当たらない所に着弾させ、ついでにロールしてもう一回叩きこんだ。
『ひ、ひぃぃいぃーーーーーーー!!!』
『お前殺す気か!!』
「後ろの邪魔する奴らは死んででもどいてもらう!!」
ミサイルロックして発射。地上のパイロットたちはそれが本気だとようやく気付くと、フルスロットルで滑走路を走る。それと同時にミサイル誘導を解除し、発射したミサイルは進路を変えて山肌にぶつかって消失。滑走を始めたMig-29は破片を避けきり、見事離陸。続いてイクシード隊のF-15C部隊が滑走路進入し、離陸開始。これで八機が空に上がった。
「けっ。腰ぬけどもが、ようやく飛びやがったな」
後続機を後ろからエスコートし、目視できる距離にまで迫った国籍不明の爆撃部隊を再びアムラームでロックオンして発射。離陸した他の部隊もそれに乗じて長距離射程ミサイルを発射する。
「管制塔、何とか滑走路はあいた。今のうちに破片撤去作業を頼む」
『了解。ありがとうございます、サイファー』
「お主も大変だなぁ」
『こう言う時、自分の威厳の小ささに悩まされますよ』
「病まない病まない、需要はあるさ」
火球は一つ。残り七機が接近する。サイファー以外の友軍戦闘機がドッグファイトに持ち込むために速度をさらに上げる。
「まったく……。空に上がった瞬間元気になりやがって……」
水を得た魚ならぬ、空を得た鳥、と言った所だろうか。サイファーの前方で火球が二つ上がる。
「むむむ?」
サイファーにレーダーロックを告げる音。気づけば前方、ちょうど正面にSu-30の機影が目に入った。
「なかなかの機体でおいでなさったか。今さらだが、サイファー交戦!」
同時にミサイルアラートが鳴り響き、チャフを放出しながらバレルロール。ミサイルが高速ですれ違い、しかしサイファーにまったく当たることはなく虚空で爆散する。
Su-30と交錯、サイファーは右旋回して背後を狙うが、敵もなかなか腕がいい。後ろに張りつこうとしたサイファーをコブラでカウンター。オーバーシュートさせて機銃を発射した。
「おおっと!?」
少しラフに行きすぎた。コックピットのキャノピー越しに機銃がかすめる音がする。
対空砲火の支援を期待していたが、どうやらまだオフラインらしく、対応が聞かないようだった。
仕方ない。サイファーはスロットルを全開にすると、左旋回しながら降下。その勢いで速度を増大させて敵から逃れるため山肌の隙間をすりぬけた。敵もそれに続く。
(いい子だ。しっかりついてこいよ)
続いて棘を思わせるような山肌が目に入り、その隙間に突っ込んだ。
尾翼と岩肌が触れるか触れないかの狭さだった。この狭さに、さすがのSu-30は回避を選択。右へ上昇して行き、その美しいボディをあらわにする。
「いただき!」
すかさずサイファーもピッチアップに入る。レーダーロック。アムラームを二発叩きこむ。だが、簡単にはいかず、クルビッドで二発とも回避される。だが、Su-30が次に水平になった時、目の前にあったのはF-15Cの機関銃の発射口だった。
「あばよ」
F-15Cの20mmガトリング砲が唸りを上げ、Su-30のキャノピーを蜂の巣にし、真っ赤に染る。すれ違い、サイファーは緩く旋回してSu-30を見てみると、ふらふらと飛び続けていた。だが、もうあの機体に帰る意思はない。少しして、目の前の山肌にぶつかって火球が上がった。
「管制塔、敵機は?」
『既に半数以上を撃墜しました。脱出した搭乗員はいない模様。現在は追撃戦に移行してます』
「了解……さて、どこの差し金かね」
基地上空を通過し、被害を確認。格納庫一つが全壊したが、その他特に損害はなし。滑走路の破片除去作業はすでに終盤までに突入してある。後は終了を待つのみ。
とも行かなかった。
『レーダーにもう一機の反応! …………速い……マッハ2.8で高速接近中!』
「スザクの撃ち漏らしたMig-31か!」
北に機首を向けて迎撃態勢。アフターバーナーを点火させて真正面から撃ち抜こうとする。その間に近い位置にいた友軍機が迎撃をする。が、
『こいつ速い!』
『被弾したのに回避運動を取らないぞ、まさか特攻する気か!?』
「各機、射線を開けろ! 俺が仕留める!」
基地滑走路上空を音速ギリギリで通過し、真っすぐ迫るフォックスハウンドにレンジを合わせる。接触まで30秒。
「ロック、フォックス3!」
残りのアムラームを全弾発射し、軽い振動と共に切り離されたミサイルが一気に群がる。もらった。サイファーは命中を確信したが、次の瞬間予想外の事態が起きた。
マッハ2で撃ち出されたミサイルがMig-31に接触するまで数秒もない。相対速度はほぼマッハ5。そのあまりの速さにミサイルが敵に鼻先を向ける前にすりぬけられたのだ。
「しまった!?」
予想外。撃ちとったと確信していたサイファーの真横をフォックスハウンドが駆け抜け、ヴァレーに突っ込む。防衛ラインはもうない。
反転しようにも間に合わない。驚異的な速度でフォックスハウンドはヴァレーまで5マイルの地点に達していた。
『ったく、詰めが甘いな』
無線から、冷たい声が聞こえた刹那、サイファーの真横を漆黒のイヌワシが駆け抜けた。
ベルクートの腹から吐き出されたミサイルが、フォックスハウンドの胴体に突き刺さり、直後。真ん中から下級が膨れ上がり、爆発。主翼、車輪、キャノピーなどの破片をまき散らしながら落下して行った。
「スザク!」
『阿呆。念は入れとけっていつも言ってるだろうが』
「わりいな。おかげで助かったぜ」
『ったく、間に合ったからよかった物を。ヴァレー、被害状況は?』
一安心し、サイファーはスザクの後ろについて編隊を作って上空を旋回する。上から見るとそこまでの被害は目立たないようだ。滑走路上のブルドーザーが破片の撤去に追われていた。
『滑走路に破片が少々。すぐに撤去作業は終わります。それまで上空対
待――――』
その時だった。破片を散らせながら落下して行くMig-31が二度目の爆発し、刹那、
凄まじい轟音と爆発がヴァレー一帯を巻き込んだ。
「っつおう!?」
『ぐっ!?』
無線が完全に使用不能になり、機内に警報が鳴り響いて次に衝撃波が叩きつけられて機体が大きく揺れる。巨大な煙が視界を塞ぎ、前が見えなくなる。
「いってぇ…………」
衝撃で頭をぶつけたサイファーは、辺りを見回してレーダーが完全にホワイトアウトしているのを確認すると、煙から抜け出してヴァレー基地の存在を確認した。
「こちらサイファー、管制塔聞こえるか?」
『――――――ら……――――ヴァ……』
「管制塔、スザク、誰でもいいから応答してくれ」
『通信―――難……無傷の―――機……着陸―――』
『サイ―――きこえ……降りる……』
左後ろにスザクのベルクートが居ることを確認し、ひとまず安心。しかし、滑走路の手前には巨大な黒煙で完全に視界が、そして強大なノイズによって無線通信が完全に塞がれていた。
『通信……回復……――――復旧……』
「管制塔、聞こえるか?」
『あ、や―――回復し――! 何が起きた――ですか!?』
「分からん……見たこともない爆発だ。おそらく、敵機はこの爆弾をヴァレーに使用するものだったと見られる」
『……了解しま―――た。被害状況確認、損傷のない機――から着陸し――ださい』
「あいよ。スザク、降りるぞ」
『ああ』
ビーコンマーカーに乗り、ギアダウン。いろいろと冷や冷やしたが、機体に損傷が無いのが唯一の救いだろうか。にとりの機体を傷物にしようなら、翌朝には体を起こした瞬間スパナとモンキーレンチが降ってくる仕掛けと、ドアを開けた瞬間ゴキブリの大群が部屋に入る仕掛けを作るのだから怖い。
煙を抜けて、滑走路視認。機首を引き揚げて後輪から接地。エアブレーキを展開させて減速。前輪が設置してようやく着陸完了。スザクもその後ろについてくる。
『お帰りなさい、サイファー、スザク。Kハンガー前で待機をお願いします』
「あいさ。通信終わり」
*
「まだ煙が残ってやがる」
機体を停止させて、イーグルから降り立ったサイファーは未だ残る新型爆弾の煙を見て呟いた。
「あれが落とされていたら、俺たちは家を失っていたな」
後ろからスザクが歩いてくるが、振り向かずに煙を見つめる。その中から、破損したMiG-29ファルクラムがエンジンから煙を吐き出しながら着地した。
「ああ。お前には感謝しないとな。勲章ものだぜ?」
「興味無いな。俺はベルクートの修理費を稼ぐくらいで良い」
「自分の功績もしっかり称えてやれよ」
「いらんな、そんなもん」
はぁ、とサイファーは深いため息をつく。後ろでにとりがイーグルの武装を外し、自分の機体に「よくぞ無事だった!」と、話しかけていた。
「そっちに損傷は?」
「特になし。強いて言えば煙がくっついて機体が汚れたくらいだ」
「クリーニング代は払ってほしいな、敵さんに」
「撃墜という名目で払ってもらった。今回はそこそこ稼いだかな」
にとりのレーダーを買ってもお釣りがくるだろう。そう呟いた辺りで、ヴァレーのランウェイエンド、山岳部ふもと付近の滑走路の端辺りで煙が上がった。
「あーあ、オーバーランしたか。大丈夫かね?」
「イジェクトしたから大丈夫だろ。まったく、あの程度で脱出するなんざ、よっぽどの腰抜けだな」
「ま、死にたくないのは皆一緒だから同情はするか」
そう言うと、サイファーはにとりに一声かけて少し話し込む。おそらくはさっきの爆弾についてだろう。
居場所を失ったスザクはどうしようかと思ったが、ベルクートの点検を始めているやまとが視線に入り、何気なくだが声をかけた。
「怪我はなかったか?」
「平気よ。にとりさんのおかげ。あの人もかなり修羅場を潜り抜けてるみたいね」
「そうか。ならいい」
「ちょっと待ちなさい」
「ん?」
「今日の着陸は、フレアーきかせすぎよ。尻もちしたらエンジン壊れるからやめてちょうだい」
「…………はいよ」
やっぱりこいつは好きになれん。やまとに聞こえないように溜息をつくと、スザクはまた糖分がほしくなって、スカーレットアセロラを求めて宿舎に向かって歩き出した。
*
「いやー、すごい爆発だったね。びっくりしたよ」
おなじみのバーで、こなたは一人椅子に座っているにとりと向かい合っていた。表情はいつもののんびりとした感じだったが、グラスを磨く手元がわずかに不安定なのを見て少なからずピリピリしているのが分かった。
「私もだよ。あんな爆発生まれて初めてさ。しかも核じゃないし、気化爆弾でも無い全くの新兵器と来た」
「一歩間違えば私も爆発の中か……改めて思うと怖いね」
落とさないようにグラスを戸棚に置いて、改めて椅子に腰かけるとこなたは自分の分のメロンソーダをグラスに注いだ。
「情報は掴めそう?」
「既にいくつか確定情報があるよ。不確定要素も含めて」
「さすがマスター。バーチャルに強い」
「コネもそれなりにあるからね。あ、これは内緒」
「分かってるさ」
にとりはほっこりと、軽く酒の入って赤くなった笑顔を作ると、すぐさま真面目な顔になってこなたの出したペーパーメモリーを受け取った。
「このまとめたのが確定的な情報、こっちが不確定情報だよ。関係ありそうな物は全て抜き出しておいたから」
それを聞きながら、にとりはすぐさま紙に書かれたワードを探る。彼女には、あの強力な威力を持った爆弾に思い当たる節があった。
一つ一つ、項目を確認する。こなたが抜き出した情報は、B5用紙合計で40枚にびっしりと書かれていたが、にとりはそれをものすごい速さで流し読んで、気になる点があればペンで印をつける。
確定要素の中には、ベルカの文字、過激派、灰色の男たち、SOLGと、マスコミに叩きつければ大スクープ物の記事がそろっていた。これが基地に知れ渡ればパニックになる程だ。一体どういった手順でこんな情報を仕入れるのだろうか。
「……やっぱりウスティオの上はほとんど黒か」
「そうみたいだね。それだけじゃなくて、オーシア、ユークトバニア、サピンにもベルカが首突っ込んでる」
さらに、試作新型兵器の存在。この項目に、にとりは注目した。
そこにはベルカ戦争で使われたエクスキャリバー、空中要塞X-BOフレスベルグ、アヴァロンダム、核ミサイルV1、V2、そして……。
「…………トリニティ……」
その単語は、不確定要素の項目に書いてあった。
にとりの表情が変わったのを見て、こなたは控えめな声で聞いた。
「……例の新型と試作機、追加パーツは?」
「少し遅れてるみたいだけど、飛竜の方はほぼ完成らしいよ。輸送準備始めてる」
にとりは少し重そうな顔をして資料を閉じ、アルコールの入ったグラスを持ってそれを迷い無く資料に吹っ掛けて手に持つと、バーの温度を保っている暖炉の中にその資料を放り込んだ。ペーパーメディアは、燃やせば跡形もなく消えるから隠滅には最も効果的だった。アルコールも混じってるからよく燃えた。
「急がないと多分間に合わない。けど、大きく動けば向こうに勘づかれる。まったく、無理難題だよ」
にとりは肌身離さずに首に掛けているアンティークの鍵を握りながら窓の外を見る。この先の展開が読めない未来を表しているかのように、外は豪雪になっていた。
願わくばだ。願わくば、その時が来るまでに間に合ってほしい。にとりは少しだけ不安に思う自分を誤魔化すかのように、首から降ろしているお守りのアンティーク調の鍵を強く握りしめた。